ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第2楽章 星空と魔法の町−Pot pourri−
036 ちょっと今は、勘弁してください
「チッ、魔法使いの奴らか!」

 潮風が吹き荒れることで、チームカルテットのマントがバサバサと音を立てて風になびいている。 森林地帯の中でも荒野地帯に近いとされている『潮風の岩場』に住み着いているお尋ね者、ならずものポケモンのシザリガー。 彼が盗んだ指輪を取り返すのが、チームカルテットに課された依頼だった。

「お前がお尋ね者だな? とっとと指輪返しやがれ!」
「悪いがそうはいかないな。 この指輪を売り飛ばして、ボロ儲けするのがオレ様の目的だからな!」

 これぞ悪党あるある。 チームカルテットがシザリガーに抱いた印象はユニゾンのごとく合致していた。 聞いてもいないのに、自分の目的を話し始める悪党は少なくない。 クライシスも、多分同じタチだ。

「誰かの宝物を悪いことに使うの、すっごいカッコ悪いよ!」

 何にせよ、意図して悪どいことを考えているポケモンは見て見ぬフリはできない。 とはいえ、シザリガーから見れば相手はまだ小さい子どもだ。 そう簡単に言いなりになるワケにはいかない。
シザリガーは大きな自分のハサミを持ち上げると、口のように開き大量の泡を発射する。 『バブルこうせん』だ。 チームカルテットがすかさず身を反らすと、泡達は岩肌に命中。 岩肌はチームカルテットの背後で、まるで土砂崩れのように崩壊していく。

「キレイゴトばかりのガキンチョ達に、オレ様のジャマはさせねぇよ!」

 近づくなと言わんばかりに、シザリガーはハサミをぶんぶんと振り回す。 ハサミが地面に当たる度に砂埃が立ち込め、地割れが起こる。 ヘタに近づくとペシャンコになるか、ハサミで真っ二つにされるか。 いずれにしても、接近戦は危険とライヤは見立てる。 接近戦中心のミツキも、まともに近づけないのか困ったような顔をしている。 どこかに隙がないかと、シザリガーの様子を窺うにしても、砂埃がジャマをしている。
モモコの風の魔法であれば、この砂埃を取っ払うことができるのかもしれない。 しかし、相手は魔法使いでもミュルミュールでもない、普通のポケモンだ。 戦いの中で魔法を使えば、法に触れてしまう。
遠距離攻撃を得意とするコノハも、ほのおタイプであるためシザリガーには分が悪い。 数はチームカルテットが圧倒的に多くとも、実力には差がある。

「そしたら、僕の電気攻撃で! 『10まんボルト』!」

 ライヤは左右の頬袋からバチバチと音を立てて電撃を放つ。 足が遅いライヤはもともと接近戦向きではない。 だが10まんボルトのような電撃技なら相手に少なくてもダメージを与えることはできる。 
 しかし、ライヤの電撃は呆気なく相殺されてしまった。 全体的な能力が低いライヤの電撃では、いくら10まんボルトでもかゆみを感じる程度。 これにはシザリガーも拍子抜け。 それどころか、一周回って鼻でフンと小ばかにするように笑っていた。

「なんだぁコレ? 最近ハヤりの電気マッサージかぁ?」

 シザリガーは余裕のある顔をしながら、ライヤに近づいてきた。 シザリガーはスピードに自信がある種族というワケではないが、のろまピカチュウのライヤにとってはものすごい速さで迫って来られたように感じる。 お返しにシザリガーが選んだ技は、ハサミを持ったポケモンなら大半が覚えられる『クラブハンマー』だった。 逃げることも間に合わなかったライヤは、大きなハサミで叩きつけられる。

「うわぁっ!」
「ライヤ! 大丈夫!?」

 コノハはライヤの元へ一目散に駆け寄り、ダメージの度合いを調べる。 右足が真っ赤に腫れあがっており、とても自分の力で歩けそうになさそうだ。

「ひどいケガ……。 ライヤ、しばらく下がってて」
「えっ____」

 コノハはそれだけ言い残すと、ライヤの返事も受け取らずに戦線へ戻っていった。 取り残されたライヤをよそに、残った3匹とシザリガーの戦いは続く。

「よくもライヤにひどいことしたなぁ! 『タネばくだん』!」

 モモコはタネばくだんを次々と放つ。 それらはシザリガーにはひとつも当たっておらず、彼に当てるために撃っているように見えない。 まるで文字通り、怒りに任せて攻撃しているかのように見えた。

