ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第2楽章 星空と魔法の町−Pot pourri−
035 あたしの気持ちが分かる?
 ラベンダー山脈は山脈の内部だけでなく、山沿いにある小さな横道も不思議のダンジョンになっている。 分かれ道になっているところには、金色で縁取られている『預かりボックス』があり、一休みできる休憩地点の役割も果たしている。
 フローラが戻ってきたのは、分かれ道になっている場所。 用意してきた青い花束を、乱暴な手つきで荷物から取り出すと、やけくそになったかのように地面に叩きつける。 せっかくこの日のために準備してきたハズなのに。 だが、感情任せになっている今はもうどうでもよかった。 マダムに会ったことで、フローラは自暴自棄になっていた。

「あたしは、パパとママのお墓参り行くこともしちゃいけないの……?」

 膝をつくようにその場に泣き崩れるフローラ。 涙を拭きとるように吹いてくる北風はとても冷たい。 しかし今のフローラは、身体よりも心が凍えてしまいそうだった。
 自分の知らないところでひとりぼっちになった、8年前のあの日のように。



* * *



 フローラはもともと星空町ではなく、『むらさきおか』からさらに北にある『しあわせの花畑』で生まれ育った。 彼女の両親は凄腕の魔法使いで、音の大陸のあらゆるところで活躍していた。
モデラートやマナーレも、直接会ったことはなくともフローラの両親の存在は知っていた。 魔法使い協会からも信頼されており、魔法大学で講演も行っていたという。
このとき、フローラの家族が持っていた花は青い花。 フラベベ族は生まれた時から、大きく分けて5つの色の花とその生涯を共にする。 音の大陸では、青い花のフラベベ族は珍しい。 そのため、音の大陸で青い花の魔法使いといえば、フローラの両親という認識が広まっていた。
フローラにとって、両親は自慢の存在だった。 いつも自分のことよりも誰かのために頑張る両親が、フローラは誇らしかった。 
両親もまた、かわいい愛娘であるフローラと過ごしながら魔法使いの仕事をすることで、幸せな日々を送っていた。



 あの日が来るまでは。



 8年前____フローラが5歳の時のある晩。 いくら待っても両親が帰ってこなかった。
自分達にもしものことがあった時のために、フローラの両親はフローラに魔法使い協会の連絡先を伝えていた。 さっそくフローラが魔法使い協会に連絡を入れると、応えたのは窓口の魔法使いだった。

「あのっ! パパとママがかえってこないんです! なにかしってますか?」
「今、調査中です」

 それだけ返され、魔法使い協会とも連絡が途切れてしまう。 とうとうフローラはその日、1匹で家で待っていることとなった。 この時、12月が半ばに差し掛かった頃であり、聖なる夜の祭りが近づいている時期。 ワクワクするハズのこの時期に、フローラは不安な気持ちを1匹で抱えることになってしまった。 小さな5歳の女の子の胸が、きゅうぅ、っと音を立てて絞られたタオルのようにキリキリ締め付けられる。

(もうすぐせいなるよるのおまつりだから、きょうまでにプレゼントかんがえといてねっていわれてたのに……)



 そして、朝は明けてしまった。
 朝が明けても、フローラの両親は帰ってこない。 まさか、パパとママに本当に何かあったんじゃ____フローラが嫌な予感を募らせていると、郵便屋さんのペリッパーが新聞を届けに来る。
ポストに入れられた新聞紙をおそるおそる開いてみると、一面に『号外』の文字。



『青い花の魔法使い、禁断の魔法を使う』



 難しい字こそ読めなかったものの、一緒に載せられている写真を見て、フローラは何があったのか察することができた。
それぞれ並べられた3枚の写真は、すべて両親のものだった。 1枚目は、両親が魔法を使っている姿。 2枚目は、両親がジバコイル保安官に連行されている姿。 そして3枚目は、両親が三角帽子を被った偉そうな魔法使い達に取り囲まれながら、十字架にくくりつけられている姿。 十字架が刺さっている地面には、魔法陣が映し出されている。
 どうして、どうしてパパとママがこんな目に。 パパとママは無事なのか。 大丈夫なのか。 両親を案ずる気持ちが、フローラの頭の中でぐるぐる回っているのと同じ頃、新聞記者のポケモン達が大急ぎで花畑を駆けていくのを見かけた。

