ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第3楽章 新たな伝説のはじまり−Recitativo−
048 何があったのか、ちゃんと知りたいの

 星空町から遠く離れた小島。
 ポケモン達の世界では『七不思議の海』と呼ばれており、世界の秘境に値する。中でも『生命の木』は、木の化身と呼ばれている伝説のポケモンが守っていた。
 ポケモン__ゼルネアスは、モデラートとマナーレを見下ろしている。威厳と慈愛に満ち溢れた眼差しをしているが、その目の奥には不安に似たような感情が見え隠れしていた。
 モデラートとマナーレが、直々に自分に会いに来たことの意味を、ゼルネアスはよく理解している。この世界に生きるほとんどのポケモンが知らないが、世界を取り巻く事態は深刻なものになりつつある。

「そうですか。『究極魔法の使い手』が……」
「はい。ただ、彼らはあまりにも未熟です。現に今回『覚醒』した者は、その力に耐え切れず倒れています」

 マナーレの頭に、ライヤの顔がよぎる。つい昨日、弟のレイを助けるために帰ってきたかと思えば、高熱で倒れたというのだ。同じチームのミツキやモモコ、コノハも長時間毒を浴びていたと聞いているが、大丈夫だろうか。マジカルベースに残してきた、自分の部下が心配になる。

「ですが、彼らのポテンシャルは凄まじいものです。訓練や修行をすることで、きっとあの力を上手く使いこなせるんじゃないかと思います」

 苦い顔をしているマナーレの言葉を、モデラートがつなげた。心配性なマナーレとは対照的に、モデラートは常に希望を見出している。いつだっておおらかで前向きなモデラートだからこそ、自分もついて行きたいと思った。マナーレは、モデラートの堂々とした姿を見て思い出された。
 とはいえ、モデラートも今回の事態は重く受け止めている。常に何が起こるか分からないことを想定しながら、でも希望を捨てずに。この心のバランスを保つことがいかに難しいか、今まさに痛感していた。 

「調査団のステラと、魔法大学のメテオから報告をいただいています。やはり、『X魔法』の力がなければ、『Y魔法』には対抗できないようです」
「だとすれば、やはり私達から事実を伝えなければいけないのですね」

 これまで、自分達はチームカルテットに大きな隠し事をし続けた。事実を知ったことで、彼らはどんな反応をするか。どんな決断を下すのか。全く見当がつかない。いや、正確にはポジティブな想像ができない。なぜ今まで黙っていたのか、どうして自分達がこんな目に遭うのか__怒りや悲観する声を受ける自分達の姿は、想像するのが簡単だ。
 今回、ライヤが『覚醒』第一号となったが、ゆくゆくは他の3匹も。マナーレの鼓動を打っている楽器が、スネアドラムからバスドラムに変わったみたいな気持ちになる。 

「私はやはり怖いのです。事実を知ったことで、あいつらがどんな顔をするのか。それに今後、どれだけ危険な目に巻き込まれていくのかと思うと……。ウチにいる、他の魔法使い達がどう思うか」
「大丈夫だよ。みんなを信じよう」

 マナーレの不安を取り除くように、モデラートは優しい言葉を投げかけた。自分も不安な気持ちを抱いているということを、押し殺しながら。



* * *



 この一晩、チームカルテットは全員が保健室で療養していた。高熱で倒れたライヤだけでなく、ミツキ達も毒が身体に回っていたということで点滴を打ってもらっていたのだ。
 ディスペアの早い処置のおかげで、ミツキ達3匹はその日の夜には回復した。しかし、ライヤは一向に目を覚まさず、昏睡状態かもしれないとディスペアは判断する。
 チームカルテットのメンバーだけでなく、レイも一緒になってライヤにずっと付き添っていた。ミツキとコノハは、以前モモコの看病をした時のことを思い出す。モモコもまた、今回は付き添う側としてライヤの回復をずっと願っていた。こういう時に、自分の魔法でライヤを回復させられたらとついつい思ってしまう。
 ところが、翌朝になって事態が変わった。ライヤの熱が平熱まで下がっていたのだ。でんきぶくろからの放電はなく、呼吸も安定している。

「あ、ライヤ兄ちゃん!」

 そしてその時は来た。ライヤの意識が戻ったのだ。レイは喜びのあまり、勢いつけてライヤに向かってダイブする。チームカルテットのメンバーもまた、安心したような顔をライヤに向ける。

