ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第2楽章 星空と魔法の町−Pot pourri−
019 出来ないなんて決めつけないで
「で、何で俺がこんなことしなくちゃいけねぇんだ」

イチゴのホールケーキをモチーフにした、呼び込み用の着ぐるみから気だるそうな低い声が聞こえてくる。 その声は星屑を散りばめたようにキラキラした目と、その愛くるしい容姿とは不釣り合いだった。 周りでは小さくて幼いポケモン達が、着ぐるみのふわふわさに吸い込まれるように集っていた。

「ミツキ、気持ちは分かるけど絶対にその頭取っちゃダメよ。 ちびっ子達の夢が壊れるわ____はい、ご注文お決まりでしたらお先にお伺いします」

隣ではコノハが簡単な接客としてオーダーを取っている。 営業スマイルに定評のあるコノハは、接客に非常に向いていた。 呼び込みのために用意された着ぐるみの中身は、暑さで汗だくになっているミツキだったのだ。
半ば強制的に連行されたチームカルテットの4匹は、スイーツフェスタで忙しいスイーツショップ『ドルチェ』のボランティアとしての手伝い____いわゆるタダ働きをさせられている。
もちろん抗議はしたのだが、断れば連行された時にかけられた拘束魔法を解いてもらえないということで仕方なく了承したのだ。

「わぁぁ、すみません! 皆さん、押さないで! ゆっくり、ゆっくり前に進んで下さーい!」

入り口付近ではライヤが行列の誘導を行っていた。 小柄なメンバーで構成されているチームカルテットの中でも最も背の低いライヤは、存在を認知してもらえるだけでも一苦労。 ライヤが人混み____あらぬポケ混みに圧倒されているのが現状だった。

一方、厨房ではモモコが製菓担当として駆り出されていた。 本当ならモモコも呼び込みに回っても良かったのだが、厨房も手が足りないためチームカルテットの中から派遣が必要という声が厨房担当から上がったのだ。 しかしライヤ曰く、まともに料理ができるのは幼馴染トリオの中にはいないため消去法でモモコになったというワケである。
なお、この厨房では衛生面を万全に整えておくことが徹底されており、厨房担当のポケモンは全員マスクの着用を義務付けられている。

「えぇーっ!? ガトーショコラとフルーツタルトと、イチゴのショートケーキ!?」
「お願いします、急いで!」

ウェイターのアルバイトをしているくちづけポケモンのムチュールが、忙しない様子でオーダーリストを次々と厨房に提示していく。
モモコは手慣れた様子で次々と注文されたケーキを焼き、デコレーションしていく。 何故ここまで手慣れているのかというと、ポケモントレーナーだった頃に旅をしていたため、料理は人並みにマスターしていた。 そのついでに、趣味でお菓子作りも覚えてしまったのである。

「オマエ、なかなかやるんだナ!」

この店でパティシエとして働いているホイップポケモンのペロリームが、モモコの手際の良さを評価していた。
殆どが基本的なケーキ作りと同じ手順のスイーツなのだが、時々モモコから見て初見で作るスイーツもある。 おおかた、他のケーキ生地等は材料の配分がそこまで変わらないのだが、若干異なるそれも多数存在した。 この店のオリジナルスイーツなのだろうか。

「ここのお菓子のレシピって、全部ミチルさんが作ったの?」
「そうとも。 ミチルお嬢様は魔法使いの仕事をしながら、長年の夢だったスイーツショッププロジェクトを実現させたのダ!」

モモコは素直に感心していた。 魔法使いの仕事だけでも精一杯になっている自分からすれば、もうひとつの自分のやりたいお菓子作りを極めるミチルは本当に凄いと思えたのだ。 性格に難はあっても、楽器の技術もハイレベルなものであり、その実力は間違いなく本物だと素人でも確信できる。

「……星空町のニナさんも、手伝ってくれていたんだがナ……」

ペロリームは遠くを見るように呟いた。
以前、星空町の魔法使いがユズネのことから吹っ切れられないでいたことがあった出来事を、モモコは思い出していた。
今はあの時とは似て異なる。 当時のミツキ達は、自分達のしたことに後悔や罪悪感を抱いていたがミチルは違う。 自分の行いとニナが魔法使いを辞めたことが直結していないのだ。

