Scherzo frutto dell'albero
犯人捜し
 燃え盛るチーゴの命令により、俺達は森中のポケモンに数日前俺がやったのと同じようなことをし、見事惨敗して元いた場所(広場のような場所)へと戻ってきた。疲れでふらふらな俺が木に背中を預けていると、横からボスンという音が聞こえた。
 目を動かして音の正体を確かめる。どうやらチーゴが糸目を開眼させたまま、バラの両手を地面へと叩きつけたようだ。その姿から、彼女の悔しさがよくわかる。悔しさの原因は、十中八九森のポケモン達の対応だろう。
 太鼓や木琴などの楽器を運んでいるポケモンに尋ねては「今は忙しいから後にしてくれ」と言われ、舞の練習をしているポケモンに尋ねては「練習の邪魔だから、祭りが終わってからにして欲しい」と言われ。
 まあ、これは休憩中だったとはいえ、やることがあるポケモンに長々と尋ねた俺達が悪いと言える。チーゴは「休憩中だから尋ねたのに、忙しいとか練習の邪魔って何よ!?」と文句を言っていたが。
 だったら特に何もしていないように見えるポケモンに尋ねたのだが、これに対する反応も「これから木の実を集める予定だから」だったり、「その羽の持ち主が犯人とは限らないじゃない?」だったり(ちなみに、ネイティオは終始無言だったため論外)。
 これも実際に予定があるのならともかく、チーゴが去る途中でこっそり様子を見に戻った時は寝ていたり、他のポケモンと楽しそうに話していたりしていたらしい。後者はそもそも俺達の話を信じていない。
「何よ、何よ、何よ!! 皆、私達の話を聞いてくれないじゃない! 祭りに使う木の実が全て食べた犯人なんて、どうでもいいって言うの!?」
「確かに木の実はまた集めればそれで済むから、案外皆気にしていないのかもね」
 ギリリと歯ぎしりをするチーゴに、ナナシがまた俺の心臓や体を凍らせる言葉をかける。……弟よ、お前の心臓は鉄か鋼でできているのか? その言葉を聞いた途端、チーゴの瞳の奥に紫の炎が宿ったのを、お前は見ていないのか??
 ――にしても、また集めればいいから、犯人は気にしない……か。他のやつらにとって、木の実を食べた犯人より祭りの方が大事だということがよくわかる言葉だ。もしかしたら祭りが終わった後で捜すのかもしれないが、それでは正しく後の祭りだろう。
 ナナシの言葉とチーゴの変化にオレンはただオロオロとし、クラボは自身の鎌をそっとナナシに向けて次の言葉が紡がれるのを止めようとしている。そんなピリピリとしたムードの中、カゴはあの時と同じようにじっとある方向を眺めていた。
「どうした? カゴ。何もないところを見ても、王子は降りてこないぞ? 現実を見ようぜ、現実を」
「あんたこそ、この嫌な空気が漂う現実を見なさいよ!! わたしの行動をどう捉えたらそういう言葉が出るわけ!?」
 カゴの行動を不思議に思っての発言だったが、どうやら彼女にはその意図が通じなかったらしい。あれか。少しでも場を和ませようと入れた言葉が悪かったか。……咄嗟に出たものだったが、言われてみれば空気を読んでいないにもほどがあったな。反省しよう。
 俺はそう思ったのだが、カゴには俺が全く反省していないように見えたらしい。周りを凍てつかせそうな笑顔で、「ふざけている暇があるのだったら、これでしばらく頭を冷やしていなさい!」とこの距離(相手との間にナナシとオレンが何とか入るくらい間隔)から冷凍ビームを放ってきた。
「え!? ちょ、俺は――」
 ああ、カゴに言おうとしていた言葉ごと体が凍てついて、視界も白に染まっていく――。



「……オボン、大丈夫か? 何というか、『雪より生まれし人形(スノーマン)』ならぬ『氷を纏いし電撃使い(アイスアームド・ピカチュウ)』みたいになっているぞ?」
 白けた視界が元の色を取り戻すと同時に、色違いのアブソルが僕のことを心配そうに見つめます。僕の体は今すぐ炎タイプのポケモンを呼びたいほどに冷え切り、体もピクリとも動かないのですから心配するのも当然でしょう。
 ちらと下を見ると、僕の体は分厚い氷の鎧を纏っていました。恐らく先ほど僕が怒らせてしまったグレイシアが放った冷凍ビームが、このような結果を生み出したのでしょう。氷の厚さから、彼女が覚えた怒りの強さが伺えます。
 本来の僕ならグレイシアに文句を言っているところなのでしょうが、この氷のせいなのか妙に頭が冷えてテンションも主観的に見ても客観的に見ても、かなり低い状態にあります。これが僕の「普通」なのでしょうか。
 だとしたら、いつもの僕は一体? 皆に色々な言葉を投げられながらもそれを楽しんでいた毎日は? あれは嘘だと言うのですか? もしあれは皆を楽しませるための仮面だと誰かが言うのならば、僕はそれを否定します。あれが仮面だなんて思いたくない。あれも、僕の個性なのですから。
 しかし、彼女はそれを「ふざけている」と言った。ああ、僕は今までふざけていたのでしょうか。自分にその自覚がなかったとしても、他人が判断すればそれは「悪」となるのでしょうか。
 深く考えれば考えるほど思考は螺鈿の階段を下り続け、暗闇の奥へと進んでいきます。グルグルと周り続ける思考はやがて上下感覚を失い、右も左もわからなくなるでしょう。僕は、俺は、自分とは一体何なのか。個性とは何なのか――。

