ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜 - 第1楽章・はじまりの1週間 −Ouverture−
009 僕達を信じて下さい
「あ、あんたは!」

 諸刃の洞窟最深部で、クライシスの三幹部とエンカウントしたミツキとモモコ。三幹部が従えているのは、大きなカバンの形をしたミュルミュールだった。

「えーと……誰だっけ?」

 しかしながら、クライシスの三幹部と一度しか激突していないモモコは、彼らの名前を忘れてしまったようだ。
 このモモコの対応に、最も憤慨していたのはソナタだった。余程インパクトを残したかったのか、かなりの自意識過剰なのか。あるいは、その両方かもしれない。

「ちょっと! 前に忘れないでって言ったのに!」
「まぁ、もう覚えてない奴らも多いだろうから」

 グラーヴェに宥められながら、ソナタは「こほん」と咳払いをして自己紹介をする。

「あたし達は闇の魔法使い組織『クライシス』の三幹部! このオッさんがグラーヴェで、そこのイーブイがドレンテ。そしてこのあたしが、音の大陸一の美貌を誇るソナタよ! オーッホッホッホ!」

 しかしながら、ソナタが向いている先はいわゆるミツキとモモコの反対方向。まるでカメラ目線で、この世界とは別の世界にいる者達に向けて話しているかのようだった。

(誰に向かって言ってるんだろう)

 心の中でツッコミを送っていたモモコだったが、ミツキがソナタの持っているあるものを指差して我に返った。
 黒紫のクリスタルの中に、左胸に黒い星のマークが浮かび上がっているヒコザルの姿。すぐにミツキもモモコも、彼が行方不明のヒコザルであることを理解する。

「てめぇら、そいつは!」
「あんた達が探していたポケモンは、素敵なミュルミュールにしてあげたわ」

 ソナタが得意気に微笑むのと同時に、背後のミュルミュールが悲痛な雄叫びを上げている。

「ミュルミュール!」

 遅かった。クライシスに先回りされていたことを察し、ミツキもモモコも失意を露わにする。だが、今は悔いていても仕方がない。ミュルミュールに変えられたヒコザルを、元に戻すことが先決だ。
 丁度いいタイミングで、後ろから2匹を呼ぶ声が聞こえた。

「ミツキ、モモコ!」

 ライヤとコノハが駆け降りてきた。順当にダンジョンを降りて来た2匹と、ようやく合流することが出来たのだ。
 ライヤは体力のなさからコノハよりも息を切らしているものの、2匹の無事を確認すると安心したような表情をする。コノハはミュルミュールの大きさと魔力に圧倒されていた。

「うわっ、デカいミュルミュールね……!」
「ちょうど今現れたところだ」
「あのミュルミュールは、依頼主のヒコザルだよ!」
「やっぱりそうでしたか……!」

 ミツキとモモコが状況を説明し、ライヤとコノハも先頭体制に構える。ライヤはベースボールで使うようなバット、コノハはハートのステッキ、ミツキは忍者道具を手にしているが、モモコにはあいにくそういった武器がない。役に立てるか分からないが、魔法の使い方がまだ分からない現状では、今の持ち技でモモコは戦うしかなかった。

「みんな、行くわよ!」

 コノハの掛け声で、“ミツキ達”はミュルミュールへと向かって行った。
 この時、ライヤもコノハも驚いていた。いつも身勝手な戦いをしていたミツキが、足並みを揃えて戦おうとしているのだ。はぐれている間に、何かあったのかもしれない__どちらにせよ、ライヤとコノハからすればこのミツキの変化は嬉しいものだった。

「……ソナタ、準備はいい?」
「ええ」

 しかし、その喜びも束の間。ドレンテとソナタは黒いオーラに包まれたあるものを手に取った。
 モモコは自分の目を疑い、2匹が手に取ったそれを二度見ほどした。ドレンテは、フローラの持っているアルトサックスよりも一回り大きなテナーサックス。ソナタはバイオリンとよく似た見た目の弦楽器のヴィオラ。
 クライシス側もまた楽器で魔法を使い、魔法使い達に向かい打つのだ。

