ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第2楽章 星空と魔法の町−Pot pourri−
032 後悔しても知らないよ


 一日の仕事を終えたチームカルテットは、ほうきに乗って星空町に帰っていく。 今日はミュルミュールの浄化ではなく、不思議のダンジョンで遭難したポケモンの救助依頼だった。
いつもは夕焼けがきれいな空はミルク色の雲がかかっており、青空は隙間なく覆われていた。 陽が出ていないことで風が冷たくなり、今にも雨が降り出しそうだった。
仕事に出るときにはそれなりに晴れており、日向に出ると暖かさが感じられたのだが。
 
(あれ? 目がチカチカする。 身体も重くなってきた……)

 モモコはこうした天気が急に変わる日は好きではなかった。 特に気圧が大きく変わると、頭が痛くなったり持病の喘息の発作が起きやすい。 ポケモンになってからもそれは変わらないことが分かってからは、とにかく体調管理にはじゅうぶん気を付けていたつもりだった。
日付が変わる前には絶対に寝るようにし、部屋はいつもきれいに整えている。 毎日3食のご飯も食べるようにもしていた。
 しかし、この世界の魔法使いは数が少ない。 ミュルミュールの浄化というポケモン達の心に触れる仕事を、少ない魔法使いで毎日やっていれば、もちろん疲れは出てくる。

(いや、でも。 疲れてるのはみんな一緒だもん。 わたしばっかり、へばってらんないよね)

 ぽつん、と雲の中から冷たいしずくが降って来た。 最初は気のせいかと思っていたが、だんだん数を増やしてそれは降ってきて、冷たい雨となってチームカルテットに向かって降り注いだ。
水に弱いコノハは顔をしかめ、ほうきのスピードを速めた。

「やばっ、雨降って来た! 早く帰りましょう!」 



「おかえり、チームカルテット! びしょびしょじゃない!」
「タオル持ってくるわね」

 宿舎に入ると、フローラとリリィがぱたぱたと出迎えてくれた。 部屋に入れば少しは暖かくなるかと思ったが、それ以上に雨水が身体を冷やしていた。 寒い季節ということもあり、とても冷え込みやすい。 あと少し帰ってくるのが遅かったら、4匹そろって風邪でも引いていたかもしれない。

(うわぁ……ものすごい頭痛い……。 絶対気圧のせいだ)

 もうすでに、風邪の前兆のようなものが出ているメンバーが約1匹。 モモコの場合、雨で濡れたことが直接の原因ではないのだが。
帰ってくるときから身体の調子がおかしいことに気付いていたモモコだが、マジカルベースに戻ってきても治らないことで確信した。 これはダメなやつだ。
もちろんモモコ自身が何か悪いことをしたワケではない。 それでも、自分にとって都合が悪いことが起きると、なぜだか隠したくなってしまうものだ。

「わ、わたし、部屋戻るね!」
「え? ご飯は?」
「適当に食べるっ!」

 ぱたぱたと自分の部屋に戻っていくモモコは、とても慌てているように見えた。
この具合の悪さを誰にも感づかれたくないという思いから、モモコは一刻も早く1匹になりたかった。 居間に取り残されたミツキ達は、「何だったんだ」とモモコの部屋のドアに目で問いかける。

「怪しい」

 女のカンはとても鋭い。 コノハはジト目で、眼光を光らせていた。 ライヤも胸騒ぎを覚え、大丈夫だろうかと不安な気持ちを募らせた。
ミツキもまた、まるで何かを隠しているようなモモコの様子が面白くなかった。 ただ、今のミツキはいらだちよりも悲しみの方が強い。 何も話してくれないモモコに対して、自分は何もできていないのかと無力感を感じていた。



 部屋に戻ってきたモモコは、床に荷物を下ろすとすぐにベッドに飛び込んだ。 ぶわっと身体中に、熱くて大きな疲れの波が広がっていくのが分かる。
気圧の変化に敏感な頭は、脈を打つようにどくどくとリズムを刻んでおり、息の通り道はじわじわと狭まっているのが分かる。
仰向けに体勢を変え、モモコはただじっと天井を見つめた。

