ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第2楽章 星空と魔法の町−Pot pourri−
031 あんなこと、言うつもりじゃなかったのです
 翌朝になっても、シオンとリオンの間には気まずい空気が流れていた。 朝ごはんは別々に取っていたり、朝礼の時もわざと離れた場所に立っていたり。
ふと目が合えば、お互いにバツが悪そうに顔をそらす。 らしくない様子には、チームカルテットだけでなく他の魔法使いもうすうす感づいていた。
かといって、「ケンカでもしたの?」と一声かける魔法使いは誰もいない。 別のチームの問題に、わざわざ口をはさむとよけいにこじれることが考えられるからだ。
ましてやチームジェミニは双子のチーム。 これはチームの問題であると同時にきょうだい同士の問題でもある。 最近まで同じようにチームの中で問題を抱えていたチームカルテットとは、状況が違う。

「シオン、リオン。 もっとお互いの音をよく聞け。 音色もそうだが、縦も合ってないぞ」

 とうとう2匹の心の不協和音は、音楽となって明るみに出てしまった。
同じ楽器同士の音色は、バラバラになるとすぐバレてしまう。 もともとシオンの音は、芯がありのびのびと豊かな音色をしているがやや音質が固め。 逆にリオンはシオンに比べるとか細いが、優しい音色をしていた。
2匹の性格を表すように、正反対ではあるがお互いに足りない部分をカバーし合うことで音がブレンドし合っていた。 だが今は、その正反対さがノイズになっている。
シオンもリオンも、マナーレの指示に対して返事をすることも、何かを言い返すこともできなかった。



「私が、リオンを追い詰めるようなことを言ってしまったのか……」

 合奏が終わったあとのリオンはというと、部屋にこもってしまった。 仕事をする気にもなれず、ふさぎ込んでいるのだろう。 マナーレも合奏で自分の言ったことを気にしてしまい、いよいよ他の魔法使いにも影響が出始めている。
シオンはリオンの部屋に近づこうとはせず、ただ居間でうなだれるばかり。 他の魔法使いは仕事に出てしまってしまい、チームジェミニを気にかけることができるのは、事情を知っているチームカルテットだけとなった。

「マナーレのせいじゃないわよ」
「ここは僕達に任せてください!」

 ライヤは昨日、シオンの話を聞いてからある作戦を考えていた。
 まず、シオンにはミツキとライヤが引き続き寄り添いながら話を聞く。 一方で、モモコとコノハがリオンの話を聞き、彼女なりの意見や考えを聞き出す。
お互いの話をちゃんと聞き、すり合わせ、あわよくば仲直りに持ち込む。 

「本当にうまくいくのか?」

 この提案がされたとき、ミツキは最後まで半信半疑だった。 本当なら関係のないポケモンが心に踏み込むことで、どんなことが起こるか身をもって経験しているからこそ、失敗した時のことを考えてしまう。
もちろん、チームジェミニを何とかしてやりたい気持ちはあるのだが、踏ん切りがつくのは他の3匹よりもずっと遅かった。

「いい? ミツキ。 うまくいくかどうかビビる前に、実行するのよ! 何もしないよりずっといいんだから!」

 魔法使い同士でトラブルが起きたら、波風を立てないように当事者達で解決するようにしてきたのが、今までのマジカルベースだ。 チームカルテットのやろうとしていることは、もしかしたら大きなトラブルに発展しかねない。 かつてのミツキのような問題児を生み出してしまうかもしれない。
それでも、何とかしてやりたい。 あえてチームカルテットは、危険ともいえる賭けに出た。 



* * *



「シオンは……どうしてあんなに1匹で突っ走ってしまうのですか……」

 食パンの形をした抱き枕に、リオンは顔をうずめていた。
リオンの部屋は、水色のカーテンが閉め切っていて日中なのに薄暗かった。 部屋の中は、メロンパンやカップケーキなどの、パンやお菓子の見た目をしたクッションで埋め尽くされており、リオンの趣味が垣間見える。
 リオンとしては、チームのこと、そしてシオンのことを考えて動いてきたつもりだった。 なのに、シオンは分かってくれない。 それどころか、自分からまるで傷つきに行くようなやり方をする。
本当はシオンのことを考えているハズなのに、思ってもいないことをつい口にしてしまった。 本末転倒になっていることも、リオン自身分かっていた。

