ツインエンヴィー
※企画に投稿した文そのままなので、いつもとは違う書き方の部分があります。ご注意を。
何度目かの恋が砕けた。
ポケモンバトルで負けた時のように目の前が真っ暗になって、相手の言葉も放課後のチャイムのようにどこか遠くに響く。
代わりにわたしの脳内を占めるのは、一つの思い。
また、雪音に負けてしまった。
* * * *
わたしには同じ顔、同じ声をした妹がいる。俗にいう双子というものだ。若干の得意不得意の差はあるとはいえ、お互い持っているカードはほとんど同じ。スタート地点だけで言えば、わたし達は平等と表しても過言ではないのだ。
それなのに、いつもゴールに行くのは雪音。勉強でも。ポケモンバトルでも。……恋でも。
今回もそうだった。わたしは同じポケモンスクールに通う先輩に恋をして、告白するかどうか散々迷った挙句、告白スポットとして有名な場所で告白することにして。
気持ちは嬉しいけど、自分が好きなのは雪音だからごめん。そう言われて。もう慣れたことだけど、ごめんと言われるのはわたしが可哀そうだと、雪音より下だと言われているようで嫌だった。
双子なのに、何でこれだけ違うのだろう。
失恋の悲しみと雪音への感情を燻ぶらせたまま家に帰ると、ただいまと言うより前に玄関で熱烈な歓迎こと体当たりを受けた。その送り主はわたしのパートナーであるピカチュウだ。ニックネームはいいものが思いつかなかったのでつけていない。
今日は休みでポケモンスクールもしていなかったから置いて行った。というより、いると勝手にボールから飛び出してその場の雰囲気など気にせず遊び始めるので、いつもこっそり置いて行くことにしている。
少し離れる度にこういう反応をされると、やはり彼はどうしようもないほど遊びたがりでわたしが大好きな寂しがり屋なのだとわかる。どれかだけなら対策のしようがありそうだけど、三つが重なるとなかなか難しいのが問題だ。
ピカチュウは尻尾をぶんぶんと振りながら、わたしに頭を擦りつけてくる。何度も何度も鳴いては、もう自分を置いて行かないでくれ。そう視線で訴えてくる。
思わず、頬にスリスリして慰めたい衝動に駆られる。だけど、実行するとわたしが大変なことになるうえ、ピカチュウも泣きそうになるので何とか思い留まる。
同じことをもう何度もやっているからそろそろ愛想をつかされるかと思ったものの、わたしはまだ大切なパートナーとして認識されているようだ。
その事実にホッとすると同時に、そんなピカチュウの気持ちを毎回無視していることに罪悪感を覚える。
ピカチュウが原因に気が付いてくれれば、このような棘の痛みに悩まされることもないのだけれど……。彼からそれを奪ったら何も残らないような気がするし、こちらの勝手な理想を押し付ける気にもなれない。
ピカチュウはピカチュウだ。それでいいじゃないか。パートナーのことではそう言い切れるのに、いざそれをわたし自身や雪音にやろうとすると上手くいかない。
わたしと雪音は双子なのに。配られたカードは同じなのに。
どうして雪音ばかりがいい思いをするの?
そんな想いが心の深い場所から生まれ出て、うっかりすると口から零れ落ちそうになる。今もその思いが零れそうになって、思わずぐっと歯を食いしばる。
その刹那、静電気と共に温かなものが頬を撫でた。正体は視線を向けなくてもわかる。
ピカチュウの舌だ。ピカチュウはわたしの表情を見て、何かあったと思い心配して舐めているのだ。静電気は恐らく頬が近くなったのが原因で、特性が発動したのだろう。
「大丈夫だよ」
そう呟いてピカチュウの頭を撫でていると、二階から雪音と彼女のパートナーであるイーブイが降りてきた。イーブイはわたしとピカチュウを一瞥した後、つまらなさそうに奥の部屋へ消えてしまう。
雪音はそんなイーブイに苦笑いを零す。
「いつも仲が良いね」
わたし達に向かって微笑むと、雪音はイーブイを追って奥へと消えた。その目には、若干の羨ましさが見え隠れしていたのをハッキリと覚えている。まるで、雪音とイーブイでは到底できないことのように。
ああ見えて雪音とイーブイの仲が良いことは、わたしが一番よく知っている。どうして懐き進化しないのか、不思議なくらいだ。
それなのに、「羨ましい」?
