Scherzo frutto dell'albero
対決
 目的の木の前につくと、いきなりクラボが「冷酷の嵐(クルーエル・ストーム)!」と言いながら、通常よりも大きなかまいたちを放った。残念ながらかまいたちは鳥に届く前に消えてしまったが、俺達の存在を鳥に知らせることには成功したらしい。
 バタバタしていた鳥の動きが滑らかになり、わざわざこちらの近くまで降りてきてくれた。その際風のせいで近くの木が揺れているが、幹が太いからこれで折れることはないだろう。
「そこの木を激しく揺らしたのは、そなた達か?」
 鳥がこちらに向かってそんなことを聞いてきたが、俺達はそれを華麗にスルーして攻撃体勢を取る。オレンの姿が見えないなと思ったら、彼女は高くジャンプして鳥に向かって目覚めるパワーを放っていた。
「っ! これは……『水タイプ』の目覚めるパワーか!?」
「そうだよ。ボクが炎タイプにはあまり効かない、草タイプの技なんか使うと思うのかい? もしそうだったら考えを改めることをおススメするよ」
 技が効いているらしい鳥を見て、オレンがニヤリと笑った。普段のオレンとは真逆な雰囲気の彼女を見て本当にポケ格が変わったんだと思い、心の底ではチェリムちゃんの話を信じていなかった自分に気が付く。信じていると見せかけて実は信じていなかった、なんてことオレンが知ったら、確実に傷ついてしまう。
 俺ってこんなやつだったっけ? と思っていると、鳥に向かってカゴが水の波動を放ち、ナナシがプレゼントを贈る。水の波動は鳥が避けてしまったが、続いて来たプレゼントはかわすことができなかった。危険なプレゼントが鳥に当たる直前に爆発し、爆風に煽られて鳥のはばたくリズムが崩れる。
 それを狙ったかのように巨大な光の束……ソーラービームが鳥の眼前すれすれに放たれる。一体誰が……とビームが発射された場所を見ると、チーゴとなぜかポジフォルムへとフォルムチェンジしたチェリムちゃんがいた。
 どうしてフォルムチェンジしているんだ? と一瞬疑問に思ったが、ふと空を見るといつの間にか「日差しが強い」状態になっている。誰かが日本晴れを使ったらしい。だから狙ったタイミングでソーラービームを放てたのか。
 いや、狙ったタイミングで放てても当たらなければ意味がないじゃねえか、どうすんだよと文句を言いかけた時、ソーラービームによって目が眩んだのか鳥の更にはばたくリズムが乱れた。
 そしてこれ以上飛んだら危ないと思ったのか、バサバサと不規則なはばたきのまま俺の目の前へと降りてきた。……なるほど、ソーラービームはこれを狙ったのか。これなら文句は言えない。むしろ誉め言葉を言うべきだ。
 ……皆の気持ちは無駄にはしないぜ! 俺と祭りのための木の実を全て食べられたポケモン達の恨み、全身で喰らいやがれ!

「いっけええぇぇ!!!」

 俺が今持てる全ての力を使って、最大級の雷を鳥へとピンポイントに落とす。ダメージが大きかったのか呼吸が少し荒くなったが、倒れるほどじゃない。
 だが、この鳥にトドメを刺すつもりは全くない。俺達は鳥を「倒す」のが目的じゃないからだ。俺の復讐は、あの雷に全て持っていって貰った。これ以上鳥を傷つけるつもりはほとんどない。
 今必要なのは、「いかにして鳥をぶっ倒すか」じゃない。「いかにして鳥を気絶させ、長老の前に突き出すか」だ。あともう一つ攻撃を加えれば、気絶させることができる……気がする。もう一発雷を落とすか十万ボルトを放つという手もあるが、それだとダメージがデカすぎる。
 どうしたものかと頭を抱えかけた時、クラボがこちらを見て口パクで何かを伝えようとしていることに気が付いた。動かすのが早いので読み取るのに少し時間がかかったが、何とか読み取れた。

