ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第1楽章・はじまりの1週間 −Ouverture−
007 まっさらな状態で
「チームカルテットの今日の依頼はねー。ここから南東にある『諸刃の洞窟』で、行方不明になったヒコザルを助けるんですって」

 ポスト部屋にやってきたチームカルテットに対して、依頼仕分け係のフローラが気を利かせて依頼確認を行ってくれた。
 諸刃の洞窟というダンジョンの名前を耳にし、ライヤとコノハの顔が一気に険しくなる。

「諸刃の洞窟って言えば、地盤が緩んでいてかなり危険な地域ってウワサよ。注意して行かないとね……」
「洞窟だからか、いわタイプやじめんタイプのポケモンが多いですよね。あと、地下に湖がある関係でみずタイプのポケモンも少し」
「アタシやライヤにはちょっぴり厳しいかも」
「逆にミツキとモモコがキーになりそうですね」

 ミツキは「はぁ?」と抜けた声を出しながらモモコを指差す。

「俺と、こいつが?」
「これを機に、2匹のチームワークを高めていって下さい!」

 ライヤは御構い無しにミツキとモモコに、ちょっとばかり威圧的な笑顔を向ける。

「……」
「……」

 2匹はお互いの顔とライヤを交互に見つめながら、確信した。こういう時のライヤには逆らえない__ようやく初めて、ミツキとモモコの利害が一致した気がした。

「足引っ張るような余計なことはすんなよ」
「分かってるよ」

 やっぱりいちいちムカつく。しかし、足引っ張りにはならないようにしないと。この時のモモコの気持ちの持ちようは、さっきライヤ達から話を聞いての今であることもあってか、若干複雑であった。

「もう、ミツキ! 新入りちゃんに対して何よその言い方!」
「お前は黙ってろ、チビギャルフローラ」
「な、なんですって!?」

 ミツキとフローラがモモコをめぐって言い合っている傍で、コノハはしかめた顔をしてライヤにこっそりと耳打ちをした。

「ちょっと、ライヤ。確かにフォローするとは言ったけど、いくらなんでも__」
「コノハは、気付きませんでしたか?」

「マナーレはああ言ってましたが、モモコにはポケモンの心の闇に飛び込む勇気があります。初めて会った時もそうですけど、ユズネの話だって、割り込んできた時に手が震えていました。飛び込むのが怖かったハズです」
「そうだったの!? アタシ気づかなかったわ」
「それに、僕も痺れを切らしていたところでした。今の状況は、どっちにしてもミツキにとっていいワケがないですよね。マナーレはモモコを部外者と言って、これ以上ミツキもモモコも傷つくのを避けようとしていましたが、むしろ今、まっさらな状態でミツキと関われるモモコがキーになるんじゃないか……僕はそう思いました」

 頷きながら「なるほど、その発想はなかった」とコノハは納得する。
 ライヤは純粋に勉強が出来る方だけでなく、ポケモン同士の関係を読み取る方でも頭がいい。落ち着いて周囲の空気を分析するライヤはコノハにとって、幼馴染としても同じ組織に属する1匹の魔法使いとしても、改めて尊敬できる存在なのだ。
 そういうところが、ちょっとギャップを感じてときめいちゃったりもするのだが。

「流石ライヤちゃん、観察力にも優れているのね」

 ディスペアが現れたのは、コノハがそんなことを考えていた時だった。ライヤとコノハの間に割って入るように、にょきっと生首を生やすディスペアに、コノハは思わず声を裏返らせた。

「ディスペア! どっから出てきたのよ……。ってかいつからそこにいたの!?」
「諸刃の洞窟に注意して行かなきゃー、ってところからかしら。元々フローラちゃんの仕分けの手伝いに来たんだけど、お取り込み中みたいね」

 ディスペアは答えながら、じっと少し離れたところにいるモモコを見つめていた。まるで何か面白そうなおもちゃでも見つめるかのようなその目をする彼(彼女)の真意は、ライヤとコノハには読み取れない。

