ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜 - 第1楽章・はじまりの1週間 −Ouverture−
013 改めてようこそ
 星の調査団の3匹は、スイーツショップドルチェでさらに他の調査団メンバー達へのお土産を買って行き、満足そうに帰って行った。
 チームカルテットは見送りのためにサニーハーバーに立ち寄っており、星空町に帰る頃にはすっかり辺りは暗くなり、道を街灯が照らしていた。

「ただいまー」

 マジカルベースの敷地内に入ると、待ち構えていたかのようにフローラとガッゾが入り口でスタンバイしていた。チームカルテットの帰宅を確認した2匹は、飛びかかるように4匹に近づいた。

「あ! チームカルテットが帰ってきたわよ!」
「みんな居間で待ってるゾ!」
「「?」」

 キャッキャッとはしゃいでいる様子の2匹のテンションについていけないながらも、チームカルテットの4匹は促されるように宿舎の3階へと上がっていった。
 この宿舎の3階は、階段を登るとすぐ居間がある間取りになっており、扉が存在しない。そのため、一行が3階に到着すると魔法使い達のユニゾンがまず耳に飛び込んで来た。



「「新生チームカルテット、結成おめでとう!」」


 
 目の前に広がる光景は、ちょっとした立食パーティのようなものだった。ピザやサラダ、スープにパン__色とりどりの食べ物がテーブルに敷き詰められるように並んでおり、テーブルの傍らでは他の魔法使い達がチームカルテットの帰宅を出迎えてくれる。

「な、何だ!?」
「えっ? えーっ!?」
「これは一体……?」
「もしかしなくても、サプライズ!?」

 チームカルテットの4匹が順番に驚くものだから、他の魔法使い達からしたらいじらしい。全員13歳になる代ではあるが、そのリアクションには驚きと同じくらい喜びも混じっていたもので、幼さを残していることがよく分かる。

「モモコの歓迎もちゃんとしてなかったから、いい区切りだと思ってね」

 モデラートの言葉に被さるように、ガッゾが言いたくて言いたくて仕方ないような様子で種明かしをする。

「ちなみに、このアイディアを考えたのはオイラだゾ!」
「よくマナーレを説得したわよね、ガッゾ」

 フローラがにやにやしながら、マナーレの方をじっと見つめる。確かに、お堅いマナーレのことならばこうした催しは好まなさそうな印象だが。
 当のマナーレはというと、少し頬を赤く染めながら、敢えて周囲から目を逸らして答える。この行動と表情が釣り合っていない態度から、魔法使い達はマナーレが照れていることを確信した。

「き、今日は日曜日で、本来なら仕事はないハズだからな。それに、たまにならこういうのも……悪くないだろう?」

 チームカルテットも大概だが、マナーレも相当いじらしい。もしかしなくても、典型的なツンデレ__魔法使い達はにやにやした笑いを止められずにはいられなかった。
 そうしていると、モデラートが改めてチームカルテットに向き直る。

「新生チームカルテット、始動おめでとう。そしてモモコは改めてようこそ、魔法使いの世界へ」

 自分達の再スタートを、途中加入をそれぞれこうして祝い、受け入れてくれるマジカルベースの仲間達。
 この世界に来た当初こそはギスギスしていたものの、これが本来の星空町マジカルベースの姿なんだ__そう思うとモモコは、何となく温かい気持ちになった。帰る家が今までなかったからこそ、こうした団らんを求めていたのかもしれない。
 ライヤは感激のあまり目が涙で潤んでおり、ミツキとコノハも静かに頬を綻ばせている。

「みんな……ありがとうございます!」
「こちらこそ、改めてよろしくお願いします!」

 チームカルテットはリオンとフローラから木製のコップを手渡された。中身は木の実ジュース、流石にアルコールではないようだ。そこは大人の特権でチームアースとモデラート、マナーレのみが許されている。

「では、チームカルテットの始動とモモコの加入を祝して!」
「「かんぱーい!」」

 モデラートの号令で、木のコップ達が一斉に乾杯の音を立てながら輪唱した。



* * *



「大人はやっぱりこれだろ!」

 ぷはーっ、と木でできたジョッキに入ったビールを一気に飲み干しながら、クレイは顔を真っ赤にしている。いつものクールで寡黙な雰囲気とは打って変わって、すっかり酒に取り憑かれたように陽気になっていた。
 トストが制止しようとしても、一度スイッチが入ってしまったクレイはどうにもならない。

