ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第1楽章・はじまりの1週間 −Ouverture−
002 魔法使いになるってのは
「分かった、わたし魔法使いになる!」
「いいやダメだ! 俺は絶対に認めない!」

ライヤとコノハから魔法使いにスカウトされたモモコ。 しかし、2匹の幼馴染でチームメイトのミツキはそれを断固拒否。
口数が比較的少ない印象のミツキがここまで感情的になるとは、余程の事情があるのかもしれない。 モモコはそう理由付けをしてみる。

「魔法のこと何も知らないような奴をチームに入れたら、足手まといが増えるだけだろ」
「そこはアタシ達でサポートすればいいっしょ? ライヤも言ってたじゃない」

それはそうだが。 ミツキはなんとしてでもモモコを認めるワケにはいかないようで、何か他に上手い言い訳はないかと思考を巡らせる。 そしてようやく、自分でも一瞬言葉にするのを躊躇うもそれを吐き捨てるように言い放った。

「だいたい、こいつは何の理由でここに来たどこのどいつなんだよ? その辺ハッキリしてないような、得体の知れない奴を仲間にできるかってんだ」

ここまで言われると、流石にモモコも黙らずにはいられない。 思わずまくし立てるように負けじとミツキに言い返す。

「え、得体の知れないって何さ! まるでバケモノみたいな言い方しないでよ! 確かにわたしがなんでポケモンになってこの世界に来たのかとか、分からないけどさぁ……」
「だったら尚更! そもそも、人間がポケモンになるなんて話は都市伝説レベルだし、そんな魔法も聞いたことねぇよ。 どこでそんな魔法使ったんだよ?」
「こっちが聞きたいよ!」

まるでレックウザとライコウのようにいがみ合うミツキとモモコ。 2匹の間には互いへの憎悪から発せられた火花が散っているようにも見えた。 それを見かねたライヤは、2匹の間に割り込むように入り込んだ。

「まあまあ、ミツキもモモコも落ち着いて」

ライヤの仲介も虚しく、ミツキとモモコの言い合いはさらにヒートアップする。

「こいつの素性がハッキリしないことを抜きにしても、無防備でミュルミュールに向かっていくような死に急ぎ女、置いておいたら危険すぎるっつーの!」
「別に死に急いでなんかない! 確かにあれはわたしが悪かったから、次からは気をつける! それじゃダメなの?」
「それで魔法使いとしての実績があるならまだ100歩譲って考えるかもしれねぇ。 けど今のお前は足手まといのくせに無防備極まりない! 救いようがなさすぎるだろ!」
「____いい加減にしないか」

2匹の白熱する口喧嘩に終止符を打ったのは、再び割り込んだライヤの一言であった。 しかしながら、ライヤの声のトーンは先程と比べても明らかに低く、ドスが効いている。
ミツキとモモコを見つめる彼の目は、光を失って笑っていない。
これはまずい____本能でそう感じた2匹は口をつむいだ。

「まだ夜明けだってのに、近所迷惑なの分からないんですか」
「「……すみません」」
「分かってくれればいいんです。 今日はもう遅いですし、ひとまずは宿舎に戻りましょう」

幼馴染であるミツキは、ライヤは怒せると非常に怖いということを思い出し、心の中で「そうだった」と呟いた。 モモコはというと、1番怖いのはライヤなのかもしれないと確信した。

(こいつの名前、モモコって言ったよな……。 でも、こんなアホっぽい奴がそんなハズないか……)

一緒に頭を下げていたモモコを横目で見ながら、ミツキの脳裏に1人の人間の少女の姿が映される。 それが過去のフラッシュバックであることは自分でも分かっていた。
白いキャスケット帽を被った、漆黒の長い髪を持った女の子。
ぶんぶんとその記憶を振り払うように頭を横に振ると、ミツキはライヤ達に着いて行くように宿舎へと戻って行った。

***

朝礼までまだ時間があることが分かり、モモコはコノハの厚意で彼女の部屋で仮眠を取ることにした。 コノハも仕事前に「ちょっと一眠りしたかった」とのことであり好都合だったのだ。
ピンクのリボンと白いレースをあしらったブランケットに包まって、小さなソファの上で寝息を立てていると、外から何かの音が聴こえてきた。
目をこすりながらのっそりと起き上がり、なんだろうと疑問に思いながら窓の向こうを覗いてみるとすぐ隣の窓辺から、銀色の花型が視界に入ってきた。

(あれ……トランペット?)

