ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第2楽章 星空と魔法の町−Pot pourri−
017 だったら助けて欲しかったです
チームカルテットとチームキューティは、場所を変えようということで星空町の住宅街の中にあるスーノの家に来ていた。
家にはスーノが書いたと思われる、またそれ以外にもたくさんの小説が置いてあった。 天井にまで届きそうな本棚と、本を取るためのハシゴ、そして作業用と思われる机。 その証拠に、電気スタンドや文房具、小物等が無造作に置かれている。
だが、決して散らかっているワケではなく、置いてあるものは必要最低限のものばかりである上に、小物ひとつひとつがアンティーク調で可愛らしい。

「スーノ、学校を卒業して振りかしら。 凄く会いたかったのよ」

居間と思われる広い部屋には、白いソファがガラス張りのローテーブルを挟んで2つ、向かい合わせで並んでいる。
張り詰めたこの空間には、リリィとフィル、そして反対側のソファにスーノがそれぞれ並んでいる。

「……リリィさんだって、最後には見て見ぬ振りしていたのに?」

スーノはおどおどした様子は変わらなくとも、その言葉にはリリィを突っぱねるような意志が見られた。 目を逸らしてふてくされたような顔つきが、より彼女の思いを強調している。
リリィは後ろめたいことがあるのか、目線を自分の膝元まで下げて呟くように謝罪の言葉を投げかけた。

「それは……ごめんなさい」
「私、怒ってますよ。 フィルさんにもリリィさんにも」

「……」

残るチームカルテットとフローラからなる13歳組はというと、居間のドアの隙間から立ち聞きのような形で聞き耳を立てていた。
本当なら先にマジカルベースに帰ってもいいのだが、依頼達成の報告はチームリーダーの役目でもある。 フィルが帰らなければ、依頼を達成したことにならないため、いずれにせよ彼の用事が終わるのを待つしかないのだ。
また、コノハとフローラからすれば有名小説家のスーノ宅に成り行きとはいえ上がることができるという、今の現状からすれば不謹慎極まりない考えも少しあった。

「ねぇ、あの3匹って知り合いだったの?」
「フィルとリリィは確かに学校の時からの同級生で、幼なじみだけど……。 スーノさんも同じような感じ? 話の雰囲気的に」

モモコの問いにフローラが曖昧な形で答える。 同じチームでありながら、唯一歳下のフローラですらフィル、リリィ、スーノの間で起こったことについて詳しいことを知らず、フローラ自身としては非常に歯がゆいものがあった。
いつもキザでドヤ顔が似合うフィルと、そんな彼と言い合っている時に仲介に入ってくれる穏やかなリリィのあんなに深刻そうな顔は、フローラもほとんど見たことがなかったのだ。

「しっ! また何か話すぜ」

ミツキの呼びかけで、13歳組一同は再びフィル達の話に耳を傾ける。

「いじめは見て見ぬ振りされて、フィルさんは私を捨てた。 こんなにダブルパンチくらったら、どうなるか想像つきますか?」

スーノは睨みつけるようにフィルとリリィを見上げる。 その気迫に、リリィは思わず押し潰されそうになった。 フィルはというと、まるで地雷に近いモノに触れられたかのように顔を歪める。 決してスーノと目を合わせようとはしなかった。

「いじめを黙って見てたのは……ごめんなさい。 でも、私スーノのこと本当はとても心配____」
「だったら助けて欲しかったです!」

リリィも、フィルも、立ち聞きしていた13歳組も、スーノの悲痛な叫びに思わず息を呑む。
これ以上ここにいると、自分自身がもたない。 スーノに思ってもいないことを言い返しそうだ____そう思ったフィルは、席をすっと立ち上がった。

「ボク、先帰るよ。 依頼の途中だったし」
「フィル。 まだ話は____」
「もう話すことなんて何もない。 ボクはあの時スーノと別れた。 それだけだ」

それだけスーノの顔も見ずに言うと、フィルはスタスタと居間を後にしてしまった。 フィルに立ち聞きが悟られないよう、13歳組はその場にあったチェストの陰に上手く工夫して隠れる。 身体が小さいから機転が利きやすいのだが、陰が非常に狭いため少しでも動けばバレてしまいそうだった。
フィルの姿を見送る13歳組だったが、一瞬、彼が見せた悲しそうな顔はしっかりその目に焼き付けていた。

