ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第3楽章 新たな伝説のはじまり−Recitativo−
044 いよいよ、魔法使いになるんだ

 聖なる夜の祭りまであと1週間。
 星空町の町並みは、昼間でもイルミネーションのライトが眩しいくらいにキラキラ輝いている。ロマンチックな夜のデートを楽しみにするカップル、天からのプレゼントを入れるための靴下を用意する子ども、パーティの計画を立てる若者。この世界のポケモン達すべてが、最後の1週間に向けて心を躍らせていた。
 しかし、こうしたイベントごとが迫ると、ポケモン達の心も移り変わりが激しい。ワクワクするだけでなく、憂鬱な気分になるポケモンも少なからずいる。



 荒野地帯にある『紅の荒野』も、すっかり紅みよりも枯れたような茶色に染まっている。1匹のイーブイが枯れ葉を踏む音だけが、荒野に響き渡った。今だけは、この荒野が自分のオンステージ。ドレンテと周りに名乗っているイーブイは、荒野を歩きながら季節の移り替わりを感じ取っていた。荒野の雰囲気は変わりつつあるが、いつかの雨の日に駆け込んだ小屋は、そのまま残っていた。
 自分の右前足の裏側は、普通のイーブイと違って星型。それが目に入るたびに、ドレンテは気が滅入ってしまう。

__ドレンテって、本当の名前じゃないでしょ? それに、ソナタって……人間だった時の、あなたのパートナーだよね?

 とうとう、モモコにバレてしまった。魔法使いとの戦いが長くなるのであれば、遅かれ早かれバレるとは思っていたが、思ったより早くその時が来るなんて。モモコに限って、他の魔法使い達に言いふらすことはないと思うが、もしバレてしまったら。そう思うと、ドレンテは気が気でない。
 自分はドレンテなんて名前じゃなく、理由があって仮の名前を名乗っているに過ぎない。自分は本当はアユムという名前で、モモコと同じく人間からポケモンになった存在。そして、指摘された通り、パートナーポケモンは同じくクライシスに所属しているソナタ。

「どうして運命は、ボクを、モモコを、ソナタを選んだの?」

 足の裏の模様は、もはや自分達にかけられた呪いとさえ感じる。この姿になって、たくさんのものを背負って、多くのポケモン達を傷つけて。ただ、ドレンテはちゃんと自覚はしている。自分の意志でクライシスに加担していることに。
 もし、この意志を自ら蹴るようなことがあったら、守りたいものは全て海の泡沫となって、自分の手からこぼれてしまう。このままで自分はいいんだろうか。ドレンテは今まさに、自分のしてきたことにケリをつけなければいけない状況に立っていた。



「ありがとね、アリスちゃん。そろそろ学校の転校手続き、できそうなのかい?」
「……あとちょっと。3学期になるかならないかの時」

 1匹のポッチャマは静かに、しかし穏やかな口調で答える。星空町にあるガルーラおばちゃんのカフェで、お菓子を買うのが習慣になっているこのポッチャマ。アリスと呼ばれた彼女は、学校に通えない状況が続いている。それにはタイミングを計っているという事情があるのだが、さすがに10歳の誕生日を前にしている子どもが学校に行っていないのはマズい。あまりいい状況には置かれていないと自覚しているアリスだが、自分に良くしてくれるガルーラおばちゃんのことは嫌いにはなれなかった。
 闇の魔法使い達の手により、魂の輝きを失ったポケモン達がミュルミュールになっていく世の中。そうでなくても、音の大陸には日々を生きていく中で、もがき苦しんでいるポケモン達がたくさんいる。その中でも、誰かに優しさを与えようとするポケモンがいると、世の中もまだまだ捨てたものではないと思う。

「ポッチャマって、星空町じゃなかなか見かけないからねぇ。きっとビックリされると思うよ」
「……うん」

 ビターチョコをかじりながら、アリスはうなずく。チーゴの実の果汁が混ぜられたこのチョコレートが、アリスは好きだった。同じぐらいの歳の子なら、もう少し甘い方が好きなのかもしれないが、アリスにとってはこの苦さがちょうどよかった。



