てんとう様
※企画に投稿した文ほぼそのままなので、いつもとは違う書き方の部分があります。ご注意を。
――ねえ、てんとう様って知ってる?
てんとう様。夜中にあるおまじないをすると現れ、呼び出しに成功したら3つだけこちらが知りたいことを教えてくれる。今、学校中で噂になっているポケモンだ。
その噂を初めて耳にした時、どうせ特定のクラスや学年の中だけで広まってすぐに消えると思っていた。
事実、過去にも「校庭にある白い岩に毎日願い事をするとジラーチが願いを叶えてくれる」「校長室の扉に向かってなみのりを使うと異世界に行ける」という噂が流れたけどすぐに消えてしまった。
いや、正しくは消えてしまったというより「噂するのを禁止されてしまった」だ。あの頃は毎日のように大勢の生徒が校庭に集まったり、校長室の前をうろつく生徒が何人も現れたりで先生も苦労していたらしい。禁止になるのは当然の流れだったのかもしれない。
でも、禁止になったのは間違いなくあの出来事が原因だ。ある日のこと、遂に勇気ある何人かの生徒が校長室の扉に向かってなみのりを使ってしまった。かなり大きな出来事、大事件だ。
校庭や校長室に集まるのも悩みの種だと思うけど、なみのりを使うのはそういうレベルじゃ収まらない。技によって現れた水のせいでずぶ濡れになった廊下、そして恐らく校長室を見て、苦労や怒りが限界に達した先生達がすぐに噂するのを禁止にしてしまった。
実行した生徒達は罰としてしばらく停学を喰らったらしいけど、今はどうしているのかな。名前は知らないから仮に会っていたりすれ違っていたりしてもわからないし、無理に知るようなことでもないか。今気にするべきはてんとう様だ。
てんとう様の噂はそもそも内容からして怪しい。もしもてんとう様がエスパータイプならなんかこう、それらしい力で知りたいことを教えてくれるかもしれない。伝える手段はテレパシーとか、ねんりきやサイコキネシスを使っての筆談とか。
でも、てんとう様は――誰かから聞いたわけではないから断言はできないけど――むし・ひこうタイプだ。そんな力があるわけない。伝える手段もジェスチャー以外ほとんど思い浮かばない。
僕がその考えに至った理由はすごく簡単だ。てんとう様の「てんとう」は、恐らく天道虫のてんとう。天道虫と聞いてすぐに思い浮かぶのはレディバやレディアン。ほら、答えなんてわかりきっている。
それなのに誰1人正体については触れず、ただ「夜中におまじないをすると現れる」「こちらが知りたいことを教えてくれる」点だけに触れている。
僕はそれを「誰もわからないから触れない」ではなく「誰もがわかることだから触れない」のだと解釈した。自慢じゃないけど毎回テストでギリギリ2ケタの僕でもわかるのだから、他の皆もすぐに辿り着くはずだ。
もしかすると噂の違和感をわかってはいるけど、言ったら夢が壊れるから言い出せない。そんな感じなのかもしれない。
ひと言で終わってしまうような夢をわざわざ壊すほど捻くれていないから、僕は噂に興味がないふりをしてそっと噂が消えるのを待った。
たくさんのチェリム達が愛でられようと現れ始めるまで待って。
澄み切った空の下、テッカニン達が騒ぎ出すまで待って。
結構な数のバケッチャやパンプジンが町中をうろつき出すまで待って。
天気が悪い中でも懸命に働くデリバードがプレゼントを配り終えるまで待ち続けて――。
――気が付くと、てんとう様は学校で知らない人はいないほど有名な噂になっていた。生徒だけじゃなくて先生まで噂を口にしているのだから、ぽかんとした表情をする以外の反応ができない。
ユーモア溢れる先生ならともかく、普段ならこういう噂にいい顔をしない先生もなのだから尚更だ。ここまで来ると単に皆の興味で噂が広がっているんじゃなくて、誰かが意図的に広めているとしか思えない。もしくは洗脳されているとか。うん、そうに違いない。
1人そう納得してから数日後。学校には異様としか言えない光景が広がっていた。先生も生徒も口を開けばてんとう様のことしか話さない。授業はしているようでなにもしていない。よく見るとその人は目の焦点が合っていない。
お父さんやお母さん、近所のおじさん達に異変を伝えてもまともに取り合ってくれない。想像力が豊かなのはいいことだけど、それを勉強に活かせと言われてしまった。どうやら異変に気が付いているのは僕だけみたいだ。
これはもう、噂がそっと消えるまで待つとかそういう範囲の話じゃない。僕が、僕だけが普通なんだ。そう気が付くと、すぐに行動を開始した。幸い、必要なものは家の中に揃っている。
翌日、月が綺麗な夜のこと。僕は膨らんだリュックを背負うと静かに家から抜け出した。普通に出かけるわけじゃないから、お父さんやお母さんには言えない。言ったらあの時と同じようにまともに取り合って貰えない。ただ関係ないところだけを指摘されるだけだ。