「ニナさん、わたしも会ってみたかったです」
「こうして魔法の修行をしながら、おいしいスイーツを作っていればニナさんも戻ってくるって、お嬢様は信じていル。 ニナさん、甘いお菓子が大好きだったからナ」

***

チームカルテットのタダ働きのお陰で、スイーツフェスタは大盛況に終わった。 セナとテンがお礼ということで、現金の代わりに冷えた飲み物とクッキーをテラスに出してくれていた。 閉店と同時に着ぐるみを脱ぎ捨てたミツキは、グラスに注がれたスポーツドリンクを一気飲みする。 着ぐるみそのものの暑さもあるが、日中は暑かったのだろう。 季節の変わり目は、1日の間でも気温の上下が激しい。

「ぐぁあーっ! 暑かった!」

ずっと誘導にあたっていたライヤも、へとへとになりながらミツキの隣の椅子に座り込むと、机に突っ伏していた。 頬に伝っている汗がいい感じに夕日に反射しており、夏と秋の境目であることが強調される。

「僕もやっと座れます……」
「皆さん、本日はご協力ありがとうございます」
「季節の変わり目で風邪引きやすいっスから、あったかくして寝ることは忘れないように気をつけるっスよ!」

アチャモのセナは、ゼニガメのテンとは対照的に紳士的な振る舞いがよく似合う。 可愛い見た目と優雅な立ち回りはフィルを連想させるが、彼の場合ナルシストさとうるささが全て帳消しにしている。

「結局、閉店まで手伝うことになっちゃったわね」

コノハがやれやれ、とリンゴジュースを飲んでいる傍で、ふとモモコは店の外からじっとこちらを見ている視線に気がついた。
モモコと目が合ってそそくさと街灯の陰に隠れているのは、深緑に近い色をしているゴミぶくろポケモンのヤブクロンだ。 おどおどした様子で、街灯の陰から未だこちらを見つめている。

「ねぇ、さっきからあのヤブクロンこっち見てるけどどうしたのかな?」
「彼は以前アルバイトをしていた者ですね。 しばしお待ちを」

即座にセナが対応しようと、店の外に出てヤブクロンに近づいた。 先ほどまでの紳士的な対応とはまた趣が違い、近づく者全てを圧倒するようなオーラを放っていた。 流石は、お嬢様のボディーガードのようなことをしながら魔法使いをやっているだけある。

「ここに何の御用だ」

セナの気迫に圧倒されながらも、ヤブクロンは震えた声で用件を伝える。

「み、ミチルさんを……お願いしたくて。 もう一度、この店で働かせて欲しいんだ!」
「お前のようなスイーツに有害な毒ガスを撒き散らすポケモンは、パティシエには向いていない」

あまりにもセナの突き放すような言葉に、チームカルテットはもちろん、テンですら難色を示している。 真っ先にコノハが割り込みに入り、セナの言い方を指摘しようとしたのだが。

「ちょ、ちょっと! そんな言い方ないんじゃないの?」
「下がっていてください」

そのセナの圧倒的な存在感に、流石のコノハも萎縮してしまった。
この騒ぎを聞きつけ、ようやくミチルが直々に表に出てきたのはその時だった。

「あらあら、何の騒ぎですこと?」
「お嬢様! この者が____」
「誰ですの、あなた? 見たことある気もするけど、ない気もしますわ」

まるでとぼけるように首を傾げ、しかし蔑んだ目でヤブクロンを見つめているミチルの姿は、息を呑んでしまうほどに威圧感が強烈なものだった。 明らかにミチルはヤブクロンのことを覚えていると思われるが、敢えて知らないフリをするあたり、かなりヤブクロンのことを見下しているように、チームカルテット____第三者からは見える。

「____ッ!」
「お、おい! 待てよ!」

ヤブクロンはミチルの返答から、自分がどう思われているかを察したのか、悲しそうな表情だけを残してその場から走って立ち去ってしまった。 ミツキが呼び止めても聞こえなかった____聞こえなかったフリをしていたのだろう。