これまたモモコも人間時代に見たことがある有名な楽器だった。 パレードやジャズ、時には音楽番組でアイドルの後ろでも吹いている人がいた。 金管楽器の王様、トランペット。 聴こえてくる音は、あの楽器から鳴らされていたのだ。
その楽器の持ち主は____昨夜散々大喧嘩した相手、ミツキだ。
何かの曲だろうか、その張りのある高らかな音色で奏でられるエチュードはどこまでも響いていきそうだった。
ミツキはモモコの視線を感じたのか、彼女へと視線を向けるとジト目になり、不愉快な気分をあからさまに押し出していた。

「……何だよ、チビ。 ガン見しやがって。 見せモンじゃねーよ」

ギクリと身体を固まらせるモモコだが、またも売り言葉を投げかけられると反射的に買い言葉が口から出てしまった。

「ち、チビじゃないし、モモコだし! それにガン見なんてしてたつもりないし!」

確かにハリマロンは本来なら、統計的に見ればケロマツより若干身長が高いハズだがモモコはミツキよりも小柄に見えた。 ポケモントレーナーとして、ポケモンを使役したり電子型の図鑑を埋めながら旅をしていたモモコはある程度のポケモンに関する知識があったため、ミツキと向き合った時一番初めにこのことに気付いたのだ。
とはいえ、自身もライヤよりは身長が少しばかり高かったためあくまでポケモントレーナーとしての知識は目安に過ぎないのだが。

「間違っても俺達のチームに入るのはゴメンだからな。 足手まといを増やしたくねーんだ」

昨日一度売られた喧嘩を何度も押し売りされると頭にくるものだ。 モモコはもう言い返すのを諦め、捨て台詞だけを返すとそっぽを向くように窓から目線を離した。

「わぁってるよ!」

***

朝礼とやらが始まる前に、モモコとコノハはミツキとライヤと居間で合流した。
このマジカルベースの宿舎は3階建てであり、チームカルテットの部屋がある3階には、食事を取ったり談笑するに手頃な大きな居間がある。 そこにはミツキの部屋よりも大きなシンクやコンロが用意されていたり、人間の世界で言うところのテレビがあったり。 リラックスするには最適だった。

「なんかミツキとモモコ、さっきより怖い顔してない?」

コノハは一眠りしていたため、ミツキとモモコがまた言い合いをしていたことを知らないのだ。 ライヤも2匹のやりとりの一部始終を見ていたワケではないようで、より険悪になっている2匹を見て困惑していた。

「大丈夫、悪い夢でも見てたんだと思う」

何とかモモコは言い逃れしようとしていたのだが。

「魔法使いになるには、まずマジカルベースのマスターに話を通さなきゃいけないの」
「マスター?」
「ここで一番偉くて、一番強い力を持った魔法使いのことです」
「けっこー魔法使いの業界では有名だもんね、うちのマスター」

そんな説明をされるものだから、モモコは大柄で威圧的な凶暴ポケモンを思い浮かべ、顔を青ざめる。

「た、食べられたりしないよね……?」
「するわけないわよ! マスター優しくておっとりした感じだからだいじょーぶだいじょーぶ!」

あまりにもモモコの反応が面白いのか、コノハは彼女の背中を前足でバンバンと叩く。 なかなかいい音が鳴っていたもので痛そうだった。

「マスターの部屋はこの建物じゃなく、隣にあるマジカルベースの本部にありますよ。 行きましょう」

ライヤの案内で、モモコ達は階段を駆け下りて宿舎の外に出た。
宿舎の構造は吹き抜けになっており、中心部には螺旋階段が聳えているという特殊な構造のこの建物。 よくもまぁ、1本の大きな木を器用に活用したなとモモコはポケモン(厳密に言えば彼らの魔法かもしれない)の技術の高さを実感していた。
外には自然ありのままの姿である緑のカーペットが一面に広がっており、朝日がさらにその向こうに続いている海を照らしていた。 海寄りに近づけば近づくほど、草は減り砂が混じった地面が姿を現す。
辺りを見回してみると、木に吊るされたタイヤだったり、地面から生えている木造のアスレチックが一纏めになって設置されている。 特訓場か何かだろうか。
汐風と草の香りが入り混じり、豊かな自然の中にいることを感じさせられるが、だからこそモモコはますます自分がここにいる理由について深追いしていた。

