ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第3楽章 新たな伝説のはじまり−Recitativo−
049 どう使うかは、アタシ次第

 今から100年以上前に遡る。

 昔、星空町は『メトゥス』という名前で呼ばれていた。闇の魔法使いによる、ミュルミュール化の甚大な被害が特に大きいことから、恐怖を意味する名前が付けられていた。
 これまでもポケモンの世界では、霧の大陸を中心とした『氷蝕体』や、水の大陸を中心とした『ダークマター』といった、ポケモン達の負の感情が集合体になったものが存在していた。ミュルミュール化もまた、ポケモン達の負の感情が大きくかかわっている。
 闇の魔法使い達は、ポケモン達の『願い』が欲望や憎しみといった負の感情に変わることを利用し、暗黒魔法の概念を作り出していった。それは瞬く間にメトゥス、ひいては音の大陸全土に広がり、世界の危機に陥った。

(星空町って、昔は違う名前だったんだ)

 歴史書を読みながら、モモコは思いを馳せる。遥か昔の時代から、ミュルミュール化されたポケモン達が数多く存在していた。それが今もずっと続いているなんて。
 そういえば、以前調査団のポケモン達と仕事をした時、大きな石碑を見たような。もしかしたら、そのことについても詳しく書いてあるのかも__モモコはさらに、本のページをめくった。

 世界が崩壊の危機を迎えたその時。音楽で感情を操る幻のポケモンが、3匹の勇気あるポケモンを引き連れてメトゥスに姿を現した。知恵、感情、意志。3つの心を司るポケモン達の御加護を受けた3匹のポケモンと、幻のポケモンはとにかくすごい魔法を使い、ミュルミュールを浄化し、暗黒魔法の一部を封印した。
 しかし、その封印は一時的なものであり、魔法使い達はこれからもミュルミュールと戦い続けることとなる。それでも、封印による効果は大きく、ポケモンのミュルミュール化は少しずつその数を減らしていった。
 かくして、少しずつ平和に近づいていったメトゥスは、『星空町』と名前を変えたのである。

(とにかくすごい魔法って、確か前にミツキ達が言ってた)

 やはり、この星空町の歴史と、以前見た石碑は繋がっている。これはモモコの推測に過ぎないが、あの石碑に描かれていた4匹のポケモンが昔の星空町を救い、一時的に暗黒魔法の一部を封印したのだろう。
 この封印された一部とは。そもそも、ポケモン達の負の感情が集まった氷蝕体やダークマターは、暗黒魔法とはまた違ったものだろうか。モモコはさらに歴史の深い部分も調べようと、本を読み進めていった。



* * *



 図書館にやってきたソナタは、大きな本棚を物陰に見立てていた。自分のターゲットでもある、コノハを見つけたのである。
 チームの特攻隊長のコノハに奇襲をかける、あわよくばミュルミュール化でもさせればチームカルテットの士気も下がるだろう。何より、おかしくなってしまった自分の体調も治るに違いない。

「……?」

 一方のコノハは、何かを感じ取ったかのように怪訝な顔をする。

「どうしたんだい、コノハ」
「暗黒魔法の気配を感じるの。この近くに、闇の魔法使いがいるかもしれないわ」

 さすがはマジーアのハーフ、暗黒魔法の気配には敏感だこと。だが、こっちがやられる前にやってやる__ソナタは霊気の込められた黒い塊『シャドーボール』を形成すると、コノハ目がけて解き放つ。
 コノハが気付く前に、グレンがシャドーボールに気付いた。このままでは、コノハが危ない。

「コノハ!」

 グレンはコノハをかばうように前に出て、シャドーボールを食らってしまった。グレンはエスパータイプでもあるため、ゴーストタイプの技は効果バツグンだ。なかなかの致命傷になったことだろう。
 膝をつくグレンに、コノハはすぐに駆け寄る。

「パパ!」
「よかった……。コノハは何ともないみたいだな……」

 その言葉を最後に、グレンはがくっと気を失う。
 コノハは涙を堪えながらグレンを近くの本棚にもたれかけさせ、キッと別の本棚の向こう側をにらみつける。シャドーボールが飛んできたのは、コノハの視線の先にある本棚からだ。
 隠れるように潜んでいたのは、ソナタ。やっぱり闇の魔法使いだったか、と思うコノハだったが、父親に危害を加えられたことで怒りを露わにしていた。

