Scherzo frutto dell'albero
謎の事件と突然の提案
 俺が前世を思い出し、あの鳥に復讐をすると宣言してから数日が経った。だが俺はあの鳥に復讐することなく、もうすぐ開催される虹神様の何とかを祝う祭りの手伝いとして、祭りに必要な木の実集めをさせられている。
 祭りの名前は確か神様に関係する名前だった気がするが、よく覚えていない。だが、祭りの内容はよ〜く覚えている。毎年指定された木の前に森にある木の実を山のように集め、虹神様がこの森に来てくれたことと何かを祝う、というものだ。
 具体的には木の周りで感謝の舞を踊ったり、手作りの楽器でちょっとした演奏をしたり。祭りと言うだけあって毎年どんちゃん騒ぎになるのだが、何がそんなにいいのやら。他にとってはともかく、俺にとっては暇なので失礼ながらも毎度途中で帰っている。
 街や他の森からも少し離れ、特に噂になるようなものもない。そんな物好きでもない限り誰も訪れないようなこの小さな森に、何で森に住むポケモン達のほぼ全員が手伝わされるほどの大きな祭りがあるのか。誰かから聞いた気もするが、そのほとんどを聞き流してしまったのか、欠片も覚えていない。何なんだ、このアンバランスな記憶力は。
 祭りについてはともかく、なぜ何もせず色とりどりの木の実なんか集めているのか。それは、あの鳥の情報を全く入手できなかったからに他ならない。色とかの特徴を言っても「木の実で体の色を染めた、おしゃれなピジョットじゃないの?」と適当にあしらわれる。
 だったら絵を描いて聞こうと思ったものの、俺の絵心は壊滅的だ。一度描いてみたものを試しに近くにいたカゴに見せたところ、「何それ、突然変異で色鮮やかになったズバット?」と言われてしまった。
 そんなこんなで情報の「じ」の字も集めることもできず、今こうして代わりに木の実を集めているのだった。情報を集められなかった苛立ちから、ヤケクソのように見つけては採り見つけては採りを繰り返していたのもあり、思ったよりも早く、そして多く集めることができた。
 これならすぐに鳥の情報集めを再開できる。そう思って持てる分だけの木の実を持ち、何往復かしてほとんどの木の実を指定された木の前……開催日に皆が集まる、会場のような場所に運んだ。そしてこれで最後だ、といくつかの木の実を腕に抱えた時、強い風が吹いて周りの木々が、草花が揺れ動く。
「うおっ……」
 あまりの風の勢いに尻餅をつきそうになるが、尻尾を使って上手くバランスを取る。それから抱えた木の実が落ちて転がらないよう、両腕に力を籠めると風が背中に当たるように移動した。木の後ろなんかに隠れれば楽だろうが、どこもこれも風によって揺れているから後ろに隠れたら逆に危険な気しかしない。
 少しずつ背中に当たる風が弱まり、やがてそよとも感じられなくなった。風がやんだことに安堵しながら、俺は木の実運びを再開する。妙に周りが騒がしい気がするが、きっとあの風で運んでいた木の実が地平線の彼方まで転がってしまった〜! ということで騒いでいるのだろう。
 木の実との追いかけっこ、色々と大変だとは思いますが頑張って下さい、と心の中でエールを送りつつ、俺は早足で会場へと向かった。
 そして、そこに着いた途端ポカンと口を開けてしまった。木の実を一つも落とさなかったのが奇跡みたいだ。
「……え?」
 本来なら多くの木の実が積みあがっているはずの木の前には、木の実の「木」の字も存在せず、代わりに何かに食い散らかされたような跡だけが残っていたからだ。他のポケモン達もこの光景を見て一体誰が、とか虹神様への捧げものが、とか色々と騒いでいる。
 俺が木の実を運んでいた時に感じた騒がしさの原因は、このこともあったのかもしれない。確かにこれは騒ぐ。俺だったら絶叫して、その場で気絶しているかもしれない。鳥の情報を集めるための時間が、再び木の実を集める時間になってしまったというショックで。
 また集めるのか〜と遠い目をしながら、持っていた木の実を綺麗だった場所にそっと置く。それを見た他のポケモンも運んでいた木の実を綺麗な場所に置き始めた。掃除好きなチラーミィ達も、せっせと跡を片付け始めている。
 戸惑いやら何やらは残っているが、これなら案外すんなりと木の実集めが再開されるかな? と思い、まだ実があった木の場所を思い出していると、

「オボン、今すぐ来なさい! 文句を言ったり来なかったりしたら、宿り木の種を植えるわよ!?」

「へ!?」
 なぜか開眼し、その中に炎を宿した状態で俺の前にやってきたロゼリア――チーゴにそう言われ、頭に大量のクエスチョンマークが浮かぶ。だが何か言って宿り木の種の餌食にはなりたくないので、何も言わずに彼女の後をついていくことにした。


