ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜 - 第2楽章 星空と魔法の町−Pot pourri−
041 帰りたいって思える場所に

「こ、ここってもしかして……」

 辺りが街灯やイルミネーションで、小さな宝石箱のようになった頃。 チームカルテットがチームアースに連れて来られたのは、一件の小さな店だった。 レンガ造りのこの店、入り口前にはオススメのメニューが書かれている小さな黒板が置かれており、オシャレな雰囲気を醸し出している。 中に入ると、ほんのりとオレンジ色の灯りが広がっており、奥の方では1匹のトゲチックがピアノを弾いていた。 顔はよく見えないが、タマゴを割ったような形の頭がトレードマークの白い身体は間違いないだろう。 静かにピアノで奏でられるジャズソングと、お酒と甘い焼き菓子が混じったようなニオイが、大人っぽい空間を演出している。 チームカルテットは誰も、こんな感じのお店に入ったことがないからか、緊張とトキメキのダブルで息を呑んでいる。 

「オシャレな居酒屋ね!」

 コノハだけはあっけらかんとした様子だったのだが。

「バーだよ、バー! お酒シャカシャカするあのバーだよ!」
「やっぱ大人はここだろ。 オレ達の行きつけの店なんだよ」
「いやいや、俺達まだ未成年だから」

 何食わぬ顔でカウンター席に着くチームアースだが、ミツキは心配そうに辺りを見回している。 未成年の魔法使いが飲酒なんてすれば、不祥事なんてレベルではすまないだろう。

「ソフドリもある、安心しろ。 ここは昼間はカフェもやっているから、甘味もある」

 そのミツキの心配は、クレイの一言によって一瞬にして吹き飛んだ。

「マジか?」
「お前達は今日1日、オレ達の仕事に付き合ってくれたからな。 おごってやるぜ」
「えぇえ!? 悪いですよ!」

 ライヤはとんでもない、と目を白黒させる。 ミツキとモモコも「えっ」と声を上げているが、トストは気にすんな、とニカッと歯を見せて応える。

「後輩におごって、先輩は先輩ヅラできるんだよ」
「じゃあじゃあ、アタシはショートケーキ! モモンジュースにする!」

 こういう局面でもコノハは先陣を切る。 お姉ちゃん子だったこともあってか、年上に甘えるのはチームの中では一番上手いのかもしれない。 それと同時に、せっかくのチームアースのご厚意に応えるのも、マナーのひとつだというのがコノハの持論だった。 ここでご厚意を蹴れば、逆に失礼になると思った。
ミツキも迷いを見せながらも、メニューに記されている文字を指さす。

「ホットケーキとココア」
「じゃ、じゃあ……僕はこのガトーショコラとレモンティーにします」

 ライヤもミツキにならい、メニューの中からケーキとドリンクを選ぶ。

「モモコはどうする?」
「えぇと……」

 この店のメニューは、ケーキだけでもかなりの数がある。 フルーツタルトにチーズケーキ、クリームブリュレなんていうオシャレなスイーツも用意されていた。 どれにしようか迷っているモモコに、カウンター越しから1匹のポケモンが声をかける。 ワイングラスを布巾で磨きながらこちらを見つめているポケモンは、れっかポケモンのファイアロー。 彼がこのバーのマスターなのだろう。

「ウチのオススメはシフォンケーキ。 水の大陸で作られた、いい品種の小麦粉を使っているんですよ」
「じゃあ、それで! 飲み物はあったかいミルクティーで」 
「マスター。 俺達はいつもので」

 クレイが慣れたようにマスターに注文する。 特に深い意味はないが、いつか自分達も『いつもの』って言い回しをしてみたいかも。 ミツキは大人達のやり取りを見て、密かな憧れを抱いていた。

「承知しました」



* * *



 程なくして、カウンターからそれぞれ注文したケーキや飲み物が出される。 なかでもひと際香りが目立つのは、ミツキが頼んだホットケーキの上に乗っているバターだった。 まろやかな香りが、チームカルテット達の席周りに広がっている。 チームアースの2匹が頼んだ『いつもの』はもちろんお酒。 それも目を刺激してしまうほど強い赤をしたワイン。 同じテーブルに並んだワイングラスとごく一般的な形をしたグラスが、大人と子どもの差を強く感じさせる。 
 ここで本題。 チームカルテットとチームアース、本日の大反省会が始まる。

