Scherzo frutto dell'albero
夢の鳥と愉快な仲間
 体にひんやりとした風が当たった途端、妙に暗かった視界が急に何かを取り去ったかのようにさっと明るくなる。その眩しさに一瞬目を細めた後、俺は眼前に広がる光景に息を飲んだ。
 灰色の雲がまだチラホラと見えるが空は美しい青色で、雨上がりなのか大きな虹も架かっていた。俺の周りには雨が降っていたことを証明するように、濡れた葉や黄色い実……形からして恐らくオボン……が少し冷たい風に揺れている。
 遥か下の方には地面らしきものが見え――いや、そんなものは俺には見えない。見たくない。見たら足が震えて、ここから一歩も動けなくなる。現実を認めてしまったらこの美しい景色にサヨナラを告げ、暗い世界とアゲインすることになってしまう。
 必死に地面から視線を逸らし、そんなことを考えていると上の方から滴が落ちて来た。突然の冷たさにびくりと体を震わせながら上を見ると、そこには青空の半分を埋め尽くす大きな葉。
 雨が降っている時にはその大きさを借りるかもしれないが、晴れている今は美しい空を隠す邪魔者でしかない。
 手を伸ばし、葉をどかそうとしだが――できなかった。葉の大きさに騙されてかなり近くに見えているが、実は結構遠いということではない。俺の勘が、この葉は容易にどかせることを告げている。

「何で手が届かないんだ……?」

 不思議に思い、手があるだろう場所に視線を移した。しかしそこに俺の手は存在せず、見えるのは葉やオボンだけ。首を傾げながらも視線を上へとずらしていくと、手というよりも腕そのものが見えない。
 一体何が!? と一瞬パニックに陥り、腕をぶんぶんと振り回しかけて気が付いた。見えなくても、腕を動かしていることはわかるし、手を握ったり開いたりすることもできる(やはり見えないから、何となくその動作ができているのがわかる、という程度だが)。
 どうやら見えないだけで、体のパーツが消えているわけではないみたいだな。あ、肩は元からないに等しいから無視するけど。
 視界から入る情報をフル活用してわかったのは、今の俺は手も足もない入れ物か何かに体をすっぽりとおさめられているらしい、ということだった。その証拠に、足を動かしているつもりでも視界に僅かに映るのは、黄色くて丸みを帯びた入れ物だけ。
 そうか。だから、あの恐怖の光景を目にしても、震えで視界が揺れなかったのか。いつもはそれで絶景もあってないようなものだったから、助かった――、

「じゃねぇ!!! 何で俺、こんなよくわからんやつに入れられているんだよ! 一体どういう罰ゲーム!? それとも今まで類を見ないほど、すごく手の込んだドッキリ!?」

 わあわあ騒いでいると、体の振動が伝わるからか入れ物もゆさゆさと揺れる。それに合わせて頭の一点が引っ張られるような感覚を覚えた。どうやら頭は入れ物から出ている状態だが、何かがついているらしい。入れ物が揺れる度に、その何かは必死に俺を元の位置に戻そうとしている。さしずめ俺の命綱といったところか。
 そう考えて、それもそうかと思う。体が入れ物におさまっているのなら、俺はとっくに地面さんとお友達になり、ただ空を見上げてぽけーっとしていることだろう。ありがとう、命綱。頼むから切れないでくれよ。
 見えない命綱にそうお願いしていると、七色の橋の向こうに小さな影が見えた気がした。見間違いかと思ったが、それはだんだんと大きくなり鮮やかな色をつけてくる。やがて姿がはっきりと見えるようになり、俺は思わず見惚れてしまった。
「わあ……」
 それはとても美しい鳥だった。全体的には夕焼けのような色をしているが、翼の端は鮮やかな緑色をしており、トサカや尻尾(?)の部分などは黄金に輝いている。羽ばたいた時にたまに落ちる羽は七色の輝きを放っており、掴めないとわかっていても手を伸ばしたくなった。
 ぽけーっとしながらも鳥の美しさをあれこれ褒めていると、いつの間にか距離がかなり近くなっていたらしい。羽ばたきから起こる風をモロに喰らい、入れ物が大きく揺れる。それに合わせて命綱が必死に働いているが、頭が引っ張られてものすごく痛い。これ以上揺れたら切れてしまいそうだ。
 姿はもう十分に堪能してお腹一杯だから、さっさとどっかに行ってくれ。鳥に心の中でそう頼むが、声に出さないものはどう頑張っても聞こえるわけがなく、一向に去る気配は見られない。
 だったら俺が出せる限りの大声で――と思った時、ぶちりと何かが切れるような音と共に頭に鈍い痛みが走った。あ、と思う間もなく入れ物は重力の法則に従い落下を始め、地面が両手を広げて俺を歓迎しようとしているのがわかる。
 地面よ、お前は俺を歓迎しようとも、俺はお前を歓迎することはできない! 特に、今のように何もできない状態で、上から落ちている時にはな! あ、最初から地面に足がついている時は歓迎するので、態度は変えないで下さいね?

