ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第1楽章・はじまりの1週間 −Ouverture−
011 4つの心から生まれる希望
「ふぁぁ……」
「今日のモモコは、随分眠そうなのです」
「気付いたらまた寝ていたみたい……」
「寝落ちは身体の疲れ殆ど取れないようなモンだから、気をつけろよ?」
「うん……」

 チームジェミニの2匹に気遣われ、モモコは力無く、でも笑顔だけは取り繕いながら頷く。確かにシオンの言う通り、睡眠時間こそ長かったもののゆっくり休めた気がしないほどに、身体にはまだ疲れが溜まっていた。その証拠に、頭には寝不足独特のぼんやりと、鈍い痛みがじんわりと広がっている。
 そんなモモコの魔法使い生活6日目。実質、今日がチームに入るか単独にするかという決断の日だった。期限は明日とされているが、明日までに決めないといけないということを考えると、ゆっくり決める時間は今日しかない。

「おい!」

 まるで啖呵を切るように、ミツキがモモコを呼び止めた。週末ということもあり、今日もチームカルテットは特に緊急で駆けつけなければいけない依頼はない。
 突然のミツキの呼び止めに、モモコはやや萎縮しながら驚いていた。お陰で若干目が覚めたりもしたのだが。

「な、何? ミツキ」
「話がある。ちょっと顔貸せ」
「はい!?」

 そう言いながら詰め寄るモモコはますます驚く。一緒にいたリオンも、真面目な性格故に一緒にあわあわと狼狽えている。

「こ、これが俗に言うチンピラのお呼び出しなのです!」

 どうしよう、カツアゲか説教か、まさか女の子相手にケンカか__モモコとリオンがまるでトサキントのようにぱくぱくと口を動かして固まっていると、ライヤとコノハが弁解にやってきた。

「ちょっとミツキってば、語弊ありまくり!」
「話したいことがあるんです! 僕達とモモコの4匹だけで……」
「えっ?」

 4匹だけ、という言葉にモモコは思わず反応する。
 確かに、1週間行動を共にしてきた者同士として、自分が勧められたチームとしてもこのタイミングで話しても何ら不自然ではない。
 とはいえ、話すと言っても何を話せばいいのか__モモコとしては3匹が、主にミツキが自分にどうして欲しいかによって、結論を出すつもりでいたため、話すことは特にないと正直思っていた。

「ダメかしら?」

 それでも、こちらを覗き込むコノハのねだるような顔には勝てない。

「い、いいけど……」



* * *



 チームカルテットとモモコの一行は、早速ほうきに乗って星空町の上空を飛んでいた。こうした風景は何ら珍しいことはなく、隣町の魔法使いと思われる見覚えのない魔法使いポケモン達も空中を行き交っている。
 まだ空中散歩に慣れず、いわゆるフラフラ運転状態のモモコを、時々コノハが手を取ってフォローしていた。
 魔法使い達をかき分けて4匹がやって来たのは、緑の三角屋根が特徴的な大きな建物の屋上。降り立った位置からは、星空町と町に面している海を一望することができ、正に絶景とも言えた。

「ここって、希望の時計台?」

 コノハは「ええ」と頷く。希望の時計台は、以前町案内をしてもらった際に訪れたことがあったためモモコも覚えていた。しかし、建物の屋上には来たことがなく、自分達がいる場所から見える景色は初めて目にするものだった。

「町案内の時は、クライシスが割り込んできてちゃんと紹介できなかったけど」
「ここ、ミツキのお気に入りの場所なんですよね」
「お気に入りっていうか、落ち込んだ時とかイヤなことがあったらここに来てるんだ」

 ミツキは少々照れ臭そうに、かつて自分が精神を崩壊しかけた時に、合奏を抜け出してここに訪れたことを思い出しながら補足する。モモコは「そうなんだ」と言いながらも、何処かぼんやりとした顔つきで屋上から見える海を眺める。
 やっぱり、何か思うところがあるのかもしれない__ミツキは、昨日コノハから聞いた話を思い出しながら、そう推測した。