「はぁ……あせった」

 最初にこの世界で風邪を引いた時、喘息持ちであることも隠していたモモコはこっぴどく叱られた。
いろいろあったものの、最終的には魔法使い全員が自分の体質について認知してくれて、ミツキ達も何かあったら言って欲しいと言ってくれた。
それでも、SOSを出すことはモモコにはハードルが高い。 短いスパンでしょっちゅうダウンし、仕事に影響が出る。 頻繁にしんどい、しんどいと言うのもいかがなものか。
だったら、まだ頑張れそうな時は頑張って、本当にダメな時に最後の手段で周りに助けを求める____ようにしようとはしても。

「もうイヤだ、こんな身体」

 吐き捨てるように、モモコはそうつぶやくと頭まで布団を被った。 本当にイヤなのは、自分の身体じゃなくて、助けを求められない自分自身。
助けを求めることで、自分に甘えが出てしまうのではないか。 それが出てきたとき、仲間達に拒絶されてしまうのではないか。
考えすぎだと分かっていても、どうしてもモモコは深く深く考えてしまう。 具合が悪いと、なおさらネガティブな方向に思考が回ってしまう。
落ち込んだ気持ちをズルズル引きずったまま、モモコはいつしかまどろみに落ちていった。



* * *



 人間とポケモンが住む世界の中でも、一番大きな町と言われているヤマブキシティ。
ポケモントレーナーになる前のモモコは、マンション街の一角で両親と弟と、ごく普通に生活していた。
父は普通の会社務め、母はクラブのジャズシンガー。 母が音楽をやっていることもあり、モモコもまた幼稚園の時からピアノを習っていた。
学校では友達と遊んで、母の作ったご飯を食べて、そのあとは「いっしょにあそぼう」なんて誘ってくる弟と遊んで、お風呂に入る頃に父が帰ってきて。 休みの日は4人でショッピングモールに行ったりして。
そんな当たり前の毎日を、当たり前のように過ごしていた。

「……なに、これ」

 しかし、ある日を境にその当たり前は一瞬にして崩れ去った。
いつものように学校から帰ってくると、食卓の上に一枚の紙が置かれていた。 父と母の名前が記されたそれは、『離婚届』とゴシック体で告げていた。

「お前達のお母さんは、家の金を根こそぎ取った泥棒だ」
「子ども達にそんなこと、吹き込むんじゃないっ!」

 週末になったら、毎週家の中では両親が殴り合い。 びくびくしている弟を子ども部屋に行くように伝え、モモコは仲介に入ろうとする。

「2人とももうやめてよ! 近所メーワクだよ!」
「てめぇ親に向かって口答えするのか!」

 いつしか夫婦ゲンカのとばっちりで、モモコは父から手を挙げられることが多くなった。
洗面所に行き、殴られた頬を水で冷やそうとする。 今は真っ赤に腫れていても、学校が始まる頃になれば目立たないだろう。
乱れた髪の毛をきれいに結び直し、モモコは両親に聞こえないように声を殺して泣いていた。
泣きすぎたのか、殴られたせいなのか、息が苦しくなっていく。 頬の腫れは引いても、息苦しさは学校に行ってもなかなか引かなかった。
身も心もボロボロのまま、学校で授業を受けていたモモコは、ある日授業中に目の前が真っ暗になり____。



* * *



「____」

 モモコが目を覚ますと、宿舎の自分の部屋だった。
頭の中では、まだ夢と現実がごちゃごちゃになっている。 ここはポケモンの世界であり、自分の姿はハリマロン。 一緒に住んでいるのは魔法使い達であって、自分も学校の子どもではなく魔法使い。
かつてないほど最悪の目覚めに、モモコの気分もかなり落ちていた。 体調も良くなっていないどころか、喘鳴音まで聞こえてくる。 

(絶対仕事には持ち込めない!)

 自分が心身共によくないことに、モモコは強い焦りのようなものを感じていた。 その焦りは、咳きこみになって現される。 喘息の発作も本格的になり、いよいよ余裕がない。

 

「モモコちゃん、もしかして調子悪いんじゃない?」

 合奏が終わってすぐの頃、ディスペアがじっとモモコを見つめる。 他の魔法使い達の目はかわせても、ディスペアの目はやっぱり盗めない。 分かってはいても、モモコはぷいとディスペアから目をそらす。

