木の実達の告別交響曲
前半と後半は「*****」でわけています。
よく晴れた日の朝。目を覚ますとそこは一面の雪景色だった。部屋に積もった雪は窓から差し込む光を反射し、目がチカチカとして地味にダメージを受ける。部屋に舞う微量の埃が受けるきらめきを合わせると、一気に冬が来たのかと勘違いしそうだった。
俺は寒さに身を震わせると、再び眠りにつこうとベッドに横になって――、
「って、いやいや! おかしいだろ!? 今の季節雪が降ることは滅多にないし、そもそも雪が降るのなら部屋の中じゃなくて外だろ!?」
そう叫んでベッドから飛び降りると、その冷たさが足の裏から直接伝わってきた。数秒も経たないうちに、俺の本能がベッドに戻ることを命じてくる。だが、ここであの天国に戻っていてはこの季節感を忘れた部屋からの脱出は一生不可能だ。
本能の命令を無視しながら部屋を出ると、まるで俺の部屋の惨状が嘘かのようにいつも通りの光景が広がっていた。テーブルの上に置かれた木の実を食べているピチューこと俺の弟、ナナシが地獄から解放されたにも関わらず震えている俺を見てフッと笑う。
「兄さん、そんなに震えてどうしたの? まさかモモンさんにフラれた時のことでも思い出したとか?」
ナナシの一言で、あの時チェリムであるモモンに言われた言葉が鮮明に甦り、またぶるりと体を震わせる。おい、どうしてくれるんだ弟よ。兄ちゃん、今度はお前が原因で震えが止まらなくなってしまったじゃないか。
恐らく顔を青くしているだろう俺を見て、賢い賢いナナシは原因が別のところにあると気が付いたらしい。俺が名乗っている木の実のオボンを一口かじると、原因を言うように促した。
うん、ナナシならあの部屋のことを知っているに違いない。何たって、この家に住んでいるのは俺とナナシだけだし。逆に誰か住んでいたら、いつから住んでいるのかじっくりゆっくり聞きたいところだな。
「実はな、俺の部屋が季節を飛び越えて冬になっちまったんだよ……」
「は? 兄さん、どこかに頭のネジを999本くらい置いてきたの?」
事実を言ったにも関わらず、ナナシはまるでバカを見るような目をこちらに向けてきた。いや、何だよ頭のネジを置いてきたって。ナナシが言う量だと、もう頭が行方不明になっているレベルだぞ。
「いや、違えよ! 本当に俺の部屋だけが冬真っ盛りで、小規模雪合戦し放題な状態なんだよ!!」
身振り手振りで部屋の惨状を伝えようとしていると、こいつはもう何を言ってもダメだと悟ったのか一部の可能性に賭けることにしたのか、俺の部屋を見てくると言ってきた。あ、最初からそう言えばよかったな。何で気が付かなかった、俺。
早くことを済ませたいのか早足で部屋に行ったナナシは、数分後に戻ってきた。両手がどこか濡れていて、少しだけ赤くなっている気がする。……ナナシのやつ、真実は二の次で俺の部屋で遊んでいただけじゃないだろうな?