* * *



 そもそも何故、ミツキ達がモモコを連れ出したかというと、話は昨夜まで遡る。

「「ホームシック?」」

 ミツキとライヤが声をハモらせながら、首を傾げた。
 コノハがモモコの部屋から出た後、居間で待っていたミツキとライヤに部屋で見たものについて話を振ったのである。

「もしかしたら、人間だった時の大切な家族や友達のことが忘れられないのかしら。それでミツキにあんなこと言ったのかも」
「無関係とは言い難いですね」

 まだ不確定な情報しかミツキ達の元にはないが、モモコの中ではまだ踏ん切りがついていないことはほぼ明らかである。
 モモコには元の世界の家族や友人、ポケモントレーナーでもあったためパートナーのポケモン達といった、残された者がたくさんいる。彼らのことを忘れられずに、今いる世界に壁を作っていると考えても、何ら不自然ではない。

「実際のところ、モモコはどう思ってるのかしら」
「なんだかんだ、俺もライヤもコノハも、まだアイツのことはよく知らないし、お互い分かり合ってないんだよな。俺は……分かろうとしなかった時間が多過ぎたけど」

 今さら遅いかもしれないが、もっと早い段階に自分の過ちに気付けていたら。もっと早くモモコに心を開けていたらと思うと、ミツキはやるせなかった。

「明日、モモコと話す時間を設けてみませんか? 明後日にはチームが確定してしまうので、ゆっくり話せるのは明日だけなんですよね」
「そうしてみっか」



* * *



ライヤの提案で今に至るワケだが、生憎ミツキは上手い話の振り方を心得ていない。ライヤとコノハは、ミツキから話を振るほうが彼にとっても何かプラスになるのではないかと考え、心を鬼にしてミツキにその役目を任せた。
 ない知恵を絞ってミツキが考え出した、上手い切り出し方は。

「イテッ」

 持ってきた荷物の中から、ミツキはリンゴをひとつ取り出し、モモコに渡すように投げる。当たりどころが悪く、リンゴはモモコのこめかみに直撃。
 モモコが夕食も食べずにそのまま眠ってしまったことを、上手く逆手に取れたのではないか__ミツキは我ながらいい案だと思っていた。

「昨日の夜から、何も食ってねぇだろ? 人間はリンゴ食わねぇのか?」
「人間も食べるよ……リンゴは」

 ミツキの真意を読み取れないまま、モモコは渡されたリンゴを手に取る。ミツキに目で「食わねーのか」と訴えられ、圧あるなぁと思いつつも、その優しさに内心では感じていた。その証拠と言わんばかりに、モモコは一口リンゴをかじる。特別お腹がすいていたというワケではないが、昨晩から何も食べていないとなると、リンゴひとつでも非常に美味しく感じるものだ。
 コノハも、モモコが食欲がないワケではないこと、食べる時はちゃんと食べていることに安心したのか、心の中で胸を撫で下ろしていた。

「モモコの元いた世界は、ミュルミュールや魔法使いはいなかったんでしたっけ」
「そうなんだよ。魔法なんておとぎ話だけのものだと思ってたし、楽器も音楽するだけの道具だった」
「2回ミュルミュールを目の当たりにしたけど、怖くない?」
「うーん……正直、怖くないって言ったら嘘になるかな。でも、それを分かった上で魔法使いになることを選んだから」

 ようやく、ミツキから貰ったリンゴを食べながらライヤとコノハの質問に答えていくうちに、今日の3匹の行動に対してモモコは疑問を覚えた。
 これまでも気にかけてくれたことはあったが、自分自身のことについて聞かれるのは、ここに来てからは初めてだ。ようやく鈍かったモモコも勘付いた。ミツキ達が自分のことを知ろうとしていることに。

「って、みんな今日どうしたの?」
「今日はそういう日なの! 期待の新米魔法使いのモモコに質問攻めコーナー!」

 確かに、自分のことについてこの世界のポケモン達には殆ど話してこなかったが、今このタイミングで__ここに連れて来たのは、そういうことだったのかとモモコはようやく理解した。

「じゃ、ライヤとアタシは質問したから次ミツキの番ね」
「質問って言っても……うーん」

 順番とはいえ自分の番が回って来て、ミツキは何を質問すれば良いのか考え始める。正確に言えば、質問しようとしていることは考えているのだが、どう聞けばいいのか分からない。

「……お前が人間だった時の生活って、どんなだったんだ?」

 ミツキのざっくりとした、しかしまるで核心に触れるかのような問いに、モモコは驚きを隠せなかった。まさかミツキの方からそうした質問が投げかけられるとは思わなかったのだ。