「フン、どこに撃ってるんだ? おチビちゃん」
「チビじゃないもん! それに、作戦通りだからね!」

 頭の中にハテナマークを浮かび上がらせるシザリガー。 彼の頭上からはガタガタと何かが崩れるような音が聞こえてくる。 まさか____シザリガーがハッとしながら上を見上げた時にはもう遅かった。
シザリガーの周りの岩場の一部が、音を立てて崩れていく。 これこそがモモコの狙いだった。 この環境を生かし、相手の動きを封じつつダメージを与える。 もともとすばしっこさに欠けるシザリガーは、そのまま岩の雪崩の下敷きになってしまった。

「お前って、地味にやることえげつねぇな……」

 身体が岩に埋もれて動けないシザリガーを目の当たりにし、ミツキはモモコの容赦のなさを垣間見たような気がした。 バトルそのものの経験があるとは聞いていたが、普段は穏やかなモモコがこんなことを考えているのは、どうもイメージにマッチしない。 敵に回したくないタイプかもしれない、とミツキは確信した。 そんなモモコはというと、「そう?」ときょとんとした顔で首をかしげている。

「とにかく、これでとどめだ! 食らえ! 『うちおとす』攻撃!」

 ともあれ、ミツキのとどめの一撃によって、シザリガーを気絶状態にまで追い込むことができた。 コノハがすかさずシザリガーの荷物をあさり、盗まれたと思われる指輪を見つけ出す。
霧の大陸にある石の洞窟の宝石から作られたというこの指輪。 売り出せば10万ポケは軽く超えてしまうだろう。 その輝きにコノハは見とれそうになるが、まだ13歳になったばかりの自分には早すぎる。 もう少し大人になってから、いつか自分で買えたらいいな____とコノハは思った。

「よかった! お尋ね者を倒したわよ!」

 依頼の成功を喜んでいるコノハ。 反面、戦線離脱したライヤは素直に喜ぶことができなかった。 ケガをしてしまった自分は、サポートにすら回ることもできず、足引っ張りになってしまった。 その事実に対して、強い不満を抱いていたのだ。
地面を睨みつけながら、ライヤは自問自答する。 自分はこんなのろまピカチュウのままでいいのだろうか。 迷惑をかけっぱなしで、役立たずの自分でいいのか。

「……僕は……」



* * *



「大丈夫、骨に異常はなさそうよ。 でも、患部にはじゅうぶん気を付けてね」
「ありがとうございます……」

 マジカルベースに戻ってきたチームカルテットは、すぐにライヤを保健室に連れて行き、ディスペアの手当てを受けさせた。 幸い、大ごとには至らなかったがライヤの右足には包帯が何重にも巻かれている。
潮風の岩場を離れてから、ずっとライヤは俯いて顔を上げようとしない。 それはマジカルベースに戻って来てからも同じであり、直接依頼に関わっていないディスペアでも、落ち込んでいるのがすぐに分かった。

「ライヤちゃん、そんなに落ち込まないで。 シザリガーは『かいりきバサミ』の特性を持っているんだもの。 大ケガのリスクはあったのよ」
「……はい……」

 ディスペアのフォローも、今のライヤには響いてこない。 よろよろとライヤは座っていた椅子から立ち上がると、足を引きずりながら保健室を後にした。 パタン、というドアの閉まる音がかすかに聞こえる。 耳を澄ましてみないと分からないくらい、力のないピアニシモだった。
取り残されたように、ミツキ達3匹はライヤが保健室から出ていくのを見送ることしかできない。 中でもコノハは、何も言葉をかけてやれないことに歯がゆさを感じていた。 眉間にシワを寄せている姿から、不甲斐なさを強く感じているのが分かる。

