ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第2楽章 星空と魔法の町−Pot pourri−
027 ボクの大切な子ども達

 それからもガッゾは学校の放課後、毎日モモコと二人三脚の練習を続けていた。 チームアースやチームキューティだけでなく、ミツキ達チームカルテットのメンバーも練習に付き合ってくれたのだ。 身体のバランスの取り方、息の合わせ方、慣れてくるに連れて走るスピードを上げていく。 日に日にできることが増えて行くことが、ガッゾは嬉しかった。

 そしてついに、運動会の日がやってきた。 雲ひとつない澄み渡った青空と、そこに浮かんでいる太陽が星空町を照らしており、運動会にはうってつけの日だ。

「ひゃー、たくさんポケモンいるんだねぇ」
「そりゃー学校の運動会だからな。 町の子どもとその父兄が集まれば、こんぐらいの規模にはなる」

 学校のグラウンドは多くのポケモン達で賑わっていた。 頭の上には、子ども達が描いたと思われる色とりどりの旗が並んで風に揺れている。チームカルテットが前に学校を訪れた時、入場門代わりになっていたサッカーゴールは紙で作られた花でデコレーションされており、お祭り気分をさらに引き立たせた。
子ども達用の応援席の後ろには、ロープで仕切られた父兄用の観客席があり、チームカルテットもそこにシートを広げていた。
今日はマジカルベースからはチームカルテット以外では、チームジェミニとチームキューティが運動会に来ている。 シオンとリオン、フローラもまた久し振りに学校に来たことで懐かしい気持ちになっていた。

「あっれー? ミツキじゃね?」

 ふと、一行の背後からミツキの名を呼ぶ声がした。 振り返ってみると、3匹ほどのポケモンがグループになってニヤニヤしながらこちらを見ている。 マンキー、エイパム、ズガイドスと見られたその3匹は、チームカルテット達と同じぐらいの歳に見える。

「お前ら、久し振りだな!」

 ミツキの嬉しそうな様子から、彼らは学校時代の同級生であることがわかる。 ライヤやコノハ、同い年のチームジェミニとフローラも似たような反応をしていることからそれは確定的になった。

「魔法使い続けてんだな! すっげー!」
「ライヤとコノハも変わってねぇな!」
「そっちも元気そうで安心しました」
「シオンはどうだ? また今度フットサルやらねーか?」
「お、いいな! 仕事休みの日とかにやろーぜ!」
「その時は、ボクも差し入れを持って行くのですよ」
「あたしも手伝う!」
「アンタ達は中学の方に進んだんですって?」

 フィルやリリィと一緒に、元同級生との再会を喜ぶ様子を眺めていたモモコは、彼らの姿が微笑ましく感じた。 人間の時はポケモントレーナーとして旅に出ていたモモコからすれば、学校の友達との繋がりがあるミツキ達の姿がキラキラして見える。 同時に、離れ離れになっても繋がっている友達がいることを羨ましくも感じた。

『卒業生競技に出るポケモンは、本部テント前にお集まり下さい』

 まったりした時間は1本の放送により一区切り。 卒業生競技に出場するポケモン達への招集がかけられ、ミツキは慌てた様子でテント前に向かうこととなった。

「いっけね! 俺行かなきゃ!」
「頑張って下さいね、ミツキ!」

 どうやらミツキだけでなく、声をかけて来た元同級生トリオも卒業生競技に出場するようだ。 「また後でな」と言い残し、ミツキは残りの3匹と一緒に先を急いだ。
すると同じ時、ライヤも何かを思い出したようにはっと目を見開く。

「そうでした! 僕も次の徒競走で弟が出るので、ちょっと家族と会ってきますね!」
「えっ、ライヤって弟いたの!?」
「いるのよ、運動神経がめっちゃいい弟くんが」

 いつも物腰が低く、誰にでも敬語で話すライヤに下のきょうだいがいることは、モモコにとっては少し意外だった。 だが、博識で面倒見のいいお兄ちゃんと考えてみれば納得がいく。

「せっかくだし、ライヤの弟くん見て行かない?」
「そうだね、ちょっと興味あるかも」

 コノハの提案で、モモコはライヤの弟の競技も少しだけ見ていくことにした。 チームジェミニとチームキューティは、しばらく応援席にいるとのことであり、2匹で見えやすい場所に移動している。
人混みあらぬポケ混みをかき分け、スタートラインが見えやすい場所までやってきた時。