「すまねぇな、今日は辛い思いさせちまって」
「そんな! 頼み込んだのは僕達ですし、僕に至っては……その……」

 お化けを怖がり、ロクにオーロットと戦えなかったライヤは、自分の不甲斐なさにしゅんと長い耳を垂らす。

「お前達ぐらいの歳の魔法使いなら、あれぐらいだろう」

 逆にクレイは、おそらくトストもチームカルテットの実力については予想通りだったのだろう。 厳しく叱責することもなければ、不自然に慰めることもしなかった。

「それにお前ら、今まであんなクレーム来たことなかっただろ?」

 トストの問いに、チームカルテットはうなずく。

「ベテランになれば、ああいうのもよくあるの?」
「ベテランでもルーキーでも、言ってくるヤツは言ってくるさ」

 ボトルのワインをグラスに注ぐ音が、かすかに聞こえる。 赤いワインが注がれたグラスに、トストの神妙な顔が映し出されていた。

「お客さんは神様、って言葉あるだろ? 魔法使いも同じだよ。 自分が神様だと思っている依頼主も、けっこう多いんだ」
「トストとクレイは、そう思ってるってワケ?」

 ちゅごごごご、と勢いのある音を立てながら、モモンジュースをストローですすり終えたコノハが問う。

「半々だな。 割り切りをつけるところはつけている。 それができないヤツらが多いから、魔法使いの数が減っているんだ」
「オレ達が向き合ってるのは、ポケモンの心とか宝物。 大ゲサかもしれねぇけど、生命もかけてるんだよな」

 生命という言葉に、チームカルテットはドキリとする。 豪快な性格のトストから、デリケートな言葉が出てくるとは思ってもいなかったのだろう。 しかし、一方でトストはストレートな物言いは得意ではない。 彼の言いたいことを補強するように、クレイが続けた。

「ポケモンのスピリットは、つまりポケモンの魂そのものなのは、お前達も分かっているだろう」

 クレイの言葉に、コノハははっとしたように目を見開く。 その顔つきは、強張っているものとは少し違うが、まるで迷いや不安を現しているようにも見え、張り詰めたものとは少し違う緊張感を放っていた。 大学教授の父を持つコノハは、クレイが何を言いたいのかすぐに汲み取ったのだろう。

「ポケモンがミュルミュールになる時、その魂が一時的に抜き取られてるワケだから____」
「あっ」

 モモコもまた、それを理解したように声を落とす。 落とした声を拾うように、クレイは補足した。

「ポケモンは、ミュルミュールになっている間は仮死状態になっている、ということだ」

 いつも仕事でミュルミュールを浄化しているからこそ、薄れがちな自覚。 クライシス達闇の魔法使いは、ポケモン達の魂を抜き取って怪物にしている。 その時、魂を抜き取られたポケモンは一時的ではあるが、ただの抜け殻になっているのだ。 完全に死んでいるというワケではないことから、死にかけているという言い方が一番近いのだろう。
ミツキもライヤも、一度ミュルミュールにされている。 すなわち、一度死にかけた。 仲間達が助けてくれたからよかったものの、もし、この世界に魔法使いがいなかったらどうなっていただろうか。 ライヤはグラスを静かにテーブルに置き、うなだれている。

「もし、もしもだけどさ。 ミュルミュールをほったらかしにしたら、元のポケモンってどうなるんだ?」

 震える声で、ミツキはチームアースの2匹に問う。 2匹もまた、そうした局面に出くわしていないのか頭をひねらせながら答えた。

「分かんねぇな、オレ達もその事例を目の当たりにしたことはないから。 でも……」
「ニナに教えられた話によれば、暴走の限りを尽くして、やがて魂としての役目を終える。 つまりは……完全な『死』を迎えることになるだろう」

 ピタリと、ピアノの音が止んだ。 チームカルテットの世界が、停止したのを告げるように。
 つまりは自分達は、死にかけのポケモン達を命がけで戦って守ろうとしている。 そのうえ、ポケモン達の心は複雑であり、ミュルミュールにされているポケモンは増えつつある。 自分達の仕事の真の姿を、直球に突き付けられたチームカルテットは不安になる。 おそらくニナでさえ、耐えられなくなって辞めてしまったこの仕事。 自分達のような子どもが、そんな重い仕事を担ってしまってよかったのだろうか。