(ボクは、ただシオンが危険な目に遭うのを、少しでも避けたいだけなのに)

 気持ちが沈んでいるそんな時、コンコンと窓をたたくような音が聞こえた。 他の魔法使いは、仕事に出ているハズ。 リオンは疑問に思いながら、カーテンと窓を順序よく開ける。

「リーオンっ」

 窓の向こう側には、ほうきに乗ったモモコとコノハが待ち構えていた。 ドアをノックしても、きっと今のリオンでは出てこないと思ったため、外から回って来たのだ。 空を飛ぶあたり、魔法使いの特権ともいえる。

「み、みぃっ!?」
「おじゃましまう゛ぇぇ!」
「モモコ!?」

 びっくりしたリオンは、思わずウェポンのボールを手に持ち、思い切りモモコに投げつけた。
お邪魔しますを言い切る前に、モモコの顔面にボールが直撃。 バランスを崩したモモコは地上に真っ逆さま。
リオンは不審な鳥ポケモンでも来たと思ったのだろう。 自分を訪ねてきたのがモモコとコノハだと気づいたのは、ボールを投げた後だった。

「……仕方ないわね。 『コンキリアット・レヴィオ』!」

 コノハが宙に浮かせる呪文を唱えると、モモコと彼女のほうきが宙に戻って来た。
それなりに高いところから落ちたこともあり、モモコは目を回して伸びている。 このままほうきに乗ったらまた落ちてしまうだろうと判断したコノハは、モモコのほうきをいったんミニサイズに戻すとモモコを抱えて自分の懐に収める。

「ちょーっと、話を聞かせてもらえない?」

 モモコの回収を済ませたコノハは、改めてリオンに詰め寄る。 リオンはツンとした態度でコノハと目を合わせようとせず、どうにかやり過ごそうとした。
それもコノハからすれば想定内。

「話すことなんて何も……」
「マナーレも気にしてたわよ。 誰もリオンのこと怒ってるワケじゃない、心配してるの」

 心配している。
 そのコノハの言葉には、ウソ偽りはなさそうだ。 同級生だっただけに、それはコノハの目を見れば分かる。
観念したように、リオンはチームカルテット女子組を自分の部屋に招き入れた。



 ようやく本題。 リオンの部屋に上がらせてもらったモモコとコノハは、いよいよリオンの話をじっくり聞くこととなった。

「シオンから昨日のこと、全部聞いたわよ。 チーム解散って、何かあったの?」

 リオンは口をつぐんで、なかなか話そうとしない。 この自分の本当の気持ちを上手く伝えられない姿に、モモコとコノハはミツキの姿が頭に浮かんだ。
自分達も含めて、みんな同じだ。 変に物分かりがよくなってくるこの年になると、言葉を選んだりするようになる。
また、悪いことをしているワケでもないのに答えることにためらいを感じるのは、人間だけでなくポケモンも同じだった。 なんとなく言いづらい。 言うことで、自分やシオンといった当事者達を見る目が変わってしまうことが怖い。
 コノハが先導して話をしてくれていることもあり、モモコはリオンが話し始めることを急かすことはしなかった。 よけいにリオンを追い詰めてしまいそうだから、というのもあるが付き合いの長いコノハにここは任せようと思った。
 ほどなくして、リオンはようやく気持ちの整理がついたのか、口を開いた。 その口ぶりは重々しいもので、且つ声もか細いものだった。

「あんなこと、言うつもりじゃなかったのです。 ただ……」
「ただ?」
「ボクは、1匹で突っ走って傷つくシオンを見たくなかったのです」

 うつむきながら、リオンはそう口にした。
このマジカルベースには、意図して誰かを傷つけようと思っている魔法使いはいないのだろう。 モモコがそう確信した瞬間だった。
リオンのシオンに対する態度も、きょうだい愛の裏返しだったのだ。

「リオンって、きょうだい思いなんだね」

 モモコは素直に感じた思いを、リオンに伝える。 みぃ、と鳴き声のようにかわいらしい声を上げながら、リオンは照れくさそうにしていた。
予想はしていたが、リオンに悪意やシオンを傷つける気持ちはなかった。 それが分かれば話が早い____コノハは次のステップへと話を進める。

「だったら、シオンにそう言いに行きましょうよ!」
「でも、ボクはシオンにひどいことを言ったのです。 いつものことかもしれないのですが、許してもらえるか……」
「そしたら、このままにする?」

