ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第2楽章 星空と魔法の町−Pot pourri−
033 わたしのせいで
 ミツキが「聞きたい」と言うものだから、モモコは自分が覚えているありのままのことをすべて話した。
9歳の時に、母の作った借金が原因で両親がケンカばかりしていたこと。 その仲裁に入ってとばっちりを受けていたこと。
学校の先生に相談したけれど、母に口止めされていたこと。
最終的には両親は離婚し、弟と一緒に父に引き取られたこと。 母は家を出て行ってしまったこと。
これまでのストレスが原因で、喘息を発症したこと。
借金で生活が苦しく、喘息の薬代のために大好きだったピアノを、音楽を取り上げられたこと。 反発したら暴力を振るわれたこと。
その出来事がキッカケで、弟から悲しい顔をされつつも家を出て行ったこと。
 いろいろなことが起こりすぎて、話が取っ散らからないか心配だったが、時系列通りに話したことで実際に起こったことが曲がることはなかったハズだ。

「母さんとは、家を出てった後も会ったのか?」
「うん。 でもね……もう別の人と再婚してた」

 話によれば、ポケモントレーナーの旅の途中で母に会ったことが1回だけあるという。 しかし、母はすでに新しい家庭を築いていたのだ。 頼れる相手もおらず、帰りたいと思える家もなくなってしまった。 そう思うと、どれだけ絶望しかけてもライヤとコノハがそばにいた自分はどれだけマシだったのか。 ミツキは少し申し訳ない気持ちになる。 
 具合が悪い中で話し疲れたのか、モモコはふぅ、と一息つく。 壮絶な過去を話したこともあり、思い出したことから身体が震えているのが分かった。 ぎゅっ、と布団を抱き寄せながら、気持ちを落ち着かせようとしているのだろう。

「これがわたしの覚えてる全部」

 話を聞き終えて、ミツキは言葉を失っている。 自分から聞きたいと言ったとはいえ、ここまでヘビーな話とは思っていなかった。 誰かの心に踏み込むことで、その闇に呑まれてしまいそうになることもある。 今まさに、ミツキはそれだった。
聞いたことを後悔しているワケではないが、本当にこんな辛い話をさせてしまってよかったのだろうか。 複雑な気持ちがぐるぐる回っている。

「それ、全部ひとりぼっちで抱えてたのかよ」
「あ、でもね! 学校の先生には相談したって言ったじゃん? だから全部1人で溜め込んでたワケじゃないよ!」

 でも、結局口止めされていたのなら同じことだ。
チームを結成する前に「ミツキはわたしにどうして欲しい?」と聞かれたことがあった。 今にして思えば、自分で決めることをモモコはしなかったのではない。 できなかったのだ。 たぶん、また怒られたり否定されると思っていたからなのかもしれない。
家に帰りたくないと嘆いていたミュルミュールに歩み寄ったのも、もしかしたらポケモンの心の痛みが分かったからなのかもしれない。
そう考えると、今までのモモコの行動や振る舞いも納得いくところがある。 カーテンの外で話を聞いていたライヤは少なくとも、それを察していた。

(こいつすげぇよ……。 こっちの世界だと、いつミュルミュールにされてもおかしくねぇのに)

 ミツキはライヤほど頭の回転が速いワケではない。 ただただ、これまでモモコが抱えてきたことを考えると胸が張り裂けそうになった。 モモコが震えるほど耐えられないようなことは、きっとミツキだったらもっと耐えられない。
気が付けば、ミツキはモモコの手を包み込むように握っていた。

「辛かったな」

 それ以外、言葉が見つからないというのがミツキの正直な気持ちだった。 かわいそう、なんて簡単な言葉では片づけられない。 頑張ったね、というのもなんだか違う気がする。
モモコはどう言葉を返せばいいのか、分からずにいた。 正しくは、言いたいことが多すぎて、何をどう言えばいいのか分からなかった。 この世界に来てから、自分の気持ちを受け入れてもらえることが多くなった。 ありがとう、と言えばいいのか。 そうだよ、辛かったんだよと肯定するのか。
もしかしたら、あまりにも辛いことが多すぎて何が辛いのか分からなくなっているのかもしれない。
それでもミツキは、無理にモモコに何か言うように強要することはなかった。 うまく伝えられないもどかしさは、ミツキも分かっているつもりだったからだ。