(こんないいところに……どうしてわたしはポケモンになって来たんだろう。 しかも空から落ちてきたらしいし)

「モモコー、こっちよ」

コノハに呼ばれてはっと我に返ったモモコは、すぐ隣にある水色のポケモンを模ったドーム型の建物へと足を運んだ。

(これ以上は、今考えても仕方ないよね)

***

「ここが、マジカルベースの本部よ」

本部の内装も宿舎と似たような吹き抜けの構造となっており、上の階へと続く道は螺旋階段となっていた。 こちらは2階建てとなっており、1階は2つの扉が向かい合わせになっていることと、壁に大きな掲示板のようなものが設置されていること以外は大きな広場となっていた。
もっと驚くのは、高い天井を見上げればそこにも窓があるのが分かる。 天井からは青い空が見えており、朝日がこの空間に差し込んでいるのだ。
階段を駆け上がってすぐ目の前に、1番大きな扉がこちらを見下ろすように聳えていた。
隣には小さな小部屋と思われる扉が申し訳程度に設置されている他、こちらも両脇に1階よりもやや大きめの扉が向き合っている。

「この1番大きな部屋が、マスターの部屋」

他のそれと比べても大きな扉に、モモコは思わず息を呑んだ。 ただのオブジェじゃないだろうな、本当に開くんだろうななどと疑念を募らせる。

「やっぱ最初は驚きますよね。 僕達も初めて来た時、そんな顔してました」
「特にミツキの驚いた顔ときたらもう!」

ミツキをチラッと見ながら思い出すように、コノハはくすくすと笑いだす。 ただでさえ不機嫌だというのにからかわれては、ミツキからしたら面白くない。

「どーでもいいから行くならさっさと行こうぜ」

ミツキに悪態を吐かれても、確かに善は急げ。 早速ライヤが3匹を代表するように一歩前に出て、大きな扉をノックする。 こんなに大きい扉に音が吸収されているのではないか、本当に聞こえているのだろうか、モモコは内心疑った。

「マスター、チームカルテットです。 失礼します」

ライヤの言葉に反応するように、扉が勝手に音を立てながら開いた。 自動ドア、なんていうものではない。 センサーもなければ種も仕掛けもない。 夜の戦いを見ても思ったがモモコは改めて痛感した。
ここは、自分が元いた世界とは違う魔法の世界なのだと。
何処かのホテルのスイートルームよろしく広々とした部屋には、いかにも拡張高そうな、艶のある家具が並んでいる。 青い海と空が見える大きな窓をバックに、マジカルベースのマスター____モデラートはそこにいた。
金色のマントが朝日に照らされており、彼の背中周りは眩しく見える。

「やぁ、チームカルテット……と、昨日のハリマロンだね」

そして、モデラートに名前ではなくハリマロンという種族名で呼ばれたことに対して、自分はポケモンになってしまったのだと同時に再確認させられる。 やっぱり自分の姿が変わってしまったことも現実だったんだ、そう思うとモモコは少し悲しいような、現実を突きつけられたような、複雑な心境だった。

「マスター、この子モモコって言うんだけど……何で空から落ちてきたのか分からないんですって」
「行くアテがなくて困っているみたいなので、ここで魔法使いとして働こうかって話になったんです」

モデラートは「それは困ったね」と2匹の言葉を受け止めると、ふむ、と左手を顎元に置いて考えるポーズを取る。 同時に、モデラートの隣にいたマナーレがその鋭い眼光をモモコに向けると、じりじりと彼女に迫る。

「え、あの」

その顔がくっつくんじゃないかと思うほど至近距離まで近づくマナーレに、思わずモモコは苦し紛れに愛想笑いを浮かべる。 あまりに困り果てると笑ってしまう癖があるらしい。