「大丈夫かなぁ、ライヤ」

 モモコは、逆にライヤの気持ちが少し分かるような気がした。 自分がケガや病気をすることで、周りに迷惑をかける。 その事実から生まれる負の感情に押しつぶされそうになること。 ポケモンになってから、何度も自分も感じてきたことだった。
ただ、自分がいざこれまでの仲間の立場になってみると考え方も違ってくる。 あれだけ迷惑をかけることに恐怖を抱いていたモモコだが、かと言ってライヤのことを迷惑とは全く思っていなかった。

「あの落ち込みようは、何とも言えねぇな」

 ミツキは同性同士ということもあってか、そんなライヤの気持ちを誰よりも強く汲み取っていた。 ライヤの言い分や気持ちも察しているからこそ、敢えて何も言うことはない。 これまで、落ち込んでいたり困っているポケモンに対して真正面から向き合ってきたが、ライヤはワケが違う。 ライヤは超がつくほど真面目すぎて、頭の回転も速い。 他のポケモン達と同じようにぶつかっていくと、今のライヤはますます潰れてしまうだろう。 それがミツキの考えだった。
 各々考えは違くとも、ライヤを心配する気持ちは同じ。 そのことを汲み取ったディスペアは、諭すように3匹に語りかけた。

「気持ちは分かるけど、今はそっとしといてあげましょう。 ね?」



 当のライヤはというと、部屋の灯りもつけずにベッドに仰向けになりながら、頭を抱えていた。 木でできた天井が、仲間を遠ざけた自分をじっと見下ろしているように見える。

(僕はいつもそうだ。 できることといえば、戦いの段取りを考えることだけ。 実際に戦う力は、僕にはない)

 その高い運動神経とパワーを生かして、チームカルテットの最前線で戦ってきているミツキ。 ものすごくパワーがあるワケではないが、威力の高い炎攻撃が得意なコノハ。 
今はいないがユズネも運動神経が抜群で、ミツキと近い戦い方をするタイプだった。 モモコにしても、喘息の発作にさえ気を付けていれば他のポケモン達と同じように戦うことができる。 自分達より後に魔法使いになったが、この短期間でずいぶんと戦い方が上手くなったものだ。
 一方のライヤはピカチュウにしては珍しく足も遅く、力もあるワケではない。 運動神経だけの物差しで見ると、マジカルベース内では最もバトルに向いてないとも言えた。

「僕は、みんなのお荷物になっているんでしょうか……」

寝返りを打ちながらライヤは不安そうに呟く。 本当ならば、ライヤも3匹のことを素直に褒め称えたい。 だが、どうしても同じチームとなると、自分と仲間達を比較してしまう。
ミツキやモモコのようとまでは言わないが、せめて普通のピカチュウ並みの運動神経を身につけたい。 その一心だった。

____だから、1回ワイがメンバーから離れて自分達で考えて、自分達で決める力を身につけて欲しいんや。

 いつか、ユズネに言われたことが頭をよぎる。 自分達で決める力を身につけて欲しい、そう言ったユズネの思いが、なんとなく今なら分かる気がした。 だが、心に余裕がなくなると、決める力も弱っていくもの。 いつしか、ライヤは心のどこかでユズネにすがりたいと思っていた。

(教えてください、ユズネ。 こんな僕でも1匹で戦えるようにするには、どうしたらいいですか?) 



 翌朝、ライヤの部屋の前ではコノハが驚きのあまり声を張り上げていた。 コノハの声はかなり高くて、それでいてよく通る。 そばにいたミツキとモモコからしたら、鼓膜が破けそうになるほどだった。

「えぇーっ!? 今日の仕事を休みたいですって!?」
「すみません……。 とても今日、仕事ができるような状態じゃないんです」

 そう返すライヤの声は、コノハとは対照的に力のない声だった。 昨日の依頼の件を、まだ引きずっている様子だ。 ライヤはミツキ達の前に姿を現そうとせず、ドア越しから応えるのみ。 ライヤがどんな顔で話しているのかは分からないが、昨日と同じくらいかそれ以上に元気がないことは声を聴いただけで分かる。