「よかった、ライヤ。気が付いたんだな」
「え、えぇっと……」
「もしかして、覚えてない? ライヤのマントが白くなって、わたし達を助けてくれたんだよ」

 ミツキとモモコが説明してくれるが、ライヤには何のことだか分かっていない。レイを助けに行き、仲間達がピンチになったことはよく覚えているのだが、それから先の記憶が曖昧だ。自分の感情が高ぶったような気はするのだが、どうなったのだろうか。
 横になったまま、ライヤは首をかしげていた。

「マントが白……? 何のことでしょうか?」

 ライヤの気持ちが溢れ、雷が落ちた。白い帽子とマントを身に着け、凄まじい魔力を使い、力尽きたように倒れた。ミツキもモモコも、コノハも繰り返しライヤに説明するが、ライヤにはどうもピンと来ない様子だ。
 あれだけのことがあったのに。ますますライヤにあの時何が起こっていたのか、謎が深まるばかりだ。
 考えても埒が明かないと、ディスペアは話題を少しそらす。

「でも、ライヤちゃんがレイちゃんを助けたことは事実よ。ライヤちゃんはそこ、胸張っていいんじゃない?」
「ありがとう、ライヤ兄ちゃん! オレ、ミュルミュールになってたからよく分かんないけど、かっこよかったんだよね!」
「レイ……」

 ライヤは改めて、自分のもとに飛び込んできたレイの顔を見る。自分の身に何が起こったのか気になるところではあるが、一番の目的だったレイを助けることを達成した。それが叶っているだけでも、どれだけ嬉しいことか。
 ライヤは「付き添ってくれてありがとう」と、レイの頭を撫でる。ライヤに頭を撫でられるのが、レイは小さいときから好きだった。

「それにしても、ライヤのアレってなんだったんだ?」
「こういうのって、マスターかマナーレに聞けば分かるんじゃないかな」
「モデラートちゃん達なら、『七不思議の海』に出張に行ったわよ」
「えっ、そーなの!?」

 コノハは盛大にずっこけた。



* * *



 レイをライヤの実家に送り、チームカルテットはそのままパトロールに出向くこととなった。案の定、ディスペアをはじめ他の魔法使い達から「休んでいろ」と言われたが、もう4匹全員元気なものだから「だいじょぶ」と返した経緯がある。
 ライヤの両親は、自分の子どもが2匹とも元気な姿を見せたことで大泣きしていた。特にレイについては「無事でよかった」と何度も繰り返していた。聖なる夜の祭りには、またライヤの家にお邪魔することとなる。またよろしくお願いします、と言葉を残し、チームカルテットはライヤの実家を後にした。

「レイくん、すっごいモモコに懐いてたわね」
「めちゃくちゃかわいかったぁ! またお祭りの日に遊ぼうね、って約束しちゃった!」

 ライヤと同じく弟がいるモモコは、すっかりレイと仲良しになったようだ。小さい子どもの扱いに慣れているモモコは、レイのかわいさにメロメロな様子。

「ん? あそこにいるのって……」
「ここらじゃ見かけない魔法使いですね」

 広場に出てくると、1匹の身慣れない魔法使いがうろうろしている。チームカルテットが身に着けているものと少し形は違うが、紫色のマントと三角帽子は間違いなく魔法使いの証だ。 コノハをものすごく大きくしたようなそのポケモンは、マフォクシー。マフォクシーの方が先にチームカルテットの気配を感じ取ったのか、4匹の方を振り返る。マフォクシーの顔を見て、コノハは「あっ!」と声を漏らす。魔法使いのマフォクシーということでもしかしたらという気持ちはあったが、その予想が的中した形になる。

「コノハじゃないか」
「パパ! 何でここに!?」
「ちょっと久々に、星空町に来る用事があってね」

 マフォクシー__コノハの父は、ダンディな雰囲気を醸し出しつつも、物腰は紳士的だ。以前、コノハから魔法教育が厳しいと聞いていたが、そのような雰囲気はあまり感じられない。ミツキとライヤも面識があるようで、「お久しぶりです」と率先して挨拶をした。

「ミツキくんとライヤくんも、ずいぶん大きくなったね。それと、そこのキミはモモコちゃんかな?」
「は、はい!」
「コノハやモデラートさんから聞いているよ。コノハの父のグレンです、よろしく」

 一通り挨拶を交わしたところで、コノハは頭の中の電球を光らせる。
 自分のパパ、グレンは魔法大学の教授だ。魔法使い協会の中でもお偉いさんである。だとすれば、ライヤの身に起こったことについて、何か知っているかもしれない。