「あ、いたいた! あの子よ!」

 コノハが指すところには、ピチューがスタートラインの目の前で屈伸運動をしながら張り切っていた。
頑張るぞ、と目の奥でメラメラと炎を燃やすその姿は、とてもライヤの弟とは思えなかったのだが。

「レイー! 頑張れー! いけいけ!」

 モモコ達のいるところから少し離れたところで、ライヤが身を乗り出すほど応援しているのが見えた。 両脇には2匹のライチュウがいることから、彼らがライヤの両親なのだろう。
挨拶に行きたいところだが、いかんせんこの人混みあらぬポケ混みの中ではなかなか難しい。 それでもライヤに弟がいること、また、丁寧な言葉を使うのも忘れて弟を応援する彼の姿を見ただけでも、モモコは新鮮な気持ちになった。



* * *



「そういえば、卒業生競技ってどんなことするの?」
「それが毎年違うのよー。 今年は____」
『続いては、卒業生競技の『パン食いトランポリン』です』

 インパクトの強いその競技の名前に、モモコは思わずずっこける。

「な、何その競技……」
「説明するのじゃ! 『パン食いトランポリン』とは、ジャンプしてパンをいかに多く食べられるか競う競技じゃ! 1個パンを食べるごとに、パンの位置がどんどん高くなるのじゃ!」

 まくし立てるように説明しながら、モモコとコノハの間ににゅっと割って入ってきたのはふしぎ博士だった。 予想外のポケモンの登場にモモコは驚く。 つくづく忙しい子だ、とコノハは傍で肩をすくめていた。

「って博士さん!? なんでここにいるの?」
「ん? ワシは毎年機材協力で運動会に参加しておるぞ」

 そう自信満々に語るふしぎ博士は、よく見たらいくつもフリズムを手荷物に入れている。 人間の世界で言うなら、トランシーバーや留守番電話メッセージの代わりのようなものだろうか。

「あっ、始まるわ! ミツキー、頑張れ!」

 こうして、必死にパンを食べようと口を開けながらジャンプするミツキを応援し、時間が過ぎていった。



* * *



 運動会のプログラムは順調に進んでいった。 もうすぐ午前の部が全て終わり、残すところは各学年の目玉競技のみとなっている。
しかしながら、今ここにいるのは運動会を楽しんでいるポケモン達ばかりではない。

「ちぇー、運動会なんてどうせ運動神経いい奴らの出来レースじゃねーか。 つまんねーの」
「あつーい、だるーい。 早く帰りたい」
「そんなに熱くなって何が楽しいんだろう……」

 元々運動神経が良くなかったり、あまりやる気のない子どもポケモンもいれば。

「どうしてうちの子がダンスのセンターじゃないのよ!」
「隣のランナーのせいで、うちのボウヤがケガしちゃったじゃないの……あとでクレームつけてやるわ!」

 自分の子どもの活躍が見られないことに不満を抱く父兄もいた。
いつしかポケモン達の負の感情は、目にあまるほどのエネルギーへと変わっていき、闇の魔法使いを引き寄せる。

「ふむ、これだけ負の感情が集まっていれば、巨大なミュルミュールが作れそうだな」

 今日の担当はグラーヴェ。 滅多にお目にかかれないくらい、強いポケモン達の負の感情のエネルギーを感じ取り、ご満悦のようだ。

「お前らのスピリット、解放するがいい!」
「「うわぁあああーっ!」」
「「きゃぁああああーっ!」」

 グラーヴェが暗黒魔法の力をグラウンドいっぱいにかけると、次々とポケモン達のスピリットが抜き取られていく。
ポケモン達は恐れをなして、大急ぎで学校の敷地から慌てて出て行った。 ごった返しや混乱から二次被害を防ぐために、応援席にいたチームジェミニやチームキューティのメンバーが「安全なところへ避難してください!」「落ち着いて、慌てないで、でも急いで」と声をかけている。 ふしぎ博士も魔法使い達を手伝っていた。
 かくして、暗黒魔法の力の大きさとハイスピードぶりは、コノハもすぐに感知したようだ。

