ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第2楽章 星空と魔法の町−Pot pourri−
028 こんな出迎えの仕方があるかよ
 ____大丈夫? すぐポケモンセンターに連れてったげる!

 白い帽子を被った人間の少女の手の中で、ミツキはぐったりとしている。 ミツキを見つめる少女の目は「やみのいし」と同じ、吸い込まれそうな色をしていた。
コッ、コッ、と少女の靴と石畳の道が触れ合う音と、少女の乱れた息づかい。 そして人間達の雑踏からなるアンサンブルは、ポケモンの世界とはまた違うものだった。

 音の大陸とは別の世界にある港町。 人間とポケモンが行き交うこの町は、サニーハーバーよりもずっと文明が進んでいて、ミツキからすれば魔法よりもずっと不思議な世界だった。
少女に抱えられてから、ポケモンセンターというポケモンの病院代わりのような場所に連れていかれるまで、ミツキの記憶はほとんどない。 ようやく目を覚ますと、見慣れない白い天井と鼻につくような薬のにおいがミツキを歓迎する。
枕元には、白い帽子の少女がじっとミツキを見つめている。目を覚ましたときに嬉しそうにしているその顔は、自分よりも少し幼く見えた。

 ____わたしね、やりたいことがあるの。 でも、そう言ったら家族に怒られたんだ。

 どうもこの少女は、ポケモンと話すことができるらしい。 人間にはポケモンの言葉は、普通分からないと言われておりおとぎ話でもそうなっていた。 魔法使いのいる世界から来た自分が言えたことではないが、つくづく不思議な少女である。
学校の学年でいえば2年生ぐらいだろうか。 舌ったらずな話し方も相まって、幼い雰囲気が強調されているが、時々見える横顔は大人びて見えた。

 ____わたし、間違ってる?

 やがて、少女の声は少しずつ遠ざかっていき、代わりに目覚まし時計のベルの音がジリジリ耳に突き刺さってくる。



* * *



「夢、か……」

 ミツキの夢は、そこで途切れる。
部屋に朝日が差し込み、ヤヤコマのさえずりが聞こえる。 目を開ければ、ポケモンしかいない世界の星空町。 部屋のカレンダーには、3日間連続して赤いマル印がついており、「帰省」と書き込まれている。
今日は星空町は3連休だ。



* * *



 赤いボディの小さな汽車が、草原の上に重なる線路を駆けている。 汽車が横切った反動で、道なりに咲いている小さな花が風に揺られている。 辺りは星空町のような、賑やかでカラフルな町並みとは打って変わって、一面が黄緑色のじゅうたんだ。
チームカルテットの4匹は、それぞれ自分用に大きなカバンを抱えて車内の一角に席を取っている。

「おいっしーい! ポケモンの世界にも駅弁があるなんて思わなかったよ!」

 木の実と野菜をふんだんに使ったサンドイッチを頬張りながら、モモコが顔をほころばせている。

「そういえばここの駅弁って、一部の鉄道マニアの中では有名って聞いたことあるわ」
「コノハの流行りモノチェックって、守備範囲広いですね……」

 モモコの隣では、コノハがガイドブックのページをパラパラめくっている。 コノハは気になるページがあったのか、ページをめくるのを止めてガイドブックに食らいついた。
モモコも一緒にそのページを見ると、「スイーツ食べ歩きの旅」と丸みを帯びた字で書かれており、かわいらしく飾られたスイーツ達の写真がスクラップされている。

 チームカルテットは3連休を使って、遠く離れたミツキの故郷に行くことになったのである。
星空町の駅から電車を使って約2時間もかかる場所にあり、4匹は朝早くからマジカルベースを出ていた。 出かける前に、魔法使いの何匹かから「お土産よろしく!」なんてせがまれたりもした。

「でもミツキ、本当に大丈夫でしたか? 僕達もミツキの実家にお邪魔することになって」
「むしろ父さんも母さんも、お前達に会いたがってるからな。 大歓迎だってさ」

 帰省の話が持ち上がった時、モモコもライヤもコノハも、ミツキ1匹で帰るつもりだとばかり思っていた。
しかし、ミツキの両親はライヤとコノハとは顔見知りであり、新たにモモコがチームに加入したこともあるため、挨拶も兼ねてチームカルテット全員で行くことを、ミツキが提案したのだ。