『アイアンテールで気絶させろ』

 なるほど。効果は薄いとは思うが、確かに脳天にアイアンテールを叩き込めばあの鳥も気絶するかもしれない。だが、それを実行するためには、俺の前にある大きな壁をどうにかしなくてはいけない。壁は登るかぶち壊せば超えられるが、俺の前にあるのは登り切れないほどに高く、ぶち壊せないほど頑丈で分厚い壁だ。
 その壁と心の中で数秒間対峙した後、クラボに向かってこちらも口パクで返事する。

『残念ながら、俺には無理だ。他を当たってくれ』

「いや、ここは『わかった、俺に任せてくれ』っていうところだろ!?」
 俺の返事に、思わずクラボが声を出してツッコむ。声には出していないが、カゴ達もそう言いたげに俺を見ている。俺を除くと、この場にいるのは攻撃力や急所に当たる確率が高い技しか覚えていないクラボと、「気絶」させることはできない技か効果抜群な技しか覚えていないカゴ。草タイプであるチーゴ、オレン、チェリムちゃんと、俺と同じ技を使えるものの威力が心もとないナナシ。
 このメンバーと状況を考えれば、確かにクラボの言っているようにした方がいいだろう。だが、よりにもよってこの俺に、あんな高いところにある頭を目がけてアイアンテールを使え、だと?
 俺の高所恐怖症、なめんな。足が地面から少し離れた程度で、足が震えて動けなくなるんだぞ? ついでに言うと心臓もすごくバクバクして、降りるのにもかなりの神経を使うんだぞ? そんな俺があんな場所でアイアンテールなんかしてみろ。技を繰り出す前に気絶するわ。
 全身から「他を当たれ」オーラを出していると、顔がはっきりと見えるようになって更にかわいさが増したチェリムちゃんがこちらに向かって歩いてきた。ああ、その笑顔でお願いされたらどれほど高い場所にでも行けそうな気がする。いや、気がするだけで実際に行けるかどうかはわからないけど。
 彼女の口からどのような言葉が飛び出すのかと、足が地面についているにも関わらず心臓がバクバクと鳴り響く。俺の気持ちがそうさせるのか、やけにチェリムちゃんが歩いてくる速度がゆっくりに思えてもどかしい。くそ、どうしてこんな大事な時に限ってゆっくり進むように感じるんだ。
 もっと早く進んでくれよ、と言うことを聞かない時間にそう頼んでいるうちに、チェリムちゃんが目の前にまで来た。……彼女は、一体何を言うつもりなのだろうか。思わずごくりとツバを飲む。緊張から生まれた汗が俺の背中をつぅ……と流れ落ちたその時、眩い光と共に体に強い衝撃と浮遊感を覚えた。どこからか、カゴの荒げた声が聞こえる。
 どうやらソーラービームを喰らったらしい、とチカチカする視界の中考えていると、背中に衝撃が来た。無事、地面に着地をしたらしい(体は全く無事ではないが)。
 クラボの提案にあんな答えを返したのは悪いとは思うが、なぜいきなりこんなことを。何とか起き上がり、そういう目でチェリムちゃんを見つめると、彼女は目に涙を溜めながらこう言い放った。

「皆、オボン君が決着をつけてくれるのを期待しているんだよ!? なのに、何もしないなんて――最低!!」

 さいてい。サイテイ。最低。チェリムちゃんから放たれた言葉が、俺の胸に深々と突き刺さる。チェリムちゃんに最低と言われたら、俺が今まで夢見てきたことが全て泡となって消えてしまう!
 ここは、やらなくては。自分を超えるんだ、俺!! そして、この戦いが終わったらチェリムちゃんに告白するんだ!!!

「うおおお!!!」

 チェリムちゃんや皆の期待に応えるべく、俺は勢いをつけて走り、地面を力の限り蹴った! 浮遊感と共に視界から地面が消えていくのが見え、代わりに鳥が目の前にまで迫ってくる。
今だ、今こそアイアンテールを鳥の頭に叩き込むんだ!!

