ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜 - 第2楽章 星空と魔法の町−Pot pourri−
040 だが、俺達も神様ではない

「はぇー、チームアースってすごいなぁ」

 星空町のパトロールをしながら、チームカルテットは新聞に目を通す。 人間のいる世界では、歩き読みなんてとんでもないと思われるが、ここはポケモンの世界。 小さいポケモンから大きいポケモンまで歩きやすくするために、道が広めに作られている。 新聞を読みながら歩くぐらいなら、保安官に職務質問されることもない。

「お酒ばっかり飲んでるかと思うけど、さすがゴールドランクって感じよね」

 今日の朝刊の見出しは、チームアースの活躍の記事。 荒野地帯に迷い込んだ子どもポケモンを、無事に助け出したことがニュースになっていた。 他にも、ミュルミュール化したポケモンを助けるために、水の大陸や霧の大陸といった外国にまで出向いた時の記事もある。 チームの名前通り、世界中を駆け回っていると言っても言い過ぎではない。
他の大陸では魔法使いの文化が進んでいないため、音の大陸から凄腕の魔法使いが派遣されることがある。 チームアースもそのうちの1チームだ。
 チームアースの活躍に関心しているチームカルテットだが、ライヤが怪訝な顔をして辺りを見回す。

「それはそうと、何か今日はやけに視線を感じる気がするんですが……」

 ライヤ以外の3匹も、すぐに周りの視線に気づいた。 町を歩くたびに、ポケモン達が自分達の方を見てひそひそと話をしている。 あまりにも小さな声で、話の内容までは拾いきれなかったが、くすくす笑っているような声も聞こえている。
送られている視線は、決していい気分のものとは言えず、まるで小ばかにしたようなものとも受け取れる。

「ねぇ、あの子達……」
「くすくす……」

 特に一度、問題児として白い目で見られていたミツキはそれが面白くなかった。

「俺達、何かやったか?」
「あっ! もしかしてお姉ちゃんの護衛やったから!? それでアタシ達にも注目が集まってるのかも!」
「なるほど!」

 つくづくコノハはポジティブな魔法使いだ。 特に、モミジとの一件があってからさらに明るくなったようにミツキは感じる。 それだけではなく、チームカルテットが今の体制になってから3ヶ月が経った。 長い時間を共にすることで、信頼関係も築かれ、できるようになったことが増えてきたのだ。 
 ミツキがそんなことをしみじみ思い返していると、背後から高飛車な笑い声が聞こえてくる。 

「オーッホッホッホ! おマヌケな魔法使いさん達、ごきげんよう」
「ミチル! 何だか久しぶりだね」

 サニーハーバーのマジカルベースに所属する魔法使いチーム『ドルチェ』のミチルとその取り巻きのセナとテン。 いわゆるチームカルテットのライバル的存在でもある魔法使いだ。 いちいち言葉にトゲがあるのが特徴で、一度ポケモンのミュルミュール化につながってしまったこともある。 しかし、その実力は本物であり、チームカルテットもそれは認めていた。

「誰がおマヌケな魔法使いだって?」

 ただ、おマヌケという言葉をミツキは聞き逃していなかった。 威圧的になったミツキを見て、セナはまさか、と言わんばかりに目を丸くする。

「もしかして皆さん、今日の朝刊をご覧になられていないのですか?」
「お前達の写真が、新聞に載ってるッス!」
「キャーッ! えっ、どこよ?」
「ここですね。 この番組表の裏のページの……小さいところに」

 セナが顎でくい、と指したところには、確かにチームカルテットの写真が何枚か映し出されていた。 いよいよ自分達も有名魔法使いの仲間入りか。
そう思われたが、記事をよくよく見たチームカルテットは、開いた口がふさがらない。 書かれていた内容が、あまりにも想像を絶するものだったからだ。

「「えっ」」
「チームカルテットの話題は、サニーハーバーにも上がってきてるッスよ! 最近、星空町の周りを飛び回ってるおマヌケな魔法使いがいるって!」

 絶句するチームカルテットの目に映っていたものは、おマヌケと言われても差し支えない自分達の姿だった。 ふしぎ博士の研究所で、煤だらけになりながらクレーム対応をしている姿。 サニーハーバーのスイーツショップ『ドルチェ』で呼び込みをしているライヤ。 その隣で、ケーキの着ぐるみを被っているミツキ。 この日は夏の終わりで暑かったのか、暑さでよろよろしている。 心なしか、映画に出てくるゾンビのように見えた。
さらにはガッゾの運動会の日に全滅してしまった姿も写真に撮られている。 特にカラーコーンにハマったライヤと、丸い身体になってしまったコノハは、恥ずかしさのあまり耳まで顔が真っ赤になっている。 直近では、モミジの映画撮影の時の写真だ。