「な、何よこれ……! 暗黒魔法の力が、いつもよりも凄まじい大きさで……!」
「ククク……このスピリットを全て合体させ、強力なミュルミュールにするのだ」

 チームカルテット達が、校舎の屋上に佇むグラーヴェの姿を捉えたのは、ちょうどその時だった。

「グラーヴェ! またあなたの仕業なんですね!」
「グラーヴェのおじちゃん! 早くそのスピリットを返すんだゾ!」
「そうはいかないな。 お楽しみはこれからだからな」

 グラーヴェはポケモン達のスピリットをひとつに束のようにまとめると、空高くそれを掲げた。

「ミュルミュール! お前らの思いをぶつけるがいいッ!」

 ポケモン達のスピリットが、ひとつの大きな集合体となり学校の校舎と融合していく。 スピリットの集合体というだけでも驚きものだが、まさかここに実在するものと融合するとは____今日のミュルミュールは一筋縄ではいかないことは、一目瞭然だ。

「ゔぇえ!? 学校全体がミュルミュールになっちゃったよ!?」
「こりゃやべぇやつだな……!」

 ここまで規模の大きいミュルミュールが出来上がるとは思っていなかったチームカルテットは、ミュルミュールになった校舎を見上げ、放たれる威圧感と魔力におのれおおのきそうになっていた。

『運動会なんか大嫌いだぁ!』
『ケガしちゃったよぉ……痛いよぉ……』
『どうせ出来レースだよ、頑張っても無駄無駄』

 ミュルミュールからこぼれ出る愚痴の数々は、運動会に対するもの。 子ども、先生、父兄____いつもと違って続けざまに聞こえてくる、いろんなポケモンの心の叫びはまるでノイズのようだった。

「うっわ、いかにも運動会嫌いの子どもの声……」
「僕はちょっと共感しちゃいます……」

 クラスに1匹か2匹はいたようなポケモンの声に、コノハはしかめっ面。 運動が苦手なのろまピカチュウのライヤは、どっちかというとそっち寄りの考えだったようだ。

「って、それどころじゃねぇ!」

 チームカルテットとガッゾは戦闘体勢に入り、ミュルミュールに向かって駆けて行った。 全員が非常に小柄であり、一見巨大なミュルミュールに不利に見えるが実はそうでもない。

「『トルナード』!」

 小柄ゆえに小回りが利くため、細かい動きでミュルミュールを翻弄し、その隙に攻撃を叩きこむことができる。 チームカルテットの中では、特にミツキのスピードとモモコの器用さが光りやすい。 ミツキが素早い動きでミュルミュールの気を引きながら、モモコが死角になるところから風を発生させ、攻撃する。
 ライヤが以前、モモコの得意分野は「発生させる魔法」と分析していたが、ビンゴだったようだ。

「ナイス、モモコ! 『チャーミングフレイム』ッ!」

 コノハのステッキから、輝く炎が発射されてミュルミュールに直撃する。 学校の校舎と一体化したミュルミュールがよろめく様子を見て、コノハは複雑な気持ちになっていた。

「母校を攻撃するのは、あんまりいい気はしないわね……」
「よーし、オイラも技で応戦するゾ! 『エナジーボール』!」

 ノーマルランクのガッゾは、まだ自分のウェポンを持っていない。 そのため技で応戦しているのだが、使う技のひとつひとつが強力なものであり、モモコは驚いていた。

「ガッゾってそこまでレベル高かったの!?」
「あいつ、俺達が来る前のちっちゃい頃からトスト達に鍛えられてたからな。 今年になって、俺とも互角に戦えるようになったんだ」

 ガッゾの耳にミツキの解説のようなものが入ったのか、えへんと胸を張りドヤ顔をしている彼の姿が見える。 ガッゾはすぐに意識をミュルミュールに切り替えると、強力な冷気からなる『れいとうビーム』や、エスパータイプの『しねんのずつき』などで応戦し続ける。
 しかしながら、チームカルテットのようにウェポンで魔法攻撃をすることはできず、心なしか押され気味ではある。 グラーヴェはそのことに気づいていたようだった。

「あのハスボーの坊やはウェポンを持っていないようだな。 ならばチームカルテットの動きを封じるのみ!」

 グラーヴェがミュルミュールに目で合図すると、ミュルミュールは自分の身体にあたる窓から、ミサイルのようなものを飛ばしてきた。

「な、なんだ!? こっちくんな!」

 よく見ると、それは無数のチョークの群れ。 教室の中に備えられているものさえも、ミュルミュールの一部になってしまっていた。 ミュルミュールに接近すると危険だと判断したミツキは、チョークのミサイルを次々と避けたり、余裕があれば手裏剣で相殺していく。
 しかし、チョークに気を取られているうちに、自分の周りのところまで意識が向かなくなってしまっていた。 ミツキの悪い癖だった。 ミュルミュールがミツキの頭上から、あるものを落としていることにも気付かず。

(まずい、上からネットが!)