「まだ足痛い? それとも具合悪いとこが他にあるの?」

 ガンガンする頭を抱えながら、モモコはライヤに尋ねる。

「……本当にすみません。 ちょっと今は、勘弁してください……」
「分かったよ、ライヤ。 ちょっとでも元気になったら顔出してくれよ」

 ここは、ライヤが元気になるのを待つしかない。 あまりにも長引くようだったら、その時に考えよう。 ミツキはそう判断し、今はいったん身を引くことを選んだ。 

「……ありがとうございます……」



 魔法使い達が仕事にかかってしばらく経った頃、マジカルベースは静かになっていた。 ミツキ達ももう依頼に向かったのだろうか、敷地内に姿は見えない。 仕事を休むことがほとんどなかったライヤにとって、日中のマジカルベースは少し新鮮だった。
ライヤは、モデラートとマナーレ以外は誰もいなくなったマジカルベースで魔法の練習でもしようと考えた。 しばらく、1匹で頭を冷やしてあるひとつの考えが閃いたのだ。

(みんなにいつもかけていた能力変化の魔法。 それって、自分に試せないんでしょうか)

 ライヤが一番得意とする、能力を変化させる魔法。 何気なく使っていたつもりだが、自分にかけたことは実はただの一度もなかった。 この力は、仲間のサポートのために使うものだとばかり思っていたから。
早速ライヤは、ウェポンのバットをたずさえてマジカルベースの庭に降りてきた。
息を大きく吸って、気持ちを落ち着かせる。 願いの力が源になっている魔法を使う上で、実はこれは大事なことだったりする。 何を望むのかが曖昧になっていると、思い思いの魔法が使えないことがしばしばある。

「『アレグロ』!」

 まずは素早さを上げる魔法を。 バットから光を発生させ、自分自身に打ち込む。

「『アニマート』!」

 次は攻撃力を上げる魔法。 このまま、訓練用に用意した薪に向かって、薪割りよろしくバットを振り下ろせば____。

「やっぱりダメみたいですね……」

 できなかった。
 ライヤの魔法は、自分自身に効果は得られない。 素早さも攻撃力も、いつもの自分と変わらなかった。 薪を割ることができなかったのが、何よりの証拠だ。 

(ポケモンの技でいう『てだすけ』なんかと同じ要領なんですよね)

 この薪も、ミツキやモモコだったら一刀両断できるだろう。 それに比べて自分はなんて非力なんだ、薪を割ることすらできないのか。 自分に問い詰めても、世にも珍しいのろまピカチュウだから仕方ないという答えしか返すことができない。
このままマジカルベースに1匹でいても、煮詰まるだけかもしれない。 そう思ったライヤは、一度外の空気を吸うために環境を変えてみようと思った。

「道場にでも行ってみますか……」



* * *



 ところ変わって、クライシスのアジト。 屋根付きベッドの中にいるミジュマル____クライシスのボスでもあるユウリは、不機嫌そうに抱き枕を殴りつけることを繰り返している。 ネロちゃんもしどろもどろになるほどの不機嫌さであり、余程のことが起こっていることが分かる。

「はぁ……はぁ……。 まだなの……?」
「何がですか? ユウリ様」

グラーヴェが怖々尋ねると、ユウリは叩きつけるように溜めていた言葉を次々と吐き出した。

「チームカルテットの『覚醒』よ! あまりにも遅すぎるわ。 それがなきゃ何にも始まらないでしょう?」

言われてみれば、確かに。 グラーヴェとソナタは目を合わせながらユウリに共感するようにうんうんとうなずく。 ユウリの言う『覚醒』によって何が起こるのかというのは、クライシスの面々は全員把握してはいる。 

「ヌホーッホッホッホ! 3幹部はどんな風に考えてるんだい? ユウリ様にはあまり時間がない、そんな状況なのに何一つ進展がないのは由々しき事態だもんねー!」

 ユウリに時間がない、その言葉に大きく目を見開いて反応したのはグラーヴェだった。 グラーヴェにとって、ボスのユウリがそう与えられた時間が長くないのは一大事なのだろう。 マイペースなソナタや、モモコに執着しているドレンテと比べても、グラーヴェのクライシスへの貢献度は群を抜いて高い。 癪だが、ネロちゃんの言葉でグラーヴェは今一度、自分のすべきことを再確認させられていた。