「……リリィさんも、帰ってもらえませんか?」
「……」

リリィはもう何も言い返すことができなかった。 力無く立ち上がるリリィも、フィルの後を追うようにその場を後にする。 彼女の瞳には、うっすらと涙の膜が張られているのが13歳組にははっきりと分かった。

「……もう、フィルもリリィもいなくなりましたかね……」

ライヤが恐る恐る玄関付近を確認しようと、生首を少し前方によじらせた時。

「……あなた達、まだいたんですね」

呆れ顔のスーノと目が合ってしまった。

***

結果的に、自己紹介がてらに13歳組はスーノからお茶とお菓子をいただきながら話を聞くことになってしまった。
歳下であることと初対面であること、そしてコノハとフローラがスーノのファンであることが救いとなり、スーノはフィルやリリィほどの気の張り詰めた雰囲気を5匹に出すことはなかった。
スーノは白地に花でラインが作られたティーカップを静かに置くと、ようやくフィルとリリィについて言及し始めた。

「そうでしたか。 あなた達がフィルさんとリリィさんの……」
「この度はほんっとうにすみませんでした! フィルもリリィも、人気小説家のスーノさんにとんだご無礼をしていたんじゃないかしら!」

小さな身体のフローラが、ますますその身体を小さく折り畳んでスーノに向けて土下座していた。
その様子が可愛らしかったのか、ようやくスーノが初めてポケモンを相手に微笑みを投げかけてくれた。

「いえ……フィルさんもリリィさんも、学校でとても私に良くしてくれた方達です」
「やっぱり、スーノさんってフィルとリリィと同級生だったんだな」

ふとミツキは、自分が何気なく言った言葉にひとつの違和感を覚えた。

(にしては、あいつらほどスーノさんのこと学校で見かけたことなかったな。 学年違うし、代が被ってた時期も短いとはいえ……)

しかし、その違和感はスーノの口から出た言葉ですぐに解かれた。

「はい。 とは言っても……私は6年生の卒業式以外は不登校でしたが」
「そうだったの……」

コノハは口を噤んでしまう。 あまり触れられたくないところに触れてしまったかもしれないと、少々気まずそうだったがスーノは「昔のことなので気にしないで下さい」と付け加えた。
話題を広げるために、続いてライヤがスーノに問う。

「フィルやリリィとは、どういう関係だったんですか?」
「フィルさんは……昔の恋人、いえ、恋ポケでした。 リリィさんはフィルさんの幼なじみでもあって私の親友だった方です」

***

____学校に通ってた……私が4年生ぐらいの時でした。 ちょうどフィルさんとリリィさんが、魔法使いになる年の。
リリィさんと元々仲がよかった私は、彼女の紹介でフィルさんとも関わるようになったんです。

「スーノ……キミが好きなんだ。 ボクと付き合って欲しい」

____優しくて気遣いができて、魔法使いの仕事に誇りを持っていたフィルさんは、私の憧れでした。 ですが、フィルさんは周りの女の子達からも『もてもて』で、私のような地味な子は不釣り合いだと思っていたんです。

「えぇっ!? 私みたいな地味な子よりも、かわいいポケモンたくさんいるじゃないですか!」
「キミの繊細で優しい心に惹かれたんだ。 言葉選びもとても上手だから、ボクも元気付けられたり、時々ハッとさせられることもある」
「分かりました。 私でよければ……!」

____こうして私達は付き合うようになりました。
そして、初めてのデートで訪れた場所が『陽だまりの丘』だったんです。

「この陽だまりの丘って、太陽が優しく語りかけてくるみたいで、ステキな場所ですね!」
「キミは本当に言葉を紡ぐのが上手だね。 詩人とか小説家とか向いてるかもね」

____思えば、私が小説を書くキッカケになったのもフィルさんでした。
フィルさんに言われちゃったら、私、嬉しくなっちゃって。 11歳になった時、音の大陸が主催の小説コンテストに作品を出してみたんです。 そしたら、偶然にもデビューが決まったんです。

