ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第3楽章 新たな伝説のはじまり−Recitativo−
050 アンタ、魔法使いなの?
 今日は学校の終業式。子ども達にとっては、聖なる夜の祭りとほぼ同時に冬休みを迎える。学校で友達と遊べないのは退屈だが、宿題以外の勉強から解放されることから、テンションをこれでもかというほど上げられる。
 ガッゾもそんな子ども達の1匹である。ちょっとユウウツなのは、通知表ぐらいか。成績が悪いと、おかーさんと慕うマナーレからの厳しいお小言が待っている。
 ミツキ達チームカルテットやチームジェミニの双子、そしてフローラが去年学校を卒業したため、今年はガッゾだけが学校に通っていた。だが、今日からは違う。

「あぁ〜……。オレ、転校なんて生まれて初めてだから緊張するぅ……」

 終業式の日にして、タクトの転校初日。町役場での転校手続きの関係で、偶然にもこの日になってしまったのだ。次の日から冬休みに入るため、タクトにとっては顔合わせ程度の登校日となる。

「だいじょーぶだゾ! 学校の先生はみんな優しいゾ!」
「あとで担任の先生、教えてくれよ!」
「分からないことがあったら、ボク達に聞いて欲しいのです。マスターとマナーレ以外は、みんな星空町の学校の卒業生なのですよ」

 ガッゾのみならず、チームジェミニもタクトを安心させる声掛けをしている。ここの魔法使いのほとんどが卒業生と分かると、タクトはほんの少し安心した。

「あっ、そういえば! 今日はオイラのクラスにも転校生が来るんだゾ!」
「ふーん。終業式の日に2匹も転校生が来るなんて、珍しいな」

 頭の後ろで腕を組むポーズを取りながら、シオンは口を卵型にしている。
 どんな子かな、お友達になれたら嬉しいな__ガッゾはルンルンしながら、タクトの手を引いてマジカルベースを出て行った。



* * *



 タクトは転校生ということで、職員室に寄ることになっていた。朝の会が始まる時に、担任の先生と一緒に教室に入るという手筈になっている。
 シオンとリオンからはああ言われたが、緊張する思いをぬぐい切れないタクト。草の大陸から出たことがほとんどなかったものだから、新しい生活になじめるか不安なのだ。
 そわそわしながら、タクトは職員室を眺めてみる。草の大陸の学校との大きな違いはないように見えるが、いかにも外国の学校という感じは拭えない。担任の先生、まだ来ないのかな__そう思っていると、1匹の子どもポケモンが静かに職員室に入ってくる。

(ポッチャマだ)

 ポッチャマといえば、草の大陸でもよく目にしていたポケモンだ。自分にとっても馴染みがありすぎる。ポッチャマを目で追っていくと、ちょこんと自分の隣に腰かけているではないか。
 雰囲気からして、自分より少し幼いくらいだろうか。ポッチャマのことが気になるタクトは、思い切って声をかけてみた。

「なぁ、キミも転校生?」

 視線が合った時のポッチャマの目は、かわいらしいと評判のつぶらな瞳。しかしこのポッチャマ、どこか大人っぽい雰囲気も感じさせられる。まるで何かに対して冷めているような、こちらを見下しているとまでは言わなくとも、全てを見通しているかのような。よく言えばクールで落ち着いているが、悪く言えば不愛想で生意気な印象だ。

「どこから来たの?」
「……」

 気さくに話しかけるタクトだが、ポッチャマはダンマリを決め込んでいる。
 こういうタイプ、あんまり関わったことないんだよな__なんて思いながらもタクトは、めげずにポッチャマへの声掛けを止めない。

「緊張してんの? オレもなんだ。転校なんて初めてで__」
「ねぇ」

 ようやく、タクトの言葉を遮るようにポッチャマが口を開く。鈴のようなその声は、女の子のものとタクトは判断する。やっと喋ってくれたかとホッとしたのも束の間、ポッチャマが続けた言葉にタクトは絶句することとなる。

「……アンタ、暑苦しい」

 刺々しく言い放たれた言葉に、タクトは内心ピキッとする。初対面でこんなにつっけんどんなポケモンに、出くわしたことがなかったのか、戸惑いの気持ちが大きい。
 いや、でも、しかし。声をかけたのは自分なんだから。それにこのポッチャマ、下級生かもしれない。大人になれ、タクト。大人になれ。自己暗示をかけながら、タクトは朗らかな姿勢をキープした。

「あっ、ごめんごめん! オレ、ほのおタイプだからさ。前住んでたとこでも、よく言われてたんだよね!」

 アハハハハ、と軽いノリでタクトが笑っていると、1匹のゴチルゼルがこちらに寄ってくる。見たところこの学校の先生のようだが、用があるのは自分ではなく、隣のポッチャマだったようで。

