Subject:R
この書類は協会に保存されている監視対象について記されたものである。閲覧者は閲覧と同時に協会の規則に同意したと見なし、内容を他言した場合には相応の罰を与える。
また、該当書類の閲覧権利はゴールドランク以上の者のみとする。
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某日、××タウン近くの草原に「人間」を名乗る一匹のポッチャマが現れた。ポッチャマには自身に関する記憶がほとんど存在せず、覚えているのは彼が「名前」と呼ぶ謎の記号と「自分はポケモンではなく人間だった」情報のみだった。
これらは全て草原で彼を発見した協会メンバーの一匹であるピカチュウからの情報である。彼だけの情報では信憑性に欠けると後にエスパータイプによる調査も行われたが、得られた情報に相違はなかった。
ピカチュウの報告を受け、協会はすぐにポッチャマの身元を調べたが収穫はなし。身元のはっきりしない者を放っておくのは逆に危険と判断し、ポッチャマの身元は記憶が戻るまでの間協会が預かることとする。
なお、対象を混乱させないようにポッチャマは表向きには協会に所属し、他のメンバーと共に仕事にあたらせるようにする。
記憶喪失の範囲を知るために行った聞き取りの結果、ポッチャマ(以下、記号の頭文字からRと表記する)には技の出し方を始めとする一般常識らしい常識がない事実が判明。意思疎通は可能なものの、文字の読み書きができないことも判明した。
外見から推定される年齢に対し、レベルが異様に低いという事実も踏まえ護衛兼監視役としてこの時点で彼が最も信頼を置いていたピカチュウを採用。以降、彼と共に行動させることにする。
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Rに町の施設を教えるため巡っていた最中、お尋ね者のグラエナが店の品物を奪い逃走。たまたま近くにいたRとピカチュウがグラエナを追跡。ダンジョンに潜り込み品物の奪還に成功する。
ピカチュウからの報告によると、Rはダンジョンに入ったはいいものの己は一切攻撃せず彼に命令ばかりしていたとのこと。Rは「自分にとってこれが普通だった気がする」と言い、ピカチュウに対しての謝罪はなかったという。
報告を受け、協会はRのレベルが異様に低い理由を「他者に物事を押し付け続けてきたから」と仮定。レベルが上がるまでは危険なダンジョンへの進入は禁止し、簡単な仕事から与えることとする。
Rはピカチュウと共に仕事をこなし続け、お尋ね者の依頼を難なくこなせるようになる頃には「安全」もしくはそれ以上のものと見なせるレベルにまで成長。Rの成長具合を見てピカチュウから護衛の役目を外し、監視に専念して貰う。
後日、彼らの評判を聞いた有名ギルドから「時の停止調査団」への入団を誘われたとの報告あり。R達は断ったが、あちらはまだ諦めていない模様。Rの事情も踏まえ、ギルド側には何としてでも手を退いて貰うようにする。
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ここ数日、Rの様子がおかしいと報告があった。ピカチュウや他のメンバーの話によると、誰かと会話をした後は決まって首を傾げたり鏡を見ておかしな顔をしたりするようになったとのこと。
尋ねても理由らしい理由は返ってこず、エスパータイプの協力を得てもモヤがかかったようにしか見えないため原因は不明。まだ何も起こっていないが、これらの行動がどう転ぶかわからないため協会全体でRの行動に気を付けることとする。
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Rが協会から逃走、行方を眩ませた。警察や協会メンバーによる捜索が何日も行われた結果、とあるダンジョンの奥地でRを発見。救助したものの長期的な混乱状態に陥っていると診断された。
以下の内容は当日の出来事から一部抜粋したものである。
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「うわああぁぁぁぁ!!!」
日が昇ってからまだ間もない協会にRの叫び声が響き渡る。尋常ではない叫びにRと同じ部屋にいたピカチュウはもちろん、他のメンバーも飛び起き続々と彼の元へと集まる。
「ルイ、どうし――」
心配するピカチュウの手を乱暴に振り払い、Rは血走った目を彼らに向ける。
「誰だよ、お前ら! 何で俺の名前を知っている!? どうしてポケモンになっているんだ!?」
わけがわからない、と言いたげな声にピカチュウ達は困惑する。Rの発言、声の調子を聞く限り本来の記憶は取り戻したが、逆にここでの記憶を失ってしまったらしい。説明しようにも名前呼びがきっかけで警戒を高めてしまったため、一向に聞く気配がない。
Rは技でも何でもないただの攻撃を繰り返しながら、「もう少しで図鑑を全て埋められたのに」「ひかるおまもりがあれば、もっと――」と零し続ける。途中タマゴに関する様々なことを零し、多くのポケモンの顔を歪ませていた。
怒りを抑えきれなくなった数匹が一歩、足を踏み出したその時。
「違う! 違う、違う、違う、違う!! 俺は、俺は人間だ!!」
Rは目に映る全てを拒絶するように何度も首を振った後、傍にいたピカチュウを思いっきり突き飛ばした。突然の行動に文句と技が飛び出るよりも先に、Rは勢いのまま部屋から出て行ってしまう。
残されたポケモン達の目にはRに対する心配は欠片も宿っておらず、やり場のない気持ちだけが部屋に渦巻いていた。メンバーの数匹は怒りに任せて追いかけていったものの、予想以上の速さで走っていたのかすぐに見失ってしまう。
戻ってきた一匹からその情報を聞いたメンバーは、各々にとって最善の行動を取るため次々と部屋から出ていった。一匹部屋に残されたピカチュウは小さく息を吐いてから立ち上がり、Rが出て行った方向を見つめる。
しばらくの間ぼんやりとしていた彼だったが、やがて上へ報告するためのろのろと部屋から出て行く。この時、彼の顔からは全ての表情が抜け落ちていた。
この直後、ピカチュウはRの監視役を辞退。捜索に参加することなく協会から抜け、そのまま行方を眩ませた。
「Subject:R」 終わり