「次は俺が出向きます。 のんびりなんてしていられない」



* * *



「強くなる方法? そしたらウチの道場使って行けよ!」
「ありがとうございます、師範さん!」

星空町内にある、ゴロンダ師範の道場。 チームカルテットの幼なじみ組的にはふしぎ博士と同じく昔からの顔なじみだ。 そのよしみでタダで道場を使わせてくれる師範の所ならば、最も効率良く強くなれるのでは。 ライヤはそう思って、道場に足を運ぶことにしたのだ。

「他のメンツは一緒じゃないのか。 なんかあったのか?」
「あっ、いや、特に何も……」

チームカルテットもそうだが、魔法使いはよほどのことがない限り、チームで行動していることが多い。 そのため、突然1匹で町をウロウロしているとなると仲違いでも起こったのかと、特に知り合いのポケモンは気にする。 ライヤは言葉を途切れさせながら何とかごまかすと、師範はご丁寧に道場の説明をしてくれた。

「それぞれ障子を開けば、各タイプ専門の長がいるからな!」

 ライヤの目の前には、いくつもの障子が並んでおり、挑戦者を待ち構えている。 ライヤがその中から即決で選んだのは、自分と一直線上にある部屋だった。

「そしたら……じめんタイプに挑みます!」
「おいおい、でんきタイプとじめんタイプの相性の悪さはお前も知ってるだろ? 大丈夫か?」

 師範はとても心配そうに、ライヤに再確認するように問う。 師範も長年の付き合いから、ライヤが真面目すぎるポケモンであることを分かっており、だからこそ心配していた。

「はい。 1匹で戦えるぐらいに強くなりたいんです」

 それでもライヤの決心は固かった。 きっとここで無理に止めても頑張ろうとしている彼のためにはならないし、何度でも「行きます」と言うだろう。 師範は「やれやれ」と肩をすくめると、ライヤのために道をあけた。

「ライヤがそこまで言うなら……分かった。 気のすむまで自由に使ってくれ」
「ありがとうございます!」



* * *



 一方、ライヤ以外のチームカルテットのメンバーは、依頼先の山岳地帯に向かうためにほうきで空を飛んでいた。 そんな中でも3匹が気がかりなのは、やはりライヤのこと。 

「ライヤのヤツ、変に思い詰めてねぇといいんだけどな」

 そうぼやきながら、ミツキはほうきの柄をぐっと握る。 ミツキのぼやきを耳にしたモモコもまた、彼と同じ心境でいた。 あんなに落ち込んでいたライヤを見たのは、初めてだったから。

「言い方あんま良くねぇから誤解しないで欲しいんだけどよ、ライヤってあんまり体力がないから、戦いではサポートに回ってるだろ?」

 ミツキに話を振られ、モモコはうなずく。

「それを気にしてるのかもしれねぇ」
「あぁ……それはあるかもしれないね」

 ミツキの言う通り、ライヤの体力は平均以下だ。 モモコがポケモントレーナーだった時も、のろまなピカチュウはなかなか見たことがない。
 だが、メンバーのサポートに関しては右に出る者はいないくらい上手いことも事実だ。 現にライヤが使ってきた『アレグロ』等のサポート魔法のお陰で、どれほどチームカルテットが救われてきたか。 彼の魔法なくして、過酷な戦いを乗り越えることはできなかっただろう。
それだけでない。 ライヤはチームとしての戦いにおける段取りをよく考えている。 いつ、誰がどんな時に動けばいいのか。 それを分析して、的確に他のメンバーに伝えることができる。
 これはなかなかできないことであり、チームには欠かせない役割でもあるのだが、当のライヤはあまりいい気になっていないのだ。 ライヤは非常に賢い。 賢いが故に周りのことを分析するのが得意だが、それは自分も分析対象に入っていることも意味している。 自分の状況を理解すれば、今までに知らなかった自分のいいところも見えてくるが、悪いところも見えてくる。

