幸せの贈り物
ある日のこと。袋がパンパンになるまで詰め込まれた贈り物を全て配り終え、すっかり軽くなったそれを背負いながら、私は自宅を目指していました。
今日は午後になってから風がかなり気まぐれになり、気まぐれ者が通りすぎる度に顔にあるヒゲのような部分が乱れ、背中の袋がバタバタと暴れました。ヒゲの乱れは特に気になりませんでしたが、袋が暴れるのは気になって仕方がありません。
なぜから、この袋は私……デリバードが贈り物を届けるのに使用する、とても大切なものだからです。代わりになりそうな袋はあると言えばあるのですが、この長年愛用している袋じゃないとどうもしっくりこないのでした。
うっかり袋が飛ばされてしまわないよう、ぐっと翼に力を込めると更に前かがみになりながら歩みを更に速めます。
しかし、歩けどもあるけどもなかなか自宅が見えてきません。これは気まぐれ者が私に向かって突然真っ向勝負を挑み始めた影響なのか、それとも単に実際のスピードが私の脳内イメージとかけ離れているからなのか。……両方でしょうね、きっと。
「少しは止んでくれませんかね? あまりのんびりしたくはないのですが……」
風除けになりそうな木の裏で立ち止まり、すぐに消えてしまいそうなほど小さな溜め息を吐くと、こちらをあざ笑うかのように更に勢いを強めたそれを睨みつけます。……とは言っても、相手は影も形も存在しないので他のヒトから見たら単に空を睨んでいる風に見えるのでしょうが。
……まぁ、文句を言っても聞いてくれない相手をずっと睨んでいても仕方がありません。木の裏から正面を見据え、おぼろげながら私が経営するお店であり自宅でもある「GIFT(ギフト)」の看板を確認すると、これ以上状況が悪化しないうちに、と転がるように走り始めました。
本来なら走る必要はないのですが、最近は何かと物騒ですからね。家が見えた途端、袋や贈り物を傷つけないために慎重に行動する、という考えが吹っ飛んでしまってもある意味仕方がないのです。
数回転んでしまったものの、無事に家へと辿り着きました。お店ではなく自宅に繋がる方の扉を開け中に入ると、袋に汚れはあるものの穴が開いていないことを確認します。汚れは改良された「洗濯玉」を使えばどうにかなりますが、穴が開いてしまうと縫わないといけません。
裁縫は苦手ではありませんでしたが、愛用の袋が縫い目やツギハギだらけになるのはとても耐えられませんでした。軽くひと撫でしてから袋を専用のスペースに入れると、ある部屋に入ってテーブルの上に何個か置いてある贈り物を眺めます。
汚れ一つない真っ白な箱に真っ赤なリボンがラッピングされたそれらは、私が考えて用意した「幸せの贈り物」です。これを作ろうと思ったきっかけは、ここ最近の出来事がきっかけでした。
今、この地域では「時の歯車」という物を盗む輩が現れたり、ただの森や洞窟が突然「不思議のダンジョン」になる現象でそこに住むポケモン達が狂暴化したりしています。遠く離れた「トレジャータウン」という町にある「プクリンのギルド」などが依頼を受けて活動しているようですが、不安が広がっていることは否めません。
どうやったら皆の不安を少しでも和らげ、安心させることができるのか。私はお店で依頼されていたモモンの詰め合わせをラッピングしながら考え、そしてひらめきました。
私は皆さまから受け取ったもの、もしくは用意してくれと言われたもの用意したものを箱に入れてラッピングし、相手に届ける仕事をしています。では、私自らが皆さまを幸せにさせるものを届ければいいのではないか、と。
そう思いついた私は手早く仕事を終えると、早速リサーチを始めました。しかし、十匹十色とはよく言ったものです。彼らが望む「幸せ」は見事なまでにバラバラで、この町のポケモン全員に幸せを配るとしても、配り終える前に私の財と体力が尽きてしまいます。
どうしたものか、と調査結果が書かれたメモを前に悩んでいた私は、またひらめきました。そのヒトが欲しいものを用意できないのだったら、貰うだけで幸せになれるものを届ければいいのです。つまり、誰もが貰っても嫌がらない、むしろ喜んでくれるものを見つけることにしました。
しかし、肝心の共通の「幸せ」をもたらすものが思い浮かびません。私は色々なものを調べてみましたが、どれも「全員」を幸せにするにはあと一歩及びませんでした。
たった一つのもので皆さまを幸せにしようなんてさすがに無理なのか、と諦めかけたその時。ふっとある考えが私に降りてきます。それは確かに皆さまを「幸せ」へと導く、奇跡のような贈り物でした。
その贈り物を思いついてから、私はそれらがある場所を必死に調べ、手に入るまで何度も向かい、足りない時は持っているヒトに直接交渉して譲って貰うなどして必死で必要なものをかき集めました。
何度も危険な目に遭いました。何度も失敗を繰り返しました。それでも諦めずに挑戦し続けた結果、遂に「幸せの贈り物」を完成させたのです。