 サニーハーバーの港には、うっすらと氷が張っている。音の大陸、それも南東地域は極めて寒い場所ではないハズだが、海に氷が張るようになったことから、かなり冷え込んでいることが分かる。
 寒い日の朝の便を使うポケモンはなかなか珍しいのだが、今日に限っては1匹だけ客船から降りてきたポケモンがいた。尻に炎を灯している小柄なポケモンは、見たところではまだ学校に通うくらいの子どもだ。あんなに小さい子どもが、なぜ朝早くから音の大陸に。港で働くポケモン達も疑問に思い、ひそひそと話している。
 一方、音の大陸の地に足をつけたポケモン____こざるポケモンのヒコザルは、期待を胸に船乗り場を後にする。目指す先は、星空町のマジカルベース。

「いよいよ、魔法使いになるんだ」



* * *



 ポケモンだけが住む世界には、『魔法使い』と呼ばれるポケモンがいる。魔法使い達は『マジカルベース』と呼ばれる集団に属し、それぞれ町の平和を守るために活躍している。しかし、ひとくちに魔法使いといっても、その種類は様々だ。
 どのポケモン達も、『願いの力』から生まれる魔力を持っている。魔力を『シャムルスフェール』という宝石に具現化させ、魔力の源とするのが一般的な魔法使いだ。魔力は各々のウェポンや楽器に変えることができ、魔法使い達はこれを駆使して戦う。しかし、このシャムルスフェールを不要とする魔法使いも存在する。それが『純血』と呼ばれる魔法使いだ。魔法使い発祥の地である『マジーア』という島国の子孫にあたるポケモン達が、それに該当する。

「わぁっ! 新しいマントと三角帽子、いいじゃないの!」

 夜空のような青紫色のマントと同じ色の三角帽子を被り、1匹のフォッコが大はしゃぎしている。コノハという名がある彼女は、純血の魔法使いの父を持つ、いわゆるハーフだ。魔法のセンスはピカイチだが、お偉いさんの父を持つことで苦労も絶えない。
『音の大陸』にある『星空町』では聖なる夜の祭りが目前となったある日のこと。全国の魔法使い達に新しいマントと、一部のポケモンに三角帽子が配られることとなった。マントはケープのような形をしており、格調高い雰囲気がただよう。魔法使いといえばマント、という認識がこの世界のポケモン達に根付いているのだが、これまで三角帽子を身に着けることはなかった。三角帽子の登場により、さらに魔法使いらしさを強調したスタイルとなっている。

「魔法使い協会の公文によれば、少し早い聖なる夜のプレゼント、らしい」

 銀色のケープを身に着けたハクリューが、魔法使い達に説明する。彼女はマナーレといい、このマジカルベースのナンバー2的存在で、一番偉い魔法使いの側近だ。厳格な性格をしているが、誰よりも魔法使い達のことを我が子のように気にかけている。隣では、金色のマントを身に着けたブルンゲルが、陽だまりのように微笑みながらクリームパンを頬張っている。このブルンゲルこそがマジカルベースのマスター、モデラートだ。おおらかで優しい性格だが、その魔法の実力は本物だ。マナーレが口にした『魔法使い協会』ともかかわりがあり、その中でも発言力があるポジションにいるとか。
 それにしてもこの2匹、マントの形が変わったことによって、どこかの王族のようにも見える。威厳あふれるトップコンビは、町のポケモン達からも尊敬されている存在だ。

「魔法使いの正装には何度かリテイクが入っているようだが、今回追加された三角帽子は、大昔の魔法使いが使っていたものをリスペクトしたものらしい」

 しかし、魔法使いの中にも三角帽子が被れないポケモンが何匹かいる。この星空町で最年少の魔法使い、ハスボーのガッゾもその1匹だ。「いいな、いいな」とうらやましそうにぼやいているガッゾに、1匹のフラエッテが自分の帽子をガッゾの頭のハスに乗せてやる。このフラエッテはフローラといい、両親が死んでしまったことがキッカケでモデラートに引き取られた過去がある。ガッゾもまた、タマゴの状態でマジカルベースの前に捨てられていた。生まれてからの半分以上をマジカルベースで過ごしている2匹は、きょうだいのように仲がよかった。
 寡黙な雰囲気がある1匹のドリュウズも、どうにかして三角帽子を被れる手立てはないか頭をひねらせているが、ドリュウズの鋭利な頭では無理がある。ちょっとしょんぼりしたように、背中を丸めているドリュウズの肩を、「ドンマイ」と1匹のアバゴーラが叩いてやった。この2匹は、星空町の中で一番実力があると言われている魔法使いチーム『アース』。ドリュウズの名はクレイ、アバゴーラの名はトスト。正反対な性格の2匹だが、各地を飛び回ってはポケモン達を助ける姿は、他の魔法使い達の憧れでもある。
 いつもと変わらないハズの穏やかな朝礼の時間だが、1匹だけ上の空なポケモンがいる。