「私にも何となくだけど分かるわ。モモコちゃんって、不思議な雰囲気の子よね」
「不思議な雰囲気……?」

 コノハが首をかしげる。

「自分のことのように、他のポケモンのことを本気で気にかけてるなんて、今のご時世じゃ珍しいくらい」

 話についていけないライヤとコノハをよそに、ディスペアは語り続ける。

「あの子、タダモノじゃないわ。チームカルテットだけじゃなく、マジカルベース……いいえ、この世界をも変えてくれるかもしれないわね」

 そのディスペアの言葉は、まるで先を見据えているかのようであり、ちょっと大袈裟に聞こえた。
 コノハはこうした全てを見透かしたようなディスペアの態度だけはあまり得意ではなく、ケラケラと笑いながら誤魔化そうとした。

「な、何言ってるのディスペア。それは流石に盛りすぎー!」
「え、いや……」
「ミツキ、モモコ! 行きますよ!」

 ライヤは、まだ言い合っているミツキとモモコに向かって少し大きめの声を投げかける 2匹はまずいと思ったのか、すぐにライヤとコノハのもとへ駆け寄り、依頼へと向かった。
 ディスペアはというと、そんなチームカルテットとモモコの後ろ姿を見送ると、頬を膨らませながら呟いた。

「……もぅ、本気なのに」



* * *



「モモコと、チームカルテットのメンバーのミツキ……」

 クライシスのアジトで、三幹部は何枚かの資料と映像を目にしていた。ボス(と3匹が慕う何者か)が入手したチームカルテットやモモコに関する情報であり、これらを元にモモコ捕獲のための作戦を立てている。

「ユウリ様が仕入れた情報によれば、完ッッッ全に相性最悪ね」
「顔合わせる度にケンカしてるんだろ? そもそもミツキの方が頑固者で一方的にモモコに辛辣なようだが」

 しかし、ドレンテだけはそうは思わなかったようだ。

「そうでもなさそうだよ。2匹は、この前の時計台の戦いで何も感じなかったのかい?」

 いや。別に。グラーヴェとソナタは何食わぬ顔で即答。ドレンテからしたら大人2匹は鈍感そのものであり、はぁと呆れるように深い溜息でその感情を露わにする。

「ミツキ……キミは目障りだ。ボクにとってのモモコがどんな存在か、知らないくせに……」

 ブツブツとドレンテは独り言を言い始めた。どうもこんな光景は珍しいらしく、グラーヴェは少しばかり驚いている。彼の上に足を組んで座っているソナタは、逆に面白がるようにくすくす笑っている。

「珍しくドレンテが感情的になってら」
「でもまぁ、その憎しみの感情が暗黒魔法のいいエネルギー源なのよ。くすくすくす!」



* * *



「ここが諸刃の洞窟ね」

 チームカルテットとモモコが依頼に向かった諸刃の洞窟は、音の大陸の南東地区に位置する洞窟だ。海に近い場所ということもあり、土地を形成する土は湿り気が強い。地盤が他の土地に比べると緩く、土砂崩れに巻き込まれる危険性も非常に高い。別の大陸にも、海岸に直接面した洞窟や湿気の強い岩場があるのだが、元々音の大陸自体が他の大陸と比べても湿潤な環境であるため、事情がまた変わってくるのだ。

「行方不明になったヒコザルを探しましょう!」

 生真面目なライヤがコノハと共に先陣を切り、一行は洞窟の中へと進んで行った。
 洞窟であるだけに見通しは非常に悪く、ポケモンのミュルミュール化が相次いでいるという物騒なご時世のせいか、どことなく洞窟内の空気も張り詰めていた。