「クレイ、そろそろその辺にしとけ。ここにいるの、ほとんど未成年だぞ!」
「飲まなきゃやってられねぇんだ! あっはははは!」

 一方、もう1匹酒の力に取り憑かれてしまった年長魔法使いが涙で突っ伏しているテーブルを濡らしていた。その魔法使いは、なんとこれまた普段は厳格な性格のマナーレ。

「うっ、うっ……。やっとミツキも、去年までのミツキに戻りつつあって、ぐずっ……」
「こっちにも酒に溺れてる大人がいるなんて……。そうか、マナーレ。キミもボク達の指導や側近としての仕事もあって、辛かったね」
「マナーレって酔うと泣き上戸になっちゃうのですね……」

 フィルがさめざめと泣き続けるマナーレを慰めている光景を見てライヤが苦笑いしている側では、フローラとリリィが食べるものに関して吟味していた。

「あら? リリィったらササの実しか食べてないじゃない。お腹溜まる?」
「ちょっとまたお肉が付いてきちゃって……」

 マジカルベース男組よりも逞しい見た目をしているリリィだが、女の子らしく筋肉とは別の贅肉を気にしている様子だった。贅肉以前にあれぐらい筋肉がある方が強そうでちょっと羨ましいぐらい__そう思いながらモモコは、手元のピザに真っ赤なソースを何滴もかけていた。
 マトマの実やフィラの実、ザロクの実にノワキの実といった辛い木の実をふんだんに使ったそのソースは、ポケモン界のデスソースと名高いシロモノ。ミツキは平然とした顔でデスソースで真っ赤になったピザを頬張るモモコを見て絶句していた。

「モモコはなんだそのピザ? 食えるのかよ」
「え? 口の中痛くなるくらいがおいしいと思うんだけど」

 とても信じられない__ミツキは新たなモモコの意外な一面を知ってしまったと、茫然としたまま彼女の味覚オンチぶりを目で追っていた。
 ふと、モモコはこの賑やかな空間にある物足りなさを感じた。

「って、ディスペアはいないの?」
「あー、また出張かしら」

 出張なんてあるの、と驚くモモコに、ミツキ達が説明する。

「ディスペアは非常勤で、いつもいるワケじゃねーからなぁ。結構すげー医者らしくて、講演とか出張も多いんだ」
「そんな凄いお医者さんが何でマジカルベースに来て魔法使いも兼任してるのかは、僕達も実はよく分かってないんです」
「結構謎が多くてミステリアスよね」

 ディスペアとモモコの絡みは、あの勤務初日に手当てしてもらった時だけだが、飄々とした雰囲気を醸し出す彼(彼女)は仲間達からも謎多き存在らしい。
 またこうして全員揃う機会があれば、ディスペアも一緒に団らんできたらな__モモコはそう思った。

「やべっ! ホットケーキがあと少ししか残ってねぇ!」
「ミツキ好みのふわふわさを重視したホットケーキにしたのですよ」

 リオンが少し得意げに照れながら「えへん」と胸を張ると、どこからか熱気が近づいて来た。
 その熱気の正体は、リオンの双子の兄・シオン。さささささっ、と素早く移動して来たシオンはびしっ! と効果音が付くようにミツキを指しながら、ちょっとした宣戦布告を申し込む。

「ミツキィイイイッ! リオンのホットケーキはオレのモンだぁああああッ!」
「そうはいくかッ!」

 シオンと彼の申し出を受けたミツキがホットケーキの皿に飛びついたと同時に、ガッゾがスポーツ中継よろしく実況を始めた。こうした対決に煽るように参加していくノリは、ある意味イマドキの子どもと言えるだろう。

「さぁー、ここから始まりましたミツキのおにーちゃんとシオンのおにーちゃんの大食い対決! だゾ! ミツキのおにーちゃんはホットケーキをまるで掃除機のように吸い込んでいくゾ! そしてシオンのおにーちゃんも負けじとホットケーキを! 3枚まとめて丸呑みしたゾ! この勝負、どちらが勝つのかーッ!」