「えっ!?」
「家族のこととか、周りにいた友達のこととか」

 モモコとしては、自分自身について話すことに躊躇いを感じていた。その様子はミツキ達にも分かり、彼女が自身の生い立ちやバックボーンに引け目を感じていることが伺える。

「……きっとドン引きだよ? それでもいい?」
「いいのよ。アタシ達、モモコのことをちゃんと知りたいの。チームになるかとか、そんなの関係なしに仲間として」

 ミュルミュールにされたポケモン達の心の叫びをそれなりに聞いてきたミツキ達は、重過ぎるポケモン達の悩みに直面したこともある。この1年で、他のポケモンの深い闇に触れることがどういうことかは、分かってきたつもりではいる。
 コノハの懐の広さに、モモコも「いいかな」と思いながら、ようやく腹を括って話し始めた。

「……わたしね、家にいるのがイヤになってポケモントレーナーになって、修行の旅に出たんだ」

 家にいるのがイヤになった理由は、敢えてモモコもミツキ達も触れなかった。家のしがらみか、家庭環境が複雑だったのか。いずれにしても外に出て行きたかったというのが、当時のモモコの思いだったのだろう。

「ポケモンは好きだしトレーナーにはなりたかったからちょうど良かったと思ってる。でもね、結局帰る場所は毎日違っていたし、家に戻るよりはずっとマシだったとはいえ、自分の安心できる家がなかったようなものだったの」

 それでも旅を続けていたモモコは、余程家に帰りたくなかったのだろうか。
 コノハはモモコの想いを汲み取ろうと相槌を打ち、ライヤも口を挟まずに話を聞いている。ミツキもまた、モモコにそれほどの覚悟があったことを知り、いつものような憎まれ口を叩くこともなかった。

「だから、ここに来て受け入れてくれた魔法使いがいてくれたのが、すごく嬉しかったんだけど……。やっぱり、元の世界に置いてきたポケモン達や、旅の途中でできた友達のことも、忘れられなくて」

 元の世界の大切な人々のことを思い出したのか、モモコの頬には一筋の涙が伝っていた。心なしか涙声になりながらも、モモコはせめて今の気持ちを言い切ろうと、涙を拭いながらも話し続けた。

「ぜいたくだよね……。自分で決めたことなのに、結局どこかに後悔とかがあるんだもん。こんなこと言って、ごめん」

 それが、今のモモコに言える精一杯だった。
 自分で決めたことに対しては納得したかったが、必ず何処かしらに綻びが生じている。それに気付いてしまう自分に対して、思うところがたくさんあったのだ。 
 今でも根本的な部分は変わらないのだろう。この世界のポケモン達の優しさに触れ、感謝はしていても心の何処かでは元の世界のことが忘れられなかったり、寂しくなってしまったり。
 それがまるで、ミツキやライヤ、コノハ達の気遣いや優しさを無碍にしてるのではと思ってしまったのだ。

「俺はそうは思わねぇけど」

 ミツキの言葉に、モモコは「え?」と顔を上げる。ライヤとコノハも、まさかミツキの口からそのような言葉が出てくるとは思わず、目を丸くしていた。

「だって、お前にとって元の世界で関わってきたヤツらは大切だと思ってるんだろ? だったらそれでよくね?」

 モモコにとっては、そのミツキの答えは意外なものだった。ミツキだから、とかではなく“誰であっても”自分の考えは否定されるのではないかと思っていたのだ。
 ミツキはモモコの今の思いを否定しなかった。自分が大切に思っているならそれでいいと言っているのだ。
 また、ミツキ達はこの1週間で、そしてモモコの先程の言葉で自分達のやってきたことに対して、モモコが感謝しているということも分かっていた。特に自分達はそうしたことをしているつもりがなかったからか、むしろ有り難かったほどだった。

「んで、どうしようもねー時は辛いって言ったり泣いたりしてもいいんじゃねーのか? 俺達がその穴を埋められるかは、わかんねぇけど」

 そう言いながらぽん、とモモコの頭に手を置くミツキの手は、体温はみずタイプの性質で冷たくても優しさや温かさは伝わってきた。それが心のスイッチを入れたのか、モモコは何かが吹っ切れたかのように涙が止まらず、嗚咽を溢しながら子どものように暫く泣き続けていた。
 同時にようやくモモコという、たった1人の女の子のことを知ることができたと、ミツキも、ライヤも、コノハも思っていた。