「うわっ!?」

 見通しが悪いだけでなく、足場も悪いこの洞窟。少しでも気を抜くと今モモコがそうなったように、転びそうになってしまう。

「ったく……ここは足場が崩れやすいんだ。足元には気をつけろよ」
「わ、分かってるよ!」

 悪態をつきながらも、なんだかんだちょっと過保護気味に心配はしてくれる。話を聞いた後の補正無しでも、やっぱりミツキは根はいいヤツだと、モモコは思いたかった。
 それでも、言い方にトゲがあってムカつくものはムカつくのだが。

「他にも、クライシスの暗黒魔法の影響で縄張りを持つポケモン達も不安定になっているんです。襲いかかってくることもありますから、気をつけ__」

 丁度いいタイミングで噂をすればと言わんばかりに、ひこうタイプのポケモン達がこちらに向かって迫ってきた。

「「キシャアアアアーッ!」」

 一行に襲いかかってきたのは、こうもりポケモンのズバットの群れ。 キィキィと超音波のような鳴き声を上げながら、4匹を巻き込むように暴れている。

「ず、ズバットの群れです!」
「一般ポケモンとのバトルでは、魔法を使うのは禁じられてるの。技だけで戦いましょう!」

 魔法使いだからと言って、いつでも何処でも魔法を使っていいワケではない。魔法使いでないポケモン達と共存する以上は、魔法使い側に規制がかけられている。それがこの世界でのルールだった。

「いくぜ、『みずのはどう』!」
「『10まんボルト』!」
「『ほのおのうず』!」

 ボール状になった水の塊が、赤い頬袋から放たれる電撃が、大きな渦を描く火の粉がズバットの群れに襲いかかる。ポケモントレーナーとしてならばこうした局面に立たされたことは何度もあるモモコだが、今は自分自身がポケモンを相手に立ち向かわなければならない。

「ど、どうしよう、技って何使えば……」

 ポケモンになってから戦ったことのないモモコは、その場で立ち往生するしかなかった。それでも、ポケモンバトルの経験自体がないわけではない。ポケモンのタイプ相性も、技の効果や威力も理解している。

(いいやっ、一か八か!)

 とりあえず、今はその場しのぎに自分にもできることを考えないと__ただただ必死でモモコは力を込めていた。

「いっけぇえー!」

 繰り出された技は、ハリマロンの頭のトゲから放たれる無数のミサイルのような攻撃。なかなかの威力を誇っているのか、ズバット達は観念するように散り散りになって逃げて行った。

「い、今のは『ミサイルばり』……」

 モモコがまだ信じられない様子で瞬きを繰り返していると、コノハが一息つきながらすたっ、と華麗に地面に足を付ける。

「ふぅ、何とか蹴散らしたわね」
「こんなん、俺1匹で蹴散らせたってのに」

 ミツキが面白くなさそうに舌打ちをすると、それに気づいたコノハが軽くあしらうように答える。

「そうかもね」



 洞窟を進めば進むほど、足場が徐々に狭くなっていく。四足歩行ができるライヤやコノハなんかはそのまま通ることができるが、ミツキやモモコなんかは岩壁に沿って慎重に歩くようになってきた。
 下を見てみると、今にも吸い込まれそうな深い闇が広がっていた。よく見てみようにも、あまりにも暗いために見えそうにない。とてもではないが、ここから落ちた後のことを考えたくもない____モモコは心なしか顔を強張らせる。

「慎重に行きましょう」

 幸い、先程のようなポケモンの群れには出くわしそうにない。とにかく落ちないように安全に進むことを最優先に、一行は先を急いだ。
 そんな彼らの様子を、クライシスの面々が遠くの天井に張り付くように見張っていた。

「ここに攻撃を仕掛けて、ミツキとモモコを2匹だけにする。そうすれば、依頼主を見つける前に自滅し合うだろう。ライヤとコノハにしても、ここはじめんタイプのポケモンが多い。ミュルミュール以外に魔法が使えなければ太刀打ちできまい」
「ミツキとモモコの……2匹きり……」