 ガッゾの実況は非常に的確だった。目の前にあるホットケーキバキューマーになるミツキとシオンには、正に脳みそ筋肉という言葉がお似合いだった。
 このホットケーキの作り手、リオンは呆れたように頭を抱えながら深い溜息を吐く。

「……ボクのホットケーキ、もっと味わって食べて欲しいのです」
「全く、ミツキもシオンも子どもなんだから」

 コノハも隣でやれやれ、と肩をすくめていた。



* * *



 すっかりミツキとシオンは大食い対決に夢中になり、ガッゾはノリノリで実況を始めてしまった。一方で、酔っ払った大人組の愚痴や思いの丈をトストやフィル、ライヤが相槌を打ちながら受容しており、夏の終わりであることを忘れるほど室内は熱気に包まれていた。
 休憩がてら、喧騒から離れようと思ったモモコは、宿舎の目の前にある海岸に立ち寄り、夜の汐風に当たっていた。

「ふぅ……」

 この海岸から全てが始まり早1週間。その時間の流れは正にプレスティッシモとも言えるほどの爆走感だった。ポケモンになり、その理由も分からず見ず知らずのポケモン達と一つ屋根の下で暮らし、魔法の修行をしながら町の平和を守る。
 あまりにも詰め込まれすぎているが、本当にこの出来事が7日間のうちに起こったのだ。
 しかし、自分がポケモンになりこの世界に来た理由も、それを知る手がかりも未だ全くない。強いて言えば、闇の魔法使いを名乗るクライシスが自分のことについて何か知っているようだったが。
 物思いにふけっていると、背後から自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
 振り向くとそこにはコノハがいた。

「外に出てたのね、モモコ」
「うん、ちょっと食べ過ぎたかも」
「食べ過ぎたっていうか、何にでも香辛料かけるから暑くなったんじゃないかしら……」

 頬を膨らませながら「えー、そんなことないよぉ」と否定するモモコは、同い年のコノハから見てもかなり幼い。自分よりも若干背が低いということもあり、コノハからすれば同い年の友達か、あるいは下手をすれば妹にまで勘違いしてしまいそうだった。
 良くも悪くも真っ直ぐなモモコだからこそ、1年間腐りかけていたミツキや自分達を変えてくれたのかもしれない__コノハはそう思っていた。

「どうお? マジカルベースの生活」
「そうだなぁ……。今までこうやって大人数で生活することもなかったから、かなり新鮮かも」
「なるほどね。きょうだいとかいたの?」

 その質問に何か思うところがあったのだろうか。少し間を空けて、モモコは答える。

「弟が1人いたよ」
「えっ、そうなの!? 女きょうだいがいると思ってたわ」
「よく言われるなぁ」

 えへへ、と笑いながらモモコとコノハはたわいも無い会話を続けた。家から逃げるようにトレーナーになったモモコは、たった1人のきょうだいである弟も見放したということになる。
 そのことが、モモコにとっては今でも心苦しくもあり、ミツキ達に自分のことを話すまでは引っかかりのある要素のひとつだった。

「でも、分かるなぁ。アタシも実家にいた時は話し相手いなかったようなモノだったし」
「そうなの?」
「だから、ここに来てミツキもライヤもいて、たくさん同じ仕事してるポケモンがいて、毎日楽しいの!」

 おしゃべりなコノハが話し相手がいないとどんな感じなのだろうか。ちょっと想像がつかないのが事実ではあったが、今の魔法使いとしての生活をコノハは楽しんでいる。それだけは間違いなかった。

「あーっ! コノハってばずるーい! あたしもモモコと話したいのに!」

 フローラがリオンを引き連れて、やけに騒々しく現れたのは、ちょうど話がキリのいいところで区切られたその時だった。

「ねぇねぇ、もうウェポン使ったんでしょ? アンサンブルも発動させたって聞いたわよ! どうして? どんなシチュエーションで?」
「え、えーと……」
「フローラ、一気に質問すると困っちゃうのです」

 次々と質問を続けざまに投げかけるフローラのペースに、モモコはまるでついていけていない。
 その様子を察したリオンがフローラを落ち着かせるように宥めると、モモコに向き直り頭をぺこりと下げた。ホットケーキにがっついていたシオンとは違い、控えめで礼儀正しい性格が現れている。