「おい、聞いたか!?」
「青い花の魔法使いが、禁断の魔法を使った罰で呪いを受けたって!」
「え? じゃあ死んだの?」
「あぁ……即死だって」

 その話は、しっかりとフローラの耳にも飛び込んできた。 
 死んだ。 パパとママが、死んだ。 
 禁断の魔法を使って、呪いで死んだ。



 それからすぐ後のことは、フローラ自身もよく覚えていない。 急ピッチで葬式が行われ、その間にフローラは、親戚の家で預けられることで話が進んでいた。
たまたま、むらさきおかに住んでいた親戚がいたため、距離的にも問題ないだろうと判断されたのだ。 その親戚こそ、赤い花のマダムと3匹の子ども達。
 理由が何であれ、不祥事を起こした魔法使いの娘を引き取りたいと申し出る親戚は誰もいなかった。 フローラを引き取った親戚も、援助としてお金がもらえるからといって仕方なく引き取った部分がある。
そんな経緯があってか、フローラは親戚の家ではかなり邪険に扱われていた。 大きな決め手でもある、最初に親戚の家に引き取られた日。

「青い花は恥だから、この赤い花に持ち替えなさい」

 フラベベやフラエッテ達にとって、手持ちの花は自分の身体の一部同然。 ましてや身寄りのいなくなったフローラにとって、青い花は自分が両親の子だったことを証明する唯一の証であり宝物だった。
どんな理由があろうとも、花を持ち替えることに対してフローラは抵抗した。

「やだ! あおいおはなは、パパとママのおはななんだもん!」

 青い花の茎を引っ張り合うフローラとマダム。 今にも花が引きちぎられそうだった。 言って聞かないフローラに対し、マダムは最後の手段を使うことにした。

「こうなったら力ずくでッ!」

 マダムはフローラを思い切り突き飛ばし、青い花をひったくる。 当時まだ5歳のフローラは、円を描くように突き飛ばされ、木でできた床に背中を打ち付ける。 背中から身体の奥の深いところまで、痛みがじんじんと広がっていく。 しかし、この時のフローラは背中と同じくらいかそれ以上に、心も叩きつけられたように痛かった。
フローラが横たわっている隙に、マダムは青い花を持って家の暖炉の前に立つ。

「せっかく優秀な魔法使いの親戚がいて、ウチも多少の恩恵があったのに。 不祥事ですべて台無しよ」

 マダムの悪態と共に、青い花は暖炉の中へと放り投げられる。 パチパチと音を立てながら、あっという間に青い花は燃えて灰になってしまった。 海の水や空のように、澄み渡るような美しい青色は、目の前から消えていた。
フローラの心は、じゅうぶんすぎるくらいに粉々に砕かれていた。



 1年が経った頃。 親戚もフローラも精神的に追い詰められており、お互いにもう一緒に住めないと思っていた。 親戚側も親戚側で、3匹の子どもにプラスして引き取ったフローラまで育てるのは息が上がりそうだった。
親戚はとうとう、フローラを家から閉め出してしまった。 フローラとしては、これから行くアテもないのにどう生活していけばいいのかという不安に駆られた。 しかし同時に、ようやく親戚達から解放されるという安心感も、ほんの少しだけ感じていた。

「ほんとうのおうちなら、もしかしたら」

 行くアテを失ったフローラが行きついた先は、生まれ育ったしあわせの花畑。 しかし、かつて自分の住んでいた家は取り壊されていた。 花畑には、青い花も咲いていない。 自分が両親と住んでいた痕跡がなくなってしまった。
絶望のどん底に叩き落されたフローラは泣き崩れ、気が付けば悲しい気持ちが心を支配していた。 スピリットが輝きを失ってしまったのだ。

(あたしも、パパとママのところに行けば……)

 フローラの意識は、そこで途切れる。



 1体のミュルミュールが花畑で暴れ回っていた。 傍らには、紫色のクリスタルに閉じ込められたフローラの姿。 
パパとママを殺したこの世界も殺しちゃえばいいんだ。 そして自分も消えてなくなっちゃえば、パパとママのところに行けるんだ。 その一心でフローラはミュルミュールを介して花たちを散らし、枯らし、破壊の限りを尽くした。
このままミュルミュールとして魂の輝きを完全に失ったらどうなるのか。 パパとママは何て言ってたっけ。 魂を抜き取られている状態は、本当に死んだことにならないけれど、本当に死んじゃうんだっけ。 せっかく両親から教えてもらった大事なことも、もう思い出せない。
 そんな時だった。 フローラを浄化すべく、魔法使いが駆け付けたのは。