「凄いじゃないかスーノ! やっぱりキミには、こういう才能があったんだよ!」
「えっ、凄いわよスーノ! 音の大陸の小説家デビュー、最年少記録更新ですって!」

____フィルさんやリリィさんは自分のことみたいに喜んでくれて、とても嬉しかった。
でも、いいことばかりではありませんでした。

「ブスのくせに調子乗ってんじゃねぇよ!」
「ちょっとフィルくんに気に入られて、小説家デビューしたからって、いい気にならないでくれる? ウザい」

____今思えば、妬みからくるいじめでした。 フィルさんに知られたくなかった私は叩かれたりした傷跡や、ボロボロになった学校の教材を必死で隠しました。 でもある時、フィルさんにバレてしまったんです。

「別れよう」
「ど、どうしてですか!?」

____何度理由を聞いても、フィルさんは答えてくれませんでした。 結局、私のいじめは悪化する一方。 リリィさんも、周りの子達に脅されたのか私を助けてはくれませんでした。
やがて、学校に行くのが辛くなった私は不登校になり、出席したのは卒業式だけでした。
卒業してからは、ずっと家にこもって小説を書いていたので、フィルさん達に会うことはほとんどなかったんです。

***

「信じられなぁああああいッ! フィルのヤツ、スーノさんみたいなステキな女の子になんてことしてくれてんの!」

一連の話を全て聞いたフローラが、頭を抱えながらフラエッテの可愛らしさをマイナスに振り切るような顔をして絶叫している。

「リリィもリリィですよ。 どうして助けてあげなかったんでしょう……。 怖いかもしれませんが、助けてあげるのが本当の友達のハズなのに」

ライヤもリリィに対して引っかかりがある様子である。

「で、でも! リリィさんはきっと周りの子達に脅されてたんだと思うんです。 なのに私……あんなこと言って……」
「助けて欲しかった、ってこと?」

モモコの問いにスーノは「それとも違うような」と首を傾げる。 そして、暫く黙り込むとあるひとつの答えにたどり着いたのか、ようやく口を開いた。

「……多分、本当は助けとかじゃなくて、そばにいて欲しかっただけなのかもしれません。 フィルさんに対しても、きっと同じだったと思います」

スーノは優しいポケモン____13歳組が彼女に抱いた印象は、それだった。
大切な親友にも彼氏にも裏切られてもなお、彼らのことを分かろうとしている。 分かっている。
それでも、いざ対面して言ってしまう言葉は、思ってもいないことだ。
このような出来事があったうえで、フィルやリリィは今どう思っているのだろう、モモコはふと、そんなことを考えていた。
リリィは自分と関わりも少なく、フィルはやたらと自分自身を取り繕おうとする。 ミツキとギスギスしていた時とは、また違った難しさだった。

***

「今日は話を聞いて下さり、ありがとうございました」
「いいってことだ」
「今度はリオンも連れて行きたいわね。 時間が合った時に、また遊びに来てもいいかしら?」

コノハの問いに、スーノは快く答える。

「もちろんです。 あなた達なら、話しにくいことも話せる気がします」
「さよーなら! 身体には気をつけてください!」

スーノは見えなくなるまで手を振る13歳組を見送る。 やがて周りに自分しかいなくなると、スーノはまた表情を曇らせ、深い溜息を吐いた。 久しぶりにいろんなポケモンと話して、知らないうちに気疲れしていたのだろう。

「……あの方々も、私のこと、めんどくさい奴って思ってるかも……いいえ、でもそんなハズありません! あの方々は魔法使いですから! でも、ビジネスで付き合ってるだけなのかも……」

気持ちが矛盾していること、自分の何がいけないのか、スーノは分かっている。 でもそれを矯正するのはなかなか難しいもの。 裏切りやいじめの辛い過去は、振り切ることが出来るポケモンの方が凄いと言われている。