 モモコの問いかけは、リオンにとっては残酷なものだったが的を得ていた。 口調こそいつもの穏やかなものだったが、仲直りをしないという選択肢をリオンは選ぶことができる。
しかし、それがチームジェミニのため以前に、シオンとリオンという双子のきょうだいのためになるかと言われたら、それは別の話だ。
リオンも分かっていた。 自分が招いたこととはいえ、こんな状況は望んでいない。 ふるふると首を振るリオンだが、不安は取り除かれていなかった。
仲直りしたい気持ちがあっても、自分からシオンに声をかけに行くことは大きな勇気がいる。

「心配だったら、わたし達もついてくよ」
「……はい、なのです」
「お話中ほんと悪いんだけど……」

 話を切り上げようとするコノハの様子は、毛が逆立っていて暗黒魔法の力を感じているときの彼女そのものだった。



* * *



 その頃、ミツキとライヤは昨日の続きのように居間でシオンの話を聞いていた。

「シオン、まだリオンに話しかけづらいですか?」

 重い表情でシオンはうなずく。 こりゃきびい、というのがミツキの率直な気持ちだった。
たいていシオンとリオンのケンカは、その日のうちに仲直りすることがほとんどだった。 一夜明けてもお互いに気まずいままということはほとんどない。
何か解決の糸口になるような話を引き出せないか。 話を聞くだけ聞いて、ズルズル今の状態を引きずるのは、ミツキにとってもライヤにとっても歯がゆい。 だが、一番悩んでいるのは当事者であるシオンだ。
魔法使いだからといって、できることはミュルミュールを浄化してポケモンに戻すだけ。 直接問題を解決する力は、たった13歳、12歳の少年少女には十分に備わっていない。

(そうだ)

 ふと、ミツキはシオンの言葉の中にある引っ掛かりを覚えた。

「シオンさぁ」

 これが何かの引き金になるかどうかは分からないが。 ましてや口下手って言われている自分が上手く聞き出せるか自信はないが。 それでもダメもとで聞いてみよう。 そう思いながら、ミツキは続けた。

「2匹で一流目指してたって言ってたよな。 あれって何でだ?」
「そりゃあ、チームで活動しているからな。 お前らだって、4匹のチームで支えあってるだろ? それと同じだよ」
「ふーん……」
「それに俺達はチームメイトでもあるけど、双子でもあるし。 オレ達は2匹でやっとひとつなんだ」

 果たして自分達チームカルテットとシオンの思うチームジェミニは同じだろうか。 確かに自分達はきょうだいではないが、お互いの欠点をカバーしながらここまでやってきた。
それは、ユズネが健在の時も、モモコが加入してからも変わらないハズだった。 でもなぜか、ミツキは自分達が重ねられることにある違和感を感じている。
2匹でやっとひとつ、とシオンは言っている。 他の魔法使いにも言えることだが、チームであることにすがりついている魔法使いは果たして他にいるのだろうか。
チームアースはコンビでずっと活躍しているベテランだが、担当楽器は木管と金管。 いつも一緒にいるワケでもない。 チームキューティなんか、歳も性別もバラバラでアクの強い魔法使いの集まりだ。 ゴーイングマイウェイな雰囲気が感じられる。
チームカルテットこそ全員同い年で幼なじみの比率が高いが、まだ横のつながりは他のチームと比べて強いワケではない。 モモコの加入もあるが、ミツキ自身も自分の家庭事情についてやっと仲間達に話したぐらいだ。
 だからこそ、チームジェミニのようにきょうだいでチームを組み、お互いの距離が近い____近すぎる魔法使いの方が珍しい。

(2匹でひとつ、ねぇ)

 その時、階段の方からせわしない様子の声が聞こえた。 視線を移すと、ディスペアが切羽詰まった様子で居間に入り込んでいる。

「ミツキちゃん達! 今ちょっと大丈夫?」
「どうしたんだよ、ディスペア。 そんなに慌てて」
「ミュルミュールが町のはずれで暴れているの。 しかも2体も!」

 こんな時に。 チームアースもチームキューティも、別の依頼に行っているため星空町の近くにはいない。 ガッゾは、と思ったがまだ学校から帰ってきていない。 掃除当番か何かだろうか。

「他に誰か、魔法使いは行っていますか?」
「さっき、モモコちゃんとコノハちゃん、それにリオンちゃんが窓からほうきに乗って向かっていくのを見たわ」
「分かった、すぐ行く!」

