Episode 12
(辰巳視点)
しかしまあ、どうしたものか。
夕刻。カーテンを開けた窓の外から朱色の光が差し込んでくる。やはりこの時期になってくると日が落ちるのも格段と早くなるものだ。また今年も馬鹿みたいに暑い日がやってくるのかと思うと正直気が重い。
朱色の光によってライトアップされた少女は、相変わらず警戒の眼差しを解いてはくれなかった。まだ小学生の、しかも女子だというのになかなか芯の強い子だ。職業柄こういう状況に陥ることはよくあるのだが、大抵のこどもは男子であれどわんわんと泣きだしてこちらの話を全く聞いてくれない。俺は子供が嫌いだが、その理由の大部分がそれだと言っても過言ではない。……いや、それもこれもこういうことをしてしまう俺が悪いんだろう。
「こくさい……、けいさつ?」
「そう、国際警察。」
俺、大石辰巳は、何を隠そう国際刑事警察機構の刑事であり、とある事件の解決を専門に追いかけている。コードネームは「ドラゴン」……とはいっても気恥かしくて基本は本名を名乗ることの方が多い。
「国際刑事警察機構」とは、まあ簡単に言えば国を跨いだ犯罪を解決するための手助けだとか、国外逃亡者の発見だったりとか……国際レベルの犯罪に関わるようなそんな組織だ。少なくとも俺くらいの地位のものでは、あまり表沙汰にはならないような役目ばかりではあるが。
最近はコードネーム「ハンサム」とかいうやつが色々と動き回っていて、国際警察という略称が巷では有名なのだそうだ。適当な略称を広めるなといったところではあるが、まあ実際呼びやすいし、呼ばれる側としてもシンプルな方がすっきりするからそこまで気にしてはいない。要は伝わればいいのだ。
「こくさい……」
いや、伝わらなかったようだ。
「あ、ああ。ほら、君の町にもお巡りさんっているだろう?」
「……いる」
「その人を、ずっとずっと偉くしたような人が、国際警察ってやつだよ。分かった?」
「……うん」
だいぶ噛み砕いた説明だったが、それでも理解したならまあ良しとしよう。
……本当に理解したとは思えない眼差しが痛い。そりゃあこの状況で信じてくれというのが無理な話か。
俺の身の上話はこの辺で置いといて、と。
「……俺を怪しいと思うのならそれでいい。とりあえず話を聞いて欲しい。」
約束の時間もあるし、手っ取り早く本件を理解させなければならない。俺の素性なんかよりずっと重要なことだ。
「……聞いたら、帰してくれる?」
「そ、そうだな。解ってくれればちゃんと帰してやる。だから大人しくしててな?」
「分かった」
ほんとに分かったのか? 不安ではあるが、とにかく今は分かっているていで話を進めよう。
「君は、あの森で
灰色のポケモンに出会わなかったか?」
俺がその言葉を口にすると、少女はハッと表情を変えた。心当たりはあるようだ。
「そのポケモンは名前も種類も分からない珍しいポケモンでな。つい一週間前にその存在を確認されてから各地を飛び回っているらしい。」
新種ポケモン。イッシュ地方で新種と登録されたポケモン達とはまた別の分類らしい。どこのポケモン博士、どこの生物学者に訪ねても、「そんなポケモン聞いたことない」の一点張りだそうだ。
一時期を介して大量に図鑑登録されるポケモン達。その存在は世間では『新種』とされるわけだが、本当は新種なわけではなく、元々昔からその地方に住んではいたが、公に公開されていないだけなのだ。この前カロス地方というところに足を運んでみて、図鑑に載っていないポケモンが山のように存在していたのを思い出す。
それらをひっくるめて「どこの」ポケモン博士なのだが、流石にこの話はこの少女に伝えても疑問符で返されるのがオチだろう。やめとこう。
「ここまでは分かったか?」
「うん」
気のせいだろうか、少女の顔に少しだけ安堵の表情が見える。はて、これまでの内容で、安心できるような要素があっただろうか。
「俺達はそのポケモンを、仮に『X』と呼んでいる。」
「エックス」
「そう、X。そいつはこれまでのミュウ、セレビィ、などと同じ『幻ポケモン』というポケモンの仲間になっている。」
幻ポケモンにしても異質なのだが。いくら珍しいとは言え、今挙げたような幻のポケモンにはなんらかのいい伝えが付きもので、大体は昔から存在が確認されているようなポケモンばかりだ。しかし今回の『X』はそうではない。誰も知らないのだから伝承などあるはずがないのだ。
「そのXが……私達の森に?」
「ああ、君達の森に。」
「すごく傷ついてたようだけど……。」
傷ついていた。少女がその姿を知っているということは、やはり少女とXは少なくとも俺が現場に駆け付けた時よりもかなり前から接触していたのか。Xがあの森に潜伏し始めた時間帯から考えると、大体昨日の深夜から今日の昼過ぎ頃まで……と。それくらいの所要時間があれば少女とXが接触することも十分可能だろう。
しかし、ついに自分から興味を持って話すようになったか。少しは心を開いてくれたんだろうか。真偽は不明だが、その可能性がある以上こちら側も誠意を持って話さなければならない。
「ああ、傷ついていただろう。だから今こうして我々が動いているんだ。」
「……どういうこと?」
少女はあのポケモンのことが気になるのか、俺を睨んでいた時の眼差しとはまた違う、熱い目で俺を見つめていた。この態度、もしかすると接触している間に少女とXの仲が密接なものになっているのかもしれない。……そうなると少し、少女には辛い思いをさせるかもしれないな。子供を泣かせるのは、やはりいつまで経っても嫌なものだ。
「今『X』は、とある悪の組織に狙われている。」
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