「あぁ、大丈夫よ。 マナーレはちょっと厳格だけど悪いポケモンじゃないから」

と、コノハがフォローを入れるもその言葉通り、マナーレがモモコに投げかけた言葉は優しいとは言えないものだった。

「お前、魔法使いになるってのはどういうことなのか、分かっているか?」
「えっ?」
「ポケモン達の魂に輝きを取り戻し、生きるための希望を奏でる。 それは即ち、ポケモン自身の心に直接踏み込む仕事なのだ。 決して簡単な仕事ではないぞ」

人の心は複雑だ、モモコも人間の世界でもそう思ったことは多々あったがそれはポケモンの世界でも同じ。 このマナーレというポケモンはそれが言いたいのかもしれない。
それは、あの時のマーイーカの心の叫びを聞いているだけでも分かることだった。

「そ……それは承知の上です!」

マナーレの気迫に押されながらも、モモコは真っ直ぐ彼女の目を見てそう答えた。

「うん、いい心構えだね。 人手不足だし、魔法使いが増える分にはとても助かる。 キミを魔法使いにしてあげるよ」

モデラートも、モモコのその度胸を認めたようだ。 ライヤとコノハはモデラートの返事を聞くと大喜び。

「本当ですか!?」
「やったぁ! ありがとうマスター!」
「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」

そんな3匹とは対照的に、ミツキは何処か面白くなさそうな表情を浮かべ、彼らから目をそらす。

「……後悔しても知らねぇぞ」

ミツキのその呟きにモデラートは気付いたのかそうでないのかは分からないが、彼の言葉を気に留めず次の話へと話題を移す。

「じゃあ早速だけど、キミの魔法の潜在能力はまだキミ自身の中にある。 その力を魔力の源となるアイテムにするために、少しばかり儀式が必要になるんだ」

モデラートのその言葉に、コノハは「うわ、出たぁ」と不味そうに呟く。 彼女の反応からして、モデラートの言う儀式というものはあまり気持ちのいいものではなさそうだ。

「え、怖いやつなの?」
「だ、大丈夫です! 魔法使いならみんなやってますから。 ねぇミツキ?」

ライヤは試験的にミツキに話題を振ってみる。 ミツキも決して会話が苦手な方ではないため、たわいもない話を挟めばミツキとモモコが仲良くなるキッカケを作れるかもしれないと思ったのだが。

「そりゃそうだけどよ……」

それ以降は会話が弾むことはなかった。 不機嫌なところに会話を吹っかけてしまったこともあり、むしろより気まずくさせてしまったかも、とライヤは後悔する。

「朝礼もあるし、もう始めてもいいかな? 今のうちにマナーレ、例のものを」
「はっ」

マナーレが『例のもの』を取りに席を外すのと同じくしてモデラートに諭され、モモコは改めて彼の目の前に立つ。 モデラートはマナーレとは対照的に優しく、温かく見守るような眼差しで彼女を見つめると「覚悟はいい?」と尋ねる。 モモコが首を縦に振り、モデラートにその気持ちを見せると彼は静かに、でも安心するように微笑む。

「それじゃあ、モモコ。 その場から動かないでね。 ちょっと変な感じするけど、我慢してね」

モデラートはそう言うと、まだ緊張感を拭いきれてないモモコに向けて、早速ある言葉を唱え始めた。 呪文というには言葉がハッキリしすぎており、いわゆる必殺技の名前のようなものだろうか。

「『エクストラクション』!」

それ、ただのイッシュ語____モモコはポケモントレーナーだった頃に一度旅をしたある地方で使われていた言語を思い出した。
そう考えていると、気がつけばモモコの足元には青白く光る魔法陣が現れているではないか。
モデラートはさらに言葉を続ける。

「この者の魔法の全ての力よ、ここに結晶になれ!」

モデラートの掛け声に反応するように魔法陣の光はより強くなった。 モモコはというと、光に包まれると共に胸の奥に握り潰されているような違和感を感じ、ぐっと両手をそこに抑える。
光が強まると同時にだんだん違和感が強まり、ハッキリとした痛みに変わることで苦しくなってきたのか、呼吸が短くなり呻き声まで上げてしまう。

