Episode 11
(めぐる視点)
「はい、ジュースでよかったかしら?」
「あ、ありがとうございます。」
時は夕刻。僕は篠崎の家におじゃましていた。
あれから数時間、篠崎のニャルマーと手分けをして篠崎の行方を探していたのだけど、やっぱり見つからなかった。森、学校と回ってみたが、篠崎の姿はない。もう家に戻っているのではないかというニャルマーの提案で家に来てみたのだ。けど、いない。
テーブルの上に置かれたオレンジジュース入りのコップを見つめながら、地べたに届かない足をぷらぷらと動かす。篠崎家のリビングの椅子はやたらと高い。この椅子に座ってでも地べたに足がつくような身長に、僕はなれるのだろうか。
そんなことを考えていると、何かが入っているコップ(湯気が立っているから多分コーヒーかなにかだろう)を手に持った篠崎のお母さんが、僕の向かい側に腰を下ろした。腰を下ろしたのを待ってましたといわんばかりに、どこからともなく現れたニャルマーが篠崎母の膝の上に飛び込んだ。篠崎母は「あら」とひとこと漏らすも、まんざらじゃない様子でニャルマーの頭を撫で始めた。……よく平気でいられるなあ。
「わざわざありあとうね。茜を一緒に探してくれて。」
篠崎母はにっこりと笑い僕に話しかけた。
「い、いえ。クラスメートがいなくなるのは一大事、ですから……」
「そう……。あなたのママには連絡しておいたわ。夜ご飯までには帰ってきなさい。……だって。」
「ありがとうございます。」
壁にかかっている時計を見る。今は5時2分。夕食が6時だから……一時間もないな。家が隣だしその気になれば10秒かからず帰宅できるけど……。まあぎりぎりまで粘っても大丈夫だろう。
僕と篠崎は仲はいいが、僕のお母さんと篠崎のお母さんはども仲が悪いようで、道でばったりあう度にいがみあってるような印象が強い。かといってその嫌悪関係に僕達子供は入っていないらしく、僕と篠崎を引き離すようなことは今のところしていないからまだいい方なのかもしれない。
「クラスメート、ねえ。フフフ」
篠崎母に撫でられて喉を鳴らしはじめていたニャルマーがいきなり口を開く。
「なんだよ」
「別に〜?」
嘲笑いのようなものを含んだ返答を終えるとニャルマーはまた気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「……めぐるくん、もしかしてルマと仲良くなったの? ついでにポケモンのことが好きになっちゃったりとか――」
「そんなわけないじゃないですか……!」
手に持っていたコップを少し強めに机へと叩きつけた。オレンジ色の水滴が一つ二つとび散って、綺麗なテーブルを微かに濡らす。
むしろ僕のポケモン嫌いは、今回の件でより一層増したんじゃないかとさえ思える。
森。そこは人によって開拓が行われていない自然地帯。当然ポケモンもあちらこちらにいるわけで。……良く言えば自然とポケモンが共存する場所、……悪く言えばポケモンの野放地帯だ。そんなところに僕なんかが入ったら……。後は言わなくても分かるだろう。ただ一言言うとすれば……、「森では篠崎を探せるほどの余裕はなかった」のだ。そんなことをあのニャルマーに言えば馬鹿にされるのあ目に見えているから言わなかったけど。……というかそのニャルマーにすら近づきたくないというのが本音ではある。
「……それで、その人はいつ頃来るって言ってたんですか?」
「電話では一応、5時過ぎっておっしゃってたから多分もうすぐのはずんんだけど……」
篠崎母は時間を確認し、とたんにそわそわしだす。
僕がどうして篠崎の家でジュースを貰って足をぷらぷらさせているのか、どうして篠崎がまだ見つからないのにニャルマーは呑気に喉を鳴らしているのか。それにはちゃんとした理由があった。
「警察のものですが、道を迷っていたお宅の篠崎茜、というお子さんを保護しております。5時過ぎにあなたの家へ帰らせますのでよろしくお願いします。」
という電話が、僕達が篠崎家に来るほんの少し前に入っていたらしい。篠崎母曰く中年男性くらいのくたびれた声だったという。
……つまり、篠崎は迷子になってどこかの交番に保護されている、と。そういうことらしいのだ。なんというか、探し損というかトラウマ損というか……。
いや、少しだけ気にかかる点はある。
始めニャルマーから話を聞いた時にも考えたけど、篠崎は森以外の場所には全くと言っていい程寄り道をしない。基本的に学校から篠崎家までの道のりは一本道で、森もその通学路の途中からすぐ入れるので、森に行く。というのにも森以外の寄り道はできない。そして篠崎から聞いたけど、篠崎は森の構造を熟知してて森で迷う事は絶対ないようだ。それが本当かどうかはそもそも僕が今まで森にすら入ったことがなかったから知らないけど、篠崎の超人的な記憶力の良さなら簡単にやってのけそうなことではある。
では森で迷う事はないとして、通学路も一本道。篠崎は一体どこで迷子になったんだろう。
……そういえば篠崎、今日はなんだか一日中そわそわしてたよな。遅刻もしたし、森で何かあったとも言っていた。そのことと何か関係があるんだろうか。……あの時に聞いとけば何か分かったんだろうな。くそっ。
……まあなんにせよ、篠崎は帰ってくるんだ。聞き出すのはきっとそれからでも遅くはない、はずだ。
時刻は5時10分。僕は空になったコップを見つめ、ただ秒針の音とニャルマーの喉の為る音を聞き続けていた。
To Be Continued...