登録番号×××
※企画に投稿した文そのままなので、いつもとは違う書き方の部分があります。ご注意を。
「新たな舞台、新たなポケモン、新たな――。この××、君は新たなる伝説の目撃者となる。……なんて、少し言い過ぎかな」
博士は突然そんなことを言うと、ポリポリと一人頬を掻く。暖かな日差しで耳がうたた寝をしているのか、ところどころ聞き取れない言葉があった。それでも大半は理解できたので、僕の頭には様々な想像が広がる。
伝説、という単語が想像の翼を得た途端、言葉にしようのない恐怖を覚えた。恐怖から逃げるように、僕の足は自然と後ろへと向かう。
「……いや、伝説云々は言い過ぎたけど、そう全てを怖がることはない!君にはこれから頼れるパートナーができるのだから」
ドンと力強く胸を叩くと、博士は台に設置された三個のモンスターボールを指で示す。
「さあ、目の前にあるボールの中からパートナーを選んで」
遂にこの時が来た。僕は唾をごくりと飲み込むと、ボール越しに映るポケモン達の姿を見つめる。どのポケモンがいいだろうか?
「迷うかい?何、初めてのパートナーなんだ。迷うのも仕方がないだろう。じっくりと彼らを見て、こいつだ!と思える子を選ぶといいよ」
こいつだ!と思うポケモンか……。何度も何度も三個のボールの間で視線を往復させると、緊張で震える手であるボールを手にする。
「決まったかい?……名前はどうする?そうか、わかった。じゃあ、外に出ようか。君もじっとしていられないだろう?」
博士の言う通りで、僕は初めてのパートナーができた喜びから固く閉ざされた扉に勢いよく激突してしまう。鼻が折れるかと思うような痛みに、扉の前で少しだけうつむく。
「はは、そう急がなくても外もパートナーも逃げないよ!」
背中をバンバンと叩かれながら鼻の痛みが引くのを待つと、博士が扉を開けてくれる。今度は背中の痛みが気になるけど、それを気にしていたら埒が明かない。僕はキリリと表情を引き締めると、記念すべき第一歩を踏み出した。
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
博士の言葉にそっと背中を押されるように、僕はどんどんと前に進む。周りの景色が流れるように変わっていき、遂に道路の前まで来た。
ぎゅっとボールを握りしめ、草むらに足を踏み入れようとした時。こっそりとついて来ていたのだろうか。博士の声が耳に力強く飛び込んできた。
「君達だけの冒険が今、幕を開けたんだ。この地方で色々なものを見て、聞いて、そして楽しんでくれ!!」
言うのが少し、いや結構遅いよ。僕は少しだけタイミングの悪い博士に苦笑いすると、今度こそ草むらに足を踏み入れた。
僕達だけの冒険、か。これからどうなるかは全くわからない。けど、やれるだけやってみようじゃないか。僕にはもうパートナーがいるんだ。きっと行けるところまで行けるさ。
サクサクと草むらを歩いていると、影から何かが飛び出してきてくる。
「来たか!」
ボールをワンタッチで大きくすると、ボール越しにパートナーと視線が合う。××××はやる気に満ち溢れた目をこちらに向け、早く戦いたくて仕方がない。自分をボールから出して欲しいと訴えてくる。
僕もそれに応えるため、大きな声を放つと共にボールを投げた。
「行ってこい、××××!」
「――また、この夢か」
僕はまぶたを擦りながら天井を見つめる。なぜだかここ最近、同じような夢を見る。夢に出てくるのはこの地方で有名な博士。話しかけられていたのは視界に映る服装や視点の位置から考えても、僕以外にはあり得ない。
でも、僕にはもうパートナーがいるし、博士はあのような性格だっただろうか。直接会った回数はないに等しいけど、多分違う。
夢に出てきた姿も何だか記憶にモヤがかかったようで、はっきりと思い出せない。このことを考えると、もしかしたら性別すら違ったかもしれない。
だから、これは単なる夢でしかないのだろう。そう自分に言い聞かせると、のろのろと起き上がって着替えを始める。今日はこの頃連絡を取っていなかった友人と久しぶりに会う日だ。
トゥルルルル……
トゥルルルル……
ちょうど着替え終わった時、テーブルの上に置かれていた端末が振動し始める。名前を見ると、あの友人からだった。
会う時間までにはまだまだ間がある。記憶を辿る限りはこんな時間に電話を寄越すほど非常識ではなかったはずだから、きっと常識を無視するほどとんでもない用ができたのだろう。
トゥルルル……ピッ
「もしもし。一体どうしたんだ?」
『こんな朝早くにすまない!じ、実は――』
――登録番号×××
――削除を実行……失敗しました。
――Number 809、808、807、806、805、804、803、802、801、800――
――Number 709、708、707、706、705、704、703、702、701、700――
――Number 609、608、607、606、605、604、603、602、601、600――
――These numbers have been removed.