 やがて、自分の頭の上にサッカーゴールのような緑色のネットが広がっていることに気づいたミツキだったが、少しばかり遅かったようだ。 ミツキはネットにすっぽりと包み込まれてしまい、そのまま身動きが取れなくなってしまった。

「しまった……!」
「「ミツキ!」」
「お前達も自分の心配をしたらどうだ?」

 女子コンビがよそ見をしている隙を狙い、ミュルミュールが攻撃をしかけてくる。 コノハには大玉ころがしなんかで使うような赤い大玉、モモコには綱引き用の縄。 赤い玉はコノハの身体を飲み込むと、そのまま同化してまん丸にしてしまった。

「き、きゃぁあああ! 身体がまん丸! イヤァーッ!」

 一方のモモコは、長い縄を振り払うことができずに足の先まで縛り上げられてしまう。 ミュルミュールはモモコを掴み取ると、すぐそばに立っている1本の木に彼女を吊るし上げるようにくくりつけた。

「ゔぇえ……頭に血が上る……」
「コノハのおねーちゃん、モモコのおねーちゃん!」

 不幸なことに、モモコはただの吊るし上げではなく逆さ吊りにされてしまった。 視界がひっくり返り、ぼやいていたように頭に血が上るような感覚。 マーイーカの気分ってもしかしてこんなものなのかな____なんて考えている余裕はない。
今のモモコの目には、同じく動けなくなってしまったミツキとコノハ、そして地面に突き刺さっている自分のサーベルが逆さになって映っていた。
しかしながら、あと1匹だけ無事が確認できない魔法使いがいた。

「ら、ライヤは? ライヤはどこなの?」
「ここで〜す……」

 限られた視界の中に、ふにゃふにゃした声で喋る赤いカラーコーンが映る。 大きさはチームカルテットのメンバーがすっぽり入ってしまいそうなくらいだろうか。
中から聞こえるエコーがかかった声は、ライヤの声だった。
まさかとは思うけど____あっけに取られたまま、モモコはカラーコーンに声をかけてみる。

「まさか、そのカラーコーンがライヤ?」
「そうですー、出してください〜!」

 ネットに包まれたミツキ、逆さ吊りにされたモモコ。 身体がまん丸になってしまったコノハとしゃべるカラーコーンのライヤ。 見栄えはどうあれ、全員が動けなくなってしまい、絶体絶命の状況であることには変わりはない。

(チームカルテットがみんな動けなくなっちゃったゾ……。 ここはオイラが頑張らないと……!)

 チームキューティやチームジェミニは、ギリギリミュルミュール化を逃れたポケモン達の救助や怪我の手当てに向かっており、合流は難しい。 今ここで、ミュルミュールの相手をできる魔法使いはガッゾしかいない。

「ミュルミュール! オイラが相手になるゾ!」

 ガッゾはモモコの次に新しく魔法使いになった、まだまだ半人前。 もちろん、グラーヴェも長い間魔法使いと戦ってきたためその事情も分かっている。

「ノーマルランクのお子様ガッゾ坊やが、このミュルミュールに太刀打ちできるのか?」
「できるゾ! オイラ、学校も魔法使いもちゃんと両立しているんだゾ!」

 売り言葉に買い言葉で返したガッゾは、口から強い冷気を発射し、それをグラウンド一面に広げていく。 視界が銀世界になっていくその様子にモモコはふと、あるデジャヴのようなものを感じ取った。
まるで、この光景を昔どこかで見たような。

