ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第3楽章 新たな伝説のはじまり−Recitativo−
047 なりたい自分に近づくことは
「ぐあぁっ!」
「つ、強い……!」

ミュルミュールの放つ衝撃波によって、チームカルテットは吹き飛ばされる。ライヤの弟・レイの魂が変化したミュルミュールは大きなハサミの頭を持っている。ありとあらゆるものすべてを切り刻もうとするかのように、ミュルミュールは頭の刃をパチパチと音を立てていた。
 うかつに近づけば、自分達はあのハサミに真っ二つにされてしまうだろう。おまけに、ここは『地雷の砂丘』だ。ウッカリ地雷を踏んでしまうことも懸念される。思うように動けないチームカルテットは、押され気味ともいえる状況にあった。

「それにしても、妙ね。ミュルミュールの魂の叫びが、一切聞こえないわ」
「たぶん、誘拐されていた恐怖で声も出ないんだと思います」

 体勢を立て直しながら、ライヤはミュルミュールと傍らのレイに視線を注ぐ。まだ小さいのに、こんな目に遭っては怖いだろう。ミュルミュール化している今は、なおさら。ライヤは一度レイと同じ目に遭っているからこそ、その苦しさは分かっているつもりだった。

「だったら早いとこ、浄化してやらねぇとな!」

 ジャラリ。ミツキの手の中で、手裏剣が泳いでいる音がする。ミュルミュールの周りを囲むように手裏剣を投げ、まきびしのようにする。身動きが取れない隙に、ミツキは思い切りジャンプするとミュルミュールの頭上から棒手裏剣を仕掛けた。水をまとった棒手裏剣は、ミツキの身体の3倍はある。なかなか重く感じるが、そこはパワーにも優れたミツキの力の見せどころ。

「はぁああああああっ!」

 ありったけの魔力が込められた棒手裏剣が、ミュルミュールを貫く。その衝撃で、辺りには砂煙が立ち込めた。これはなかなか手ごたえがある。やったか__ミツキはそう確信していた。
 しかし、このミュルミュール、なかなかタフだった。少しよろめきながらも、まだ戦える余裕をチームカルテットに見せつけている。
 それもそのはず。ミュルミュールの能力は元のポケモンに依存する。運動神経が高いレイの力を引き継いでいるのだ。

「ウソだろ!? あんだけ魔力使ったのに!」

 大技を使った後の反動で、ミツキに隙が生じる。グラーヴェは、それを決して見逃さなかった。

「隙だらけだな」
「しまった!」

 グラーヴェの口から放たれる糸が、ミツキの身体を包み込む。粘着力と耐久性に優れた糸は、自力では抜け出すことができない。ぐるぐる巻きになったミツキは、グラーヴェが自身の背後に構えるクモの巣に磔にされる。ミツキがもがけばもがくほど、糸は身体を絡め取っていく。
 しかもこの糸、ただの糸ではない。少しずつではあるが、ミツキの顔つきが苦しいものへと変わってきている。どことなく呼吸も荒く、抵抗する力も弱くなっている。アリアドスだけが使うことができる『どくのいと』。ミツキは動けなくなっただけでなく、毒を浴びてしまったのだ。

「「ミツキ!」」
「チームの誰かに何かあると、すぐ隙ができる。チームカルテットの弱点だな」

 グラーヴェはすかさず、モモコとコノハも毒をまとった糸で捕らえる。2匹もまた、クモの巣に磔にされ、逃げることが難しい。

「キャッ!」
「うわぁっ!」

 とうとうチームカルテットの中で、残ったのはライヤだけとなった。ライヤが世にも珍しいのろまピカチュウで、使える魔法もサポート技がほとんどであることは、敵味方問わず誰もが知っている。
 対ミュルミュール、周りにはどこにあるのかも分からない地雷。機敏な動きが必要とされるこの状況は、もともとライヤと相性が悪い。おまけにライヤ単体で使う魔法だけに頼ると、ミュルミュールにダメージを与える決定打に欠ける。

「さあ、これで仲間達は動けまい。のろまピカチュウのライヤ」
「グラーヴェ、まさか最初からこうするつもりだったんですか……!」
「さぁな」

 グラーヴェは余裕そうに、フンと鼻で笑う。
 今回のレイ誘拐事件は、グラーヴェの嫌らしくも練られた作戦や計画が功をなしている。魔法使いとしての実力も申し分なく、一度自分をミュルミュールにした相手だ。そんな相手に、自分1匹だけで敵うのだろうか__ライヤは自分に自信がなくなっていく。
 だが、ここでつまづくワケにはいかない。自分が引け腰になっていれば、助けられる者も助けられない。

(僕1匹だけでも、戦うしかない。でないと、レイは助からない!)