(あの時……)

 今年の夏の終わり、星空町の魔法使いになったハリマロンの少女だ。ここに来た時にモモコと名乗った彼女は、このマジカルベースでは一番の新米魔法使いだが、途方もない魔力を持つ。それゆえに、この世界で悪さをしている闇の魔法使いに身柄を狙われている立場にもあった。
 ついこの前、闇の魔法使いの1匹でもある、イーブイのドレンテと星空町を一緒に見て回った。その日、モモコは偶然にもドレンテの正体を突き止め、悲痛な叫びと共に拒絶された。あれからちょっと気を抜くたび、ドレンテのあの言葉が頭の中でリピートされる。切実さを訴えるような、彼の顔と共に。

__ごめん! それだけは、それだけは言わないでくれ!

 人間の時、かかわりがあった相手なだけにモモコも衝撃が大きい。ドレンテ__“アユムくん”は名前を偽ってまで、闇の魔法使いをやっている。ただ、モモコの記憶の中の“アユムくん”は、ポケモン達の心を利用するようなヒトではなかったハズだ。時々見られた「クライシスっぽくないドレンテ」は、ほんの少しだけ垣間見れた“アユムくん”なのだろう。

(まさか、ドレンテがアユムくんだなんて……。ソナタも、あんな高飛車なポケモンじゃなかった気がするんだけど、どうして?)

 ドレンテの仲間として暗躍している、サーナイトのソナタにしてもそうだ。すっかりモモコも見落としていたが、ソナタとも人間の時に一度会っている。ただ、ソナタに関しては名前こそ同じでも、その性格はモモコの知るソナタと180度違っていた。ソナタもワケがあって、クライシスをやっているのだろうとモモコは推測する。分からないことだらけだが、今このままドレンテを放っておけば、状況は悪くなりそうな気がする。これはモモコの直感に過ぎないが、そんな予感がした。

「モモコ?」

 不意に、1匹のケロマツがにゅっと顔をのぞき込んできた。唐突のことで驚いたモモコは変な声を上げる。

「う゛ぇえ!?」
「どうしたんだよ、ぼーっとして」
「あ、ううん! 何でもない!」

 目つきがちょっと悪いこのケロマツは、ミツキという名がある。モモコと同じ魔法使いチーム『カルテット』に所属している魔法使いだ。最初はものすごく仲が悪かった2匹だが、今ではパートナーのような存在だ。実際、モモコが困っていたり悩んでいたり、落ち込んでいるときには決まってミツキがいる気がする。偶然なのか、ミツキが気にかけてくれているのかは分からないが、モモコとしてはミツキの心遣いがありがたい。それと同時に、いつも迷惑をかけて申し訳ないという気持ちもモモコの中にはある。直近の出来事で言えば、自分の身の上話をした時のことだ。あの時にしても、ミツキはモモコの話を笑いもしなければ否定もしなかった。分かってもらえないと思っていた気持ちを受け止めてもらったとはいえ、いつまでもそれが続くとは限らない。
 もし、ドレンテのことを同じように相談したとして、分かってもらえるのだろうか。モモコが“アユムくん”を知っているとしても、今は魔法使いとドレンテは敵同士。そのうえ、ミツキ達からすればドレンテは、大事な友達を石に変えたヤツらの手先だ。その友達は今も元に戻っていない。とてもだが、分かってもらえるとはモモコは思えなかった。