「ほう、『れいとうビーム』で足場を凍らせたのか。 ビーム系の技は得意でも、パワーはどうかな?」
「パワーだって、アニキ達からたくさん鍛えられたんだゾ!」

 ガッゾは自分のパワーを見せつけるために、『しねんのずつき』をしかける。 しかし、小さなガッゾのパワーでは巨大なミュルミュールには敵わないようで。

「ぐあっ!」
「「ガッゾ!」」

 ミュルミュールに拳で吹き飛ばされるガッゾを目の前に、チームカルテットは声を上げることしかできない。 地面に打ち付けられた小さな身体を震わせるガッゾは、まだまだやれると踏ん張るように立ち上がる。
しかし、魔法使いとしての経験もパワーも足りないガッゾにとっては、立っているのもやっとだった。 グラーヴェはガッゾと、身動きの取れないチームカルテットをあざ笑うかのようにフンと鼻を鳴らす。

「やはりしょせんは小さな坊や。 動けないお兄ちゃんお姉ちゃんを助けるか? でも、そうすればその隙にやられてしまうだけだがな!」

 自分の何倍も強くて大きいミュルミュールを、ガッゾは悔しそうに見上げていた。 まだやれると自分の中では思っていても、あまりにも力の差がありすぎた。 チームカルテットを助けることぐらいならできるかもしれないが、隙だらけになってしまう。
チームカルテットも、このまま見過ごすことしかできないのかと、誰もが諦めかけていたその時だった。

「それはどうかな?」

 聞き覚えのある、低く落ち着いた穏やかな声。
ふわふわ包み込むような声というよりも、地の底からあらゆるものを支えるような、意志の強さが見られるその声の主は。

「そ、その声は……!」
「おとーさん、おかーさん!」

 ミツキが言う前に、ガッゾが彼らを呼ぶ。

「お待たせ、みんな」

 モデラートとマナーレが、校門をバックにそこにいた。 ガッゾの呼びかけに、思わずモデラートは顔をほころばせた。 それは、いつものどっしりと構えた余裕のある笑顔ではなく、ガッゾの声を聞いて安心した気持ちから出てきた笑顔だった。 一緒に駆けつけたマナーレは、乱れた呼吸を整えていることから大急ぎで飛んできたのだろう。

「全く……学会が終わってすぐ飛んで行ったら、とんでもないことになっていたようだな。 外にいたチームキューティとチームジェミニから、ミュルミュールが出たとは聞いていたが……」
「マナーレ、僕がミュルミュールの相手をするよ。 キミはガッゾの介抱と、チームカルテットの救出をお願い」
「はっ」

 マナーレはすかさず、チームカルテットとガッゾのもとへ駆け寄り、ダメージを負ったガッゾを介抱した。

「ほら、ガッゾ。 大丈夫か?」
「なぁんだマナーレ、来てくれたじゃねーか」

 ミツキがにやにやしながらマナーレに声をかけると、ハッとしたような顔と強い口調が返ってきた。 いつもの厳格でクールな雰囲気を取り繕うとしているが、その様子にはわたわたするような気持ちが現れていた。

「か、勘違いするな! 別にお前らに頼まれて来たワケじゃない! ガッゾが魔法使いになって初めて迎える運動会だから……どうしても見に来たかったのだ」
「本音が出てるわよ?」
「だからそんなに息切らして飛んで来たんだね」

 コノハとモモコの言葉に、マナーレは思わず顔を赤らめる。 こうしてからかわれたり、自分の気持ちをさらけ出すことが滅多になかったのか、どこか照れ臭さがあったのだろう。

「う、うるさい! とにかくお前達も今助けるからじっとしていろ。 『コンキリアット・リベルタ』!」

 普通なら、魔法をかけた魔法使いにしか魔法の解除は使えないが、マスターの側近を務めるくらいには強い魔法使いのマナーレであればそれも使える。 現にマナーレの呪文ひとつで、チームカルテットの拘束はきれいさっぱり解かれていた。 コノハの身体は風船がしぼむように、元のスリムな身体に戻り、縄を解かれたモモコは頭から落ちたのか、目を回して伸びている。

「さてと……ボクの大切な子ども達を傷つけたオトシマエ、きっちりつけさせてもらうよ」

 モデラートはというと、ウェポンのシャボン玉を手に持ち、ミュルミュールと対峙していた。
両手に持っているシャボン玉は、液を使う必要がない魔法のシャボン玉であり、チームカルテットぐらいの小さなポケモンであれば、すっぽり入ってしまうくらい大きい。
 モデラートの口調は普段の穏やかなものではあったが、目はいつもの微笑むようなものではなく、しっかり見開かれてミュルミュールを見据えている。 マジカルベースのマスター、そしてガッゾの育ての親としてのモデラートがそこにいたのだ。