「『バブル・ストリーム』!」

 その魔法使いこそが、モデラートだったという。 この時期、フローラの両親のことで魔法使い協会をはじめとしたお偉い魔法使い達も、てんやわんやしていた。 魔法使いの取り締まりについて開かれた緊急会議の帰りに、モデラートはいわくつきの花畑に寄ろうと思ったのだ。
そこにいたのは、ワケも分からず大好きな両親を失い、身寄りをなくした小さな女の子だった。
ミュルミュールを浄化し、フローラに戻したモデラートは決心した。 この女の子を引き取り、自分の手で育てようと。 既に引き取っていたガッゾにとっても、歳の近いお姉さん的存在になるだろう。



* * *



「これが、フローラの両親の真実さ」

 フィルとモモコはゴーストポケモン達をかき分けるように、魔法のほうきでむらさきおかを後にしていた。 マダムに罵られ、その場をとっさに立ち去ったフローラを追いかけていたのだ。 その間に、モモコはフィルからフローラの過去について教えてもらっていた。 
全てをフィルが話し終えて、ふぅと一息つく。 彼の目の前で、モモコは愕然としていた。 こんな救いようのないことが、フローラの身に起きていたなんて。 フローラがどんな思いでいたかを考えるだけで、胸が張り裂けそうになる。

「フィルは全部知ってたんだね」
「ボクだけじゃない。 リリィも……ううん、魔法使いの業界に入っているポケモンはみんな知ってる。 すごいニュースになったからね。 ドキュメンタリーのミュージカルなんてのもやってたらしいんだ」

 波乱万丈な人生を送った人やポケモンの話を、ドラマや映画にすることはそうそう珍しくない。 人間の時は、当たり前のように流すように見ていたモモコだったが、いざ当事者の話をこうして聞くとなると、また気持ちの持ちようが違った。
当事者からしたら、脚色を加え、キレイごとにされるような話ではない。 ましてや、死にたくなるほど辛い思いをしていたのに、知りもしない相手に語られるなんて、たまったものではない。 もし、自分が同じことをされていたら、気持ち悪くなるほど不愉快だっただろうとモモコは感じる。

(だからリリィは、フローラが嫌な気持ちになることを知ってたから、あんな風に言ってたんだ)

 同時に、午前中にリリィが自分達に言い放った時の態度を思い出す。 フローラを思いやっていて、且つ繊細な心の持ち主のリリィだからこそ、トゲのある言い方になっていたのだろう。



* * *



「フローラ! よかった、ここにいた!」

 ラベンダー山脈を降り、山の横道との分かれ道まで戻ってきたフィルとモモコは、ようやくフローラと合流した。  フローラはモモコとフィルの気配を察知すると、さっと近くの岩陰に隠れてしまう。 やはり、何も知らなかったモモコに対して後ろめたさがあったのだろう。
モモコとフィルは魔法のほうきから降りると、フローラの隠れた岩陰まで近づいた。

「やっと見つけたよ。 急に降りていくモンだから心配したじゃないか……」
「……フィル、モモコに話したの?」

 岩陰に隠れたまま、フローラはフィルに問いかける。 その声は涙ぐんでいるのがすぐに分かるほど、詰まったような声だった。

「どうしてそれを聞くんだい?」
「魔法使いならみんな知ってる事件なのに、モモコだけ知らないのはおかしいもんね」
「それは……まぁ」

 自嘲的に笑いながら答えるフローラに、フィルもかける言葉が見つからない。 マダム達の言うことなんて気にするなと言っても、それができれば苦労はしていない。 かと言って、フローラの両親が不祥事を起こしてしまったことは紛れもない事実だ。 青い花の魔法使いといえば悪い魔法使いというのが、8年前から音の大陸に根付いた一般的な考えだった。 いわゆる、魔法使いの業界の中では『普通』のことだった。 

「ずっと、辛い思いしてきたんだね」

 意識的か無意識か、モモコが口にしたのは差し当たりのない言葉だった。 ここ最近で、自分も心の闇に寄り添ってもらったことから、この言葉が出てきたのだろう。 フィルづてでしかことを知らないモモコでも、フローラに寄り添うことはできると思われた。
しかし、フローラから返ってきたのは、ひどく冷たく、攻撃的な口調だった。

