ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜 - 第2楽章 星空と魔法の町−Pot pourri−
030 そりゃオレ達は双子だからな
「リオン、こっちだ!」

 星空町の住宅街で、気球の形をしたミュルミュールを相手に、シオンとリオンの双子チーム『ジェミニ』が戦っている。
ミュルミュールにされているポケモンは、ふうせんポケモンのフワンテ。 ここまで元のポケモンに忠実な姿をするミュルミュールは、実は珍しい。
シオンとリオンが駆使するウェポンは、それぞれ青と赤の色違いのボール。 2匹でキャッチボールのように、ぐるぐると2つのボールを相手を囲むように回して翻弄させる。

「いくのです、シオン!」

 本当ならば、相手をある程度混乱させた後に2匹で「せーの」の掛け声と一緒に電撃をまとったボールをぶつける。
しかし、小柄なチームジェミニは大きな敵を相手にすると、どうしても壁のように立ち塞がれてしまう。
小柄な分、小回りが利くのがチームジェミニの強みだ。 しかし、今日の敵はひこうタイプのポケモンが素体になっている。 相性的には有利でも自由自在な動きは相手の方が一枚上手だ。
案の定、シオンの目の前には大きなミュルミュールが立ちはだかる。 これではリオンにパスを回せず、コンビネーションが崩れてしまう。

「ぐっ! ふさぎやがって……。 ここはオレが何とかしてやる!」

 シオンはリオンにパスを回さず、直接ミュルミュールに電撃をまとったボールを投げつけた。 赤いイナズマは、見事にミュルミュールに直撃し、体勢を大きく崩す。 

「シオン! 作戦と違うのです!」
「へっ、このミュルミュール、確か元のポケモンがフワンテだったな」

 しかし、リオンからすればシオンに身勝手な動きをされて不服だった。 せっかく作戦を立てたのに、シオンの向こう見ずが炸裂してしまう。
シオンからすれば、ミュルミュールにダメージを与えられて結果オーライなのだが。

「今だ、リオン! 浄化するぞ!」

 リオンはおもしろくない気持ちを押し殺すように、クラリネットを召喚する。 これまた双子の宿命か、2匹は担当楽器も同じだ。
リオンがザッツを出し、アンサンブルの曲がスタートする。 
クラリネットは、木管ならではの柔らかくかわいらしい音色が特徴的だ。 1本だけでトランペット並みの大きな音を出すことは難しいとされているが、2本、3本と増えていくことでその真価を発揮する。

「『ツイン・プラズマ・デュエット』!」

 シオンが低音域で土台を固めたところを、リオンがいくつも連なる連符でデコレーションする。 楽器のベルからは、水色と紅色の弾ける光がバチバチ音を立てて絡み合い、ひとつの大きな魔法陣を作り上げる。
2匹でひとつの大きな魔法を奏で、ポケモン達の魂を浄化する。 それが、チームジェミニのスタイルだった。

『ハピュピュール〜』

 ミュルミュールを浄化し、スピリットをフワンテに戻してやる。 ポケモンを元に戻すまでが、魔法使いの仕事だ。

「やったな、リオン! 今日もオレ達の浄化、大成功だッ!」
「……」

 シオンがハイタッチを求めるように、右手を上に掲げている。
しかし、リオンはというと明らかに機嫌が悪そうにぷいとそっぽを向いていた。 リオンはクール且つ引っ込み思案な性格で、暑苦しいシオンとは正反対の性格。 それでも、ここまでシオンに嫌悪感を示す様子はなかった。
あったとしても、冗談半分のじゃれあいの延長線。 リオンが本気で嫌がっているときは、シオンも分かる。 くさっても双子の兄だから。

「何だよ? リオン」
「今日もボク達は、2匹でやっと1匹のミュルミュールを浄化したのです」

 吐き捨てるようにリオンはそう言うと、すたすたと先を急いでしまった。
リオンが自分を煙たがっている、というところまでは分かるのだが、その理由が分からない。 だからこそ、シオンも心がもやもやして面白くない。

「なんだよ? つれねーヤツ」



* * *



「練習曲を増やしたい、ですか?」
「うん。 わたしって、まだ吹ける曲のレパートリーが少ないから。 基礎連のまとめみたいな感じで、ユーフォの練習曲ってないかなって」

 チームカルテットの仕事が入っていないある日、モモコがミツキ達に練習曲を増やしたいと相談を持ち掛けていた。 
サニーハーバーの魔法使い達と演奏する予定の曲の他にも、ポケモン達の世界には多くの楽譜が存在する。
楽器初心者でも簡単に演奏できる曲を、練習曲として基礎連のまとめに吹いている楽器奏者は多い。 モモコもまた、渡されていた練習曲を使っていたのだが、何しろ経験が少ない。
いろいろな曲を覚えることで、どんな局面にも対応できるようにしたいと思ったのだ。