わたしが普段、どれだけ雪音のことを「羨ましい」と思っているかも知らないで。雪音に負ける度に、わたしがどれほど泣きたくなっているかも知らないで。
……ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな! そうやって、いつも劣っているわたしを嗤って!!
ピカチュウを撫でる手が止まった。次から次へと心の深い場所から歪なものが生まれては、耳元で真っ黒な波音を立ててくる。ピカチュウが耳を下げ、心配そうにこちらを見ている。
もう、耐えられない。このままではピカチュウに歪んだ感情をぶつけてしまう。それは八つ当たりにも程がある。わたしはさっきよりも強く歯を食いしばると、ピカチュウを離してから家を飛び出した。
● ● ● ●
何度目かの恋が実った。
嬉しいはずなのに、ポケモンバトルで負けた時のように目の前が真っ白になって、相手の言葉もトンネルの中のように響いては消えていく。
代わりに私の脳内を占めるのは、一つの思い。
また、初音より上になってしまった。
* * * *
私には同じ顔、同じ声の姉がいる。俗にいう双子というもので、髪型を左右反転させていないと親でも間違うことがある。神経衰弱のカードのように、好きな色やポケモンも全く同じだ。
それだと相手が髪型でしか区別をつけられないので、私は白とイーブイを選び、初音は黒とピカチュウを選んだ。そのせいでモノクロ姉妹やピカイブ姉妹と呼ばれることが多いけど、それはそれで個性的でいいと思う。
それほどそっくりな私達だけど、これでもかというほど違う点が一つある。それは私が幸運体質で、初音が不幸体質ということだ。誰かからそういう体質だと言われたことはないものの、そうとしか思えないほど私と初音は違った。
例えば、二人で同じように勉強したとする。同じような勉強の仕方なのだから、結果は似たようなものになるのが普通だろう。でも、いつも私が上で初音が下になる。これは記憶力が違うのでは、と言われたらそれで終わるかもしれない。
ポケモンバトルもそうだ。種族の違いもあるとはいえ、戦略などはまるで鏡のように似ている。それなのに、結果はいつも私の勝ち。相手が私じゃない場合でも、大抵私だけが勝って初音が負けるのだ。これもポケモンが違うからでは、と言われたらそれまでだろう。
……恋でも、同じだ。私が惚れると告白されるのに、初音だと告白して振られる。見た目で決めたというのなら、別に私じゃなくてもいいのに。
その反応が何だか虚しくて、私はいつも告白されても振ってしまう。それで初音とくっついてくれればいいのに、相手はいつまでも私を引きずっては再チャレンジを願うのだ。こちらは振ったのだから、潔く諦めてくれればいいのに。
そして、このような体験を繰り返す度に思う。また、初音より上になってしまったと。私が下なのは、せいぜいパートナーとの仲の良さくらいだ。
これだけ聞くと、私は何て嫌なやつだろうと思う人もいるかもしれない。でも、私は初音を下に見たかったんじゃない。
同じになりたかったんだ。
上とか下とか関係なく、同じような存在になりたかった。
同じスタート地点に立っているのだから、ゴールだって同じにしたかった。双子らしいエピソードをたくさん作って、いつの日かお互いそれで笑いあえるようになりたかった。
双子なのに、何でこれだけ違うのだろう。
椅子の上でいつもの虚無感と初音への感情を燻ぶらせていると、ボールからイーブイが飛び出してきた。私のネーミングセンスは壊滅的なので、ニックネームはつけていない。
「イーブイ」
声をかけて撫でようとするも、イーブイはその手をすり抜けて一匹でベッドを占領した。
昔からクールな性格だとは思っていたけど、この頃更にクールになった気がする。一度も体を擦り寄せられたことがないので、今でも彼に懐かれているかどうかわからない。
こういう時、いつも初音のピカチュウを思い出す。ピカチュウは本当に初音のことが好きだった。今日のように置いて行かれた時なんかは、玄関で初音が帰ってくる時を今か今かと待ち続けるくらい。
イーブイだと今のようにベッドを占領しているか何かに噛みついているか、すれ違ってもいないかのように扱われるかだろう。ポケモンスクールの皆は私達の仲がいいと勘違いしているけど、一体どこをどう見ればそう映るのだろう。