でも、どうしても確かめたい。てんとう様の噂は本当なのか。もしも本当だったら、いったい誰が噂を広めているのか。どうして皆は変になったのか。結局噂はただの噂だったとしても、なにかヒントくらいは掴めるはずだ。
足の震えを必死に抑えながら、僕は近くの森へと入っていった。
・・・・・・・・・・
てんとう様を呼び出すには「夜中に森の奥に入り、使用済みのモンスターボールを地面に置く」「心の中で10回『てんとう様てんとう様、このボールにお入りください』と唱える」必要がある。
逆に帰って貰うには「心の中で10回『てんとう様てんとう様、このボールからお帰りください』と唱える」「モンスターボールを踏みつぶす」らしい。
夜中は何時から何時までなのか、森の奥はどこまで行ったら奥なのか。そういう詳しいところは噂として流れていない。確かな情報じゃないから噂として扱われるのだとしても、せめて時間は指定して欲しかった。
僕はなんだか「出る」気がするケンタロス時を選んだから、恐怖と親にバレた時が怖い。ケンタロス時はクサイハナやオーロットも眠る、と言うからてんとう様も寝ているのかもしれない。
ここまで来て、出てきたのは「ただ今寝ています」という文字が書かれた紙だったとしたら。僕は仕返しとして噂はやっぱり噂だったと学校――いや町――違う、ネット中に広めるしかない。親に叱られる恐怖と比べればのろいなんて怖くない。
懐中電灯で先を照らしながら、なるべく物音を聞き取らないように考え事を続ける。今でも自分が落ち葉を踏みしめる音やホーホー、ヨルノズクの鳴き声、風で木々が揺れる音が僕にじわじわと恐怖を与えている。
ここで懐中電灯の電池が切れたら、でんこうせっかの速さで逃げられる。そう迷いなく言える。なんなら今でもこうそくいどうを使った速さで逃げられる。フラッシュが使える手持ちとあなぬけのなわを持ってくればよかった。
真相を確かめたらすぐに帰るからと、必要最低限の準備しかしてこなかった自分が恨めしい。もっとも、今は学校の授業で必要になった時にしかポケモンや道具に関する行動をしない僕が突然動いたらお母さんに怪しまれるから、どっちにしても無理だったと思うけど。
問題はこの森のどこまで行けば奥になるのかだった。体感では結構進んでいるけど、実際はどこまで進んでいるのかわからない。ダンジョンじゃないんだから、奥に進んでも景色が変わらないのは当たり前か。
地図は今いる場所がわからなければ頼りにならないし、誰かに聞くにもこの時間に電話するのは迷惑以外の何者でもない。それ以前にかけてもまともに答えてくれると思えない。頼りになるのは自分の勘だけだ。自分を信じて最適な場所まで進み続ける。
ということで、ここでおまじないをすることにした。体感で結構進んだのなら、実際も結構進んでいるはず。失敗すると大変なことが起こるとは聞いてないから、そこだけは安心して試せる。
すぐにリュックから使用済みのモンスターボールを取り出し、地面に置く。恐らく必要なモンスターボールは1個だけだ。でも、僕は念には念を入れてたくさん持ってきていた。想いが届きますようにと、持ってきたモンスターボールを全て置く。
ゲットの失敗で使えなくなったモンスターボールはすぐに捨てると思うから、普通に用意するのは大変だ。まさかの時に役立ったことを考えると、本当に人生なにがあるかわからない。
リュックの中にモンスターボールが残っていないのを確認すると、呼び出しに必要な呪文を唱え始める。実際に声に出すんじゃなくて心の中で唱えるから、声を聞かれて人やポケモンが来る心配はない。
……もっとも、人が来るのなら懐中電灯の明かりを見た時点で来ると思うけど。誰が見ても怪しいし。一応、懐中電灯のスイッチを切っておこう。ここなら月明りが入ってくるから、見ようと思えば見えるはずだ。
てんとう様てんとう様、このボールにお入りください。てんとう様てんとう様、このボールにお入りください。てんとう様てんとう様、このボールにお入りください。てんとう様てんとう様、このボールにお入りください。てんとう様てんとう様、このボールにお入りください。てんとう様てんとう様、このボールにお入りください。てんとう様てんとう様、このボールにお入りください。てんとう様てんとう様、このボールにお入りください。てんとう様てんとう様、このボールにお入りください。てんとう様てんとう様、このボールにお入りください。
……これで10回言ったかな。脳内で唱えると同時に数えてもいたから、カウントが少しごちゃごちゃだ。足りなかったら追加で言えばなんとかなる、のかな。失敗しても大変なことは起こらないとはいえ、後出しは正規の方法として認められるのかどうか。
もう1回やった方がいいのかと悩んでいると、突然地面のモンスターボールが全て開いて赤い光線を空中に放った。中は空っぽで誰も触れていないのに、どうして光線が?