「ミチルさん……本当にあの方は知らないお方なんですか?」

ライヤがまるで、逆にミチルを軽蔑するような冷ややかな目で見つめながら問う。 背の低いライヤは、自然と上目遣いになるため睨みつけているようにも見えなくもない。

「うろ覚えだけど、スイーツに毒ガス撒き散らしてわたくしから直々解雇を言い渡した、元バイトかもしれませんわね」
「ちゃんと覚えてるじゃねーか」

ミツキの言葉は的確だ。 やはり、ミチルはヤブクロンのことを覚えていながら敢えて突き放すような態度を取り、見下していた。 やっぱり、とミツキが呆れている一方で、モモコは1匹で何処かに向かおうとしていた。

「って、モモコ!? どこ行くんだよ?」
「わたし、さっきのヤブクロン追いかけてくる」

モモコもまた、ライヤと似たような顔付きで行き先を告げる。 彼女もまた、チームドルチェのヤブクロンに対する対応に思うところがあるのだ。
一度足を止め、ミチルとセナに向き直ったモモコはひどく落ち着いた声で2匹に言い放った。

「お菓子作りの業界のことは魔法使い以上に分かんないけどさ、あんな突き放し方はないと思う」

それだけ言うと、モモコは足早にヤブクロンを追いかけに向かった。 それに続くように、ミツキ達も何も言わずに後を追う。 取り残されたチームドルチェは、自分達のやり方をああも真っ向から否定されて、うなだれていた。
業務に熱心なあまり、ポケモン達の気持ちを無視していた。 チームドルチェもパティシエであり、いいとこの出である前に魔法使いなのだ。 周りのポケモン達の気持ちを蔑ろにするようなことは、魔法使いとしてやってはいけない____プライドを打ち砕かれたような気がしたのだ。

「お嬢様……」

セナの呼びかけにもミチルは応じず、ただヤブクロンを追ったチームカルテットが見えなくなるまで彼らが走った場所を見つめるだけだった。

(何なんですの、あの子どもは……。 魔法使いになって間もないくせに、生意気なことを……)

***

辺りは季節の変わり目からか、既に薄暗くなっていた。 青空は桃色や紫がかった夕暮れの空になり、美しいグラデーションで彩られている。 サニーハーバーの大通りも街灯がつき始め、風も冷たいものになり夜の訪れを表していた。
ヤブクロンはというと、町の路地裏で誰にも気付かれないようにうずくまっていた。

「……やっぱり、自分にはパティシエはダメなんだな……。 毒ガスを吐いちゃう自分なんて……」

自分のポケモンとしての身体的特徴が夢を邪魔するとは、ヤブクロンも思っていなかった。 しかし、毒ガスばかりは何度抑えてもどうにもならない。 ヤブクロンという種族に生まれてしまった自分を、恨めしく思えてしまった。
同じ頃、チームカルテット____と言っても、ほぼモモコが目的で彼女の魔力をたどり、ドレンテがサニーハーバーにやって来ていた。
建物の屋根の上を飛び越えながら、ドレンテはモモコの行方を追いつつ、おびき寄せるためにミュルミュールにできそうなポケモンはいないかどうか、目星を付けようとしていた。

「ったく、夜中とか晩ご飯時に子どもを外に駆り出すなんてどうかしてるよ」

悪態は吐くが、ドレンテの仕事ぶりは比較的真面目であった。 行けと言われたら行き、ポケモンをミュルミュールにするそれ相応の仕事はする。 しかし、 グラーヴェやソナタと比べると、ドレンテの行動原理はモモコが中心になっていることもまた事実だ。
ふと、ドレンテは路地裏にいるヤブクロンを目で捉える。 彼のスピリットは、半分以上が輝きを失っており今にも闇に染まりそうだ。
彼ならいいかもしれない____そう思ったドレンテは、ヤブクロンの目の前まですたっ、と降りた。

「ちょっと、キミ!」
「え?」

ヤブクロンは顔こそは上げたものの、突然現れたドレンテに驚きもしなかった。 それほど無気力になっていたのだろう。

「ボクはとても晩ご飯が食べたい! でも仕事で食べられない! だから腹いせにミュルミュールになってくれ!」

無茶苦茶なことばかりまくし立てるように言うドレンテだが、ミュルミュールという単語にようやくヤブクロンは身の危険を感じた。
しかし、そのことに気づくには少しばかり遅かったようだ。