「俺は、お前とチームを組みたい」
「えっ?」
「今さらどこの風の吹き回しかって言われるのも分かる。虫が良すぎるってのも分かってる。でも、俺を変えてくれたお前と一緒に頑張りたいんだ」

 モモコが来てから、ミツキは明らかに変わった。それはミツキ自身も自覚している。しかし、2匹が打ち解けるまでにはそれなりの時間を要し、特にミツキはモモコに散々辛辣な言葉を投げかけて来た。
 モモコに断られることも覚悟の上で、ミツキは自分の“そうしたい”を彼女に告げる。

「もちろん僕もです」
「アタシも」

 ライヤとコノハの意志も当初と変わらなかったが、心持ちはまた違っていた。
 モモコと約1週間共に過ごしてきた上での結論だった。ミツキを変えてきただけでなく、モモコ自身の努力もポテンシャルも見てきた2匹もまた、モモコと共に頑張っていきたいと思ったのだ。

「わたしは……」

 モモコが答えようとしたその時。 4匹の空気をぶち破るかのように何処からか大きな音が聞こえてきた。まるでスフォルツァンドのような突然の爆音に、一同は驚く。

「な、何だ!? 今の音!」

 まさか__モモコとライヤはひとつの予想を立てたがコノハが何処からか、暗黒魔法と思われる魔力を感じ取ったことでその予想は見事に的中した。

「ミュルミュールよ!」
「音的にもここからならかなり近いです、行きましょう!」

 4匹はほうきに乗り込み、ミュルミュールと思われる影が見える方へと飛んで行った。



* * *



 チームカルテットが駆けつけた先は星空町の大広場。暴れまわっているラーメンのどんぶり型ミュルミュールの足元には、水晶の中に閉じ込められているカケルの姿があった。

『オレは! また! 通行ポケモンと! 激突したッ! いつも失敗ばかりで、てんちょーに申し訳ない!』
「か、カケルかよ!?」

 そして、またぶちまけたと思われるラーメンの残骸も地面に転がっており、落ち込んでいたところをミュルミュールにされたとコノハは推測する。

「カケルってば、また出前の商品ぶちまけたのね……」

 そんな4匹の目の前に現れたのは、ドレンテだった。今日は1匹だけで行動しているようで、グラーヴェとソナタの姿はない。
 相変わらず、にたぁと同年代とは思えない笑みを浮かべ、じっとモモコを見つめている。

「やっぱり来たようだね、モモコ」
「ドレンテ……! またあんたなんだね!」
「って、今日ラーメンぶっかけられたのお前か?」
「う、うるさい!」

 確かにドレンテの右頬には、ナルトがへばり付いていた。言われてみれば、何処と無く今日のドレンテからはラーメン臭がする……なんてことを考える一同。
 ドレンテは格好がつかないと思ったのか、慌てた様子で頬のナルトを摘み、口に放り込む。案外食べ物を粗末にしたくないタチなのだろうか。
 それにしても、つくづくドレンテと遭遇すると、モモコは人間時代によく見たヒーローものの漫画等で、性懲りも無く破壊活動を繰り返したりしつこく付きまとってくる悪の組織のことが頭をよぎる。
 同時に、まだミツキ達と比べて出来ないことの方が多いが、自分達はその悪の組織と戦いポケモン達の心を守る魔法使いであることも、つくづく実感させられた。

「とにかくみんな、このままいくわよ!」
「サポートします! 『アレグロ』と『アニマート』です!」

 コノハの呼びかけと共にライヤがバットを振ると、弾ける光がバットの先端から発生する。まずは赤い光を、次いでレモン色の光を間髪入れずにミツキ、モモコ、コノハの3匹に飛ばした。
 ライヤの得意分野はこうしたサポート魔法であり、仲間達の能力を向上させることができる。お陰で、ミツキ達のスピードもパワーも格段に上がり、ミュルミュールや闇の魔法使いと戦いやすくなるのだ。

