Scherzo frutto dell'albero
新たな名前と計画の始まり
 ――さて、巻き込まれるがいい! とは言ったものの、実は何も考えていないというのが現実だ。現実って意外と非情だよな。木の実を食べる時のように、サクサクと進んで欲しいものだぜ……。
 現実に対して不満を漏らしかけていると、突然ピンときた。俺はつい先ほど前世を思い出したばかりじゃないか。だったら俺が今からその前世と同じ名前……つまりオボンを名乗り、アイツらにも木の実の名前を付ける。
 ――完璧だ。完璧すぎて自分の頭が少し怖いぜ。己の才能に体を震わせながら、誰に何の名前を与えるかを考える。あまり複雑なのは俺が覚えられないから嫌だな。見てすぐわかるもの……。
 あ、色とかなら見てすぐにわかるな。だって、この森には木の実が掃いて捨てるほどあるし(実際に掃いて捨てたらダメだぜ?)。ポケモンから聞いて名前しか知らないやつより、誰もが一度は見たことがある木の実にするか。理由はついさっき言ったから省略しておこう。
 まずはアブソル。やつは白が多いが、俺は残念ながら白い木の実なんて知らない。だとしたら顔とか鎌の色か。赤だな。赤、赤……クラボか? 他にも赤い木の実は思いつくが、俺は最初に思いついたものを大切にしたい。よってクラボに決定。
 次はグレイシアだな。グレイシアは全体的に水色だから青系の木の実か。すぐに思いつくのはカゴだな。オレンも同じくらいの早さで思いついたが、それはグレイシアより適任がいるから却下だ。
 続いてはロゼリア。彼女は全体的に緑だな。緑色の木の実と言ったら候補はあまりないように思えるが、俺はその盲点を突く! 彼女はチーゴにしよう! 理由は多分後でわかるはずさ!
 そして俺の弟であるピチュー。俺の進化前だから、色は大体同じだな。同じ色で思いつくのはナナシだな。うん、それでいいだろ。他に思いつかないし。他より適当とか言われそうだが、仕方がない。この森ではあまり黄色い木の実を見かけないのだから。……もしかしたらあるかもしれないが、今は見ていないからこれでいいんだ。
 で、最後はナゾノクサか。ナゾノクサはグレイシアの名前を決めた時から、既に決まっている。あのフォルムにあの色……オレンしかないだろ! オレンはもう少し青みが強いが、あの形を見てからオレンしか思い浮かばなくなったのだから、これも仕方のないことだ。
 これで全員の名前が決まったな。我ながらいいセンスをしていると思う。あとはこれを皆に言うだけだな! ふはは、皆の驚く表情がまるで過去の出来事のように、ハッキリと目に浮かぶぜ!
 俺は息を思いっきり吸い込むと、皆に向かってこう叫ぶ。

