ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜 - 第2楽章 星空と魔法の町−Pot pourri−
039 いいもんじゃないわよ、お偉いさんの娘なんて



 映画撮影が行われるのは、星空町のご飯屋『ひとつまみ』だった。 カケルのアルバイト先でもあることから、チームカルテットにとってもおなじみの場所。 映画の内容は、今流行りのラブストーリーであるようだ。 モミジ扮する大金持ちのお嬢様が、庶民的な料亭の少年と恋に落ちる、というものらしい。
チームカルテットはモミジの撮影の間、怪しいポケモンや闇の魔法使いが近づかないように見張ることとなる。 とは言っても、これだけ多くのポケモンの目が入っていることもあり、思っていたよりも気を張り詰めることはなさそうだ。 つまりは、特例で映画撮影を見学することができるというラッキーな立ち位置にいる。

「いやぁ、まさかバイト先が映画撮影で使われると思わなかったなぁ!」
「自慢できるじゃねーか」
「店長さん、ずっとニコニコしてますね」

 ライヤが視線を送った先には、鼻の下を伸ばしている店長の姿がある。 この場にはモミジだけでなく、ポケモンの世界で有名な俳優がたくさん集まっている。 コマーシャルや新聞の広告なんかで、1回は目にしたことがあるポケモン達が勢ぞろいしていた。 主演ドラマは視聴率20パーセントを約束されている、イケメン俳優のアブソルに、時代劇の王者とも言われている、大御所俳優のザングース。 今、大注目されている人気子役のハネッコまで。 映画のために、これだけ多くのポケモンが集まっているのは、とてもすごいことだ。
 男子組がたわいもない話をしている中、関係者の席でコノハは1匹佇んでいる。 相変わらず浮かない顔をしており、心の中では早く帰りたいと切実に願っていた。 監督やカメラマンと、撮影の打ち合わせに臨むモミジを見るたび、無性に腹が立つ。 ふつふつと、小さい頃の思い出がよみがえってきそうだった。

「隣、いい?」

 コノハが顔を上げると、隣にはモモコの姿があった。 いいけど、とコノハがうなずくと、モモコはコノハの隣に腰を下ろす。 自分が機嫌が悪いことは、仲間達にバレているんだろうなぁ。 そう思いながら、コノハは再びモミジに視線を送る。 見れば腹が立つと分かっていても、どうしても気にせずにはいられない。 それは姉妹だからだろうか、ポケモンのサガだろうか。

「モミジさんと、何かあったの?」

 案の定、モモコに尋ねられる。 コノハと目を合わせようとするモモコの顔は、自分を気にかけてくれているのが分かる。 心をすり減らしたことがあるミツキもライヤも、きっとこの顔にやられたんだろうな。 コノハは今、それがやっと分かった気がした。
普段は身体が弱く、クライシスにも狙われているせいか庇護対象になっているモモコだが、間違いなく彼女は魔法使いだ。 一生懸命に困っていたり、悩んでいるポケモンの心に飛び込もうとするその姿に、きっと周りも身を預けてしまうのだろう。
 このまま黙っているのも、自分とって気持ち悪い。 コノハは意を決して、モモコに自分の身の上話を始めた。

「お姉ちゃんはね……魔法使いの道から逃げたの」
「なんで?」
「アタシのせい」



* * *



____アタシとお姉ちゃんはマジーアで生まれたの。 パパは純血の魔法使いで大学教授、ママは普通のポケモン。 ここまでは、お姉ちゃんから聞いてるわね。

____うん。

 コノハの父は、暗黒魔法を専門に研究している魔法使い。 魔法使い協会の中でもお偉いさんらしく、モデラートとも知り合いのようだ。 暗黒魔法の研究で星空町に来た時に、コノハの母と知り合ったのだという。
コノハの父は、魔法についてとても厳しい親だった。 コノハとモミジを、自分と同じように一流の魔法使いにするべく、幼いうちから魔法の勉強をさせたり、ミュルミュールの気配を感じる方法を教えていたという。