 ミツキ達は、大急ぎで支度をすると階段を駆け下り、ほうきに乗って町はずれに向かった。


* * *



「くすくすくす……! ミュルミュール、いい感じよぉ! もっと暴れちゃいなさーい!」
「ミュルミュールが2体いるのです!」

 モモコ、コノハ、リオンの女子組トリオが駆け付けると、2体のミュルミュールが町はずれの公園で暴れまわっていた。 1体はシャベル、もう1体はバケツの見た目をしたものだ。
傍らでは、2匹のヤンチャムの子どもが紫色のクリスタルの中に閉じ込められている。

「この子達、道場の師範さんのとこの子よ!」

 コノハによれば、このヤンチャム達はゴロンダ道場の師範の子ども達らしい。 確かどっちかは、ガッゾとそんなに歳が変わらない子だったハズ。 まだ小さな子どものスピリットにも付け込む、クライシスの卑劣さが垣間見える。
今日ミュルミュールを従えているのはソナタだった。 少し古臭い感じの高笑いで、モモコ達の前に立ちはだかる。

「来たわね、魔法使い。 でも、小さいアンタ達でこのミュルミュールを倒せるのかしら?」
『ミュルミュール!』

 ソナタが顎でミュルミュール達に攻撃するように促すと、バケツのミュルミュールがまず攻撃を仕掛けた。 持ち手部分をまるで手のように、ぎゅんと音を立てて振り下ろす。
女子組トリオはすかさず避けたが、持ち手部分は地面を大きくめり込ませた。 子どもポケモンが素になったミュルミュールであるとはいえ、暗黒魔法で暴走した魂の力はダテじゃない。
たぶん、避けられていなかったら誰かがペシャンコになっていたかもしれないほどだ。

「う゛ぇぇ! つっよ!」
「油断してられないわね」

 3匹はすぐに自分のウェポンを召喚し、戦闘態勢に入った。
 モモコがミュルミュールの足元にいくつもの渦を発生させ、ミュルミュール達の動きを鈍らせる。 ミュルミュールの動きが鈍っている隙に、コノハはステッキから炎や光の雨を降り注ぐ。
モモコのあらゆる場所から風を発生させる魔法と、コノハの広範囲にわたる魔法があるからこそ成せる技だった。
 一方のリオンは、青い電撃をまとったボールを地道に当てていく攻撃しかできない。 そのうえ、リオンのウェポンではイマイチ攻撃力に欠ける。 新しいボールを魔法の力で作るにしても、大きなロスとスキが生じる。
これがリオン1匹の戦いだったら、大苦戦していたことは間違いないだろう。
 ざくざくと頭の先端部分で地面に穴を掘りながら、シャベルのミュルミュールがヤンチャムのきょうだいの愚痴を叫び始めた。

『にいちゃんなんかだいっきらいだぁ! としうえだからって、えばらないでよぉ!』

 よりにもよって、ミュルミュールの素になったヤンチャムのきょうだいはケンカ中であるようだ。 リオンは、まるで今の自分を見ているみたいで気が滅入ってしまった。

(これは、ボクのうつしみなのですか……?)

 目を丸くしながらも、リオンは戦いに集中しようとした。 不幸なことに、シャベルのミュルミュールが作ったいくつもの穴が足場を奪っている。 小回りが利くメンバーではあったが、ミュルミュールが堀った穴は思ったよりも多かった。
体勢を整えるのが難しくなってきており、隙を突かれる魔法使いは暴れるミュルミュールのとばっちりでダメージを受ける。

『たのしいことも、おもしろそうなことも、ぜーんぶにいちゃんがさき! ずるい、ずるい、ずるい!』

 ミュルミュールが暴れた反動で、リオンは勢いよく吹き飛ばされてしまった。 公園の滑り台の柱に思い切り背中を打ち付け、かなり痛そうだ。 モモコとコノハも応戦するが、吹き飛ばされたリオンに気を取られてそれぞれブランコや鉄棒に身体が叩きつけられる。 ゴン、という鈍い音が身体中に響き渡り、せりあがってくるような苦しみが痛みと共に襲い掛かる。
 それにしても、このミュルミュールの言葉にリオンはついつい共感してしまう。 同じ双子のハズなのに、どうもシオンは突っ走ろうとする。 おいしいところを持っていこうとする昨日だってそうだった。
楽しいことや面白そうなことはもちろん、危険なことも全部シオンが先に経験してしまう。 リオンには、それが面白くなかった。