「じゃあお前達。新しい正装に興奮が止まらないと思うが、かいさ__」



「たのもぉおおおおおおおおおおおぉッ!」



 マナーレの声に重なるように、威勢のいい声が響き渡った。声変わりしたての通るような男の子の声は、魔法使い達の鼓膜を突き破る。

「だ、誰!?」
「落ち着いてリリィ。相手は……あの様子だと、子どもみたいだね」

 ゴーリキーのリリィが怪訝な顔をしながら、ウェポンのハンマーを構える。警戒心が強くおどおどした性格の彼女は、内またにした足をぷるぷると小刻みに震えさせている。そんな様子のリリィを、彼女のチーム『キューティ』のリーダーを務めるニンフィアが「どうどう」と諫める。ニンフィアの名はフィルといい、普段はナルシストでキザな性格をしているが、魔法使いとしての自覚がとても強い。
 フィルが目を細める先には、小さなポケモンの影。その影はずんずんと魔法使い達に近づいてくるが、フィルの言う通り子どものように見える。ミツキやモモコと比べると、少しだけ幼いくらいのそのポケモンはヒコザル。見たところ、怪しいポケモンではなさそうだが、心なしか緊張しているようにも見える。強張った顔ににじんだ汗が、それを裏付けていた。

「あれ? あのヒコザル、どこかで……あっ!」

 ピカチュウのライヤが、何かを思い出したように声を上げる。彼もまたチームカルテットのメンバーの1匹であり、ミツキとコノハの幼なじみだ。ライヤはすぐさま、チームのメンバーの肩をつつく。

「ミツキ、モモコ、コノハ! 僕達が4匹一緒に初めて依頼行ったときのこと、覚えてますか? あの時のヒコザルですよ!」
「あ、ほんとだ! 通りで見たことあると思った!」

 モモコもすぐにピンときたようだ。ミツキとコノハも「あの時の」と口にしながら、ほぼ同じタイミングで思い出す。まだモモコがチームに仮加入していた時、初めて4匹で向かった依頼。向かった洞窟で助けたあのヒコザルだ。マジカルベースに戻って来て、色が変わる水晶をもらったのを、今でも覚えている。ヒコザルは急いでいたのか、あんまり長く話すことはできなかったが、チームカルテットにとって思い入れのある依頼だった。
 チームカルテットが思い出したことに気付くと、ヒコザルの顔が耳までかぁっと赤くなる。気持ちが高揚しているのは一目瞭然だが、感激のあまり「あ、あ」と口をぱくぱくさせている。

「ら、ら、ライヤさんッ! ライヤさんに覚えてもらってるなんて、オレ超感激ッス!」

 しゅぱん、とヒコザルはチームカルテットに食いつくように近づいた。その勢いの良さに、ライヤは慄いている。魔法使い達も、「またアクの強いポケモンが現れた」と、相手が子どもとはいえ戦々恐々としている。

「あの時は、水晶くれてありがとな。今でも机の上に飾ってるぜ」

 ミツキがそう言った途端。ヒコザルはタカが外れたようにだばぁ、っと涙をぼろぼろこぼす。何も泣かすようなことは言ってないハズなのに。

「ど、どうしたんだよ!?」
「ちょっとミツキー、泣かしちゃダメじゃないの」

 フローラがヤジを飛ばすようにおちょくっているが、ヒコザルはぶんぶんと頭を横に振る。どうやらこの涙は、悲しみや心が傷ついた時のものではないようだ。

「憧れの……憧れのミツキさんに……ありがとうって言われた……。オレ、オレ……嬉しすぎてはなびらのまいが踊れそうッス!」

 一斉に魔法使い達はどよめく。ちょっと前まで、マジカルベースの問題児と悪名高かったあのミツキに憧れるポケモンがいるなんて。いや、案外イマドキの男の子はちょっとワルいお兄さんに憧れるものなのか。それにしたってミツキに? 
 これにはミツキ自身も困惑している。ガッゾは別として、これまで自分達より年下の魔法使い志願者がいなかったこともある。そうだとしても、自分に憧れているポケモンが現れるなんて、生まれて初めての経験だ。嬉しさや照れくささよりも、驚きの気持ちの方が今は強い。

「えっ、ほのおタイプでも嬉しくなるとはなびらのまい踊れるの?」
「いやいや無理よ」
「モモコさんッ!」

 ヒコザルはコノハと話しているモモコの方を向くと、ずいっと顔を近づける。これ、もしかしてわたしも泣かせちゃうヤツじゃないか。その目の輝きと勢いに、モモコも圧倒されている。