____初めて暗黒魔法の気配を感じた時のこと、今でも覚えてるわ。 ぞわぞわして、こう、胸の奥をツー、ってなぞられてる感じ? 最初は気持ち悪くて、泣きながら暴れてたのよ。

____やっぱそれって、今もあるの?

____まぁ、もう慣れちゃったけどね。 学校に入りたての時までは、やっぱしんどかったかなぁ。

 コノハの肩書きや家庭環境だけを聞けば、エリート一家で誰もが憧れるだろう。 コノハがいてくれるから、ミュルミュールの気配を察知してすぐに現場に向かうことができるし、仲間としても頼れる存在。 しかしコノハは、他の魔法使い達の知らないところでたくさん苦労をしていた。 ハーフであるが故に悩み苦しみ、暴れたくなるような気持ち悪い感覚といつも戦っていたのだ。

____どっちかと言うと、アタシがしんどかったのはパパの娘ってことね。

 エリートの父がいるということで、コノハ自身も指を指されるようなことがあった。

「お前の親って、魔法使いの偉いポケモンなんだろ?」
「えっ? じゃあミツキ達が魔法使いになったのも、コネってことか?」
「そんなワケないでしょ! アタシ達は、みんなで一緒に魔法使いになったの! パパは何も関係ないわよ」

 特に魔法使いになってから、自分の実力が父ありきであると言われることが多くなった。 親の七光りと言われることが一番多く、もちろんコノハはそれを嫌がった。 魔法の世界から離れられたらどれだけ楽か、と思った日も多かった。
 ただ、コノハはもともと気が強く、何と言われても相手に噛みつく力も持っていた。 おおかたのことには耐えられたが、それでも心にできた生傷は増えていくばかり。 マジカルベースのポケモン達がいてくれたから、耐えられていた部分もある。
また、当時はマジカルベースの外にも、コノハの大きなより所になっているポケモンがいた。

____それが、お姉ちゃんだったの。

 魔法使いになる前から、一緒に魔法使いとしての教育を受けていたモミジ。 彼女だけが、コノハの苦しみに共感し、その辛さを共有できる相手だった。 学校でからかわれたり、日に日に強くなっていく暗黒魔法の気配に苦しんだり。 そんな時、いつもモミジがそばにいてくれたのだ。

「辛いよね、コノハ。 闇の魔法使い、どんどん強くなって怖いよね」
「うん……」
「でも、大丈夫。 お姉ちゃんがついてるからね」

 ところがある日、モミジが魔法使いの勉強を止めることになった。 コノハが魔法使いになる前後の出来事である。 
実はモミジは、10歳の誕生日を迎えてもマジカルベースに入ることはなかった。 暗黒魔法の気配を感じることができても、コノハほど出来がいいワケではなかったらしい。 そのため、コノハの父はモミジのマジカルベース入りを他のポケモンよりも遅らせようとしていた。 しかし、そのタイミングを待っている間に、コノハが魔法使いになる歳を迎えてしまったのだ。 最後に、モミジがコノハの父から告げられた言葉は、コノハも聞いていた。 

「魔法使いの勉強は止めていいから、好きにしろ」

 この時から、モミジは芸能事務所にスカウトされて、モデルの仕事を始めていた。 魔法の勉強もおろそかになっており、コノハの父はそれを見かねていたところもあったのだろう。 魔法と芸能活動、相容れない職種に白黒つけるようにと。 
だが、コノハはモミジが芸能活動も魔法も何とか両立させようとしていた姿を見ていた。 自分と同じ、ハイレベルな魔法の勉強をこなしながら、音の大陸のあちこちを駆け回る芸能活動もやっている。 モミジに告げられたハズの言葉は、まるで自分のことのようにコノハに突き刺さった。
 それからモミジは家を出て行き、芸能活動に専念するために実家から独立したのだという。 コノハも魔法使いになることが決まっており、姉妹は気まずいまま疎遠になってしまったのだ。



