Scherzo frutto dell'albero
祭りの始まり
 ホウオウの指示もあってか、俺達はより多くの木の実を集めさせられるくらいで、森から追い出されることもなかった。長老は不満しかないという顔をしていたが、ホウオウに見捨てられるのが怖いから仕方なくという感じだったんだろうな。
 まぁ、長老のことはぶっちゃけどうでもいい。大事なのは今。……つまり、地獄のような木の実集めが終わり、無事に迎えた祭りが始まる瞬間だ! 正確には祭りが始まる数十分前だけど、そんな細かいことはどうでもいい!!
 本来なら木の実は全てホウオウに捧げるため、俺達は食べられない。何だよそれ、ふざけんな。ルール作ったやつ表へ出ろや! と思わずにはいられないルールにより、今回も木の実は全てホウオウに行く予定だったのだが、ホウオウの提案により彼だけではなく、何と俺達も自由に木の実を食べていいことになったのだ!
 いつもはホウオウですらもルールに口出しできないらしいのだが、あれは自分が原因なのだから今回くらいは、と嫌な顔をする長老を渋々納得させたらしい。まぁ、そのせいで俺達が集めさせられる木の実の量が増えたんだが、苦労の後に待っているものの方が大きかったから、これに関しては別に恨んでいない。
 ふはははは、いつもはルールを作ったやつに呪いの念を飛ばすどうでもいいイベントが、今回は皆に幸せをばら撒いている素敵イベントにしか見えないぜ! ありがとう、ホウオウ! お前がいいやつすぎて、誰かに利用されたりしないか本気で心配になってきたよ俺!!
 まるで山のように積まれた木の実を前にそんなことを考えていると、チェリムちゃんと何か話すことがあると言ってどこかに行っていたカゴがやってきた。
「カゴ、チェリムちゃんとの話は終わったのか?」
 これらの木の実をいかにして多く、そして素早く味わおうかと考えながらカゴに話しかける。カゴは俺の隣に座ると、昨夜に雨が降ったのかところどころ陽光を浴びてキラリと光る木の実の山を見ながら言った。
「ええ、終わったわ。でも、あれは全てわたしが勝手にそう思っていただけで、彼女は全然そうじゃなかったみたい」
「へぇ……」
 カゴがチェリムちゃんに対して何を思っていたのかは知らないが、彼女が満足そうな顔をしているので別に気にする必要はないと思い、何も聞かなかった。そして完全なる攻略法を頭に描き終えた俺は、小さな声でカゴを呼ぶ。
「なぁ、カゴ」
「何? 特に用がなかったら眠らせるわよ」
 さらりと怖いことを言っているが、目が本気ではないので構わず続けることにする。
「この数日間で、色々なことがわかったよな。まさかクラボが本当に『逃亡』していたなんて、全く思ってなかった。クラボだけじゃない。オレンやカゴも、他の場所では『嫌われている』存在だなんて、考えすらもしなかったし」
 俺達が必死に木の実を集めていた時に訪れた、ほんの少しの(実際は結構長かったと思うが、それはそれくらいの長さにしか感じられなかった)休憩時間。そこでホウオウが独り言のように語ってくれたのは、この森が受けている加護についてだった。
 この森は別名「癒しの森」と呼ばれている。それはホウオウの加護により、傷ついたポケモン達が安心して傷を癒せることから、そう言われているらしい。加護がどういうものなのかは詳しく語ってくれなかったが、恐らく特定の存在以外は森に入れないとかそういうものなのだろう。
 何でも長い旅に疲れて森に寄ったホウオウが住民達の温かな歓迎を受け、その中で現実に苦しめられているポケモン達を少しでも救いたい、という理由で森に加護を与えたらしい。当時からホウオウいいやつすぎるぞ、おい。
 普通、加護を与えるのにはそれなりの強力な「媒体」が必要らしい。で、この森の場合は「地面」が媒体になっているとか何とか。地面が強力な媒体っていまいちピンと来ないが、全てを支える土台のようなものだから媒体にはうってつけなのだという。
 確かに木とか俺達とか、色々なものを支えているな(支える、という表現がこの状況に合っているのかどうかは知らない。だが、とりあえずこの表現にしておく。誰に説明しているのかは、俺にもわからない)。なかったら、色々と困るもんな。地面、ありがとう。あの夢の中では色々言ってすまなかった。……あの状況でのアレは、今でもあまり歓迎できないがな!
 まぁ、それで木々達も地面の影響を受けており、空からでも悪意ある者達にはこの森を見つけることができないらしい。そして木の実や葉もお守り代わりにもなるんだとか。何それ、便利。
 そんな色々と便利な森に集まるのは、多くが人間や同胞達から傷つけられて居場所を失ったポケモン達だ。俺やナナシ、チーゴ、チェリムちゃんやあの長老のように元から森に住んでいるポケモンも少なくないが、傷ついてやってきたポケモン達の方が圧倒的に多いという。