俺のジト目を気にすることなく、ナナシは濡れた手をタオルで拭くと信じられないものを見たかのように首を軽く横に振った。
「さっきはごめん。本気で兄さんがバカな妄想を言っていたのかと思っていた。試しに触ってみたりしたけど、本物だった。でも、何であんなことになったの? カゴさんを怒らせたとか?」
「どうしてそこでカゴの名前が出てくる? 残念ながら、昨日も一昨日も一か月前も、カゴを怒らせた記憶はない」
カゴとは、この森に住む色違いのグレイシアだ。氷タイプらしく怒ると凍らせて眠らせるとかいうやつで、俺も以前眠りかけた経験がある。森に住んでいるポケモン達であの惨状を生み出せそうなのは確かにあいつくらいだが、ここ最近怒らせた記憶は一つもない。
「どうして一昨日から一気に一か月に飛ぶんだよ……。まあ、確かに僕も兄さんがカゴさんを怒らせたのを見たことがないし、原因は違うところにあるのかもしれないね」
さて、ナナシにも原因がわからないことがわかった。こうなったら、いつものメンバーに聞くしかないな。部屋をどうするかはあえて考えないようにして家から出ようとした時、背後からか細い声が響く。
「あ、あの……」
ん? 今の声は一体誰のだ? ナナシは見た通り俺の前にいるし、そもそも聞こえてきたのはどこか高くて女性の声のように思えた。だがこの家には俺とナナシ以外いないはずだし……。
まさか、まさかのアレなのか? いや、確かにこの季節に合っていると言えばあっているけど、出てくるのが少し早すぎなんじゃないのか? 主に時間帯とかの意味で。仮にアレだったら俺達勝てないだろ。アレに技効くのかわかんねえし。
振り向こうかどうか迷っていると、俺と違って最初からアレの姿が見えているナナシが怯えることなく口を開いた。
「おはようございます。こんな朝早くに一体どうしたんですか?」
「じ、実は気が付いたらここ……、正確にはそのピカチュウさんが寝ていたところにいたんです。目が覚めた時は酷く驚いてしまって、ワタシ、つい氷技を……」
なるほど、俺の部屋だけ地獄だったのはそういうことだったのか。あと、声の主は氷技を使ったと言った。つまり、アレではなくポケモンということになる。これなら安心して振り向けるな!
何も恐れることなく振り向くと、そこにいたのはロコン……に似たポケモンだった。いや、最初は俺もロコンだと思ったよ? でも色が白いし、頭の毛(?)とか尻尾がふわふわしているし、何より炎技ではなく氷技を使ったようだし……。
正体がわからず唸っていると、正体を知っているらしいナナシが驚いたような声を発した。
「それにしても、リージョンフォームのロコンって初めて見たよ。あの島からどうやってここに来たんだろう?」
弟よ。自分だけ納得して話を終わらすのは止めてくれ。俺はその「りーじょんふぉーむ」という単語から既についていけていないんだぞ? 背中から説明してくれオーラを出してみるも、効いていないのか無視されているのか、ナナシはロコンと一緒にいつもの場所に行くと言い出した。
まあ、いいか。行く間に心優しい弟であるナナシは、俺に懇切丁寧に教えてくれるだろうし。……教えてくれるよな? 俺も理解していることになっていて、皆の前で説明を求めることにはならないよな?
そう心配していたのだが、どうやらそれは当たっていたようだった。
「そんなことも知らないなんて、お前は本当にバカなのか?」
「バカなのは知っていたけど、まさかここまでなんてね……。一度頭を徹底的に冷やして荒治療してみる?」
「頭を冷やすより、思考回路を変える毒を作った方が手っ取り早いんじゃない?」
「――? ――――!」
「いや、もう少しだけ待ってみようよ……? もしかしたら、奇跡中の奇跡が起こるかもしれないよ?」
いつもの場所こと大きな木のある広場のようなところで、俺はナナシに説明を求めてこのように皆にバカだと言われるはめになった。バカと無知はイコールではないと思いたい俺からすれば、ある意味理不尽な展開だ。
くそっ、まさかナナシだけじゃなくてクラボ(アブソル)、カゴ、チーゴ(ロゼリア)、モモン、オレン(ナゾノクサ)までもがロコンの状態について知っていただなんて! これだと何一つ知らなかった俺が悪いみたいじゃないか!!
というか、クラボとオレン以外言っていることが怖すぎだろ!? あの時以上に頭を冷やされたら荒治療を超えてどこか別の世界に行きそうだし、思考回路を変えたいのなら毒以外もっと優しい方法があるだろうし!!
いや、彼女達はまだいい方か!? モモンに至っては言っていることが怖いの範囲を軽く超えていて、俺の脳が理解することを拒絶しているからな!! 見ろ、心なしか他の皆もモモンの発言に青ざめているぞ!!!