「キミのスピリット、解放しなよ!」
「うわぁあああーッ!」

ヤブクロンの本体とスピリットが、黒紫のクリスタルに閉じ込められて分離される。 ドレンテは手に取ったスピリットをを掲げると、暗黒魔法の力でミュルミュールへと変えてしまった。

「ミュルミュール、お遊戯の時間だよ!」

同じ頃、ヤブクロンを探すチームカルテット一同。 コノハが毛を逆立て、ミュルミュールの気配を感じ取る。

「こ、この気配! 間違いなくミュルミュールだわ!」

まさか____チームカルテットの4匹は同じ予感を感じ、コノハの誘導で気配のする方向に向かった。
たどり着いた場所には案の定、毒々しい紫色のホールケーキの姿をしたミュルミュールが町の一角で暴れていた。 傍には、スピリットを抜き取られたヤブクロンがクリスタルに閉じ込められた状態で気を失っている。

「やっぱり! ヤブクロンがミュルミュールにされてるぜ!」
「早く助けましょう!」

ライヤの言葉に合わせるように、チームカルテットが各々のウェポンを構えたその時、ひとつの建物の上からドレンテの声が降ってくる。

「やぁ、やっと来たようだね。 モモコ」
「ほんっとうに懲りないんだから!」

相変わらずドレンテはモモコに出会えて嬉しそうにしているが、当のモモコはまるでそんなことはなさそうだ。 ドレンテはちょっと悲しそうではあるが、この現状なら仕方がないことも受け入れているつもりだった。
それでも、ただでさえご飯時の時間でイライラしているドレンテは、八つ当たりじみた様子でミュルミュールに指示する。

「ミュルミュール、チームカルテットをやっちゃって!」

ミュルミュールはズシン、ズシンとバスドラムのような音を立ててチームカルテットに近付いた。 そして、悲痛な叫び声を上げながら毒が盛られた生クリームをチームカルテットに向けて飛ばし続ける。 ライヤの能力向上魔法で動きを素早く設定したチームカルテットは何とかかわしたものの、地面に打ち付けられた生クリームは火に水をかけたようなジュワッという音を立て、蒸発している。 当たったらひとたまりもなさそう____4匹は顔を強張らせながらも、ミュルミュールに向き直った。

『オレだって、パティシエになるためにあの店でバイトしてたんだ! でも、人見知りでどうしても毒ガスを吐いちゃう! そりゃあクビになるのは分かってる!』

ヤブクロンのポケモンとしての特性も、彼は理解していた。 アルバイトをクビになる可能性があったことも、恐らく分かっていたのだろう。 その気持ちをミュルミュールとしての力に昇華するように、イチゴ型のミサイルがチームカルテット目掛けて発射される。

「ぐぁっ!」

そのうちのひとつがミツキに直撃。 石造りになっている地面に打ち付けられ、ミツキはかなりのダメージを負った。

「ミツキ! 大丈夫ですか!?」
「くそっ……アイツ、クリームだけが攻撃手段じゃねぇみたいだな……」

ライヤの介抱を受け、何とかミツキは起き上がる。 タダ働きの疲れもあるからか、ライヤの魔法の恩恵を受けてもチームカルテットはいつもよりも若干パワーダウンしていた。

「だったらアタシが黒焦げにしてやるわ! 『チャーミングフレイム』!」

ケーキなら焦がしてしまえばもしかしたら____そう思ったコノハは、ステッキから次々とハート型の炎をミュルミュール目掛けて飛ばす。
ところが。

「うっそ、全部クリームに変わっちゃった!?」

ミュルミュールが向かい打つようにクリームを飛ばし、炎を相殺してしまった。 正確にはコノハの言う通り、炎をクリームに変えてしまったのだ。
クリームはチームカルテットの足元にこぼれ落ち、4匹の足場を奪っていく。 その隙に、ミュルミュールの拳がコノハに振り下ろされる。

「きゃあっ!」

強い衝撃で吹き飛ばされたコノハは、ミツキとライヤをも巻き添えにしてしまった。

『ヤブクロンじゃない別のポケモンに生まれてくれば! こんな思いしなくても良かったのに!』

頭を抱えながら地団駄を踏むミュルミュールの様子は、チームカルテットから見ても悲痛なものを感じさせられた。
その様子を、少し離れた物陰から見ているポケモンが3匹ほどいた。