「どう? ライヤちゃん、コノハちゃん。 これがモモコちゃんの心の『闇』みたいだけど」

 カーテンの外ですべてを聞いていたライヤとコノハは、信じられないという様子でうなだれていた。 特にコノハは、感情移入してしまったのか、「ぐすっ、ぐすっ」と涙を流している。
心を痛めているコノハの頭を、ライヤは優しくなでていた。 とはいえ、ライヤもまた心に針を何回も刺されたような気分がぬぐえない。

「怖くなった?」

 ディスペアが2匹に問いかける。
 これまでも、魔法使いは多くのポケモン達の心に触れてきた。 ミュルミュールにされたポケモンを浄化するのが、知らず知らずのうちにルーティーンになっていたのかもしれない。
最近ミツキがミュルミュールになって、シオンとリオンのケンカに関わって、モモコの過去を知って。
誰かの心に踏み込むことの重さを、強く実感する出来事が立て続けにあったことで、ライヤとコノハも考えさせられることは多かった。

「……どうして怖いって思うんですか?」
「どんな過去があったって、モモコはモモコでしょ? 怖いことなんて、何もないわよ!」

 力強い2匹の言葉は、心の底からの思いなのだろう。
たとえ深い闇や重いバックボーンがあっても、今まで一緒に過ごしてきたモモコはモモコであることに変わりはない。 彼女の一端を知っただけで、怖くなったりするような関係じゃないというのが、ライヤとコノハの考えだった。
 ディスペアは、2匹の顔を見てふふっと安心したように笑う。 コノハは涙をダバダバ流しているにもかかわらず、ライヤと同じように真剣な顔つきをしている。 それぐらいの勢いがあれば、4匹で一緒に苦しみを分かち合っていけるだろう。 ディスペアはそう思ったのだ。

「ヤボなこと、聞いちゃったわね。 あなた達の絆はもう結ばれつつあるって、私も分かってたのに」



* * *



「まったく……今日はミュルミュールにするには手ごろなポケモンがいないものだ」

 星空町の大通りを、建物の屋根をつたいながらグラーヴェが見下ろしている。 珍しく今日はポケモン達のスピリットが輝いていた。 季節的にも、もうすぐ聖なる夜を祝う時期になることもあり、ポケモン達の心がキラキラしているのだろう。
ブリリアントな光景を眺め、グラーヴェは気が滅入ってしまう。 なぜ、こんな救いようのない世界でポケモン達の魂は輝き続けられるのか。
自分はポケモン達の魂の輝きを失わせることを生きがいとしているのに。 グラーヴェの心にはふつふつと憎しみが込み上げてきた。 自分の負の感情を高ぶらせるのは、何とも皮肉なものだ。
 行くアテもなくマジカルベースの近くまで立ち寄ってみると、魔法使いが密集している気配を感じる。 グラーヴェは日中に珍しいと思いながら、マジカルベースの敷地内にこっそり入り込んだ。
ガッゾも学校から帰ってきておらず、他の魔法使い達は仕事中で敷地内にはいない。 それでも用心深く、気配を殺しながら魔力を感じる方へと向かった。
たどり着いた先は、魔法使い達の宿舎。 尻から出る糸を木の枝につけ、ぶら下がるような形で窓の向こうの様子をのぞくと3匹のポケモンの姿を捉えた。 ライヤとコノハ、そしてディスペア。
ベッドを囲うように閉じられたカーテンを開いた3匹は、カーテンの向こうにいた2匹のポケモン____ミツキとモモコに何やら話しかけていた様子だった。
話している内容は聞こえないが、グラーヴェは一同の様子を見て状況をすぐに理解した。
ベッドの中で、上半身だけを起こしているモモコと寄り添うように隣にいるミツキ。 つくづく身体の弱い魔法使いだとグラーヴェは思う。 だが、最大のターゲットに大爆弾ともいえるハンデがあることは、クライシスにとっては好都合だ。
 不敵な笑みを浮かべ、グラーヴェは窓に向けて呪文を唱える。 窓ガラスを消してしまう魔法の呪文だった。

