ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜 - 第2楽章 星空と魔法の町−Pot pourri−
026 張り切ってたのになぁ、って


 星空町の住宅街に位置するポケモンの子ども達のための学校。 終業のチャイムと共にポケモンの子ども達は、一斉に手荷物を片手に校門から飛び出していく。 子ども達は昨日見たテレビ番組の話や、放課後遊ぶための待ち合わせ場所なんかを決めて各々の家に足を運ぶ。

「せんせー! さよーならだゾ!」

 ガッゾもまた、そんな子どもポケモンの1匹。 昼間は学校の生徒として、放課後は魔法使いとして忙しい日々を送っている。
今時の子どもであれば放課後が終わればすぐに近所の公園で遊ぶのはポケモンの世界でも変わりないが、ガッゾはいつもそういうワケではない。 便宜上、『チームアース』のメンバーとして登録されているガッゾは、彼らのサポートメンバーとして働いている。

「おとーさん、ただいまだゾー! 今日はお仕事入ってるから、早く帰って来たゾ!」
「おかえり、ガッゾ。 学校から手紙は来てる?」

 元気な声を上げて帰宅したガッゾをモデラートが出迎える。 ガッゾはモデラートのことを『おとーさん』と称して父のように慕っている。 まだ幼いのにも関わらず、少なくともモモコよりも長くマジカルベースに住んでいるガッゾにとって、この場は家同然だった。

「そうそう! 運動会がもうすぐだから、これ!」

 ガッゾは頭のハスの上に乗せた荷物から、1枚の手紙を取り出してモデラートに手渡す。 『星空町学校秋季大運動会のお知らせ』と書かれたそれを見て、モデラートは申し訳ない顔をガッゾに向ける。

「あぁー、この日かぁ。 ごめんね、学会が入ってて今年も行けないんだ」

 ガッゾはほんの少しだけ残念そうに肩を落とした。 モデラートの「今年も」という返事から、毎年運動会には来れていないことが分かる。
そのためガッゾも覚悟していたのだろうか、落胆する様子には仕方ないという感情も含まれているようにもみられる。

「そっかぁ……」
「でも、この親子参加競技は誰かが出ないとダメだよね。 どうしよう」

 ふむ、とモデラートは口元に手を当てる仕草をする。 この手の保護者の参加が必須のものにはいつもチームアースの2匹あたりに代わりに出てもらっていたが、町1番の魔法使いの忙しい彼らに無理強いはできない。
そうなれば、運動会当日に都合を合わせられそうな適任者は____。

「そうだ!」

***

「えぇえええーっ!? 今年も運動会の親子競技に出れないですって!?」
「それで俺達に、運動会に出てくれだと!?」

 モデラートとマナーレに呼び出されたのは、仕事終わりのチームカルテットだった。 モデラートの部屋で素っ頓狂な声を上げる4匹の前では、マナーレが申し訳なさそうに説明している。

「すまない。 私もマスターも学会に呼ばれていて、マジーアまで赴かなくてはいけないのだ。 帰って来れても、この競技には間に合わない」
「毎年学会と星空町の運動会の時期って、被っちゃいますからね」

 魔法使い協会の『お偉いさん』にあたるモデラートは、学会への出席が義務付けられている。 マナーレもまた、側近という立場上モデラートに同行しなければならない。 チームカルテットは、こうした不測の事態の際にフットワークが軽い点が最大の強みだ。
1番暇そうなチームと言ってしまえばそれまでではあるが。

「どのみちミツキ達の代は、学校の1番新しい卒業生だから誰かしら卒業生競技の枠に出ないといけないハズだ。 モモコにとっても星空町の子ども達と触れ合うという点で、いい機会になるだろう」

 星空町の学校は、卒業生との関わりを大事にする風習があり、運動会などのイベントでは卒業生のための任意プログラムが用意されている。 今年の春にあたる時期に学校を卒業したばかりのミツキ達は、運動会で卒業生競技に出場することが依頼されているのだ。

「卒業生競技に関しては、今年はミツキ達の代も多いから、チームジェミニやフローラと相談して____」
「あ、担任の先生からミツキのおにーちゃんが出るようにって『ゴシメイ』受けてるゾ!」