* * *



「いいもんじゃないわよ、お偉いさんの娘なんて。 特にお姉ちゃんなんて……アタシのせいで切り捨てられたんだから」

 そう言うと、コノハは長い話にいったんピリオドを打つ。 自分のために弟を捨て、家を出て行ったモモコからすると、耳の痛い話だった。 取り残された側、特に下のきょうだいの立場からすると、悲しさで押しつぶされそうになる。 以前、コノハが「家に話し相手がいなかったようなもの」と言っていたのを思い出す。 あれは、話し相手がいなくなってしまったことだったのかと、モモコはやっと分かった。

「な、何かごめん。 わたし、逆に下のきょうだい置いて家出した側だからさ……」
「ううん、いいの。 モモコはまた、状況が違ったんでしょう?」

 そうだとしても、気にせずにはいられない。 だが、これ以上気を遣いすぎるとまたコノハに怒られてしまう。 これ以上モモコも自分の件については掘り返さないことを選んだ。

「お姉ちゃんにも、お姉ちゃんの事情があるって分かってるの。 でも、魔法使い止めた理由のひとつがアタシなら、アタシ、お姉ちゃんに恨まれてもおかしくないよね」

 それはどうだろうか、とモモコは疑問に思った。 モミジはコノハに会ったことで、とても嬉しそうにしていた。 今回のボディーガードもモミジからの指名で、しかも理由が「コノハがいるから」。 とてもではないが、モミジがコノハを恨んでいるようには見えないのだ。

「モミジさんは、恨んでないんじゃないかな。 あんなに嬉しそうにしてたじゃん」
「分からないわよ。 当てつけかもしれない。 『アタシのせいでパパに切り捨てられた』って」
「そんな……」

 こんなに卑屈なコノハを、モモコは初めて見る。 フローラの時もそうだったが、明るく務める子達は、そうすることでスピリットの輝きを保っていたのかもしれない。 それは、自分にも全く当てはまらないワケではなかった。 
自分の暗い部分を見られるのが怖いから、明るく振る舞うことでそれをひた隠しにする。 本当は、誰かに分かって欲しいと思っているハズなのに。

「ごめんね。 こんなこと、モモコに言うのも違うのにね」
「そんなことないよ。 むしろ、話してくれてありがとう」

 2匹がそんな話をしている間に、映画撮影はどんどん進んでいた。 今もなお、モミジと相手役のアブソルに、マイクやカメラが向けられている。 よく見ると、エキストラ役としてカケルと店長も撮影に参加していた。 撮影の張り詰められた空気が、チームカルテットにも伝わってくる。
いつかこの光景が世に出されると思うと、ワクワクした気持ちでいっぱいになるものだ。 ただ、コノハは未だ複雑な気持ちをぬぐえない。 芸能活動に専念することが、モミジにとって本当にいいことなのか。 コノハが招いてしまったこの現状に、モミジは満足しているのか。

「よーい……カット!」

 監督を務めているカメックスが、掛け声と共にカチンコを振り下ろす。 
 お嬢様が料亭に通い詰めるようになり、一般庶民のポケモン達と交流を深めていく和やかなシーン。 常連客のポケモンから愛される少年に、お嬢様が惹かれていくという、心の移り変わりが重要になるシーンだ。

『ふぅん……これが『トンポの実汁』なのね。 海産じゃなくて、脂身でダシを取ってる……』
『これが、おふくろの味だよ。 この料亭で一番の人気メニューなんだ』

 この少ないセリフだけでも、ハリのある声。 そして、食べ物や食器を扱う時の手つきや細かい目の動きまで。 一目見ただけでここにいる役者達がみんな、経験を重ねてきたプロであることが分かる。 セリフのない役者も含めて誰もが、ストーリーの中の役に入れ込んでいた。 現場の中に混ざっているカケルと店長も、その気迫に呑まれている。
 ただ、モミジだけは少しだけ違った。 女優が本職ではないことも関係しているが、自分の視界に飛び込んでくる、コノハのことが気がかりだった。

(コノハ、せっかく会えたのに……。 あたしの……たった1匹の妹なのに。 どうしてムスッとした顔しか、してくれないの?)