まあ、この問題はあえて置いておくとして。この森は森であるにも関わらず他所の情報がバンバン入ってくる、いわゆるハイテク森なのか? まあ確かに色々と便利な森ではあるけれど、そういう面でも便利なのか!? 町とかからも少し離れているのに、一体どこから情報が入ってくるんだ!?
軽い混乱に陥っていると、カゴがそんな俺を哀れに思ったのか「まあ、偶然話を聞いたわたし達ならともかく、オボンなら知らなくても無理はない……のかしら」とフォローになっているのかわからないフォローを頂いた。
「で、これから一体どうするつもりだ? 迷える氷の天使(アイス・エンジェル)をこのままにしておくわけにはいかないだろうし……」
クラボがさらりと素敵ワードを混ぜつつ、そんなことを言う。確かにこのままではダメだろう。広場に行く間に聞いた話だと、ロコンには俺達とは違ってトレーナーがいるみたいだからな。
何で俺の部屋にいたのかわからないんだったら、トレーナーを探すのも一苦労なんじゃないのか? というか、俺達だけでトレーナーのいる場所に行けるのか? ネイティオの力を借りないと行けないんだったら、帰ってこられるのかどうかわからないぞ?
あれこれ考えていると、糸目を開いたチーゴが全身をメラメラと燃やしながら片手を天に突き上げた。おい、もしかしてこれはあのパターンか? チーゴが炎タイプへと転職して俺達が巻き込まれるパターンなのか!?
俺の心配を肯定するかのように、チーゴはロコンが暑さにやられてしまうのでは、と思うほどの燃え方でこう言った。
「皆、ロコンのトレーナーを何としてでも見つけるわよ!!!」
ああ、やっぱりか。予想が当たって何とも言えない気持ちに浸っていると、チーゴが勢いよく炎が宿る目をこちらに向けてきた。彼女はただこちらを見ているだけだが、俺にははっきりとわかってしまった。
『何か理由をつけて捜さない、なんてことは言わないわよね? 元々あなた達が持ってきた話でもあるんだし』
なぜわかったのだろう。あの時と状況が似ているからだろうか。そんなことを考えながら、俺は熱いチーゴと痺れるクラボ、凍えるカゴ達の言葉が飛び交うのを眺めていた。本当は俺も参加するべきなんだろうが、どこにも口を挟む余裕がなかったのだから仕方がない。
*****
ロコンの話した内容から見当をつけ、俺達は森を離れて人間の多く住む町に出てきた。ここは俺もピチューのときから知っている。この町をトレーナーと歩いたのが、ロコンの覚えている最後の記憶らしい。そしていつの間にやら気がついたら俺の部屋にいたという……ほんと、なんでだろうな?
クラボ、カゴ、モモン、チーゴ、ナナシ、オレン、オボンこと俺と、それからロコン。フルーツバスケットかあるいは音楽隊でも始めるのかという大所帯の移動は当然時間がかかりまくり、もう時刻は真夜中。人間とすれ違うことがないのはラクだが、目がしょぼしょぼしてきてロゼリアみたいに糸目になってきた気がする。そのチーゴといえばまだまだ開眼メラメラ状態でいっこうに燃え尽きる気配はない。ほかのみんなも滅多に来ない人間の世界にハイになってる感じだ。俺は眠すぎて誰よりも先に灰になりそうだよ。灰ねずみポケモン、俺。
「ちょっと兄さん、ぶつかってこないでよ。そこのゴミ箱でも寝床にしてなよ」
「その眠気にトドメを刺してあげましょうか」
「トドメより目が冴えるような毒を刺すべきだわ!」
「えっと、結局ねむりごなとどくのこな、どっちがいいの……?」
「────!」
あ、今のモモンの(相変わらず反芻するもおぞましく文字にはとても表せない)言葉にはちょっと目が覚めたぞ。思い出せないような悪夢から無理矢理起こされたときみたいな最悪な目覚めだけどな!! ほかのやつらもみんな好き勝手言いやがって。このノリに困惑気味なロコンを除いて。……あれ、それでも一匹足りないぞ?