「ミチルお嬢様……」

チームドルチェだった。 チームカルテットのことも、4匹が追いかけたヤブクロンのことも、チームドルチェなりに____ミチルなりに気がかりだったのだ。

「ミュルミュールにされたポケモンを守る魔法使いが、まさかポケモンをミュルミュールにするキッカケを作っていたなんて……」

スイーツショップと魔法使いの両立を、ミチルはうまくやってきたつもりだった。 だが現実に、自分の対応のせいでミュルミュールになってしまったポケモンがいる。 自分のやってきたことが、実はうまくいってなかったことにミチルは愕然としていた。
自分がミュルミュール化に追いやったポケモンを、散々自分が見下していたチームカルテットが助けようとしているとは、非常に皮肉な話でもあった。

「ハハッ、ヤブクロンのように入院レベルの毒ガスを吐くポケモンがパティシエ?」

ドレンテもヤブクロンの特性については熟知しているようで、その上でパティシエになりたいと思っていた彼の思いを鼻で笑っていた。

「いや、可能性はゼロじゃないよ」

そう言い切ったのは、トレーナーである故に同じくポケモンの知識に富んでいたモモコであった。

「ヤブクロンって、人見知りが直れば毒ガスを吐かなくなることがあるんだって」

いわゆる公害から生まれたとされているポケモンは、人間やポケモンに有害な物質を撒き散らすとされていることが常だが、その特性をコントロールすることは可能だった。
ヤブクロンもまたその1匹で、彼の毒ガスは彼自身のおどおどした自身のなさそうな性格が具現化したものだったのだろう。

「だから、出来ないなんて決めつけないで! 頑張ってみなよ!」
「____!」

モモコはミュルミュールに『語りかけている』。 怪物と化して会話がまともに成り立たない、そもそも浄化対象に過ぎないミュルミュールを1匹のポケモンとして接するモモコに、ミチルはハッとした。
自分には、ヤブクロンの悩みを理解しようという歩み寄りの精神がなかった。 魔法使いとしても、経営者としても冷たい対応をしてしまったことを真っ向から突きつけられたような気がした。

「あのハリマロン、ミュルミュール相手に語りかけてるっス! あんな真面目な魔法使いもいるんスね」
「ふむ、なかなか面白いお方ですね。 彼女」

テンとセナも、モモコの姿勢に感心していた。
モモコが初めてこの世界に来てミュルミュールを目の当たりにした時も、この対応にミツキ達ですら驚いていた。
浄化をすることに精一杯になりがちだが、ミュルミュールもまた悩める1匹のポケモンでかることを思い出させる。

(ちょっと親近感が湧くな、このヤブクロン。 もしかしたらわたしも、『あれ』のせいで魔法使いが続けられなくなるって、決めつけてたのかもしれない)

ある意味ヤブクロンの悩みに触れたことは、自分の『体質』を心配するモモコにとってもタイムリーだったのかもしれない。 ミュルミュールの動きが止まった今がチャンス____モモコは風を纏った刃で、ミュルミュールの本体であるケーキを真っ二つに叩き斬る。 毒々しい表面を切ったことで見えた断面からは、レモン色のスポンジに白いホイップクリームと鮮やかな赤色をしているイチゴが挟まれているのが見える。
きっとこれが、ヤブクロンの特性で覆い隠されていた、彼の才能なのかもしれない。

「だから、だからさ……諦めないでよ!」

モモコがスタッと体制を整えたと同時に、彼女の胸元から優しい雰囲気を纏った黄緑色の光が放たれる。

「なっ!?」

眩しさで思わず目を細めるドレンテだが、この光景にデシャヴを感じた。 黄緑色の光が1枚の紙切れになるのがうっすらと見えたのだ。
それが何を意味するのか、ミツキ達にもすぐに分かった。