「アリスちゃん、お待たせ。そろそろ朝の会になるから、一緒に行きましょう」

 アリスと呼ばれたポッチャマは、すっくと立ちあがるとゴチルゼルについて教室から出ていく。出ていく直前に、アリスは軽蔑するようなジト目を、タクトに残していった。
 ちょっと変わったヤツだったな。また学校内で会う時があるのだろうか。そんなことを考えながら、タクトもまた自分の担任の先生が来るのを待っていた。

 

* * *



 ガッゾのクラスでは、ある話題で持ち切りになっていた。もちろん話題になっているのは、今日来ることになっている転校生。
 実は転校生についての詳しい情報は、ガッゾ達に回ってきていない。1週間くらい前に、担任のアリア先生から「転校生が来ます」って言われたくらいだ。

「男の子かなぁ、女の子かなぁ」
「どんなポケモンなんだろう?」
「音の大陸じゃなかったら、魔法使いのこととか知ってるかな?」

 そしていよいよ、その時がやってきた。始業のチャイムと共に、ゴチルゼルのアリア先生が教室に入ってきた。
「はーい、みんな席について」というアリア先生の言葉で、子ども達は自分の席に着く。号令をかける今日の日直はヤンチャムの男の子(ゴロンダ師範の長男の方)だ。
 アリア先生が連れてきた見慣れない子どもポケモン__ポッチャマ。あのポケモンこそが転校生なのだろうと、子ども達のテンションは上がっている。

「はい。今日は終業式の前に、みんなに転校生を紹介します」

 コッ、コッと黒板とチョークによって奏でられるデュエット。キレイな字で「アリス」と書かれている。

「それじゃあ自己紹介をしてもらえる?」

 アリア先生に促され、アリスの自己紹介が始まる。誰もがそう思っていたのだが。

「……アリス。よろしく」

 4年生にしては落ち着いた声で、アリスはそれだけを口にした。
 えっ、それだけ? どこから来たとか、今はどの辺に住んでいるとか、好きなものとか、そういうのはないの? 誰もがそう思っていた。中には「態度悪くない?」と訝しげに眉間にシワを寄せる女子もいる。
 アリア先生もこれは予想外だったようで、苦笑いを浮かべている。だが、そこは大人の先生の対応。スパッと話の流れを変えてくれる。

「そ、それじゃあアリスちゃん。席はガッゾくんの隣ね」 

 すたすたと指定された席に向かうアリスを、子ども達はまじまじと見つめていた。見た目こそ10歳のポッチャマなのに、雰囲気は10歳っぽくない。今までの4年生にいないキャラクターであることは、間違いなさそうだ。
 ストン、とガッゾの隣に腰を下ろすアリス。何となくだが、ガッゾはこのアリスのキャラクターにあるデジャヴのようなものを感じていた。
 今まで10年間生きてきた中で、こんな感じの女の子を一度見ているような気がする。



* * *



 強烈なファーストインパクトを残したアリスだったが、いたって終業式も真面目に出ており、アリア先生が通知表を持ってくるまでの間も大人しく過ごしていた。
 つっけんどんな自己紹介は、緊張からくるものだろう。あるいは、案外恥ずかしがり屋でどうポケモンの子ども達と接していいのか分からないのかもしれない。気を利かせた一部の女子達が、アリスにフレンドリーに声をかけている姿が教室で見られた。

「アリスちゃんって、どこから来たの?」
「住んでるの何丁目?」
「ポッチャマって星空町じゃ見ないから、ビックリしちゃった!」

 転校生がよく聞かれる質問や、言われる文言の数々。矢継ぎ早に飛んでくる言葉に、アリスはついていけているか。一部のクラスメイト達が、「アリスはどう出るか」と興味津々にその光景を眺めていた。
 アリスはというと、この光景に今朝のことを思い出せられた。あの暑苦しいヒコザルのことだ。結局このクラスの子ども達も、同じことしか聞かないのか。

「……そう」

 クラスメイトに対する、アリスの態度は変わらない。クールでつんつんしていて、女子達を見る目はまるでつららのようだ。女子達は恐れをなして「もう行こう」と、これ以上アリスに関わることを止めてしまった。
 隣の席のガッゾは、終業式前に感じたデジャヴの正体をつかめずにいた。だが、このままアリスのことを放っておくワケにはいかない。

「アリス、キンチョーしてる?」

 ガッゾが親身に接してくるものだから、アリスは内心驚いていた。すぐ隣で、いいとは言い難い自分の態度を見ていただろう。にもかかわらず、このハスボーは自分に声をかけてきているのか。