「私って、どうして自分も他のポケモンも信じられないのでしょうか……こんな気持ちで小説なんて、書けるわけがありません」

自分に自信のない背中を向け、スーノ家に入ろうとした時だった。

「しょんぼりしてるのはあなたね?」

変装用と思われる、黒い帽子を被ったソナタがスーノの前に現れた。 だがチームカルテットと別れてから外には自分しかいなかったハズでは。 スーノはおどおどした様子でソナタに尋ねようとした。

「え? あ、あの……どこから____」
「へぇー、スピリットが今にも真っ黒になりそうね。 丁度いいわ」

ソナタはスーノのスピリットが殆ど光っていないことを確認すると、じりっ、と彼女に近づく。 するとスーノはひっ、と声にならないほど小さな悲鳴を上げ、後退りする。

「あなたのスピリット、解放しましょうよ!」
「キャァーッ!」

ほんの数十秒の出来事。 黒い光を浴びたスーノは、クリスタルの中に閉じ込められ、スピリットと分離してしまった。

「ハッ!」

一方、広場の方まで戻って来た13歳組。 コノハが何か大きな存在に反応したように、住宅街の方をばっ、と振り向く。 モモコが「どうしたの?」と尋ねるとコノハはますます毛を逆立て、ナニカを感じ取っている。 この雰囲気はもしかすると____ミツキ達はコノハの様子を見て確信した。

「かなり大きなミュルミュールの気配を感じるわ」
「コノハが気付くってことは、かなりヤバいヤツが来てるってことか」

やっぱりか____ミツキも険しい顔をしながらコノハと同じ方を向く。

「スーノさん家の方よ、行きましょう!」

13歳組がスーノの家の方まで引き返すと、既に住宅街で暴れているミュルミュールがいた。 先程までお邪魔していた家の前には、クリスタルの中に閉じ込められ、ぐったりした様子のスーノがそこにいた。

「と、豆腐?」

ミュルミュールの姿を目の当たりにして、思わずコノハは拍子抜けた声を上げる。

「豆腐だな」
「豆腐だね」
「豆腐ですね」
「豆腐よね」

今日のミュルミュールは、豆腐。 パワーこそは他のミュルミュールと変わらないが、柔らかそうなため、少しの衝撃でも簡単にやられそうだった。
数ある住宅の屋根の上で高みの見物をしながら、高笑いを上げているソナタはようやく13歳組の様子に気付いたようだ。

「来たわね、魔法使い! ミュルミュール、あなたの本音をぶちまけちゃいなさい!」

ソナタのその合図で、ミュルミュールはチームカルテットに向かって拳を振り下ろす。 13歳組はそれをさっとかわすと、それぞれウェポンを構える。

「豆腐は切っちゃえばいいよ!」

モモコが剣でミュルミュールの本体を切り刻もうとすると。

「えっ!?」

ミュルミュールの身体が岩のように固くなった。 本質は柔らかいが、誰かが近づいたり攻撃を仕掛けると、固いもので身を覆う。 これがこのミュルミュールの特徴なのだろう。

「私には、無理!」

ミュルミュールはそう叫びながら、チームカルテットを次々となぎ倒していく。

「せっかく優しくしてくれるポケモンも、自分を訪れてくれるリリィさんやフィルさんも、信じられない! 信じるのが、怖い!」

怖い。
その言葉にチームカルテットははっとするように反応する。
怖い、なんて言葉は誰だって簡単に発することが出来るものではない。 本当にどうしようもなくなったときに出てくる言葉、それをポケモンの心そのものであるミュルミュールが発したということは。
そう分析している間にもミュルミュールの猛攻は止まらない。 八つ当たりするかのように、力任せに地面を殴り、ミツキ達の足場を減らしていく。

「スーノさん! 今助けるから! 『レインボーシュート』!」

フローラがウェポンのジョウロをバズーカのように構え、虹色の大爆発をミュルミュール目掛けて放つ。 流石はシルバーランクの魔法使いといったところか、威力はかなり大きくミュルミュールの体勢を崩すことには成功した。
悪い足場で立っているのがやっとなチームカルテットに、フローラは尋ねる。

