Scherzo frutto dell'albero
事件の真相
 気がついたら、俺の恋は終わっていた。ぼーっと立ち尽くす俺の前にいたのは、アイアンテールで気絶させられて地面に横たわる鳥。その隣には長老……種族で言うとコータス……が、怒りによってシワが深くなった顔をこちらに向けていた。
 シワの深さからその怒りがどれほどかが読み取れるが、今の俺は長老の怒りなんかこれっぽっちも気にならなかった。なぜなら、今は長老の怒りよりもずっと大変なことが心を支配しているのだから。
 チェリムちゃんが俺の渾身の告白に対して言ったこと。その内容は今思い出しても意識が遠のきそうだから何も触れないが、その言葉が生み出した毒はずっと俺の心を蝕み続けている。
 ……気が付かなかった。彼女が、チェリムちゃんが心を毒状態にするほどの「毒舌」の持ち主だったなんて。長老がこちらに向かって何かを叫び出したが、その内容はよくわからない。俺がわかったのは、あの時ナナシ達が取った行動の意味はこういうことだったのか、というものだけだ。
 もういっそのことオレン(木の実じゃなくて、ナゾノクサの方)のように地面に埋まりたい。そんなことを考えていると、背中をバチンと叩かれた。熱を持った痛みに、思わず顔を歪めながら犯人の方を見る。そこには真剣な表情をしたオレンが立っていた。
「キミはいつまで過去のことを引きずるつもりなんだい? ちょっとした過去に囚われているオボンくんなんて、オボンくんのようでオボンくんじゃない。ボク達はいつものアホなオボンくんが見たいんだ。……さっさと立ち直ってくれるかい?」
 励まされているのか貶されているのかよくわからない言葉をかけられながら、俺は無意識の海に沈みかけていた気持ちが水ポケモン達に押されるように、どんどんと浮上していくのを感じた。
 そうだ、前世という大きな過去ならともかく、チェリムちゃんからかけられた言葉のようにちょっと……なのかどうかは判断できないが、まぁ、とにかくそういう過去のせいでいつまでも落ち込んでいるのは俺らしくない。
 いつも明るくどこへでも突っ走るピカチュウがこの俺、オボンだぜ!!!
「む? やっとピカチュウが直ったのう」
 前を向きなおした俺の表情の変化に気が付いたのか、長老は一瞬満面の笑みを浮かべた。だがそれは本当に一瞬だけ。そこから先はさっと憤怒の仮面を被り直したかと思うと、カッと普段閉じているとしか思えないほど細い目を見開いた。

「貴様らは『虹神様』に何をしてくれたんじゃああぁぁぁ!!!!!!」

 長老の怒鳴り声に、せっかく戻ってきていた意識がまた半分飛びかけた。よく飛ばなかったと自分で自分を褒めてやりたい。
 怒りからか甲羅から出る煙の勢いを激しくする長老の話によると、祭りの主役とも言える「虹神様」は俺達が気絶させてしまったホウオウというポケモンらしい。ホウオウは毎度祭りのクライマックスで登場しているから、森のポケモンはホウオウの姿を知っているのだとか。
 なぜ俺を含む皆はホウオウを知らなかったんだと思ったが、そういえば俺がいつも祭りを抜け出す時、こいつらの姿もあったことを思い出す。恐らく俺と同じく暇だったのだろう。だったら知らなくて当然だな。
 そんな事情を知らない長老が、手厚く歓迎するはずの俺達が虹神様を気絶させるなんて言語道断――と、怒りのままに俺達を森から追い出すと言いかけた時。
「……ん」
 気絶していたホウオウが目を覚まして、翼を器用に使ってのろのろと立ち上がった。
「おお、これはこれは虹神様! もうすぐ貴方様のご加護を感謝する祭りが行われるというのに、この者達が何と失礼なことを――」
 その途端、長老はさきほどの表情を嘘のように引っ込めると、ホウオウに向かって何度も頭を下げる。そして、今すぐこの無礼者達を追い出すので……と、偶然か長老の付き添いなのか俺達の近くにいたポケモン達を呼んで、本格的に俺達を追い出そうとしてきた。

