最強のルーキー
この地方では他の地方とは違い、旅立つトレーナーが最初に貰えるポケモンはコリンク、フカマル、ルリリと決まっている。どれも三段階進化をして弱点をつける組み合わせとはいえ、最終進化形を考えるとパワーバランスが崩れそうなフカマルを入れていることに疑問を抱く声もあった。
しかし、地方で最も力のある者達は「フカマルは最終進化するまでに時間がかかるから、結果的にはバランス崩壊には繋がらない」として、長年そのことに対して何もすることなくこの組み合わせは続いていた。実際その通りでもあったため、問題が起こらないのならと疑問の声はいつしか薄れていった。
そんなある日のこと。例年のようにこの地方で旅をすることを希望する少年少女が博士のいる研究所を訪ねた。眼鏡をかけた賢そうな少年はコリンクを、ポニーテールをたなびかせた少女はルリリを、そしてやる気に満ちた目をした少年はフカマルを選んだ。
ポケモンを渡した後はこの地方に生息するポケモンの調査をする、というもう一つの目的の達成のため、ポケモン図鑑が渡される。しかし、例年とは違いトラブルで図鑑が来るのが遅くなっていたため、受け渡しは後日ということになった。
図鑑なしでも旅はできるが、図鑑がなくては出会ったポケモンの情報がわからない。少年少女は今か今かと図鑑が届く日を待ち、家でポケモンを可愛がったり独学でパートナーについて詳しく調べ始めたり知り合いに預けたりしていた。
そしてやっと図鑑が届いた翌日、この地方にとっての転機が訪れる。コリンクを連れた少年、ルリリを抱えた少女はすぐに図鑑を受け取りに来たが、フカマルをパートナーにした少年がなかなか現れない。心配になった博士が少年の家に連絡を取ることを考え始めた時、少年の元気な声が空間に弾けた。
「すみません、遅くなりました!」
やっと来たか、と外しかけた受話器から手を放した博士は顔を少年の方に向け――ぴきり、と体の動きを停止させる。次の瞬間、博士の脳内に溢れたのは数えきれないほど多くの疑問符だった。
――博士が見たもの。それはやる気に満ちた目をした少年……のそばで同じくやる気に満ちた目をした、ガブリアス。そう。フカマルでも、ガバイトでもない。最終進化形のガブリアスだった。
「な、なぜガブリアスに!?」
驚きと疑問を隠せないまま発せられた博士の声に、少年は不思議そうな声で答える。
「知り合いに預けてガブリアスになるまで鍛えて貰ったからなんですけど、いけませんでしたか?」
自分は何も悪いことはしていない。そう言いたげな眼差しに口から出かけた文句を何とか飲み込むと、博士はぶんぶんと首を横に振る。
「い、いや。そんなことはないよ。だけど、そんなに鍛えて貰ったら君の言うことを聞かないんじゃないのかな?」
ガブリアスは明らかに少年が扱えるレベルを超えてしまっている。これでは旅をするどころではないのではないか。半分思考回路が麻痺し始めた博士の脳内には、そんな疑問が芽生え始めていた。
「このガブリアスは元々俺のポケモンですよ? 他から貰ったポケモンではないので言うことを聞かない、なんてのはあり得ないと思います」
言われてみればその通りな言葉に、博士はただ頷くことしかできない。
「……そうだね」
もう会話することはないと判断したのか、少年が図鑑を催促してくる。博士は口の中の水分がなくなっていくのを感じながら、震える手でそれを渡した。少年は嬉しそうに図鑑を受け取ると、すぐに最初のジムに向かうと言って駆けていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送り続けた博士は、すぐに上の者への連絡を始めた。これでは今までパワーバランスが崩壊し、少年が無双することになってしまう。最初のジム戦なんてただの理不尽ゲームとなるだろう。
焦りと危機感を抱きながら博士はさっきまで見たこと、少年が言っていたことについて細かく伝えた。だが知り合いに預けたとはいえたった数日でガブリアスにまで進化した、という話を信じる者は誰もおらず、結局少年がガブリアスとともに各地のジムを文字通り蹴散らしてリーグに行くまで何も対策を練られることはなかった。
少年はジム戦のままの勢いで四天王でさえも蹴散らすと、氷タイプの使い手として有名だったチャンピオンでさえもガブリアスと知り合いによって鍛えられた仲間達によって一度目の挑戦で撃破した。
今まで何年間も負けることのなかったチャンピオンが、旅を始めて一か月も経たない少年にあっさりと倒されたというニュースは瞬く間に地方の間を駆け巡り、上の者達を震え上がらせることになった。
少年が新しいチャンピオンになってからは、毎日のようにリーグに修理屋が出入りをするようになり、四天王やリーグトレーナーからの苦情が上の者に寄せられるようになった。それより前はジムリーダーから苦情が入ってきていたこともあり、いい加減上の者達も重たい腰を上げざるを得ない。
上の者達は半年ほど遅れての最年少チャンピオン誕生の祝いと称して少年を呼び、それとなく他の地方に行くことを提案した。嫌がられるかと思いきや「この地方にはもう飽きたし、ポケモン達も使えないから置いていく」と言って翌月には全ての手持ちを置いて他の地方に行くと言ってきた。
これにはその場にいた者達はもちろん、ボールの中にいた彼のポケモン達も驚きを隠せなかった。彼ら――ガブリアス達は少年の言う通りに戦い、フィールドに「少し」被害を与えつつもいつも負けなしだったからだ。
手持ちはどこに預けるのかと聞く者に対し、少年は不思議そうに首を傾げる。
「え、どこにも預けませんよ? だって皆逃がすつもりだし」
この発言に、周りにいた者達は驚くを超えて白目をむいて倒れてしまった。少年のポケモンが、強い野生と比べても遥かに強いのは火を見るよりも明らかだ。そこにポケモン達を逃がせば、生態系の崩壊は免れないだろう。
何としてでも逃がすことだけは阻止しなければ、と復活した者達は説得と試みたが、「手持ちを逃がしてはいけない。逃がすのならどこかに預けること、なんて決まりはどこにもありませんよね?」との一言で沈黙を与えられた。
そして翌月、少年は言った通りに手持ちを全て逃がし、他の地方へと旅立ってしまった。当然ながら逃がされたポケモンは野生のポケモンに対してよくも悪くも影響を与え、チャンピオンの座に戻った者や四天王、ジムリーダー達はその対応に追われた。
上の者達は今更だと言われながらも対策を練り、翌年からは以下のことが決定された。
・鍛えることを目的としたポケモン交換は行わない。
・ジムのフィールドやリーグのフィールドを大きく破壊するような指示をした場合、例え挑戦者側が勝っていたとしても退場して貰う。
・野生の生態系を破壊しかねないレベルにまで達した、または野力を上げられたポケモンは指定された施設へ預ける。
・最初のポケモンを他の地方と同じような組み合わせ、パワーバランスにする。
これによりこの地方は大きく変わり、新たな騒ぎの種や希望の種を撒きながら進んでいくことになる。最強で最凶と呼ばれた元チャンピオンでありルーキーでもある少年の名前は、広く長くこの地方で知れ渡ることになったのだった。
そんな少年は育て屋のタマゴから孵ったイーブイをエーフィに進化させたり、ある地方で色違いのロコンを手に入れたりしながら地方を転々と旅していくのだが――それはまた別の機会に語るとしよう。
「最凶のルーキー」 終わり