「パパ、ここはアタシに任せて。でなきゃアタシの気が済まないの」

 コノハはステッキを構えると、本棚の奥にいるソナタに向かって声を張り上げる。

「ソナタ! そこにいるのは分かってるのよ! よくもパパにひどいことしてくれたわね!」

 ソナタはこの時を待っていたかのように、コノハとグレンの前に姿を現す。コノハを見つめるソナタの目は、溢れんばかりの憎しみや恨みが伝わってくる。これは完全に自分を仕留めるつもりだ__コノハのカンが、そう告げていた。
 ソナタは仕返しと言わんばかりに、コノハの売り言葉に買い言葉で返す。

「もとはといえば、アンタが悪いのよ。アンタのせいで、あたしはおかしくなったのよ!」

 ヒステリックな叫びと共に、ソナタが放ったのは聖なる光。フェアリータイプの技『マジカルシャイン』だ。コノハはステッキから、似たような光のシャワーを解き放つ。ふたつの光は相殺され、相打ちとなった。
 続けざまにソナタは、自分の背丈ほどはある大きな鎌を構えてコノハに突っ込んでくる。接近戦はあまり得意じゃないけど__そう思いながらもコノハは、できる限りの力で応戦しようと試みた。
 ソナタの鎌は、コノハの足や尻尾を切りつけていく。コノハは鎌による攻撃をかわしきれず、傷を負うたびに動きが鈍くなっていた。強力なエスパータイプの技『サイコキネシス』によって動きを封じられてから、鎌で切りつけられるという攻撃のコンボも、何度も喰らうこととなった。

(ライヤのサポートか、接近戦が得意なミツキとモモコがいなきゃ、アタシやられちゃう……!)

 コノハは負けじと、調子近距離でステッキから火花を乱れ撃つ。ところが、ソナタの動きが想像以上に機敏だった。押せば引く、引けば押す。オバサンかと思ってたけど、バトルのセンスは本物だ。
 それでも、ソナタも本調子ではない。鎌を大きく振りかぶったり、強力なサイコパワーによる技を繰り出した時に、必ず隙が生じる。大きな技を出すたびに、ソナタは動きが鈍っていくのだ。

「1匹のくせに、しぶといのね……」
「当たり前よッ!」

 コノハはそう言いながら、ソナタの攻撃をかわす。かなり大きな技を仕掛けようとしたのか、ソナタは反動でよろめく。

「アタシ、家族も友達も大好き。大好きなポケモンのためにできることは何でもやりたい。ただそれだけなの」
「な、何よ! その実力、親の七光りのくせに!」

 親の七光り。コノハにとっては呪いともとれる肩書きだ。確かに自分は魔法大学の教授の娘、魔法に関してはエリートの家系。これは紛れもない事実だ。もうひとつ付け加えれば、その事実でコノハが嫌な思いをしてきたということも、また事実。

「アンタの言う通り、確かにアタシはそうかもしれないわね。アタシの実力は、パパからもらった部分もあるのかもしれない」

 しかし、今この図書館に自分がいること__魔法の勉強をしようと思ったのは、自分で決めたこと。魔法使いを続けているのもそうだ。
 コノハが言葉を続けようとした時、ミツキ、モモコ、ライヤの3匹が駆け付ける。少し遅れてしまったが、大きな物音に気付いて戻ってきたのだろう。

「でもね! その力をどう使うかは、アタシ次第! そうすれば、アタシだけの力になるんだからぁあああああッ!」

 コノハの心が溢れるとともに、身体が爆炎に包まれる。炎が振り払われた時には、コノハの姿が変化していた。
 マントと三角帽子が青みがかかった白に変わり、持っているステッキも青をピンクを基調としたものに変わっている。昨日のライヤと同じだ__ミツキとモモコは、2度も同じ光景に出くわし絶句していた。
 ソナタもまた、これがコノハの『覚醒』であることを感づいていた。