『だって、かっこいいお兄ちゃんでいたいんだもん!』

 返すように放たれたバケツのミュルミュールの言葉に、リオンははっとする。

『なんでもできるかっこいいお兄ちゃんだって、いわれたいんだ! でも、みんな分かってくれない!』

 兄側にも、兄側の言い分があった。 上のきょうだいには上のきょうだいなりのプライドがある。 だが、みんながみんなそれをわざわざ下のきょうだいにひけらかすだろうか。
そしてそのプライドは、もちろん分かってくれるポケモンは少ないだろう。 ましてやきょうだい同士となれば、歳が近すぎるあまり気付きにくい。
双子だったらなおさらそうかもしれない。 もしかしたら、シオンも同じように思っていたのかも。 リオンはやっと、自分の気持ちをいったん横に置いて上のきょうだいの身になって考えることができた。

「なんか、わたしもちょっと気持ち分かるかも。 周りに分かってもらえないのって、ほんと上のきょうだいあるあるだよね」

 逆にモモコは、バケツのミュルミュールの言葉に共感を覚えたようだ。 人間として過ごしていた時、弟がいたモモコはバケツのミュルミュールと同じような気持ちになったことがあるのだろう。
ヤンチャムきょうだいの心の叫びを聞いたソナタは、バカにするようにくすくすと笑っていた。

「そんなくだらないことで、悩んでたっていうの? 笑わせないでよね!」
「くだらなくないのです!」

 は? と煩わしそうに、ソナタはリオンを見下ろす。 リオンはひるむことなく、じっとミュルミュールと向き合いながら続けた。
普段は控えめな性格のリオンだが、だからこそ内に秘めている芯の強さは他の魔法使いと比べても大差ない。

「ボクのような下のきょうだいにはそのポケモンの考えがあって、お兄ちゃん側にはお兄ちゃん側の考えがあるのです。 ボクも、やっと今それが分かったのです!」

 リオンの主張に、ソナタは人間でいうところの髪をかきむしるような勢いで頭を抱える。 この『相手の気持ちになって考える』『誰かのためになることを考える』という心はソナタにとっては地雷のようだった。

「いちいちうるさいわね……! ミュルミュール! あのナマイキな小娘達をメッタメタにしちゃいなさーいッ!」
『ミュルミュール!』

 ソナタの号令で、2体のミュルミュールは魔法使いの3匹に近づいた。 ミュルミュールが目をつけたのは、モモコとコノハ。 バケツのミュルミュールはモモコを、シャベルのミュルミュールはコノハの襟首をひっつかむと、そのまま投げ飛ばした。

「きゃぁっ!」
「うわぁっ!」

 ミュルミュールに投げ飛ばされたモモコとコノハは、シャベルのミュルミュールが掘った穴にすっぽりとハマってしまった。 モモコはまるでディグダのように顔だけ地面から出しているような状態になっており、身動きが取れなくなってしまった。 コノハに至っては体勢が悪かったのか、頭が地面に埋まっているように見える。

「モモコ! コノハ____わぁっ!」

 モモコ達に視線をそらしていたそのスキを突かれたリオンは、またもバケツのミュルミュールに吹き飛ばされる。 流れにそって宙を舞うリオンの身体は、地面に叩きつけられた。 くすくすとご満悦そうに笑いながら、ソナタは木の上からリオンを見下ろしていた。

「さぁ、あとはなのですちゃんだけねぇ」

 リオンの目の前に、2体のミュルミュールが立ちはだかる。 こんな大きな怪物に、自分のような小さくて力のないポケモンが一気に攻撃をたたみかけられたらひとたまりもないだろう。
リオンはミュルミュールを見上げながら、これはバチ当たりなのかもしれないと頭の奥で考えていた。

(……バチが、当たったのです。 ボクがシオンのこと、分かろうとしなかったから。 今になって、気付くなんて____)

 こんなことなら、シオンにあんなこと言うんじゃなかった。 ここで自分は仕留められる。 そうリオンが確信した時だった。

「「!?」」

 ものすごい速さで、バケツのミュルミュールに紅色の電撃をまとったボールが、シャベルのミュルミュールに強い力を持った水の波動がぶつかってきた。 その速さから威力もずいぶん増されており、ミュルミュールは大きく体勢を崩す。
何だとリオンがボールが飛んできた方に視線を移すと、そこにはミュルミュールをにらみつけるシオンの姿があった。