 何を思ったのか、ミツキの表情が一気に引きつる。

「が、ガッゾ……お前の今年の担任ってアリア先生だったよな……」
「そうだゾ!」
「あー、アリア先生っていえば悪意のないミツキいじりだもんねぇ」
「アリア先生?」

 話題についていけないモモコがその場で首をかしげていると、ライヤが説明する。

「ミツキとコノハが6年生の時……去年の担任の先生です」
「じゃ、卒業生競技はミツキにするとして。 親子競技どうする?」

 コノハがトントン拍子で話を進めている傍では、ミツキが「拒否権ねぇな」と溜息をついている。 とはいえ、身体を動かすことは好きな部類に入るミツキにとってはこうした運動会に出れることは悪い話ではない。

「僕はのろまなので、むしろガッゾの足を引っ張っちゃいそうで……」

 のろまピカチュウと呼ばれているライヤは、親子競技に出ることをやんわりと辞退する。 コノハもまた、魔法のセンスこそ高いがスタミナには自信があまりなかった。

「アタシも足の速さとかは自信ないわね。 モモコは歳下の子どもとそーゆーのやるの平気? それと、激しい運動も……」

 ライヤとコノハが乗り気でなく、既に卒業生競技に出ることになったミツキを除くとなれば、消去法でモモコしかいない。 モモコは心配そうにコノハに尋ねられるが、えへんと小さな胸を張り、その心配を払拭させた。

「大丈夫! 下にきょうだいがいたからそういうのは慣れてるし、身体のことも運動する分には問題ないから!」
「そしたら、モモコに親子競技に参加してもらえばいいんじゃないでしょうか」

 ミツキもモデラート達も、そしてガッゾも「いいんじゃないか」と判断した。 体調面が唯一懸念されるが、これまでもミュルミュールとの戦いなどで身体を動かす分には問題はなく、運動会に参加できるほどの健康状態は保っていられる。

「ところで、親子競技ってどんなことするの?」
「障害物競争のラスト、二人三脚だな」

 マナーレが懐から手紙を取り出し、説明を読み上げる。 モモコも人間だった頃、ポケモントレーナーになる前は学校の運動会に参加していたが二人三脚は馴染みがなかった。 未知の領域への挑戦に少しばかり不安を抱くモモコをよそに、ガッゾは非常に嬉しそうだった。

「う、うまくいくかな……」
「わーい! モモコのおねーちゃんと障害物競走だゾ!」
「じゃ、親子参加競技にはモモコ、卒業生競技にはミツキで決まりだね。 2匹とも、よろしく頼んだよ」

***

「やっぱ秋といえば、美容の秋よねぇ!」

 クライシスのアジトでは、ソナタがぺちぺちと化粧水を浸したコットンを頬に打ち付けている。 これから寒くなるにつれて乾燥してくるため、肌の手入れがより重要になってくる。

「ソナタは年中美容お化けじゃないか」

 ドレンテが肩をすくめて通り過ぎると、ソナタはムッとした顔を彼に向ける。

「何よドレンテ! ダメなの?」
「別に」

 ツン、とドレンテは返す。 まるでソナタをからかうためだけに絡んだような彼の態度かが、ソナタは面白くなかった。

「秋……スポーツの秋……星空町では運動会があるみたいだな」
「ポケモンたくさん集まるし、負の感情エネルギーを集めるにはちょうどいいと思うよ」

 闇の魔法使いが星空町を襲撃する頻度が高いのは、大きな町に挟まれたベッドタウンでもある星空町は、多くのポケモンが行き交うため都合がいいからである。 自分達が狙っているモモコが星空町の魔法使いになったということも関わっていないワケではないが、彼女がこの世界に来る前から星空町にはよく出向いていたのだ。

「今回は誰が出向く?」
「これだけの規模なら多くのポケモンをミュルミュールにできるだろう。 俺が行こう」
「あ、ホント? ラッキー!」
「ボクも久々にのんびり過ごさせてもらうよ。 考え事がしたいからね」

 そうしてグラーヴェはせっせと星空町襲撃の準備に取り掛かり、ソナタは今日はショッピングに行くと外に出て行ってしまった。
1匹取り残されたドレンテは、肩の力が抜けたように深い溜息を吐き、ある出来事を思い返していた。

(……あの日、確かに恐れていたことが一度だけ起こった)

 モモコを飲み込むほど強力だった暗黒魔法のオーラ。 あの雨の日、苦しむ身体を引きずりながら紅の荒野を破壊寸前で追い込んだモモコの力は凄まじいものだった。 グラーヴェが____暗黒魔法を使うクライシスがこの時を待っていたと言うのも納得がいく。

____うぁあああああーっ!

 あの日のモモコの掠れた悲鳴は、ドレンテが瞳を閉じる度に何度も彼の耳の奥でリプレイされる。 苦しそうな彼女の姿を思い出すと、いつもドレンテは胸の奥がジリジリと焦がれるような感覚になる。