「それにしても、ミツキって星空町生まれじゃなかったんだね」
「言ってなかったか? 俺が星空町に来たのは5歳の時だぜ」
「ミツキの家は、かなり有名な忍者一家だそうです。 それで、ご両親が星空町で仕事があるからって、ミツキも一緒に引っ越してきた……んでしたっけ?」

 ライヤがミツキとコノハ、どちらかに確認を取るように語尾を疑問形にすると、コノハが返答してくれた。

「でも、アタシ達が魔法使いになる時に、ミツキのパパとママは『シノビ村』に帰っちゃったのよね」
「それにしても、住み込みで働くって本当にこういう連休にしか帰れなくなるんだな」

 自分が言えたことではないが、まだ13歳で両親と離れて暮らすのは相当の覚悟があったんだろうなとモモコは感じていた。 普段はポケモン達がたくさんいる町でミュルミュールと戦う危険な仕事をしているが、せっかく家族と会えるこの3日間は思う存分リフレッシュしよう、させてやろうとも思った。
間もなく、車掌と思われるポケモンの低く野太いバリトンボイスが車内に響き渡る。 クリーム色のふくよかな身体を持つ、こんじょうポケモンのマクノシタだ。

「次は、終点シノビ村ー。 シノビ村ー。 出口は左側です」

 車窓から見える風景は、木造の住宅や畑、そして身体を動かすには手軽な公園のようなものがいくつか。
星空町やサニーハーバーとは違った、ひと昔前の小さな村。 村の北からは透き通った水が川となって流れている。 汽車は川の上にかかっている陸橋を一直線に走って、あっという間にシノビ村に到着した。
チームカルテットは自分達の荷物を持って汽車から降りるとホームに出てきた。 改札と言えるほど大きくない改札を抜けていくと、2匹のポケモンが出待ちしていた。
しのびポケモンのゲッコウガと、あわがえるポケモンのゲコガシラ。 どちらもケロマツの進化系だ。

「父さん、母さん!」
「ミツキ、よく来たな」
「また大きくなったんじゃない?」

 ミツキの目をぱぁっと輝かせるような反応から、彼らがミツキの両親であることはすぐに分かった。 久々の両親との再会で、いつもクールに振る舞うミツキも幼い子どものように見えた。
ライヤとコノハですらも、こんなミツキの姿を見るのは新鮮でもあり、微笑ましくもあった。
父親のゲッコウガはリュンヌ、母親のゲコガシラはフォルモという。

「ライヤくんとコノハちゃんも、来てくれてありがとう」
「ミツキママ〜! 久しぶり!」
「ご無沙汰してます」

 フォルモはライヤとコノハも、まるで我が子のように温かく出迎えてくれた。 コノハのフランクな返しから、付き合いの長さが垣間見える。
続けてフォルモは、モモコにもライヤ達と同じように声をかける。

「あなたがモモコちゃんよね? ミツキから手紙とかフリズムで話は聞いているわよ」
「は、はい! 初めまして! えーと……ミツキには、いつもお世話になってます!」

 礼儀正しく挨拶を交わすモモコを見て、リュンヌはまるで納得するようにニコニコと微笑んでいる。

「やっぱりミツキから聞いてた通り、いい子みたいだね。 安心したよ」
「え?」
「と、父さん! こいつの前でそれ言うなって……!」

 モモコのことがどうミツキの両親に伝わっているかは分からない。 しかしながら、ミツキが顔を赤らめてリュンヌの言葉を遮ろうとしているあたり、悪いことは言っていないと思われる。
当のミツキからしたら、こっ恥ずかしいことでも伝えているのかもしれないが。
リュンヌはミツキの反応が面白かったのか、ははは、と笑いそれ以上追及はしなかった。

「でもよかったわ。 ミツキがマジカルベースで問題起こさなくなって、ホッとしてるのよ」

 モモコがこの世界に来る前のミツキの素行は、他の魔法使いづてに聞いていたが親を苦労させるほどひどかったのだろう。
ライヤとコノハも、フォルモに合わせるようにしみじみとうなずいていた。 ミツキはというと、黒歴史を掘り返されたような気分になり、バツが悪そうな顔をしている。