『そんな水臭いことを言うなよ、兄弟! 歓迎するぜ!!』

 俺の叫びも虚しく地面が満面の笑みでそう言って(いや、本当は何も言っていないが、俺にはそう聞こえた)、豪快すぎるハイタッチをしようとした時――




「うわあああぁぁぁ!!!」

 ドスン!!! という派手な音を立てて俺はベッドから落ち、尻を強かに打ったのだった。痛む尻を擦りつつ、俺はあの体ではなく元の――ピカチュウの体であることをぺたぺたと確認した後、思わず虚空に向かって叫ぶ。

「夢オチかよ! いや、夢でよかったけど! 逆に現実だったら、色々と悲しすぎるんだけど!!」

 ――現実だったら。その言葉に、自分で言ったにも関わらず、ふと引っかかりを覚える。現実で体験したことは一度もないのに、何でこんなに気になるんだ?
 ん〜? と首を傾げた時、視界に朝食用にと昨日採ってきたオボンの実が目に入る。そういえば夢で見た木の実もオボンだったよな。もしかして、これ(オボン)か? オボンが俺の何かに引っかかっているのか?
 そう思った時、ふっと頭の隅で固く閉じていた扉が開いたのがわかった。自分の知らない記憶がどっと流れ込んでくる。かなりの量だと思うのに、脳みそが全くパンクしないのが素晴らしい。
 兄妹達の中では一番体が大きかったこと。母さんはたくさんの子供を持っていつも大変そうだったけど、それと同じくらい嬉しそうだったこと。もうすぐで大人になるという時に綺麗な鳥がやって来たせいで落ち、地面に――――。