「よし、決めた! 俺は――」

「兄さん。そもそも、どうしてその夢が自分の前世だって思ったの? 証拠が何もないじゃないか」

 ――訂正。叫ぼうとしたら途中でナナシ――いや、今はまだ口に出していないからナナシ(ピチュー)の方がいいな。それで、口に出す時はちゃんと種族名にするか。少しこんがらがりそうだが、目的のためには努力を惜しまないぜ!
 まあ、それは一旦横に置いておくとして。俺は今、叫ぼうとしたところをナナシ(ピチュー)に疑問で遮られた。勢いをくじかれてナナシ(ピチュー)を睨みそうになったが、直前で踏みとどまる。
 事情の知らない弟にそれをするのは兄としてどうなんだと思うし、彼の疑問も当たり前と言えば当たり前だ。事実、俺にあるのは夢を見たという出来事だけで、だからあの夢は前世のものだ! という証拠は何一つない。あ、だから呆れられたのか?
 くっ、見た夢を解析できる素晴らしい何かがあれば、皆に呆れられることもなかっただろうに! 何でここにはそれがないんだ! 思わず地面を蹴りそうになった俺を見て、カゴ(グレイシア)が思い出したように口を開く。
「そういえば、この森の外れ辺りに住んでいるネイティオさんは不思議な力を持っていて、相手の前世や未来を視ることができるって聞いたことがあるけど……」
「何、それは本当か!?」
 カゴ(グレイシア)から飛び出した情報に、俺は思わず彼女に詰め寄りつつそう尋ねる。カゴ(グレイシア)は俺の勢いに押されたのか若干体を反らせながらも、コクリと頷いてくれた。
 気のせいか彼女の青い頬がほんのりと朱に染まっている気がするが、それは俺が詰め寄って緊張したからだろう。俺だって誰かに突然詰め寄られたら、冷や汗を垂らしながらのけ反ると思う。
 カゴ(グレイシア)に小声で謝ると、俺は自分の話が本当であることを証明するためにネイティオがいる場所に向かおうとして、

「……誰か、ワタシを呼んだだろうか?」

「うわああぁぁぁ!!??」
 突然茂みの向こうから出てきた誰かに驚き、反射的に十万ボルトを放ってしまう。俺から放たれた電撃は、俺の叫び声に驚いて固まっている相手に向かって矢のように飛んでいき、見事に直撃してしまった!
「ギャアアァァァ!!??」
 ああ!? その結果、相手はまるで木炭のように真っ黒焦げだ!? かなり効いているように見えたから、相手は飛行タイプだったのかもしれない。近くにオレン(木の実の方)は落ちていたっけ!?
 キョロキョロと辺りを見渡していると、カゴ(グレイシア)から氷のつぶてが飛んできて、額に直撃した。額をさすりながらカゴ(グレイシア)の方を見ると、まるでグランブルのような表情をしてこちらを睨みつけている。それに対してチーゴ(ロゼリア)やオレン(ナゾノクサ)、クラボ(アブソル)、チェリムちゃんはどこか呆れたような表情を見せている。
 確かに出会ったばかりのポケモン、しかも電気が弱点の相手にこの仕打ちは不味かったかもしれない。だが、視界の端にはオレン(木の実の方)がいくつか落ちている。これの果汁やら果肉を与えれば、最悪の事態は避けられるはず。何でそんな表情をする?
 ハッ、まさか!?
「まさかコイツ、グレイシアの恋――」
「そ、そんなわけないでしょ!? 次にそんなこと言ったら、今すぐ眠らせるわよ!? じゃなくて、あんたが倒したそのポケモンがたった今話したネイティオよ! 何で倒してんのよ、情報が聞けないじゃない!!」
「な、何!?」
 何ということだ! 俺が反射的に倒してしまった相手が、今から探しに行こうと思っていたネイティオだったなんて! ……あ、言われてみれば、ネイティオらしき姿をしているな。黒焦げで色はよくわからないけど。
「ピチュー、今すぐネイティオを復活させるぞ!」
 呆れた表情をしていたナナシ(ピチュー)がハッした表情になり、それを聞いた他のやつも行動し始める。俺もなるべく新鮮そうな木の実を拾いつつ、ネイティオの無事を祈る。こいつには、俺の真実を証明して貰う必要があるんだ!
 少し酷いかもしれないが、今の俺にはそれが大事なんだ!!