「町はずれの研究所で爆発に巻き込まれ、ケーキの着ぐるみを被り、運動会では全滅。 最近お姉ちゃんの護衛ではご飯屋をめちゃくちゃにして……」
「って、ケーキの着ぐるみの件はお前らに頼まれたからやったやつじゃねーか!」
「それを抜きにしても、この無様な姿の数々。 皆さんがポンコツであるという事実は変わりありません」

 セナは涼しい顔でそう語るが、それがさらにチームカルテットを逆なでする。 特にミツキは、今にもセナにつかみかかろうとする勢いだった。

「こいつ……丁寧な言葉でムカつくこと言いやがって!」
「ミツキ、抑えて! 気持ちは分かるけど!」

 何とかモモコの静止でミツキも落ち着いたが、モモコもモモコで頭にきていることには変わりない。 以前会った時、チームドルチェにも彼女達なりの考えやプライドがあることは分かっていたが、それでも合わないところはとことん合わない。

「それではごきげんよう、おマヌケな魔法使いさん。 オーッホッホッホ!」

 くねくねとモデルのように歩きながら、ミチル達チームドルチェは満足そうに去っていった。 だが、取り残されたチームカルテットとしては、このまま言われっぱなしではいられない。 自分達の知らないところで、おマヌケ呼ばわりされるのは、気持ち的にもいいものではない。 何より、魔法の文化が進んでいる音の大陸の魔法使いが、こんなものではいけない。 

「このままじゃいられないわ!」
「名誉挽回したいよ!」
「でもどうやってやるんだよ!?」

 危機感に囚われ、どうしよう、どうしようとチームカルテットは頭を抱える。 このままでは自分達は、町を守るイケてる魔法使いどころか、お笑い枠になってしまう。 魔法使い歴3ヶ月程度のモモコはともかく、ミツキ達も仕事を続けて3年は経つ。 それでいてこの体たらくが広まれば、不名誉以外の何でもない。 それ以上に、自分達が求めている魔法使い像と大きくかけ離れることになる。

「……そうだ! あるじゃないですか!」
「「え?」」
「身近に凄腕の魔法使いが、いるじゃないですか!」

 ぱぁっと目を輝かせながら、興奮気味に訴えるライヤ。 ミツキもモモコもコノハも、何のことか分からなかったが、考えているうちにようやく合点がいった。 身近の凄腕の魔法使いといえば、そうだ。 あの名コンビがいた。



* * *



「オレ達の仕事に付き合いたい?」
「凄腕の魔法使いになるには、ゴールドランクの魔法使いの仕事ぶりを見ておかないと!」

 チームカルテットが訪れた先は、チームアースの名コンビともいえる、トストとクレイだった。 2匹はガルーラおばちゃんの経営するカフェで一息ついており、突然やってきたチームカルテットに面食らっているようだった。 特に、いつも無口無表情で動揺することがないクレイが目を丸くしている。 なんのかんの言っても、今までこうして仕事に付き合いたいと言ってくる魔法使いはいなかったのだ。

「俺達とお前達とでは、10歳も差があるだろう。 大人の仕事についてこれるのか」
「やるったらやるんだ!」

 ミツキの勢いに、クレイは圧倒される。 大人レベル、ましてやゴールドランクが引き受けるような仕事の一端を、まだ子どものチームカルテットが担おうとしている。 それがいかに簡単にいかないものか、分かっているのだろうか。 クレイは特にそこが引っかかっていた。 生半可な気持ちで言っていないだろうか、昔のチームカルテットであれば、そう疑いの目から先に入っていただろう。 だがここ最近のチームカルテットは変わりつつある。 だからこそすぐに返事を出せなかった。

「いいんじゃねぇか? クレイ。 オレ達も、最近は星空町の魔法使いと仕事してねぇし。 それに、こいつらにもいい経験になるんじゃないか?」

 一方でトストは、チームカルテットの姿勢に好意的だった。 おおらかな性格のトストは、神経質な自分のバランスを取ってくれる。 クレイはいつも、結局トストの楽観的な姿勢にほだされてしまうのだ。