何をするでもなく椅子を回していると、一階から扉が開く音とピカチュウの歓喜の声が聞こえてきた。恐らく、いや絶対初音が帰ってきたのだろう。それ以外でピカチュウがあれほど嬉しそうな声を出すとは思えない。
ピカチュウの声を聞いてか、イーブイの片耳がピクピクと動く。視線が一瞬だけ私を捉えたかと思うとすぐに逸れ、イーブイはベッドを降りて一階へ向かってしまった。
今のは何だったのだろうと思いながらも、彼がどこへ行くかが気になって私も後をついていく。偶然にも同じようなタイミングで一階に降りると、イーブイは初音とピカチュウを一瞥して奥の部屋に行ってしまった。
……本当にクールだなあ。思わず苦笑いが零れる。それから初音達を見ると、初音は頬を舐められていてピカチュウは撫でられていた。
いつも通り、羨ましいくらい仲が良い。
「いつも仲が良いね」
思わずそう口にすると、続けて「どうしたらそうなれるの?」と言いそうになる。だけど、言わない。絆は、教えて貰って築くものではないだろうから。言葉をグッと飲み干すと、すぐにイーブイを追いかけることにした。
イーブイは昔から放っておくとなぜか適当なものに噛みつくので、クールだろうとあまり懐かれていなかろうと目が離せないのだ。どうして噛むのかはわからない。候補を挙げるとすれば、懐かれていないことだろうか。
やや駆け足で部屋に入ると、イーブイはちょうどソファーのクッションに噛みつこうとしているところだった。慌てて抱きかかえて止めると、彼はじたばたと暴れてすぐ床に降りてしまう。
長年一緒にいるのだから欠片くらいは懐いている。そう願いたかったけど、やっぱり全然懐いていないみたいだ。進化していないのが、その最たる証拠だろう。少なからず落ち込む私をよそに、イーブイは片足で耳の裏をかいている。
どうすれば仲良くなれるのだろうか。そう思っていると、突然玄関の方から扉が乱暴に閉まる音とピカチュウの驚く声が聞こえてきた。イーブイが片足を上げたまま数秒固まった後、慌てるように玄関へと向かう。
聞こえてきたものやイーブイの反応を考えても、ただ事ではない。私も急いで行くと、そこには耳をぺたんと下げ、今にも泣きそうな顔で玄関の扉を見るピカチュウの姿があった。……初音の姿は、どこにもない。
初音に一体何があったのだろう。様々な嫌な予感が脳裏をよぎり、それを振り払おうとぶんぶんと首を横に振る。第三者がいたのなら別だけど、ピカチュウの様子を見る限りそうではないだろう。
どうして飛び出したのか、初音に聞かないといけない。大丈夫、初音が向かった場所は大体わかる。まるで見ているかのように予想がつく。
それはそうだ。だって、私と初音は双子なんだから。
〇 〇 〇 〇
夕日が照らす中走って、走って、走って。辿り着いたのは小さい頃よく雪音と一緒に来ていた公園だった。呼吸を整えるため、近くのベンチに腰を下ろす。視界の端が風に揺れるブランコを捉えた時、ふと懐かしい記憶が甦った。
あの頃はよかった。まだ、胸の燻ぶりを自覚していなかったから。純粋に雪音のことを凄いと思えていたから。いつからだろう、雪音を嫉妬の目で見るようになったのは。同じカードを配られていながら、圧倒的な才能を見せつける彼女をただの妹として見られなくなったのは。
思い出せば思い出すほど、わたしの醜さが浮き彫りになっていく。雪音に嗤われるのも納得するしかないだろう。もしかすると、ピカチュウも心の隅ではわたしのことを嗤っているのかもしれない。
まるで底なし沼に沈むかのように負の感情に浸っていると、
「――初音!」
遠くから、わたしと同じ声が聞こえてきた。……もしかすると。いや、絶対そうだ。わたし達はこれでも双子。どちらがどこに行くかなんて、見ているかのように想像できてしまうに違いない。
小さな期待と大きな不安、いや暗い感情と共に声がした方向を見ると、予想は的中していた。さっきまでの映像を第三者視点で見たかのような光景。荒い息をした雪音がそこに立っていた。
傍にはイーブイとピカチュウがいる。どちらも同じように荒い息をしていたものの、ピカチュウはすぐにわたしの膝に飛び乗ってきた。ぐりぐりと頭を押しつけ、尻尾をちぎれるくらい振っている。
嬉しいけど、辛い。どこかかけ離れているような感情を覚えていると、雪音が一体どうしたのかと問いかけてきた。その表情は純粋な疑問に満ちていて。わたしの悩みなど露も知らないと語っているようで。
歯が痛くなるほど食いしばって。