一種の錯覚かもしれないと目を擦っても、目の前の光景は変わらない。赤い光はなにかを形作るようにうごめき、光っている。恐怖よりも驚きが勝ってその場で固まっていると、光線が突然ぴたりと止んだ。
消えた光の向こうに見えたのは、いつからか姿を見せなくなっていたクラスメイトのユリアさん。月明りを受けて妖しく輝く大きな目が、僕の姿をはっきりと捉えた。
『久しぶり、クロエさん』
「う、うん。久しぶり。おまじないをしてユリアさんが現れたってことは、ユリアさんがてんとう様?」
『違うけど合っている、かな』
「どういう意味?」
『わたしはてんとう様じゃない。でも、てんとう様には関係しているってこと』
「……ごめん。全然わからない」
『ああ、そうね。あなたはそういう人だった。じゃあ、教えてあげる』
『てんとう様の噂を最初に流したのは、このわたしよ』
「え!?」
ユリアさんが噂を流した? ということは、皆がおかしくなったのもユリアさんが
『聞かれる前に言っておくけど、それ以外にはノータッチだから』
疑いの目を向けようとした矢先に否定されてしまった。おかしい。僕は考えがすぐ顔に出るタイプじゃないはずなのに。
『顔に出なくてもしばらくあなたと接していたら大体読めるようになるわ』
衝撃の事実を聞かされ目を点にする僕なんかおかまいなしに、ユリアさんは視線を足元のモンスターボールに向ける。
『……随分とたくさん用意したのね。あなたには罪悪感がないのかしら』
「な、なんのこと?」
『とぼけないで。わたしは知っているの。いえ、これには少し誤りがあるかしら。わたしは「教えられた」の』
「教えられたって、誰に」
『あなたが呼び出そうとしていた噂のポケモン。てんとう様によ。わたしは彼、いえ彼らからたっぷりと聞かされた』
『あなたが昔、たくさんのレディバやレディアンを森に捨てたという事実を』
咄嗟に口は動いたけど、言葉はなにも出てこなかった。反論しなかったんじゃない、反論できなかったんだ。ユリアさんが語った言葉は、紛れもなく真実だったから。
僕は昔、毎日のようにレディバやレディアンを捕まえてはすぐに捨てていた。どうしてそうなったのかはよく覚えていない。たぶんモンスターボールの命中率を上げたいとか、皆に今日はこれだけゲットしたんだと言いたかったとか。そんな感じだと思う。
一度にたくさん買っていたとしても、あっという間に使えるものがなくなり使用済みのもので溢れてしまう。でも、ゴミ箱に捨てたらその多さに理由を聞かれるから捨てられない。仕方なく部屋に隠してまた買う。
その繰り返しをしているうちにバレて、僕はしばらくの間家から出ることを許されず学校の授業以外でポケモンや道具に関する行動もできなくなった。時期が時期だったせいもあってクラスメイトとは違う学年になったけど、自業自得だから文句は言えない。
あまりに大量に隠されていたモンスターボールは少しずつ処分していったものの、まだ家に残っていた。今回使ったのは、まさにそのモンスターボールだった。
「確かに、僕は昔レディバやレディアン達を捨てた。でも、別にそれ以上のことはしていない!」
『それ以上のことはしていない。確かにそうね。捨てる場所が、彼らが元いた場所はレベルが全然違う森じゃなかったら、そう言えたかもね』
「え?」
『気付かなかった? あなたのパートナー、ジュプトルはみねうちを覚えていたから誰もひんしにしないでゲットできていたけど、あの場所では不似合いなくらいレベルが違っていたの』
「……いくらバトルしても進化しないから、てっきりレベルが低いのかと」
『それは、当時持たせていた道具がかわらずのいしだったから』
「え、ただの石じゃなくて?」
『そう。普通ならとっくに進化していた』
「ええ……」
あの頃の、僕の全てをかけて注いだ努力はいったい。言われてみれば、ジュプトルは暇さえあればあの石をなくそうとしていた。その度に僕が持ち直させていたけど、そうか。そうだったのか。だからあいつは今もお父さんから貰った時と同じ姿なのか。
『ついでに言うと最初はキモリだから。初めからジュプトルじゃないから』
「ええっ!?」