 そうだ。思い出した。俺は、


「俺は前、オボンの実だったんだよ!!」
「何言ってんだ、お前は」
 朝とんでもない目覚めをしてからその事実を思い出した後、俺はいつもの大きな木がある広場のような場所に行って、いつもの仲間にこのことを報告した。そして言い終わった直後に皆に呆れられた。
 皆の反応を見てから、自分でもよくわからないことを言ってんなと思った。俺が皆の立場だったらもう一度寝てこいと言っている。
でも、でもさぁ。夢だと思ったのは実は前世の記憶そのものだった、とわかったらテンションがこう、グッと上がらないか? 皆にこの驚きと興奮を可能な限り分け与えたいと思わないか? 思うよな? ……思う、よね?
 だんだんと自信やら何やらが消えていく俺を見て、「バカやアホに効く薬ってあったけ」なんてことを言っているのは、さっき俺に「何言ってんだ、お前は」とツッコんだアブソル。やつは珍しい色違いで、本来紺色の部分が赤い。それに加えて顔もイケメンだし、何なんだ。イケメンは全て爆発しろ。
 そのアブソルに「バカやアホに効く薬なんてないわ、欲しいのなら自分で作って頂戴」と冷たく答えているのはグレイシア。氷タイプだからか色々と冷たいのだが、そこがいいというやつが後を絶たない。
 冷たいだけのどこがいいんだ。俺なんか少し前、ほとんど何もしていなかったにも関わらず「永遠の眠りにつかせてあげましょうか?」なんて言われたんだぞ? それも真顔ならとともかく、見た者全てを凍らせそうな笑顔で。
 ハッ! もしや、あいつから頻繁に送られる冷たい視線が皆の「正常」を寒さの中に放り込み、そして眠らせてしまったのか!? 寒いのに寝るなんて危険すぎるぞ、今すぐ皆の心にモフモフでぽっかぽかなブースター達を送り込まなければ!! 
 ……いや、一匹で想像を爆発させすぎたな。少し反省する。まぁ、真相がどちらなのかは置いておくにしても、だ。何にせよ俺にはグレイシアの魅力とやらは、全くと言っていいほどわからん。
 そんな二匹を眺めながら「薬はないけど、毒はあるわよ?」と何気に恐ろしい発言をしているのはロゼリア。糸目を標準装備しているが、開眼したら誰よりも怖いという噂を聞いている。糸目でも怖いというのに、これ以上怖くなってどうする。
 そのロゼリアに「探せばあるかもよ?」とないに等しい希望を、聞こえるか聞こえないくらいかの小さい声で言っているのはナゾノクサ。彼女は優しいが臆病なので何かあるとすぐ地面に潜ってしまう。誰にでも優しいからいいけどさ。
 皆の発言を聞いて、「兄さんがバカやアホなのは、もう薬なんかじゃどうにもならないよ。探すなら来世でそうじゃなくなる薬じゃないと」と普通に酷いことを言っているのは俺の弟であるピチュー。
 おい、弟よ。俺は来世にしか希望を見いだせないほど、救いようのないバカでアホなのか? 泣くぞ? 兄ちゃん、皆の前とか気にせずに大声で泣いちゃうぞ?? 兄を泣かせた弟として有名になってもいいのか??
 結構本気で泣きそうになっている俺を気遣ってか、「そんなこと言わないで。もしかしたら本当のことかもしれないよ?」と優しさによって浄化されそうな言葉を皆にかけているのはチェリムちゃん。
 今はネガフォルムなので行動がやや控えめだが、日差しが強い状態になってポジフォルムへと変化すると明るくなり、見ているだけでも元気になるので、このメンバーの中ではアイドルのような存在だ。皆は基本的にポジフォルムとなった彼女しか見ていないが、俺はネガフォルムであっても彼女をよく見ている。
 明るい彼女もいいが、控えめな彼女もまたいい。その行動一つ一つに浄化される。浄化されてあの青い空に吸い込まれ、幸せの星になる。いや、むしろそうなりたい。彼女になら星にされてもいい。結構マジでそう思う。
 チェリムちゃんの発言に癒されて他のやつの発言を忘れかけていたが、よくよく思い出してみると、彼女やナゾノクサ以外俺に対して酷いことしか言っていない。いや、ナゾノクサは酷いことは言っていないが、暗に俺はバカでアホだということを肯定している。
 いや〜、俺はいい仲間を持ったもんだなぁ。感動のあまり体が震えて、少し涙も出てきたぜ。というか、アブソルに全力で雷落としたい。そしてモテたい。チェリムちゃんにカッコいいと言われたい。
 アブソルをけちょんけちょんにやっつけた俺を見て、輝かしい笑顔をこちらに向けるチェリムちゃん……。ああ、その神々しさに想像しているだけでも浄化されそうだ。気のせいか、チェリムちゃんが実際に光のオーラを放っているように見えるぜ……。
 再びチェリムちゃんのことを考えて自分の存在すら忘れかけていると、ピチューがまるで色々と終わったやつを見るような目で俺を見ていることに気が付く。……俺の一体何が終わっているというんだ、弟よ。そういう目で見るのだったら、そう思う理由を誰にでもわかるように千文字以内で答えてくれ。
 ピチューにそういう思いを込めて視線を向けたが、彼はこりゃダメだ、とばかりに首を振って俺からそっと視線を逸らした。ピチューにばかり気を取られていたが、よく見ると周りも似たような行動をしている。
 ……揃いも揃って俺をバカ扱いするとは。いい度胸だ。そっちがそうなら、俺にも考えがある。黙って巻き込まれるがいい!!!

雪椿 ( 2018/12/16(日) 22:17 )