「そういう連絡が来なくなったのって、モモコちゃんが来てからじゃないかな?」

 リュンヌの言葉を聞いて、コノハはにやにやしながらミツキとモモコを交互に見つめた。
魔法使いになりたての時はお互いいがみ合っていた2匹。 その転機になったのは、初めて4匹で向かった依頼の時。 闇の魔法使いに捕まりかけたモモコをミツキが助けたあの出来事だ。
あのことがキッカケで、ミツキとモモコはお互いに歩みよることができただけでなく、ミツキが1匹で無茶をせず、ライヤとコノハに頼ることができるようになった。

「いやまさか、偶然だと思うよ! ライヤとコノハがほんとその、いろいろすごいから!」
「えぇっ!? 僕達は何もしてませんよ? ね、コノハ?」
「えー? ライヤは結構ミツキにガツンと言ってたじゃない」
「……お前ら、なすりつけても何も出てこねぇぞ」



* * *



 たわいもないおしゃべりをしながら歩くこと、流行りの歌2曲分ほど。 川のほとりにある大きな建物の前に、一同はやってきた。

「う゛ぇえ!? これがミツキの実家!?」
「うわー……。 思ってたよりデカいわね」

 ミツキの実家は、他の家と比べても頭ひとつ飛びぬけて立派なお屋敷だった。 人間の住む世界にあるような、和風のお屋敷となんら変わりない。
電車の中でライヤが言っていた、有名な忍者一家という話も納得がいく。ライヤとコノハも、ミツキの実家に来るのは初めてなようで、お屋敷を見上げながら驚いていた。

「みんな、荷物を置いておいで。 ミツキの部屋は、この裏の離れの建物だよ」

 リュンヌに促され、チームカルテットは敷地内に足を踏み入れる。 グランディオードとも表せられる忍者屋敷に、モモコとライヤは特に恐れ多さを感じている。
コノハは何故だかこうした格調高い場所に慣れているのか、「へぇ」と感心しながらリュンヌについて行く。
広い庭には、雰囲気に似合ったししおどしなんかが置かれていたり、誰の趣味か盆栽がいくつも並んでいて、純和風とも言える空間を演出している。
一番大きな建物の裏をふと見ると、1匹のポケモンの影があった。

(あれ? ミツキのお父さんとお母さん以外にも誰か住んでるのかな?)

 モモコがもう1匹のポケモンの存在に気付いたその時。

「くせ者ッ!」
「ひゃぁっ!?」

 びゅん、と大きな風の音を立てて手裏剣が飛んできた。 一同が間一髪でよける中、ぱしっとミツキが手裏剣を手に取る。
突然の襲撃にモモコとライヤは固まって、ミツキと手裏剣が飛んできた方を交互に見つめている。 コノハはよけた反動で毛並みが乱れたのが気に食わず、「何よ」と顔をしかめていた。
そんな中でミツキは、建物の裏に鋭いまなざしを送っていた。 この手裏剣を投げてきた相手に、心当たりがあったのだ。
間もなくして、ミツキの視線に応えるように1匹のポケモンが一同の前に現れた。 リュンヌと同じゲッコウガだが、彼よりもずっと年老いている様子である。 背中も丸みを帯びており、背も低めだ。

「こんな出迎えの仕方があるかよ、フルムじいちゃん」

 フルムと呼ばれた彼は、目の前のミツキ達の姿を確認すると、しかめた顔で一同をにらみつける。 特に見慣れない顔のチームカルテットのメンバーには、舐め回すような視線を送っている。
ライヤは「ひっ」と小さい悲鳴を上げ、コノハは負けじとジト目を返している。 モモコはいかにも自分達を拒否するような目つきに、あるデジャヴを感じていた。
出会ったばかりのミツキと同じような、寄ってくる者を拒む目は、既視感を感じさせる。

「中途半端な軟弱魔法使いの顔なんぞ、見たくなかったわい」

 フルムは吐き捨てるようにそう告げると、ずかずかと屋敷の中へと戻っていった。 パァン、という破裂音に近いふすまを閉める音が、庭中に響き渡る。
取り残されるように一同が立ちすくむ中、ミツキがリュンヌに尋ねた。

「なんでじいちゃんがいるんだよ?」
「ごめんごめん、ちょっといろいろあってね」
「そうなのよ」

 リュンヌとフォルモははぐらかすように答えた。 2匹の様子はまるで何かを隠しているようにもとらえられ、ミツキにはそれが面白くなかった。
しかし、今ここにはモモコ達もおり、3匹の前であまり家庭内の込み入った話をするのもどうかと思ったミツキは、これ以上は何も聞き出さなかった。
 