「怖い話して悪かったな」

 トストは少し申し訳なさそうに、へへっと笑いかけると言葉をさらに続けた。 彼の声掛けで、チームカルテットは我に返る。 ジャズピアノの音色も、気が付けば再びイケてるメロディを奏でていた。

「けどよ、オレ達がこういう話をお前らにするってのはさ。 お前らにも魔法使い辞めて欲しくないからなんだよ」
「全てのマジカルベースが、住み込みを強制しているワケではではない。 だが、ここの魔法使い達は働きながら、ひとつ屋根の下で暮らしている」
「オレ達はな、ここがある意味『家族』みたいなモンだと思ってるワケよ」

 家族。 トストが語るその3文字は、チームカルテットの、特にモモコの胸をトクンとはっきりと、しかし優しく打つ。

「お前達が魔法使いになる前にも、多くの魔法使いが去っていった。 それでもフィルやリリィのように残り続けるヤツもいれば、マスターがガッゾやフローラを引き取って、そのまま魔法使いにした」
「お前らも含めて、今残ってるメンツもいろいろ抱えてるヤツばっかだし、仕事もしんどい。 でも、せめて魔法使い同士で過ごしてる間は、安らげるような……帰りたいって思える場所に、マジカルベースがなればなって。 オレはそう思うんだ」

 静かに語るトストの声や、少し切なそうな表情には切実さが強く表れていた。 ミツキやライヤ、コノハにとってもマジカルベースは3年近く住み続けているもうひとつの家だ。 モデラートやマナーレといった大人への疑心はあるが、トストとクレイのように少しでも魔法使い同士のいい関係を望んでいる大人もいる。 チームの問題は、チームの中で解決する風潮があり、その空気は見直すべき。 以前マナーレが言っていたが、少しずつマジカルベースは変わりつつある。 チームアースの2匹は、その理由にある憶測を立てていた。

「たぶんだけど、お前らが風穴を開けてくれたんじゃねーか?」
「いやそんな! 僕達は何もしてないですよ」
「シオンとリオンのケンカ、お前達も関わったってマナーレから聞いている」

 クレイがカランコロン、とグラスの氷で音を立てる。

「それだけじゃない。 フローラが墓参りから帰ってきたとき、見たこともないくらい晴れやかな顔をしていた。 フィルが言うには、モモコの神対応だと言っていたが」
「う゛ぇえ!?」

 飲んでいたミルクティーを吹き出しそうな顔をして、モモコはぎょっとする。 さっきのライヤではないが、自分は特別何かしたというワケではないのに。

「お前らが何もしてないって思っててもよ。 チームキューティもチームジェミニも、お前らが関わったことで影響を受けてるんだろ? お前らなら、オレ達のマネなんかしなくても、すげー魔法使いになれると思うぜ?」 

 今はバカにされたり、おマヌケな魔法使いのレッテルを貼られていても。 いつかはチームアースのような魔法使いになれるのかもしれない。 トスト直々に言われたことで、チームカルテットは自分達の可能性に希望を見出していた。
 ところがその時。
 外から何かが壊されたような、鈍い音が聞こえてくる。 町のポケモン達のものと思われる悲鳴が、かなりのボリュームで覆いかぶさっていた。 さらにオブリガートのごとく追いかけてくる声は、耳をつんざくような高い声。

『ミュルミュール!』

 それがミュルミュールのものだと分かったチームカルテットとチームアースは、ガタッと席を立つ。 行かなきゃ。 町のポケモンも、ミュルミュールにされたポケモンを助けるために。

「マスター、すまねぇ! 緊急事態だからツケといてくれ!」
「チームアースはお得意様ですからね。 いつでもいいですよ」



* * *



 店の周りでは案の定、ミュルミュールが暴れまわっており町中がパニックになっていた。 今日のミュルミュールは、酒のボトルの形をしており、頭から酒を噴水のように撒き散らしている。 ポケモン達はあの酒にかからないようにと、各々の家の中へと避難していた。 ミュルミュールを従えているのはドレンテ。 ドレンテは久しぶりにモモコの姿を見れたのか、とても嬉しそうに口元を緩めていた。

「やぁ、モモコ。 久しぶりだね。 とても会いたかったよ」
「この状況でそれが言えるの、ある意味すごいよ」

 今はドレンテの口説きに付き合っている場合ではない。 こうしている間にも、星空町がミュルミュールによって水浸しあらぬ酒浸しになってしまう。

「あのミュルミュール、酒を撒き散らしてくる」
「ここは大人のオレ達に任せてくれ! チームカルテットは、町のポケモン達が無事に逃げてるか確認してくれ!」
「わ、分かった!」
「そうね、チームアースなら大丈夫よね!」

