美味なる山と微笑む天使
アローラ観光でこんなことが起こるなんて、一体誰が想像したというのだろう? 僕は目の前にドン! と置かれたどんぶりの上でこちらを見つめる美味しそうな麺の山を眺めていた。
一体どうしたものなのやら、と思わず顎を撫でていると、それを運んできてくれた定員さんの視線が突き刺さる。いや待て。定員さんはこれを運んだあと風のように下へと降りて行ったはずだ。早く食べたら? という風な視線を寄越せるわけがない。
となると、ああ。やっぱりそうか。目の前の山から少し視線を逸らすと、僕のとは違って普通の量の麺を目の前にした相棒――サーナイトが麺を咀嚼しながら優しく細めた目でこちらを見つめているのがわかった。確かに麺を放っておくとどんどんのびていってしまう。早く食べないと山は大変なことになってしまうだろう。
しかし、僕の前にこの山を出現させる原因を作ったのはサーナイトだ。僕はあの時普通のものを注文するはずだった。それが、サーナイトがテレパシーで先に注文を済ませてしまったのだ。
僕には聞こえていなかったものの、店員さんがしっかりと反応したのだから間違いない。その際「なるほど、それでテレパシーを――」と聞こえてきたから、自分が注文しても不自然ではないような言葉も伝えたのかもしれない。
僕は慌てて訂正を申し出ようとしたが、サイコキネシスを使われたのだろうか。口はぴくりとも動かなかった。口がダメならとサーナイトを睨んでみるものの、赤い目は店員さんの方を向いたままだ。
注文が入るや否や素早く最終確認を終え、店員さんは奥へと引っ込んでしまった。あれだけ本当にそれでいいのか、と言っていたのだ。ここに入る前に聞いた話だと、大盛りであっても十分に満足する量だと言う。大盛りの先にあるのだから、その大盛りを余裕で超える量が来ることは想像に難くない。
普段は大盛りなんて頼まずに普通で済ませる僕が、それを完食できるのだろうか? 全く想像できない未来を描いては青ざめる僕に、サーナイトがニコニコと笑顔を向けてくる。その姿はまるで天使のようで、この状況じゃなければ性別がわかっていたとしてもしばらく見惚れていただろう。
結局料理が完成するまで口を開くことを許されなかった僕は、今こうして文字通り山もりの麺と対峙している。ずっと見つめているわけにもいかないので、胃袋と相談を繰り返しながら食べ進めている。
どんぶりの底に沈んでいる麺が見えるほど透き通ったスープは麺によく絡み、口に入れて咀嚼をすると麺とスープの味がふわりと広がる。その味は箸を止めることを忘れるほどの美味さを誇っていた。
ただ、やはり量が多い。最初は美味しいから案外いけるんじゃないのか? と思っていた自分を呪いたい。幾度も味を堪能し続けても、目の前の山の様子に変化は見られない。食べるのが遅くて麺がのびてしまっているのか? と考えたものの、麺にはのびた時に現れる特徴を感じられない。
……もしや、どんぶりの底から新しい麺が追加されているのか? またはエスパーポケモンに手伝って貰って、こっそりと新しい麺を追加している? そうでもなければ、麺が分裂して新たな麺へと成長している?
ありもしない想像をしながら麺をすすり、時に喉に詰まったそれをスープで押し流していく。胃袋がどんどん麺とスープで満たされていくのがわかる。美味しいし今のところ飽きる気配もないけど、それと食べきれるかどうかは別だ。ちらと視線をずらすとサーナイトはとっくにスープまでも飲み干しており、じっと僕の様子を見ていた。
見ているのなら手伝ってくれ。視線と言葉でそう訴えてみるも、サーナイトはテレパシーで自分はもうお腹一杯だから、と言って微笑むだけだった。……僕の相棒って、こんなやつだったっけ。いつもはこの微笑みに相応しい天使のようなポケモンだったはず。
もしや、この地方に来たついでに天使から悪魔へとモードチェンジすることにしたのか? 確かにこのアローラでは、一部の見覚えのあるポケモン達の姿やタイプが独自の進化を遂げている。
野生では会っていないものの、島巡りというアローラ特有の習慣でこの島に来ていた少年にバトルを申し込んだところ黒いガラガラが出てきたから間違いない。観光に来た目的はそれらの珍しいポケモンを見ることと、様々な名所を見ることだったから早速目的の一つが果たされて嬉しかった覚えがある。
あとは白いロコンや首の長いナッシーも見てみたいところだ。いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。問題はサーナイトだ。あの黒いガラガラを見て、自分も黒くなりたいと思ったのだろうか。
天使な相棒に慣れている僕からすれば、ものすごく戸惑う変化だ。せめて一言告げてから変化して貰いたかった。でも、いつもと比べればかなり新鮮味がある。パターン化した思考にはいいスパイスになってくれるのかもしれない。
そう思うとチェンジもいいものに見えてくるものの、この相棒はいつになったら戻るのやら。この先のしばらく続く観光の行方に期待と不安を覚えながら、僕はまた一口麺をすするのだった。
「美味なる山と微笑む悪魔」 終わり