「コンキリオ・アーミッティウス」

 窓はすうっ、と氷が溶けるように消えてしまい、グラーヴェが部屋の中に入り込むには隙だらけだ。 このまま気付かれないように、チームカルテットに手をかけることができるだろう____しかし、1匹だけごまかしが効かない魔法使いがいた。

「誰よ!?」

 コノハだった。 ステッキの先端部分にあたるハートから、輝く炎をグラーヴェに向けて放つ。 

「フン。 また寝込んでいるとは情けないな、モモコ」

 グラーヴェの言葉に、モモコの表情が凍り付く。 図星を突かれているからだろう。

「グラーヴェ!? 何しに来たんですか!」
「もちろん、お前達を仕留めに来たのだ。 1匹ベッドインしていて不完全な状態のお前達をな」

 いちいちグラーヴェがモモコのコンプレックスを突いてくるものだから、必然的にモモコの気持ちも落ち込む。 曇った顔をするモモコに、ミツキは寄り添うように語りかける。

「モモコ、安心しろ。 お前は俺が守る」
「ミツキ……」

 本当であれば、『ありがとう』という言葉を紡ぐべきだったのだろう。 しかし、今のモモコからすれば、情けない自分はまた守られてしまっている。 悪い方へ、悪い方へと思考がひとり歩きしてしまっていた。
ディスペアは、すっかり頼もしくなったミツキの姿を見て心強さを感じる。 ここはミツキ達に任せ、自分はもしものことがあった時のことを考えてモモコのそばにいよう。 ディスペアは、戦線から身を引くこととした。

「アタシ達も行くわよ、ライヤ!」

 いつものように、コノハが鼓舞するような声掛けをする。 しかし、隣にいるライヤは微動だにしなかった。 それでもライヤの姿にコノハが違和感を感じたのは、ライヤが驚いた顔をしているからだ。
身体だけマネキンのように動かないライヤを見て、コノハも何も言わずにはいられない。

「どうしたのよ、ライヤ!」
「身体が……動かないんです……」
「な、何言って____」

 そう言いかけたコノハも、自分の状態を把握してライヤと同じような顔をする。
ライヤとコノハの身体が、まるで金縛りにでも遭ったかのように動かない。 変なものを食べたり飲んだりしたワケでもないため、思い当たるフシは____。
まさか、グラーヴェが隙を狙って自分達を動けなくする魔法でもかけたのだろうか。 たくさんの魔法使いを相手にするという、グラーヴェにとって不利な状況をひっくり返されてしまうとは。 

「てめぇ! ライヤとコノハに何したんだよ!?」
「後ろの2匹は動けないようだな。 お前1匹で何もできないことを、思い知らせてやる」

 にやぁ、と笑いながら、グラーヴェがミツキに向けて放ったのは『ヘドロばくだん』。 魔法を使っているワケでもなく、ポケモンとして小細工のないこの技。 凄まじい威力からグラーヴェの実力が垣間見える。
得意のスピードとジャンプで、すぐにかわすことができるだろう____誰もがそう思っていたが、毒の塊はミツキに命中。 反動でミツキは体勢を崩し、その場に膝をつく。

「ぐあっ……!」
「ミツキ!」

 ミツキの動きが明らかに鈍っていた。 理由は分からないが、身軽に動き回ることができない。 ライヤとコノハのように、指一本動かすことができない、というワケではないがまるで何かが憑りついているかのようだった。

(何でだ? すげぇ身体が重い……まるで足に重りでもつけられたみてぇな……)

 ミツキが疑問に思う間もなく、グラーヴェは次の攻撃を素早く放つ。 ヘドロばくだんと同じ成分からなる針の雨、『どくばり』だった。 腕が、足が、頬が切りつけられていくことで、傷口から毒が入り込む。 どことなく、ミツキの顔つきが苦しそうなものになっていることから、ミツキの身体に毒が回り始めたことが分かった。

(どうしよう……わたしのせいで、ミツキが、ミツキが……)

 これ以上は見ていられない、自分のせいで傷つくミツキをこれ以上見ていられない。 声が出かかるのと同時に、モモコの身体は戦線に向かって動いていた。

「ミツ____」
「モモコちゃんは動いちゃダメよ!」

 前に出ようとしたモモコを、ディスペアががっちり両肩をつかんで静止させる。 自分のせいでやられていくミツキを目の当たりにして、今のモモコは冷静さを失っていた。 何度もディスペアを振り払おうとし、声を嗄らしながら泣くように叫ぶ。