「いくよ!」

 ドレンテのアインザッツで、2匹の曲が始まった。
 テナーサックスとヴィオラからは、ゆったりとした三拍子のワルツがぶつかり合いつつも美しい不協和音を響かせている。サックスと弦楽器のデュエットは非常に珍しいが、この2匹の音色は非常に相性が良いために、不協和音でも美しい音色に聞こえる。同時に2匹の楽器から黒いオーラが発され、まるで触手か何かのようにライヤとコノハを締め付けるように包み込む。

「ぐあっ……!」
「く、苦しい……! 何て強い闇のオーラなの……」

 ライヤとコノハはというと、金縛りに遭ったかのように動きを封じられ、その身体を包み込まれていた。闇のオーラはまるで2匹の力を吸い取っていくかのように、次第に大きくなっていく。

「どうだい? 『ロッキング・ワルツ』の味は」
「くすくすくす……! いいわよぉその苦しむ表情!」
「行動制限は、やはり闇の魔法使いの基本だな」
「ライヤ、コノハ! 今助けるからな!」

 ミツキがドレンテとソナタに攻撃を仕掛けようと接近すると、ミュルミュールがドレンテ達を守るように立ちはだかり、その大きな拳を振り落とそうとする。

「ミツキ、危ない!」

 モモコが怪我をしていない方のミツキの腕をとっさに掴み、ミュルミュールの拳をかわしたことで助かった。ミュルミュールが殴りつけた地面は、まるで隕石でも落ちたかのような大きな跡が残っていた。あんなものに殴られていたら、今頃ミツキはぺしゃんこになっていたことだろう。

「ざんねーん。キミ達にはミュルミュールの相手になってもらうよ。でも、相性最悪のミツキとモモコが、こいつを元に戻せると思えないけどね?」

 クライシスは最初からこれが狙いだったのだ。ライヤとコノハの動きを封じ、相性最悪のミツキとモモコを共倒れさせ、消耗したモモコを捕らえる。連携が上手くいかない今のチームカルテットだからこそ、崩すのは容易いとドレンテ達は踏んでいた。

(大丈夫、さっきみたいに落ち着いて攻撃すればうまく行くハズ!)

 それでも、モモコは一縷の希望をかけていた。冷静に目標を定めて連携を取れば、大勢のポケモン相手でも戦うことが出来た。ミュルミュールとなれば話は違うかもしれないが、原理は同じハズ__モモコは再び、ミツキとの連携を図ろうとした。

「ミツキ、さっきみたいに__」

 しかし、ミツキは血相を変えてミュルミュールに突っ込んで行く。先程の協力体制とは打って変わって、まるでこれまでのミツキと変わりなかった。 
「ミツキ!」

 ミツキに近寄ろうとするモモコだったが、軽々とミュルミュールに襟首を引っ掴まれ、そのまま地面に叩きつけられる。
 それなりに高いところから突き落とされ、モモコにとってはなかなかの致命傷だ。それでも諦めまいとモモコは、膝をつきながらゆっくりと立ち上がり、よろよろと体制を立て直し、またミュルミュールとミツキに近づこうとする。

「ダメ……。モモコの声、今のミツキに届いてない……」
「冷静さを失っていますね……」

 しかし、ミツキはモモコには目もくれずに気が狂ったように攻撃を続け、ミュルミュールはそんなミツキの攻撃を軽くあしらうと、モモコを先程のように叩きつけたり、拳で殴るように吹き飛ばす。
 まるで話にならない戦いを見て、ソナタはご満悦な様子で高笑いする。

「オーッホッホッホ! ざまぁないわね!」
「やっぱりキミ達は最悪のコンビだね。潰すのに思ったより時間がかからなかった」

 ドレンテは不敵な嫌らしい笑みを浮かべると、再びテナーサックスを手に取り、演奏体制に入った。

「ソナタ、モモコにもアンサンブルを」

 ソナタが頷き、ヴィオラを手に取ると先程と同じ曲がモモコに向けて奏でられる。美しさと胸騒ぎを同時に感じさせるソナタと、そこから発せられる闇のオーラは、確実にモモコを追い詰めていた。

(ダメだ、ミュルミュールの攻撃を避けながらじゃ……!)