 クラボは色違いであることと、アブソルという種族であったことから仲間からは嫌われ、人間からは誤解を受け、元いた場所から逃げてこの森にきた。
 俺は知らなかったが、アブソルは人間達の間では「災いポケモン」と呼ばれているらしい。あいつは災いの「わ」の字も呼んでいないのに。誤解も甚だしいもんだ。
 オレンは二つのポケ格を持ってしまったことで仲間から怖がられ、あらぬ噂によって元いた場所から追い出された。そして色々あってボロボロになった状態で倒れたのが、偶然この森の前だった。
 炎タイプなんか怖くないという言い聞かせだけではなく、大切な者達以外は信じられないという気持ちが「彼」のあの性格を作り上げたのではないのか、と俺は思っている。
 カゴはぱっと見は普通に見えるが実は色違いで、クラボと同じように仲間から嫌われた挙句に元いた場所を奪われ、点々と街を彷徨っていた時に偶然この森の存在を知ってやってきた。
 彼女は今でこそ色違いとはわかりにくいが、最初……イーブイだった頃はハッキリとそれだとわかる色だったために苦労してきたらしい。彼女がよく言っている「眠りにつかせる」というセリフは、色違いだと知られて攻撃されても自分は十分反撃できるという気持ちの表れなのかもしれない。
 最初クラボやオレンの秘密を知った時は、ふざけてんのかと思うくらいぶっ飛んだ秘密だな、とこっそり思ったものだが、すぐに受け入れた。そしてその理由や過去をしっかり知った今は、色々な個性のポケモンがいた方が楽しいよなと思っている(理由を知ったのはオレンだけで、クラボがああなった理由は知らないままだけど)。
 俺の前世を証明してくれたあのネイティオは、会って間もないからかまだ色々と慣れないが、きっとすぐに慣れるだろう。
 というか、今まで結構一緒にいたのについ先日秘密や過去を知るとか、どんだけ他に興味がなかったんだ、俺。チェリムちゃんしか視界に入っていなかったのか? それに、彼女の本当の性格を知っても「ちゃん付け」しているってことは、俺はまだチェリムちゃんのことを癒しだと思っているんだな。自分で自分にびっくりだ。
 俺ってそんなに執着するタイプだったけな、とぼんやりと自己分析を開始しようとした時、カゴがそういえば……と言いながらこちらを見た。
「わたし達も元『木の実』なのよ。種類はオボンが言った名前の通り。情報源はネイティオね。あ、ちなみにチェリムはモモンらしいわ」
「…………え?」
 カゴの口から出てきた衝撃の言葉に、頭にあった攻略法が抜け落ちていくのがわかった。ああ、完璧な攻略法が……。またすぐに考えないと――じゃなくて、カゴ達が本当にカゴ達だったって、マジかよ!? そうか、ネイティオの件であの時俺がスルーしたものはこれだったのか!! ま、今更だけど!
「俺の知らないところで、皆情報を共有していたのか!? というか、何で俺が言った時一緒にカミングアウトしてくれなかったんだ!!?? 信じるどころか、逆に俺が嘘吐きみたいなこと言っていたし!!!」
 知らない間に仲間外れにされていたというショックから抜け出せずにいると、カゴが頬をぷうと膨らませる。……不覚にも、かわいいとか思ってしまった俺は悪くない。
「わたし達は結構前だけど、ちゃんとオボンにも言ったのよ? でもその時オボンは『皆、俺をバカだと思ってふざけんのも大概にしろよな』って言って、全く相手にしてくれなかったじゃない。あの時のわたし達の態度は、それに対するちょっとした仕返しよ」
 そうだっけか? 全く記憶にない。だがカゴが言うのなら、恐らくそうなんだろう。俺が相手にしなかったのに自分が言った時は信じろだなんて、そりゃ仕返しの一つや二つはしたくなるよな。何でその時の俺は相手にしなかったんだ。バカだと言われて冷静な判断が家出でもしていたのか。
 自分のバカっぷりに何も言えずにいると、ふとある事実に気が付いた。
「……はは、何だこれ」
 素敵ワードで相手を痺れさせるクラボに、冷気で眠らせようとするカゴ。スイッチが入ると相手に火傷を負わせるようなチーゴに、言葉や態度で凍らせようとするナナシ。主に言葉で心を毒状態にしてくるチェリムちゃ……いや、モモンに地味にダメージを与えてこようとするオレン。
 皆、前世とは完全に反対のことをしているじゃないか。これこそ、ふざけてんのかと思うようなことだ。だがこれも個性と言ってしまえばそれで終わりだろう。ふざける、ふざけないの境界線は、他ならぬクラボ達にしかわからない。それに何だかんだあっても彼らのお蔭で毎日が楽しいのだから、それでいいじゃないか。
 心の中で勝手にそう締めくくると、カゴがあっと声をあげ空の方を見る。何だと思いつられるようにして空を見ると、雨上がりでもないのに大きな虹が架かっていた。……そういえば、誰かが祭りが始まる時にはなぜかいつも大きな虹が出ると言っていたな。それか。
 つまり、祭りは既に始まりを告げているのか。……こうしちゃいられないぜ!