「……であれば、今日担っている3つの依頼を手伝ってもらう。 ひとつひとつはそんなに難しくないから、お前達にもこなせる」
「わ、分かった!」



* * *



 チームカルテットが同行した先は『ロッキークッキーロード』という妙な名前のダンジョンだった。 名前こそ変わっているが、暗黒魔法の影響を特に受けている荒野地帯にある。 実際、ダンジョンを進んでいく中で凶暴化したポケモン達に何度も襲われた。 とても危険な場所であることには変わりはない。
この岩場の中間部あたりに、迷子になったパチリスの子どもがいる。 我が子の助けを訴える母が、魔法使いに依頼を出したというワケだ。

「もう少ししたら、迷子がいるとこの近くに着くハズだぜ」

 長いこと歩いてきたように感じるが、このダンジョンは道のりがとても長い。 もう少ししたら、やっと中間地点にたどり着けるレベルだ。 ライヤなんかはすぐにバテてしまい、何度か水分補給をしている。 寒い日だからこそ、乾燥して体調を崩すのが怖い。 
辺りはごつごつした岩肌に覆われており、まるで名前の通りクッキーのようにも見える。 6匹のポケモンが横並びで歩けるようなスペースはないほど道は狭く、縦2列になって進んでいる。

「あっ、あそこ! 崖のところに!」

 モモコが指し示す先は、ここから少し離れたところにある高い崖だ。 目をこらして見ると、小さな白いポケモンが崖にしがみついている。 大きな尻尾を持つそのポケモンは、すぐにパチリスであると分かった。
このまま歩いていれば、パチリスが落ちてしまうのが先になるかもしれない。 魔法使いの特権を使い、魔法のほうきでパチリスのいるところまで行った方が確実に早そうだ。 

「まほうつかいの、おにいさ____」

 子どもパチリスも子どもパチリスで、魔法使い達の存在に気付いたようだ。 助けを求めるように、思わず崖から身を乗り出す。 これはいけない、とトストはすぐに魔法のほうきを手にする。 忙しない様子でほうきに乗り込んだトストは、スピードを上げてパチリスのいる方へと向かった。

「危ない!」

 案の定、パチリスは身を乗り出した拍子に崖から真っ逆さま。 トストはパチリスを追うように急降下し、必死に手を伸ばす。 砂埃が目に入っても、風に吹かれても、パチリスの姿だけは絶対に逃さなかった。

「ぐっ……!」

 何とかパチリスの手を取り、自分のもとへ引き寄せることに成功する。 しかし、パチリスに気を取られすぎたのか、トストは大きく体勢を崩してしまう。 右半身が傾き、近くの岩肌にぶつかってしまう。 何としてでもパチリスの無事だけは確保しなければ。 その一心でトストは空中を舞い続けたが、限界がきたのだろう。 身体を右半身から引きずるように、不時着してしまった。 すぐにチームカルテットとクレイもトストのもとまで飛んで来る。 周りには砂埃が立ち込め、チームカルテットは反射的に目を細める。 一同はすぐにトストのもとに駆け寄り、その無事を確かめた。 幸い、トストもパチリスも無事と思われたのだが。

「いたいよぉ……うえぇええええん……」

 不時着した拍子に、パチリスは右足をすりむいてしまったのだ。 白い足には土がこびりついており、赤いものがうっすらと混じっている。

「この子、ケガしてます!」
「クレイ、いやしのタネ持ってるか? すり潰せば、応急処置にはなるハズなんだ」
「いやしのタネか。 オレンでの応急処置は聞いたことがあるが、試したことはないな」
「これ、俺の実家でよくやってたんだよ」

 ミツキはクレイからいやしのタネを受け取ると、慣れた手つきでタネをすり潰す。 以前、ミツキがモモコに頼んだ応急処置はシノビ村のものだったようだ。 ポケモンの世界では、応急処置のやり方ひとつにもローカルルールがあるらしい。 
 ライヤはふと、トストも右腕をすりむいていることに気付く。 岩肌の痕が腕に痛々しく刻まれており、かなり派手にやったように見える。

「トストも手当てしましょうか?」
「いや、オレはかすり傷だから大丈夫だ。 ツバつけとけば治るさ」

 それでもトストは、子どもパチリスの手当てを優先させるべく、手当てをやんわりと断った。 ぐっと腕を自分の口元に引き寄せると、ペロリと患部に舌を這わせる。 生暖かいツバの感触が、腕にも伝わってきた。
パチリスはというと、ミツキの手で応急処置を施されている。 すり潰したいやしのタネが傷口に沁みるのか、痛い痛いと口にしている。 それでも、大人しく手当てを受けることができており、気が付けば泣き止んでいた。
傷口には、予備で持ってきていたハンカチを一時的なものとして巻いてやる。 これでひとまずは大丈夫だろうと、ミツキは判断した。