 曲に気を取られていると、ミュルミュールが攻撃を都合よく仕掛けてくる。ミュルミュールに気を取られていたところで、スキを突かれたモモコに闇のオーラが襲いかかり、彼女を易々と包み込んでしまった。

「うわぁああっ!」
「「モモコ!」」

 闇のオーラに囚われたモモコは指一本動かせず、締め上げられるように力を吸い取られていく。心なしか、ライヤとコノハにかけられた魔法よりも強力に感じられた。

「うご……けな……っ」

 ミツキもさすがに、動けている魔法使いが自分だけであることが分かると、我に返った。
 以前、希望の時計台でクライシスと戦った時と何も変わっちゃいない。仲間達がやられているのを、黙って見ているか、自分の感情を先行させて放っておくか。

「……!」
「ようやく正気に戻ったかい? ミツキ。残念だけど、モモコはもうボクの手に落ちるよ?」

 ドレンテのとどめの一言で、ミツキはがくっと膝をつく。結局自分のせいでモモコさえも守れなかった。
 もう誰からも愛されないように、守られないように突き放していたことで、バチが当たった__まるでエレベーターが急降下するように、ミツキの心も絶望の底へ落ちていく。

「2匹はお疲れ様でした、っと。『リベルタ』!」

 ソナタが呪文をライヤとコノハに向けて唱えると、2匹の闇のオーラが取って払われた。魔法解除の呪文だったのだろう。

「……僕達への魔法が!」

 しかし、解放されたのも束の間、体力を奪われたライヤとコノハには、まだ倒されていないミュルミュールが待ち構えていた。暴れ回るミュルミュールは、ライヤとコノハが体制を立て直すのを待ってくれない。

「うわぁああっ!」
「きゃあっ!」

 自分の不甲斐なさで、結局周りに迷惑をかけ、誰も助けられない。むしろ自分のしたことが、仲間達が倒れていく未来を作っていく。ツケが回ってきたことを、ミツキはただひたすらに悔いていた。

「俺は……結局俺がやってたことって……」
「ミツキ、まだ諦めないで下さい!」

 ライヤの言葉に、ミツキは顔を上げる。目に写っているのは、弾けるような光を纏うバットを振り回すライヤと、ステッキの先端のハートから、燃え盛る炎を連射するコノハ。
 余裕がないように見え、しかしまだ諦めていない2匹は、何とかミュルミュールとの間を作ってミツキに呼びかける。

「アタシ達がミュルミュールを相手するわ。だからミツキはモモコを!」

 こんなに頼られているのはいつ振りだろうか。
 ミツキは今、未来の仲間になるであろう魔法使いを助けることを任された。しかしそれは、自分にかけられた期待であり、裏切ることになればモモコはドレンテの手の中だ。
 しかもライヤとコノハも、ミュルミュールと戦っている。2匹に何かあったら。やらなきゃ、でも怖い。正義感と臆病な気持ちが、ミツキの中でせめぎ合っていた。

「でも、もし失敗でもしたら全滅だぞ! お前らが__」
「もっと僕達を信じて下さい!」
「簡単に倒されるほど、アタシ達もヤワじゃないわよ! あれから1年、頑張ってきたんだから!」

 ライヤとコノハの言葉に、ミツキははっとした。
 苦しかったのは、罪悪感を背負っていたのは自分だけじゃなかった。ライヤとコノハも同じだったのだ。
 ミツキが不貞腐れても、ライヤもコノハも決してミツキを見捨てず、且つ前を向いて1年間頑張ってきた。

