四月の告白
桜舞い散る季節。この季節にはケムッソやキャタピーといった虫ポケモン達が新たな芽吹きに喜びを覚え、チェリムなどの草ポケモン達は元気に動き回る。もちろん他のタイプのポケモン達も動き回るんだけど、氷ポケモン達はどうなんだろう。
そんなことを考えながら、僕は校舎の裏へと歩みを進めていた。ちなみに、学校はまだ始まってもいない。他はどうか知らないけど、僕が通っている学校は休みの間でもポケモンに関する用事なら部活がなくても結構出入りが可能だ(さすがに登校禁止の時は出入りできないけど)。
盛大な音楽を奏でる心臓を何とか静めながら校舎の裏へと向かうと、長い髪を揺らしながら誰かを待っている彼女がいた。彼女が待っているのは、僕だ。当然だ。彼女は僕が呼び出したのだから。彼女はなぜ自分が呼び出されたのか、既にわかっているのかもしれないし、わからずに首を捻らせているかもしれない。
彼女がどっちだったとしても、僕がやることは変わらない。緊張のせいかチカチカと点滅する視界を戻すように深呼吸を数回すると、大股で彼女の前へと踏み込む。突然現れた僕に驚く彼女の顔を見る間もなく、僕は予め用意していたあのセリフを口にした。
「あ、あなたのことが好きです!」
彼女はその言葉に驚いたのか、大きく目を見開く。口も小さいながらもポカンと開いており、僕からこの言葉が飛び出るのを全く予想していなかったのが伺える。僕は彼女の恋愛対象として見られていなかったのだろうか?
いや、早とちりはよくない。自分から告白しようとしていたのに、先を越されて衝撃を受けた――とも考えられないだろうか。そう考えて見てみれば、彼女の頬はどことなく紅くなっているように見えるし、目もあっちこっちを泳いでいるようだ。
これは、もしかしたらもしかするかもしれない。僕はすぐそこまで手を伸ばしてきた素晴らしい未来に心躍らせながら、彼女からの返答を待つ。彼女も僕と同じくらいの緊張に襲われたのかなかなか口を開こうとしないが、そこで苛立ちを覚えるほど僕も小さいやつではない。
ああ、もうすぐだ。もうすぐ僕が夢見た光景が目の前にやってくる――。思わずその光景を想像して頬が緩みかけたが、双方にとってこれは一大イベントなんだ。僕が勝手に頬を緩めて場をぶち壊してはいけない。
「あ、あの――」
ほら来た! 小さく耳に飛び込んできた声に僕は目の前の光景をかき消し、キリリと顔を引き締めてから彼女を見る。彼女はそんな僕を見ると、フッと小さく微笑んだ。
「私は、貴方のことが大嫌いでした」
――え? 僕は自分の耳を疑った。今、彼女は僕に向かって何と言った? 今朝何度も耳かきをしてきた耳に何も異常がないのであれば、彼女は僕のことが大嫌いと言ったように聞こえたのだけれど。
まさかそんな、と儚い望みを持って彼女の顔を見る。こちらをじっと見つめる瞳にはどこか哀れみや悲しみといった感情が見え隠れし、僕が聞いた言葉は間違いではなかったことを訴えてくる。
ああ、そうか、そうなのか。
僕は今日、失恋をした。
*****
体中のやる気というやる気が燃え尽きて、本当に体が真っ白になったかのような錯覚に陥りながら家に帰る。力が入らない手で何とかドアノブを回して玄関へと入ると、母がマスコット代わりとして捕まえてきたウソハチが僕の顔を見て元気に鳴いた。
「ウソ、ウソ!」
何が嘘だ。僕はついさっき人生最大のショックを受けたところなんだぞ? 嘘を言う暇があるのなら僕をなぐさめてほしい……なんて、ウソハチに対して少し言い過ぎたな。ポケモンの鳴き声に罪はない。
それにしても、嘘か。僕が聞いたあの言葉も嘘であったのならどんなによかったか。僕は学校が始まるまでの間、いや、始まってからいつまでこの気持ちを抱えるのだろう。暗く重い感情に押しつぶされそうになりながら、救いを求めるかのように居間へと入ってカレンダーに目を移す。
ええと、今日は一体何月何日だったっけ。ショックのあまり朧げになった記憶を頼りに数字の海をかき分けていく。カレンダーだけではどこか不安で、携帯を見れば一発で解決すると気が付いたと同時に今日の日付を思い出した。
そうだ、今日は四月一日だ。
「……あれ?」
四月一日。一年を過ごしていればいつかは必ず目にすることになる日付だ。四月ということは本格的春になったのだなと思うが、問題はそこではない。この日にはあるちょっとしたイベントが行われる場合があるんだ。
エイプリルフール。そのまま翻訳すると四月バカ、だっけ。とにかくこの日には嘘をついていい日と言われている。もちろん度が過ぎた嘘はいけないが、簡単な嘘ならつく者もいるだろう。
さて、ここで思い出してみよう。今日は四月一日。そんな日に、僕は彼女に告白をした。僕からしたら偽りのない言葉だったのだけれど、エイプリルフールというイベントがこの言葉に最悪なフィルターをかける。
彼女には、僕が「あなたのことが嫌いです」と言ったように思えたんだ。一見嬉しいように見える言葉に隠された、残酷な真実。だから、彼女はあんな反応をした。
「私は、貴方のことが大嫌いでした」
これは言葉通りに受け取ってはいけなかった。彼女は、僕のことが大好きだったんだ。過去形になったのは、僕に嫌いだと言われたようなものだから。思い出してみれば、本当に嫌いなら何で「悲しい」感情が読み取れるんだ? そんなの、本当は嫌いじゃないに決まっているだろう!
「くっ!」
緊張と素敵な未来を夢見て日付すらも忘れていた自分を叩きなおすべく、両頬を思い切り叩く。ジンとした痛みが伝わるが、それに構っている暇はない。すぐにあの言葉が嘘ではなかったことを伝えて、彼女に謝らなくては。
「いってきます!」
「ウソ?」
今帰ってきたにも関わらずまた出かけようとする僕を、ウソハチが不思議そうに見つめる。僕はそんなウソハチに「嘘だと教えてくれてありがとう」と感謝を述べると、すぐに玄関を飛び出していった。
「四月の告白」 終わり