「うぐっ……ううっ……!」
「もう少し……!」

次第にモモコが抑えている手から光が溢れ出すと共に一点に集結し、ひとつの形となる。 それはハートを逆さにしたような形、トランプのカードのマークとして馴染みあるモチーフ____スペードだった。

「あぁああああっ!」

抉られるような声と共に、ようやく魔法の源とやらは出来上がった。 光が弾け飛んだその中身は、優しい黄緑色をしたスペードの宝石だった。 手のひらの半分ぐらいの大きさのそれは、モモコを見つめるように宙に佇んでいる。

「____」

モデラートはというと、目を見開いて絶句していた。 乱れた呼吸でよろめくモモコと彼女から生まれた宝石を交互に見て、まるで信じられないような表情を浮かべる。
流石にミツキもそんないつもと違う彼の様子に疑問を感じたのか、恐る恐る声をかけてみる。

「……マスター? どうしたんだよ」

ミツキの呼びかけにマスターは我に返ると、声を震わせながらも平常心を装った。

「失礼。 シャムルスフェールは完成した。 これがキミが魔法を使うための大切なアイテムになるんだよ」
「は、はひぃ……」

宙に浮く宝石____シャムルスフェールを手に取りながら、モモコは呼吸を整える。 まるで身体の中の物を全部捻り潰されそうな痛みではあったが、ともあれ自分はもう魔法使いなんだ。 手に取ったその宝石を改めて見直しながらそう思った。

「お待たせしました、マスター」

間も無くして、マナーレがあるものを運びながら戻ってきた。 彼女の長すぎる背中には丁寧に畳まれた青紫色の布と、黄金色に輝く小さなメダルのようなものが乗せられている。
モデラートの「マナーレ、ありがとう」という言葉を受け取ると、マナーレはモモコに近付き、その『例のもの』____布とメダルを地面に置き渡す。 よく見ると、メダルはモモコもよく知っているポケモントレーナー御用達の道具、モンスターボールのような模様が彫られていた。

「これは、魔法使いの証であるマントと勲章だ。 まず勲章を開いてみろ」

金色のメダル改め勲章の本体自体は懐中時計になっていた。 蓋部分には何かを埋め込めるには適切な窪みが中央部にある。

「その蓋の窪みにシャムルスフェールを嵌め込むのだ。 こうすれば魔力の結晶は安全であり、失わずに済む」

モモコが言われた通りに窪みにシャムルスフェールを嵌め込むと、蓋の縁に自動的に文字が彫られた。 いわゆるアルファベットの筆記体で自分の名前が刻まれているのだ。

「じゃあじゃあ、マント羽織ってみましょうよ! やっぱ魔法使いって言ったらこれよね」

ここでコノハが地面に置いてあったモモコのマントを握りながら彼女に近づく。
羽織り方を教えてくれるようだ。

「この結び目をこうして……」
「ちょ、コノハ、くすぐった____」
「アンタのように勘のいい子はアタシ好きよ?」
「ちょ、やめっ! あっひゃひゃひゃ!」

端から見ればじゃれ合っているようにしか見えなかったが。
マナーレやミツキなんかはその光景に頭を抱えていたが、魔法使いとはいえ2匹の笑いながらじゃれ合う姿は年頃の女の子そのものであり、モデラートとしては微笑ましかった。

「で、最後にここに勲章をくっつければ!」

胸元にリボンのような結び方をされた裾があり、その結び目に勲章をブローチのように装着する。 これでモモコも、ミツキ達と同じような魔法使いの身なりになった。
ただ違うのは、ミツキ達のマントに入っているオレンジのラインがモモコにはない。

「やっぱりマントすると魔法使いって感じするわよねぇ!」

コノハがご満悦な様子になる一方で、モデラートは壁に立てかけてある大きな振り子時計に目をやる。時計はもうすぐ8時半になることを指していた。

「あっと、朝礼の時間だ。 さぁモモコ、みんなに挨拶しないとね!」
「ほらっ、行きましょう行きましょう!」

モデラートとマナーレが外に出たのを追うように、ライヤとコノハに手を引かれながらモモコは部屋を後にする。 そして少し遅れたようにミツキも外へと出て行った。
ミツキは扉を出たところで足を止めると、未だ不服そうに、誰にも聞こえないように呟いた。