「げほっ……いや、だいじょぶ」

 やっぱり自分のカンは間違っていなかった。 コノハはずい、とディスペアとモモコの間に入っていくように詰め寄っていく。

「なるほどぉ? それで昨日あんなに焦ってたワケね?」
「ちがうもん」
「顔赤くね?」
「へいき」
「フラフラじゃないですか」
「よ、よゆうよゆう」

 この後に及んでどんだけガンコなんだ。 ミツキはモモコに何か言ってやりたいと思っていたが、上手い返しが思いつかない。
これ以上言うとケンカになりそうだ。 でも何も言わないままだと、きっとモモコはこのまま意地を張り続けるだろう。 ライヤとコノハもまた、ミツキと同じ気持ちだった。
ディスペアも傍らで、「これは困ったわねぇ」と頭を抱えている。 いつも余裕な立ち振る舞いのディスペアを困らせるとは、相当の状況だ。

(あ、あれ……? おかしいな、もう立ってられないや……)

 いつかと同じように、目の前がぐわんと回る。 自分の目の前に映るのはミツキ達ではなく天井。 足元ががくんと揺れ、今度は暗闇のグラデーションがかかった地面が目の前いっぱいに広がっていく。
苦しい、痛い、きもちわるい、何も考えられない。
ぷつん、と細い糸が切れるように、モモコの意識は一瞬にして消えていった。



* * *



「あのね、お母さん。 家のこと、担任の先生に相談したんだ。 お父さんとお母さんが、お金のことで離婚することになってケンカしてるって。 そしたらね、分かってくれて____」

 言い終える前に、バン、という鈍い音がモモコの頭に響く。 モモコが母の顔を見上げると、母はわなわなと震えた様子で目を見開いていた。

「なんで言うのよ、私が恥をかくじゃない!」

 母に叩かれた頭よりも、モモコは心が痛かった。
あぁ、そうか。 自分が辛いってことは、他の人に相談しちゃダメなんだ。 悪いことをわたしはしたんだ。 お母さんを怒らせた。
自分を責める思いが、モモコの心をぐるぐる回っていた。
次の日学校に行ったモモコは、心配そうに自分を見つめる担任の先生に無機質な声で伝えた。

「昨日相談したことは、なかったことにしてください。 昨日の話は、わたしの作り話で嘘っぱちです」
「ちょっと、モモコちゃ____」

 自分を引き留めようとする先生の思いやりに、モモコは耳をふさぎたくなった。



「お父さん、今日学校で倒れた時、先生に病院に連れてってもらったでしょう? そしたら、喘息って言われたから薬代が欲しいんだ」

 父は「はぁ」と面倒くさそうにため息をつきながら、財布と通帳を懐から出す。 カタカタと電卓でお金を計算すると、また困ったように頭を抱える。

「お前のせいでまた余計な出費が増えるじゃないか」

 わたしのせいか。 わたしのせいでお金がかかるんだ。
あぁ、そうか。 わたしが病気にかかったせいで、お金がかかるんだ。 生活が苦しくなるんだ。 お父さんを困らせた。
母の時とは少し違う、自分のせいという気持ちに、モモコは押しつぶされそうになっていた。

「しょうがない、薬代は出してやる」
「ほんと?」
「ただし、お前が習ってるピアノは辞めだ。 家の電子ピアノも売りに出す」

 モモコにとってのピアノ、音楽は心のよりどころだった。 辛いときも、悲しいときも、ピアノを弾いていれば心が和らいだ。
そのピアノを辞めるということは、生き地獄の中に放り込まれることと同じ。

「それは嫌だよ!」
「いい加減にしろ」

 また、お父さんが髪の毛を引っ張った。 わたしを床に叩きつけて、頭とか、顔を殴る。
そうだよね、お父さんの言うこと聞かないで、ピアノ辞めたくないってワガママ言ったから。
借金で生活が苦しいから、新しい服もバッグも、流行りのおもちゃも、全部我慢してきたつもりだったのに。 音楽は好きだったから、ピアノは辞められなかったから。

「お前のワガママばかりに金をかけられない。 お前があの女と同じように、音楽にのめりこむことも不愉快なんだよ」

 ひとしきり暴力を振るい、だいぶ落ち着いたのか父は最後に吐き捨てるようにこう告げた。

「大事なことを教えてやろう。 音楽は人を不幸にする」

 この時、モモコは10歳になったら家を出ようと決心した。
この世界では、10歳になったらポケモントレーナーとして旅に出られるという決まりがある。
ポケモン自体は、時々学校に迷い込む野生のポケモンのお世話をしたり、ポケモン関係のテレビや本を見たりすることがあったため、全く興味がなかったワケじゃない。
当時、特に将来の夢も決まっていなかったモモコは、このままなし崩しにトレーナーになってしまおうと思った。