「それ、同情のつもり?」
「え?」
「同情ならやめてって言ってるの」

 もちろん、モモコにはフローラを不愉快にさせようという気持ちはない。 しかし、モモコの言葉は悪い意味での起爆剤になってしまったようだ。 寄り添いの気持ちを、『同情』という言葉で片づけられてしまう。 思いやったつもりが、さらに相手を傷つけることで自分自身も落ち込んでしまう。 言葉は諸刃の剣だということを、つくづく痛感させられた。
歯止めが効かなくなったフローラは、モモコの言葉を遮ってでもまくしたてるように続ける。

「ど、同情なんて……わたし、そんなつもりじゃあ____」
「自分の知らないところでパパとママが悪者にされて、娘だからって周りから石投げられてきたあたしの気持ちが分かる?」

 ここまでストレートに投げかけられたことで、モモコも自分の言葉の無神経さに気付かされた。 モモコはフローラにはなれない。 いくら相手に寄り添おうとしても、自分は自分で他者は他者。 それは家族のことで苦しい経験をしてきたモモコ自身も、分かっていたつもりだった。
自分は周りの寄り添いや思いやりで大きく救われた部分がある。 だが、フローラにも同じことが通用するかと言われれば、それはまた別の話。 もし本当にそうならば、逃げ出すようなこともなかったし、マダムと出くわしても血相を変えるようなこともなかっただろう。

「フローラ、言いすぎだ」

 フローラを諫めるように、フィルが間に割って入る。 モモコへのフォローも兼ねているこの対応は、精神的にも歳的にも上であるフィルだからこそできることだ。 優れた観察眼と、どう立ち回るべきかとっさに判断ができるフィルのいいところは、普段のキザでナルシストな性格で雲隠れしてしまうが、こういう局面で光るものがある。

「フィル、わたしは大丈夫」

 そう言うモモコの顔は、明らかに困り感を隠しきれていない、作り笑いだった。 大丈夫じゃない時に大丈夫と言ってしまう悪い癖が出ながらも、モモコはまだフローラのことを諦めきれなかった。 このまま心の距離が開いてしまうのは、後味が悪い。 今の言葉の選び方は、確かに適切とは言えなかった。
このことにすぐに気づけるあたり、モモコは他者の負の感情には敏感なのだろう。 過去の経験があったから、また、魔法使いとして様々なポケモンの心に触れてきたからこそだ。

「でも____」
「わたしも、フローラのこと考えもしないで言っちゃったから。 だからごめんね」

 フローラからすれば、今のモモコはずるいことをしている。 フローラも言い過ぎたと分かっているのに、モモコから先に謝ろうとしているのは、それで丸く収めようとしているのかもしれない。 

「でもね……わたしも分かるんだ。 自分の知らないところで、家族がめちゃくちゃになる辛さは」

 その言葉を聞いた時、フローラのボルテージがすうっと落ちていく。

「え?」
「だからわたしは、フローラのご両親のこと、悪いなんて思わないよ。 分からないけどたぶん、事情があったんだよね?」

 大きくフローラはうなずく。 この事情が知られていないから、パパとママがずっと悪者扱いされている。 いくら声を上げても、隠蔽されるか突っぱねられるかのどっちかだったのに。
ぎゅっとフローラが悔しそうに拳を握ったところで、モモコはさらに続けた。

「もちろん、フローラのことも見る目が変わったりなんてしないよ」
「ボクもそれは同じさ」

 フィルもまた、モモコに並んで続ける。

「ボクとリリィも、もちろん他のみんなも全部わかっているけど、それを理由にキミを邪険にしたことはあったかい? かわいそうだって、同情したこともあったかい?」

 そんなことはない。 そう言葉に出かかったところでフローラははっと気づかされた。
お偉いさんのモデラートやマナーレも、同級生の代にあたるミツキ達も、チームメンバーのフィルとリリィも。 魔法使い達は、フローラが不祥事を起こした魔法使いの娘と分かっていても、態度を変えたりすることはなかった。 他の魔法使いやポケモン達と同じように接してくれた。
分かっていたつもりだったのに、優しさはちゃんと受け取っていたハズなのに。 マダムと出くわしてしまったことで、フローラは冷静さを失っていた。