それを完成させた時、私は嬉しさのあまり叫びながら町中を走り回りたい衝動に駆られました。ですが、叫んでしまったら贈り物をする前に内容が知られてしまいますし、そのようなことを叫びながら走り回るポケモンは不審者以外の何者でもありません。
当時の私は衝動を堪え、贈り物を前に小躍りするに留めていました。……自分が用意した贈り物を前に小躍り、というもの怪しいというか悲しい気がしますが、これは気にしてはいけないことです。
贈り物ができてからは、仕事が終わった後にそれぞれの家に配りに行き、その幸せそうな姿を見てから帰る、ということを繰り返していました。それが何週間か続き、テーブルにある数個を配り終えたらこの町のポケモンには全て配り終えることになります。
「今日も行きたかったのですが……この風では危ないですね。明日は仕事もないですから、今日は止めにしましょう」
そう呟くと、部屋から出て寝室へと向かいました。
数週間後、町のポケモン全員に贈り物を配ることができた私は住み慣れた町から去り、他の町に引っ越していました。本当は引っ越しなどしたくなかったのですが、更に物騒になった影響であの町で仕事を続けるのは難しいと判断し、涙を堪えながら「GIFT」の看板を下ろしたのです。
色々な準備を終えた日の午後、私は新たな家に看板をかける作業をしていました。何とか看板をかけ終えその光景を眺めていると、足元にコロコロと不思議玉が転がってきました。不思議に思いながらそれを拾い上げていると、後ろから「あの!」と声をかけられます。
その声に振り向くと、買い物帰りでしょうか。不思議玉やタネ、木の実などを抱えたポッチャマとピカチュウがこちらを見ています。この不思議玉は彼らが落としてしまったのでしょう。声をかけてきたのと、持っているものが証拠です。
トレジャータウンで商売をしている、あの「カクレオン兄弟」の仲間が経営しているお店の商品を持っている、ということはこの二匹は探検隊なのでしょうか。しかし、救助隊であれば必ず持っているであろうトレジャーバッグがどこにも見えません。
いや、そもそもバッグを持っているのなら、今のように落としたりはしないでしょう。そう考えると彼らは救助隊ではなく趣味としてダンジョンに潜ろうと思っているか、ここ最近の出来事に不安を覚え自衛のために道具を買ったか、単にバッグを忘れてきたかのいずれかでしょうね。
ポッチャマが小さく「ピカチュウがバッグを忘れるから……」と呟いていることから、どうやら三番目の可能性が正解のようです。プクリンのギルドはここからだとかなり遠いことから、どこか別のギルドに入っているのでしょう。
私が気をつけて運ぶのですよ、と言いながら不思議玉を渡すと、二匹は嬉しそうな顔で感謝の言葉を述べていました。しかし、そんなに頭を下げるとまた不思議玉が転がってしまう気がするのですが……。
少しハラハラしながらも感謝を受け取った私は、一旦家に入ろうとくるりと方向転換をします。その直後、「あ!」と何かに気付いたような声が背後から聞こえました。何事かと振り返ると、ピカチュウが真剣な顔をしてこちらを見ています。
「あの、最近色々な町で起こっている『事件』のこと、知っていますよね? この前サルベージタウンでもあったらしくて、ジバコイルさん達が調査に乗り出したそうです。犯人の正体はまだわからないらしいのですが、デリバードさんも気をつけて下さい!」
正体がわからないのにどうやって気をつけるのですか、と苦笑いを零しそうになりましたが、それをぐっと堪えてピカチュウにありがとうと伝えます。それを聞いたピカチュウはポッチャマと一緒にその場から去っていきました。
彼らの姿が完全に見えなくなるまで見送った後、今度こそ家の中に入った私はそっと天井を見上げます。
「本当に、物騒ですね……」
先ほど彼が言っていた「サルベージタウン」とは、数週間前私が出て行った町の名前です。「警察が来た」という情報に恐怖でぶるりと体を震わせた後、早めに引っ越しておいてよかった、という思いからホッと息を吐きました。
それからある部屋に行くと、新たに作った贈り物を眺めます。仕事は再開したばかりなのもあってまだありませんが、幸せを配る作業はしておかないといけません。この町はなかなか大きいので全て配るのが大変そうですが、やれるだけやってみましょう。
私は配る家の位置やそこに住むポケモン達のことが書かれたメモを何時間もかけて見直すと、黒いマントをはおりフードで顔をすっぽりと覆い、愛用の袋を裏返して色を白から黒へと変化させます。
そして袋に贈り物を詰めると、家の周辺にポケモンの姿がないのを確認してからこっそりと出発しました。
私が配るのは、「幸せの
贈り物」。その中身は開けたヒトは、どのような種族であろうと幸せになります。最初は不思議がられてもきちんと説明をすれば、彼らは何の疑いもなく口にしてくれました。
彼らの幸せそうな姿を見ることが、私の幸せ。
さぁ、今日はどのような姿が見られるのでしょうか? とても楽しみです。
「死あわせの贈り物」 終わり
「GIFT」
英語では「贈り物」という意味だが、ドイツ語では「毒」という意味がある。