「何よ、それ!? 失礼なことをしたのはその虹神様の方じゃない!!」

「長老、アナタの頭は怒りのマグマによって、正しい判断という水を全て蒸発させられちゃったみたいだね。……ぶっ飛ばすよ?」

「今こそ、オレの『真実を暴き出す陽光の目(トゥルー・サンシャイン・アイ)』が力を発揮する時だな」

「――――――」

「この方達、兄さんよりも救いようがないね。来世にすら期待できないかもしれない」

「今すぐ永遠の眠りにつかせてあげましょうか?」

 それを見て怒るチーゴにオレン、左目の色を変えたまま攻撃態勢を取るクラボ、言葉の毒を吐くチェリムちゃんにそれに近くて遠い言葉を吐くナナシ、眠り粉を使わずに相手を眠らせようとするカゴ。
 俺達を追い出そうとしているやつらもヤバいと言えばそうだが、チーゴ達も傍から見たら十分ヤバいと思うのは俺だけだろうか。意見を求められそうなポケモンが一匹もいないのが悔やまれる。
 これはとりあえず、敵である周りのポケモン達に雷の一つでも落とすべきか? それとも味方であるチーゴ達に十万ボルトでも放って、少しは落ち着けと言うべきか? もしくは思い切って、敵味方関係ないとばかりに放電を放つべきか?
 一体どうしたらいいのやらと、視線をあっちにやったりこっちにやったりしていると、ホウオウがバサリとその大きくて綺麗な翼を広げた。
「……誰でもいいから、我の話を聞いて欲しい」
 その目に光るものを溜めていたのが見えたことで、俺はホウオウが一度しかまともに話せていないことを思い出す。……「虹神様」と呼ばれて祭りまで開かれているのに、ろくに言葉も発せられずに存在を忘れ去られかけたとなりゃ、ちょっとは泣きたくなるよな。
 特に前半の理由の原因はほぼ俺達だから、少し申し訳ない気持ちにすらなってくる。……前世のことや、今日の木の実のことはそれくらいじゃなくならないけどな! 雷に持って行って貰ったはずの復讐心がじわりじわりと戻ってきているのを感じていると、ホウオウが情けない声でこう言った。

「そなた達はそこのピカチュウ達が勝手に我を気絶させたと勘違いしているが、それは大きな誤解だ。本当に悪いのは――我なのだから」

「に、虹神様!? 貴方様が悪いだなんてことは全くございません! 全てはこのピカチュウ達が悪いのです!!」
 驚きの表情を浮かべたまま、全ての責任を俺達に押し付けようとする長老に、ホウオウが地を這うような声で黙れと言う。その声に、今か今かと捕らえるチャンスを窺っていた周りのポケモンの動きもピタリと止んだ。
 ホウオウが長老達を見ながら、静かな声で言う。

「そなた達は我が善で、我を気絶させたピカチュウ達のみが悪と考えているらしいが……それは全く違う。先ほども言ったように、悪なのは我だ。――我が、お腹を空かせたあまい祭りのために集められたものと知りつつ、『つまみ食い』をしてしまったのがいけないのだ」

 なるほど。あれはやはりホウオウが原因で、彼の「つまみ食い」があの事態を……………………って。


『はあああぁぁぁぁ!!?? あれが「つまみ食い」ぃぃぃ!!!???』




 皆と驚きと呆れに満ちた声に情けない声をあげつつも、意外と丁寧に説明をしてくれたホウオウの話によると、

・自分はもうすぐ開かれるこの森の祭りのために遥か彼方から飛んできたが、そのせいで我慢ができないほど腹が空いてしまった。

・予定していた場所に着くよりも前に高く積まれた木の実を見て、後でたっぷり食べられるものだと知りつつも、誰もいない時間を見計らって「つまみ食い」をしてしまった。

・木の実が予想以上においしくて、せめて半分くらいは残すつもりが全部食べてしまった。そしてこれは不味い、と思い慌てて飛び去った。

・腹ごなしもかねて木の上でバサバサと飛んでいたところ、理由の「り」の字も聞かされないまま俺達に気絶させられた。しかしタイミングがタイミングだったことから、恐らく彼らは木の実を全て食べてしまった自分に怒りを覚えてきたのだと悟り、その攻撃を受け入れた。

 とのことだった。この話に長老は最後までデタラメだ、ピカチュウ達が虹神様を利用しようとして嘘を吹き込んでいる、だから早く追い出さなくてはと騒いでいたが、ホウオウにギロリと睨まれてからは頭や手足を甲羅の中に引っ込めてしまった。
 静かな甲羅と化した村長を見て、不愉快な思いをさせてすまなかったと謝るホウオウ。そのかなりのいいポケモンぶりに、俺の中に次々と罪悪感という名の矢が突き刺さる。木の実のことはもちろんあったが、俺はほとんど自分の復讐のためにホウオウに雷を落としていた。気絶させた時はどうだったか曖昧だけど。
 それなのに全くこちらを恨む様子は見せず、むしろ攻撃されて当然くらいのことを思っているだなんて……。再び心を満たし始めていた復讐心が、まるで泡のように弾けて消える。前世の俺の素晴らしい未来を奪った張本人、とか勝手に思っていて本当にすまない。自分への呆れがすごすぎて、むしろ無表情になりそうだ。
 ホウオウの澄んだ目を見ることができずに、俺はただ下を向く。そんな俺を見てか不思議そうな声を出しながらも、ホウオウは周りに集まったポケモンに対してテキパキと指示を与えていた。
 ……本来は長老がするべきところなのだろうが、その長老が甲羅に引き籠ったままなのだから仕方がない。それに、指示をしているのは長老よりも遥かに偉い(と思われる)ホウオウだ。誰も文句を言わずに動いていった。

雪椿 ( 2018/12/16(日) 22:29 )