「リリィも、この時期になるといつもキミのことを心配しているよ」
「どうして……」

 フローラの声が震えているのが、モモコとフィルにはすぐに分かった。 

「どうしてみんなそんなに優しいかな……。 みんな、あたしよりも辛い思いしてるハズなのに。 それ以上にあたし、不祥事を起こした魔法使いの娘なのに」
「だって、フローラはフローラじゃん」

 その言葉は、フローラの心を溢れさせるにはじゅうぶんだった。
岩陰から飛び出るように姿を現したフローラは、両目に涙をたっぷりと溜めていた。 フローラは飛びかかるようにモモコに抱き着くと、わんわんと小さな子どものように泣きじゃくっていた。
嗚咽をこぼしながらも、フローラは何度も何度も同じ言葉を繰り返す。 

「ごめんなさい……ありがとう……ごめんなさい……!」

 ひっく、ひっくと息を上げているフローラの頭を、モモコが優しく撫でてやる。 そんな2匹の姿を、フィルが優しいまなざしで見つめていた。
 


* * *



 フローラの気持ちが落ち着いた頃、一行はほうきでむらさきおかを超え、魂の園の上空まで戻ってきた。 魔法のほうきで回り込めば、マダム達とまた鉢合わせることもないと見越したうえでの判断だ。
地上にゆっくりと降り立ち、フローラの先導のもと、彼女の両親の墓石前までたどり着いた3匹。 他の墓と違い、お供え物も何もなく、ところどころにコケが生えていることから手入れも十分にされていないことが分かる。 フローラだけで何年も手入れしてきたと考えると、かなり無理があるだろう。 それでも、3匹で協力しながら墓周りの手入れをすればあっという間だった。 ある程度キレイになったところで、ようやく墓石の前で手を合わせる。
6年ほど、一つ屋根の下で家族同然に過ごしてきたフィルと、最近友達になったモモコ。 フローラが2匹と巡り会えたのは、両親が自分を生んでくれて、5年と言う短い間でも育ててくれたから。

(パパ、ママ。 パパとママは今でも世間じゃ悪く言われてるけど、でも大丈夫。 いつか、本当のことの方が知られる日が来るから)

 今でもしっかりと覚えている両親の顔。 同時に頭によぎるのは、マジカルベースの仲間達。 生みの親が本当の両親なら、育ての親は自分を引き取り、受け入れてくれたマジカルベースの魔法使い達だ。

(それまで、あたし頑張るね。 星空町で、支えてくれる仲間達と____)



 すっかり暗くなった空を、一行は魔法のほうきで横切っている。 星空町に戻ってくると、希望の時計台が夕方の5時を告げる鐘を鳴らしていた。 太く大きな鐘の音は、まるで星空町のポケモン達に優しく語りかけるような母親のようで、聴いていて心地よかった。 地上には、早く自分達の家に帰ろうとする子どもポケモン達の姿がある。 その中には、仕事を休んで久しぶりに友達と遊んでいたガッゾの姿もあった。
ふと住宅街や大通りなど、建物が立ち並ぶ場所に目をやると、色鮮やかなイルミネーションが絡まっているのが分かる。 その光景は、まるでひっくり返した宝石箱のようでとても美しい。 聖なる夜の祭りに向けて、星空町も盛り上がっているのだ。

「そうだ、フローラ。 わたしのお願い、聞いてもらってもいいかな?」
「え?」
「まだフィルのお願いしか、聞いてもらってないもんね」



* * *



「実は、まだ今日の晩ご飯作ってなくて……」

 星空町の宿舎に戻ってくると、たいてい夕方までには食事が用意されている。 食事を作るのは普段はディスペアの役目だが、今日に限ってマジカルベースにいない日だった。 そのような日は、だいたい魔法使いが自分達で作ることにしていた。 しかしあいにく、今日はほとんどの魔法使いが外に出向いていたこともあり、誰も食事を作っていない。
そろそろ魔法使いが順次帰ってくる。 同じぐらいのタイミングで帰ってきたガッゾも、「今日の晩ご飯は何だゾ?」と声をかけてくるだろう。

「そっかぁ! 今日はディスペア、別の仕事で夜勤明けだからご飯作ってないのね……!」
「コノハが朝から、『今日の気分はオムライス!』って言っててさ。 フローラって、卵料理好きだっけ?」