「……ふむ。心配をかけて申し訳なかったな」
 数時間後、すっかり元の状態に戻ったネイティオはあまり変わらない表情のままペコリと頭を下げた。声もあまり抑揚がなく、本当に申し訳ないと思っているかどうかがわかりにくい。
 だが、それを聞いたクラボ(アブソル)達は「いや、完全にピカチュウが悪いので」とか、「不満があるなら今のうちに言った方がいいですよ? 彼の記憶力、あまりよくないから」などと言っている。
 ……いや、確かに俺が悪いんだけどさ? 何気にあれとは関係ないことで俺をバカにしているやつがいない? 俺に何か個人的な恨みでもあるの? さっき考えたことを読み取ったエスパーなの??
 再び泣きそうになっていると、チーゴ(ロゼリア)が俺に早く用件を言ったらどうだと突いてくる。両手が花なのによく突けるな。いや、それはこの際気にしないでおくか。大切なのはその用件だ。
「なあ、ネイティオ。俺の前世ってわかるか? 俺はオボンだと思っているんだが……」
 俺の問いにネイティオは一旦首を傾げた後、少し待って欲しいと言ってじっと俺の目を見つめてきた。無言の迫力に思わず逃げたくなるが、これは大事なことだと自分に言い聞かせその場に留まる。
 視界の端に映るチェリムちゃんですり減っていく精神力を補充していると、ネイティオがコクリと頷いた。どうやら俺の前世がわかったらしい。今すぐに問いただしたい衝動を何とか抑え、彼(声の低さからして、恐らくそうだろう)の言葉を待つ。
「うむ。確かにお主の前世はオボンだ。しかし、エスパータイプでもないのになぜわかったのだ? 過去や未来を視る者として、少し聞きたいのだか」
 ネイティオの疑問に、俺はどう答えようかと少し唸る。正直に夢で見たと言っても、クラボ(アブソル)達のように信じてはくれないかもしれない。俺は頭を回転に回転させて、一つの答えを導き出した。

「未来予知を使ったんだ!」

「……ええと、前世は未来予知じゃわからないよ?」
 ようやく捻り出した答えを、即オレン(ナゾノクサ)に否定された。そうか。やっぱり未来予知じゃ過去はわからないか……。の前に、そもそもピカチュウって未来予知覚えなかったはずだしな(ちなみに情報源はナナシ)。前提からしてダメだったか。否定されるまで前提を忘れていたこともあって、いけるかもしれない、と思ったんだが。
 今のやりとりがあっても同じ表情なネイティオに、俺はボソボソと事実を告げる。すると「……なるほど。不思議なこともあるものだな」と言ってその場を去って行った。
「よくわからないやつだったな……」
 思わずぼそりと呟くと、カゴ(グレイシア)が「そういうポケモンなんでしょ。個性よ、個性」と返してくる。なるほど、個性か。知らなかったら単なるポーカーフェイスを超えたポーカーフェイスポケモンとして見ていただろうな。
 そういえば、ネイティオは他にも何か重要なことを言っていた気がするな。だが、それは今の俺にとって重要じゃないから、ここはあえてスルーをする。大事なのは、俺がこれから起こすことだ!
 あの時のように息を思いっきり吸い込むと、皆に向かってこう叫ぶ。

「よし、決めた! 俺は今日から『オボン』を名乗る! てめぇはクラボ、お前はカゴ、お前はチーゴ、お前はナナシ、お前はオレンな!」

 クラボ(アブソル)、カゴ(グレイシア)、チーゴ(ロゼリア)、ナナシ(ピチュー)、オレン(ナゾノクサ)を順に指差し、今度こそ木の実の名前をつけてやる。それぞれ木の実の名前を付けられた瞬間、なぜかビクリと体を震わせたが気にしない。
 うん、これでやっと心の中で付け加えていた種族名を取れるな。大変なんだよ。心の中でもいちいちカッコをつけて言うの。
「おい、何でチェリムだけそのままなんだよ! オレ達につけたのなら、チェリムにもつけるべきだろ?」
 イケメンフェイスを僅かに歪ませた状態でそう言ってきたのは、イケメン羨ましすぎる少しだけでいいからわけてくれ、と俺が常日頃思っているクラボ。確かに皆に木の実の名前をつけている中で、チェリムちゃんだけそのままなのはおかしいかもしれない。
 だが、あえて言わせて頂こう。