「気絶、しやがれええぇぇぇ!!!」

 ダメ押しにとクルリと回転をつけてから、尻尾を鳥の頭へと振り下ろす。ガイイィィン! と硬化した尻尾から衝撃が伝わると共に、どこか悟ったような表情をしていた鳥は羽ばたくのを止め、ゆっくりと地面に落ちていくのがわかった。
 やった、俺は、俺達はこの鳥に勝ったんだ! 湧き上がる喜びを胸に皆の方を見ようとして、ふと思い出す。

 そうだ。俺、今空中(高いところ)にいるじゃん。

『オボン(くん、君)――――!!??』
「兄さん!!??」

 皆の悲鳴のコーラスを聞きながら、俺の意識は体と共に落下していった。戦いが終わった途端にこれって、さすがにない。






 ふと目を覚ますと、私は何やら見覚えのある景色の中におりました。見覚えのある景色と言いましてもあの広場ではなく、いつか夢で見た場所なのでございます。そう、私はまた木の実となって、記憶の中と寸分違わぬ母にぶら下がっていたのでありました。
 周りには私と同じ姿の兄弟達が風に揺れ、私の目覚めに祝福を送っております。その祝福は私にとっていいことなのか、それとも悪いことなのか。恥ずかしいことに全くの判断が付かない状況でございまして、私はただ体を揺らすことしかできないという現実です。
 はて、今まで私が見ていたのはよくできた「作り物」で、これが「本物」なのでございましょうか。あれが作り物と考えるにはいささか「りありてぃ」というのものが満ち溢れているのでありまして、心のどこかでこれが「作り物」だという声が――――、

「え?」

 そのようなことを考えている時でございました。私の体が風に揺れてもいないのにぶるぶると震え始め、その振動に耐えられなかった細い「命綱」がぶちりと音を立てて外れてしまったのは。
 自らの重みにより、私の体はひゅるりひゅるらと落ちてゆきます。くるりくるりと回る視界の先では、どこかで見覚えのある地面が両手を広げて私を歓迎する準備をしているのがわかります。


『また会ったな、兄弟!! 俺はいつでもお前を歓迎するぜ!!!』




「ギャアアアァァァァ!!!!」

「キャアァァァ!!??」

 まさかの地面リターンズに驚いた勢いで目覚めた俺に、なぜか俺の目の前にいたカゴが悲鳴をあげる。飛び起きる直前までにカゴがいた位置と微妙に揺れる視界などから、どうやらカゴが俺の体を揺さぶっていたらしいことがわかる。
 それは非常にありがたいが、問題なのは地面だ地面! あいつ、俺の夢に一度出てきただけでは飽き足らず、二度も出演を果たしていたぞ!? 確かに地面は俺達の下にいつもあるものだから何度も出演するのは不思議ではないが、口調を見る限りでは同じ存在だったんだが!?
 もしや、あの地面は夢の存在ではなく本当に俺が木の実としての「終わり」を過ごしたあの地面なのか!? そして、今見た夢も前世の記憶の一種だったのか!? ということは、あの口調も前世のもの!!?? どんだけ昔の木の実だったんだよ、俺!!!
「ちょっとオボン、大丈夫?」
 驚愕の沼から抜け出せない俺に、カゴが心配そうに声をかける。そういえば、何か意識が飛ぶ度に口調が変わっては戻っている気がするが、気にしたら負けだろう。俺は驚愕を頭の隅へと追いやると、カゴや皆に大丈夫だと告げた。
 そして、視界が完全に元に戻ったのを確認してから、俺はチェリムちゃんに向かって思いの丈をぶつける。

「チェリムちゃん! お、俺と付き合って下さい!!」

突然の告白に驚いたのか、かわいらしく目を丸くするチェリムちゃんだったが、すぐに零れんばかりの笑顔を見せる。
 そして、俺にこう言った。

「――――――――」

雪椿 ( 2018/12/16(日) 22:26 )