「ありがとう、まほうつかいのおじちゃん!」

 パチリスは屈託のない笑顔でお礼を言う。 おじちゃん。 23歳のトスト、ひいてはクレイは子どもから見ればおじちゃんなのだろうか。 魔法使い一同は固まり、頭の中にはてなマークを浮かべている。

「そ、それじゃあこの子を、町まで送りましょう!」
「そ、そうだな。 ライヤ、頼んでいいか?」

 トストに頼まれ、ライヤは魔法の呪文をパチリスに向けて唱える。 助けたポケモンを、星空町へ返すための呪文だ。

「『コンキリオ・アベオ』!」

 パチリスの身体はレモン色の光に包まれ、一瞬にして消えて行った。 何とか依頼を終わらせることができた、とチームカルテットは一息つくが、のんびりしている暇はない。 今日の分の仕事は、まだ終わっていないのだ。

「んじゃ、次は落とし物とお尋ね者を探しながら行くとしますか」
「そうだった〜! まだあと2つあるのよね」



 パチリスを送り返し、岩場のさらに先へと進んでいくチームカルテットとチームアース。 目の前は行き止まりになっており、分かれ道もなさそうだ。 
行き止まりの先には、何かキラキラしたものが、誰かが落としたように放り投げられている。 近づいてよく見てみると、間違いなく手鏡だった。 コテコテしたダイヤモンドのレプリカが鏡の周りを縁取っており、この手鏡の持ち主の趣味が垣間見える。

「間違いねぇ、探し物の手鏡だ!」
「そしたら、あとはこれを持って帰ればいいんですね!」

 そう言いながら、ライヤが手鏡を荷物の中に入れようとする。 しかし、それを許さない声がどこからか聞こえてくる。

「そうはさせないわよ!」

 声はすれども姿が見えず。 魔法使い一同は辺りを見回すが、自分達以外のポケモンの姿はない。 一同がワケが分からない状態の中、何者かの影がライヤに襲い掛かる。 攻撃を受けたはずみで、ライヤは手鏡から手を離して、そのまま転んでしまった。 影はライヤが手鏡を手放したところを見逃さず、すかさず手鏡を回収する。 今の技は、ゴーストポケモンが姿を消すことで使える『ゴーストダイブ』であることを、モモコはすぐに見破った。
姿を現したそのポケモンは、木々を自由に操ると言われているろうぼくポケモンのオーロット。 やはりと言うべきか、ゴーストタイプを持つポケモンだった。 

「だ、誰だよ!?」
「こいつ……お尋ね者のオーロットだ! オレ達が探してたやつだよ」

 このオーロット、キラキラしたものを狙う大泥棒であり、これまでも多くの魔法使いや探検隊達を手こずらせてきた。 こんな時に出会ってしまうとは、魔法使いが寄せ付ける偶然は怖いものだ。

「魔法使いね。 この手鏡を返して欲しいの?」
「それはすでに持ち主がいる落とし物だ。 返してもらう」
「そうはいかないわねぇ。 このキラキラした手鏡、私の好みだもの」

 クレイが静かにオーロットと交渉を試みている。 お尋ね者相手に、交渉が成立しそうにないのは予想通りだった。 力ずくでオーロットを倒してでも、あの手鏡を取り戻さねばならない。 魔法使いとオーロットの間に緊迫感が漂うが、ただ1匹、その空気にそぐわない様子の魔法使いがいた。

「お、おおお、おおおおおおおばおばお、ばおばおばおばけっけっけっけけ、けけけけけけけ」

 ライヤだった。 ライヤが青い顔をして、口をトサキントのようにぱくぱくさせている。 いつもは冷静で落ち着いているライヤなだけに、モモコからしてみればかなりのギャップがあった。

「ら、ライヤ!? どうしたの!?」
「ライヤは昔から、ゴーストタイプとかお化けとか、そういうの苦手なのよ。 ディスペアとかマスターは別だけど」
「ものすごいテンパりよう……」

 これが本物の幽霊であればまだしも、ゴーストポケモン相手にここまで取り乱すものだろうか。 モモコはライヤを、ジト目で見る他ならない。 ミツキやコノハは、長い付き合いということもあるのか、このライヤの姿は慣れっこだった。