「正式にチームカルテットに入ったって聞きました! おめでとうございますッ! あの時新米だったモモコさんが、今こうして活躍しているなんて……感慨深いッス!」

 ヒコザルはモモコの両手をがっしり掴む。その手はほのおタイプらしくぽかぽか温かったが、包み込めてしまうほど小さい。小柄なモモコがそう思えてしまうほどだから、このヒコザルも小柄な部類に入るのだろう。

「あ、ありがとう……」
「今のコノハさんとの掛け合い、ナイスでした! 初めてお見かけした時よりも、ずっと息が合っていました!」
「でも、どうしてわたし達の名前まで知ってるの? あの時、わたし達名乗ってすらなかったのに」
「オレ、もともと魔法使いになるために音の大陸に来たんです。で、オレを助けてくれたチームカルテットの皆さんのことを調べて、それで……」

 恥ずかしそうに、ヒコザルはもじもじしながら答える。

「じゃあ、チームカルテットのファンってことなのですか?」
「すげー! お前ら、ファンが付くほど有名な魔法使いじゃん!」

 双子チーム『ジェミニ』の2匹が目を丸くしている。丁寧な言葉が特徴的なマイナンのリオンと、その兄のシオンはチームカルテットと同い年だ。同期でもある仲間の大躍進は嬉しいものだ。

「はいっ! チームカルテットの皆さんはオレにとって、マジリスペクトの域ッス!」

 真っすぐ前を向いて、ヒコザルは堂々と答える。冷やかしでもドッキリでも、誰かのイタズラでもない。彼は本当に魔法使いに__チームカルテットに憧れているのだ。目の色から、その懸命な思いが伝わってくる。
 ここで魔法使い達を代表するように、モデラートがにこやかな微笑みを崩さず前に出る。魔法使い界の有名ポケモンを目の前に、ヒコザルの心がテンポアップするのがわかる。

「うんうん、4匹を追いかけてまた来てくれたんだね。ありがとう。魔法使いになるためにここに、って言っていたけど……」
「そ、そうなんです。オレ、魔法使いになりたいんです! この前洞窟で迷ったのも、もともとマジカルベースを探してたら迷子になって……」

 土地勘がないとはいえ、音の大陸は他の国と比べても不思議のダンジョンが少なく、比較的小さな大陸だ。子どもとはいえ、外国に無謀にも足を踏み入れ迷子になるあたり、このヒコザルには危なっかしさがあふれている。しかし、思い立ったらすぐ行動する意志の強さは、慎重派の魔法使いが多いマジカルベースには必要不可欠だ。何より、魔法使いになりたいと思って自ら志願してくるポケモンは珍しい。
 モデラートとマナーレは、ヒコザルの子どもを魔法使いにすることを前提で話をしてみることとした。

「危なっかしいところが気になるが、やる気は本物みたいだな」
「詳しい話を聞きたいから、これからボクの部屋に来てくれるかい?」
「は、はいっ!」
「どうせなら、チームカルテットも来るかい? もともと、キミ達を追いかけて来てくれたみたいだし」
「そうだな、今日は特に予定もねーし」

 頭の上で手を組みながら、ミツキが答える。同時に、ヒコザルの顔が一気にほころんだのがすぐに分かった。
 それにしても、このヒコザルはチームカルテットの何に惹かれたのだろう。町内の新聞ではおマヌケな姿を晒し、ランクも高いワケではない。ミツキは少し前まで問題児としてその悪名を星空町内にとどろかせていたし、ライヤは世にも珍しいのろまピカチュウ。モモコはしっかりしているようでどこか抜けており、コノハがエリートな親の七光りであることは、知るポケモンぞ知るところである。4匹を個々で見ても特記することといえば、コノハがエリート一家の末裔であることぐらいだろうか。

「そーだ。アンタの名前、聞いてないわね」

 コノハがぱっ、とヒコザルに向き直り、彼の名前を尋ねる。ヴィヴァーチェという表現をつけたくなるような明るい声で、ヒコザルは自分の名前を告げた。

「オレ、タクトっていいます!」



* * *



「……はぁ」
「……ふぅ」

 クライシスのアジトでは、ドレンテとソナタの溜息がデュエットしている。ドレンテはモモコに正体がバレたことで気が気でない。ソナタもソナタで、ドレンテが元気がないことに引っ張られるように、思い詰めた顔をすることが多くなった。胸の奥がキュゥ、っと音を立てて握りつぶされているような感覚。それがずっと続いているものだから、ソナタも滅入ってしまう。以前の休みの日のように、急に頭が痛くなることはあれからないが、また同じことがいつ起こるか分からない。