 ライヤは覚悟を決めて、弓を構えると魔法の矢をミュルミュールに乱れ撃ち。目の前にミュルミュールがいる以上、奥にいるミツキ達を助けることはできない。無暗に動き回れば、地雷を踏んでしまうおそれもある。遠距離攻撃ゆえに、決定打には欠けるかもしれないが、これが一番安全且つ確実な方法と、ライヤはいったん判断した。

「そんなナマクラダーツ、効くワケがなかろう」

 ミュルミュールは次々と飛んでくる矢を、頭の刃で切り刻んでいく。反撃と言わんばかりに突進してきたかと思えば、ライヤを刃で切りつけた。スピードもなければ耐久力も乏しいライヤにとって、至近距離での物理攻撃は致命的だ。

「うぐっ!」

 よろけている暇もなく、ミュルミュールの拳が、蹴りが。ライヤに連続して襲い掛かる。避けられずに攻撃をモロに食らい続けるライヤは、とうとう吹き飛ばされた反動で地面に倒れ込む。
 ところが運悪く、倒れた場所は地雷が埋まっていた場所だった。爆発に巻き込まれたライヤは、体力が底をつきつつある。

「がはっ__」

 仲間がやられていくさまを、ミツキ達は見ていることしかできない。身体に毒が回り、身動きが取れない今、自力で脱出することはほぼ不可能だった。
 とうとうライヤが立ち上がれなくなった姿を見て、モモコは心を痛める。せめて自分達が捕まっていなければ、違っていたのかもしれない。傍らで同じく囚われの身になっているコノハが、口から火を吹く勢いでグラーヴェに噛みつく。コノハもじわじわと消耗しきっているハズだが、彼女の闘志や心の炎は、まだ消えていなかった。

「いい加減にしなさいよ、グラーヴェ! どうしてこんなひどいこと、平気でできるワケ!?」
「それが、俺に課された使命だから。とでも答えておこう。お前達がポケモンを助けるのが仕事であるのと、同じようにな」

 そう言いながら、グラーヴェはドレンテとソナタのことが頭をよぎっていた。理由は分からないが、とても仕事どころではない2匹。だったら3幹部最年長の自分が、2匹の分まで頑張らなくてはいけない。ユウリ様も時間がない。その責任感が、グラーヴェの力の源であることは、間違いない。

「さぁ、これでとどめだ!」

 ミュルミュールが頭の刃でライヤを挟み撃ちにしようと、襲い掛かってくる。これでのろまピカチュウも終わりか。天才児などと言われていたが、戦いに不得手でまるでいいところがない。グラーヴェはニヤリと、ライヤを見下ろすように笑っていた。
 しかし、ライヤはまだ諦めていない。
 自らのウェポンである弓を盾にし、ミュルミュールの動きを止める。ライヤの代わりに弓を挟んだミュルミュールは、あまりの固さに弓を切り刻めずにいた。

「まだ……終わらせません……」

 睨みが効いているライヤの勇ましい顔に、思わずグラーヴェは動揺する。だが、最後の悪あがきだと自分に言い聞かせ、冷静さを取り戻した。

「僕の弟が、利用されたままでたまるものか……!」
「そんな息も絶え絶えで、力もすばしっこさも何もないお前に何ができる? 一度そのコンプレックスで、ミュルミュールになったことを忘れたワケではなかろう?」

 否定はできない。
 一度ライヤはグラーヴェや自分の弱い心に「負けて」いる。仲間達と自分との実力差、理想と現実とのギャップ。それに思い悩み、ミュルミュールになってしまった。それは紛れもなく事実だ。

「……あなたの、言う通りです。僕は世にも珍しいのろまピカチュウです。ミツキやモモコ、コノハに頼りきりの自分が嫌いでした」

 そんなライヤだったが、こんな自分でもいいって言ってくれた仲間がいる。仲間が支えてくれたことで、ライヤは自分のコンプレックスを乗り越えることができた。まだ山頂への到達には程遠いかもしれないが、その第一歩として、ウェポンが変わっている。

「完璧になることは難しいかもしれないけど、なりたい自分に近づくことはできます」

 ライヤの心が溢れてくる。高ぶる気持ちが最高潮に達しているのが、自分でもよくわかった。

「僕は、大切なものを守れるようになりたい。大好きな友達や弟を、自分の手で助けられるようになりたい!」

 その時、不思議なことが起こった。
 白みがかかった黄色い雷が、ライヤの頭上へと落ちてくる。弓も一緒に、ミュルミュールの刃から弾かれるように逃れていた。やがて雷は温かな光へと変わり、ライヤを包み込む。
 これにはチームカルテットもグラーヴェも驚いている。ライヤに何が起こったのか、あんな雷に打たれて無事だろうか。そもそも、なんでこのタイミングで雷なのか。ツッコミどころはいっぱいある。