「そういえばクラボ、どこ行った?」
「え?」
気づけばクラボがいなくなっていた。このメンバーで一番身体が大きいはずなのに。いつからそんなに影の薄いやつになったんだ? あの素敵ワードの数々でむしろ存在感ありすぎるくらいだろ! 最近はそれほどイケメン自重しろなんて思ってなかったぞ?? いやまったくないかといえばそうとも言い切れないがな!!
「もしかしたら」
「ああぁ……」
カゴが何かに思い当たったようだった。それから、オレンも。カゴが、主に何も知らないロコンに説明するように話し出す。
クラボは元々あの森のポケモンではなかった。人間達に、災いを招くポケモンだと誤解されて、それで森に来たのだった。実際には、アブソルというポケモンは災いを招くんじゃなくて、災いが起こるのを予知できるだけなのに。酷い話だ、うん。
「それじゃ、これから起こる災いを察して逃げたのか? あいつだけで!!」
「オボンのバカ!」
カゴが冷気ではなく直接物理で殴ってきた。あ、俺はまずいことを言ったらしい――
「非道な兄さんならともかく、彼なら災いを予知したら教えてくれるはずでしょ」
ナナシがぼそっと言うのがかなり堪える。いや、今回は俺のほうが非道だった、ほんとに。
「クラボは、人間に傷つけられて森に移ったの。……だから、人間のいるところに来たくなかったんじゃない?」
カゴやオレンもそれぞれ事情があって外から森に来たポケモンだった。だからクラボの気持ちにすぐ気づけたのだろう。俺達は──使命感に燃えるチーゴももちろん──無理を言うつもりもないし、そういうことならと納得した。だからクラボは帰ったのだと、そう勝手に思っていた。
……だけど、違った。そうじゃなかったんだ。
「あれ、カゴちゃんは?」
この話が始まってから初めてまともに発言したモモンの声に、俺達は振り返った。毒しか吐いてこなかったんだなこの子は。どうしてみんなして別のタイプに転職したがるんだ、ブームなのか? 世知辛いぜ……。
「カゴ? おーい……」
呼んでみても、声は暗闇に吸い込まれるだけだった。ひやりとしたものが背筋を駆け抜ける。もしそうだったらよかったのだが、残念ながらこれはカゴの冷気では、決してない。クラボに続けてカゴも、忽然と、いなくなっていた。背中の毛がぞわぞわと逆立つのがわかった。
「は、はは。俺がさっき無神経なこと言ったから怒って帰っちゃったのかな、ははは」
冗談にしようとして声を出したが、それは自分でもわかるほど震えていた。みんなも思いつめた顔をしていて、俺の言葉は中途半端に空中を漂うことになった。
「く、く、クラボもカゴも捜すわよ!」
ひっくり返った声でチーゴが叫んだ。ロコンのトレーナー捜しを始めたときのような燃え方ではなかった。見開いた目もどこか焦点が合っていない感じだ。モモンが「ちょっと待ってよ」と口を挟む。
「クラボ君とカゴちゃんだけの共通点があるの、何だかわかる?」
「えっ、共通点?」
不意に出されたクイズに俺達は困惑した。そんな遊んでる場合か!? あ、四足歩行か? でもそれなら俺もナナシも走るときはそうするし、ロコンだって四足だ――そう思ってロコンのほうを向いたそのとき、ちょうどロコンが口を開いた。
「あの……もしかして、色違い?」
「その通り」
モモンが頷いて、それで俺達は揃って、ああ、と気づいた。そうだ、いつも一緒にいるから意識していなかったけど、クラボもカゴもほかのアブソルやグレイシアとは違う、色違いだ。クラボは赤いから最初俺がクラボって決めたんだったな。結局は運命みたいなもんだったけど。――ちなみにカゴは、色違いが理由で元の住処を離れて森に来た。でもそれをいうならロコンも白いぞ。あ、こっちはりーじょんなんとかだっけか。
「って、色違いだから何なんだよ!?」