ジュプトルって最初からジュプトルじゃなかったの? いや、言われてみればいつかの授業で習った記憶があるけど、今の今まで忘れていた。僕の反応に深い、深すぎるため息を吐いたユリアさんは額に手を当てる。
『想像通りとはいえ、これじゃ話が進まない……』
彼女からすると、そんなに進んでいなかったのかな。僕としてはかなり進んだ感じがするから、よくわからない。
『もう勝手に話を進めるけど、あなたに捨てられたレディバやレディアンはレベル差のせいで生き抜くことができなかった。力に叩き潰され、跡形もなく食い尽くされてしまった』
「……」
『恨みから輪廻の輪に乗れない魂はあなたが止まるまで集まり続け、やがて元の魂とは全く別の姿で具現化した』
「それが、てんとう様?」
『ええ。わたしはある時偶然彼らを見かけ、その珍しさから捕まえようとした。でも失敗して――逆に、彼らに囚われてしまった。噂を耳にして実行した人々も囚われた。彼らは恨みを晴らすまで、わたしや学校の皆を解放するつもりはない』
「学校の皆、ということはやっぱり町の人達も?」
『違う。学校の皆が意識を操られているのは、あくまでもあなたがそこにいる時だけ。ずっと力を続けることはできないから、いなくなれば元に戻る。穴が開いた分はそれぞれが勝手に補っているから、町の人はよほど学校と関わりがないと気が付かない』
「なんだ、それ……」
『それよりも気にならない? なんでてんとう様を呼び出す言葉が、帰す言葉が10回なのか。どうして使用済みのモンスターボールを使うのか、帰す時は踏みつぶすのか』
「それは……」
気にならない、と言ったら嘘になる。話からして僕の過去の行動がてんとう様を生み出した原因だから、いくら僕でもそれに由来するものかなと予想はつく。でも、僕は過去に1回もモンスターボールを踏みつぶした記憶がない。
『言葉はあなたが1日にレディバやレディアンを捕まえ捨てたおよその回数。使用済みのモンスターボールを使うのはあなたへのメッセージ。それを踏みつぶすのは、自分達はもうそこに納まるつもりはないという意志表示』
「意思表示?」
『そう。例え心の底からあなたが謝っても、絶対に許さない。あなたが彼らをそこから捨てたように、自分達もあなたを捕らえているものから捨てる』
「僕は、なににも捕らわれてない!」
『いいえ、あなたは色々なものに捕らわれている。世界。地方。町。学校。家。そして、体』
そこまで聞いてなにをしようとしているのかわからないほど、僕もバカじゃない。そもそも、ユリアさんが出てきた時点で逃げるべきだったんだ! 頭の中では慌てて逃げようとしているのに、体はぴくりとも動いてくれない。それどころか、視線すら自由に動かすことができない。
『わたしは最初、こうすることをためらっていた』
『彼らから逃げたくて1回だけ助けたを求めた』
『あなたは気付いてくれなかった。助けてくれなかった』
『たった1回と思うかもしれない』
『でも、それはわたしにとって最初で最後のチャンスだった』
耳を通り過ぎていく言葉と連動するように、なぜか脳裏を噂が消えるまで待っていた時間の出来事がよぎっていく。不思議に思うと同時に今、気が付いた。今更、気が付いてしまった。
『だから、もうためらわない』
振り返ると。
いや。
振り向かされると。
そこにはかなめいしではなくからモンスターボールに繋ぎ留められた、レディバやレディアンの体よりも赤いミカルゲが。世にも恐ろしい形相で僕を睨みつけていた。
「ちょっと、待――」
クロエさんクロエさん、この体からお帰りください。クロエさんクロエさん、この体からお帰りください。クロエさんクロエさん、この体からお帰りください。クロエさんクロエさん、この体からお帰りください。クロエさんクロエさん、この体からお帰りください。クロエさんクロエさん、この体からお帰りください。クロエさんクロエさん、この体からお帰りください。クロエさんクロエさん、この体からお帰りください。クロエさんクロエさん、この体からお帰りください。クロエさんクロエさん、この体からお帰りください。
・・・・・・・・・・
――ねえ、クロエさんって知ってる?
「クロエさん」 終わり