「チームカルテット! まだいける!?」
「い、いけます!」

チームカルテットはほうきを召喚すると、空中戦へと切り替えた。 このうちミツキは、まるで人間でいうサーフボードのようにほうきに立ち乗りすると、手裏剣を次々と飛ばしていく。 モモコやコノハも、サーベルから竜巻を発生させたり光の雨を降り注がせる。 ライヤのサポートも欠かしていない。
しかしそれでも、ミュルミュールの攻撃は見かけによらず素早く、パワーも申し分ない。 チームカルテットも向かい打とうとするも、どうしてもスピードが追いつかずに返り討ちにされるがまま。
コノハやミツキが「大きな力」「ヤバいヤツ」と言っていたのも頷ける強さだ。

「これが、スーノさんの本心なのね……」

フローラが悲しそうに呟いている。 それでもチームカルテットは、諦めるような魔法使いではない。

「今は落ち着け、スーノさん!」

ミツキはケロムースを投げつけ、ミュルミュールの足を覆おうと試みた。
が、ケロムースでさえもミュルミュールに通用しない。 ミュルミュールはケロムースをぶち破るかのように足を無理やり動かし、それから逃れた。

「『アニマート』!」
「これでどうよ、『チャーミングフレイム』!」

ライヤの魔法で火力が上がって炎の輪を喰らい、ミュルミュールはよろめく。 フローラの攻撃が効いている証拠だった。

「『トルナード』!」

続けてモモコが、ほうきから飛び降りながら竜巻を纏った刃でミュルミュールに止めを。

「うわあッ!」

刺せなかった。 ミュルミュールは大きな手をモモコの背後に回し、彼女の右足を掴むと放り投げるように地面に叩きつけた。

「フン、信じるのが怖いですって? 周りなんて気にしてたら、やってけないわよ」

ソナタはスーノの悩みを馬鹿にするように呆れていた。 そんな下らないことで悩んでいたのか、と言わんばかりに。

「確かに、自分の気持ちを押し殺したりしなきゃいけない時って、来るかもしれない。 でもそれって、それほど周りのことを考えられるからだよね!」

モモコはそう言いながら剣を杖代わりに地面に突き立て、よろめきながらも立ち上がる。
モモコの言葉に続けるように、ミツキも言いながら、手裏剣を投げ飛ばす。 ミュルミュールの足場は手裏剣に囲まれて、思うように動くことが出来なくなっている。

「例え周りの目気にしなきゃいけなくても、その中で精一杯の自分らしさを出せればいいんだ!」

隙だらけのミュルミュールを、フローラが再びジョウロから放たれる虹色の爆発で攻撃する。

「スーノさんなら、きっと出来るわよ!」
「アタシ達、スーノさんのファンだもん! 応援するわ!」

続けてコノハも、口から炎を発しながらスーノの心に呼びかける。

ミュルミュールがチームカルテットの言葉の効果もあってか弱り切り、今こそが浄化のチャンスとなった。

「今よ、モモコ!」
「え、えっ!?」
「ミュルミュールの浄化をお願い!」

そう言うフローラに浄化を任されたのはモモコだった。 ウェポンと楽器を持ち替えるたモモコは楽器に息を吹き込み、浄化に取り掛かろうとする。

(確か……練習しとけって言われた曲があったハズ!)

練習の最中に、マナーレから渡された『練習用』の楽譜をちょくちょく見ながらも、モモコはミュルミュールを浄化しようとした。 ミュルミュールはベルから発せられた風と光に包まれて浄化されていく。
はずだった。