 そして記念すべき10歳の誕生日、モモコが旅に出る日。 玄関に見送りに来た弟が、悲しそうな顔でこう告げた。

「お姉ちゃん、オレのこと置いてくの?」

 その悲しそうな弟の声も、顔も、3年経った今でも、モモコは忘れることはなかった。



* * *



「____!」

 意識が戻ったのとほぼ同時に、モモコはすぐに目を覚ます。
あまりにも壮絶で、心が痛くなる夢を見ていたからか、まだ胸がドキドキしている。 目元には、熱いものがこぼれたような痕が残っていた。 思わず勢いよく開いた目も、なんとなくヒリヒリする。
天井は自分の部屋のものではない。 周りがカーテンで囲まれているため、保健室か病院の病室のようなところだろう。

「わっ、びっくりした」

 枕元から、ミツキの声が聞こえる。 声の聞こえた方を向くと、自分のおでこに手をあてているミツキが目を点にしていた。
ようやく、ここがマジカルベースの中にある保健室だと分かったモモコは、自分の状況を理解した。
合奏が終わってすぐ。 具合が悪いのに意地を張っていたら、立っていられなくなりそのまま倒れた。 そしてそのままここに運ばれてきた……というところだろうか。

「ご、ごめ……」
「ったく、余裕とか言っといてすげー熱だぞ? 手が熱くなった」

 あぁ、やっぱり。 前に風邪を引いたのが1ヶ月少し前だったから、とてもスパンは短い。 こんなに身体が弱かったのかとモモコは心の中で肩を落とす。
心配そうな顔のまま、ミツキがモモコから手を離そうとした時。 モモコがか細い声で呼び止めた。

「……手」
「ん?」
「そのままにして、もらっていい?」

 珍しくモモコが頼み事をしてきたものだから、ミツキは少し戸惑っていた。 しかし同時に、今までこんな形でモモコから『お願い』をされることがなかったため、ミツキは不謹慎かもしれないが、ちょっとだけ嬉しかった。
モモコもモモコで、いつものように我慢したり無理する余裕がなくなっている。 自分からこんな言葉が出るのも変だと思いながら、今だけは本当の気持ちを熱に浮かされた頭にゆだねることにした。

「いいけど、どうしたんだ?」
「なんかね……ミツキの手、冷たくて落ち着くんだ……」

 自分でも何を言っているんだと思う。 変な夢を見たから、安心したいところもあるのかもしれない。 おでこに乗せられたミツキの手は、みずタイプらしく冷たいのだが、温かさというか、ぬくもりを感じる。 夢のせいで高ぶっていた気持ちが、まるですうっとデクレッシェンドするみたいに落ち着いてきた。

「……最初からそーゆー感じで頼ってくれよ」

 逆にミツキは悲しそうに、つい心の声を発してしまった。

「お前、自分から辛いとか苦しいとか全然言ってくれねぇんだもん。 俺達だと言いづらいか?」
「そ、それは違うよ。 わたしが言えてないだけだから」

 ミツキが思うに、モモコの言っていることはウソではないのだろう。 これまでもなかなか「辛い、苦しい」を言えずに後になって分かったり、無理して笑っているようなことは何回かあった。 
自分から言えないのであれば、こっちから聞きだすしかない。 そうしてでも、ミツキはモモコにどうしても聞きたいことがあった。

「じゃあ、聞きてぇことがあと一個あるんだ」

 これを聞くことで、ミツキとモモコの関係性が変わってしまうかもしれない。 シオンとリオンの時はうまくいったかもしれないが、相手は出会って間もないチームメイトだ。 この一線を超えて、より深い関係になるか、一気に壊れるか。
でも、これまで自分もモモコに心の壁を破られてきた。 だったらおあいこじゃないか。 そう思うのと同時に、ミツキは言葉を続けていた。

「なんか、怖い夢でも見てたのか?」

 ほんの一瞬だけ、モモコの顔が引きつったのがミツキにも分かった。 まさか、自分の心の深いところを突かれると思ってもいなかったのだろう。 平静を装うように、モモコは首をかしげる。
 