 しばらくチーゴの後をついていって着いたのは、いつもの大きな木がある広場のような場所で、そこにいたのは色違いのアブソル――クラボ、グレイシア――カゴ、弟のピチュー――ナナシ、ナゾノクサ――オレン、そしてチェリムちゃん。
 つまり、これまたいつも集まってはくだらない会話をしたり、森で遊んだりしているメンバー全員だった。皆、どことなくチーゴの様子を伺っているように見えるのは、俺と同じように脅されたからか?
 それにしてもなぜ皆が集まっているのだろうと、消えかけていたクエスチョンマークが再び浮かぶのを感じていると、すっとチーゴが皆の前に移動する。そして目に宿った炎を一段と燃え上がらせると、よく通る声でこう言った。

「皆、木の実を全て食べた犯人を私達の手で捕まえるわよ!!!」

「……はい?」
 突然何を言い出すんだと思っていると、チーゴが全身をメラメラと燃やしながら理由を語った。お前、ロゼリアだろ。毒タイプも入っているけど、一応草タイプだろ。いつから炎タイプに転職したんだ、と心の中でツッコんだのは、俺だけではあるまい。
 チーゴが語った理由は簡単に言うと「犯人捜しって燃えるし、カッコいいからしてみたい!」というようなものだった。そんな理由で犯人捜しをしようとするんじゃない。というか燃えすぎだ。俺達を火傷させるつもりか?
 チーゴの変貌ぶりに思わず数歩下がっていると、彼女の言葉を聞いて何やら考えていたらしいクラボが一度目を閉じ、不自然に片方の前足で左目を隠したかと思うと、またすぐに目を開いた。
「……!?」
 開かれたクラボの目を見て、思わず声を失う。やつの目は色違いということもあり、両目が深緑に近い色合いをしているが、今は左目だけがオボン(木の実の方な。俺ではない)の色と同じ黄色に染まっている。……いわゆる、オッドアイというものだ。
 なぜ急に目の色が……って、考えるまでもないよな。さっき見た不自然な前足の動き。あの時左目に何かしたに違いない。以前、人間が綺麗なものを目に入れて、その色を変える瞬間をなぜか知らんが見せられたことがある。
 その時、人間は「あっ、ちょっとそこのピチュー! 新しいカラコン買ったんだけど、どうかな? こんな感じになるんだけど!」と何かを話していたが、当時の俺は興味がないとばかりにそれを無視して、すぐにその場から去ってしまった。
 あの時もっと観察していれば、現在進行形で降りかかってきている謎が解明されたのかもしれないというのに。何をしているんだ、当時の俺。過去に戻る方法があるのなら、すぐに森に戻った俺を殴って、何を言っているか理解してこいと言いたい。
 まぁ、過去の行動を悔やんでも仕方がない。あの時ちらと見た動作から考える限り、人間の目の色を変えていたのはあの綺麗なものだ。恐らく、クラボも同じものを使ったのだろう。どうやって手に入れたのかは知らないが、片方の目の色が変わってもカッコいいとはどういうことだ。これもイケメンだからこそなせる業だというのか……!?
 色々と複雑な感情を抱いていると、俺達の反応を見てふっと穏やかな笑みを浮かべたクラボがゆっくりと口を開いた。

「皆も驚いたか……。それはそうだろう。オレの『正体』を見せるのは、お前達が初めてだからな。今の今まで黙っていたが、実はオレは異世界からこちらに逃亡してきた赤の翼(レッド・ウィング)の末裔で、自らの意思でその姿を変化させることができる。そしてこの『真実を暴き出す陽光の目(トゥルー・サンシャイン・アイ)』はその血を受け継ぐ者が持つ特殊な能力だ。この能力を持っていたことにより逃亡することになったのだが、チーゴ達が犯人を捜したいというのなら仕方がない。オレの能力で犯人を必ず『偽りなき白の世界(オールホワイト・ワールド)』へと――」