(妙だ。ドレンテもソナタも元気がない。何というかこう、空気が重い)

 2匹がそんなものだから、アリアドスのグラーヴェも調子が狂っている。社畜根性のグラーヴェは、誰よりも闇の魔法使いとしての仕事や使命に忠実だ。同時に、懸命に仕事を続ける中でドレンテやソナタに情が湧き、仲間意識のようなものが芽生えている。ずっと一緒に仕事をしてきたからこそ、同僚の心配はするものだ。
 しかし、クライシスの現状はそうも言ってられない。チームカルテットをはじめ、星空町の魔法使い達が力をつけ始めている。彼らもチームで活動しているが故に、ぶつかり合いながらも確実に絆を深めているのだ。その絆や魂のぶつかり合いが、魔法使いの成長を促している。

「ドレンテ、ソナタ」

 どこからともなく、少女の声が響き渡る。気だるそうなその声の主こそが、クライシスの女ボス・ユウリ。ミジュマルの姿をしているが、魔法使い達の前に姿を現すことは滅多にない。いつも大きなベッドの中におり、魔法の力で指示を送っている。

「あんた達、少し外で頭を冷やしてきなさい。ここのところ、仕事に対して不誠実よ。とても見ていられない」

 何も言えない。ユウリに核心を突かれて、ドレンテとソナタは絶句する。
 確かにドレンテもソナタも、ここのところ上の空な状態が続いている。仕事は最低限やるようにはしていたが、ユウリにも自分達の様子のおかしさが、分かるようになってしまった。ユウリに余裕がないのは分かっているが、今の自分達も気持ち的に万全とは言えない。不誠実という言葉は、特にドレンテの心にもやを広げた。好きでやってるワケじゃない仕事に、不誠実も何もあるもんか__さすがに口にすることはできないが。

「ヌホーッホッホッホ! お前達、ユウリ様に見限られちゃってるかもしれないもんねー!」

 ユウリとは別の、ねっとりした感じの声が聞こえてくる。ユウリのお世話係をしている、ミョーチキリンなカラマネロだ。ユウリは『ネロちゃん』と呼んでいるが、ドレンテ達はその名前で呼んだことはない。
「ちゃん」付けするようなかわいらしさのないネロちゃんが、自分達をバカにしているのは明らかだ。グラーヴェは耳障りだと、顔をしかめる。

「ネロちゃん、ちょっとうるさい」
「しょぼんぬ……」

 ユウリにぴしゃりと言い捨てられ、ネロちゃんの声のハリががくっと下がる。

「そこまで言うなら、分かりました。ユウリ様なりの気遣いとして、受け取っておくわ」



* * *



 モデラートの部屋は、一般的な魔法使いであればいつ来ても緊張してしまうものだ。1匹には正直広すぎるその部屋には、つやつやしたゴージャスな家具がきちんと並んでおり、自分達の姿が鏡のように映し出されている。モデラート用の大きな机の向こう側には、海と空が広がっているのがよく見える。さざ波の音がバックミュージックとなっており、このマジカルベースが町のはずれにあることを強調させている。

「ところで、お前は見たところチームカルテットよりも幼いが……歳はいくつだ?」
「次の誕生日で11歳になります。なんで今、学校の5年生の歳ッス!」
「そうなるとだな。未成年が魔法使いになるには、必ず親の承諾が必要になるんだ」

 マナーレから何気なく告げられた新事実に、モモコはバツが悪そうな顔をする。実はモモコは、本当は人間としてこの世に生まれてきた。理由は分からないが、なぜかハリマロンの姿になり、この星空町に飛ばされてきたという経緯がある。マジカルベースの中でこのことを知っているのはチームカルテットのメンバーと、非常勤医師として働くムウマージのディスペアだけ。そうした事情から、親の承諾も何も取らずに、成り行きで魔法使いになってしまったようなものだ。