心がはち切れそうな飲み込んで。
心が耐えられるギリギリまで耐えてきた感情が、遂に爆発した。
最初の怒りの矛先は、座っていたベンチ。衝撃から拳が痛いけど、そんなのどうでもいい。ピカチュウが尻尾を振るのを止め、驚いたような顔をしてこちらを見ている。
それを気にすることなく、目を丸くしている雪音に向かって、わたしは爆発してぶつ切りになった感情を、そのままぶつけていく。
「……いつも、いつも、いつも、いつも! どうして雪音ばかりがいい思いをするの!?」
「勉強でも、ポケモンバトルでも、恋愛でも! 注目されるのは雪音だけ! わたしは雪音のそっくりさんとしか思われない!!」
「わたし達は双子なのに、同じなのは見た目と好みだけ! 何で皆、雪音しか見ないの、皆わたしを嗤っているの!?」
「雪音もどうせ、わたしのことを劣ったコピー品としか思っていない! 絶対、心のどこかで嗤っている!!」
「何で、何で――」
ぶつ切りとはいえ、大声を出し続けたせいでわたしの怒りは途中から掠れ、最後の方はまともなものになっていなかった。それでも、吐き出したいことは全て吐き出せたからすっきりとしている。
これで、ピカチュウからも本格的に愛想をつかされるに違いない。大切なパートナーも失うことをして、わたしは本当に劣っている。雪音の方が姉と言われた方が納得してしまいそうだ。
雪音の顔を見る気になれなくて。かといってピカチュウの顔を見る気にもなれなくて。わたしは上を向いた。夕焼け空が段々と黒くなっていって、夜が近づいてくることを伝えている。そういえば、何だか寒くなってきた。ピカチュウの体温がちょうどいい。
このまま待っていれば、雪音達は呆れて帰るだろう。その後わたしも帰って、仕事から帰ってきた両親にわたしだけが叱られるに違いない。ここしばらく、褒められるのは雪音だけだったから。
その時をまだかまだかと待っていると、突如新たに二つの衝撃と温もりに包まれた。この場にいる存在を思えば、見なくてもわかる。正体はイーブイ、そして雪音だ。
どうしてと疑問が渦巻くわたしの頭上に、雪音の「ごめんなさい」が落ちては消える。
何に対しての「ごめんなさい」?
「わたしに勝ってしまって」ごめんなさい?
「嗤ってしまって」ごめんなさい?
どうでもいい。どちらにしても、わたしが傷つくだけだから。
はがそうとするも、強い力で拒絶される。止めて欲しい。謝られたところで、事実がひっくり返ることはないのだから。悲しまれたところで、同じになれるはずがないのだから。
再び底なし沼に沈もうとするわたしの耳に、雪音の濡れた声が響いた。
「そんなこと、微塵も思っていない! 初音は私の大切な、お姉ちゃんなんだから!!」
〇 ● 〇 ●
自室の椅子に座ってゆっくりと回りながら、私はあの日のことを振り返っていた。回りながらするものではなさそうだけど、よく思い出せそうな気がするから止めないでおく。
私は今まで知らなかった。初音が、あれほどまでに私との差を悩んでいたなんて。初音も私が自分ばかりに運が回ることに悩んでいたのを知らなかったから、お互い様なのかもしれないけど。初音が本音を爆発させた後、私も連鎖的に本音を爆発させていた。
それから改めてお互いの本音をぶつけ合って、心に燻ぶっていたものをなくした。お互いがお互いに嫉妬していた。実際は大きさの違いとかがあるけど、とても簡単に言ってしまえばそうなるだろう。
二回本音をぶつけ合って初めて気が付いたのは、初音は私だけが両親に褒められていると思っていたことだ。
アレは家だとうっかり髪型を同じにすることが多いせいで見分けがつかず、初音への言葉も私に言っていた。それだけのことだった。
初音はその事実を知るや否や、自分の運のなさを本気で嘆いていた。……お小遣いが溜まったら幸運のお香をプレゼントしよう。お香の力は半信半疑だけど、ないよりはマシなはずだ。どうしてもっと早く気が付かなかったのか、私の鈍さを呪いたくなる。
それから、イーブイと私は初音も仲が良いと思っていたのには驚いた。何でも、初音曰くイーブイは「ツンデレ」なのだとか。私は知らなかったけれど、クールな態度を取った直後によく甘えるような目を向けていたらしい。
噛みつくのは自分を見て欲しいからで、進化しないのは懐いているのを認めたくないから。最後のは二人で話し合った末の結論だけど、そうなのと聞いた途端彼は顔を真っ赤にしてブラッキーに進化してしまった。