最近、ポケモン図鑑から登録番号が消えるバグが発生しているらしい。番号が消えたポケモンは姿などの情報も映らなくなるというから、迷惑以外の何者でもないバグだ。
本来であれば開発者の元にうんざりするほどの苦情が寄せられるはずなのだけれど、ポケッターの公式アカウントを見ても何の反応も見られない。空リプをしているからなのかも、と失礼ながら公式アカウントをフォローしているアカウントをいくつか見て回る。
それでもバグに関する苦情は何も書かれていなかった。一度ツイートしたものを後で慌てて消しただけ、というのはあるかもしれない。だけど、見て回った全てのアカウントが消すのだろうか?
もしかすると表に出していないだけで、裏アカウントやメールでやっているのかもしれない。そう思ってみるけれど、それにしては不気味なほど何も書かれていない。「図鑑 バグ」で検索をしてみても、過去に既に解決した呟きしか出てこなかった。
ポケッターだけを見ているから情報が出ないのかもしれないな。新たに開いたページに同じ検索ワードを入れ、再び検索してみる。これならガセであっても少しは引っかかるだろう。
「……は?」
だけど、ワードに引っかかったのはこれまた見事に過去に解決したものばかり。番号が消えるバグに関することは全く出てこない。おかしい。これはいくら何でもおかしい。図鑑から番号が消えるんだぞ?情報がわからなくなるんだぞ?
今は何か起こったらとりあえずネットを開けばわかる社会だ。それなのに全く出てこないとなると、何か大きな組織の存在を感じずにはいられない。
いわゆる悪の組織は大抵どこかの少年少女が解散させたらしいが、あのロケット団のように再び活動を始める組織がいるかもしれない。仮にそうだとしたら、どの媒体からの情報でも一切組織の名前を聞かないのが不思議だ。
これは一度情報を貰った友人に訪ねるのが一番だろう。僕がバグを知るきっかけとなった友人の番号を押し、友人が出るのを待つ。
プルルルル……
プルルルル……
プルルルル……
プルルルル……
プルルル……ガチャッ
五度目のコールでつながったらしく、向こう側からガーガーと騒がしい音と共に苛立ちを含んだ声が届く。
『何だ?今俺は忙し――』
「図鑑の番号が消える原因、お前は何か知っているだろ!?」
『は、図鑑の番号?何言ってんだ。図鑑のどこもおかしくないだろ』
「そっちこそ何言ってんだ!?お前が僕にそのことを教えたんだろ!?」
『バカなこと言うんじゃねえよ。俺は何も教えていないし、そもそも最近連絡すら取っていないだろ。冗談に付き合っていられるほど、俺も暇じゃないんだ。じゃあな』
「あ、ちょ待――」
引き留める声も虚しく、ツーツーという音が鼓膜を揺らす。震える手で画面を元に戻すと、まだ被害のないポケモン図鑑を見て言葉を零した。
「一体、何が起きているんだ……?」
――Number 509、508、507、506、505、504、503、502、501、500――
――Number 409、408、407、406、405、404、403、402、401、400――
――Number 309、308、307、306、305、304、303、302、301、300――
――These numbers have been removed.
友人に電話を切られた後もバグについて知っていそうなやつのところに電話、または直接会って聞くといったことをしてみた。けど、結果はどれもこれも同じ。
『図鑑はどこもおかしくない』
『バグなんて知らない』
まるで僕だけがおかしいような声、顔でそう言葉を投げつけてくる。もしかすると僕が変なのか?僕だけがバグがあると勘違いしているのか?