 今のモミジは、『映画の物語のお嬢様』になり切れず、『コノハの姉のモミジ』をズルズルと引きずっている。 物語の中に、いるハズのないイレギュラーが混じってしまっている。 ましてやロマンチックなラブロマンスに、ドロドロしたような負の感情を持ち込んではいけない。 モミジも分かっていたつもりだが、なかなか気持ちを吹っ切れさせることができない。 それは、監督や相手役のアブソルも薄々感じているようだった。 本気で何年もこの仕事で食べてきたプロの目は、決してごまかすことはできない。
 グダグダになりかけたこの撮影を、まるで打ち破るかのような声が聞こえてきたのは、その時だった。



「はーい、カットカット!」



 声のする方に、一同は視線を移す。 監督のものではないその声の主は、クライシスの3幹部・ソナタ。 ずかずかと店の中に入ってきながら、手をパンパンと叩いて静止するよう促している。
モミジはソナタの姿を見て、険しい顔になる。 暗黒魔法の力を感じ取り、胸の奥がぞわぞわしたような気分になる。 もう3年近くは魔法に関わってきていないが、魔力を感じ取ることは今でもできる。 エリート魔法使いの血は、衰えていなかった。
撮影のジャマはさせまいと、チームカルテットはすかさず前に出た。

「ソナタ! また悪さしに来たんですか!?」
「エステの帰りのついでよ。 つ、い、で。 いいミュルミュールの素材を見つけたから、立ち寄っちゃった」

 ソナタはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、モミジに視線を送る。 いいミュルミュールの素材って、まさか。 ソナタがこれから何をしようとしているのか、想像することはそう難しくなかった。
モミジが狙われている。 合点がいったのと同時に、ソナタは自分の楽器、ヴィオラを手に取ると暗黒魔法を奏で始めた。 曲目はノクターン。 暗い闇の中で静かに響いていそうな曲だった。 ヴィオラの音色こそはつややかで美しいものだったが、そこは暗黒魔法。 自分達にとってよくないことが起こることを、チームカルテットは分かっていた。

「そこのしょんぼりしているテールナー、ステキなミュルミュールになるんじゃないかしら。 くすくすくす……!」

 気が付けば、周りにいる映画関係者のポケモン達が闇のオーラに囚われていた。 ポケモン達は身動きが取れず、力を吸い取られているようで苦しそうな表情を浮かべている。 その中にはモミジもおり、額には汗が浮かんでいる。 以前、チームカルテットもドレンテとソナタのデュエットに苦しめられたことがあったが、ソナタ1匹だけでもこの威力。 力の差を強く感じさせられる。 
しかし、コノハは今は感心している場合ではなかった。

「お姉ちゃん!」

 ソナタは動けないモミジに近づくと、スピリットを抜き取るための構えに入る。 苦しそうにしているモミジは、ただソナタを見上げることしかできない。

「さぁ、あとはスピリットを抜くだけね」
「も、モミジちゃんが危ない!」

 監督やカケル達は、モミジを助けるためにできることはないかと身体をひねらせる。 しかし、自分達も暗黒魔法の囚われの身。 できることといえば、スピリットを抜き取られるモミジの姿を見届けることのみ。
あぁ、もうここでやられるんだ。 そう観念するモミジと、これからミュルミュールを生み出すことができると不気味に微笑むソナタ。 そのスピリットを抜き取ろうと、ソナタは掛け声と共に細い腕を掲げた。

