偽善者達への独白
何だ、何だ? 突然俺の前に現れたと思ったら、ボールからジャローダなんて出しやがって。見ての通り、俺はトレーナーじゃないぜ。バトルがしたいのなら、他を当たってくれないか。
……ほう、俺を倒しに来た? トレーナーからポケモンを開放する活動をしているこの俺をか。ポケモンと人間を引き離すようなことは許さない。ポケモンと人間は大切なパートナーであり友達でもある、ねぇ……。
確かに俺はトレーナーからポケモンを開放する活動をしているよ。だが、出会う全てのトレーナーから解放しているわけじゃないぜ? きちんとポケモンの意思を聞いて開放するかどうかを決めているんだからな。
ポケモンの意思を聞く、だなんてまるでかつての「王」のようだ。ますますプラズマ団のようだって? バカなことを言うな。あいつらはポケモンを開放する活動をするのにポケモンを開放するのにポケモンを使っていたじゃないか。俺はポケモンを使わずに開放をしている。
ポケモンを使わないのにどうやって開放をしているのか、だと? それは企業秘密というやつだ。そう易々と人に教えられるものじゃないからな。それで、いつまでジャローダを出しているんだ?
お前を倒しに来たのだから、お前が倒れるまで出している、ね……。アンタはポケモンも持っていないような人に、ポケモンをぶつけるようなやつなのか。無抵抗なやつを傷つけるとは、プラズマ団よりも悪いやつだな。
そんなに顔を赤くして反論をするな。こっちにまで唾が飛んでくるだろう。ともかく、俺はトレーナーじゃない。捕まえるのだったらお前自身の力でどうにかしな。そのジャローダなら俺を捕らえることは可能だろうが、ちょいと加減を間違えられたらこっちはお釈迦になっちまう。アンタもそんなことはしたくはないだろう?
……ここまで言ってもボールに戻さないのか。なあ、アンタにとってポケモンは、パートナーであるジャローダは何なんだ? 大切な旅のパートナーであり、友達? アンタにとってはそうかもしれないが、ジャローダにとってはどうなんだろうな。
ジャローダにとっても自分は大切な旅のパートナーであり、友達、か……。それはジャローダ本人、いや本ポケにちゃんと確かめたことなのか? ポケモンと人間は言葉が通じないから、そんなのは普段の様子を見て察したことに決まっている?
アンタはそう言っているが、本当に普段の様子を見ているのか? バトルの時、トレーナーは基本ポケモンの背中ばかり見て顔なんか見ていないだろう? そんなんで普段の様子を見切れている、と言えるのか。ポケモンにとってバトルは楽しいものだ。だから背中からでも様子は察することができる?
ポケモンにも人間と同じく臆病なやつ、大人しいやつがいるのは知っているだろう。そいつらがバトルの時だけ戦闘狂になるとでも思っているのか? バトルくらいで性格は変わらねえよ。臆病なやつはビクビクしながら、大人しいやつは内心嫌だと思いながら渋々トレーナーの命令を聞いている。ポケモンにとってバトルは楽しい、なんてのはトレーナーが作り出した幻想だ。
それに、アンタは最初に俺が「悪」だから倒しに来たと言ったよな? 俺が「悪」だという証拠はどこにある? ポケモンを人間から開放していること? だったら、アンタ達トレーナーも「悪」だよな。一匹のポケモンを家族から奪い、せっかく生まれた命もこれじゃない、と言って簡単に手放すのだから。
アンタが自分のしていることを「善」と言うのなら、俺のしていることもまた「善」だ。だが、さっきも言ったようにトレーナーから離れたくないポケモンもいる。今では意思を聞いて開放しているが、本当に昔は意思も聞かずに開放していた。こうすれば、相手が喜んでくれると信じ込んでいたんだ。
それは本当の「善」じゃない、「偽善」だ? ああ、そうだ。当時の俺は「偽善」をやっていた。今の俺も、もしかしたら「偽善」なのかもしれない。相手が悪だと決めつけて何でもポケモンを使って解決しようとしている、アンタもな。
自分は違う、自分は完全な「善」だと? だったら聞くが、アンタは行動を起こして心からの感謝を受けたことがあるのか? たくさんの人々から感謝された? へえ、じゃあその手持ちや野生のポケモンからは? 言葉が通じないなりに、何かアクションがあっただろう?
そんなものは覚えていない。覚えているのは人々の笑顔だけだ、ね……。じゃあ、これからはポケモンもよく観察することをおススメするぜ。アンタが助けたトレーナーが実はポケモンを傷つけるのが好きな変人で、アンタが助けたことによりそのポケモンが恐怖で震えているのがわかるかもしれないからな。
やけに具体的な例だと思っただろう。実際町に忍び込んだ時にそういうパターンを目撃したからな。他にも例を挙げたらキリがない。これでわかったか? アンタがしているのは「全ての人間やポケモンに対する善」ではないことが。
――おっと! 怒りに任せて葉っぱカッターを命じるとは、アンタはやはり「善」じゃないな。普通の人間だったらそこら中傷だらけになっているぜ? とっさに避けたが、頬を掠ったみたいだな。
……おいおい、何だそのポカーンとした顔は。俺が実は人間に化けたゾロアークで、しかも珍しい色違いであることがそんなに衝撃だったか? 変化が解けたのに言葉が通じることに疑問も抱かず、相手がポケモンだとわかった途端に生き生きとしやがって。俺を捕まえる目的はどこに行ったよ。ああ、意味は違うが目的はずれていないか。
それで、俺を捕まえてどうするつもりだ? 旅のパーティーに入れる? すっかり俺をポケモン扱いしているな。ポケモンなんだからそれが当然なのかもしれないが、さっきまでの話の内容は頭から抜け落ちたのか? ポケモン全員がバトルを望んでいるわけじゃない、平穏に暮らしたいやつもいる。
……なんて言っても、もうアンタには聞こえていないな。そんなに目をギラギラさせてよ。どれだけ色違いが好きなんだ? ただちょっとだけ他と色が違うだけで、あとは他と大して変わらないだろう。何がアンタを熱くさせるのか、俺にはさっぱりわからないね。
ところで、
偽善者さんよ。アンタは気づいているのか?
アンタの大切な「パートナー」が、アンタの指示を聞くたびに顔を引きつらせていることによ。
「トレーナー達への独白」 終わり