 オムライスという単語に、フローラの目が輝いたのが分かる。 

「すごい好き」
「よかったぁ! そしたら、一緒にご飯作ってもらってもいいかな?」
「い、いいけど……それでいいの?」

 モモコからのお願い事が、まさかのご飯作りの手伝いとは。 フローラからすれば、何かお菓子でもおごろうとしていただけに、思ったよりも『しょぼい』お願い事で拍子抜けしていた。 それでもモモコは、笑顔でフローラに即答する。 

「それがいいんだ」



* * *



 フローラの料理の手際自体は、実はいい方だった。 幼い頃からマジカルベースで暮らしていたこともあり、料理の手伝いをする機会も多かったのだろう。 特に野菜を細かく切ることに長けており、逆に野菜を切るのが苦手なモモコは技術を分けて欲しいと思ったほどだ。
ちょうど米を野菜と一緒に炒めている頃、魔法使いが続々と帰ってくる。 このうち何匹かの魔法使いが、モモコとフローラが料理をしている姿を見ており、物珍しさを感じている。
同じく仕事から戻ってきたリリィが、オムライスとは別で野菜スープ作りを手伝う。

「大丈夫だったの? フローラ」

 お湯を沸騰させながら、リリィはフローラに恐々尋ねる。

「んー? 何が?」
「今年も、何事もなかった?」

 リリィがフローラのことをとても気にかけていることは、フローラ自身も分かっていた。 確かに、この時期、両親の件となると自分は不安定な気持ちになりやすい。 こればっかりはどうしようもないことであり、きっと克服するのも難しいだろう。 だが、マジカルベースの仲間達がそんな自分を支えてくれるから、受け入れてくれるから。 だからフローラもちょっとずつではあるが、前を向ける気がした。

「フィルとモモコがいてくれたから、大丈夫だったよ」

 当のモモコは、フローラの隣で卵焼きを作っている。 唐突に自分の名前を出されたものだから、「う゛ぇえ!?」と声にならないような声を上げて驚いている。 それでも、フローラが満面の笑みでリリィに応えるものだから、モモコもまんざらでもない様子だった。
リリィもリリィで、モモコに警戒心が拭えない魔法使いではあるが、フローラの反応を見て感心していた。 重い過去を背負うフローラの支えに、なりうる存在になれているのかもしれない。

「できてるモンあったら、アタシとリオンで運ぶわ。 ミツキ達にはお膳立てお願いしてるから」

 ひょこっ、とコノハがカウンターから顔を出す。 フローラは「お願い」と順次出来上がったオムライスやスープをカウンターに並べていった。 珍しく、チームアースも夜勤がなくこの時間に帰ってきている。 久しぶりに、マジカルベースの魔法使いのほとんどが揃っている状態での晩ご飯になるため、お膳立てもきちんとするのだ。 マナーレが出張でいないことが、つくづく惜しまれる。
 カウンター越しからは、13歳組を中心に食事の準備をしている魔法使いの姿が見える。 ガッゾも彼らに混じって、ハスの上に飲み物やコップを乗せて運んでいた。 この光景も、きっとあの時モデラートに引き取られなければなかったワケで。

「なんかさ」

 フローラは、スープ用の皿を用意しながら思ったことをふと口にしていた。 モモコとリリィは、火の元に立ちながらフローラの言葉に耳を傾ける。

「オムライスって、あたし達みたいだよね」

 自分達がオムライス? と2匹は首をかしげる。

「いろんな色の野菜があるんだけど、それを包み込んでくれる卵焼きみたいなマスターがいて。 それでいて、あったかいの」

 フローラの自論を聞いて、リリィは「あぁ」とすぐに納得する。 何のことだかサッパリだったモモコも、少し遅れて理解したようだった。 いろんな野菜を自分達に見立て、それを包み込む卵は確かにモデラートっぽいかもしれない。 金色のマントが卵焼きに似ている、という偶然もあるかもしれないが。 とすると、米は何なんだろう。
もしかしたら、米はこのマジカルベースという帰る場所なのかもしれない。 あったかくて、柔らかくて、安心するような場所____ちょっとこじつけかも、と思いながらもモモコは共感する。 