「ライヤにはライヤのいいところがあるのに、あいつはなかなか自分に自信が持てねぇんだ。 昔から俺達もライヤにはいろんな場面で助けられてたからよ、もっと誇りに思ってもいいハズなのに」

ミツキの言葉に、モモコはまたうんうんと納得する。 現にモモコも、ライヤからこの世界のことについて色々と教えてもらっている他、魔法の本も貸してもらったことがある。 喘息を持っていたことがバレた時も、いろんなポケモンがいると励まされた。
それはミツキも同じだった。 ライヤの一言があったから、自分が魔法使いをやる理由について自身を持つことができたのだ。

「それ、ライヤに直接言ってみたらどうかな? 言葉に出して言えば、ライヤにもちゃんと届くと思うよ!」
「そうしてみるか」
「でさ……コノハは何であんなにカリカリしてるの?」
「あぁ……あいつさ____」

 モモコがジト目で視線を送った先は、自分達よりも先を急ぐコノハだった。 ライヤが仕事に出ないと分かってからのコノハが、やたらとせかせかしている。 しかめっ面で準備をし、しかめっ面で空を飛ぶ。 キャピキャピして気の強いコノハだが、ここまで分かりやすくイライラしているように見えるのは初めてかもしれない。

「ちょっとミツキもモモコも! ちゃちゃっと終わらせるわよ!」
「「ひぇっ!」」



* * *



「『たたきつける』攻撃!」

ライヤが進んだ障子の向こう側は、岩肌がよく見える洞窟だった。 洞窟に待ち構えているポケモン達はみんなボランティアで、魔法使いや探検家達の特訓相手になっている。
ライヤのお相手は、しんどうポケモンのガマガル。 みずタイプを持つガマガルならばでんきタイプのライヤに一見有利に見えるが、ガマガルはじめんタイプも持っている。 でんきタイプの技は通用しない相手だった。

「本当にこれ、『たたきつける』?」

ライヤは尻尾による攻撃をガマガルの腹に打ち込んだハズだったが、ライヤのパワーでは大きなダメージを与えることができなかった。 ライヤの弱点は、とにかく体力がミツキ達より不足していることだった。 体力がないからパワフルさにも欠け、早く走り回ることもできない。
物理攻撃によって、距離を詰めてしまったライヤは隙だらけ。 ガマガルの『マッドショット』をモロに受けてしまう。

「うわあぁあああ!」

アッサリと倒されたライヤは、障子の引き戸を開けて洞窟から出てきた。 ヘロヘロになっているライヤを見て、師範は慌てた様子で彼を介抱しに駆け寄った。

「ライヤ……本当に大丈夫か? 足もケガしてるんだろ?」
「はい……何とか。 やっぱり効果バツグンの技ってキツいですね……」

 ほぼ自業自得とはいえ、相性をひっくり返すくらいの手立ても持っていないライヤ。 そんな自分に、ライヤはますます不甲斐なさと嫌悪感を抱くばかりだった。 さらに落ち込む様子のライヤに、師範も心配する。

「師範どのー? おるかー?」

 そんな時、道場の入り口から聞いたことがあるオッさんの声。 ライヤが振り向くとそこには、あまりにもなじみがありすぎるポケモンがいた。 ここで会えると思わなかったため、ライヤは何となく心が晴れ晴れしたような気分だった。
客人あらぬ客ポケはふしぎ博士だった。 師範とは友達同士であり、ボードゲームの盤のようなものを抱えている。

「ふしぎ博士じゃないですか!」
「おぉ、ネズミの子よ! カエルの子達は一緒じゃないのか?」
「あ、えぇと……その……」

 思えば、過去に自分がのろまであることを気にしていた時、親身になってくれたのはふしぎ博士だった。 今も自分ののろま、足引っ張り問題について悩んでいるライヤは、このままふしぎ博士に話してしまおうか、気持ちが傾いていた。
かつて元気づけてくれたように、今回ももしかしたら何かいいお言葉をいただけるかもしれない。 そう思うと、口が自然に動いていた。

「聞いてもらってもいいですか……?」



花鳥風月 ( 2019/05/14(火) 00:04 )