「――!! ――――?」
こういう状況でもそんな言葉が出てくるのだ、この子は。これが素であることを、それでもやはり受け入れられない俺がいる。
「つまり、色違いのポケモンは良くも悪くも人間に人気があるってこと……そうだよね?」
オレンが引き取り、話が整理される。クラボも、カゴも、色違いであるせいで悪い人間に連れ去られた――? 俺達が気づく間もなく、突風が枝の先からきのみを一瞬で攫っていくように。
「敵はとても危険なやつかもしれないね」
妙に落ち着き払った様子でナナシが言う。なんでそんな冷静でいられるんだお前は!? オレンも怖がって怯えているだろうと思ったらそうでもなくて、戦いの覚悟を決めたようなきりっとした顔で立っている。俺なんてポッポ肌どころかホウオウ肌(?)が立ちまくっているというのに!! なんだかちょっと暑いな、ホウオウ肌のせいか? なんて思っていたら、隣のチーゴが何故かまたメラメラと再燃していた。お前のせいか。
「相手の正体がわかったら、怯える必要なんてないわ!! 真正面から戦うまでよ!!」
「いや正体まではわかってないだろ!?」
そうだ。
このときも、俺達は、まったくもって見当違いなことを言っていたのだ。
だってこの後、モモンもチーゴも、消えてしまったのだから。
「なあ、なんだかおかしくないか」
「おかしな兄さんが言うんだから間違いないだろうね」
「くっ、兄ちゃんはかなしみのあまりオボン返りしそうだ……」
俺とナナシが横に並び、そしてその前をオレンとロコンが歩いている。実に半分まで減ってしまったフルーツバスケット。フルーツバスケットって人数が減っていく遊びだっただろうか。次に食われるフルーツだーれ?
そう、まるで一口でパクリと食われたようだった。――あのとき、チーゴが先頭に立ち、その後ろを俺達がついて歩いていた。モモンがいないことに気づいて振り返って、顔を見合わせたところで、チーゴもいなくなっていた。夜の闇に丸呑みにされたとしか思えない。
「俺がおかしいと思ってるのは、あのロコンだ」
前のロコンと距離を取って言う。ナナシは予想通り「は?」とジト目だ。
「ロコンが来てから、これだ。みんな、次々といなくなってしまった」
「ロコンのせいだとでも? ロコンが来てからというより、この町に来てから、のほうが正しいよ」
「それは今、同じことだろ?」
「兄さんにしては珍しくもっともらしいことを言うね。でも、ロコンが何かしてるとは思えないな」
「してるんだよ。俺の探偵の血(ブラッド・オブ・ディテクティブ)がそう言っている」
「迷探偵ピカチュウさん。踏み潰されたしわくちゃなオボンのみみたいな顔をすることになっても知らないよ?」
何の話だ。というかそこは普通にツッコんでくれ。俺がわからん。
「とにかく怪しいんだよ。どうして俺の部屋にいた? 何で炎タイプのはずなのに氷なんだ? 全然喋らないのだって何かを隠しているからじゃないのか?」
「落ち着いてよ。いつも落ち着きないけど。どうして部屋にいたのかはわからないけど、氷タイプのロコンは遠くの島にはたくさんいるし、口数の少ないポケモンだって――」
「やけに庇うんだな!! なんだよ、なんでだよ!!」
思えばこいつだって怪しい! 最初、ロコンと会ったときだって初めましてみたいな言い方をしていたけど本当はもっと前から知っていたんじゃないのか? でなきゃどうして俺の知らないりーじょんなんとかを知っている? 俺がバカなだけで済む話か?
オレンだってそうだ。無害そうに見えるやつがこういうとき一番怪しいんだ。今思えばオレンは、みんながそれぞれ消えたときあまり驚いていなかった気がする。肝が据わりすぎている。俺が臆病なだけ? そりゃあ高いところと怖いものは大の苦手だけど! 俺は一体、何を信じればいい??