 

* * *



 忍者屋敷は、フルムとエンカウントした一番大きな建物の隣に、お屋敷よりも一回り小さい2階建ての家があった。 立派なお屋敷が敷地内にあるが、もともとミツキが過ごしていたのはこの離れである。
2階にはミツキの部屋があり、チームカルテットはそこに荷物を置かせてもらうことになる。 寝る場所もミツキの部屋ということになった。

「ねぇ、ライヤとコノハはさっきのゲッコウガさん知ってる?」
「いえ、初めてお会いします」
「アタシも」

 ライヤとコノハも、フルムと対面するのは初めてだった。 ミツキとは長い付き合いになるが、あまり彼の家庭環境に踏み込んでいなかった様子がうかがえる。

「さっきじいちゃんって言ってたけど、あのゲッコウガさんってミツキのおじいさん?」

 離れの中に入り、2階に続く階段を上りながらモモコが問う。 階段を上ってすぐ目の前に引き戸があり、それに手をかけながらミツキはうなずいた。

「じいちゃんはこの村で1番強い忍なんだ。 いろんなところに行って困ってるポケモンを助けてる。 やってることは、魔法使いのミュルミュールの浄化がないバージョンみたいなやつ」

 ミツキが引き戸を開けると、畳の匂いがチームカルテットを出迎えた。 純和風だが殺風景で飾り気のないその部屋は、あまり身の回りのものにこだわらないミツキの性格がよく表れている。
マジカルベースの宿舎の部屋も、こんな感じだったような。 そういえばきょうだい以外の男の子の部屋に入るのって初めて____なんて思っては勝手に緊張するモモコをよそに、ミツキは話を続ける。

「んで、ちゃんと説明しなきゃいけねーよな。 じいちゃんのこと」
「あんな言い方するぐらいだけど、何があったの?」

 コノハが首をかしげると、ミツキは迷う様子をあらわにした。 どこから、どうやって、どれぐらい話せばいいのか。
とりあえず、今までの自分とフルムのかかわりのことから順番に話していこう。 ミツキは決心すると、少し言葉を溜めて話し始めた。

「俺とじいちゃん、3年前からほぼ絶縁状態だったんだ。 俺のこと、家の恥さらしだと思ってる」
「結構最近じゃないのよ」
「まぁ話せば長くなるんだけどな」



* * *



 ミツキはこのシノビ村で生まれ、仕事で忙しい両親の代わりにフルムに育てられてきた。
この家で当主とされているのはフルムだったが、あくまでフルムはお偉いさんとしての立場があるだけで、忍として村のあらゆる問題に向き合っていたのは、ミツキの両親だった。
それでも大きな忍の力を必要とする時には、フルムもよく現場に出向いていたものだ。 ミツキは物心がつく前から、周りの大人達がヒーローのように活躍する姿を見ていた。

「ありがとうございました、ううっ……! フルムさんがいなかったら、うちの子はどうなっていたことか!」
「しのびのおじいちゃん、ありがとう!」

 この日は不思議のダンジョンに迷い込んでしまった、ツチニンの子どもを助けていたところだった。 ミツキの両親が別の仕事に出向いており、フルムが救出に向かったのである。
シノビ村は星空町の半分以下と言われているほど小さな村で、魔法使いどころか救助隊や探検隊もいない。 そのため、彼らが担っているような仕事はすべて忍のポケモン達が引き受けていた。

「じいちゃんかっこいい! おれもじいちゃんみたいにつよくなりたい!」

 ミツキにとって、フルムは自慢のおじいちゃんだった。 優しくて強くて、村のポケモン達からも頼りにされている。 フルムに憧れているミツキぐらいの歳の子どももたくさんいたくらいだ。

「ミツキ、いいか? 強さっていうのはな____」
「わかってるよ。 つよさって、たいせつなポケモンをまもるためにひつようなモンなんだろ?」
「その通り。 単純に戦い方が上手かったり力があるだけでは、本当の強さとはいえない。 誰かにかける情熱、心の強さ。 ミツキにはそれを持ってもらいたいんだ」

 普段のフルムは、マナーレと肩を並べてもいいくらい厳格なポケモンだった。 しかし、だからこそ彼は忍に必要な心構えを、こうしてミツキに説いていた。
忍者道具の使い方が上手くても、運動神経が良くても、一番大切なことは心の強さ。誰かを守るために必要な情熱をかけられるポケモンになるよう、ミツキはずっと教えられてきた。