そう思って何度か会ったやつの図鑑を借り、自分の図鑑を見比べることもした。一見すると同じように見える図鑑。でも、違う。
紫色の毛並みや緑色の目が特徴的で、進化するとしなやかな体の×××××になる×××××が。よく+と−でセットにされがちの××××と××××が。月と太陽によく似た姿をした×××××と×××××が。
ノズパスを境に、まるで最初からいなかったかのように。相手の図鑑にはそれらのポケモンの名前、姿、情報がなかった。僕の図鑑にはちゃんと天候で姿を変える××××や、風鈴に似た姿で夏に親しまれる××××のことが描いてあるのに。
違いを指摘しても、相手は首を傾げるばかりだった。こっちは彼らの名前を一回一回口にして、違いを言っているのに。
いや、待て。僕はそもそも、彼らの名前を口に出せているのか?違いを伝えなければ、という思いに駆られて噛んでいたり、言った気になったりしていないか?
波導を操ることで有名な、あのポケモンの名前は。
「××××」
季節で姿を変えることで有名なポケモンは。
「××××」
あれ?あれ??僕はきちんと彼らの名前を口にしたはずだ。はずなんだ。それなのにどうして言葉にならない?聞き取れない?おかしい、おかしい、おかしい……!!
これはもう、図鑑がというレベルで終わる問題じゃない。僕達を含む世界がおかしくなっているんだ。
でも、何で?今日の今日まで、この世界は何の問題もなく回っていた。僕の住んでいる×××地方も例外じゃない。あれ、僕の住んでいる地方の名前って何だっけ。
あの町にいた博士の名前は?
思い出せない。
新人トレーナーが博士から貰う三匹の名前は?
出てこない。
何ということだろう。僕はどうやら自分の周りについてもわからないほどおかしくなってしまったようだ。どれもこれも図鑑のバグが原因だ。図鑑から始まったのだから、そうに違いない。バグが直れば、バグの原因さえわかれば!
だけど、どうやってバグの原因を見つける?周囲の人間や僕がこんな感じでは、博士を訪ねても解決するとは思えない。僕は残念ながら機械について詳しくないし、プログラミングなんてチンプンカンプンだ。
いっそのこと図鑑を叩き壊してやろうか?もしかしたらショックで元に戻るかもしれないし。いや、そんなことはないか。データが壊れたショックで他のことにも被害が出たら嫌だし。
普段の僕なら、そんなバカなことは考えない。だが、現実はそれよりも遥かにバカらしくて信じられないことが起こっている。現実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。
何をするか全く思いつかないため、とりあえず腰のベルトに付いたボールの一つを放り投げる。
「むぅ?」
光の中から姿を現したのは、よなきポケモンのムウマ。遠くの地方に単身赴任していた父親から貰った、僕の大切なパートナーだ。ゴーストタイプであるためこちらから触れることはできないが、それでも十分絆を育めていると思う。
「むぅ〜?」
よほど厳しい顔をしていたのだろう。ムウマが心配そうな顔をして近づいてきた。安心させるために撫でようと手を出すと、彼女自らが頭を手に擦り付けてくる。すり抜けていないということは、どうやら実体化してくれたと見て間違いない。何とも優しいパートナーだ。
混沌の中で見つけたオアシスに、思わず涙を零しそうになる。だが泣いたら更にムウマに心配されてしまう。
「よしよし、いい子だ……!」
ゴーストタイプ特有のひんやりとした撫で心地を堪能していると、ムウマの姿が一瞬だけブレた。
――Number 209、208、207、206、205、204、203、202、201、200――
――Number 109、108、107、106、105、104、103、102、101、100――
――Number 009、008、007、006、005、004、003、002、001
――These numbers have been removed.