「もし困ったことがあったら、隣の席のオイラにお任せだゾ!」

 えへん、とガッゾが小さな胸を張る。ずいぶん4年生にしては幼い雰囲気だが、何となく悪い気はしない。
 そこにすぐ前の席のヤンチャムが、ぐいと身体をひねらせて話に入ってくる。確か日直で号令をかけていたっけ。

「ガッゾはすげーよ。なんてったって、町の魔法使いだからな!」
「運動会でミュルミュール出てた時も、ガッゾくん、魔法使いのお兄さんお姉さん達と頑張ってたんだよ!」

 ヤンチャムの隣の席の女の子__ミブリムも運動会の時のことを思い出しては興奮で早口になっている。
 アリスはというと、『魔法使い』というワードが出てからガッゾを凝視していた。10歳から魔法使いをやっていいという規定があるとはいえ、まさかこんな身近に魔法使いがいるなんて。
 気が付けば、アリスはずい、とガッゾに顔を近づけていた。その姿にガッゾのみならず、ヤンチャムとミブリムも「どうした?」と言いたげな顔をしている。

「アンタ、魔法使いなの? 今日の放課後、アンタのマジカルベースに連れてって」
「え? え? 分かったゾ……?」



* * *



「どぉしよ……。おかーさん、この成績でなんていうかなぁ」

 帰り道。アリスを引き連れてマジカルベースに向かうガッゾは、自分の通知表に溜息を吐いていた。
 体育は『たいへんよくできました』なのだが、その他の科目については、ほとんどが『できました』。幸い、『がんばりましょう』はなかったものの、もう少しワンランク上の成績を目指したいところだ。

「アリスー」

 ガッゾの助けを乞うような声に、アリスは「なに」とクールに返す。

「アリスってお勉強できる?」
「並み」
「今度オイラにお勉強教えて欲しいゾ!」
「……」

 肯定も否定もしないアリスの本当の気持ちを、ガッゾは未だ読み取れない。つっけんどんなアリスだが、魔法使いの話には興味津々だった。不愛想、という言葉や緊張している、という憶測だけで片づけるのは、ちょっとひっかかる。

「アリスって、魔法使いに興味があるって言ってたけど……魔法使いになりたいの?」

 アリスは小さくうなずいた。その顔は途端に深刻なものとなり、彼女の意思の強さがこれでもかというほどに伝わってくる。

「アリス、そのために星空町に来たから」
「そっかぁ、そしたらタクトのおにーちゃんと一緒だゾ!」

 タクト? 首をかしげるアリスに、ガッゾが「最近マジカルベースに来たお兄ちゃんだゾ!」と簡単に説明する。
 ようやく、アリスのことをちょっとだけ知ることができた。魔法使いになりたいのなら、もし魔法使いになると言うのなら、これからもっとアリスのことを知れるかな__ガッゾはほんの少し、淡い期待を抱いていた。



「たっだいまだゾー!」
「あ、ガッゾ! おかえり!」

 元気よく帰ってきたガッゾを出迎えてくれたのは、これまた元気なおねーちゃん、フローラだった。他の魔法使い達は、ほとんど外に出払っているのだろうか。昼間のマジカルベースは、いつもよりがらんとしていた。
 ガッゾの後ろに隠れるように佇んでいるアリスに、フローラはすぐに気づいた。訝し気な顔をすることなく、フローラはにこやかにガッゾに尋ねる。

「あれ? ガッゾ、その子誰?」
「転校生のアリスだゾ! 魔法使いに興味あるから、マジカルベースに行きたいって__」



「マジっスか!? オレ、今日儀式できるって……!」



 ガッゾの声に重なるように、モデラートの部屋から大きな声が聞こえてきた。モデラートの部屋の扉は珍しく全開になっており、続く話し声もよく聞こえてくる。
 このキンキンするような大声、どこかで聞いたことあるような。いや、まさか__アリスは顔をしかめる。

「この前の手紙の返事が来たんだ。魔法使いをやってもいいってことだったから、キミを正式に魔法使いにできるよ」
「分かりました! そしたらオレ、宿舎に荷物置いてきまっす!」

 ルンルン気分で部屋を飛び出したそのポケモンを見て、アリスは「うげっ」と声を落とす。何故なら、今まさに目が合ったそのポケモンは、今朝職員室で出会ったあのヒコザルだったのだ。
 彼はアリスに気付くと、目を大きく見開いて驚きの声を上げる。信じがたいが、アリスの中で点と線が繋がった。
 最近魔法使いになるために、星空町のマジカルベースに来た『タクトのおにーちゃん』。彼こそが、今目の前にいて、同じ日に学校に転校してきたヒコザルなのだと。

「あーっ! 今朝の!」
「暑苦しいヤツ……」

花鳥風月 ( 2020/05/10(日) 18:15 )