「き、効いてない!?」

浄化の失敗に驚き、マウスピースから口を離すモモコ。 隙ができてしまい、ミュルミュールに殴られると地面に叩きつけられるように倒れ伏す。

「モモコ!」

ミツキ達が駆け寄ると同時に、モモコのユーフォは光の粒となり消えてしまった。 演奏不可能となると、こうなってしまうのだろう。

「スーノさんの心がとても弱っているから!?」
「いや、それだけじゃねえ。 その弱っている心を浄化するほどの技術が、まだこいつにはないんだ」
「そんな……」

傷を負ったモモコは、ミツキ達に肩を貸してもらいながらも何とか起き上がったが、もうミュルミュールに立ち向かえそうにはなかった。
このままミュルミュールを浄化できないのか____そう思っていた時だった。
桜色のリボンが宙を舞い、ミュルミュールを攻撃していた。
それだけではない。 大きなハンマーがミュルミュールの頭上から襲いかかり、一気に叩きつけた。

「やれやれ、仕方ないな」
「フィル!? それにリリィも!」

フローラは思わぬ助っ人の登場に、声を張り上げるほど驚いていた。

「大きな物音がすると思ったら……スーノ、キミだったとはね」

フィルは悲しそうにミュルミュールを見つめると、誰にも聞こえないぐらいのピアニシモで、確かに呟いた。

「ボクはやっぱり、キミのことを忘れられないみたいだ」

そう言いながらフィルは、一気にミュルミュールに接近して自身のウェポン____新体操で使うようなリボンで攻撃を仕掛ける。 自在に伸びるこのリボンはかなり丈夫に作られた特殊な魔法のリボンであり、動きを封じるために拘束したミュルミュールも脱出することができない。

「今だ、リリィ!」
「トキメキを思い出して! 『愛嬌のカンタービレ』!」

フィルの呼びかけに頷いたリリィは、チューバを召喚させると楽器特有の重低音でミュルミュールを包み込む。 重低音と聞くと、ゴリゴリのいわタイプのような逞しい音を連想されるが、リリィのそれは違った。 支えはあるが、彼女の繊細で優しい性格が伝わってくる。
藤色の光に包まれて、やがてミュルミュールは浄化されて元のスピリットへと戻っていった。

「ハピュピュール〜」
「せっかくいい所までいったのに! もう、ストレスでお肌荒れちゃうわ!」

ソナタが悔しそうにキーッとハンカチを咥えながら消え去ると、コノハはスーノにスピリットを返し、介抱してやる。
ミツキはフィルとリリィに向き直り、礼を言う。

「サンキュー。 フィル、リリィ」
「ミュルミュールがスーノって分かった時、どうしても助けたいって思ったの。 私も、そしてフィルも」
「そ、それは……スーノのためっていうか、町のためだよ」

やや照れ臭そうにフィルが答えた。 一方で、ミツキは2匹の対応を見てスーノの話を思い出す。
2匹は確かに、一度スーノを見捨てたのかもしれない。 でももしかしたら、それはかつて自分がユズネのことがあって周りに心を閉ざしていたように、何か理由があってのことなのかもしれない。 でなければ、今だってこうしてスーノを助けることはなかった。

「でも、ごめんね。 わたしが浄化に失敗しちゃったから」

傍では、モモコが浄化の失敗のことを引きずって肩を落としているところをライヤが励ましていた。

「大丈夫ですよ。 単独の浄化は初めてでしたよね」

そうだけど、と返すモモコは相当気にしている様子であった。 1回の、経験が浅い中での失敗も大きく受け止めてしまうタチなのだろうか。
あまりにも落ち込んでいるモモコを見て、リリィは何か声をかけてやろうと思ったのか、勇気を振り絞るように彼女に労いの言葉を投げかける。

「と、遠くからもあなたのユーフォ、聞こえてきたけど……。 短期間であのクオリティは、凄いと思うの……」
「あ、ありがとう!」

まさかリリィからそういった言葉が返ってくると思わなかったのか、モモコは驚きと喜びを隠しきれない。
そんなモモコの肩に、ミツキはポンと手を置いて続けた。

「ま、今度から失敗しないように気をつければいいんじゃねーの?」

次こそは絶対に浄化を成功させるんだ____ミツキの言葉がさらに起爆剤になったのか、モモコはさらに精進していこうと心に密かに誓っていた。

花鳥風月 ( 2018/07/25(水) 00:09 )