「そうだ、ライヤ。さっきマジカルベースで話したこと、パパに聞いてみてもいい?」

 ライヤは快くうなずいた。自分に何が起こっていたのか、知りたいと思う気持ちは同じだった。

「ありがと、ライヤ」
「ん? どうかしたのかい?」

 コノハはグレンに、昨日起こった一連の流れを話した。
 ライヤも自分達もピンチになり、ライヤの頭上に雷が落ち、マントの色が変わってパワーアップしたかと思えば力尽きるように倒れた。グレンはうんうんとうなずきながらも、話を聞いていくうちに頭をひねらせる仕草をする。彼の挙動から、いかに昨日の出来事が不思議なものかを裏付けられる。

「こういう事例なんだけど、聞いたことある? マスターもマナーレも今日は出張でいないから、パパなら何か知ってるかなって思ったんだけど」
「……ごめん、コノハ。パパも詳しいことは分からないな」
「そっかぁ、パパでも分からないなんて……」

 がっくりとコノハは肩を落とす仕草をする。思えばグレンの専攻は、暗黒魔法に関するものだ。ライヤのそれは、暗黒魔法とはちょっと違うように感じる。
 ここでグレンが「でも」と付け加える。チームカルテットは、その声を聞き逃さなかった。

「もしかしたら。図書館に文献は残っているかもしれないね」
「図書館って、サニーハーバーとの境目にあるあの?」
「これを機に、魔法史を一度勉強し直してみるのもいいかもしれないね。勉強していく中で、ライヤくんに何が起こったのか、分かるかもしれないよ?」

 勉強という言葉に、ミツキは思わず「うぐ」と声を上げる。好奇心旺盛なモモコや、勉強が苦ではないライヤは「おもしろそう!」と目を輝かせて食いついた。
 コノハはどちらかといえば、ミツキと同じように勉強に拒否反応を示していたところだろう。ましてや、英才教育の思い出がある魔法の勉強だ。しかし、今は少し心持ちが違った。この勉強は、ライヤのためでもあるのだ。大切な仲間のためであれば、苦手な勉強も頑張れる気がする。
 そう思ったコノハは覚悟を決めるように、しかし口調はいつものように明るく言った。

「……分かった。みんな、行きましょう! 図書館に!」



* * *



 クライシスのアジトはバタバタしていた。
 クライシスには3幹部だけでなく、他にも闇の魔法使いがいる。これまで町への襲撃活動は3幹部が中心に行ってきたが、ドレンテとソナタの不調から下っ端魔法使いの仕事が増えつつあった。
 ポケモンのミュルミュール化や、ポケモンのミュルミュール化時に得られる、負の感情エネルギーの管理。しかし、ドレンテ達ほどの実力には及ばないのか、サニーハーバーやメイプルタウンの魔法使いに浄化されているのが関の山だ。

「大変だ大変だー! 星空町の魔法使いが『覚醒』したー!」

 1匹のロコンが、アジト内を駆け回りながら大声で叫んでいる。リード楽器の生音みたいに聞こえるその声に、アジト内でくつろいでいたポケモン達は顔をしかめていた。その中でも一番大柄な、下っ端のリーダー格のような男性__オーロンゲが走り回るロコンの前に立ちふさがる。

「うるさいぞ、エレジー」
「だってだってだって! 3幹部のヤツらがヘマしたってことでしょ!? こりゃユウリ様から、大目玉食らうに違いないよー!」

 エレジーと呼ばれたロコンは、オーロンゲに向けてキャンキャンと吠える。きつねというよりも、まるでイワンコやガーディのようにも見えた。
 しかし、エレジーの言うことにも一理ある。オーロンゲは頭をかいたり、首の音をゴキゴキと立てながらつぶやいた。

「確かに。グラーヴェはともかく、ドレンテとソナタは最近浮ついてるからな」

 彼らの話し声は、別のスペースにいたソナタの耳にしっかり届いていた。不機嫌な顔をしながら、ソナタは頭を抱える。エレジーの高い声が頭に響くのもそうだが、まだ体調も本調子ではなかった。

「……うるさいわね。分かってるっての」

 ソナタの体調は、相変わらず低空飛行状態だ。昨日は冷や汗が出るほど苦しかったが、今日は少しだけ楽になっている。こんな調子が続くものだから、ソナタも滅入っていた。原因不明の体調不良がこのまま続き、もしかしたら力尽きるんじゃないかとさえ思う。
 そもそもどうしてこんなことになってしまったのか。ソナタにはひとつ、心当たりがあった。