「キミ達、楽譜を探しているのかい? それだったら、このボクが施錠係だから、楽譜部屋を開けられるよ」

 ぬっ、と待ち構えていたようにフィルが現れる。 施錠係のフィルは、マジカルベースのあらゆる鍵を管理している。 

「そしたら、お願いしてもいいかな?」
「お安いご用さ」

 楽譜部屋は本部の2階にある。 あまり広い部屋とは言えないが、壁に大きな本棚が張りつけられている。 本棚の中には、いくつもの楽譜がところせましと並んでいた。
最近手に入れたと思われるピカピカの楽譜もあれば、もう何年も使い込まれたと思われる変色した楽譜もたくさんある。
魔法使い達が何らかの局面で演奏した曲だけでなく、明らかに趣味で買った楽譜も多い。 『スポ根熱血メドレー』なんて名前の分厚い楽譜は明らかにシオンの趣味であり、『カクテル』、『ウィスキー』等とお酒の名前の楽譜コレクションはチームアースあたりのものだろう。

「う゛ぇぇ!? これ全部楽譜!?」
「みんな、自分の好きな楽譜を持ち寄ったりしてますからね。 あとは、コンクールに出てた時の曲もあるんです」
「コンクール?」
「こっからだとかなり遠いんだけど、『シンフォニア』って町で、毎年吹奏楽のコンクールがあるの」

 モモコが首をかしげると、コノハが説明する。
星空町やサニーハーバーは音の大陸の東にあるのだが、シンフォニアという町はずっと西側にある。 演奏会がよく行われる大きなホールがあり、どこかの国とは姉妹都市とも言われているとか。

「ほら、これがその時の写真さ」
「こんなに魔法使いがいたんですね」

 フィルは楽譜の間に挟まれた、一枚の写真を頭のリボンで引っ張り出すとライヤに差し出した。 リボンが埃をかぶってしまったのか、フィルはふっ、と吐息でリボンの埃を取っ払っる。
差し出された写真を見て、ライヤが感心していた。 写真に写っている魔法使いの数は、軽く50匹はいるだろう。 20匹もいない今のマジカルベースとはケタ違いだ。

「でも、だんだん魔法使い自体が減ってきて……この真ん中のコジョンドがいなくなってからは、コンクールにも出なくなったんだ」
「あ、このコジョンドって、あのプロ奏者じゃねーか。 ニナさんだよな」
「ほんとだ! きれい!」

 ずいぶんと色あせた写真には、チームカルテットが見たことない魔法使いもたくさんいた。 モデラートは今よりもずっと若く見えるし、フィルやリリィなんかは今のチームカルテットとそこまで変わらない歳に見える。
中でも特にオーラを放っているのは、ユーフォニアムを抱えて優しく微笑んでいるコジョンド。 この自信に満ち溢れた顔に、ミツキとモモコはすぐにピンときた。

「でも実際、コンクールに出る余裕もないくらいにミュルミュールも増えてきたからね。 魔法使いが減ったのも、コンクールに出なくなったのも、不自然ではないよ」
「コンクールかぁ……実はアタシ、結構憧れてたのよね」

 しみじみしたように、コノハはぽろっとこぼす。 せっかくコンクールに憧れていたというのに、マジカルベースに入った時にはもう出場しなくなっていた時のコノハの気持ちはどんなものだっただろうか。 考える方も複雑になる。

「どれぐらいの魔法使いがコンクールに出てるの?」
「そうですね……。 だいたい音の大陸だけの大会だと、魔法使いは4割でしょうか」
「昔はもっといっぱい魔法使いが出てたって聞いたけどね。 サニーハーバーなんかは、今も毎年出てるみたいよ」

 サニーハーバー。 モモコは自分の顔が強張ったのが分かった。
『チームドルチェ』のミチル。 高飛車だけどスイーツショップと魔法使いを両立しているお嬢様。 あれからほとんど会ってないが、彼女の音色を思い出すたび、モモコは「もっと頑張らないと」と何度も思わされた。

「フィルはコンクールに出る余裕がないくらいって言ってたけどよ、コンクールに出ることでメリットもあるんじゃねーか?」
「どういうことだい?」

 フィルは意外そうな顔をする。 珍しくミツキが、賢そうなことを言おうとしているからだ。

「なんつーか、チームを超えて絡みも増えるし、一致団結? みたいなのもできるんじゃねーかなー……って俺の考え」
「ミツキにしては、かっこいいこと言うじゃないの」
「フッ、言えてるね。 コノハ」