「とにかく行くぞ、チームカルテットも戦え」
「わ、分かってるわよ!」

 クレイの声掛けで、チームカルテットも戦闘態勢に入る。 ライヤはとても戦える状態になく、くさタイプのオーロットに対してミツキやトストは不利だ。 ここは、オーロットに効果バツグンの技を仕掛けることができるモモコとコノハが一気にたたみかける。 相手はお尋ね者とはいえ、魔法使いではない普通のポケモンであるため、ウェポンによる魔法は一切使えない。 ミュルミュールとの戦いに慣れてしまっている魔法使いからすれば、これは大きな制限をかけられていると感じてしまう。

「先手必勝! 『かえんほうしゃ』!」
「『シャドークロー』!」

 コノハが正面から炎攻撃をオーロットにぶつけに行っている隙に、モモコがオーロットの後ろに回り込んで、彼女の背中に霊気を放ったツメを立てる。 オーロットは素早さに優れているというワケでもなく、速攻をかけることは間違っていなかった。 一撃とまでは言わなくとも、致命傷を与えられていれば十分だ。 攻撃力に長けたモモコと遠距離攻撃が得意なコノハの能力を考えても、上手く決まったかと思われた。

「効果バツグンの技だ! 決まったか?」

 ところが、魔法使い達の思惑通りにオーロットが倒れることはなかった。 その大きな2本の腕を振り、強い風を巻き起こす。 コノハの『かえんほうしゃ』は相殺されたことで空中を舞い、小柄なモモコも吹き飛ばされてしまった。 オーロットはというと、傷ひとつなくピンピンしている。 効果バツグンの技を受けても致命傷にならなかったのには、あるカラクリがあったのだ。
 オーロットの足元には、光る根がまとわりついている。 『ねをはる』で自分の体力を補っていたのだ。

「もう、女性を黒焦げにしようとするなんて、信じられないッ!」

 オーロットは、今度はこっちの番だと言わんばかりに、植物のタネのようなものを四方八方に撒き散らす。

「まずい、『やどりぎのタネ』だ! みんな、逃げろ!」

 当たったポケモンを縛り上げ、体力を吸い取っていくやっかいなくさタイプの技だ。 これ以上、オーロットの体力補充を許しては、いくら多勢でも埒が明かない。 魔法使い達は、次々と飛んでくるタネを、身体を反らしたりジャンプしたりすることでかわしていく。 未だ錯乱状態のライヤも、この混戦に便乗して逃げ回っており、偶然にもタネを食らうことはなかった。 いわゆる、火事場のバカ力といったところか。

「やべっ!」

 しかし、タネの連射を全員が避け切ることは難しかった。 タネが当たってしまったミツキの身体に、しゅるしゅると音を立てながら宿り木がまとわりつく。 太い木の根のような形をしているそれは、自分の力で抜け出すには難しそうなものだった。 そうでなくても『やどりぎのタネ』は、仕掛けたポケモンが倒されるまでその効果が続く。 つまり、オーロットを倒さない限り、ミツキは宿り木に縛られたままだ。
脇腹のあたりに両腕がぴっとりとくっついている状態では、技を繰り出すことも難しい。 今のミツキは、サポートに回ることすらできなくなってしまった。

「ミツ____うわぁっ!」

 ミツキを気にかけ、よそ見をしていたモモコにもタネが当たる。 くさタイプのポケモンは、宿り木に体力を吸い取られることはない。 しかし、タネさえ当たれば動けなくなってしまうのは、他のポケモンと同じだった。 オーロットに対して効果バツグンの技を覚えているモモコが動けなくなるのは、チームにとって非常に致命的だった。 全員とはいかなくとも、2匹の魔法使いにタネを植え付けることができたオーロットはご満悦の様子。 炎技もキメられず、仲間が2匹身動きが取れない、そのうえ1匹は錯乱状態にある。 たった1匹、無事を確保できたコノハはふつふつと焦る気持ちが湧き上がってくる。

(ミツキとモモコが宿り木にかかった……! ライヤは相変わらず錯乱してるし、チームカルテットで戦えるの、アタシしかいない!)