「そ、そういえばオボン! この祭り……『レインボー・カーニバル』が始まる時に出た虹を見たポケモン達は……し、幸せになれるってチーゴが――って、いない!!!???」

 何やらカゴが後ろの方で叫んでいるのが聞こえたが、今の俺には関係ない! 俺は電光石火を使って山のてっぺんまで駆け上がると、一番近くにあった大きなカゴの実にかじりついた。
 下の方からポケモン達の声が聞こえてくる。どうやら他の皆も祭りに参加しに来たらしい。皆に負けてたまるか! 全種類の木の実をコンプリートするのはこの俺、オボンだぜ!!
 心の中でそう宣言しながら、木の実を持っていくポケモン達に目をやる。そして、にっと口の端を持ち上げ、大きな声を出そうとして――。

「ちょっと、まだわたしの話は終わっていないわよ!? あと、何勝手にカゴの実を食べているのよ!?」

「ふっ、俺の力でこの木の実を全て食欲の穴(イート・ホール)へと落として見せよう!」

「ホウオウの事件が終わったからって、事件はなくなったわけじゃないわよ! さあ、事件を探しに行きましょう!」

「兄さんよりも先に木の実を全て頂くよ。あ、もちろん珍しくて高く売れるやつね」

「ボクはこの木の実よりもあそこに固まっている炎タイプ達をぶっ飛ばしたいな。もし炎技を使われたら危ないし」

「うふふ、オボン君がどれだけ働いてくれるのか楽しみ!」

 カゴやクラボ、チーゴ、ナナシが他のポケモンに混じってこちらに向かって木の実の山を勢いよく駆けあがり、オレンは木の実とは反対の方向へと進んでいく。モモンは何やら寒気のする言葉を発していたが、それは今問題にすることじゃない。
 あと、カゴが何やらなぜカゴ(木の実)を食べているのかと言っていた気がするが、それも今問題にすることじゃない。前世が木の実だからといっても、木の実は食べたいんです。それに、木の実は食べられるのが本望だから、これでいいんです。
 いや、そう心の中で言っている場合じゃない。本当に問題にするべきことは、今俺の足元で起こっている!

「ちょ、そんなに勢いをつけて登ったら――」

 木の実が崩れる! そういう前に、足場となっていた木の実がゴロゴロと転がり崩れていく。あっと言う間にバランスの保てなくなった俺は木の実と一緒に転がり、驚きのスピードで地面と背中をくっつける。止まったというのにまだ回っている気がする視界の中、俺達らしいな、と小さく笑う。
 恐らくこの視界が元に戻る頃、急いで駆け下りたか巻き込まれたあいつらに何かを言われ、それに振り回されたり振り回したりするのだろう。傍から見たら、真面目にやっているようには見えないかもしれない。
 だが、それでもいい。俺は、俺達は今日も明日もこの森を全速力で駆け抜けていくのだから!
 いくらか視界の揺れがマシになったのでふらふらと立ち上がると、背後から俺を呼ぶ声がする。

『オボン(くん、君)!』
「兄さん!」

 俺はクルリと振り向くと、彼らに向かってニッと笑った。

「祭りの『本番』はこれからだ! さあ、楽しもうぜ!!」


「Scherzo frutto dell'albero(木の実達の諧謔曲)」 終わり

雪椿 ( 2018/12/16(日) 22:31 )