 ____でも、5歳になった時。 俺は父さん達と星空町に引っ越すことになった。 まだマジカルベースもできたばっかの時期で保安が充実していなかった星空町に、父さん達が行かないといけなくなったんだ。

「じゃあ行ってきます、フルムさん」

 ____村の友達と別れるのもイヤだったけど、それ以上に俺はじいちゃんと離れて暮らす方が寂しかった。 でも、やっぱり親と暮らす方が俺にとってもいいって言われて、結局父さん達について行くことにしたんだ。


「やだやだやだ! じいちゃんとはなれてすむのなんてやだー!」
「ほら、ミツキ。 仕事が落ち着いたら、また村に戻ってくるんだから」
「町の方が、友達もたくさんできると思うわよ」
「ミツキ、父さんや母さんの言うことをよく聞くんだぞ」

 ____めちゃくちゃ駄々こねて泣いたの、今でも覚えてる。

 引っ越してからすぐぐらいの間は、ミツキはなかなか友達ができなかった。 シノビ村の土地の性質的に、子どもが少なくこじんまりとした環境にいたこともあり、にぎやかな星空町になじむのが難しかったのだ。
家にずっといても退屈だからと近くの公園に遊びに行っても、結局ミツキは1匹で砂場で山づくりなんかするぐらい。
遠目で同じぐらいの歳の子が追いかけっこをしているのを見ながら、毎日「村に帰りたい」と考えていた。

『ミュルミュール!』

 ミツキの前にミュルミュールが突然現れたのは、そんなある日のことだった。
いつも通り他の子どもポケモンとは離れた場所で、1匹で遊んでいたミツキの前に、ブランコの形をしたミュルミュールがじりじりとにじりよってくる。
それが普通のポケモンではない____そもそもポケモンですらないナニカであることは、子どものミツキにもすぐに分かった。 ミツキの言葉にも動じないミュルミュールは、大きな拳を振りかざしてミツキに殴りかかろうとする。
少なくとも、シノビ村では見たことのない、ポケモンかどうかも分からない大きなバケモノ。 ミツキは必死で公園の中で逃げ回るが、子どもの脚力ではすぐにミュルミュールに追いつかれてしまう。
あんな大きな手で殴られたら大ケガじゃすまない、もうダメかもしれない____目をつぶりながらミツキがしゃがみ込んだその時。

「『アクアショット』!」

 夜空のような色をしたマントをなびかせた2匹のポケモンが、ミツキをかばうようにミュルミュールと対峙していた。 マントには星のように眩しい銀色のライン。
ピストルを構えているのはアバゴーラ、ドリルを構えているのはドリュウズだった。

 ____アバゴーラとドリュウズって、もしかして……!
 ____ああ、トストとクレイだ。 あいつらが、俺を助けてくれたんだ。

「よし、クレイ! ミュルミュールを浄化するぞ!」
「ああ、トスト。最高の演奏を聴かせてやろう」

 クレイとトストは、自分達の武器から楽器へと道具を持ち替えた。 トストはマグカルゴみたいな形と、ラッパのようなベルが特徴的な金属の楽器、ホルン。 クレイはチョコレートのお菓子のような形をした、木でできた楽器、ファゴット。
2匹は息を合わせると、楽器に息を吹き込んで丸く温かな音色を奏でた。

「「自然の恵みよ! 『ランド・デュエット!』」」

 そのホルンとファゴットから奏でられる音色は、5歳のミツキに強い衝撃を与えた。 どれぐらい強い衝撃かというと、大きなスクリーンで今流行りの飛び出る映画を、生まれて初めて見たくらいの衝撃だった。
 それまでシノビ村でしか過ごしたことがなかったミツキは、魔法使いのことはもちろん、自分で息を入れて吹く楽器があることすら知らなかった。 こんなに心をワクワクさせるような演奏が、仕事があることをこの時ミツキは初めて知った。

『ハピュピュール〜』

 無事にミュルミュールは浄化され、紫色のクリスタルに閉じ込められたスピリットに戻る。 トストとクレイは、スピリットを回収すると何かを探すように辺りを見回していた。

「あれ? ミュルミュールにされてたポケモンはどこだ?」
「このスピリットの持ち主だよな。 近くに必ずいるハズなんだが……」

 ミュルミュールの媒体になったポケモンを探す2匹に、声をかけたポケモンがいた。 公園の常連でもある、仲良し3匹組の子どもポケモンである。 いろんな子どもが公園に出入りしているが、とりわけこの3匹は毎日のように来ていた。