「もしかしてあれって、浄化の曲じゃね!?」
「これが……浄化の曲!?」

もしかしたら、とモモコにも気持ちの昂りが込み上げてくる。 目の前に現れている紙切れ____自分の専用の楽譜を手に取ると、ユーフォニアムの調号で曲が綴られていた。

「今度こそ成功するハズです! よろしくお願いします、モモコ!」
「わ、分かった!」

ライヤの声掛けで、モモコはユーフォニアムに持ち替えるとすぐに曲の演奏を開始した。 全くの所見で、緊張で手が震える。 ピストンの動きもどこかたどたどしい。 それでも、ヤブクロンのために、目の前にいるポケモンのためにモモコは曲を吹き切った。
なお、ベルから黄緑色の光と共に発されたのは竜巻だった。 このことから、モモコの魔法は風を操るものであることが確定的になった。 くさタイプだから、てっきり植物が生えてくるかと思ったけど____なんてコノハは思ったりもしたのだが。

「その魂よ煌めけ! 『勇気のファンタジア』!」

しかし、その威力は今ひとつ。 ミツキ達がそうしたようにミュルミュールが完全に浄化する状態にまでは行き着いていなかった。

(やっぱり、楽器の技術が追いついてない。 それに調子も良くないし……)

魔力の大きさは問題なかったのだが、今日のモモコは非常に不調であることが響いていた。 また、楽器の演奏技術も追いついていないことも効果を薄めている要因のひとつでもある。

「わたくしが追撃しますわ!」

その時、モモコの隣に並ぶようにミチルがとうとう姿を現した。 その手には、モモコと同じユーフォニアムが構えられている。

「ミチルさん!?」

文字通り目が点になっているモモコの方を向くと、ミチルは「ほんと、おバカさんですわ」と薄く笑うとすぐにミュルミュールに向き直り、大きく息を吸い込むと演奏を始めた。

「甘美な心をあなたに! 『魅惑のドルチェ』!」

ベルからは色とりどりの花びらが発生され、それらはミュルミュールを包み込むように待っていた。 花びらからほのかに感じられる甘い香りが、まるでミュルミュールの心を癒すかのようだった。

「ハピュピュール〜」

ミチルの追撃の甲斐あり、ミュルミュールは浄化され元のスピリットへと戻ったのである。

「2匹がかりで浄化なんて、反則だよ!」

まるで幼い子どもの「いーけないんだ」のようにべー、と舌を出しながらドレンテは去って行った。

***

ミツキ、ライヤ、コノハとセナ、テンの家来コンビがスピリットをヤブクロンに戻し、彼を介抱している傍ではモモコとミチルが2匹で会話をしていた。 モモコが浄化に助太刀をしてもらった礼を言っていたのだ。

「ありがとうございます、ミチルさん」
「このおマヌケな魔法使い! わたくしの助太刀がなければどうなっていたことか! だいたい、あんな自信なさげに演奏していたら浄化できるミュルミュールも浄化できませんことよ! それにあの演奏は技術的にも……」

鼓膜が破れそうなほど大きな声で、しかも耳元で説教されモモコは圧倒される。 まくし立てるようなミチルの様子はしばらく続き、頭がまだキンキンしていた。 しかしながら、ミチルは的確にモモコの浄化を評価しており、よく音を聴いて分析していることが伺える。

「でも……あなた、その気になればいくらでも伸びそうですわね」
「え?」
「えぇそうですわ! あなた、モモコと言いましたわよね?」

そうですけど、とモモコが言いかけているにも関わらず、ミチルはびしっ! と鋭い効果音が付くようにモモコを指差し、こう告げた。

「わたくしに追いついてみせなさい!」

もとよりモモコはそのつもりでいた。 一度目はともかく、今回も浄化を完遂できたワケではない。 音の大陸のポケモン達のために、これからもさらにユーフォニアムの技能向上のために精進していく必要があった。

「も、もちろんそのつもりだよ! もっと上手くなりたい! ……ううん、なってみせる!」
「それから、ミチル『さん』はやめて下さいまし。 ミチルでいいですわ」
「じゃ、じゃあミチル! 分かった!」

星空町マジカルベースでは、基本的に歳上歳下関係なしに全員呼び捨てのタメ口で会話をしていたが、流石に別の町の魔法使いにも同じようにするのは気が引ける。 それでも、ミチルがそれを了承したということは彼女がモモコを対等な目線で見ようとしている証拠なのかもしれない。

「いつか……ニナ様をわたくし達でお出迎えするのですわ!」

花鳥風月 ( 2018/08/10(金) 19:42 )