「本当にこれでいいのかよ……」

***

本部1階の広場には、既に魔法使いポケモンが集まって談笑していた。 チームジェミニとチームキューティ、そしてうきくさポケモンのハスボーと、マジカルポケモンのムウマージもそこにいた。 ハスボーは身体の構造上、マントではなくハチマキを浮き草と身体の境目に当たるところに巻いており、ムウマージに至ってはマントではなく、白衣を身にまとっている。

「やぁみんな、遅れてごめんね」

忙しない様子でモデラートが階段を降りてきて魔法使いポケモン達の前に姿を表す。
次いでマナーレ、そしてモモコを連れたチームカルテットの面々。 昨日空から落ちてきたハリマロンが何で今一緒に____魔法使い達はさらにざわつきを大きくさせる。

「お、おい! あのハリマロン……昨日の奴じゃねーか!?」

シオンが大声を張り上げながらモモコを指す。 あまりにも突然だったもので、びくっとモモコは身震いする。 その様子に気づいたのか、すかさずリオンがシオンにブレーキをかけるように、ポンと彼の肩に手を置きながら諭す。

「シオン、いきなりポケモンのこと指すのは失礼なのです。 でも……」

しかしリオンもまた、不思議なものでも見るようにモモコに注目する。 その顔付きは何処か緊迫感を感じさせられた。
リオンも他の魔法使いと同じように、どこのポニータの骨だか知らないポケモンが昨日の今日で魔法使いになることに、警戒を感じている。

「あの子、魔法使いになったのですね」

ミツキ達が魔法使い達の集いの中に紛れる一方で、モモコは前に出ているモデラートとマナーレの隣に申し訳程度に佇んでいる。 魔法使い達の目線が自分に向けられており、緊張するような少し怖いような、何とも言葉にできない気持ちになった。
一方でモデラートは魔法使い達を見渡すと何かが欠けていることに気付き「おや?」と小さな声で呟く。

「みんなおはよう。 チーム『アース』の2匹はどうしたの?」
「トストのアニキとクレイのアニキは、昨日の仕事終わりからバーに行ってるゾ!」
「そうか、いつもありがとうガッゾ」

幼いハスボーのガッゾがすかさず、その場でチーム『アース』の2匹なるポケモン達の所在を元気よく伝えると、マナーレは「またか……」と呆れたように深い溜息を吐く。 他の魔法使い達も小声で「仕方ないな」と言っていることからよくあることのようだ。
大柄な2匹のポケモンがよろめきながら本部に入ってきたのはその時だった。

「お、遅れてすまねぇ!」

1匹は大きなカメのような見た目をしているこだいガメポケモンのアバゴーラ。 もう1匹は両手にドリルの様な鋭い爪を持つちていポケモンのドリュウズ。
アバゴーラがまるでドリュウズを介抱するように彼に肩を貸しており、ドリュウズはというと、顔を真っ赤にしてぐったりとした様子でうとうとしている。 ニヤニヤと不自然な笑みを浮かべるその口元からは「ひっく」としゃっくりの声まで聞こえる。

「……トスト、後でクレイに私の所に来るよう伝えておいてくれ。 ゴールドランクなる魔法使いがこの体たらくとはなんたるものか……」
「お、おう……」
「トストちゃん、後で保健室にもいらっしゃい。 クレイちゃん、また二日酔いすると思うから頭痛薬出しておくわ」
「ディスペアもいつもありがとな。 助かるぜ」

トストなるアバゴーラはディスペアなる白衣のムウマージにお礼を言うと、泥酔しているドリュウズ、クレイを抱えたまま魔法使いの中に紛れていく。 よく見ると2匹のマントに入れ込まれたラインはモデラートのマントと似た黄金色。 少なくともトストには他の魔法使いとはちょっと違った、大人の風格が漂っていた。
マナーレは「こほん」と咳払いすると、魔法使い全員に視線を戻す。