「ねぇ、おにいさん! アンタたちがさがしてるのって、このポケモン?」

 3匹は力を合わせてよいしょ、よいしょとスピリットが入っているクリスタルと同じ色をしたものを運んできた。 中には、1匹のナゾノクサが気絶した様子で閉じ込められていた。 ナゾノクサの胸には黒い星のマークが浮かび上がっている。

「たたかってたら、このナゾノクサさんをきずつけないかしんぱいで……ぼくたちでまもってたんです!」
「そうだったのか……ありがとよ」

 トストはミツキ達と同じぐらいの目線まで腰を下ろすと、優しく、でも頼もしくニッと歯を見せて笑う。

「だが子ども達。 ミュルミュールが出てきたときは危ないから遠くに逃げるんだぞ、いいな?」
「「はーい!」」

 一方でクレイは、諭すように子ども達に語りかける。 3匹の子ども達は、元気よく手を挙げて返事をした。 トストとクレイは、子ども達の姿を見て安心すると、その場を後にしようとする。
そんな中で、ミツキは今見たものに対して興奮と感動を抑えきれずにいた。 とにかくあの2匹に何かを言いたい。 今のこの気持ちをどうにかして伝えたい。

「お、おにいさんたち!」

 ミツキに呼び止められた2匹は、足を止めて振り返る。

「かっこよかった! たすけてくれて、ありがとう!」

 それが、当時の幼いミツキが言える精いっぱいだった。 トストとクレイは、一瞬驚いたように目を合わせたが、すぐにミツキに向き直るとまた優しく微笑み、手を振ってミツキに応えた。
ミツキはそれが嬉しくなって手を振り返し、2匹を見送った。

「ところでアンタ、いつもここで1ひきでいるケロマツよね?」

 子どもの1匹____フォッコの女の子がニヤリと笑いながら、ミツキに尋ねた。

「もしよかったら、ともだちになりませんか?」
「さいきんみるかおやけど、ひっこしてきたんか?」

 一緒にいた優しい顔つきのピカチュウと、なまりの強いしゃべり方をするデデンネの男の子も、ミツキに尋ねる。
ミツキが星空町に来て初めての友達。 それがライヤ、コノハ、ユズネだったのだ。

 ____えーっ!? みんなってそういう出会い方だったんだ!
 ____ってか、3匹の仲良しグループって聞いたら察しつくかなって思ったわ。

 それからミツキは、ライヤ達と一緒に町で遊ぶようになった。 ふしぎ博士やゴロンダ師範といった、星空町のポケモン達と仲良くなったり、秘密基地を作ったり、図書館の絵本に心をときめかせたり、学校帰りに木の実をもぎ取って食べたり____。
楽しいときは笑い、悪いことをして怒られるときは一緒に怒られたり。 いろんな体験を重ねていくうちに、4匹の絆は深いものになっていった。

「ここのまほうつかいはねー、すごいんだから! がっきをつかって、わるいかいぶつをやっつけるの!」
「ぼくたちも10さいになったら、マジカルベースにはいることができるんです!」
「ワイら、おおきくなったらまほうつかいになりたいんや! いちりゅうになって、チームアースみたいにこのまちをまもるんや!」

 ミツキに魔法使いのことを教えたのも、ライヤ達だった。
ミツキにとって星空町での生活は、シノビ村では絶対に見ることのできない魔法の世界。 毎日がワクワクの連続で、見るものすべてがキラキラ光っていた。
それでもミツキは、他の3匹とは違って魔法使いになるところまでしっかり考えたことがなかった。 本気で魔法使いを目指そうと思ったのは、10歳の誕生日を過ぎた夏ごろだった。

「ライヤ、コノハ、ユズネ。 俺も魔法使いになりたい。 魔法使いになって、やりたいことができたんだ」

 しかしこの時、ミツキはある重大な問題を抱えていた。

 ____俺、じいちゃんや父さんの後継ぐことになってたみたいなんだ。 もちろん、そんな話されたことなかったから知らなかったけど。

 魔法使いが10歳からなれるのに対して、忍は跡継ぎの話をされるのは12歳になってからだと言われている。 あとで分かったことによれば、ミツキが12歳になるタイミングで、シノビ村に帰るつもりだったという。
もちろん当時のミツキからしたら、自分の知らないところでポンポン話が進んでいたようなものだ。 ミツキの両親も、こればかりは自分達がちゃんと話をしていなかったから仕方ないとしていたが、フルムはそうはいかなかった。



