052 だから、向いてないって思ったのに
「今日のチームカルテットは、保育園に行くみたいよ!」
朝一番、開口一番でフローラにそう告げられ、チームカルテットはキョトンとしていた。いつもとはまた違った毛色の依頼になりそうだが、それにしても保育園なんて。
フローラは、チームカルテットのメンバーを置いてけぼりにする勢いで、ランランと続ける。
「星空町の4丁目にある、サザンクロス保育所なんだけどね。保育士さんの育休が集中しちゃって、ポケ手が足りないの。そこで、子ども達の保育を手伝ってくれるポケモンがいないかって募集が、ウチにも来たワケなの! いいなぁ、子どもと一緒に遊べるんでしょ!?」
魔法使いの仕事は正直な話、しんどいことも多い。自分達の命の危険はもちろんのこと、チームアースの付き添いに行った時のように、クレームを言われることだってある。ささくれていた心を、町の子ども達との触れ合いで癒すことができる。それもちゃんとした仕事になる。
これほどおいしい話はないと、フローラは思っているのだろう。
「そうね! 小さい子と遊ぶの、チョー楽しそう!」
「僕もレイの面倒見るついでに、小さい子とはよく遊んでました」
「わたしも弟がいたし、扱いには慣れてるよ! ミツキはどう?」
ぱっ、とモモコはミツキに話題を振る。しかしながら、モモコが見たミツキの横顔は、どこか気難しそうなものをしていた。
ミツキは「えっ」と少し遅れて反応すると、無理やりにでも口角を上げて見せた。ぎこちなく作られたその表情はイビツに見えて、かえって思うことがあることを示していた。
「だ、大丈夫だよ。なんとかなるだろ」
モモコとライヤは下のきょうだいがいるし、コノハも上のきょうだいしかいないが、面倒見がいい。一人っ子且つ、年下の子どもの面倒を見ることに縁がなかったのは、ミツキただ1匹だけだった。ガッゾやタクト、アリスのような子どもこそいるが、保育園児となれば彼らの年齢をさらに下回るだろう。
こんな俺でも、上手くいくんだろうか。ミツキの心には、不安が募っていた。
魔法使いの一日は慌ただしい。チームアースのようなベテランの魔法使いは、朝礼を待たずに外回りに行くことがある。そうでなくとも、依頼を仕分けているフローラや、中間管理職として事務仕事を片付けるマナーレなど、各々が課せられた仕事にかかっている。
タクトやアリスのように、マジカルベース入りしてまだ日にちが経っていない新米魔法使いは、どうしていいか分からず、立ち往生するしかなかった。このままボンヤリ突っ立っているのも良くない__そう思ったタクトは率先して、近くにいたフィルに「何か手伝うことないッスか?」と尋ねる。すると、ここいらの掃除を頼まれたのか、タクトは瞬時に掃除用のほうきやちりとりを取りに駆けだして行った。
「アリス。もし手が空いているなら、キミもタクトと一緒に掃除をしてくれないかい? あぁでも、アリスの雪のように美しい肌に砂埃が舞うのは、とても心苦しいのだけど! でも、掃除をすると心も晴れやかになると言うじゃないか! まだ緊張していると思うけど、ここはマインドフルネスのように……」
フィルが延々と口説いている間に、アリスはすたすたと掃除用具入れの前に向かっていた。
* * *
ソナタの様子がどうもおかしい。
いつもは嫌と言うほど肌のお手入れに神経質だが、頬が荒れているように見える。目つきも生気を失っているように見え、声をかけても「ええ」「そう」と最低限の相づちのみ。
確か、ソナタが最後に星空町に向かったのは、コノハが覚醒したと聞いた時だ。コノハのせいで、チームカルテットのせいで、ソナタがおかしくなっているのは、紛れもない事実だ。
ただ、チームカルテットには、ドレンテにとって特別な存在のモモコがいる。彼女に危害を加えるのは、ドレンテとしては好ましくない。
であれば。次の標的は。
「ミツキ……キミから最初に片づけたいね」
やたらとモモコと一緒にいることが多いミツキ。彼に対してジェラシーを感じているのは、自覚症状があった。
* * *
星空町は全部で5つの団地に分かれている。中でも3丁目は、住宅街の中心部に位置することから様々な家族が行き交う、ターミナルのようになっている。サザンクロス保育園は、この団地の中に位置しており、町の中でも預けられている子どもの数が多い。
フローラによれば、この保育園で働く保育士ポケモンがごそっと育休でいなくなってしまったのだ。ポケ手不足により、保育園がひっ迫していることから、ボランティアや大学生を募って手伝ってもらっているという現状だ。
チームカルテットが呼び出されたのも、その手伝いの一環である。
「保育園なんて何年ぶりかしら」
冬空を仰ぎながら、コノハはしみじみと思う。
「ライヤとコノハも、このサザンクロス保育園だったの?」
「いえいえ。僕とコノハは4丁目だったので、ピクシス保育園でした」
仲間達が世間話をしている間にも、ミツキの緊張は高まっている。口はビッ、とチャックを閉めたように結ばれ、鋭い目つきはさらに鋭くなっている。歩くときの動きもガチガチだ。
「ミツキ、大丈夫? マジカルベース出る時から、ずっとそんな感じだけど……」
