青空日記
残酷な表現や悪事を勧める事柄は書いてないものの、オリジナルの組織について触れているのでご注意を。
空を見る。今日の空は晴れていて、名前と同じ綺麗な空色だ。どこまでも広がる空には雲と鳥ポケモン以外何も飛んでいない。そう、普通ならたまには見るはずの飛行機やヘリなんて乗り物はいつ、どのような状況で見ても目に入らない。
空と鳥ポケモンを愛する組織。それがオレの入っているクラウド団だ。クラウド団の制服は非常にシンプル。オレのような下っ端は空色のレインコートみたいなやつで、幹部は白いレインコートみたいなやつ。
もっと他のいいようがあるとは思うが、オレにはそういう言葉しか思いつかない。誰かがこれはローブだと言っていたような、そうじゃないような。
有名なロケット団、アクア団やマグマ団みたいに何かしらの特徴がある制服が欲しいと多くの下っ端や幹部が言っている。実のところ、オレのその一人だ。もっと、こう「組織!」という感じのカッコいい制服がよかった。
だが、誰がどれだけ文句を言ったとしても、ボスの言うことはただ一つ。
「機械やら何やらにお金をかけているから、制服にまで気を遣っている余裕はない」
いや、機械とかにお金をかけるのなら、制服にもお金をかけろよ。機械よりはよっぽど安上がりだろ。誰もが心の中ではそう思っているとは思うが、組織を追い出されるのが怖いので誰も何も言えない。
組織の間で色々と流れている噂のうち最も有力なのは、単にデザインセンスのあるやつがいないからというやつだ。制服のデザインを誰がしているのかはわからないが、たまにどういう制服がいいか! という会議(という名の雑談)で出てくるのはどれもこれも着るのが恥ずかしいやつばかりだった。主にダサいという意味で。
そういうオレも一晩考えて出したデザインを皆に瞬殺されたから、この組織はデザインセンスのないやつを引き寄せる何かが出ているのかもしれない。
まあ、制服はシンプルだがやっていることは他の地方で活動していた組織と比べてもいい勝負をしていると思う。よく組織を壊滅させようと、威勢のいいトレーナーがアジトに乗り込んでくるし。
ポケモンを出されて暴れられたら一発で解体されそうな感じだが、登録されたボール以外は開かない電波が出ているせいで何とかなっている。似たような電波を出しているせいで飛行機も飛べないし、それでいて鳥ポケモンには何の影響も出ないようにしている。
こうして考えると、クラウド団って無駄に技術力が高いな。どこからそんな技術を持ってきたんだと問いただしたくなるレベルだ。
そんな組織になぜオレが入ったかというと、単に行先がなかったからだ。ラルトスがエルレイドに進化するほどの時間が経ったというのに、家を継ぐことも旅に出ることもしなかったオレは家を追い出された。
あてもなくフラフラとしていたオレが耳にしたのが、クラウド団の噂。この組織があるせいで他の地方とは船でしか交流がないと知り、組織を潰して英雄扱いされたいと思ったオレはアジトに乗り込んだ。そしてエルレイドを出せないままやられた。
ボールが開かなかったことに呆然とするオレに、ボスはうちに来ないかと言ってきた。正義感溢れるやつなら断っただろうが、行く当てもないし帰る場所もないオレは組織に入ることにした。
それから、オレは空を見上げることが日課になった。一応日記もつけている。名付けるのなら「青空日記」といったところか。曇りや雨の日もあるから、正確には「空日記」になるかもしれないけどな。
「さて、行くか」
エルレイドの入ったボールに触れ、上から頼まれたものを買いにいく。お気に入りの作者が書いた最新作が欲しいから買ってこいだなんて、下っ端も楽じゃないぜ……。私用なら自分で買ってきて頂きたい。
*****
目的のものを買って帰る途中、ピカチュウとジュペッタを連れた少女に出会った。クラウド団では鳥ポケモンの弱点になる電気タイプは例えピチューでも許すなと言われている。それに従い、オレはポケモンバトルを挑んだ。