* * *



「家を継ぐハズだった俺が魔法使いになるって聞いて、じいちゃんはブチ切れたよ。 しきたりに背いて家を捨てるのか、この恥さらしが、って」

 ミツキの事情があまりにも複雑だったのか、3匹は言葉を失っていた。 特にモモコは家を捨てる、という言葉に顔を強張らせる。
いつもは上手い言葉でことを円滑に進めるライヤも、上手い返しが思い浮かばず「うぅむ」と腕を組んでいた。 コノハもまた、大きな目をさらに見開いて絶句している。
3匹のリアクションがリアクションだったのか、ミツキは珍しく申し訳なさそうにうろたえている。

「な、なんかごめんな。 そこまでビビらせるつもりじゃないんだけど____」
「うぅん、大丈夫。 それがキッカケで、ミツキはおじいさんと絶縁に……?」

 モモコの問いにミツキはうなずいた。

「んで、これも気を悪くしないでほしいんだけどよ……じいちゃん、俺のせいで魔法使いに対してもいい思いしなくなったんだ」

 家を捨てて孫が選んだ道そのものも忌み嫌うようになる。 あり得ない話ではないが、手裏剣攻撃のことも含めてフルムがいかに気難しいポケモンかを痛感させられる。
もちろんミツキに非があるワケではないが、その言葉を聞いてコノハは少し悲しそうな顔をしていた。

「そんな、ミツキのせいじゃないわよ。 でも、魔法とずっと一緒に生きてきた身からすると、悲しいわね……」
「まぁでもさすがに、じいちゃんもお前達にあーだこーだ言うほどひでぇポケモンじゃねぇと思う。 なんか言ってくるとしたら俺だから、あんま気にしないでくれ」

 そう言うミツキの表情は、どこか無理をした作り笑いのようにも見えた。
人……じゃなくて、ポケモンのこと言えないけど、なんで笑ってごまかそうとするのかな。 なんで自分のせいだってとっさに出ちゃうのかな____モモコは、なんとなくいつぞやの自分を見ている気分になった。



* * *



 時間は流れて夜。 チームカルテットは忍者屋敷には近寄らず、ほとんどの時間を離れで過ごした。
ミツキの部屋に布団を川の字に敷いて、4匹並んで雑魚寝することになった。 星空町での生活は、個人部屋にベッドで寝てばかりだったため、まるで学校の修学旅行みたいだった。
物音ひとつしない自分の部屋で、ミツキはなかなか寝付けずにいた。 絶縁状態だったハズのフルムと、まさか再会すると思ってもいなかったのだ。
中途半端な軟弱魔法使い。 フルムに言われた言葉が頭の中でエコーする。
確かに自分は、家を継ぐという決められた未来を捨て、魔法使いになった。 叶えたいことがあったから。
しかし、フタを開けてみれば1年前に問題ばかり起こしてきた自分がいる。 今でこそ、モモコとのかかわりをきっかけに、ライヤとコノハの支えもあってここまで来たが。

「そりゃ俺はまだまだ未熟モンだけどよ……」
「まだまだ、何ですか?」

 思わず口に出した自分の思いは、ライヤに聞かれていた。 隣の布団から聞こえる声に、ミツキは一瞬、心臓が止まるかと思った。

「ら、ライヤ……! 起きてたのかよ?」
「普段はもう少し遅くまで起きていますからね。 ゆっくり寝れる時間が取れても、変な感じというか……」

 マジカルベースにいると、音楽や魔法の勉強をしたり、他の魔法使い達とおしゃべりしたりするため、寝る時間も遅くなる。
いざ連休でゆっくり眠れる時間が取れても、慣れない時間には眠れないものだった。

「僕、気になっていたことがあったんです」
「何だよ?」
「ミツキって、どうして魔法使いになろうと思ったんですか?」

 部屋を暗くしているため分からないが、きっと自分は凍り付いた顔をしているだろう。 そう思いながらもミツキはライヤに質問で返した。

「何でそんなこと聞くんだよ?」
「いや……ミツキが魔法使いになろうとした理由って聞いたことなくて。 おじいさんによく思われなくても、1年前のことがあっても、ここまで辞めなかったのって何か深い理由とかあるのかな、って思ったんです」