「だってミツキが! ライヤとコノハも……っ、げほっ、動けないのにッ!」
「リオンちゃんにも言われたでしょう。 あなたの病気は命にもかかわるって。 今ここで戦ったりなんてしたら、あなた死んじゃうかもしれないのよ!」

 それはそうだけど、ただ黙って見ているだけなんて。 目の前のミツキの方が死にそうじゃないか、だったら自分が命がけでも戦った方がいいんじゃないかとさえ、モモコは思っていた。
 動きが鈍っているミツキに、容赦なくグラーヴェは針の雨を降り注がせる。 確実に大きなダメージを受けているミツキは、もう体力が底をついていた。 とどめと言わんばかりの、グラーヴェの頭のツノからなる『メガホーン』。 ツノによる攻撃を受けたミツキの小さな身体が宙を舞う。 ドサッ、と音を立ててミツキの身体が床に落ちていく。

「もうやめてよ……! なんでミツキを攻撃するのさ……。 クライシスの狙いは、わたしじゃなかったの?」
「守られてばかりのお前がそれを言うか。 お前が健康な身体だったら、こんなことにはならなかったのではないか?」

 グラーヴェの言葉に、モモコははっとする。 そうだ、自分が身体が弱いから、ミツキに守られてばかりで自分は助けることができない。 そのことを改めて痛感すると、いつかのグラーヴェの言葉がリフレインする。 

____仲間が可哀想だな。
____お前はチームのお荷物なんじゃないのか?

 自分が健康な身体だったら? 自分にもっと力があれば? その『もしも』は、ある意味でモモコにとって理想的だ。 じゃあ、なんでそんなお荷物のために、ミツキは立ち向かおうとしてくれたのか。
チームメイトだから仕方なくか、自分が捕まると後味が悪いからか。 そんなことはないと分かっていても、なぜだか自分にとって都合の悪い憶測だけが浮かんでくる。

(この感覚……どっかで……)

 自分の負の感情に飲み込まれていくような感覚は、初めてではなかった。 前にも、ポケモンの世界で1度だけ同じようなことがあった気がする。 あの時も、たしか風邪を引いていたような。

「グラーヴェ! アンタ何言ってんのよ! そんな言い分、スッキリしないわよ!」
「コノハの言う通りです! 今の言葉、取り消してください!」

 ライヤとコノハが、まるで自分をかばってくれるような物言いをしているが、それも頭に入らない。 人間だった時に言われた、あの言葉の方が強く強く、頭の中に響いてくる。

____お前のせいで余計な____
____私が恥かくじゃない!

 過去の思い出は、今のモモコを絶望に追い込むにはじゅうぶんすぎた。 深い深い闇の中に、ゆっくりとお風呂に浸かるように落ちていくような感覚。

(ごめんなさい、ごめんなさい、わたしがわるいの。 ぜんぶわたしがわるいの。 わたしがいいこにしてなかったから、みんななかよくなくなって、わたしもびょうきになっちゃったんだ)

 わたしのせいで。 わたしのせいで。 何度もモモコは自分の心に語りかけた。 皮肉にもそれが、自分の絶望を深くさせるエネルギーだと分かっていたとしても。

(わたしのせいで、きっと、ライヤとコノハも。 ミツキも。 わたしのせいで)

 あの日と同じように、『モモコ』としての意識が途切れる。 同時にぶわぁ、っと限界が見えない魔力が込み上げてきた。

「あぁあああああああああああああああっ!」

 モモコの周りに強風が発生したことにより、ディスペアもモモコから手を離してしまう。 暗黒魔法の力に飲み込まれたモモコは、やはり虚ろな目をしていて瞳には輝きがない。 ウェポンのサーベルを構えると、見境なく刃を振り回し、突風を発生させる。 
ライヤとコノハも吹き飛ばされ、動けないからか受け身を取ることもできずに設置されている棚や机に身体を打ち付けていた。
一方でディスペアは、初めてモモコの暴走する姿を見て冷静に分析する。 暗黒魔法についても詳しいディスペアだからこそだろう。