「ははぁーん、さては緊張してるわね?」
ニヤニヤしてコノハが茶化す。こいつ、魔女かよ__ギョッとしつつも、ミツキは何とかして平静を装うとする。
「ちっ、ちげぇよ!」
自然と頬がかぁっと熱くなるのが分かった。たとえ幼なじみで仲間とはいえ、自分の弱いところをさらけ出すのは、抵抗がある。
ほどなくして、1匹のポケモンが姿を現した。ポケモン達のパラダイスと言われる、海のリゾートみたいなトロピカルな香りが全身から漂う、アマージョだ。
「あなた達がチームカルテットですね」
はいっ。それまでわちゃわちゃと騒いでいたチームカルテットの4匹は、ぴんと背筋を伸ばす。
「私はこのサザンクロス保育園の園長です。今日は1日、よろしくお願いします」
園長先生が頭を深々と下げるのに倣うように、チームカルテットも一礼した。しかし、顔を上げたその瞬間、迫りくる嵐に圧倒されることになる。
園庭で遊んでいた子どもポケモン達が、わっとチームカルテットに向かって押し掛けてきたのだ。目の前にいるお兄さんお姉さんのことを、遊び相手だと思っているのだろう。しかもそれが、町の平和を守る魔法使いとなれば、子ども達のボルテージは自然と上がる。
「わぁー! まほうつかいだぁ!」
「すげー! ほんもの!」
「さいんちょうだぁい!」
「おにーさんとおねーさんって、こいぽけ?」
目を回して伸びているチームカルテットに、子ども達はお構いなし。しょっぱなからこんなんで、やっぱり俺には子守なんて無理かもしれない__仰向けになって倒れているミツキの耳は、子ども達のはしゃぐ声を受け流していた。
チームカルテットは二手に分かれて、2匹組のコンビで1クラスの子どもを見ることになった。ペアはそれぞれミツキとモモコ、ライヤとコノハだ。下にきょうだいがいるモモコとライヤが、ミツキ達のサポートをする形を取ったのだ。
お陰でライヤとコノハのコンビは、お互いの穴を埋めるような形で子ども達と関われていた。勢いとノリで子ども達を楽しませるコノハと、諫めつつも落ち着いて子どもの話を聞いてやるライヤ。性格が違うコンビだからこそ、上手くバランスを取ることができたのだ。
「さーぁ、みんな! コノハお姉さんについてきなさいっ! これから松ぼっくり集めの探検に出かけるわよ!」
「「は〜い!」」
「みんな。冒険を楽しむのもいいけど、危ないところには行っちゃダメですよ!」
しかし、同じく性格が違うコンビでも、ミツキとモモコは苦戦していた。というのも、このクラス。園長先生の事前情報では、かなりやんちゃな子どもがひとまとめになっているクラスらしい。
現にイタズラっ子のヨーテリーちゃんがクレヨンで床に落書きをしたり、ミネズミくんがコラッタの取り巻きを引き連れて、コロボーシくんをいじめていたり。止めるのだけでも精一杯だった。
「よ、よっちゃん! 床じゃなくてこっちにお絵かきしようね!」
と、モモコがスケッチブックの画用紙をヨーテリーに差し出しても。
「あきゃっ!」
ヨーテリーは画用紙が嫌なのか、シャッ、とモモコの頬にクレヨンで線を引く。クレヨンだから落ちるものの、これが絵の具や別の落ちにくい筆記用具だったら大惨事になっていたことだろう。
一方のミツキもミツキで、子どもが欲しがっているおもちゃを高い棚の上から降ろそうとする最中に、マントの裾を引っ張られている。
「わっ、ちょっ、あぶねぇ!」
持ち前の運動神経で大ケガは避けられたが、同じことをライヤがやっていたら大変なことになっていたかもしれない。
おもちゃ箱を下ろし、ふぅと一息吐くミツキ。しかし、本当の戦争はここから始まる。
すぐ近くのところで、子どもが泣いている大きな声が聞こえてくる。何事かと思って駆け付けると、そこにはぐずぐずと涙を流している小さなピィの女の子がいた。傍には、コラッタを引きつれているミネズミの男の子。
この子確か、園長先生から「サザンクロス保育園始まって以来のいじめっ子」って、マークされてたっけ。そして、泣いているピィの女の子。これは間違いない。
バツが悪そうに、ミツキから目を反らすミネズミだが、ミツキのがっちりとした手が子どもの肩を掴んだ。
「お前、この子に何した?」
それが、ものすごい圧を感じたのだろう。ミネズミくんはミツキの視線にビクッと身体を震わせる。
「どうした? 言えないのか?」
「……もん……」
「え?」
「おれ、わるくないもん! こいつがおれたちのおもちゃ、とったんだもん!」
そう言い捨てるように、ミネズミくんはその場を立ち去ってしまった。置いてけぼりになったコラッタくんは、立ち往生した結果、保育室に留まることに。
追いかけなきゃ。でも、どこに行っちゃったんだろう。それ以上に、よく考えたらあのミネズミ、怖がってた。
怖がられてる俺が探しに行って、いいんだろうか。
(だから、向いてないって思ったのに)
子どもの対応に追われているモモコは、ふと立ち尽くすミツキのことが目に入る。なんだか辛そうな顔をしているミツキのことが、モモコは気がかりだった。
(ミツキ……?)
しかし、今のモモコは子ども達の世話係だ。ミツキに声をかけることも、周りの空気が許してくれなかった。