 ぼそり、とドレンテはチームカルテットを見つめながら確かに呟いた。
 ミツキとモモコの共倒れは、クライシスとしては好都合だ。しかし、『2匹きり』という単語がどうもドレンテの頭からこびりついて離れない。それと同時に、ドレンテの心には言葉にできないようなもやもやが、ぶわっと霧のように広がっていた。

「どしたの、ドレンテ。怖い顔して」

 ソナタに覗き込まれて、ドレンテは「えっ!?」と間抜けな声を出しながら我に返る。気付けばソナタだけでなく、グラーヴェも自分に向けて怪訝な眼差しを送っているものだから、「そんなに怖い顔だったかなぁ」とドレンテは頬を膨らませる。

「モモコが絡むと、お前変だぞ。さては好きなんじゃないのか?」
「ま、まっさか! モモコのことはユウリ様に献上するために捕まえたいだけだよ! ボクは使命には忠実でいるつもりだからね」
「ふーん」

 慌てて弁解しようとするドレンテに対して、ソナタは興味がなさそうに答えると、再びチームカルテット達に視線を移した。
 4匹はいつ崩れるか分からない足元に気を取られながら先を進んでおり、天井の方に気を配る余裕がない。それはドレンテ達からしたら絶好のチャンスだった。

「今だ!」

 しめた。
 ドレンテはその場からミツキの足元狙って黒い塊____シャドーボールを放つ。距離もあるため、当たるかどうか多少の不安があったが見事的中。足場が崩れた拍子に、思わずミツキは壁から手を離してしまった。

「__ッ!?」

 真っ先にそれに気づいたのが、ミツキの隣にいたモモコ。振り返ると、崩れた足場にしがみつくように、その場で何とか持ち堪えながらぶら下がっているミツキがいた。

「ミツキ!?」

 モモコの声に気付いたライヤとコノハも引き返してきた。ただでさえ緩い地盤、今ここで耐えられたとしてもいつ崩れてしまうか分からない。
 そうだ、とモモコはミツキをここまで引き上げるために、彼の身体につるのムチを巻き付けた。「今、引っぱるから!」と蔓を引っ張り上げるモモコの表情は、ミツキの視点からは半分しか見えなかったが必死であることだけは分かった。
 自分の不注意で、また同行しているポケモンに負担をかけさせてしまった__ミツキは罪悪感に見舞われていた。
 モモコがあと少しでミツキを地上側に戻すことができる、そう思っていた時だった。

「!?」

 モモコの足元まで音を立てて崩れてしまった。予想外の事態で、且つミツキを引っ張り上げようとしていたものだから、後ろからさらに差し伸べられているライヤの手を取る余裕もなく。
 2匹はそのまま闇の中へと真っ逆さま。

「「うわあぁああーッ!」」
「ミツキ、モモコ!」

 断末魔と共に闇へと消えていく2匹を目で追うコノハの隣で、ライヤが何かの気配に気づいたのか、ハッとしたように遠くの天井に目をやった。その視線の先に映っていたのは、四足歩行をする小さなポケモンの影。
気付かれたか__そう思ったドレンテ達クライシスは、ライヤと視線を合わせる前にその場から撤退した。

「どうしたの、ライヤ?」
「ミツキとモモコが落ちて行ったのは、きっと誰かの仕業です!」
「何ですって!?」

 こんなことするのは、だいたい察しがついているが__だからこそ、ミツキとモモコだけでなく、もしかしたら依頼主にも危害を加えられるかもしれない。ライヤとコノハの心には危機感がふつふつとこみ上げてきた。

「先を急ぎましょう、ライヤ。奥に行けば、あの2匹にも会えるハズよ!」
「はい!」

 2匹は洞窟のさらに闇の向こう、奥深くへと進んでいった。

花鳥風月 ( 2018/05/22(火) 10:48 )