 今まで誰にも話したことがなかった、ミツキが魔法使いになろうとした理由。 受け入れてもらえるかは分からないが、それを前提としてでも聞いてくれるのであれば。

「きっと引くか幻滅すると思うけど、聞くか?」
「はい」

 そのライヤの返事は、どんな話でも聞き入れるという意思が表れていた。
思えば、ミツキがどれだけ突っぱねるようなことを言っても、どれだけ迷惑をかけてもライヤは見捨てないでくれた。 そんな彼なら、話してもいいだろう。
ミツキは意を決して、ライヤに打ち明け始めた。

「魔法使いになるちょっと前にさ、魔法使いのワープ魔法の特訓に巻き込まれたやつ、覚えてるか?」
「あぁ! 魔法使い達の魔法の特訓、のぞき見していた時のやつですね」
 
 ミツキはうなずく。

「その時にさ、俺、人間がいる世界に行ったんだ」

 人間____その言葉にライヤは思わず、コノハの隣で寝息を立てているモモコに視線を移した。 モモコと出会う前であれば、おとぎ話の存在でしかない人間のいる世界なんて信じられなかっただろう。

「んで、ワープしてすぐ近くの海で溺れてた時、人間の女の子が助けてくれたんだ。 白い帽子被って、なぜか俺の言ってることも分かってた。 でも、お礼する前に俺はこっちに戻ってきちまったんだよ」
「そんなことがあったんですね」

 ライヤはミツキの話を聞いて、笑ったりバカにすることはなかった。 ミツキの言っていることであれば、本当にあったことなんだと信じるのみ。

「で……その、魔法使いになれば、もしかしたらその女の子にもう一度会えるんじゃないかって思ったんだ。 それが俺が魔法使いになろうと思ったキッカケ」

 すべてを話し終えたミツキは、まるで気が抜けたかのようにふぅ、とため息をつく。 
大丈夫だろうとは思いつつも、こんな動機で魔法使いになったと聞けば中途半端だと思われるか。
前々から魔法使いになりたいと思っていたライヤ達をバカにしていると思われるか。
不安のタネが次々とまかれて、芽を出していく。

「だったら、叶えましょうよ。 それ」

 しかし、ライヤの返しはミツキにとっては意外なものであり、心強いものだった。

「だって、そのためにミツキは嫌なことがあっても頑張ってきたんですよね? だったら絶対、いつか叶えましょう」
「ライヤ……」
「僕、応援します。 友達の夢は叶ってほしいですから」

 なんだってライヤは優しいことが言えるのか。 ライヤは頭がいいため、ポケモンによってうまい返しをすることが上手だが、長年付き合っていれば分かる。
このライヤの言葉は、ウソでも上っ面の社交辞令でもない。 本気で自分を応援してくれている。
今まで自分のやっていることに自信がなかったミツキは、心の底から嬉しかった。

「ありがとな、ライヤ。 その言葉めちゃくちゃ嬉しい」
「そ、そんな! 僕は思ったことを言っただけですよ」

 途端にライヤは照れくさくなったのか、いつもの腰の低い様子に元通り。 えへへ、と笑いながらまんざらでもない様子だった。

(そういえば)

 ライヤとのやり取りがひと段落ついたとき、ふとミツキはあることを思い出した。

(モモコも本当は人間って言ってたけど、どんなヤツだったんだろう)

 というのも、ミツキはモモコと初めて出会ったとき、ある疑惑を抱いていた。
そんなハズはないと、自分に言い聞かせ続けてきたが、あまりにも偶然にしてはできすぎている。

(あの女の子、確か名前聞いてた。 その時の名前が、確か……)

 しかし、モモコは人間からポケモンになる前後の記憶がない。 仮にそうだとして、3年前の1日足らずの出来事なんて、覚えているかどうか。
人間の名前だとどんな名前がメジャーかはミツキには分からないが、モモコという名前はきっと人間の間ではありふれている。 そもそも何のつながりもない赤の他人の可能性の方が高い。
ミツキがあれやこれやと考えているうちに、その日の夜は明けそうになっていた。
 

花鳥風月 ( 2019/01/30(水) 22:16 )