「みんな、離れてろ! 『霞爆弾』!」
「『チャーミングフレイム』ッ!」

 ミツキとコノハがそれぞれ、霧が発生する爆弾でミュルミュールの目をくらましつつ、花火のように美しさを伴う炎で攻撃する。しかし、ミュルミュールにはまだ致命傷を与えられていない。ミュルミュールは元々はポケモンということもあり、浄化が目的ではあるが体力を奪っていかないと隙を突くことはなかなか難しい。

「まだ効いてないわ……」
「わたし、足元狙って体勢崩すよ!」
「お願い!」

 魔法が使えなくても、出来ることはやりたい__そう思ったモモコは地上へと降り立ち、ほうきから降りるとミュルミュールの体勢を崩すために足元を狙いにかかった。

「『たいあたり』っ!」

 本当ならば『やどりぎのタネ』で行動を封じても良かったのだが、まだポケモンとしての経験も浅く、暗黒魔法という脅威の前では確実にダメージを与えた方が今はベスト。そう判断したモモコは、ミュルミュールの膝元あたりに攻撃を仕掛けるが。

「それ、『たいあたり』じゃない!」

 繰り出された技は、ゴーストタイプの力を伴った鋭い爪での攻撃だった。黒紫色に光る爪は、確実にしっかりとミュルミュールの膝元にヒット。ミュルミュールの体勢は崩れた。

「『シャドークロー』……珍しい技を覚えているんですね」
「えっ、あ、うん……?」

 ライヤは今のモモコの技がゴーストタイプの物理技『シャドークロー』だと判断する。
 しかし、本来のハリマロンは技マシンという特別な道具を使わなければシャドークローを覚えられない。技マシンもなしに珍しい技を何故自分が使えたのか、モモコにはそれが疑問に感じた。

「しめた、ミュルミュールの体勢が崩れたぞ! 『流星群落とし』!」

 ミュルミュールがよろけている隙に、ミツキがほうきから勢いよく飛び降りながら、手裏剣を空中で投げつける。
 すっかり冷静さと連携プレーをする意欲を取り戻したミツキの投げつけた手裏剣は、ミュルミュールに全て直撃。ミツキがモモコの隣辺りに着地するのと同時か、少し遅れるぐらいにミュルミュールはとうとう地面に大きな音を立てて倒れた。

「っしゃ! 全弾命中!」
「そんな……相性最悪のコンビが、どうして連携プレーを……?」

 ドレンテには4匹が協力し合いながら上手く戦っていることが、まるで信じられないようだった。モモコはミツキと目を合わせながら、ドレンテに向けて答えた。

「そうだね、わたしとミツキは最初はいがみ合ってばかりだったね」
「でも、お互いのことを少しだけど分かってきた。だから今、こうして一緒に戦える!」

 すると、コノハが飛び付いてくるようにモモコの方に迫ってくる。遅れてライヤもまた、3匹が集まっている所へ着地し、ドレンテには4匹が並んでいるように見えた。

「もぅ、アタシ達も混ぜてよっ! ミツキとモモコばっかりずるーい!」
「僕達は少しずつですが、信頼関係がやっと生まれてきました。きっとこれからも、もっともっと一緒に強くなれます!」



 4匹の胸元から、それぞれのシャムルスフェールと同じ色の光が発されたのはその時だった。



「なっ……!」

 ドレンテも、眩いほどの光に恐れをなして目を覆う。発生した鮮やかな光は、次第に形を変えて1枚の紙切れとなる。綴られていたのは、五線譜に並ぶ音符達__楽譜だった。

「これって……曲?」

 モモコが首を傾げる一方、ライヤはぱあっと目を輝かせて興奮気味になっていた。

「アンサンブル、僕達のアンサンブルです!」
「4匹で同じ曲を吹いて浄化するのよ!」

 今まで見てきた浄化は、ライヤとミツキによる1匹だけでの浄化だった。今手元にあるのは、複数のポケモンによる演奏のための楽譜であり、たった今モモコにも浄化が求められている。
 しかしながら、モモコはまだ楽器に関しては基礎練習の段階であり、ようやく基礎練習用の簡単な曲が吹けてきたところだ。ミツキ達と同じ曲というだけでも、モモコにとってはハードルが高く感じる。