 トストとクレイがいるから大丈夫とはいえ、コノハとしてはまともにやり合えない状態になった仲間が心配だ。 こうしている間にも、宿り木に囚われたミツキは体力を奪われていく。 モモコも体力を奪われることはなくとも、縛り上げられる力に歯を食いしばっている。
コノハの瞳が、気持ちの動揺に比例するように揺れる。 彼女の焦りは、トストとクレイには一目で分かるほど顔に現れていた。 トストは優しくコノハの肩をポンと叩くと、諭すように優しく言い聞かせる。 

「落ち着け、コノハ。 今は戦おう」
「でも!」
「逆に言うと、お前はまだ動けるんだ。 今ここでお前も落ち着きを失ったら、敵の思うツボだ」

 クレイの言葉に、コノハははっと我に返る。 今こそ、自分がおろおろしていてどうする。 自分は、まだ動けるじゃないか。 動けるのであれば、今戦えない仲間の分まで頑張れるのではないか。
さらにコノハを後押しするように、ミツキとモモコが声を張り上げる。 2匹にも、コノハの焦りが伝わってきていたのだ。 ミツキとモモコも、動けないなりにできることはある。 無事である仲間に、自分達は大丈夫だと伝えること、背中を押すことはできる。 


「コノハ! 俺達は大丈夫だ!」
「どかーんってやっちゃえ!」
「ミツキ、モモコ……」
「あいつらは仲間を信じてるんだ。 だったら、コノハも信じてやれよ。 ミツキとモモコのこと」

 仲間達の心強い言葉に、コノハはようやく気持ちを持ち直した。 こんなところで萎縮するなんて、プリティー魔法使いのコノハちゃんらしくない。 コノハはいつものような、勝気な笑顔でトストを見上げ、応える。

「えぇ!」

 改めてコノハは、トストとクレイと並んでオーロットと対峙する。 しかし、オーロットにもオーロットなりの野望や、たくさんのポケモンを苦戦させてきたお尋ね者というプライドがある。

「んふっ、私としても倒れるワケにはいかないのよ!」

 オーロットはそう言いながら、再びコノハ達の前から姿を消す。 また『ゴーストダイブ』を仕掛けようとしているつもりなのだろう。 こうした技のやっかいなところは、どこから仕掛け主が現れるのか分からず、とっさの対応が難しいところだ。 『そらをとぶ』や『あなをほる』であれば、空からの気配や地中からの振動でまだ予測はできるだろう。 しかし、『ゴーストダイブ』に関しては姿を感じ取ることすらできない。

(どこから来るか分からない。 あのオーロット相手に、直球勝負は難しそうね)

 暗黒魔法の気配を感じ取ることができるコノハでも、さすがに気配を消したゴーストポケモンの気配まで感じることはできない。 どうしたものか、と頭をひねらせていたところ、クレイが前に出る。

「俺に任せてくれ」

 するとクレイは、神経を集中させ、力を溜めている。 何が始まるのだろう、とコノハが不思議そうにクレイを見つめている傍らで、トストは「なるほど」と納得している様子だ。

「『いわなだれ』!」

 そしてその時は来た。 クレイがカッと目を見開くと、空中から無数の岩が降り注いできた。 その範囲は非常に広く、少なくとも魔法使い達の周りは対象になっていた。 コノハ達の背後から、オーロットの甲高い悲鳴が耳に刺さる。 攻撃を仕掛けようとしたところ、クレイの『いわなだれ』が見事にクリティカルヒットしたのだ。 予想外のダメージに、オーロットは体勢を崩している。 魔法使い達からしてみれば、とどめを刺すにこれほどのチャンスはない。

「今よ、今度こそ『かえんほうしゃ』!」
「『ふぶき』!」

 今度はコノハだけでなく、トストも攻撃に加わる。 『ふぶき』といえば、こおりタイプ最強の技。 さすがのオーロットも、炎と氷のダブルアタックには耐えられなかったようで、その大木のような身体を地面に委ねる。 目を回しているオーロットの姿は、明らかに不利だと思われたこの戦いに、勝負がついたことを現していた。
 
「一撃だ!」

 オーロットがドサリと倒れこんだことによって、勝負がついたことが確かなものになった。 同時に、ミツキとモモコを縛っていた宿り木も消え、2匹は動けるようになる。 ただ、ミツキは体力を吸い取られており、足元がおぼつかない。 モモコが手を取ってくれたことで、バランスを取っていた。 時を同じくして、コノハがトスト達とオーロットのもとに駆け寄り、手鏡を回収しようとしたのだが。

「手鏡、割れちゃってる……!」

 手鏡には亀裂が入っていた。 たった今、倒れた拍子に手鏡がオーロットの懐から落ちて、割れてしまったのだろう。 トストとクレイも、「やっちまったか」とバツが悪そうにしている。