「『バーン・アフェクション』!」

 ステッキから凄まじい熱気が込められた、輝く炎の渦が放たれる。ソナタも負けじともう一度マジカルシャインを放つが、押され気味だ。ソナタはかなり粘ったつもりだが、あえなくマジカルシャインはコノハの魔法にかき消された。
 このままではコノハの魔法が直撃してしまう__ソナタはすぐに、ジャンプして炎をかわす。

「ねぇ、ソナタ。アンタにはいないの? 自分の力で守りたい相手。せっかくそんだけ強いのに、誰かを痛みつけるためにその力を
うなんて、もったいなくない?」

 返す言葉が思いつかず、ソナタはぐっと下唇を噛む。本当にそういう相手がいないのか、あるいはいるけど答えられないのか、コノハの言葉が図星なのか。今のコノハには分からないが、いずれにしてもソナタは、自分の愛情に対して引け目を感じている。
 だとすれば、魔法使いである自分に今できることといえば。

「アンタが自分の持つ愛に自信がないのなら、アタシの愛を分けるわ!」

 そう言いながらコノハは、ステッキからフルートに持ち替えると新しいメロディを奏で始めた。フルートからは、まるでコノハの持つ熱い愛を具現化したような炎があふれ出る。

「燃え上がれ魂! 『純愛のマリア』!」

 ソナタは炎に包まれると、心と頭がポカポカしたような、不思議な感覚を味わっていた。
 それと同時に、胸の奥がジリジリと痛むような、例の症状のようなものにも襲われる。もっと言うと、自分の頭の中で誰かの声が響いてくるのだ。懐かしいようで、どこかで聞いたことがあるハズの、少年の声だ。



 __ソナタ。やっぱりキミはボクの大切なパートナーだよ。



 まるで誰かの声に似ている気がするが、思い出せない。ほんの少し考えれば思い出せるハズなのに、顔や名前がパッと出てこない。なのに、どうしてこんなに苦しくなってしまうのか。
 コノハの演奏が終わると、ソナタは両膝をついてうなだれていた。もうこれ以上、戦うことは難しいだろう。
 顔を上げると、コノハがこちらをじっと見つめている。その目が哀れみと慈悲が混ざったようなものであり、さらにソナタの心を追い詰めていく。
 くっ、とソナタは悔しそうにその場をすぐに立ち去った。それとほぼ同時に、コノハの装備が元の紫色へと戻っていく。

「コノハ! お前までパワーアップしたのか!?」
「すっごいキレイだった!」
「ぼ、僕も昨日あんな風になってたんですか?」

 チームカルテットのメンバーがコノハを取り囲むが、当のコノハはキョトンとした顔をしながら首をかしげる。

「パワーアップ? ってか、アタシさっきまで何してたの? 興奮してたのは覚えてるんだけど……」

 困ったことに、コノハも装備が白くなったことを覚えていないというのだ。幸いなのは、ライヤみたいに突然高熱で倒れる、といったことがないことだろうか。
 ライヤだけでなくコノハともなれば、他のマジカルベースの魔法使いも同じような現象に見舞われるのかもしれない。ミツキとモモコは、何となくそんな予感がしていた。ライヤとコノハだけで、この現象は終わらないかもしれない。



* * *



 その日の夜、星空町の住宅街内にある1件の民家。明日の学校の準備をしながら、一夜を過ごすポッチャマの少女がそこにいた。
 少女__アリスは、明日から星空町の学校に行くこととなる。聖なる夜の祭り前、2学期の終業式の日に転校。新しい環境になじめるか不安、という年相応の緊張感を、アリスは抱いている。
 しかし、それと同時に胸がいっぱいになっていた。

「やっと、接触できる」

 いよいよ星空町のマジカルベース、魔法使い達と接触できる。この日を心待ちにしていたアリスにとって、期待する思いが不安をはるかに上回っていた。
 アリスは机の上に広げてある、1枚の新聞紙に目をやる。星空町の中でもおマヌケな魔法使い、チームカルテットの特集だ。チームメンバー4匹のうちの1匹、モモコを凝視しながらアリスはつぶやく。

「アリスは……あなたを許さない。絶対に」

花鳥風月 ( 2020/04/30(木) 20:23 )