「な、何だ!?」
「ライヤ……!?」
「ライヤは、どうなったの……?」



「ハッ__」
「どうしましたか、マスター」

 同じ頃、マジカルベースではモデラートが何かを察知したようにおやつのクリームパンから手を離す。いつもニコニコしている顔とは違い、目は見開いており呆然としているようにも見える。
 モデラートは特別な魔力を感じている。それは間違いなく、自分達が求めていた魔力そのものだ。今までにきっと見たことがない、凄まじい大きさの魔力。

「時が、満ちた」

 モデラートは声を落とす。ほんの二言だが、マナーレにはそれが何を意味しているのか分かっていた。 

「ま、まさか……!」
「誰かが『覚醒』したんだ」
「そんな! このタイミングでですか!?」
「うん。思っていたより早かったけど、ようやくだ」

 うろたえるマナーレをよそに、モデラートは自分の机の上に置いてある水晶をのぞき込む。チームカルテットの今の様子を調べているのだ。
 しばらくすると、地雷の砂丘の頂上にいるチームカルテットの姿が映し出された。ミュルミュールと対峙しているのは、まばゆい光を身にまとったライヤ。その姿は、いつものライヤと少しだけ違った。

(ライヤ。キミがまさか、『覚醒』一番乗りになるなんて、ボクも思わなかったよ)



 ライヤのマントや帽子は、先ほどまで紫色だったそれと違い、青みがかかった白に変わっていた。それだけではない。両腕にはアームカバーのような装備、腰にはシャムルスフェールと同じ黄色のクローバーのベルトがそれぞれ追加されている。はためく白いマントは、まるで天使の羽根のようにも見える。実際、弓には羽根の装飾が追加されていた。
 情報量が多すぎて、ライヤ以外の魔法使い達は混乱しつつあるが、ここでもグラーヴェは取り乱すことはない。

「ちょっと白くなったところで、何が変わるというんだ?」

 様子が変だけど、ライヤはライヤだ。グラーヴェによる顎での合図を受けて、ミュルミュールは再びライヤに襲い掛かる。
 力がみなぎってくるライヤは、ものすごい速さで頭がフル回転していた。自分でもちょっと驚くくらい、冷静になれていた。
 ミュルミュールはポケモンの魂そのもの。だとすれば、レイの魂がミュルミュールの動きに反映されているハズ。きょうだい故に、ライヤはレイのことはよく分かっているつもりだった。とにかくガンガン突っ込んでいくのが、レイの性格的にしっくりくる。

(レイの動きはいたって単純。素早いけど、行動パターンを見越したうえでこっちが動けば!)

 ミュルミュールが刃でライヤを切りつけようとしたところを、ライヤはジャンプしてかわす。あれほどダメージを受けていたハズなのに、不思議と身体が軽い。まるで自分が自分じゃないみたいだ。
 この身軽さを生かし、ライヤはミュルミュールの背中に回り込む。しめた。レイは確かに自分よりもスピードやパワーがあるが、頭脳戦はいたって得意ではない。
 ライヤは弓を構えると、ミュルミュールの背後から魔力を込めた矢を解き放つ。

「『ブリッツ・シャルフシュッツェ』!」

 雷の矢は見事にミュルミュールの首元を取った。続いてライヤは、何を思ったのか両頬のでんきぶくろに電気をバチバチと溜め始める。ミュルミュールにとどめを刺すために、電撃技を使うつもりなのだろうか。
 ライヤの放った電撃は、四方八方に飛び散っていく。まるでミュルミュールに当たっていない。もしかしたら、当てる気がないのかもしれない。確実にミュルミュールを仕留めたかったところなのかもしれないが、残念だったな。グラーヴェはほくそ笑んでいた。

「フン、どこに放っているんだ。とどめになってな__」
「糸が焦げ落ちていくぞ!」

 ライヤの狙いは、ミュルミュールへのとどめではなかった。仲間達を縛っている毒の糸を、電撃で焦がしていくことだった。ライヤのもともとの力が弱いため、ミツキ達にとって電撃が致命傷になることもない。自分の弱みを強みに生かした瞬間ともいえるだろう。
 動けるようになったミツキ、モモコ、コノハの3匹は地面に着地する。しかしながら、毒を浴びたままということで、身体にふらつきが見られていた。

「これで動ける……!」
「しまった!」
「さすがライヤ。あったまいいわね……!」
「さぁ、とどめです!」

 ライヤはミュルミュールを浄化すべく、バリトンサックスを構えて演奏を始める。それはいつものコラールではなく、こじゃれたジャズ。バリトンサックスととても相性が良かった。ベルからはリズムに乗った雷が飛び出し、ミュルミュールを包み込む。心なしか、いつもの浄化よりも強力な魔力が感じられた。