「落とし物壊したら、どうなっちゃうの?」
「大したモンじゃなければ謝罪で済むけど、高いモンだったら弁償かもしれねぇ。 俺達もこういうの初めてなんだよな……」

 依頼主にワケを話して、分かってもらえればいいけど。 チームカルテットもチームアースも、依頼主に分かってもらえるか、不安でうなだれていた。 

「……とりあえず、戻ろう。 いずれにしても、話さなければならない」



* * *



 チームカルテットとチームアースがマジカルベースに帰ってくると、モデラートとマナーレが待ちわびていたように出迎えてくれた。 しかし、2匹の疲れたような声色から、楽しくない話が待っていることは簡単に想像できる。 特にマナーレは頭痛を起こしたのか、眉間にシワを寄せて苦悶の表情を浮かべている。

「チームカルテット。 それにチームアースも、ちょうどよかった」
「パチリスの迷子を助けたのは、お前達か?」

 チームカルテットはうなずく。 一方、チームアースの2匹は「もしや」とバツが悪そうに目を合わせていた。 何か嫌な予感を感じ取ったのだろう。 マナーレが続けた言葉で、2匹の嫌な予感は的中することになる。

「今、親御さんが怒鳴り込みに来ている」

 モデラートの部屋に通すほどの事態になっており、チームカルテットとチームアースは急いで本部へと入っていく。 すでにモデラートの部屋には、先ほど助けたパチリスとその親と思われる、少し大きめのパチリスがもう1匹。 パチリス母は、チームカルテット達が部屋に入ってきたことが分かると、大きな声を張り上げた。 子どもパチリスは、パチリス母の後ろに隠れるようにおどおどしている。 子どもながらに、何が起こっているのか分かっているのだろう。

「どういうことなの! うちの子をケガさせるなんて、魔法使いとしてのプロ意識が足りないわ!」
「本当に申し訳ございません!」

 真っ先に頭を下げたのはマナーレだった。 きっと、こんなやりとりを自分達が帰ってくるまで続けていたのだろう。 トストとクレイは、そう推測する。 チームカルテットとしては、子どもパチリスの手当てはしていたハズだと真っ先に思った。 だが、パチリス母としては、魔法使いの対応よりも自分の子どもがケガをしたという事実が我慢ならないのだろう 

「謝罪で済んだらジバコイル保安官はいらないのよ!?」

 これ以上マナーレに苦労をかけるワケにはいかない。 トストは前に出て、パチリス母と向き合うと、深々と頭を下げた。 その姿に、チームカルテットはきゅぅっと胸を締め付けられそうになる。 助けてもらった子どもパチリスも、なぜトストが謝ろうとしているのか分からずに、怪訝な顔をして首をかしげている。

「……オレが、間に合わなかったんです。 崖から落ちそうになったお子さんを、助けようとしたんですけど。 本当にすみませんでした」
「ママ、このおじちゃ____」
「全く! 魔法使いの掲示板に依頼書を書いた私が間違ってたわ! 行きましょ!」

 パチリス母は、子どもパチリスの手をぐいと引っ張ると、ずかずかマジカルベースを出て行った。 後味は悪いものだが、これでクレーム対応から解放された。 と思ったその矢先、入れ違いで次の客ポケがマジカルベースを訪れる。

「すみません、落とし物の手鏡が見つかったって聞いて受け取りにきました」

 来てしまった。 手鏡を探してほしいと頼んでいた依頼主が。 クレームが来ることは見え見えだが、真摯に対応しなければいけない。 チームカルテットとチームアースは意を決して、モデラートの部屋を出て下へと降りて行った。 マナーレもまた、心配そうに2階の吹き抜けから彼らの姿を見届ける。
依頼主であるニャオニクスのバカップルに、コノハが謝罪の言葉を添えながら割れた手鏡を渡す。

「あの、ごめんなさい……。 手鏡、割れちゃって……」
「どういうことだい!? ボクとニャオたんの、『手つなぎ27回目記念日』に買った手鏡なのに!」
「ごめんなさい! その手鏡、実はお尋ね者が____」

 案の定、彼氏の方と思われるニャオニクスは顔を真っ赤にして激情した。 モモコはわたわたと慌てながらも、なんとか謝って対応しようとする。 しかし、その自信のなさそうな態度は、余計に彼氏のニャオニクスの心の火に油を注ぐことになる。

「信じられないよ! ボクとニャオたんにとって、大事ば手鏡だったのに!」
「ニックぅ、もういいわよ。 ゴールドランクの魔法使いなんて言っても、大したもんじゃなかったんだろうし」