(そもそもあたしがおかしくなったのは、みんなみんなアイツのせいよ)

 チームカルテットの1匹、コノハ。彼女が大切な姉を守るために、自分に立ち向かった。あの姿を見てから、ソナタは明らかにおかしくなった。自分をこんな目に遭わせたコノハを、ソナタは許さなかった。コノハを叩きのめせば、ユウリ様の目的も達成されて自分の不調も治るのでは。いいことづくめじゃない。
 ギリッと歯を食いしばりながら、ソナタは闘志を胸に燃やし、外へと出て行った。
 


* * *



 図書館は、星空町とサニーハーバーの境目に立っている。絵本が大好きな子どもから、勉強中の青年まで幅広い年代のポケモン達が、この図書館を訪れていた。
 落ち着いた空気に浸るかのように、ミツキは本を枕にして爆睡。実に10分ももたなかった。コノハはミツキを見て苦笑いしながら、魔法史のコーナーへと足を運ぶ。
 魔法の起源、発展、現代に至るまで。大雑把に把握できるものを1冊取りつつ、特定の時代についてきめ細やかに書かれている本を何冊か選び、コノハは机に本を広げ始めた。
 確か魔法の起源は、父や自分の出身地でもある『マジーア』。マジーアで魔法が発祥し、魔法使いの国が発展した。そこから魔法使い達が様々な大陸に飛び立ち、魔法の文化を広げていった。普通のポケモンが魔法を使えるようになるため、また、その力を制御できるように『シャムルスフェール』の技術も生まれた。
 大まかなことは、グレンから小さいときに何度も聞かされていたが、いざ細かいところを聞かれるとスッと答えられない。まだまだ自分の知らない魔法の世界があるのだと、コノハは痛感させられた。

「コノハが自分から勉強するなんて、珍しいね」

 にゅっ、とグレンがコノハの読んでいる文献をのぞき込む。驚いたのか、コノハは少しグレンから身を引いた。

「そう?」
「昔は家庭教師も実技の特訓も、全然続かなかったのに」
「……ライヤのことがあるからかな。大事な仲間に何があったのか、ちゃんと知りたいの」

 思えば、自分にとって魔法は、キラキラしたカッコイイものだけではない。面倒くさく、苦痛に感じるものでもあった。そんな自分が、誰かのために魔法としっかり向き合おうとしている。
 ただ、魔法使いとしての仕事は好きだ。ちょっと複雑だが、仕事としての魔法と学ぶための魔法は、コノハにとっては別モノだ。後者はずっと「やらされているもの」という認識だったものだから、自分から手をつける日が来るのは、少し不思議な感じだ。

「ラブだね」
「え?」
「コノハは誰かのことになると、一生懸命になる。誰かにかける愛は炎よりも熱く、そして温かいものだよ」

 そう? とコノハはキョトンとした顔になる。誰かのために一生懸命になるのは、コノハにとって当たり前だと思っていた。ましてや、魔法のことになると厳しいパパから、ド直球で褒められるなんて。ほんの少しだけ照れくさい気持ちが、コノハの中に湧き上がってくる。

「お姉ちゃんから聞いてるよ。よく頑張っているじゃないか」

 グレンはそう言いながら、懐から1枚の新聞紙を取り出し、コノハに見せた。
 それは、以前モミジのボディーガードをした時のこと。ご飯屋さんはめちゃくちゃになってしまったが、モミジを守り通すことはできた。えへへ、とコノハは口元をほころばせる。おマヌケな魔法使いと評判になってしまったチームカルテットだが、その努力は必ず誰かのもとに届いている。

「でも、公共の場に迷惑をかけるのはよくないよ。ましてやこの時、芸能関係のポケモンもたくさんいたんだろう? 器用な戦い方を身に付けるために、これからも実務経験を積むことが大事だよ。そのためには__」

 うげっ。コノハはバツが悪そうな顔をする。
 さすがは大学教授のグレン。ひとつの事象について突き詰めると止まらなくなってしまう。しかも話は遮ろうとしても、軌道をグレンに戻されてしまう。コノハは仕方なさそうに、しばらくグレンの話を流すように聞くこととした。

花鳥風月 ( 2020/04/29(水) 17:57 )