「『コンキリオ・アーク』!」

 まずは透明な大きな箱のような枠を描き、ミュルミュールをすっぽりと中に閉じ込める。 ミュルミュールがいくら叩いたり蹴ったりしても、ヒビひとつ入らないそれは、見た目からは想像もつかないほど頑丈に作られていることがわかる。

「『エターナル・バブル』!」

 続いてシャボン玉を箱いっぱいになるぐらいに敷き詰める。 もちろん、ミュルミュールはあっぷあっぷとシャボン玉の海に溺れている。

「うっわ、地味にえげつねぇ……」
「見た目はハデってワケじゃないのに、すごいです……」

 そのじわじわと追い詰めるような戦い方は、味方であるハズのミツキとライヤをもドン引きさせていた。 絶句しながらその戦いの様子を見ている2匹に、マナーレが説明するような口調で解説した。

「あれがマスターの戦い方だ。 ウェポンの特徴故に派手な攻撃はできないが、あらゆる魔法を組み合わせて確実に相手を仕留める」

 ようやくミュルミュールが反撃できないくらいまでには弱った頃、モデラートはウェポンからコントラバスに持ち替える。

「これぐらいにしておけばいいかな。 そろそろ浄化するね」

 モデラートが奏でる彼の専用曲は、高らかにどこまでも伸びていきそうなキャロルだった。 コントラバスの音色は、管楽器と比べても決して大きいものではない。 しかし、モデラートの音色は非常に太く、安定感がある。 それでいてしつこすぎず、優しく周りを包み込むようなところは彼の性格そのものだった。

「迷える魂に祝福あれ! 『希望のキャロル』!」

 無数の輝くシャボン玉で包み込み浄化するモデラートの音楽は、勢いのある水流で浄化するミツキのものとは違った。 同じ水の魔法でも、曲調もミュルミュールが浄化される光景も、かなり雰囲気は違う。
モデラートは曲を弾き終えると、優雅に懐からクリームパンを取り出して頬張り、ミュルミュールが浄化される様を見届けていた。

『ハピュピュール〜』

 ミュルミュールは浄化されると、元の校舎、そしてポケモン達のスピリットに姿を戻した。
ひとまとめにされていたポケモン達のスピリットが、散り散りになって元の身体へと戻っていく。
グラーヴェは、自分の負けを認めたのかすぐさまにその場から撤退した。

「まさかモデラート直々にお出ましとは……覚えていろ!」

 チームジェミニやチームキューティと避難していたポケモン達も入れて、ようやく現場が元の状態に整った頃、ガッゾは嬉しそうにモデラートとマナーレに飛びついていた。

「おとーさん、おかーさん!」

 その目は少しだけ潤んでいて、やっぱりガッゾは心のどこかでモデラートとマナーレに来てもらうことを諦めていたところがあったと分かる。 本当の親子じゃなくても、こんなに喜べる関係が羨ましい____ふと、モモコはそんなことを考えていた。
 他の魔法使い達も、モデラート達の姿を見てじーんとした気持ちに浸っており、特にフローラが「よかったね、よかったね」と大泣きしている。 持っているフリルのついたハンカチが、涙や鼻水でぐしょぐしょになっていた。

「ガッゾ、ごめんね。 ちょっと遅くなっちゃったけど、運動会見に来たよ」
「障害物競争は、まだ終わっていないよな?」
「はい、最後から3番目ぐらいですね」
「モモコのおねーちゃん! 二人三脚頑張るゾ!」
「うん!」

 ミュルミュールとの戦いは終わっても、運動会はまだまだ終わらない。 ガッゾもモモコも、やる気満々だ。



* * *



「位置について……よぉい」

 パァン、と青空にピストルの音が響き渡る。
同時に、スタートラインに並んだ子どもポケモン達が、一斉にトラックを走り始めた。 応援席からは「がんばれー!」という子ども達の元気な声が飛び交って、ちょっとした合唱みたいになっていた。

「ガッゾー! 優雅さはこの際どうでもいいよッ! 頑張れー!」
「うぉおおおおおおッ! いけいけガッゾー!」
「ガッゾー! しっかりなのですー!」

 マジカルベースの応援組も負けていない。 特にシオンなんかは、扇子を両手に持って本格的に応援している。 ひときわ目立って他の父兄の注目を集めてしまうもので、コノハなんかは恥ずかしそうに他人____もとい他ポケのフリをしていた。