「う゛ぇぇ!? わたし初見だよ!? しかも浄化ってしたことないよ!」
「んなモン、この曲なら俺達だって初見だ」
「初めての浄化なら、丁度いいですね!」

 だが、4匹でならきっと上手くいく__ライヤはその可能性を信じていた。むしろ、1匹だけでミュルミュールを浄化することの方がハードルが高いかもしれないが、それを仲間同士で分かち合うことができる。魔法使い的には、モモコの初浄化がアンサンブルということは非常にラッキーなことなのだ。

「よーし、やってみるわよ!」

 切り込み隊長のコノハの号令で、4匹はミュルミュールを中央に、取り囲み円になるようにして定位置に着く。

「情熱と!」
「勇気と!」
「英知と!」
「純愛を!」
「「4つの心から生まれる希望!」」

 4匹の掛け声で曲は始まった。 全員が初見であるため、完璧な演奏には程遠かったがアンサンブルによって強化された魔力と、曲に込められた想いの力が技術をカバーしていた。
 とりわけ曲に花を添えているのが、華やかなバンドの花形トランペット、包み込むような優しい音色のユーフォニアム、アンサンブルを支えるバリトンサックス、煌びやかさと可憐さを持ち合わせたフルートの順に奏でられるソロ。
 青、黄緑、黄色、ピンクの魔法陣が重なり合い、ミュルミュールの足元に発生している。

「「チームカルテット・エスポワールアンサンブル!」」

 その掛け声が、演奏終了の合図。色取り取りの光に包まれ、ミュルミュールは浄化され、元のスピリットへと戻っていった。

「ハピュピュール〜」
「そんな……アンサンブルを使うなんて……ッ!」

 4匹のアンサンブルを目の当たりにしたドレンテは驚きを隠せなかったが、その表情はすぐに憎しみを表すものとなる。チッと小さく舌打ちをしながら捨て台詞を吐き、ドレンテはその場を後にした。

「どうせ、まぐれだろうけどね!」



* * *



 カケルを元に戻し、広場のベンチに寝かせたチームカルテットとモモコは、マジカルベースに戻ろうとしていた。ふと、モモコが伝え忘れていたあることを思い出し、ミツキ達を呼び止める。

「ねぇ、みんな! さっき言いかけてたこと、まだ言ってなかったよね」
「何だ?」
「ミツキへの返事」

 ミツキ達を見つめるモモコの表情には、清々しいまでの決意が現れており、見ただけで何が言いたいのかがすぐに分かった。ミツキもライヤもコノハも、モモコの答えを理解したのかその返事を快く受け入れる。

「わたし……チームカルテットに入る。みんなと一緒に、頑張っていきたい! 今日は話聞いてくれたりしてありがとう。こんなわたしだけど、これからよろしくして下さい!」
「こちらこそ」
「これからよろしくね!」

 そしてモモコは、今度はミツキに向き直る。

「ミツキもありがとう。リンゴおいしかった」
「や、安物だ!」

 照れ屋なミツキは、顔を赤らめながら天邪鬼ともいえる返し方をする。ミツキが素直になれるのは、まだまだ先かもしれない__ライヤとコノハは、幼馴染ながらにそう思った。

 かくして、チームカルテットはモモコを正式に加えることになり再スタートを切った。
 しかしこれが再スタートではなく、真の出発地点であること。そして長い間寂れていた大いなる物語の入り口であることを、ミツキも、モモコも、ライヤも、コノハもまだ知らなかった。



* * *



 その日の夜、マナーレはモデラートの部屋を訪れており、魔法に関する資料を整理しながら彼に話を振っていた。

「それにしてもマスター、4匹がアンサンブルを奏でました」
「ボクも見ていたよ」

 モデラートの手元には、手のひらに丁度乗るようなサイズの水晶玉があった。まるで海の水のように青く光っており、何処と無く神秘的な雰囲気を醸し出している。きっとこの水晶玉で、チームカルテット4匹の様子を伺っていたのだろうと、マナーレは推測した。

「まぐれなのでしょうか?」
「さてね。でも間違いないのは、あの4匹はこれからもまだまだ伸びる」

 夜食用のクリームパンを食べながらそう言うモデラートは、まるで何かの時が来ることを待ち侘びていたようだった。
 チームカルテットがそこに辿り着くことは来るのか、いつ、その時が来るのか。
 そればかりは、モデラートにも分からない。

花鳥風月 ( 2018/06/19(火) 18:31 )