 一応未成年のチームカルテットが、酒による攻撃を食らってしまってはいろいろとよろしくない。 チームカルテットも、ここはチームアースに任せて、町のポケモン達の安全確認に当たろうとした。 しかし、ドレンテはそれを許さない。 ミュルミュールに顎で合図を送り、チームカルテット達の前に立ちはだかる。

「そうはいかないよ!」

 ミュルミュールが頭から放ったのは、噴水のような酒とは違うものだった。 暗黒魔法の力を感じる、大きな酒の塊であり、例えるなら『酒版みずのはどう』のようなものだった。 酒版みずのはどうが定めたターゲットはモモコ。 ドレンテの思惑が絡んでいるところがあるのだろうか。 酒版みずのはどうは、ものすごいスピードでモモコめがけて放たれる。 そこをすかさずクレイがかばったのだが、代わりにクレイが酒版みずのはどうを全身に浴びてしまう。 

「ぐはっ!」
「クレイ! 大丈夫か!?」

 地面に倒れこんだクレイだが、返事はない。 酒版みずのはどうの威力は凄まじく、辺りが強いアルコールのニオイで充満している。 こんな酒を飲んでしまえば、よっぽど酒に強くなければ一発で酔っ払ってしまうだろう。 トストがそんなことを考えていると、ようやくクレイが顔を上げた。

「うぃーっ、ひっく。 もっとワイン持ってこぉい!」

 トストはまずい、と顔をゆがめる。 よりにもよって戦いの最中に飲んだくれたクレイ____いわゆる飲んだクレイモードに入ってしまうとは。 クールで無表情な普段のクレイとは打って変わって、真っ赤な顔でヘラヘラしながらだらしない声を張り上げる。 変貌ぶりには慣れているハズだったが、いくらなんでも戦いで酔っ払うことはなかった。 ここはチームカルテットにも協力を仰ぐしかない、酒が被らないように配慮はしよう。 トストが考えている間にも、クレイは居酒屋のノリで支離滅裂なことを言っている。

「焼酎でもいいぞ、サワーでもどぉんとこぉい! カレーも飲み物だぞぉ!」
「へぇー。 ボク、子どもだからお酒とかよく分かんないけど、魔法だから酔いやすいのかな?」

 ドレンテまでもが、自分の生み出したミュルミュールの力におのれおおのいている。

「やっべ、かなり度数高いアルコールみてぇだな……。 オレも酔いそ____」
「ちょっとミツキ! 起きなさいよ!」

 トストも酔いに身を委ねそうになるが、コノハのハリがあるソプラノボイスで我に返る。 コノハの方に目をやると、崩れるように倒れているミツキを引っ張るコノハの姿があった。 ミツキはというと、真っ赤にした顔をコノハを見上げるように持ち上げながら、うだうだと文句を垂れ流している。 明らかに酔いつぶれて倒れている以外の何でもないことは、コノハにも分かる。 これはトストも予想外だったようで、言葉を失っている。 
そうこうしている間にも、ミュルミュールは大きな拳をトストに振り下ろす。 だが、すぐに攻撃の気配を感じたトストは、ウェポンのピストルを構え、水の銃弾を連射する。 おかげでミュルミュールの拳の動きは鈍り、攻撃を受けずに済んだ。

「あー? うるせぇぞコノハ……寝かせろよ……」

 一方、眠たそうな声をこぼすミツキを見て、コノハは自分の方が情けなく感じる。 だが、コノハの心労はこれだけでは終わらなかった。

「コノハぁ!」

 コノハの背後から、やたら威勢のいいライヤの声が聞こえてくる。 ライヤに助けを求めれば大丈夫だろう。 コノハはそう思っていたが、それはライヤの姿を見るまでだった。 思えば、声からして様子がおかしい時点で察するべきだったのかもしれない。

「ら、ライヤ! ミツキを起こすの手伝って!」
「なぁに怖い顔してんだよぉ? 盛り上がっていこうぜぇ! フィーバーナイトはこれからだ!」

 ライヤの目はうつろになっていた。 ミツキほど顔が真っ赤になっているワケではないが、明らかにいつものライヤとは違う。 目は光を失っているにも関わらず、やたらとテンションだけはハイになっていた。 いつもの敬語口調ですらなく、酒がポケモンを変えてしまうことの恐ろしさを改めて痛感する。 豹変するのは、クレイだけじゃなかったのか。