「マナーレ……? ずっと怖い顔でまじまじと見てるけどどうしたんですか? 『へびにらみ』ですか?」

 あまりにもマナーレがにらみつけるように、ずっとトラックを見つめているものだからライヤはちょっとだけ引いていた。

「違うッ! そとそも私達は『へびにらみ』を覚えないッ!」
「も、もののたとえです……」
「マナーレはガッゾがうまく走り切れるかどうか心配なんだよ」

 モデラートがニコニコ笑いながら答えると、マナーレが恥ずかしそうに顔を赤くしている。 心配症なマナーレの姿は、いつも厳格でクールな感じとギャップが効いていて、ちょっと可愛らしい。
隣でミツキが、グラウンドに信頼のまなざしを向けていた。

「大丈夫だろ、あいつらなら」

 トラックの中のガッゾはネットをくぐって、平均台の上をよろよろと、でも急ぎながら渡って行く。 フラフープを縄とびみたいに1回飛ぶと、その先には保護者ポケモン達が自分の子どもが向かってくるのを待っていた。
モモコもその中に混じって、ガッゾが来るのを待っている。 いざこうして、他のポケモン達と並んでいると緊張するものだが、そんな時だからこそガッゾと一緒に練習したことを思い出していた。

(大丈夫、大丈夫だもん。 毎日ガッゾと練習してきたんだから!)

 そして、その時はやってきた。

「モモコのおねーちゃん!」
「よし、行くよガッゾ!」



* * *



「見て見てー! 一等賞の金のリボン!」

 その日の夜、ガッゾは居間で魔法使い達に金のリボンを見せて回っていた。 障害物競走で見事1位を獲得した証である。 嬉しそうに目をリボンよりもずっと輝かせながらはしゃぐガッゾを見て、魔法使い達も嬉しく、そして微笑ましく感じた。
他のポケモンが嬉しいことは自分のことのように嬉しい、という魔法使いとしての優しさもあるが、ガッゾは家族同然のポケモン。 特にフィルあたりの年長組なんかは、浄化されたミュルミュールになった気分だ。

「よく頑張ったな、ガッゾ」
「一等賞なんてすげぇな!」

 クレイが労いの言葉をかけ、トストが頭のハスをポンポンと叩いてやる。 しかしガッゾからすれば、この結果は自分1匹だけのものではない。

「モモコのおねーちゃんのお陰だゾ!」

 運動会に参加してくれたモモコや、練習に付き合ってくれた魔法使い達。 彼らのお陰でいい結果を残すことができたとガッゾは心の底から思っていた。

「い、いやぁなんのなんの。 隣の親子が凄い猛ダッシュで走ってるから焦っちゃったよ」

 まんざらでもない様子のモモコだが、ガッゾに合わせようとする彼女の姿勢は実際に勝利のカギになっていた。 本当のきょうだいや親子ではなく、出会って間もないというハンデもあったが息の合ったコンビネーションが、それをカバーしたのだ。

「おとーさん、おかーさん。 来てくれてありがとうだゾ!」
「全くガッゾは……。 運動会も頑張っていたし、よくあんな強力なミュルミュールに立ち向かったな」

 マナーレはやれやれと溜息をつく。 それでも、ガッゾの無事を安心すると同時に、運動会と魔法使いの両立をよくやったと心の中では感心していた。
そんなマナーレの様子は、まるで本当のお母さんのようだった。

「来てよかったでしょ?」

 コノハがニッ、と笑いながらマナーレの顔をのぞき込む。 まるで自分の気持ちを見透かされたようで、マナーレはどきっとした。
自分の気持ちを抑えながら答えるが、ひとつ屋根の下で過ごしているポケモン同士となれば自分の気持ちはバレバレなのかもしれない。

「ま、まぁ……それはそうだな」

 えへへ、と嬉しそうに金のリボンとモデラート達の顔を交互に見るガッゾ。 そんなガッゾを見て自分のことのように嬉しそうにするモデラート。 彼らの姿を見て、マナーレは「また学校に顔を出すのもいいかもしれない」と顔をほころばせた。


花鳥風月 ( 2018/12/10(月) 18:48 )