願いの館
やあ、よく来たね。こんな森の奥深くにある屋敷に来るのは大変だっただろう。ん、どうかしたのかい? そんなに目を丸くして私を見つめて。
……ああ、予想していたのと違う主が出てきて驚いたのかな? なに、よくあることだ。気にしていないよ。恐らく君も「トレーナー」が「ジラーチ」をパートナーにしていると思っていて、ジラーチ自身が出迎えるとは露にも思っていなかったのだろう。ジラーチがこれほどペラペラと人間の言葉を話すとは思っていなかったことも予想できている。
なぜ私が人間の言葉を扱えるのか。それはこの屋敷の噂とも繋がっているのだが……、そうだ。そうあっさりと言われては少々つまらないが、当たっている。私は自分の願いを叶えたのだ。
いや、そんなに申し訳なさそうな顔をしなくてもいいよ。ちょっと言ってみたかっただけだからね。……ところで、早く中に入ったらどうかな? ずっと立ち話というのもまずいだろう?
そんなに周りをきょろきょろと見て、そんなにこの部屋の中が気になるのかい? え、このソファーやシャンデリアも自分で願って出したのか、だって? ははは、さすがに身の回りのものまで出したりしないよ。そんな小さな願いにまで力を使っていたら、疲れて倒れてしまう。
おや、ポケモンなんだから、テーブルやタンスといった家具は必要ないだろうって? 確かに私はポケモンだが、ポケモンだからといって人間のように暮らしてはいけないと誰が決めたのだね? そもそも、私が普通のジラーチだったらこのような館に住む前に千年経たないと会えないだろう。
……そんなに平謝りされると、逆にこっちが悪いように思えてくるから、そこらへんでやめておきなさい。君は私に願いを叶えて貰いに来たのだろう? そろそろ本題に入らないかね? この調子では話が一向に進まない。
それで、君の願いは? ……ほうほう、意外と欲張るのだね。いや、私が叶える願いは本人が「これでいい」と言うまでのものだから、特に制限はないよ。ある人は何枚ものリストを見ながら願いを言ってきたから……っと、もういいのかな?
本当に、それでいいのかい? 後悔はしないね? ……わかった、その願いを叶えることにしよう。力を溜めるから、しばらく静かにするように。
よし、君の願いを叶えられるだけの力が溜まった。今から願いを叶えよう。……え、短冊を揺らすだけで終わり? 実感が沸かない、だって? ははは、地味ですまない。光が出るとか、私の周りを星が舞うといった演出をした方がよかったかな?
願いを叶えて貰ったのだからそれでいい? 何だ、パフォーマンスは別にどうでもよかったのか。いや、私もこれからどうパフォーマンスをすればいいのか悩まずにすむから、それで助かったよ。
ん、もう帰るのかね? いやいや、私が出した紅茶やお菓子は美味しくいただいてくれたようだし、特に文句はないよ。ただ、これだけは言いたくてね。
どうやら君は知らなかったようだが、私が千年も眠らずに活動できるのには理由がある。自分の力で願いを叶えたから、というのはさっき言ったね? だが、その願いを継続するためにはあることをし続ける必要があるんだ。
それは、「願いを叶えた人の眠りを、願いの分だけ吸収する」ことだ。生き物に眠りは必要だ。私達、ジラーチは眠ることで願いを叶える力を蓄えている。私が眠らない代わりに願いを言った本人から眠りを吸収する。これは当然と言えば当然の処置だ。
私自身の願いを叶える時は酷い頭痛に悩まされるくらいだが、君達にとってこれは大きいだろう。
それが原因なのか、この館は「破滅の館」とも呼ばれているよ。ただ、この名称を知っているのはかなりの物好きか、かなりの用心深い人物だけだろうだが。ほとんどの人は「願いの館」という名称しか知らないらしいからね。
え、それじゃあ願いを叶えて貰った人は、皆睡眠不足で倒れているだろうって? 「破滅の館」のことを知っている人は、願いに「眠らなくても大丈夫なようにして欲しい」というものを入れている。だから、これは君の調査不足だと言えるだろう。
今からその願いを追加したい? ははは、君は何を言っているんだ? 君も知っているだろう? 私が叶えるのは「本人がいいと言うまで」の願いだと。君はもう「いい」と言ったじゃないか。だから私は確認したんだよ。
だったらその時教えてくれればよかっただろう、何で教えなかったんだ、だって? 君は欲深いだけじゃなくて、かなりの自己中心な人なのだな。教えろと言われていないのに教えるほど、私はお人好しじゃないよ。私は人じゃなくてポケモンだがね。
さあ、君の用事はもうすんだのだろう。すぐに家に帰って、叶った願いの喜びを噛みしめるといい。これから睡眠不足による地獄が待っているとは思うが、それも君が願っただけの眠りを吸収するまでの間だけだ。最も、君の願いはかなりの数だったから吸収される眠りは二桁ではすまないと思うがね。
それでは、さようなら。君が一年後まで無事なことを願っているよ。
「破滅の館」 終わり