「ごめんなさいなのです。フローラは悪気はないのですが、いつもこんな感じで……」
「こんな感じって何よぉ!」

 まるで我が子の代わりに謝るかのように対応されているものだから、フローラはコラッタのように素早くリオンの発言に噛み付く。

「でも、チームに加入する前にアンサンブルを発動させるのは本当に凄いのです。アンサンブルは、ポケモン同士の心が共鳴しないと__もっとざっくり言うと、信頼関係や絆が生まれていないと発動は難しいのですよ」
「えっ、そーなの!?」
「ってことはつまり、今のチームカルテットには正式に始動する前から絆が徐々に芽生え始めたってことなのね!」

 リオンの言う通り、単独の浄化よりも強い魔力を伴うアンサンブルを発動させるには、魔法使い同士の信頼関係や絆が構築されていることが最低条件となっている。仮に一度アンサンブルの楽譜を手に入れたとしても、その後魔法使い同士の間に仲違いなどが起こるとアンサンブルの成功率や魔法としての威力も落ちてしまうのだ。
 やはり自分達の決断は、間違ってはいなかった__フローラに言われて、コノハは強くそう感じた。

「ボクとシオンは双子だからともかく、チームキューティは発動するまでに半年近くかかったって聞いたのです」
「そうなのよー! あたしだけ木管だし、フィルとリリィと歳も違うから、たくさん迷惑かけたなぁ」

 当時のことを思い出すように語るフローラの表情や声色は表面的にはいつもの明るいそれであったが、本当に申し訳ないという言葉だけでは表せない気持ちが含まれているようにも聞こえた。きっと今この場では言えないような出来事があったのかもしれない。
 コノハもリオンも、それを分かっているのか話を掘り下げようとはせず、モモコもフローラが自分から話さない以上は、詮索することはなかった。

「そういえば、リリィは一緒に外出なかったの?」
「誘ったんだけど、男どもが散らかしたお皿とか片付けてくれてるわ。別に後でみんなでやってもいいと思うのに……」
「そういえば、リリィとはマジカルベースの魔法使いの中でもほとんど話してないかも」

 モモコの傍では、コノハがうんうんと頷いている。

「リリィは人見知りだからねぇ……。でも慣れてくると、多分一番女の子らしくて繊細で優しい子だとアタシは思うわ」

 確かにリリィはあの逞しい見た目に反して、非常に気弱で自分から声をかけるということをあまりしないタイプだ。モモコのマジカルベース加入時にもかなり警戒しており、他の魔法使いと比べてもリリィはモモコに対して壁を作っている。

(やっとミツキ達と少し打ち解けて来たと思ったけど、魔法使いはまだたくさんいるもんね)

 昨日のアンサンブルはチームカルテットとしてのアンサンブルだったが、もしかしたらいずれ、他のチームのポケモン達とも、マジカルベース全員での演奏も叶うかもしれない。
 そのためには、今よりも経験を積んで周りからの信頼を得なくてはいけない。さらに精進することを、モモコは決意したのだった。



* * *



 賑やかな宴会から一夜明け、再びマジカルベースには慌ただしい空気が流れていた。空中ではほうきに乗った魔法使い達が行き交い、地上では魔法使い以外のポケモン達も楽しそうに談笑したり、各々の仕事にかかったり。

「ここが星空町……」

 大通り前のゲートを飾る三角屋根の上に登っている1匹の小さなポケモンが、星空町の風景を眺めていた。

「ここに“潜伏”して、タイミングを見計らわないと」

 鈴のように凛とした、しかし何処か幼さを感じさせる声でそう呟くのは、円らな瞳と青く丸っこい身体が特徴的なペンギンポケモンのポッチャマ。一見あどけなさを感じさせるが、その目はまるで見るもの全てを凍りつかせてしまうような、冷たい色をしていた。

「私は……自分のために魔法使いになってみせるんだ」

 何かを決意するかのように、ポッチャマはそう口にすると星空町を、そんな自分を見下ろす青空を仰いだ。

花鳥風月 ( 2018/06/24(日) 18:05 )