(モモコのことを理解できるのはボクだけだ。 でも……今の立場に不服を訴えちゃいけない)

 ドレンテは物思いにふけりながらグラーヴェの目がつかない物陰に隠れるように駆け込むと、地面に突き刺さっているひとつのクリスタルの中から、あるものを吸い取るように取り出した。
それは、人間が被るには手頃な大きさの白いキャスケット帽子だった。 黒いリボンが巻かれており、かなり使い古されているのか少しばかり薄汚れている。

「ねぇ、モモコ……。 ボクどうしたらいい?」

 帽子をぎゅっと抱き締めながら名前通り悲しげな感情を、ドレンテは悲痛な呟きにして表していた。
重い身体が寄りかかっているクリスタルは、まるでそんなドレンテの気持ちを突き放すかのようにひんやりとしていた。

***

 今日のチームカルテットの仕事は、陽だまりの丘付近のパトロールだった。 荒野地帯のような危険な区域のパトロールは、チームアースぐらいの実力ある魔法使いが担う。 それでも暗黒魔法の脅威はどこにでも広がっているため、比較的穏やかと言われる地域の見回りも不可欠だった。
魔法のほうきで星空町へ帰ってきたチームカルテットは、学校の近くまでやってきた。

「お、学校で運動会の練習やってるな」

 ふと地上に目をやると、住宅街のど真ん中に位置する学校のグラウンドで、多くの子どもポケモンが動き回っているのが見えた。 あの中にもしかしたらガッゾもいるのか____なんて予想が頭をよぎったりもした。

「ねぇねぇ、ちょっと見ていきましょうよ。 子ども達は問題なく過ごしてるか、って確認の名目で!」
「いいと思う!」
「賛成です!」

 コノハの提案に一同が賛成し、チームカルテットは学校の方へと降りていった。
学校に近づけば近づくほど、入場用の愉快な行進曲と子ども達のはしゃぐ声が聞こえてくる。

「わぁ! 懐かしいです!」

 学校の造りそのものは、モモコが人間の時に通っていた小学校とは異なり、どちらかといえば建物がいくつかに分割されておりまるで大学のキャンパスのようだった。 カラフルな三角屋根が特徴的な星空町らしく、学校の建物もまたパステルカラーを基調としたデザインだ。
また、建物には在校生や卒業生が描いたと思われる絵の具やペンキからなるアートが刻まれており、学校の賑やかな雰囲気をさらに高めていた。

「お、ガッゾいたぞ」
「ほんとだ!」

 ミツキが指差す先には、確かにガッゾがいた。 入場門代わりにになっているサッカーゴールの前で、同級生の友達と思われるポケモン達とケラケラ笑っている。

「この世界では、12歳までのポケモンが学校に通うことになってるの。 で、学校卒業した後はそのまま進学するか仕事するか選べるってワケ」

 現時点では、学校と魔法使いの仕事を両立しているのはガッゾのみ。 昨年まではミツキ達に加え、チームジェミニの2匹とフローラが学校に通っていた。 学校を卒業してすぐに一斉に魔法使いを志願してきたと考えれば、やけに13歳組が多いのも頷ける。

「あー! ミツキのおにーちゃん! モモコのおねーちゃん!」

 ガッゾがチームカルテットの存在に気づいたようでグラウンドであることもお構い無しに、彼らの名を呼ぶ。 すると、周りの子ども達も魔法使いがすぐそばにいることが分かるとどっとチームカルテットの近くまで集り始めた。

「わー! 魔法使いだ!」
「ガッゾのとこの魔法使いだよな?」
「すげー! 本物だ! サイン下さい!」
「ゔぇぇ!? 魔法使いってサイン用意しなきゃいけないの!?」

 しどろもどろになっているモモコに、ミツキが何かを企んでいるかのような笑みを浮かべて答えた。

「そうだな、魔法使いはサインのバリエーション5つはあるのが常識だからな」
「わ、分かった! 次までに考えとく!」

 2匹のやり取りを聞いていたコノハは、「ミツキったらハッタリ教えてんじゃないの」と呆れた様子で呟いていた。
するとその時、随分と賑やかになったチームカルテットの周りが気になったのか、教師と思われる1匹のポケモンが駆け寄ってきた。 身体中に白いリボンのような装飾が施されている細身の体型からなる、てんたいポケモンのゴチルゼルだ。