『待て待て待て待て!!!』

 いつまで経っても終わらなさそうなクラボの話に、クラボ以外の全員がツッコミを入れる。色々と問題しかないセリフがイケメンの口から飛び出してきたように見えたんだが、俺の聞き間違いじゃないよな? もし俺の聞き間違いだったのなら、全員のツッコミを得ることはないだろう。
 ということは、実際に飛び出したのか。あの、聞いているだけで色々なところが麻痺してきそうなセリフが。タイプの関係で麻痺とは縁がないと思っていた俺に、麻痺しそうだと言わしめたあの言葉が。
「……マジかよ」
 ――最っ高に、カッコいいじゃねぇか! 口には出さないまま、俺は心の中で荒ぶるテンションのままに、ひゃっほいとよくわからない動きをしていた。何だ、その俺の心をくすぐる設定や素敵ワードは! カッコよすぎだろ!!
 俺の中で、クラボの印象が「何かムカつくイケメン」から「色々と素敵すぎる、少しムカつくイケメン」へとランクアップした。キラキラした目を隠すことなくクラボに向けていると、あの素敵ワードを聞いても表情の一つ変化させていないカゴが「……あんたも仲間なのね」とどこか遠い目をして呟いたのがわかった。何でそんな目をするんだ。謎すぎる。
 カゴの反応に首を傾げていると、話をぶった切られたクラボが少し不満そうな顔をしながらも「つまり、オレも犯人捜しを手伝うつもりだから。そこのところよろしく」となぜか素敵ワードを封印してそう言った。どうやらチーゴの話に乗ってくれるらしい。
 チーゴは炎の消えた目でクラボを眺めていたが、やがて何かを悟ったかのような表情になると無言でこちらにこう言ってきた。

『あなた達も手伝ってくれるわよね? 元々そういう話だったし』

 チーゴの無言の圧力に、俺達はただ頷くことしかできなかった。



 あれから再び燃え出したチーゴと、素敵ワードを連発するクラボにカゴやオレンが固まりつつも、ナナシやチェリムちゃんのお蔭もあり話がとんとん拍子で進んでいった。
「あの風から考えると、犯人は飛行タイプのポケモンじゃないのか?」
 クラボがそう言った時、ナナシが「あ」と何かを思い出したかのようにどこかに走って行ってしまった。どうしたのかと皆で首を傾げていると、弟は消えたのと同じ方向から片手に何かを持って戻って来た。
 それは遠くからだとよくわからなかったが、近づいてくるにつれ七色に光り輝く羽であることが――って、七色に光り輝く羽!?
「おい、ナナシ! どうしてそれを持っているんだ!?」
「……オボンくん。それじゃ話せないと思うよ?」
「……あ」
 オレンの言葉でナナシから離れるも、着いた途端に俺にガクガクと体を揺さぶられたナナシは少し、いや結構ふらふらになっていた。揺らしすぎて脳震盪でも引き起こしてしまったか? 脳震盪って、どう対処するんだ? やばい、全くわからん。
 心配や混乱で頭をパンパンにしつつも様子を見ていると、さすがはナナシと言うべきか。すぐに体勢を整えると、羽を俺達によく見えるように軽く上にあげながら、それを見つけた状況を説明する。
「あの風がやんだ時、僕の傍に落ちていたんだ。もしかしたら犯人が落としていったのかもと思って、隠していた場所から持って来たんだけど……」
「何でそんな大事な証拠を隠していたの!?」
 チーゴがずいと俺やオレンを押し退けてナナシに詰め寄るが、ナナシは笑顔で「綺麗だったから後で売ろうかと思って」と言ってのけた。下手をすれば毒状態か宿り木状態にさせられるという状況での笑顔。……弟よ、お前色々強すぎ。兄ちゃん、心臓だけじゃなく体も凍りそうになったぞ。主に連帯責任を取らされるんじゃないか、という恐怖で。
 ピキリと体を固まらせた俺に、オレンがそういえばなぜナナシを揺さぶったのかと聞いてくる。オレンの言葉に、ナナシによってすっかり忘れそうになっていた大事なことを思い出した。
「そうだよ、その羽! 数日前、俺が話した鳥が落としていった羽にそっくり……というか、そのものなんだよ!!」
 俺の言葉にクラボ達が驚きの表情を浮かべる。驚くのも無理はない。数日前、前世や鳥のことは詳しく話したが、羽のことはいい言葉が見つからずにあまり話せていなかったからな。
「だったら、その羽を持つポケモンを捜しに行くわよ!」
「それは元々俺がやろうとしていたんだが!?」
 驚きからいち早く戻ったチーゴが、燃え盛る目で明後日の方向へと進んでいく。それを見て、俺達は慌てて追いかけ始める。見失ったら大変だし、あのポケモンを捕まえるのはチーゴじゃなくて俺じゃなければいけないからだ!
「…………」
 走り出す直前、視界の端でカゴだけが七色の羽を見た後、じっとある方向を眺めていたのがわかった。走るスピードをかなり遅くして様子を見ていると、彼女が止まっていることに気づいたナナシに声をかけられ、慌てて走り出している。
 俺と同じようにスピードをチェリムちゃんがカゴにどうしたのかと聞くと、彼女は何も言わずただ戸惑いの表情を浮かべていた。口に出さずとも、こちらに何かを伝えたそうなのがわかる。
 だが、カゴが何かを言う前にチーゴの熱気と声がこちらに飛んできてしまい、その場でそれを聞くことは叶わなかった。

雪椿 ( 2018/12/16(日) 22:23 )