その時は何が何だかわからなかったけれど、どうやら私達の考えは間違っていなかった、ということだけは判明した。
今思うと事実を認め、ツンデレという名のマスクを脱ぎ捨てただのデレとなったのだろう。進化してから急にべたべたするようになったのが証拠だ。
もう、私達は嫉妬しない。いや、小さなものならするだろうけど、爆発するまで想いを溜め続けることはしないだろう。私が涙の跡を作ったまま、初音が片手を痛めながら帰ったことで二重に心配した両親から質問攻めを受けた時、そう思った。
それから二人だけに留めておくのもアレだろうと思い、両親やポケモンスクールの皆にも話せる範囲で話しておいた。皆が皆驚いていて、初音に対し各々謝っていた。
本人は「謝られてもどうしようもない。謝罪の言葉を貰ったからといって、あの頃の記憶が変わる訳じゃないし」と言っていたけれど、何も言われないよりは何倍もいいと思う。
それから、私ばかり注目されていたのは「色」が大きな原因だということも判明した。
区別のために黒を使っていた初音は「暗そう」「恐そう」「近寄りがたい」と思われ、白を使っていた私は「明るそう」「優しそう」「もっと近寄りたい」と思われていたらしい。
初音は別に暗くない。……運の悪さから少しだけネガティブ思考かもしれないけど、それはそれだ。私がまだ平等について考えないほど小さい頃、私達は同じように明るかった。これからは少しずつでもその時のような明るさを取り戻していくと思う。
「雪音、そろそろ行こう?」
ふと、初音に呼ばれた。回るのを止めて声の方に視線を向けると、そこには私と全く同じ服装の初音が見える。色の件を受け、だったら区別なんてどうでもいい、と初音も白を使うようになったのだ。
私と同じように黒はあまり好きじゃなかったみたいだから、ちょうどいい機会だったのかもしれない。彼女の足元にはピカチュウとエーフィ。ブラッキーは椅子の近くにいるから、彼が一旦退化してエーフィに進化し直したわけではない。
エーフィは初音の好きなポケモンが私と同じことを知った両親がプレゼントとして送ってくれたポケモンだ。とはいえ、初音は長年一緒にいた関係でピカチュウも好きになっていたので普通に困ったみたいだ。
それでも好きなことには変わりないので、ピカチュウと変わらない愛情を注いでいる。イーブイだった頃から物凄い早さで懐いたので、彼女はあっという間にエーフィになってしまった。性格が違うとこれだけ進化の早さも違うのか、と素直に驚いたのを覚えている。
これで初音のポケモンは二匹、私は一匹だけだから、私もピカチュウを育ててみたい……なんて言ったら実現しそうなので本当には言わない。それだと来るピカチュウに申し訳なさすぎるし、性別が同じだったら初音のピカチュウとパッと見区別がつかない。というよりニックネームをつけていないので呼ぶ時に困る。
これを機につけるのも手だけど、ネーミングセンスを自覚する前に提案したものは当時イーブイだったブラッキーに全力で拒否されたからやらない方がいいだろう。
「……雪音?」
一向に来ない私を不思議に思ったのか、また初音に呼ばれた。膝付近を軽く叩かれた感覚がして視線を変えると、ブラッキーも軽く首を傾げながらこちらを見ている。
イーブイ時代に溜め込んだ感情の反動で、今この場で物凄く可愛がりたくなる。ブラシをしたりお菓子をあげたりしたい衝動に駆られていく。
でも、今は我慢だ。これから初音と出かける予定なのだから。全く同じ服で一緒に出掛けるのは初めてだからどうなるかわからないけど、きっと楽しいことになるに違いない。
「ごめん、ごめん。今行くから!」
笑ってそう告げると、立ち上がってブラッキーと一緒に初音の元へと歩く。今日行くのは誰でも気軽に参加できると有名な木の実農園だ。この季節はオボンが収穫の時期を迎えているらしい。
白い服装での出かけ先にするには少し難易度が高いのではと思うけど、汚れたら汚れたでいい思い出となるだろう。二人でオボンの使い道について話しながら家を出ると、ピカチュウ、エーフィ、ブラッキーが揃いに揃って声を出した。
『――あ!』
その声と視線につられるようにして顔を動かすと、私達も揃った声を上げる。少し前まで降っていた雨が止んだ影響で、空には大きくて綺麗な虹がかかっていた。
私達は自然に顔を合わせて笑うと、そのまま農園を目指して歩き始めた。