「底知れない、暗黒魔法の力を感じるわ」

 暗黒魔法のオーラを放ちながら、モモコはグラーヴェに接近していく。 バチバチという火花のような音が、まるで苦しんで喘いでいるような声にも、ライヤとコノハには聞こえた。
一気にグラーヴェのキバ先まで近づいたモモコは、刃に闇のエネルギーを集中させ、グラーヴェの右脇腹を切りつけた。

「ぐあぁっ!」

 さすがにグラーヴェにもこの攻撃は効いたようだ。 切りつけられた部分に体重をかけるグラーヴェだが、回復にはかなりの時間を要すると見立てられる。 だが、そうこうしている間に、きっと自分は目の前のモモコにやられてしまうだろう。 そう思ったグラーヴェは、いったん今日は引き上げようと判断した。

「今日のところはいったん引いてやる!」

 グラーヴェがいなくなったことで、すうっとモモコから暗黒魔法のオーラが消えていくのが分かった。 少し遅れたタイミングで、ライヤとコノハも身体の自由が効くようになった。
ディスペアと共に、2匹はすぐにモモコの介抱に駆け付ける。 以前とは違い、まだモモコには意識が残っていたようだった。

「モモコちゃん!」
「大丈夫? アタシのことわかる?」
「うん……」

 なんとか意識は保っているが、徐々に薄れているのが分かる。 正気に戻ったばかりということもあり、頭の中がぶるぶる振動しているかのような感覚だった。 精神的にも身体的にも限界のモモコが口にしたのは、自分に寄り添ってくれた相手の名前だった。

「ミツキは……? ねぇ……ミツキは?」

 ミツキを探すように辺りを見回すモモコだったが、肩で呼吸をしているような状態だった。 やっとの思いが通じ、視界に飛び込んできたミツキはボロボロの状態で、意識を失っていた。
倒れているミツキを抱きかかえたその瞬間から、モモコは涙が止まらなかった。 なんでミツキがこんな目に遭わなければいけなかったのか。 その思いだけが頭の中を支配していて、思考も感情もグチャグチャに引っ掻き回されていた。

「ごめん……ミツキ。 わたしのせいでこんな目に遭って……」

 せめて、ミツキを助けられるほどの力があれば。 モモコは自分の無力さを心の底から呪った。
傷だらけで、きっと身体に毒も回っている。 どうして瀕死の状態になるまで、ミツキが苦しまなきゃいけなかったんだ。 こんなことになるくらいなら、いっそあの時身を投げてしまった方がマシだった。 いろいろな思いが混ざりあっていたが、最終的なモモコの今の思いはひとつだった。

(どうか、ミツキを助けて。 お願い。 わたしの命でもなんでもあげるから)

 その時、ミツキとモモコの足元に大きな魔法陣が発生した。 きれいなエメラルドグリーンの色をしているそれは、優しく光っておりミツキとモモコを照らしている。 すると、みるみるうちにミツキの傷が治っていくのが分かった。 どこまで傷が癒えているのかは分からないが、まぎれもなく魔法の力であることは誰が見ても分かった。 ただ、身体に回った毒だけは消しきれなかったようだ。

「い、今のって魔法よね?」

 コノハの震えている声に、ディスペアが落ち着いた様子で答える。

「そうね。 信じられないけど……体力を回復させる、癒しの魔法よ」
「えぇっ!? じゃあ、禁断魔法ってことですか!?」
「正確には、傷を癒すぐらいの魔法なら使ってもいいって言われてるの。 ただ、使うのがとっても難しいし、大きな魔力が必要なんだけどね」

 ディスペアの説明を裏付けるように、モモコはミツキを抱いたまま、ぐったりしたように床に倒れこむ。 暗黒魔法の力を暴走させたことと、回復の魔法で消耗しきってしまった。 いろんな力に、身体がついていけていないのだろう。
ディスペアは倒れている2匹を同時に抱えると、慣れた手つきでそれぞれベッドに寝かしつける。 ライヤとコノハは、ディスペアの様子を目で追いながら立ち尽くしていた。
確かに、癒しの魔法は魔法使い達の間でも憧れの存在に近い魔法だ。 しかし、それは自分の身を削ってまで使うべき魔法なのだろうか。 浅い呼吸で喘いでいるモモコを見ていると、あまり褒められたものではないと実感する。
 それにモモコといえば、前にも暗黒魔法の力に呑まれたことがあった。 なぜ、どんな時にこの現象が起こるのか。 どんな意味をもたらすのかも分からない。
だが、どんな事情を抱えていようとも、モモコはモモコ。 ライヤとコノハのその思いは、決して変わることはなかった。