「あら、ミツキくん達じゃない!」
「先生ー! 久しぶり!」

 コノハが「先生」と称し顔見知りである様子から、彼女がもしかして____とモモコが思っていたらライヤの解説でその予想は確定した。

「彼女がミツキとコノハの元担任で、今はガッゾの担任のアリア先生です」
「は、はじめまして!」

 挨拶も兼ねて、モモコはぺこりと頭を下げる。

「よろしくね、ミツキくん達の新しいお友達?」
「あぁ。 新しくチームに入ったモモコっていうんだ」

「い、いつもミツキ達がお世話になってます! あ、あと二人三脚、わたしが出ることになったのでよろしくお願いします!」
「いえいえこちらこそ」

 もう学校は卒業したハズだが、お世話になっているという挨拶は果たして適しているのだろうか。 そしてそれを何食わぬ顔で受け入れているアリアもつくづく天然なポケモンだ____ミツキ達は心の中ではツッコミどころがいっぱいだった。

(何か勘違いしてる気がする……!)

 ふと、ミツキがアリアの顔を見てあることを思い出した。 ガッゾが言ってた『ゴシメイ』の話である。

「そうだアリア先生、ガッゾから聞いたぞ。 卒業生競技に俺を指名したって」

 アリアは悪気のない穏やかな微笑みで答えた。

「だって、せっかくミツキくんが星空町に残っているんだもの。 運動神経もいいし、きっと運動会の華になると思って」
「ミツキ、活躍はして欲しいけど在校生の存在食わないでよね?」

 コノハがからかうようにミツキに笑いかけると、仕方なさそうにミツキは返す。 アクの強い女性陣に、なかなか口では勝てそうにないミツキが、いかに悪いのは『口調だけ』かが露見される一幕だ。 モモコからしてみれば、少し新鮮な気がした。

「はぁ……分かってるよ」

 アリアはまだミツキ達に話したいことがあるのか、子ども達に「教室に戻っていてね」と声をかける。 わぁっとなだれ込むように校舎に駆け出す子ども達を見届けると、アリアは再びチームカルテットに向き直った。

「ところで、モデラートさん達は今年も来れないの?」
「ええ、今年も学会と被っちゃったんですって」
「そうなの……」

 アリアが神妙な表情をするものだから、コノハは気になってすぐに食いついた。

「ん、先生どしたの?」
「あ、ううん。 ガッゾくんって、今年は魔法使いになってから初めての運動会だから。 『おとーさんとおかーさんに頑張ってるところ見せるんだー』って張り切ってたのになぁ、って思ったの」
「最初はマスターもマナーレも学会ズラせないのかなぁって思ってたけど、仕方ないのかもしれないわね……」

 おとーさんとおかーさん____ミツキ達の会話の中を聞く中でモモコは違和感を覚えた。
まだガッゾがお父さんやお母さんと呼ぶのがハスブレロやルンパッパなら分かる。 種族の違うモデラート達をそう呼ぶのは、ニックネームか何かだろうか、それにしてはかなり重みのある言葉なのでは____などとモモコが頭の中でぐるぐる回っていると、ミツキが察したようだ。

「あ、そうだよな。 モモコには何のことか分かんねぇよな」
「おとーさんとおかーさん、っていうのはマスターとマナーレのことなんです」
「ガッゾって、魔法使いになったのはモモコが来る少し前だったけど、俺達が魔法使いになる前からマジカルベースでずっと暮らしてるんだ」
「ガッゾくんには……本当のお父さんとお母さんがいなくてね。 モデラートさんとマナーレさんが手続きを踏んで、法律の上でのお父さんとお母さんになったの。 モデラートさん達がガッゾくんのタマゴがマジカルベースの前に捨てられているのを見つけたから、ガッゾくんは知らないけどね」

 今まで触れられなかった事実を告げられ、モモコは息を呑む。 確かに魔法使いになれる規定の10歳にしては、ガッゾはマジカルベースに非常に馴染んでいる。 マジカルベースそのものの空気感もあるが、生まれた時から暮らしていると言われても納得がいく。

「えっ____」
「でも、魔法使いさん達のお陰で、ガッゾくんは学校でも問題なく元気に過ごしているわ。 本当の家族の話をするみたいに、よくミツキくん達の話もするのよ。 みんな面白くて優しくて、こういうことしてもらったんだ、って」