 にやにや笑うフィルとコノハに、ミツキは「俺にしてはってなんだよ」とムッとする。

「まぁ、ウチぐらい魔法使いが少ないと、できる曲も限られてくるけどね」

 棚の楽譜をあさりながら、フィルは残念そうにつぶやいた。



* * *



 希望の時計台の針は夕方の5時過ぎを指してるが、辺りはすっかり暗くなっていた。 寒くなってくると日の入りが早くなるのは、人間のいた世界だけでなく星空町でも同じだ。
帰り道を歩くシオンとリオンの間には、険悪なムードが漂っていた。 リオンがすたすたと先を急ぐところを、シオンが気まずそうに追いかけている。
しばらく、2匹の間にはなんとも言い難い沈黙という名の休符が続いていた。 だが、ようやくマジカルベースの近くまで戻ってきたところで、リオンが口を開く。

「シオン、いつも言ってるのです。 無暗に敵のポケモンやミュルミュールに突っ込まないで欲しいのです」

 リオンから話を切り出され、シオンは内心ではドキッとしたが、いつもの調子で明るく返そうと試みた。

「わりぃわりぃ、次からは気を付けるからそう怒んなよ」
「ボク達は2匹でやっと一流だから、ちょっとでも歯車が狂うとダメなのです」

 リオンの返した言葉には、明らかにトゲがあることがシオンにも分かった。
明らかに自分を突き放すような言葉。 何となくだが、リオンの言っていることは本心ではなさそうな気がする。 何がリオンにそう言わせているのかは分からないが、シオンは違和感があるということだけは分かっていた。
しかし、シオンはそれが何なのかが分からないからこそ、もどかしさも感じている。

「歯車って……。 でも、臨機応変に戦うことも大事だろ?」
「1匹で戦いたいなら、チームを解散しても、ボクはいいと思うのです」

 あまりにも極端なリオンの考えに、とうとうシオンも感情のブレーキが外れた。

「誰もそんなこと言ってねぇだろ!? むしろ俺は、リオンと一緒にやってくつもりだ。 これからも、オレ達は2匹でいちり____」
「ボクにとっては、今のシオンは負担でしかないのです!」

 振り向いたリオンの目には、たっぷりと涙が溜まっていた。
シオンはというと、文字通り目を点にしてその場で立ちすくんでいる。 悲しさと驚きを隠せないシオンの顔を見て、リオンは我に返った。
かなり度が過ぎたことを言ってしまったことを自覚したのだろう。 バツが悪くなったリオンは、溜めていた涙をこぼしながらその場から立ち去ってしまった。

「お、おい!」

 シオンの呼びかけにも、リオンは応じない。 マジカルベースの敷地内に入っていくその姿は、通り過ぎていく魔法使いの目を丸くさせている。

「あ、リオンおかえり____」

 コノハが声をかける途中で、リオンは宿舎のドアを勢いよく開け、飛び込むように中に入っていった。 マメな性格のリオンらしくない様子に、チームカルテットのメンバーも何かあったのかと疑問に思う。

「どうしたんだ? あいつ」
「涙目になってるように見えましたよね」
「シオンも一緒じゃなかったし、何かあったのかな?」

 すると、ちょうどいいタイミングでシオンがとぼとぼとマジカルベースの敷地内に入ってくる。

「シオンも帰ってきてたんですね」
「今さっきリオンが戻ってきてたけど、何か……」
「うがぁあぁああっ! わっかんねぇ! わっかんねぇよ!」

 何かあったのか、とコノハが聞く前にシオンが頭を抱えて絶叫する。 あ、これケンカしたやつかな。 さっきのリオンの様子を踏まえてシオンの悶絶する姿を見て、ミツキは何となく察した。

「な、何なに!? どうしたの!?」
「チームカルテットぉぉお! 聞いてくれよぉぉお! オレ達同い年だろ!?」

 涙と鼻水をダラダラと垂らすシオンに、チームカルテットは苦笑いする余裕も与えられなかった。
確かに、チームジェミニもここでは数多い同い年の魔法使い。 モモコ以外の3匹に関しては、去年まで同級生だった身だ。
ここはひとつ、そのよしみで話を聞いてやろう。 4匹は、泣き崩れたシオンをなぐさめながら宿舎へと入っていった。

 

* * *



「「チームの解散!?」」

 宿舎の居間に、チームカルテットの素っとん狂な声がトゥッティで響き渡る。 一方でシオンはいつもの暑苦しさから一転、未だにしょんぼりした様子でうなだれている。
よほどリオンに冷たくされたのがショックだったのだろう。 こんなにウジウジしたシオンを見るのは、モモコはもちろんミツキ達も初めてだ。