「あなたのスピリット____」

 その時。
 ソナタめがけて、花火のように輝くハート型の炎の輪が飛んできた。 注意を払っていなかったソナタは、威力の反動で吹き飛ばされる。 ソナタが背中を映画撮影用の機材に打ち付けたことで、崩れ落ちた機材が大合唱を始めていた。
炎の輪が飛んできた方向には、コノハが魔法のステッキの先端をソナタに向けている。 その顔が、モミジに手を出そうとしたことで険しくなっているのは、この場にいるポケモン全員が分かった。

「お姉ちゃんに……手ぇ出すんじゃないわよ!」
「コノハ……」

 あれだけつっけんどんだったコノハが、自分を助けてくれるなんて。 モミジは最初こそは信じられなかったようだが、その驚きはすぐに喜びに変わっていた。 自分は、まだ妹に嫌われていたワケじゃなかった。 苦し紛れではあるが、モミジは思わず笑みをこぼしていた。 反面、ソナタは不愉快そうに舌打ちをする。 

「親の七光りのくせに、デカい顔しないでくれる?」

 たたみかけるように、ソナタは月の光の力を使ったフェアリータイプの大技『ムーンフォース』をコノハ目がけて放つ。 すかさずコノハは体勢を『かえんほうしゃ』を放てるものに変えようとする。 4足歩行の体勢になった方が、口に炎を溜めることができるのだ。 炎と月の光が激しくぶつかり合い相殺され、辺りは爆風が吹き荒れた。 技がぶつかり合っている時でさえ、コノハは気を張っていた。 ソナタのことだから、隙を狙ってモミジに手をかけるかもしれない。
相殺による爆風がおさまった時、案の定ソナタは目の前にはいなかった。 しまった、やっぱり隙があった。 コノハがそう思った瞬間。

「『スタッカート』!」

 弾けるような電気の矢が、コノハの右頬を横切ったのが分かった。 矢は見事にソナタの脇腹にクリティカルヒットし、ソナタはその拍子に脇腹を抱えてよろけている。 案の定、ソナタはモミジに近づいており、技がぶつかり合っている隙を狙っていたことが分かる。
ばっ、とコノハが振り向くと、やはりというか。 弓矢を構えているライヤの姿があった。 

「ソナタ! モミジさんに手を出さないで下さい!」
「くっ……! のろまピカチュウのライヤは、ウェポンが変わったのね!」

 ギロリとライヤを睨みつけるソナタ。 ソナタがダメージをモロに食らっているその頃、すぐそばでミツキとモモコがモミジを介抱していた。 拘束系の暗黒魔法は、かけた魔法使いにしか解くことができない。 そのため、モモコが癒しの魔法で吸い取られたモミジの体力を補っていたのだ。 足元には、エメラルドグリーン色の魔法陣が浮かび上がり、光を放っている。

「『ブリーズドゥース』」

 しかし、モモコの癒しの魔法はまだコントロールが上手くいっていない。 そのうえ、自分の体力を大きく削って誰かを癒すものだから、かなりリスクが高かった。 モミジもそれを分かってか、「無理しなくていいのに」とうろたえている。 時間を追うごとにぜぇ、ぜぇと息を切らしているモモコを見て、ミツキも心配そうにしている。

「わたし達の大事な友達の、大事なお姉さんだもん。 出し惜しみなんて、してられない……!」
「くすくすくす……! 何かを守ろうとした分だけ、自分の身を削るなんて滑稽ね!」

 くすくすと笑うソナタに頭がきたのか。 血の気が多いミツキはすぐに棒手裏剣を構える。 いつでもソナタに撃つことができるように。

「俺達はモミジさんのボディーガードなんだよ。 守りたいから守ってんだから、いいじゃねーか」
「みんな……ありがとう、お姉ちゃんのために……」
「当たり前だろ」

 ソナタが見たところモミジのスピリットは、コノハの乱入によって輝きを取り戻していた。 その見違えるほど眩しい輝きに、ソナタは不愉快そうに目を細める。 誰かを助けること、誰かに助けてもらえること。 そして姉妹愛がそんなに尊いものなのか。 自分さえよければそれでいいという考えを持つソナタは、今までであれば苦しんでいただろう。
しかし、モミジのスピリットの輝きを見るたびに、彼女を守ろうとするチームカルテットの目を見るたびに。 胸の奥がキュンと音を立てて痛む。 こんなことは、今までなかったハズなのに。