「えー、係から連絡ある奴はいないか?」

マナーレの問いかけに辺りはしんと静まる。 全員が同じタイミングで一切声という音を発さないゲネラルパウゼ。 マナーレは連絡あるポケモンがいないことを確認すると、魔法使い達に向けて話し始めた。

「今日は仕事に入る前に、このマジカルベースに入ることになった新入りを紹介する。 ……まぁ、お前らも知っているかもしれないが、昨日の夜に空から降ってきた奴だ」

マナーレに目で「何か言え」と訴えられ、モモコは「無茶振りキツイよ」と心の中で抗議しつつも、足らない語彙力をフル活用して文を組み立てながら話し始める。

「え、えーっと……モモコっていいます」

まずは名前から。 しかしながら、まさか「実は人間でした」なんてことは言えっこない。 あの時のライヤ達の驚き様を見たら、ここにいる全員に理解してもらえるか自信がなくなったのだ。

「き、昨日は急に空から降ってきたみたいですみません。 魔法のこととか、ここのこととか、分からないことはいっぱいあるんですけど……」

色々と言葉を即席でつぎはいでいるが、最後はやはりこの言葉で手短に締め、深々と頭を下げる。

「よ、よろしくお願いします!」

昨日の今日で受け入れてもらえるだろうか、みんなミツキみたいなのだったらどうしよう。 考えれば考えるほど不安になり、頭がぐるぐるする。 考えすぎて目まで回ってきそうだった。
そんなモモコの不安を打ち破ったのは、1匹のポケモンの拍手だった。

「よろしくーっ!」

元気よくそう投げかけたのはフローラだった。 その元気さと優しさを併せ持った彼女の笑顔は朝日に照らされており、より眩しく見えた。
そんなフローラを見てリリィはつんつん、と指先で彼女の肩を突き、怪訝な顔をして耳打ちした。

「ちょっとフローラ、理由も分からず空から降ってきた子よ?」
「でもあのモモコ? って行くアテもなさそうでしょ? だったらここで働きながら、音の大陸の生活に慣れていけばいいじゃない」
「確かにそうねぇ。 私もフローラちゃんに同意だわ」

フローラとディスペアのその言葉には、照れ臭さもあったが確かに嬉しさも感じさせられた。 1匹でも____どころか2匹も受け入れてくれたポケモンがいたのだから。
特にフローラは、昨夜モモコが言葉でミュルミュールを説得したところを見ていたということもあり、彼女のことを信じているのだ。
モデラートも2匹に同調するようにうんうんと首を縦に振る。
すると、シオンやガッゾ、トストといったオスポケモン陣もフローラに倣うように拍手大喝采。

「フローラの言う通りだな、悪いヤツって感じでもなさそうだし」
「やったー! お姉ちゃんが増えたゾ!」
「こちらこそよろしくな!」

彼らの様子、特にゴールドランクと呼ばれるトストの好意的な様子を見たら怪訝な顔をしていたリオンも自然と顔がほころぶ。 心配症のリリィも、流されるように表向きではモモコのことを半分認めることにした。

「確かにボク達がちょっと気を張りすぎていたのです」
「トストがそう言うなら……」

その光景に、ライヤとコノハも「受け入れてもらえてよかった」と安心する。 魔法使い達のことは信頼してはいたが、ひとつ屋根の下で過ごしている以上は1匹1匹がどんな性格なのかはある程度分かっているつもりだったからこそだ。
ミツキはというと、興味すらも向けていない様子であり無関心な様子であった。

「改めてよろしく、可愛らしい新米さん」

フィルが優雅に前に出て、くいと頭のリボンでモモコの顎元を持ち上げる仕草をしたのはその時だった。 せっかくのいい雰囲気が台無しだ、とコノハは肩をすくめ、他の魔法使いポケモン達も「始まった」と言わんばかりに溜息を吐く。
モモコはというと、何が始まっているのか把握しておらず目を白黒させる。

「えーっと……?」
「失礼、名乗り忘れていたね。 ボクの名前はフィル。 シルバーランクの魔法使いチーム、キューティのリーダーさ。 名前の通り思わず虜になりそうなチャーミングなキミ、楽器は何だい?」