「え、どして?」
「泣いてたから。 あと寝言言ってたから」

 ここまで聞けば、ミツキは後戻りできない。 さすがにモモコは絶句した。 こう返されてしまえば、そろそろごまかしは効かなくなってくる。

「うなされてた感じだったし、「ごめんなさい」とか「やめて」とか言ってたぞ。 よっぽど怖い夢でも見てたんだろうなって」

 どこまで話せばいいのか、モモコはためらっていた。 モモコもまた、自分のことを話すことでミツキがどう反応するのか不安になっていた。 お互いに不安だったり、怖い気持ちはとても大きい。 だが、ミツキはモモコのことを知ろうとしていることには変わりない。
そしてモモコもまた、ミツキのその姿勢に自分の考えが揺らいでいた。 自分のことを知ってもらいたい、ミツキになら話してもいいかもしれない。 
はぎれのいい返しではないが、ぽつりとこぼすようにモモコはミツキに応えた。

「……人間だった時の夢だった」
「それって、ポケモンになる前のか?」
「あ、でもね。 ポケモンになる前後のことじゃなくて、それよりもうちょっと前」

 自分が言えたことではないが、ミツキは思えばモモコのことについてまだちゃんと知らない。 出会って1ヶ月は経ったが、人間だった時どんな風に過ごしていたのかすら聞いたことがなかった。
いわゆる、バックボーンが全く見えない状態。 モモコがその話をしようともしなかったこともあり、ミツキ達から聞くこともなかったのだが。

(そういや、こいつ逃げるようにポケモントレーナー? の旅に出たって言ってたよな。 家にいるのがイヤになったから)

 いつかの会話の中で、モモコがこぼしていた言葉。 逃げるようにポケモントレーナーとやらになって家を出たと言っていたことから、家の状況はいいものとは想像しがたい。 

「俺でよかったら、聞いてもいいか?」

 一気にモモコの表情は曇った。 ミツキやリオンのような、あからさまな拒絶とは違うが、その表情がミツキの前に隔たりとして立ち塞がる。
もちろんミツキとしては、モモコを困らせるために話を聞こうとしているワケではない。 ただ、話すことで少しでもモモコにとって良くなればと思っているだけだった。
ようやくこの時、ミツキにはいつかのモモコの気持ちが分かった気がした。 勝手に誰かの心にズケズケ入り込んでいるのを分かってはいるが、放っておけない。

「あ、ダメだったら無理に言わなくてもいいんだ。 ただ、気になって……」
「いや、ダメってワケじゃないんだけど……」

 逆にモモコは、いつかのミツキの気持ちが何となく分かった。 鍵をかけていたハズの自分の心に、ミツキが踏み込もうとしている。
それがどれだけ心を揺さぶられることなのか。 自分の思いを踏みにじられる怖さと、もしかしたらわかってくれるかもしれない期待が、同時にせめぎ合っている。
ただ、今のモモコは怖さの方が先行していた。 どうせ誰も分かってくれない、心の奥ではそう思っていた。

「たぶん、すごい幻滅するし、すごいドン引きすると思う。 時計台の時の5倍はヤバい話だから」
「それでもいい、聞かせてくれ。 俺が聞きたいんだ」

 カーテンの向こう側では、ライヤとコノハ、そしてディスペアがミツキとモモコの会話にずっと聞き耳を立てていた。
おそらく、今モモコのそばにいてやれるのはミツキなのだろうと判断し、あえて席を外したのだろう。 込み入った話を、大勢で聞くのも話す側の気持ちになればいい気はしないだろう。
モモコの反応を見るに、その判断は正しかったことを実感させられる。

「……いいよ。 でも、後悔しても知らないよ」
「別に後悔しねぇよ。 俺が聞きたいって思ってるんだから」

 わざと嫌な言葉で返すモモコは、誰も見たことがなかった。 ライヤやコノハも「らしくない」と意外に感じている。
ディスペアは、うなされているモモコの様子から、彼女の抱えている闇の深さを感じていた。 とはいえ、もう少し素直でマイルドな返しを想像していただけに全く驚かなかったかと言われるとそうではない。
 意を決するように、モモコはミツキに話し始める。 かすかに外から聞こえる風と波の音が、いやに騒がしく感じられた。


花鳥風月 ( 2019/03/14(木) 20:57 )