始まりはダメ出しと共に
物語の舞台はカナタ地方。カントーともジョウトともホウエンともシンオウともイッシュともカロスとも違うのに、ほぼそれらの地域のポケモンがバランスよく生息していると考えられている、何とも都合の良い場所である。
そしてこれまた定番通り、ジムとリーグが存在している。
ここはそんなカナタ地方の港町、シラナミシティの、あまり人目も少ない裏路地。
少女と不良がバトルをしていた。
少女のポケモンはバチュル。不良のポケモンはサイドン。
誰の目から見ても勝敗は明らかだ。
この少女、ナナセはバトルが得意ではない。どう見ても一方的にバトルをけしかけられたのだろう。ある種の不良の弱いものいじめである。
「とどめだ!サイドン、『じしん』!」
「ゆるっ!」
勝負は一瞬で終わった。ゆると呼ばれたバチュルは一撃で吹っ飛び、ひっくり返ってしまった。
「勝負あったなあ、ガキ!んじゃ約束通り、こいつは貰うぜえ!」
不良の手には、モンスターボールが握られていた。
ナナセの別の手持ちポケモンである。
「なっ!約束なんてしてないし!あなたが勝手に取り上げたんでしょう!
奪われたくなかったらバトルしろって・・・。こんなの強盗じゃないですか!」
「ぁあ?!だったら強さを示せってんだ!強さをよぉ!
トレーナーの世界は強さが全てだろぉ?!弱ぇ奴は何も言う資格なんてねえんだよ!
だったらよぉ、サツでも呼ぶかぁ?『自分は手持ちも守れないような弱っちいトレーナーなんですぅ。助けてください。』ってなあ!」
「っく!」
「まあ、こんな場所じゃあ、もめごとなんて日常茶飯事。サツがすぐに駆けつけてくれるとは思わないけ」
「つまらん!実につまらん!」
「「?!」」
突如、ナナセでも不良でもない第三者の声が響きわたった。
ナナセと不良が同時に振り向いた先は路地にある高台。そこには一人の少年の姿。
スレンダーな体格で、年はナナセと同じくらい。
腰にモンスターボールがあることから、どうやらトレーナーのようだ。
「てめえっ!いつからそこにいた!」
「最初からだ。この高台からの眺めは俺のお気に入りだ。ここでの昼寝が俺の日課だというのに・・・。
貴様らの大声で起こされてしまった!不愉快!実に不愉快だ!」
眺めがお気に入りではなかったのか。
高台から、ひらりと飛び降り、不良とナナセから少し離れた位置で着地する。
見かけによらず、身体能力は高いらしい。
「あのっ!助けてくれませんか!」
ナナセは少年に一抹の希望を持って声をかけた。
「む?」
「私、この人にからまれて・・・。その・・・。」
少年はすぐにナナセと不良の様子を確認した。
不良の手のモンスターボールを見てすぐに状況を理解したらしい。
こういう状況では、親切な者、正義感の強い者なら間髪入れずに助けに入るだろう。
いや、多少の良心がある者なら大抵は助けに入るだろう。
いやいや、基本的に不良にからまれているいたいけな少女を助けるのは男として当然だろう。
少年は、いったん静かに目を閉じ、そして目を再び開き、ナナセを見つめ、
「断る。」
いたいけな少女からの頼みを断った。男失格である。
「ええっ?!」
「貴様はバカか?何故お前のポケモンを俺が取り戻さなければならないんだ。
時間と労力の無駄だ。」
「でっ!でもっ!男の子でしょ!こういう時は男らしく助けてよ!」
「ずいぶんと他力本願だな。さっきの弱弱しい態度はどうした?
さては演技か?まったく、最近の若い者は・・・。」
「あんただって若いでしょ!」
不良そっちのけでギャーギャー口論を始めた二人。
不良はしばらくポカンとその光景を見ていたが、自分が二人の頭から消えていることに気づき、再び声を荒げた。
「おうおう!手前ら俺様をシカトすんじゃねぇよ!」
「む?」
「ふん!坊主よぉ、冷めたふりしようってたってそうはいかないぜ。
手前の命が惜しけりゃ、有り金とモンスターボールを置いてきな!」
「これまた古典的な不良の口説き文句だな・・・。言っただろ。
貴様の相手をするだけ、時間と労力の無駄だ。」
「んだとぉ?!だったら強さを示せってんだよ!」
「示すまでもない。自分の実力をわかってないようだな・・・。
俺ならさっきの対戦カードそのままでも勝てるぞ。」
「・・・何ぃ?」
少年を睨み、威圧する不良。だが少年は一向に意に課さない。
そのかわり、口元のは不敵な笑みが浮かんでいた。
「だが、それでは面白くない。どうだ?一週間後、またここでバトルするっていうのは?」
「手前ぇとか?」
少年は首を振り、否定した。
そしてすぐに目の前の少女、すなわちナナセを指さしながら答える。
「いや、こいつとだ。」
「ええっ?!」
いきなりの少年の発言にナナセは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
そんなナナセの様子には目もくれず、さらに少年は続ける。
「さっきの対戦カード通りに、つまりバチュルVSサイドンのリターンマッチでだ。」
「はっ!さっき一撃KOした相手だぞ。馬鹿馬鹿しい!