 ニャオたんと呼ばれている彼女は、彼氏をニックと呼び、どうどうとなだめる。 しかし、チームカルテットとチームアースを見つめる目には、明らかに悪意がこもっていた。 チームアースが悪く言われたことが頭にきたのか、ミツキはキッとニャオたんを睨みつける。 しかし、ニャオたんが続けた言葉に、モモコ達と共に萎縮することになる。

「あるいは、おマヌケで有名なチームカルテットに任せたから間違いだったのかも」

 その言葉は、今のチームカルテットにグサリと深く突き刺さった。 今の自分達では、信頼性に欠ける魔法使いかもしれない。 ポケモン達を助けようとするどころか、かえって迷惑をかけていることが多い。 ミュルミュールを浄化できたとしても、お尋ね者を倒せても、結局誰かを助けることができなければ意味がないじゃないか。
チームカルテットが負のスパイラルに陥っていると、クレイが4匹の前に出てニャオたんに言い放つ。 チームカルテットからは、クレイの背中しか見えないが、ものすごい圧を放っているのが伝わってくる。

「チームカルテットは、俺達だけでやるべき依頼を手伝ってくれて、頑張った。 それは、俺達が見ていたから分かる」

 その気迫に、チームカルテットもニャオたんも、そしてニックも押されていた。 クレイの顔こそは、いつもと同じ無表情だが目は笑っていない。 声にもドスが効いているのが分かる。 さすがにマナーレもヒヤリとしたのか、顔を凍り付かせている。

「クレイ、抑えろ抑えろ」

 ここにトストが上手く間に割って入る。 トストもクレイの気持ちが分からないワケではない。 しかし、今ここでクレイがバカップルに手を出したり、暴言を吐くようなことがあれば、自分達は悪者になってしまう。 それはまた違うハズだ。
クレイもトストが間に入ったことでハッとしたのか、張り詰めていた気を少し緩めさせた。 ピアニシモで「すまない」と言っているのが、微かに聞こえた。
トストは続いてニャオたんに向き直ると、パチリスの母にしたのと同じように深々と頭を下げる。

「でも、手鏡に注意を払えなかったのは、オレ達全員の責任です。 すみませんでした」
「全くもう」

 ニャオたんもトストの真摯さに参ったのか、不服ながらも納得するようなそぶりを見せる。

「ニャオたん、新しい手鏡を買ってあげるよ。 もう行こう」
「そうねぇ、ニック」

 バカップルは悪態を吐きながら、すたすたとマジカルベースを後にした。 2匹の姿が見えなくなると、マナーレは気が抜けたようにへなへなしている。 チームアースの2匹も、続けざまにクレームの対応をして気を遣っていたからか、深いため息を吐いた。

「ごめん、クレイ。 俺達が……」
「気にするな。 お前らの頑張りは、俺達が分かってる」

 この一言からも、クレイはクールで無口無表情だが、仕事や仲間にかける思いはとても熱いものであることが伝わってくる。 一方でミツキ、ライヤ、コノハは特に、憧れのチームアースに尻ぬぐいと泥被りをさせてしまったことに申し訳なさを感じていた。 それはモモコも同じであり、自分達の不甲斐なさでトストとクレイに迷惑をかけてしまったと罪悪感に駆られていた。

「アタシ達のことがなくても、ずっとボロクソ言われてたけど……平気なの? 向こうはお願いしてきてるのよ?」

 悔しさをぶつけるように、コノハはトストとクレイに問いかけた。

「これが仕事だからな。 オレ達の助けなんかいらねぇ、って言うポケモン達もいるさ」
「依頼主は神様ではない。 だが、俺達も神様ではない」

 たぶん、今日よりもずっと前から、トストもクレイも心無い言葉をぶつけられてきたのだろう。 2匹で10年近く、辛いことも悲しいことも乗り越えてきたからこそ、今発したような故言葉が紡げる。 これが大人の余裕かと、チームカルテットは実感させられる。 とても今の自分達には真似できない姿勢だ。
その結果が、マントに刻まれたゴールドランクのライン。 星空町で一番の魔法使い、という肩書きを手に入れるまで、底知れない苦労と努力があったことを、チームカルテットはようやく知ることができた。 

「さてと、今日はチームカルテットも1日頑張ってくれたことだし、行くか!」
「行くってどこに?」

 モモコがきょとんとしていると、トストはニッと目を細めた。

「大人のたしなみだよ」 


花鳥風月 ( 2019/06/03(月) 21:50 )