* * *



 一晩だけミツキとモモコは、医務室のベッドを借りることとなった。 他のチームカルテットのメンバーは部屋に戻り、医務室に残っているポケモンはディスペアだけ。
机の上でランタンの灯りをつけ、ディスペアは何やら記録をノートに取っている。 魔法使い達の健康の記録のようなものだろうか。 この時間になるまでずっと、医務室の片づけをしていたからか、ディスペアも疲れが溜まっている。 ライヤとコノハに手伝ってもらったからよかったものの、まだ医師としてやるべきことはあった。



 チームアースは2匹共ちょっと寝不足。 原因は仕事でくたくたの状態でバーに行き、酔っ払って帰って来たから。 ガッゾは元気だが、今日の晩ご飯のピーマンを残している。
シオンとリオンは、お互いに気まずい様子が取っ払われてからは顔色が良くなった。 フィル、リリィは問題なし。 フローラは日を追うごとに思い詰めた顔をしている。 その頃から食欲がなくなってきている。
マナーレは仕事疲れもあるのか、ちょっと貧血気味。 モデラートはクリームパンの食べ過ぎ。 ちょっと血糖値が心配される。

「ふぅ……」

 チームカルテットはライヤ、コノハは特に問題なし。 暗黒魔法の影響を受けて動けなくなったり、身体の動きが鈍くなっていた。 ミツキはグラーヴェの襲撃で身体に毒が回っている。 モモコの癒しの魔法の発動で多少は回復したものの、大事を取って医務室で処置。 モモコは本日熱を出して欠勤。 原因は気圧の変化が大きくかかわっていると思われるが、過去のフラッシュバックによる精神的なショックも大きいとみられる。
このことにより、喘息の発作も誘発。 1ヶ月前と比べると、軽いものではあるが要注意。 そして、難しいとされている回復魔法を取得した。 今後の動向にも要注目……。



 ディスペアはノートを閉じると、イスに座ったまま大きく伸びをした。 デスクワークは嫌いではないが、身体がカチカチに固まってしまう。
日付はもう変わっている、自身も休息をとる時間だ。 最後に念のため、と思いディスペアは机のランタンを手に取ると、ベッドの中で寝息を立てているミツキとモモコの様子を一目見た。
モモコに関しては幸い、今回は体調が良くないことに気付くのが早かったのか、回復は早いとみられる。 呼吸は安定しており、顔色もいい。 おでこに手を当てると、まだほんのり温かい。 ミツキも、解毒作用のある薬を使ったため何とか峠を越えた。 2匹共、一晩寝て安静にしていればすぐに仕事に復帰できそうだった。

「まさか、モモコちゃんが癒しの魔法を使えるなんてね」

 癒しの魔法を使える魔法使いは、ほとんどいないのだろう。 もともとポケモンでもなく、突飛して優れた能力もないモモコがなぜ。
能力的なものよりも、魔力の大きさというポテンシャルの高さだろうか。 そもそも、なぜモモコの魔力は他の魔法使いよりも大きいと言われているのだろうか。 よく考えれば、他の魔法使いがそのことに言及したことはなかった。
そこでディスペアは、あるひとつの仮説を立てていた。

(魔法の源は願いの力。 願いの力が大きければ大きいほど、魔力もおのずと強くなる)

 モモコの人間の頃は、決して居心地のいい環境ではなかった。 性格も仏様のようなものとは言い難い、いたって普通の子。 おまけに身体も弱く、他のポケモンと比べてハンデがある。
そんな子だからこそ、本当は「こうありたい」「こうしたい」という思いがとても強いハズだ。 その思いが願いの力、ひいては魔力に影響するとすれば。

「あなたの願いの力は、魔力は。 他の魔法使いがうらやむほどと思うのよ……」

 だんだん穏やかな寝顔になるモモコを見下ろしながら、ディスペアは語りかけるようにつぶやいた。 



花鳥風月 ( 2019/03/21(木) 19:00 )