すでに結果は見えてらぁ。一週間そこらで何とかなる訳ねえだろぉ!」
「では、こいつが勝った場合、さっき取り上げたポケモンをこいつに返す。
それで文句ないな?」
「はぁ?!何で俺様がそんな約束しなけりゃなんねぇんだよ。」
「自信がないのか?貴様が勝つのは明白なんだろう?だったら何を賭けようが関係ないだろう。」
「ふん!本当に手前ぇじゃなくて、さっきのガキが戦うんだな?」
「ああ。」
「ちょっ、ちょっと!何で私抜きで話を進めて、私が戦うことになって・・・」
「だったら、なんだって賭けてやろうじゃねぇか!俺様が負けるわけねぇしなぁ!」
「では一週間後。この場所で。来なかった場合はジュンサーさんに通報するからな。」
「だから、勝手に話を進めないで・・・」
「はん!こんな弱っちい奴から逃げるわけねぇだろぉ!」
結局話はナナセそっちのけで進められ、ナナセの叫びも虚しく、不良は少年の提案を受け入れ、ずかずかとそのまま去ってしまった。
ナナセはガクリとその場にうずくまる。
「・・・どうしよう。結局ポケモン取られちゃった・・・。」
不良も去って、緊張と怒りが途切れたのだろう。
今度は自分のポケモンがいなくなってしまった悲しみがこみあげてきた。
じわじわと、瞳に涙がたまっていく。
少年は目の前の少女を慰めることもなく、あっけらかんとした様子で言う。
「大丈夫だ。あいつのトレーナーカードをこっそり透視させておいた。
住所、年齢全てばっちり読み取ってある。万が一、一週間後あいつが来なくても、通報すれば、ばっちりだ。」
「なっ!いつのまに!」
「あまり行いのよろしくなさそうな奴には、常にそうするよう俺の手持ちに指示してある。貴様のようにしくじってカツアゲされては困るからな。」
「でも、ポケモン出した様子なかったよね?」
「モンスターボールごしにさせている。」
「ええっ?!ボールの中ってかなり力が制限されちゃうんじゃ・・・。」
「俺の手持ちなら、そんなことなら朝飯前だ。」
「・・・。」
ナナセはこれ以上のつっこみをやめた。
まあ、少年が事実を言っているなら最悪の事態は免れそうだ。
「というか、それが事実なら今すぐジュンサーさんに通報を・・・」
「悔しくないのか?」
「え?」
「あんな輩に目をつけられ、圧倒的な実力差でポケモンを奪い取られる・・・。
悔しくないのか?貴様もトレーナーの端くれだろ?」
「・・・っ!」
もちろん悔しいに決まっている。自分の手持ちは、友達であり、仲間だ。
そんな大切な存在を守れなかった不甲斐ない自分・・・。
本心を言えば、横暴な不良よりも、不親切な少年よりも、自分の弱さが一番腹立たしかった。
でも、ナナセは本当にバトルが昔から苦手だった。
ポケモントレーナーになったのは、ただ単にポケモンといっしょにいたかったから。
ポケモンといられるだけで満足していたので、トレーナー歴に比べ、バトルの経験はそこらのアマチュアトレーナーたちとほとんど変わらない。
そんな自分がさっきの不良と再戦して、勝てるイメージなんていっこうに浮かばない。
「悔しいけどっ!私、本当にバトルが苦手なの!これまでバトルなんて数えるぐらいしかやったことないし・・・。
さっきの奴に勝てるなんて思えないよ・・・。」
弱弱しく答えるナナセ。少年はすっとナナセの目線までしゃがんだ。
ナナセが見た少年の顔は、相変わらず不適な笑みが浮かんでいてー
「案ずることはない。喜べ。俺がお前をポケモントレーナーとしてプロデュースしてやろう!」
自信満々に、声高々と、こう宣言するのだった。