「アンタまで酔っ払ってんの!? お酒飲んだワケじゃないのに!?」
「たぶんニオイだ! ミツキもライヤも、アルコールのニオイで酔っ払っちまったんだ!」

 ミュルミュールの相手をしながら、トストが説明する。 酒が撒かれるだけで被害を被るなんて、恐ろしい力。 コノハはますます頭を抱える。

「そんなのアリぃ?」

 そんな時、自分に手を差し伸べてくれるような天使の声が前から聞こえてくる。 

「どーしたの、コノハ?」

 そうだ。 まだモモコがいた。 まともにこちらに会話を振ってくるということは、もしかしたら酒の影響を受けていないのかもしれない。 コノハはすがるような思いで、ばっと顔を上げた。 目の前に映し出されるものが、絶望のどん底を現しているとは知らずに。

「モモコ! アンタは無事なのね!」

 目の前に立っていたモモコは、明らかに千鳥足だった。 案の定、顔は赤く染まっており、目はとろんとしている。 アンタもクロだったか。 日中とは状況が違えども、チームカルテットはまたもコノハ以外全滅状態になってしまった。 

(全然無事じゃなあぁああい!)

 コノハが心の中で絶叫しているのもお構いなしに、モモコはフラフラしたまま言葉を続ける。

「ねぇ、コノハぁ。 なんかね、頭がぼーっとして、誰かに寄りかかってたいんだ」

 まさか。 コノハが何が起こるか察知したのと同時に、モモコが倒れるようにコノハに抱きついた。 コノハはフォッコ特有の、もふもふした毛並みを持っている。 また、ほのおタイプ特有のあったかさが、モモコにとってちょうどよかったのだろう。 モモコはコノハの抱き心地がクセになったのか、離れようとはしない。 それどころか、このままコノハの中で眠ってしまうんじゃないかと思うほどだった。

「しばらく、こうしてていいかな……?」
「ちょっと!? 酔っ払ったらハグ魔になるの!?」

 たぶん、これが状況が戦いでなければコノハもノリノリだったのかもしれない。 正直、甘え下手なモモコがこうして寄りかかってくることはまんざらではないが、今はそれどころではない。 しかも、ミュルミュールを従えているドレンテがコノハに嫉妬の念を送っているではないか。 ツッコミどころが多すぎるこの状況に、コノハはどこからツッコんでいいのか分からなくなってきていた。

「ボクにはめちゃくちゃ嫌がってたのに、コノハにならいいんだ……」
「アンタもこんな時に逆恨みしないでよ!」

 ミツキは熟睡、ライヤはキャラ崩壊。 モモコはハグ魔と化し自分から離れない。 クレイは飲んだクレイ。 まともに戦えるのはトストだけ。 こんな状況で、自分達は魔法使いだと胸を張って言えるのだろうか。 2匹しかいないチームアースはともかく、自分達のチームは4分の3が壊滅状態にある。 せっかくトストから激励の言葉を受け取ったばかりなのに、コノハは情けなさでいっぱいになった。  

「やっぱりアタシ達、ゴールドランクの魔法使いと同じラインには立てないのかしら……」

 小さなつぶやきだったが、トストはコノハの言葉を逃さなかった。 水の銃弾をひとしきりミュルミュールにぶつけ、しゅたっ、とコノハの前に着地すると、横目で彼女に訴えた。

「コノハ、確かにオレ達はゴールドランクだ。 でも、オレ達もただのポケモンだから弱みぐらいある」

 クレイの姿を見れば一目瞭然だ。 いくらゴールドランクでも、自分達と、魔法使い以外のポケモン達と同じだ。 トストもクレイも、10年以上のキャリアがあるベテランだが、特別な存在ではない。 たぶん自分達は、無意識に2匹を特別な存在だと思い込んでいたところもあったのかもしれない。 それは違うと、1日かけてトストもクレイも教えてくれたのだろう。