「せっかくエステに行ったのに、黒コゲになったり傷でもついたら意味がないものね。 今日のところは引いてあげるわ!」

 言葉にしがたい気持ちを、いつものノリでごまかしたソナタはその場から立ち去った。 同時に、モミジ達にかけられていた暗黒魔法も解け、映画関係者達は力が抜けたように崩れた。 ミツキとライヤはそれぞれのウェポンを手元から消し、モモコも癒しの魔法を解除してぐったりとしている。 コノハはすぐにモミジのもとに駆け寄り、心配そうに大きな目を垂らしていた。

「お姉ちゃん! 大丈夫!?」
「平気よ。 モモコちゃんが頑張ってくれたおかげだし、ケガもないもの」
「モモコもありがとう。 癒しの魔法、大変だったよね」 

 ひとまず、闇の魔法使いの脅威が去り、現場は安心感に包まれる。 ケガをしたポケモンもおらず、スピリットを抜かれたポケモンもいない。

「でも、ミュルミュールにされたポケモンがいなくてよかったぜ」
「思ったよりソナタがあっさり引いたね……」
「それですよね。 こないだ、カラマネロが夜中に来たこともありましたけど、最近のクライシスって妙な動きをしてる気がします」

 ライヤの言うことも一理ある。 クライシスのメンバーは、チームで動いているというよりも、個々がそれぞれの目的で動いているような面が強い。 もともと、その気質はあったのだが、最近は特にその傾向が強くなってきた。 
ポケモンのスピリットを抜き取り、ミュルミュールにすること。 そしてモモコを狙うこと。 この2つだけは一貫していたハズだが、最近はミツキ達も意図的に狙われることがあり、クライシスの目的も不明瞭になりつつある。 グラーヴェやネロちゃんのように忠実に仕事をこなそうとする魔法使いもいれば、ソナタのように自分の身を第一に考える魔法使いもいる。 考えれば考えるほど、ドツボにハマりそうだった。

「き、キミ達〜……。 闇の魔法使いを追っ払ってくれたのはありがたいんだけど……このお店の惨状、どうするつもり?」

 チームカルテットが頭を抱えていると、監督のカメックスがおそるおそる声をかける。 バックには、椅子や小道具の食事が散乱したご飯屋『ひとつまみ』の店内。 店長が「ウチの店が」と床に頭を打ち付けて泣きじゃくっている姿も見える。 隣では、カケルが店長を必死でなぐさめていた。
ポケモン達は無事で済んだが、店は大ケガを負った状態だった。



* * *



 結局、ご飯屋『ひとつまみ』の店内がめちゃくちゃになったことで撮影は中止。 チームカルテットは責任を取るために、日が暮れるまで掃除をするハメになった。 この時、モミジが「一緒にやるわよ」と声をかけてくれたお陰で、ほんの少しだけスムーズに終わらせることができた。 突然の襲撃で、仕方ないと言えば仕方ないのだが、他のポケモンに迷惑をかけてしまえば本末転倒。
 それでも、ミツキ、モモコ、ライヤの3匹は晴れやかな気分だった。 もちろん反省はしているが、それ以上にさっきの戦いを通して、よかったこともある。

「ねー、コノハぁ。 さっき言ってくれたよね? 『お姉ちゃんに手ぇ出すんじゃないわよ!』って! すっごくカッコよかった!」
「分かったからベタベタしないで! 恥ずかしいじゃない!」