 自分達の見えないところで話題を振ってもらえていることは、悪い気はしない____チームカルテットは少し照れくさい気持ちになり、互いに目を合わせて薄く笑う。

「あいつ……」

 特につい最近まで問題児と後ろ指を指され続けていたミツキは、久し振りに自分がチームカルテット以外の魔法使いからそう思われていることに、少し嬉しさを覗かせていた。
そんなミツキの傍では、モモコが何かを決心するかのようにアリアに提案を持ちかけた。

「あの、アリア先生! もう一度、わたし達からマスターを説得してみます!」

 アリアは驚くように目を見開き、ミツキ達も信じられないと言わんばかりの表情を浮かべた。

「ちょ、モモコ本気かよ?」
「だって、マスター達は1回も運動会見に来てないんだよね? 魔法使いと学校の両立頑張ってるガッゾの姿、見せてあげたいよ!」

 モデラート達が忙しいという事情も分かってはいるが、本当の親のように慕っている大人が運動会に1回も来ていないなんてガッゾが寂しいワケがない____というのがモモコの考えだった。

「って、わたしのエゴかもしれないけど……」

 しかし、それはあくまでモモコのエゴでもあり現段階では思い込みに過ぎない。 もしかしたら、ガッゾは寂しいなんて微塵も思っていないかもしれない。 だが、本当はモデラート達に自分の頑張りを見てもらおうと張り切っていたガッゾの本心を他のポケモンづてとはいえ聞いてしまえば、このままにしておくのもしこりが残る。

「お節介なお前なら、そう言うと思ってたぜ。 仕方ねえなぁ、全く」

 ミツキはフンと鼻で笑う。 ミツキからすれば、モモコは非常に分かりやすい性格をしているのだろうか、彼女の考えや行動が何となく分かってきたのだ。
ミツキのその言葉と、やってやろうじゃねぇかと応える微笑みが何を意味するかは、モモコにもすぐに理解できた。

「もう一度説得してみましょう! マスター達を!」
「アリア先生、そういうことだからアタシ達にどーんと任せなさい!」

 ライヤとコノハも続ける。 どん、と自信げに自分の胸を前足で叩くコノハの姿を見て、アリアは微笑ましくも感慨深さを感じた。

「うふふ、ミツキくんもライヤくんもコノハちゃんも、頼もしくなったわね」

***

 その日のうちに、チームカルテットはすぐにマジカルベースに戻るとモデラートの部屋を訪れ、早速モデラートとマナーレに運動会に来て欲しいと申し出た。

「ガッゾのヤツ、学校もちゃんと行きながら友達と遊ぶのも我慢して魔法使いやってる日もあるじゃねーか。 頑張ってるところ、見にきてくれねーか?」
「お願い! 一生のお願い!」
「モモコってば、一生のお願い今ここで使うの? でもアタシ達からもお願いするわ」
「ガッゾも絶対喜ぶと思います!」

 コノハがモモコにツッコミを入れつつも、チームカルテットは揃ってモデラート達に頭を下げた。
しかしながら、特にマナーレは浮かない顔をしておりまるで自ら運動会に行くことを躊躇っているようにも見えた。 そんな彼女の心境は、この発言で明確にされた。

「しかし、私もマスターもガッゾの本当の親ではないのだぞ? 種族の違うポケモンを『おとーさん』だの、『おかーさん』だのと呼ぶ姿を父兄の方々が見たらどうなる」

 口調がキツくなってきたマナーレの様子から、これがマナーレの本心だということはチームカルテットでも察することができた。 子どもと大人の境目にいる複雑な歳だからこそ、マナーレの気持ちを肯定することも全否定することも出来ないもどかしさもある。
以前、コノハが「大人の考えていることは分からない」とぼやいていたが、マナーレの真意に僅かに触れると、何となくだがマナーレなりの苦悩が少しだけ分かった気がした。

「そんなん、ガッゾが親だと思ってるなら関係ねーもんじゃ……」
「ミツキ、世の中の目というものは優しいものばかりではないぞ。 自分達が当たり前だと思っていても、周りから見ればそうじゃない、普通じゃないと思われることもある」

 そうかもしれないけど、でも____。 学校を卒業したての大人になりきれていないミツキには、世の中の目というものがまだ理解できていない。 ガッゾの気持ちがどうであれ、本当の親がいない子どもポケモンに対する世間の目は優しいものもあればそうでないものもある。
ミツキとは正反対に、モモコはマナーレの言っていることが少しだけ分かる気がした。

(普通とは『ちょっと』違うだけで注目浴びるのは、この世界も同じなのか……)