「えっ、そうなの?」
「たぶん、モモコとかフローラみたいなのは、ちょっと特殊なケースなんじゃないかな。この世界に身内いないでしょ?」

 モモコはうなずく。

「俺もじいちゃんの件があったけど、父さん達の承諾は取ったな」
「アタシも」
「僕も両親に話してから、マジカルベースに入りました」

 ポケモンの世界のこうした手続きについて、モモコは未だに感覚がつかめていない。しかし、人間の世界と同じように、仕事に就くにもちゃんとした手続きがあることを、ここ最近覚えた。特に魔法使いの業界は、そのあたりがしっかりしているように感じる。魔法関係の法律や、お偉いさん達の集まり。下手をすれば歯止めが効かなくなったり、悪用されるような力だからこそ、取り締まりも厳しいのだろう。

「えっと……その。マナーレさん」

 タクトが恐々とマナーレの名を呼ぶ。何か言いづらそうなことがあるのだろうか、先ほどまでの威勢のよさが半減している。

「たぶん両親は連絡つかないと思うから、ここに連絡入れて欲しいです。両親の仕事関係の施設で、オレもお世話になってたとこなんで……」

 タクトはそう言いながら、懐から1枚のメモをマナーレに差し出した。マナーレは受け取ったメモを見て、思わず変な声が出そうになる。タクトとメモを交互に見つめながら、書いてある内容を何度も確認した。
どうかしたのだろうか、と気になったモデラートは、横からマナーレのメモをのぞき込む。

「……」

 物分かりのいいモデラートは、すぐに何かを感づく。意図的にタクトは、チームカルテットや他の魔法使いに身分を隠そうと思っているのだろうか。星空町の魔法使い達もまた、一般ポケモン達と同じようにそれぞれ抱えているものがあるポケモンが多い。このタクトも、その1匹になり得るのだろう。
 だからと言って、モデラートはタクトを魔法使いにしないかと言われるとそうではない。タクトが決めたことならば、その意思を受け止める方が、自分達大人のするべきことだと分かっているのだ。

「分かった。これからこの住所に手紙を書くね。タクトが魔法使いになりたいって」

 モデラートはマナーレからメモを受け取ると、裏返しにして机の上に置く。

「ちょっと時間はかかるけど、向こうに着くのは一番早くて2日後かな。それで連絡が来たら、改めて儀式をしよう。部屋も空きがあったハズだから、今日から使っていいよ」
「あ、ありがとうございます!」

 タクトの正式な魔法使いの儀式は、まだお預けになりそうだった。後ろではコノハが「なぁんだ」と気の抜けたような顔をしている。それと同時に、ふとマナーレが何かを思い出すようにチームカルテットに話を振った。

「そうだ。ついでと言ってはアレだが、チームカルテットに頼みがある」

 頼み? とチームカルテットは首をかしげる。

「今日から町に『魔法屋』がオープンすることになったんだ。その魔法屋で、『龍の涙』と『まじないの粉』を買ってきて欲しい」
「なんだよー、パシリかよ」

 ミツキが口をとがらせると、マナーレが諭すように返す。

「ポケ聞きが悪いぞ。モモコは魔法屋に行ったことがないだろうし、開店祝いのあいさつにもなるだろう」
「まぁ、そういうことなら」
「ついでにタクトも、チームカルテットについて行きなよ。星空町を見て回れる、いい機会になると思うし」
「は、はい!」

 モデラートの提案に、タクトは嬉しそうに目を輝かせて返事をする。
 少し時間はかかるようだが、彼がチームカルテットにとって初めての後輩だ。コノハは素直に嬉しそうな様子であり、ライヤもその気持ちに変わりはないが、他の魔法使いと同じ疑問を感じている。こんな真面目そうな子が、自分達のどこに惹かれたのだろうか。モモコは正直なところ、こんなに早く自分に後輩ができるとは思っておらず、自分の方が緊張をぬぐえないところだ。
 何より一番調子が狂っているのはミツキだ。こんなに自分を慕ってくるのには、何か理由があってのことだろう。しかし、それをハッキリ聞けるほど、ミツキのメンタルははがねタイプではない。
 様々な気持ちを抱えながら、チームカルテットはタクトを連れてモデラートの部屋を後にした。

花鳥風月 ( 2019/07/08(月) 11:50 )