一見ナンパそのもののフィルのその言葉に、魔法使い達が「あっ」と反応する。

「楽器、って……」
「ボク達魔法使いの主な魔法の手段は楽器なんだ。 昨夜、ライヤがバリサクでミュルミュールを浄化しているのをキミも見ただろう?」

その光景は確かに記憶に新しい。 ライヤがバリサクを吹いた途端、ベルから弾ける光と稲妻が現れ、ミュルミュールを包み込むとスピリットに戻した。

「みんなそれぞれ違う楽器を担当しているんだ。 シャルムスフェールの魔力の一部が具現化したもの____つまり魔法使いになった時から、同時にポケモンは1匹の楽器奏者となる」

フィルは誇らしげにそうモモコに説明すると、顔をナンパモードに整え直して再び彼女と向かい合う。

「モモコ、キミはどんな楽器が似合うかな? ここは、ボクと同じトロンボーンかまだこのマジカルベースに奏者がいないテナーサックスか____」
「フィル、説明かたじけない」

マナーレに押されるようにフィルが退場させられる。 彼の後処理をマナーレに任せるように、モデラートが今度はモモコに話し始める。

「そういうワケなんだ。 せっかくだからモモコ、キミの担当楽器をみんなに紹介しよう」
「う、うん!」
「そしたら念じてごらん。 キミの楽器が目の前に現れることを」

モデラートに促され、モモコは頭の中でひたすらに念じる。 まだ見ぬ自分の楽器、それが目の前に現れるように。

(わたしの楽器……わたしの魔力の、心の一部。 どんな楽器なの?)

すると、モモコの胸元の勲章から浮かび上がるように緑がかった白い光が現れる。 光のシャボン玉のように柔らかいそれは、大きなラッパへと姿を変えていった。 銀色のボディに3つのピストン____と思いきやモモコから見て右端の方ににもうひとつ。
ピストンの傍に手が引っ掛けられるようなスペースがあったものだから、反射的に思わずその楽器を手に持つと、ずしりと重さが伝わってくる。 よく見ると、楽器が自分の顔を映してくれる鏡となっている。

「こ、これ何ていう楽器?」

モモコは思わず口にしたが、テレビなんかでもあまり見たことがない馴染みない楽器だった。

「ゆ、ユーフォだ! 念願のユーフォ吹きだ!」

そんなモモコとは対照的に、飛び上がるようにトストが大喜び。 他の魔法使い達も驚きと喜びの表情を浮かべていた。

「ミツキ、ミツキ! モモコの楽器がユーフォよ! これで金管が増えたじゃない!」
「そうですよ! ユーフォ奏者来ないかなって、昔ぼやいてたじゃないですか!」
「……ったく、よりにもよって」

ミツキ達の陰に隠れるように、少し不安な表情を浮かべているポケモンがいた。
リリィだった。
他のポケモンが大喜びしている中で、ミツキ以外で好意的な表情を浮かべられないのは、リリィも恐らくモモコと同じ金管楽器だからなのだろうか。 そんなリリィの心境に気付かないフリをしているのかは分からないが、すかさずフィルは再び前に出るとモモコに説明をする。

「それはユーフォニアム、略してユーフォと呼ばれている楽器でね、なんと!」

フィルは先程のモモコと同じ要領で自分の楽器を出す。 こちらは金色のボディと特徴的な長いスライドを持ったトロンボーン。 確かに長いリボンを持つフィルにはよく似合っているかもしれない。

「このボクのトロンボーンと同じマウスピースなのさ! これも何かの縁、ボクとの愛の音色でこのバンドを包みこもうじゃないか!」
「ハイハイ、その辺にしときましょーねー」

キメるように流し目をするフィルと、とうとう見かねたフローラが彼の耳を引っ張り退場していく様子を、モモコは苦笑いしながら見送った。

「とにかく、そのユーフォニアムがお前の一部となる。 大切にするんだぞ」

マナーレは一言一言噛みしめるようにモモコにそう告げた。
このユーフォニアムが自分の担当楽器。 初めて目にする楽器というのもありイマイチピンと来ないが、だからこそモモコは期待に胸を膨らませていた。

花鳥風月 ( 2018/05/22(火) 10:34 )