「言われてみればそうかも」
「じゃ、マナーレは?」

 リリィの問いに、フローラは「あーっ」と頭を抱える。 マナーレもまた、ここでは他の魔法使いとは一線を画す存在だ。 『いろんな野菜』に例えるのも、少し違う気がする。

「マナーレはそこにアクセント入れるケチャップみたいな?」
「なるほど!」



 全員分の食事が準備できたところで、魔法使いも全員仕事を終えて帰ってきた。 モデラートも宿舎に戻ってきており、魔法使いがこの時間に勢ぞろいしている光景は新鮮さを感じる。 モモコがチームカルテットに正式に加入した日以来だろうか。
魔法使い達が席についたところで、一斉に号令をかける。 食事前の大合唱が、居間に響き渡った。

「「いっただきまーす!」」

 次々と魔法使い達は、オムライスやスープをそれぞれ口に運ぶ。 卵とトマト系の野菜というのは、相性抜群のハーモニーを奏でるものであり、スプーンがすいすいと進む。 リリィ特性のスープも、コンソメの味と香りが広がっており、野菜がしっかり絡み合っている。 どこにでもあるようなメニューではあるが、特別なごちそうのように感じられた。 

「ミツキ、もう少し味わって食べてよ」
「腹減ってたんだよ」
「ミツキはいつも、いっぱい動き回ってますからね」

 モモコの正面では、ミツキががつがつとオムライスをかきこんでいる。 作り手のモモコとしては、もう少しゆっくり食べて欲しいものであり、ジト目でミツキを見つめる他なかった。 さらに少し離れた席では、シオンがスープを一気に飲み干そうとしてむせていた。 隣に座っていたリオンが「やれやれなのです」とぼやきながらも、シオンにコップに入った水を手渡している。
こんな賑やかな食卓も、フローラからしてみれば奇跡の賜物。 いつもこれが当たり前に続くことを知らない魔法使いもいるからこそ、こうした『みんなで揃う場』はとても大切なものである。 その認識は、同じく複雑な家庭環境にいたモモコも同じだった。

「フローラも料理上手になったね」
「そ、そんな! あたし1匹で作ったワケじゃないわよ!」

 モデラートに唐突に褒められたフローラは、照れ隠しをするように「ね? モモコ」と話を振る。 モモコはモモコで、「わたし、卵焼きメインだったから」とオムライスの大半でもあるケチャップライスを作ったフローラを称えるようなそぶりをする。 もう、とフローラは恥ずかしそうにするが、モデラートに褒められたことで悪い気はしなかった。

「いつか、一緒に酒を飲む日も近い」

 クレイは静かに、でも嬉しそうにつぶやく。 クレイと酒を飲むのは、それはそれで大変そうだがいつか一緒に大人組と飲めたら____とはフローラも常々思っていた。
すると、階段から聞きなれた女性の凛とした声が聞こえる。 魔法使い達が階段に視線を向けると、マナーレが大量の紙袋を身体や尻尾にぶら下げて帰ってきていた。 出張とはいえども、ずいぶんと即売会をエンジョイしたのだろうと魔法使い達は察する。

「今戻ったぞ」
「おかえりなさい、今日はオムライスよ。 フローラと……モモコが作ったの。 スープは私」

 すぐさまにリリィがマナーレを出迎える。 少し間を開けながらも、フローラとモモコの名前を口にした。 

「そうか、通りでいい匂いがしたワケか」

 そう言うと、マナーレは空いている席に自分の荷物を置き、カウンターに置いてある自分用のオムライスを尻尾の先で器用に持ち上げ、席まで運んだ。 偶然にもフローラが正面に来る席だったのだが、目の前でニコニコしながらフローラがオムライスを頬張っている。 ここでマナーレは、フローラはオムライスが大好き、と幼い頃から言っていたことを思い出す。 どんなに辛いことや悲しいことがあっても、オムライスを晩ご飯に振る舞われた日にはすぐに笑顔になった。

「フローラ、ずいぶん晴れやかな顔をしているな。 いいことでもあったのか?」

 フローラはごくん、と口に入れていたオムライスを飲み込むと、ぱぁっと花開くように満面の笑みで応える。 生みの親が本当の両親だとすれば、育ててくれた親はモデラートやマナーレ達。 今の自分は、ここにいる魔法使い達が家族なのだと、心からそう思えた。

「オムライスのおかげ!」 


花鳥風月 ( 2019/04/30(火) 18:06 )