「オボン、一体どうした!? しっかりしろ!!」

 パキイィィン! と周りの氷がまるで嘘のように砕け散り、僕――いや、俺の思考は現実へと引き戻された。先ほどまでの冷えた思考も氷と共に消えたのか、自分は一体何を考えていたのやらと己を笑いたくなる。俺は、俺だ。それ以外の回答はないに決まっているじゃないか。
 視界も思考もはっきりクリアになったところで、他の場所へと視線を滑らせる。カゴはなぜかチェリムちゃんの傍で項垂れ、いつのまにか糸目に戻ったチーゴは気まずそうに周囲を眺めている。ナナシやオレンは、クラボと同様に俺を心配そうに見ていた。
「皆、俺はもう大丈夫だ。クラボ、さっきは切り裂くで助けてくれて、ありがとうな」
 礼を述べると、クラボは仲間なんだから当然だろ? とイケメンスマイルを返してくれた。そういう場合じゃないとは思うが、心までイケメンとは一体お前はどうなっているんだ、おい。
 俺が復活したのを見てか、チーゴが両頬をパンと叩くとカッと開眼した。バラの手でどうやって頬をパンと叩くんだと言われそうだが、実際に鳴ったのだからそう言うしかない。きっとかなり勢いをつけて叩いたのだろう。かなり痛そうだったし。
「ああ、もう! こんな雰囲気、私達らしくないわ! 一回リセットして、また聞き込みを開始するわよ!!」
 再び目に炎を宿したチーゴを見て、項垂れていたカゴが何か言いたげにそちらを見る。だがチェリムちゃんが視界に入ると、また項垂れてしまった。
「そういえば、さっきじっとある方向を見ていたけど、どうしたの? カゴちゃん」
 様子を察したオレンがカゴにそう聞いているが、カゴは何も言おうとしない。何か見つけたのなら、さっさと言った方がいいわよ! じゃないと宿り木状態にするから! とすっかり元に戻ったチーゴに言われ(正確には脅され)、カゴは視線をある方向へと向けたまま口を開いた。
「……あそこの木の上に、ナナシが持っている羽をばら撒いている鳥がいるように見えるんだけど。それも結構前から」
『何!?』
 バッと、記録するものがあるのならそれで保存しておきたいと思うほどのシンクロ率で、皆がその方向を見る。俺もワンテンポ遅れてそちらを見ると―――、

「――本当に、いた」

 前世の記憶と何も変わっていない、あの鳥がいた。何をしているのかは知らないが、木の上でバタバタとあの七色の羽をばら撒いている。まさかこんな近くにいるとは思わなかった。俺達が苦労したあの時間は、妙にピリピリとしたあの雰囲気は一体何だったんだと言いたくなる。
 だが、いるのならちょうどいい。

「捕まえに行くぞ!」

『おお!!』
 俺の声を合図に、俺達はあの鳥の元へと走り始めた。何かのスイッチが入ったのか、オレンが先頭のクラボやカゴと同じところを走っている。臆病なオレンのことだから、てっきり一番後ろを隠れながら走ってくると思ったんだが。一体どこでスイッチが入ったんだ?
 不思議に思いながらオレンの後ろ姿を見ていると、ラッキーなことに俺のほぼ横を走っていたチェリムちゃんが小さめの声でその理由を言ってくれた。
「……オボン君、驚かないでね?実はオレンちゃん、知っているポケモンにしろ知らないポケモンにしろ、『炎タイプ』を見るとポケ格が変わっちゃうみたいなの。さっきまでのオレンちゃんが『オレンちゃん』だとすると、今は……『オレン君』って感じかな。普段は変わってもわからないよう演技をしているみたいだけど、今はあの鳥を前に演技という言葉がすっ飛んだ状態になっているみたいね」
「あ、そうなんだ〜。――って、え!?」
 ……チェリムちゃん。それを聞いて驚かないポケモンは、多分いないと思う。炎タイプを見ると、性格じゃなくてポケ格が変わるって何。それにチェリムちゃんの言い方からすると、性別も変わっているように聞こえるんだが……、ああ。それで「性格」じゃなくて「ポケ格」なのか。
 過去に一体何があればそうなるんだ……、とオレンのバサバサと揺れる葉を眺めていると、俺の考えがわかったのかチェリムちゃんが補足説明(?)をしてくれる。
「私も詳しくは知らないけど……。オレンちゃん、臆病で弱点のタイプを見るだけでも隠れちゃう自分を変えたくて、毎日自分に『炎タイプは怖くない』って言い聞かせていたんだって。そうしたらいつの間にかああなっちゃっていたみたい」
 毎日自分に言い聞かせていただけで、新たなポケ格が誕生しちゃったのか!? それクラボの設定並みにすごいぞ。彼女の場合はそれが「設定」じゃなくて「現実」だから、もしかしたらクラボよりすごいのかもしれない。
 何か犯人捜しが進むと同時に皆の秘密(?)がどんどんカミングアウトされていくが、チェリムちゃんにも秘密があるのだろうか。説明を終え、今はひたすら前を向いて走る彼女をちらりと見る。花びらに隠された横顔を想像して、彼女に限ってはないなとその考えを打ち消した。
 完全にその考えが消えるようにと軽く頭を振ってから、俺も前もようやく向く。いつの間にか、鳥がバタバタとしている木は目の前にまで迫っていた。

雪椿 ( 2018/12/16(日) 22:25 )