私がチャンピオンになった日
ある日の日曜日
周囲から眩いフラッシュを浴びせられる。ああ、今日なんだ。今日、私はチャンピオンへとなったのだ。普通なら喜ばしいことなのかもしれないが、私にとっては絶望への切符の他ならない。また、この日から時間が戻り始めるのだ。
私に抱かれていたニンフィアが不思議そうに鳴いたが、私はただ強張った笑みを返すことしかできなかった。
ある日の土曜日
もうすぐ全てのバッジが集まる。ケースに集められたバッジ達はどれも光り輝いているというのに、私の心は曇ったままだ。先ほどバトルをして私に負けた幼馴染が聞き飽きたセリフを口にして去って行った。私も彼のような気持ちでいられたら、どんなに幸せだっただろうか。
足元でニンフィアがバトルで頑張った自分を褒めて欲しいと声を上げる。こっちの気も知らないで、と怒鳴りそうになるがニンフィアに罪はない。私は目をつむって催促をしているニンフィアの頭をぎこちなく撫でた。
ある日の金曜日
ニンフィアのレベルを上げるため、草むらに入って手当たり次第のポケモンを倒した。あちらこちらに瀕死のポケモン達の姿が見え、通りがかったトレーナーであろう少女が歩みを止めた。
何かを言いたげにこちらを見てくるが、口を開くことはない。大方野生のポケモンであっても回復させてあげるべきです、とかレベル上げのためにしてもやりすぎです、とでも言いたいのだろう。
私も最初ならそうしていただろう。でも、今となってはそれをやる気にすらならない。今このポケモン達を回復したとしても、私はまた同じ光景を目にすることになるのだから。
ある日の木曜日
イーブイがニンフィアに進化した。見慣れた光景をただ眺めるだけの私を傍にいた幼馴染が「せっかく相棒が進化したのにつまらないやつだな」と言う。初めて進化した瞬間を見たのなら感動の一つくらいするだろうが、もう何十回、何百回と見せられては反応のしようがない。
私に何があったのかを知りたがる幼馴染を無視して、ニンフィアをボールに入れた。本当に、どうしてこうなったのだろう。私はただ、あの館で初めてトレーナーになってからチャンピオンになるまでをずっと忘れないようになりたい。そう願っただけなのに。
館に行ったあの日から、私はずっと眠れていない。眠らなくても大丈夫なように願ったから体調に変化はないが、頭がおかしくなってしまいそうだ。いや、もう既におかしいのかもしれないが。
ある日の水曜日
バッジもいくつか集まってきた。本当であればジム巡りなどやらず、この場所から逃げ出したい。だが、私の願いのせいで基本的な行動は全て固定化されてしまっている。今も私の近くで走り回っているイーブイの進化先もだ。
もうあの姿ではない、別の姿を見たいというのにイーブイはいつもあの姿へと進化してしまう。雷の石を持った手が一向にイーブイの元へと進まない。
ある日の火曜日
最初のバッジを手に入れた。やはり仲間のポケモンを一匹もゲットせずに来るチャレンジャーはあまりおらず、ジムリーダーには本当にそれでやるのかと何度も聞かれたものだ。本当の初心者であれば苦戦するだろうが、私は違う。
最初のジムリーダーであれば、レベル上げとテクニックがあれば一匹であったとしてもどうにかなるものなのだ。バッヂを受け取る際、本当にトレーナーになりたてなのかと尋ねられた。証拠となるトレーナーカードを見せるととても驚かれたが、それも見慣れてしまっている。
いつものようにジムリーダーが何かを勧めてこようとしたが、私はそれを聞くことなくジムから出て行った。
ある日の月曜日
家のベッドで布団を被っていると、下の階で父や母が慌ただしく何かをしている音が聞こえる。どうせ、今日来る私の誕生日と同時にトレーナーになった祝いの準備をしているのだろう。
私は今日でポケモントレーナーとなる。普通なら喜ばしいことなのかもしれないが、私にとっては絶望への切符の他ならない。また、この日から時間が進み始めるのだ。
いつまで経っても起きようとしない私を起こそうと思ったのか、耳元でイーブイが元気に鳴く。私はそれを跳ねのける元気すらなく、ただ早く下に行こうと尻尾を振るイーブイにただ強張った笑みを返すことしかできなかった。
私がポケモントレーナーになった日