「あなたの魂に刺激を! 『英知のジャズ』!」

 まるでライヤが殻を破ったような、力強さとはっちゃけた感じが合わさったメロディ。包まれるように、ミュルミュールはその姿をスピリットへと戻していく。

「ハピュピュール〜」

 一連の流れを見ていたグラーヴェは、信じられないという顔をしている。いつもと違ったライヤの様子に、危機感のようなものを感じ取っているのだろう。
 兎にも角にも、急いでこのことをクライシスのメンバーに伝えなければ。そう思ったグラーヴェすぐにその場を立ち去った。

「まさか、あれがユウリ様が言ってた『覚醒』だというのか……? これは非常にマズい事態になっている」

 グラーヴェがいなくなったことを確認し、チームカルテットはレイのスピリットを戻す。いろんなことが起こりすぎているが、何とかピンチを切り抜けられたことに、一同はホッとしていた。
 コノハはすぐさまライヤに駆け寄る。それとほぼ同時に、ライヤの身に着けている帽子やマントは、いつもと同じ紫色のものに戻っていた。

「ライヤ、ありがとう。おかげで助かったわ」

 しかし、ライヤから返事は返ってこない。律儀でマメで腰が低いライヤだったら、「いえいえそんな……」みたいな返しをしてくれるんじゃないか。コノハはそう思っていたのだが。
 ライヤは何も言わずに、ただそのまま崩れるように倒れてしまった。あまりにも突然のことで、3匹は驚くほかない。

「ライヤ……ちょっと?」
「お、おいライヤ!? どうしたんだよ!?」

 耳をすませば、ライヤの短い呼吸が聞こえる。まさか、でも__おそるおそるモモコはライヤのおでこに触れようとする。バチッと弾けるような音を立てて、ライヤは放電する。思わず手を引っ込めてしまったモモコだが、でんきタイプのポケモンがこれほどの放電をすると、何が起こっているのかすぐに予想することができた。

「すごい熱だよ……!?」

 原因不明の高熱。もしかしたら、先ほどのライヤの変化と何か関係があるのかもしれない。だが、考えるのは後だ。

「早くマジカルベースに運ばなきゃ……ッ」

 そう言いながら、コノハはフラフラと立ち上がる。顔が真っ青になっていることから、身体の毒がかなり回っているのが分かった。

「コノハ、大丈夫?」
「俺達も長いこと毒浴びてるんだ。レイもいるんだし、早く帰ろうぜ」

 ミツキの言うことはごもっともだ。コノハだけでなく、ミツキとモモコも早く回復しないと倒れてしまいそうだった。ミツキがライヤを、モモコがレイをほうきに乗せ、チームカルテットは星空町へと戻っていった。



* * *



 チームカルテットが満身創痍で帰ってくると、ちょうどタクトが出迎えてくれた。4匹の様子がおかしいことに気付いたタクトは、パタパタと駆け足で4匹のもとへと近づいてくる。

「チームカルテットのみなさん! どうしたッスか?」
「ちょうどよかった、タクト。ディスペアかリオンって、今いるか?」
「もしいたら、ライヤがすごい熱があるって伝えてほしいんだ。レイくんも連れて帰ってきたから、2匹分のベッドがあるとすごく助かる」

 ミツキとモモコの説明を聞き、タクトは一瞬「えっ」と絶句する。しかし、憧れのチームカルテットの緊急事態となれば、動かずにはいられない。
 ピシッとタクトが敬礼のポーズを取る。その姿は、今のチームカルテットにとっては癒しだった。

「わ、分かりました。皆さんも顔色が悪そうですし……すぐ呼んでくるッス!」

 タクトが戻ってくるのを待っている間、ミツキも、モモコも、コノハも。チームカルテット全員が、ライヤのことを考えずにはいられなかった。
 ライヤの体調が気がかり、というのもそうだが、先ほどの戦いで見られた不思議な現象。マントや帽子が白くなって、パワーアップしているようにも見えた。あんな現象は、これまで魔法使いをやってきて一度も見たことがない。だからこそ、こうして倒れたライヤだけが残っている今、3匹の胸騒ぎは止むことはなかった。

(ライヤが自分の力でレイくんを助けることができた。それはよかったけど)
(あの真っ白なマントと新しい魔法、今まで見たことない。ミツキとコノハも、そんな感じみたいだし)
(一体ライヤに、何が起こったっていうんだよ……?)

花鳥風月 ( 2020/04/22(水) 19:36 )