オロオロするばかりで指示もしない少女に、オレは勝ちを確信したのだが……肝心のポケモンの方がヤバかった。ヤバすぎてあまり記憶に残っていないが、結果としてエルレイドは負けてしまった。
悔しさから歯ぎしりをしながらエルレイドをボールに戻し、さっさと立ち去ろうと背中を向けた時、誰かがこう言ったように聞こえた。
『んな組織、抜けちまえ!』
今考えても誰が言ったのかはわからない。少女の声とは明らかに違ったし、他にいたのはなぜか片方の目が緑色のピカチュウとジュペッタだけだ。オレはポケモンの言葉がわからない。だから、どちらかが話した可能性は低い。
あれは恐らく幻聴だった。心の中ではそうわかっているはずなのに、なぜだかその声が耳にこびりついて離れなかった。オレはクラウド団にいてよかったと思っているのに。抜ける理由なんてどこにもないのに。
「……はは、抜けちゃったよ」
あれからすぐに、オレは上に辞職を願い出た。出すべきものは自分でも驚くべきスピードで書いてから出したし、誰にも何も言われないままオレは組織を抜けた。行く当ても帰るところもなかったというのに、オレは自分でその場所をなくしてしまったのだ。
今更家に戻るわけにもいかない。かといって、再びクラウド団に入るわけにもいかない。オレは一体どうするべきなのだろうか。
朝と同じように上を見ると、そこには一面の星空が広がっている。オレはもうクラウド団ではないのだから、空を見上げなくてもいいというのに。習慣って恐ろしいな。
「だけど、星空を見たことはなかったかもな……」
思い返せば、見ていたのは青い空だけだった。夜に見る必要は特にないだろうと、朝ばかり上を見ていた。これからは星空を見上げるのも悪くはない。
ボールからエルレイドを出すと、彼は不思議そうにオレの顔を見ていた。クラウド団の制服姿ではないオレを見るのが久しぶりだからだろう。エルレイドはしばらくオレを見つめていたが、何かを察したのだろう。何もすることなく地面に座り込んだ。
「星、綺麗だよな」
エルレイドの横に座って、再び空を見上げる。一面に広がる無数の星々は、オレが選べる未来は無限に広がっていると伝えてくるようだ。実際、そうなのかもしれない。オレが勝手に何も選ばなかっただけで、道はいつでもそこにあるんだ。
「明日からトレーナーとしてやっていくか?」
冗談交じりにエルレイドにそう言うと、彼はやる気に満ちた目をこちらに向けてくる。ああ。あくまで可能性の一つとして言ったのに、これではトレーナーをするしかなくなってしまったじゃないか。
いや、オレは単にきっかけが欲しかっただけなのかもしれない。周りから白い目を向けられる下っ端じゃなくて、ただのトレーナーとして歩めるきっかけを。
「これから色々と大変だな」
ゴロンと地面に寝っ転がり、明日から変わるであろう環境について考える。今まで組織の一員だったのに急に普通のトレーナーになると言われたら、相手は当然困るだろう。もしかしたら他のトレーナーよりも風当りが強くなるかもしれない。
「でも、やると決めたからにはやらないとな」
そう呟くと、隣でドサリという音が響く。どうやらエルレイドもオレを真似して寝っ転がったらしい。彼もこれからどういう生活が待っているかを考えているのだろうか。先ほどの反応を考えると、いかに強い敵と当たった時に勝ちをもぎ取るかを考えているのかもしれないが。
そういえば、今日の日記はどうしようか。もう青空の日記をつける意味はない。天気以外ではほとんど変わらない日記は、見ていて飽きてしまった。星は季節によって見えるやつが変わるというし、星の日記でもつけるか?
だとしたら、今日からあの日記は「星空日記」だな。そう思うと明日はどんな星が見えるのかと楽しみになってきて、オレはまだ見ぬ明日に思いを馳せた。
「星空日記」 終わり