 ミツキが何も言い返せないまましばしの沈黙が流れるが、それはすぐに破られた。

「モモコのおねーちゃん、こんなところにいたの?」

 ガッゾが扉からひょっこり顔を覗かせて、モモコの名を呼んだ。 今の話、もしかして聞かれていたかな____取り繕うようにモモコはガッゾに応える。

「ど、どしたのガッゾ? わたしを探してた?」
「今日から二人三脚の練習したくて、探してたんだゾ!」
「分かった、すぐ行くね!」

 モモコはガッゾに重い空気を勘付かれないよう笑顔で返し、モデラート達の方にすぐに向き直った。

「マスター、マナーレ、ごめん。 話の途中だけど、これで失礼します!」

 一足早く部屋を後にし、すぐにガッゾと二人三脚の練習に向かうモモコを見送ると、ミツキ達もこの場を後にすることにした。

「とりあえず、考えといてくれ。 ガッゾのためにも」

 ミツキがそれだけ言い残すと、チームカルテット全員が部屋からいなくなる。 残るモデラートとマナーレもまた、チームカルテットの説得により心が揺れ動いていた。
お偉いさんと呼ばれている魔法使いという立場や、ガッゾが今後どんな目で見られるか____そうしたことばかりを考えているうちに、自分達が本当は『どうしたいか』に目を背けていたのかもしれない。

「マスター、どうされますか?」
「少し考えてみようよ。 ボク達、ガッゾの晴れ舞台をちゃんと見に行ってやれたこと、あんまりなかったじゃないか」
「……そうですね」

***

 モモコとガッゾが二人三脚の練習場所に選んだのは、マジカルベースの中庭に位置する訓練スペースだった。 身体を鍛えるためのサンドバッグ代わりになるタイヤをはじめとした簡単なアスレチックと、本格的に走る分に手頃な庭が用意されている。
互いの足を紐で固定し、まずは息を合わせて一緒に進むところから。

「おいっちに、さんし!」

 しかし、高確率でどっちかが引きずられるようにすぐに転んでしまう。 モモコとガッゾとでは歩幅も異なれば、普段の歩く速さも違う。 ゆったりとしたペースのガッゾに合わせることも必須だが、競走となればそうもいかない。
幸いなことはこの2匹、体格に大きな差がないためその点では比較的走りやすいことだった。 他の親子ポケモンであればネックになる大きな身長差も、モモコとガッゾぐらいであればそこまで気にならない。
それでも二人三脚など、モモコが人間の時でもやる機会はほとんどなく、いかにこの競技が難しいものか痛感させられる。

「最初からどっちも全力じゃダメなのかも、もっとリラックスして走ってみよう!」
「分かったゾ!」

 2匹はもう一度互いに手を取り合いながら立ち上がると、再び「せーの」の掛け声と共に足を前に進めた。
その様子を、魔法のほうきに乗って仕事から戻ってきたチームアースとチームキューティの面々が空から眺めている。

「あっ、モモコとガッゾが二人三脚の練習してるわ!」
「うむ、今年はあいつが親子競技に参加するのか」
「よぉし! 手伝ってやろうぜ!」

 魔法使い達が地上へ降りてくると、モモコとガッゾが彼らの存在に気づき、視線をそちらに移す。

「あ、みんなおかえり!」
「トストアニキー! クレイアニキー!」

 チームアースの2匹やチームキューティが戻ってきたことが嬉しいのか、ガッゾはぴょこぴょこと駆け足で彼らのもとへ駆け寄る。

「ちょ、ガッゾ! まだ足縛ったまま____ゔぇえ!」

 モモコを巻き添えにしながら。

「ほらほらガッゾ。 もうそこから勝負は始まってるんだぜ? 二人三脚はな、お互いの息をピッタリ合わせることが大事なんだ」
「わ、分かったゾ!」

 身体にまとわりついた砂埃をぱんぱんと払うモモコに謝罪をしたガッゾは、トスト直々にアドバイスを受けてさらに意気込む。 モモコもまた、そんなガッゾの姿が微笑ましく感じると同時に「これはちゃんと頑張りたい」と心から感じた。
先にどっちの足を出すかを決め、テンポを共有して走ることを意識する。 テンポの共有、そして走りのリズミカルさは音楽にも通じるところがあった。 この二人三脚は、いわばモモコとガッゾのデュエットだ。

「そうそう! そしたらこっからここまで走ってみようか!」

 他の魔法使い達に見守られながら、モモコとガッゾの特訓は続いた。

花鳥風月 ( 2018/10/12(金) 01:06 )