「――オボンくん! オボンくんってば!」
頭を抱えてうずくまる俺を覆うようにしていたのは、オレンの大きな葉っぱ。消される! と思って飛び退くと、やれやれというようにナナシが溜息を吐いた。
「ロコンが思い出したんだって。トレーナーと離れてしまったときのことを。……それで犯人の目星もついた」
犯人だって? 誰なんだそれは――と言いかけたところで、誰かが叫んだ。
「みんな避けて!」
声の主はオレンだった。避けて、と言いながら自分ではっぱカッターを飛ばしている。やめろやめろ、めっちゃ俺のほうに飛んできてるぞ! なんだなんだ?! お前が攻撃してきてるじゃないか!!
と思ったがどうやら、俺の背後、正確には俺の立っていた場所から月の傾いた角度くらい斜め上に、敵がいた。建物の上から俺達を見下ろす影。
「やっぱり。ロコンの言った通りだったね」
「ちょっと待て何の話だ?」
「勝手に怖がって話を聞いてなかった兄さんは黙ってて」
敵が飛ばしてくる何かしらのエネルギー弾を、ナナシが電磁波で誘導して地面に落とした。器用なことをするもんだな。って感心している場合じゃない。
目を凝らして見てみると、相手は丸いボールのようなポケモンだった。ボール? いや、あれは頭? 見たことあるぞ、あれはネイティオの……
「おい! あいつネイティオじゃん!! あいつも頭のネジが999本取れたのか!? それで頭だけで動いてるのか??」
「あいつも、ってそれじゃやっぱり兄さんもネジを999本置いてきてたんだ」
「俺は頭も胴体も行方不明になってないだろ!!」
「この兄弟何の話してるんだろ……オボンくん、ネイティって知らないの?」
ネイティ……? そういえばそんなのもいたっけ。いたな。
「あの子は、ワタシ達がこっちに来てから仲間入りした子なんです……でも、やきもちやきで」
「ネイティはきっとトレーナーを独り占めしたかったんだ。だからロコンを超能力で飛ばした。それでその着地点が偶然うちだったというわけさ」
そうか。ネイティオの力で遠く離れたところへ行けるが、それは進化前のネイティでも同じこと。ネイティは邪魔者を飛ばすことで、目の前から消していたんだ! クラボ達を消したのも、あいつだ!!
「ナンデ、モドッテクル……イラナイ、イラナイヨ」
「おいおいお前のトレーナー、やばい奴を仲間に入れちゃったんだな!!」
「イラナイノニ……アノヒト、オマエヲサガシテイル、サガシテイル……!」
あの小さい頭からどうやって出しているんだというくらい大量の弾の数々が飛んでくる。怒りで我を忘れているせいか弾道は直線的なワンパターンで、避けるのは容易い。が、いかんせん数が多くて反撃もままならない。俺も、ナナシも、オレンも、ロコンもかわすので精一杯だ。せめて、せめてあと一匹誰かいたなら!
「夜に充ちたこの世界で、血色の月光の眷属たるこのオレをコケにするとはいい度胸だ」
はっ、その声、その痺れる素敵ワードは!
「この前は赤の翼がどうとか言ってなかったかしら」
「――! ――――!」
「あなた達! たった一匹相手に何を手こずっているのよ!!」
聞こえてきた声に、ネイティの弾幕が止んだ。ネイティのいる建物よりもさらに高いビルから見下ろすように立っていたのは、月明かりに照らされた四色の仲間達。
「お前ら! 無事だったんだな!!」
下に俺達四匹、上にクラボ達四匹。フルーツバスケットの真ん中になってしまった、上下とも塞がれた当のネイティは思考停止したのか硬直状態。今だッ! と俺が電撃を放とうとしたそのとき――
ロコン! ネイティ!