「おいおいおいおい、オレの大事な妹によくも手ぇ出してくれたな?」

 並んでミツキとライヤの姿も見えた。 男子組トリオが少し遅れて駆け付けてくれたのだ。

「大丈夫か? お前ら」
「ミツキ、ライヤ! 来てくれてよかった……」
「遅くなってすみません! って、コノハはどこですか?」
「ここよ!」

 ミツキが目にしたモモコ達は、ミュルミュールの猛攻ですでに傷だらけだった。 とてもではないが、これ以上全力で戦うのは厳しそうだ。
ライヤがモモコとコノハを掘り起こすように助け出している間に、ミツキがミュルミュールに向き直って攻撃を仕掛けようとしている。 チームカルテット女子コンビは、身体や顔についた土をぱんぱんとはたきおとしている。 きれい好きなコノハは自慢の毛なみがかなり汚れてしまい、顔をしかめている。

「いっけぇ! 『霞爆弾』!」
『ミュルッ!?』

 ミツキが投げつけた霧を発生させる爆弾は、見事に2匹のミュルミュールの目元に命中。 ミュルミュールの視界を奪っているスキに、シオンはリオンのもとに駆け寄る。

「リオン」
「シオン……ボク、ボクは……」

 立てるか、とシオンはリオンに手を差し伸べる。 リオンは普段当たり前だと思っていた兄の優しさと気遣いのありがたみを、こういう時に実感する。
昨日、あれだけひどいことを言ったのに心配してくれている。 リオンは思わず泣きそうになった。
しかし、リオンの頭の中にある『記憶』がフラッシュバックする。 ミュルミュールとの戦いで、自分の目の前に立ちはだかるように現れたシオン。
そのことを思い出すたび、リオンはシオンの思いやりに応えるのが辛くなる。 差し伸べられた手を取ることなく、リオンは啖呵を切るようにシオンに言い放った。

「何で助けに来たのです! シオンがいなくても戦えるようにしないと、2匹で一流じゃダメなのです!」

 ここまで拒絶されると思わなかったのか、シオンは手を差し伸べたままの恰好で固まってしまう。 この状況でそれを言うか。 ライヤはもちろん、話を聞いていたモモコとコノハさえも絶句していた。

「おいリオン、助けに来てやったヤツにそれはどうなんだよ?」

 割り込もうとするミツキの前に、ライヤは手を伸ばして静止させるしぐさをした。 最初はなんで、と腑に落ちなかったミツキだが、リオンの顔を見て納得した。
リオンは、泣きじゃくりながらなんとか言葉を続けようとしていた。 ひっく、ひっくと息を上げながら、自分の本当の気持ちをシオンに伝えようとしている。
その姿に、ミツキとモモコはデジャヴを覚えた。 誰かをかばおうと、助けようとする姿と傷ついて欲しくないが故にその姿勢を泣いてまで否定するその『誰か』。 ついこの前までの自分達の姿そのものだった。
 ただ、あの時とは似て異なるとミツキは今もまだ感じていた。 チームジェミニはしきりに『2匹で一流』という言葉を使う。 この言葉が、まるでシオンとリオンを括り付けるような呪いの言葉に聞こえてならない。

「そんなに身体を張らなくても……シオンは、じゅうぶんかっこいいのです」
「リオン……」

 その言葉に、シオンは少しだけ安心感を覚えた。 リオンもまた、シオンの顔を見て同じような表情を浮かべる。
お互いに嫌いになったワケじゃなかった。 もう顔も見たくないほどのことでもなかった。 そう思うと、シオンもリオンもホッとするのだ。

「なぁんかいい雰囲気になってるみたいだけど、それもここまでよッ!」
「そうはさせっかよ!」

 ミュルミュールの視界が晴れ、ソナタの号令でまたも魔法使いに攻撃が仕掛けられる。 シャベルミュルミュールが先端で攻撃しようとするところを、コノハがハート型の炎で向かい打つ。
バケツミュルミュールののしかかるような攻撃には、ミツキが『みずのはどう』を打ち込み大きなミュルミュールの身体をはね返した。