一瞬とはいえ「変化」が見えたことで、僕の脳裏に不安が過る。
「×、×××?」
恐る恐る彼女の名前を呼び、彼女の名前もまた声に出せていない事実に気がついた。もしやと思い、赤い頬とギザギザ尻尾が可愛い×××××や、背中に大きなタネを背負った×××××の名前を口に出してみる。
でも、名前が出ない。自分で発したはずなのに、聞き取ることができない。このことから、図鑑に登録されていた全てのポケモンの名前を言えなくなったのは明白だ。まだポケモンをポケモンと言えているのが奇跡にも感じられる。
「××?」
名前を呼ばれた×××もまた、言葉が聞き取れなかったのだろう。困ったような顔をして首を傾げている。自分の声も聞こえないのだから、困って当然だ。
このまま出し続けていても、彼女を困らせるだけだろう。ふよふよと漂う彼女をボールに戻し、近くにあったベンチに腰を下ろす。顔を両手で覆い下を向いていると、暗闇に染まっているはずの視界でチラチラと白いノイズが走る。
それとほぼ同時に、全身にあり合わせの言葉では表現できないほどの激痛が走り
「あが……っ!」
僕は、奇声を発しながらベンチから転がり落ちた。まるで呪いをかけられたポケモンのようにのたうち回っていると、視界の端に茶色の生物が映る。そのポケモンを視認した途端、ノイズと激痛が嘘のように引いていった。
のろのろと起き上がると、そいつらは三色の指をこちらに向け、言葉――いや、この場合はイメージだろうか――を送ってきた。一瞬××××の言葉で焦ったが、解読を試みる前に親しみのある言葉に変えられる。
――図鑑の情報を消すと同時に持ち主の記憶も換えていたのですが、まだポケモン達のことを覚えているのですね。
――皆が皆同じタイミングで図鑑の情報を消されているというのに、そこの図鑑を見る限りでは何の変化も見られない。やはり、図鑑も特殊なようだな。
――流石はこの世界の「ズレ」。ちょっとやそっとの修正では治らないようだ。
似たようなタイミングでイメージが送られてくるというのに、微妙な調整をされているのだろうか。全く混乱することなく内容を理解することができた。こちらに送られているのに誰も僕と会話をしようという気がないのがアレだが、理解できないよりはいい。
それよりもこいつらこそが図鑑のバグの、そして周囲や僕自身がおかしくなった原因らしい。記憶を換えるのならともかく、××××に図鑑をいじる力などあっただろうか。
体に付いた土などの汚れを軽く払いながら首を傾げると、またイメージが送られてくる。
――こちらも大変だが、図鑑を担当している方はもっと大変だろう。ズレのためだけに世界を再構築する必要があるのだから。
――大方の登録番号は消しましたが、やはり「ズレ」の番号だけ残っています。これをどうにかしない限り、完全な再構築は不可能かと。
――我々がここにいるのにも限界がある。準備が整い次第、消去するのが一番だ。
世界を再構築する?登録番号を消した?ズレ――先ほどの内容から察するに、僕を消去する?
「ふざけんな!お前ら××××が人間の命をどうこうして良い訳ないだろ!!」
怒りに任せ、僕はボールに戻したばかりの×××を出す。いや、出そうとした。
「……え?」
ボールは、確かに開いていた。でも、そこからは何も出てこなかった。光も、×××も。中身を確認してみても、その中にはただ虚空が広がっているだけだった。図鑑から情報が消えたせいでポケモンも消えてしまったのか?
だとしたら、どうして目の前のこいつらは消えない?表情のない目でこちらを見つめている?そもそも、こんなに××××がいるのに、何で誰も騒がない?誰もこちらに来ようとしない?
……もしや、今この世界にいるのは本当に僕だけなのか?
「何だよ、何だよ、何だよ!一体お前らは何がしたいんだよ!!」
もはやただのゴミとなり果てたものを投げつけるが、そいつらに当たる前に虚しく地面を転がる。一匹がサイコパワーでゴミを粉砕し、何かの通信をキャッチするかのように片手を空へと向ける。
――はい、わかりました。では今から仮名称SW、登録番号×××の消去を行います。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!何だよ、その仮名称って!僕にはちゃんと×××っていう名前がある!それに、そんな番号を付けられた覚えもない!!」
今出せるだけの大声で叫ぶと、やっとこちらに答えるようなイメージが送られてくる。
――あれだけズレズレと言っておいて何だと言われるかもしれないが、本当に申し訳ないと思っている。だが、君はまだこの世界に出るには早すぎる存在だったんだ。
――名前は、まだ決まっていないのです。だから、仮の名前で呼ぶことしかできません。番号も似たような理由です。
僕はまだ早すぎる存在だった?
名前はまだ決まっていない?
番号も似たような理由?
きちんと説明されているようで、ちゃんとしたことは全く説明されていない。こんな説明で僕が納得できる訳がない!
「もっと、具体的な理由を言え!」
両手に力を込めて立ち上がると、××××達に向かって突進をする。サイコパワーで躱されるかもしれない。でも、こんなモヤモヤとした気持ちで「はい、そうですか」と言えるものか!!
僕は一番近くの××××に拳を叩きこもうと
――登録番号×××
――削除を完了しました。
――――これより、SHに続いてSWの再構築に入ります。
「登録番号×××」 終わり