「1匹で戦いたいなら、解散してもいいって……」

 チームカルテットとしても、シオンの話の範囲でしか分からないとはいえ、リオンの態度には驚いている。 なんのかんの言って、チームジェミニは『ケンカするほど仲がいい』を絵に描いたような関係だとばかり思っていたからだ。

「まー確かに、アンタは暑苦しいし脳みそは筋肉だし、リオンとは真逆の性格よね」
「逆によくここまで2匹でやってこれたくらいだよな」

 これは、ミツキ達がチームジェミニと長い付き合いだからこそ言える言葉だ。 
 似た者同士のコンビやグループは、波長が合いやすいが同族嫌悪することもある。 その分、正反対の者同士はぶつかり合うことが多くとも、違う価値観を認め合いながら乗り越えていくことができる。
シオンとリオンに関しては、同じチームである以前に双子だ。 魔法使いの仕事も、学校も、どこに行くにもいつも一緒で、近い距離の中にいる。
その分、ぶつかり合うことも多かったハズだが、ここまでやってこれたのは2匹の絆が確かなものだったから。 誰もがそう思っていたハズだった。

「そりゃオレ達は双子だからな、お互いのことはお互いが一番わかってるつもりだ」
「でもさっき、分かんないって言ってたのはどういうことですか……?」
「オレもリオンも、魔法使いになる時、2匹で一流を目指して頑張ろうって言ってたんだ。 その気持ちは、どんなにケンカしても変わらなかったのに……」

 今までだったら、チームの問題はチームの中で解決するのが、このマジカルベースでは当たり前だった。
だが、自分達のチームの問題で他の魔法使い達や町のポケモンに影響が及んだことがあるからこそ、チームカルテットはチームジェミニの問題を何とかしてやりたいと思った。
言葉選びが下手でも、部外者と思われてもいい。 同じマジカルベースの魔法使いである以上は、部外者とは言い切れない。

(これは、リオンにも話を聞いた方がよさそうですね)

 魔法使いきっての頭脳派のライヤが、既に頭の中で作戦を練っていた。



* * *



「不愉快」

 クライシスのアジトの一角で、ドレンテはふてぶてしい顔で吐き捨てる。 ここのところ、ドレンテの機嫌が悪いことは他のクライシスのメンバーにも伝わっていた。
特にソナタは、日に日に険しい顔になるドレンテのことが気がかりだった。 ジト目をドレンテに向けながら、気を利かせて声をかけてみる。

「何よ急に。 そうでなくても、アンタ最近カリカリしてるけど」
「凄く不愉快なんだよ! ミツキのヤツ!」

 ソナタをはけ口にするように、ドレンテは詰め寄りながら気持ちを大声にしてぶつけ始めた。
ドレンテがモモコ以外の魔法使いの名前を挙げることは、とても珍しい。 むしろ、モモコ以外の魔法使いには興味なさそうというのが、ソナタのドレンテに対する印象だった。
だからこそ、『ミツキ』という具体的な名前を挙げていることもあり、ソナタは二重の意味で驚いていた。 ドレンテの対応には、かなり引いているという方が正しいのだが。

「え、えぇ……? 魔法使いがうっとおしいのは、今に始まったことじゃないでしょ?」
「だいたいモモコもモモコだよ。 あんだけ最悪のコンビだったのに、何で今になってミツキミツキってあいつを気にかけるんだ……」
「な、なんかよく分かんないけど……。 次、あたしが町に出向くわ。 エステの日も近いし」

 収拾がつかないと判断したソナタは、無理やり話題をそらす。

「ソナタが自分から動くなんて、それはそれで珍しいな」
「別にいいじゃないの。 気分転換がてらよ」

 グラーヴェの茶化しを背に受けて、ソナタは自分のプライベートスペースへと戻っていく。 ドレンテの不機嫌がうつったのか、ソナタも今は1匹になりたい気分だった。

(なんでドレンテが元気ないと、あたしも不安になるのよ)

 実はソナタもソナタで、自分の気持ちに引っ掛かりを感じていた。
任務を優先させるグラーヴェとは対照的に、自分は戦いの時ですらドレンテのことを気にかけてしまう。
それはドレンテがまだ、13歳の男の子だからか。 そうでなくても、ドレンテのことを放っておけない気持ちが、心の中に潜んでいる気がする。
その根底にあるものが分からないからこそ、違和感を感じるのだ。
 ドレンテが好きだからか? 年下だからか? それとも別の感情だろうか。

「……仲間なんだし、当たり前よね」

 今は気にしないように、ソナタは自分で生み出したもやもやを、頭からぶんぶんと振り払った。


花鳥風月 ( 2019/03/02(土) 13:57 )