「だからこそ! 仲間がやべー時は、補い合うんだよ!」

 再びトストは、ミュルミュールに向かって走っていく。 クレイの分まで自分が補う、その気持ちを胸に。
 トストの姿を見たコノハは、そういうことだったのかとようやく理解した。 強いチームになるためには、まずお互いを信頼し、助け合うことを胸に留めておくこと。 当たり前のことをしていたハズなのに、周りの声に一喜一憂していた。 信頼関係に関しては、チームカルテットは今の体制になった当初と比べて格段に強くなっている。 だが、きっとまだまだ自分達は強くなれるハズだ。 今は強くなる途中であり、きっとチームアースも自分達と同じ道をたどってきた。 それに気づいたコノハは何となく肩の荷が下りたような気がした。 

「もう、ウチのチームはみんなお酒に弱いだなんてね。 ま、そこをフォローするからチームなんだろうけど」

 コノハは右前足でハートのステッキを持つと、炎攻撃でミュルミュールの足元を攻撃する。 思うように動けなくとも、後方からのサポートはできる。 遠距離攻撃に特化したコノハは、後方からのサポートとも相性がよかった。 見事にミュルミュールの体勢は崩れ、浄化をするに大きなチャンスとなる。

「トスト! 足元崩したわよ!」
「サンキュ、コノハ!」

 トストはすぐにピストルから自分の専用楽器であるホルンに持ち替える。 口元にマウスピースを当て大きくブレスを吸い、トストの浄化が始まる。

「心の支えになるぜ! 『力のバルカローラ』!」

 トストの奏でる音色に、コノハは全身が痺れるような感覚になった。 クレイとのデュエットは何回か見たことがあっても、トストの単独浄化はなかなか見たことがなかったのだ。 世界一難しい金管楽器と言われているホルンから鳴り響く、のびやかな音色。 それでいて、真っすぐ水のように透き通っているハズなのに、深海のように深みがある。 ミュルミュールを包み込んでいる光る水流も、まるで本物の海を見ているかのようだった。 ボトルミュルミュールは、穏やかな断末魔を上げると元のスピリットへと姿を戻す。

『ハピュピュール〜』

 敗北を喫したドレンテは、軽く舌打ちをした。 グラーヴェが暇を取るほどのヘマをし、ソナタもポケモンのミュルミュール化まで至らなかったと聞いている。 これだけ失敗続きがあれば、上から何を言われるか想像に難くない。 しかも、タイミングもタイミングであり、自分にシワ寄せが来ることも覚悟しなくてはいけない。 そう思うと、ドレンテは憂鬱な気分になった。

「ユウリ様やイカの機嫌を損ねそうだ……。 でも」

 ドレンテは、コノハにぴっとりくっついたまま寝息を立てているモモコに目をやる。 あの様子からするに、特に変わったこともなさそうで、ドレンテとしても安心した。 それに、ここ最近仕事でモモコに会うこともなかったため、今日はモモコに会えただけで満足だったというのが正直な気持ちだ。

「モモコを一目見ることができたし、別にいいか」

 それだけつぶやくと、ドレンテは星空町を後にした。



* * *



「『チームカルテット、酒のニオイで酔っ払う! 星空町の某所で、酒型ミュルミュールと戦ったチームカルテットだが、そのアルコールの香りに耐えきれず、4匹中3匹が酔っ払う事態に……』ですって」

 戦いから一夜明け、昨晩と同じバーの席の一角でチームカルテットはまたも新聞を見ては絶句している。 特に酔っ払ってしまったミツキ、モモコ、ライヤは変わり果てた自分達の姿に青ざめていた。 3匹とも、酔いがかなり強かったようで昨晩のことをよく覚えていないのだ。 おまけに二日酔いにも見舞われており、頭がガンガンする。

「つらい」
「心が痛い」
「穴があったら入りたいです」

 ただでさえ痛い頭が、さらに痛くなってくる。 3匹ははぁ、と溜息のトリオを奏でる他ならなかった。 戦いを乗り切ったコノハからすれば、彼女の方がもっと大きな溜息を吐きたかったのだが。
そんなチームカルテットにさらに追い打ちをかけるように、背後から例のごとく、あの声が聞こえてくる。 恨めしそうにチームカルテットが振り向くと、やはりと言うべきかチームドルチェのメンバーがそこにいた。

「オーッホッホッホ! またもおマヌケな姿を晒しているのですわ!」
「今回は相手が悪かったんだよ!」

 小バカにするような視線をチームカルテットに送るミチル。 これももはやお約束と言うべきか、ミツキがつかみかかろうと身を乗り出す。 しかし、二日酔いのせいかその動きにはキレがなかった。 モモコとライヤも、今日ばかりはミツキを制止させる元気が残っておらず、テーブルに突っ伏していた。
明らかに劣勢のチームカルテットと、彼らにケンカを吹っかけてきたチームドルチェの間に、1匹のポケモンが割って入る。 ほうきの訓練所で訓練士をしている、魔法使いのストゥッツだった。