 やりとりだけ見れば、昼間のそれと変わりないかもしれない。 だが、チームカルテットのメンバーには分かっていた。 コノハの態度が、本気で嫌がっているものではなくなっていることに。 むしろ、まんざらでもなさそうにコノハはモミジとじゃれていた。
あの戦いがなければ、コノハはモミジを本気で守ろうとはしなかったし、こうして姉妹水入らずの時間を過ごせなかっただろう。

「だって嬉しいんだもん! あたし、コノハに嫌われてるって思ってたから、まさかあんな風に守ってもらえるなんて思わなかったし!」

 えっ、とコノハは言葉を詰まらせる。 アタシが、お姉ちゃんを嫌っているって勘違いされてた? むしろ、嫌われているのはアタシの方だと思っていたのに。

「え、逆にお姉ちゃんはアタシのこと……。 だってアタシのせいで、お姉ちゃんは魔法使いになるの辞めたんじゃ____」
「えっ!? 何それ?」

 ぎょっとするように、モミジは目を見開いた。 この声を荒げて驚いているモミジの態度から、演技ではないことはコノハにも分かる。

「確かにパパからは、コノハの方が才能があるって言われてたけど……ちょうどいい機会だったの」

 ちょうどいい機会? とコノハは首をかしげる。 モミジはうなずくと、すっかり暗くなった寒空を仰ぎながら続ける。

「あたし、芸能活動の方が楽しくなっちゃってね。 それで魔法の勉強とかよくサボってたんだよ? パパはそれを見かねて、好きにしろって言っただけのことだよ」
(じゃあ、お姉ちゃんがアタシのこと恨んでるとかって、全部アタシの思い違い!?)

 それが分かったとたん、コノハは耳まで顔がかぁっと熱くなっているのが分かった。 恥ずかしさ、やっちまった。 でも、勘違いでよかった。 いろいろな思いがぶわっと波のように押し寄せてくる。
感情の波がだんだん引いてくるのが分かると、コノハはなんだか笑えてきた。 自分の悩みが、どんだけひねくれていたものだったのか、思い知ったのだ。

「ははっ……はははははっ……! なぁんだ! アタシてっきり、お姉ちゃんに恨まれてると思ってた!」
「だから何で!? あたしがコノハのこと、嫌いになるワケないじゃん! たった1匹の、妹なんだから」

 なんのかんの言っても、コノハはモミジが好き。 そしてモミジもコノハが大好き。 お互いに愛し合っているが故に、すれ違ってしまったのだろう。
 2匹のやりとりを見ていたモモコは、ふとコノハ達の関係を自分に置き換えてみる。 元の世界にいる(と思われる)弟は、自分のことを恨んだりしているのだろうか。 もう3年は自分の家に帰っていないが、弟もポケモントレーナーになってもいい歳になっている。 
もし、3年経った今でも弟は自分に置いて行かれたと思っているのなら。 そう思うと、モモコは自分が本当にここにいていいのか不安になる。 

(な、なんでこんなネガティブなこと考えてるんだろ。 よくないよくない)

 自分の考えていることがよくないと自覚したモモコは、ぶんぶんと考えを振り払うかのように頭を振る。

「僕達も早く帰って、テスト勉強しないと」
「ライヤ〜……、せっかく忘れてたのによぉ」

 テスト、とい言葉にギクリとしたミツキは、すぐにライヤにすがるように訴える。

「大丈夫ですよ。 ミツキとモモコのために、僕もどうやって教えるか考えてきていますから!」

 えへんと胸を張っているライヤとは対照的に、ミツキは真っ白になっていた。 あまりにも自信満々なライヤのドヤ顔に、モモコも思わず後ずさりする。 自分達の心の問題に向き合い、闇の魔法使いと戦い、困っているポケモンを助け、そして勉強。 ハードな魔法使いの生活は、これからも続いていくのであった。



花鳥風月 ( 2019/06/01(土) 21:21 )