「シオン、リオン! 今だ!」
「あぁ!」
「なのです!」

 ミツキに促され、シオンとリオンはクラリネットを構える。 今のチームジェミニであれば、2体のミュルミュールが相手でも浄化できるだろう。

「『ツイン・プラズマ・デュエット』!」

 自分の気持ちを伝えられたリオンと、それを受け止めたシオン。 今の2匹の演奏は、昨日のそれよりずっと手ごたえを感じるものだった。 朝の不協和音がウソのように、2本のクラリネットから奏でられるハーモニーは聞いていて気持ちのいいものだった。
紅色と水色の弾ける光から作られた魔法陣が、ミュルミュールの足元で光りだす。 光に包まれるように、2体のミュルミュールは穏やかな断末魔を上げて浄化されていった。

『ハピュピュール〜』

 元に戻っていくスピリットを見て、ソナタは首をひねらせながらその場を後にした。

「何でみんな、誰かのためにそんなに必死になるワケ?」

 ソナタからすれば、誰かのために必死になることが理解できない。
今日のミュルミュールにしても、シオンにしても、そしてドレンテにしても。



* * *



 チームジェミニはスピリットをヤンチャムの子ども達に戻すと、公園のベンチに座りながら意識が戻るのを待っていた。
日が落ちるか落ちないかくらいに時間が経った頃、ようやく子ども達は目を覚ます。 ほぼ同じぐらいのタイミングなあたり、この2匹がきょうだいであることを思い出させる。

「あ……にいちゃん……」
「ごめん! オイラ……オイラ……」
「にいちゃんは、いつもかっこいいにいちゃんだよ! 一緒に遊んでくれたり、宿題教えてくれたり……」
「あ、ありがとう!」

 ミュルミュールになり、浄化されたことでお互いの気持ちを分かり合うことができた。 きょうだいは仲直りの印に手をつなぎながら、その場を後にした。
チームジェミニは、微笑みながら仲直りしたきょうだいの後ろ姿を見送る。 きょうだいの姿が見えなくなった頃、リオンは改めてシオンに向き直り、すっと頭を下げた。
本当だったら、昨日のうちに言っておきたかった言葉。 今なら素直に伝えることができる。

「言い過ぎたのです。 ごめんなさいなのです」
「いーよ別に。 オレ、リオンに怒られるの慣れっこだし。 気にしてねーから」
「でも、言っていいことといけないことがあったのです。 ボク達はチームである前に、双子なのに……」

 あっけらかんとした態度を装うシオンだが、リオンは強い自己嫌悪に陥っていた。 仕方なさそうにシオンがふっと笑うと、ぽんぽんとリオンの頭をなでる。
暑苦しい普段のシオンとは打って変わって、お兄ちゃんらしい優しい笑顔がリオンの目にしっかり映っていた。 つられるように、リオンもまたえへへ、とこぼすように笑い声を上げる。

「それが分かってりゃいいって、な?」

 その様子は、少し離れたところでチームカルテットがしっかり見届けていた。 
夕陽に照らされた2匹の並ぶ姿が、とても微笑ましい。 きょうだいのいないミツキからしたら、うらやましいくらいだった。

「一件落着、って感じかな」

 一時は心に踏み込もうとしたら部外者とも言われ、キツい言葉で返されたこともあった。 でも今日になってやっと、誰かの心をこうして救うことができた。 もしかしたら、スピリットの輝きもこうして自分達の力で取り戻すことができるのかもしれない。
モモコは、今日一日を振り返ってそう思っていた。

(誰かの心に踏み入るのって、苦しいこともあるけど……いいこともたくさんあるんだな)

 その気持ちはモモコだけでなく、ミツキも同じだった。
心に踏み入られることの怖さも知っているミツキだからこそ、何気ない気遣いで友達を助けることができると強く実感したのだった。



 その日の夜、魔法使いがみんな寝静まったくらいの時間。 シオンは1匹、寝付けずにいた。
ベッドの上で仰向けに寝転がり、天井をぼんやりと見上げる。
頭の中には、今日の戦いで聞いたリオンのある言葉がずっと響いていた。 リオンの涙でぐしゃぐしゃになった顔と一緒に。

____2匹で一流じゃダメなのです!

 思い出すたびに、シオンの暑苦しい心に冷たい水をかけられたような気分になる。 心が冷めるのを通り越して、その冷たさにやけどしそうになる。

「オレがふがいないばかりに……」


花鳥風月 ( 2019/03/13(水) 00:35 )