「チェリムちゃんは、チェリムちゃん以外の何者でもない! よって、チェリムちゃんに木の実の名前をつけるなんてことは、俺にはできない!!」

 力強くそう言うと、クラボは納得していない表情ではあったがそれ以上文句は言わず、カゴにはなぜか睨まれた。
「ちょっと、他の皆は何となくわかるけど、何で私だけ『チーゴ』なのよ? あれ、どちらかというと水色に近いじゃない!」
 クラボが黙ったかと思うと、今度はチーゴが目をつり上げて怒ってきた。糸目だからぱっと見吊り上がっているのかよくわからないが、雰囲気と角度からして多分つり上がっていると思う。
「え? 一応チーゴも片方のバラが青いし、あの木の実が人間達の間で緑色の欠片と交換されているのを見たことがある。だったら水色じゃなくて緑でも大丈夫だろうと思った。それだけだ。というか、名前の文句は一ミリたりとも受け付けない」
「少しは受け付けなさいよ! の前に、どうして急に木の実の名前を名乗るのよ。オボンはアホらしい夢を見て、更にアホになったの?」
「いや、ネイティオによって夢は事実だと認められたぞ?」
「それはそうだけど、アホなのは同じでしょ!?」
 文句を言いながらも名前を付けられても否定しないことや、俺のことをちゃんとオボンと呼んでくれていることから、チーゴはまんざらでもないのかもしれない。他の皆も付けられた名前に関しては何も言ってこないから、このままでいいのだろう。
「チーゴよ。どうして急に、と言ったな? これには深い訳がある。少し前、俺の前世はオボンで、後もう少しというところで地面に落ちてしまったと言った。これが固い地面だったら本当に悲惨だったのだが――」
「長い。さっさと話しなさいよ」
 遠い過去を思い出しながら語っていたら、これは話が長くなると察したのかカゴが流れをぶった切ってきた。事実そうなので、文句は言えない。

「ではご希望にお応えして、結論から言おう! 俺はあの鳥に復讐をしたい! だから勝手に仲間にした! 以上!」

『はあぁぁぁ!!??』
 俺の簡潔で素晴らしい発言に、皆の表情と発言がシンクロする。あ、チェリムちゃんは顔がよく見えないから論外ね。皆が呆れを通り越して最早無表情にすら見えるが、俺は本気だ。
 あの時、幸運にも普通の地面に落ちた俺は、傷一つなくそこに転がった。しかし場所が悪かったのか、ポケモンどころか人間にすら見つかることなく朽ち果て、何もできることなく地面へと還ってしまったのだ。種が残ったかどうかもすら怪しい。
 あの鳥が近くにさえ来なければ、落ちる場所ももう少しは変わっていたはず。ほとんどの原因はあの鳥にある! いや、鳥がいてもいなくても落ちる場所は変わらなかった可能性は否定できないが、それはあくまでも可能性の話だ!
 決意の炎をメラメラと燃やす俺に、オレンが何か言いたげに口をもごもごさせる。視線で言いたいことがあるならさっさと言えと促すと、オレンは小さな声でこう言った。
「お、オボンくん……。あの鳥に復讐するって言っても、どういう種類のポケモンなのかわかっているの? その前に、そのポケモンがどこにいるか知っているの?」
 なるほど、抱いて当然の疑問だ。俺は腰に両手を当てると、あの時見たのと同じくらい綺麗な青空に視線を移す。答えが返ってこないことに、オレンが「ま、まさか……」と呟くのが聞こえた。
 ふっ、ご名答。俺は視線を空から皆の方に戻すと、にぃっと口角をつり上げる。
「わからんし、知らん!!!」
 俺の力の籠った解答に、皆が同じようなタイミングで綺麗にずっこけた。辺りに砂埃が漂うのを見ながら、こうも綺麗にずっこけられるものなんだな、と変なところで感心していたのは秘密だ。

雪椿 ( 2018/12/16(日) 22:20 )