「まぁまぁまぁ、小さな魔法使いさん達。 酒気帯びでほうき乗ったら、犯罪になるから気をつけろよ」
「違うんだよ、ストゥッツさん。 俺達、酒飲んでるワケじゃなくて……」

 分かってる分かってる、とストゥッツはミツキの背中をぽんぽんと叩く。

「ま、大人になったらチームアースも交えて一杯飲もうな。 あと7年だけどな!」
「お酒じゃなくても、いつでもお茶しに来て下さいね」

 バーのマスターも、ストゥッツに続いて優しい言葉をかけてくれた。 優しさがあまりにも胸に沁みたものだから、チームカルテットはストゥッツとマスターにすがりつく。 テンは4匹の年相応の子どもっぽい姿にケラケラと笑い、セナも「仕方ない方達ですね」と鼻で笑う。 しかし、ミチルが感じていたものは、取り巻き2匹のような感情とは違うものだった。
おマヌケで頼りないチームカルテットだが、目の前のものに一生懸命に食らいつく姿は本物だ。 ミチルも彼らの姿を見て、感化された魔法使いの1匹だ。
それに、チームカルテットは完璧でない分、他のポケモン達からすれば親近感がある。 完璧に仕事をこなすような、イケてる魔法使いには程遠いが、愛されるオーラや気にかけてもらえるような魅力があることも間違いない。 

「あぁいう親しみやすい魔法使いも、悪くないものですわね」

 ミチルは少しだけ、そんなチームカルテットを羨ましく感じたのだった。



* * *



 ところ変わって、とある小さな島国。 音符の形をしたその国は『マジーア』と呼ばれている。 魔法使い発祥の地と呼ばれているこの国は、魔法使い協会やそれに準ずる組織の施設が数多く設置されている。 魔法使い協会本部の敷地内に用意された、魔法研究棟では、2匹のねがいごとポケモン・ジラーチがこの研究棟に箱詰めになっていた。 よほど重要な研究をしているのか、棟の扉は厳重に鍵をかけている。
 部屋の中央部には、大きな魔法陣がいくつも描かれている。 失敗を繰り返しているのか、魔法陣にはバツ印が上から重ねられているものもあった。 魔法陣の中心部に置かれているのは、魔法使いのマントを羽織った1匹のデデンネ。 しかしこのデデンネ、石化しておりぴくりとも動かない。

「まだか、ステラ?」

 ジラーチのうちの1匹は眼鏡をかけている。 眼鏡をかけていないジラーチをステラと呼び、分厚い魔法書のようなものをパラパラとめくりながら彼に呼び掛けた。 ステラは眼鏡ジラーチに向き直り、申し訳なさそうに答える。 ステラの胸には、黄金の丸いバッジがつけられており、彼が調査団の一員であることが一目で分かる。 逆を言えば、彼は魔法使いではない。

「うーん、ごめんねメテオ。 いくら天才のボクでも、魔法使いじゃないとやっぱり厳しいみたいだよ」
「となれば、やはり彼らの『覚醒』が必要不可欠というワケか」

 メテオと呼ばれた眼鏡ジラーチは、ずれ落ちてくる眼鏡をくいと指で持ち上げる。

「でも、星空町のマスターさんは自然な『覚醒』を待ってるんだよね?」
「あぁ。 ただ、このままのんびり待っていても、世界の危機が迫るばかりだ」

 メテオとステラの間には、緊迫した空気が流れる。 このデデンネ、ユズネという名前がついているのだが、1年前にミュルミュールの攻撃で石化してしまった。 ユズネを元に戻すための研究を、星空町のモデラートから委託され、あらゆる魔法をこなしてきた。 しかし、依然としてユズネは元に戻らないままだ。 しかもこのユズネ、まだ10代前半の子どもだと聞いている。 彼の家族や友達は、どんな思いをしているのだろうか。

「そうなればこの彼が元に戻る前に、世界が滅びるだろう。 世界が滅ぶのが先か、彼の生命の輝きが失われるのが先か____」


花鳥風月 ( 2019/06/09(日) 16:56 )