人間の声がした。
「そっか、もうあの島に帰っちゃうんだね」
いつもの大きな木がある広場のような場所に俺達は集まっていた。次の日の夕方のことだ(他のやつらはどうか知らないが俺は森に帰ってからずっと寝ていた。部屋が雪解けの水びたしで現実逃避したかったのもある、起きちゃったけど)。
「ネイティは? 一緒に島に行くのか?」
クラボの問いに、はい、とロコンは穏やかに答えた。
ネイティがロコンを飛ばした後、トレーナーは必死になってロコンを捜していたという。それがネイティをさらに追い詰めた。自分のことは二の次で、ロコンばかり気にかけているのだと思ってしまった。けれどもあの後――つまり、あの夜トレーナーが俺達の前に現れた後――トレーナーが、ロコンに続いていなくなったネイティのこと(実際にはロコンを追い返すためにほんのちょっと離れただけだったが)も同じように捜していたことを知り、自分も大切にされていると実感したのだとか。
あ、ちなみに俺達の知っているネイティオとあのネイティは何の関係もなかったし、ネイティオの頭が行方不明になっているということももちろんなかったから安心してほしい。念のため。
「あの子がもっと力を制御できるようになったら、みなさんをワタシ達の島に招待しますね」
「おう! 楽しみにしてるぜ!」
「オボンにあの感覚が耐えられるかしら」
カゴが地味にぼそっと言ったのが気になったが、気にしないことにする。
「高いところを浮遊させられるようだったな」
クラボまで何か言っているが聞こえない聞こえない。
「というか何であのときクラボ達は飛ばされたんだ? ロコンだけでよかったじゃないか」
「オレに関しては多分、ネイティにとって脅威だったからだろう」
クラボが説明してくれる。クラボはやはり、悪いことが起こるのを事前に察知していたらしい。だけどネイティの存在に気づいたまではよかったが、それを俺達に報せる間もなく飛ばされてしまった。ネイティこええ。こっちのネイティオも怒らせないようにしないとな。
「カゴさんのことについては、ワタシと間違えたのだと思います」
ロコンが言う。まあ同じ氷タイプで、四足だしな。
「これも推測だけど、カゴがいなくなった後、みんなちょっと怖がったじゃない? 主に兄さんだけど。それで効果があると見込んで順番に消していくことにしたんじゃないかな」
「効果はバツグンだったよね」
「ちょっ、オレンそれは言うなって」
笑い声が上がる。
「……それじゃあ、そろそろ時間みたいだから行きますね」
元気でな、とか、また会いましょう、とかみんなが声をかけていく中、俺は思い出して慌てて言う。
「俺の部屋の水! 雪が解けて雪合戦どころかプールになってるから! あの水どっかに飛ばしてくれるようにネイティに言っといてくれよ!!」
「はい、必ず。ご迷惑をおかけしました。――それと、ありがとうございました!」
そんなふうにしてロコンと俺達は別れた。西日に向かって歩いていく白いロコンは、夕方の橙色に塗られて朱く見えた。部屋が冬になったり、ロコンが炎じゃなくて氷タイプだったり、みんなが消えたり、思えば信じられないことばかりだったな。
一匹、また一匹と夕闇の中に消えていく。もちろん誰かに消されているわけじゃなくて。俺とナナシとで離れていく仲間に手を振って、それぞれと別れる。
「あああっ?!」
自分の部屋に戻った俺の第一声はそんな叫びだった。
何も、ない。
部屋に積もっていた雪が解けた後のプールだけにとどまらず、俺が寝ていたベッドも、そのほかの家具も、何もかもが、ない。なくなっている。まるで、そこの壁に空いた穴から吸い出されたよう……ってこれ窓があったところじゃないか! 窓までない!!
「ネイティ!! おい返せ俺の窓!」
「うわあ、新しい部屋に引っ越してきたみたいでよかったね」
「それお前絶対わざと言ってるだろ! どこで寝ればいいんだよ!!」
「ゴミ箱でも寝床にしてなよ……ってつい最近も同じこと言ったかも。ああ、ゴミ箱も飛ばされちゃったか。一緒の部屋で寝かせてとか言わないでね」
あ、ちょっと待て、お待ちください我が弟よ。俺が言うより先に、すたすたと自分の部屋に戻っていくナナシ。
「そして誰も――いや、何もなくなった、か」
がらんとした部屋の真ん中で、俺の声はむなしく消えるのだった。