__ユズネさんも同じ気持ちだったんじゃないかな。

 仲間を守るための“自分勝手”。今までそうしてきたハズだったが、きっとそれはやり方が違っていた。ミツキも分かっていたハズだったが、気持ちの整理がつかず、ただ闇雲にミュルミュールを蹴散らそうとし、本当の意味で仲間達を顧みなかった。

「……すまねぇ、頼んだ!」

 ライヤとコノハに想いを託し、ミツキはミュルミュールの攻撃を掻き分け、ドレンテとモモコの元へと急接近した。
 既にモモコはドレンテの魔法により、体力を吸い取られている。闇のオーラが四肢に、首元に纏わり付いており、非常に苦しそうだ。ドレンテはそんなモモコを見て、ご満悦そうに前足で彼女の顎をくいと持ち上げ、相変わらず嫌らしい笑みを浮かべる。

「いいね……凄くいいね! ずっとこの時を待ってたよ、モモコ!」
(苦しい……力が吸い取られていくみたい……)

 どうやらドレンテとしては、モモコを自分の手中に収められるだけで満足だと考えているようで、彼女が苦しもうが構わない様子だった。

「そろそろ頃合いかな。観念してボクのモノになってもらうよ」

 そう言いながら、ドレンテはゆっくりとモモコの身体を自分の元へと引き寄せていく。心なしかぞわっとするような感覚に、思わずモモコは心の中で助けを乞うた。

(嫌だ! 誰か助けて!)

 このままダメかもしれない__そう思った時だった。

「『霞爆弾』!」

 手のひらサイズの爆弾が、ドレンテ目掛けて放たれる。それは見事ドレンテに命中し、辺りにひんやりとした霧が発生した。

「えっ……!?」

 思わず視界を奪われたドレンテは、モモコから手を離してしまった。ドレンテから解放されたモモコはというと、闇のオーラに囚われたまま、その場に息を切らして崩れ落ちる。
 魔法を解除できるのは、その魔法をかけた魔法使いだけであるため、未だ体力は奪われ続けているのだが。

「モモコ、怪我はないか?」

 ミツキが動けないモモコの手を取り、またドレンテに手出しをさせないように自分の陰に避難させる。

「うん……あ、ありがとう」

 なんだかんだ、またミツキに助けられてしまった__助けてもらった。安心するような、ちょっと申し訳ないような、モモコは複雑な心境ではあった。

「ミツキィイイッ!」

 ようやく視界が晴れたドレンテは、ミツキがモモコを助け出したことに気付くと、殺気を放ちながら鋭いツメを光らせながら、ミツキに襲いかかった。

「邪魔をするなッ!」

 ミツキはドレンテの気配をすぐに察知すると、忍者道具のひとつである棒手裏剣で、ドレンテのツメに向かい打つ。力は互角だが、ややドレンテが押されている。強力な魔法の曲を奏で、体力を使っていることもあるが、それ以上にミツキから力があふれ出ているのだ。

「ドレンテてめぇ、これ以上仲間に手出すって言うなら、俺が相手になる。前に言ったの、忘れたのか?」

 ミツキはドレンテを睨みつけながら、もう片方の手で『みずのはどう』を打ち込んだ。ドレンテはその強い威力に吹っ飛ばされ、岩壁に身体を打ち付ける。

「ぐあっ!」
「「ドレンテ!」」

 ソナタもグラーヴェも、予想外のことが起こっている以上にドレンテのことが心配だったのか、すぐに彼のもとへ駆け寄る。モモコはというと、あるミツキの変化に気づき、驚いているのか瞬きを何度も繰り返している。

「ミツキ……わたしのこと、名前で呼んでる?」

 同じ頃、ライヤとコノハがようやくミュルミュールに十分なダメージを与え、余裕が出てきたのかミツキとモモコの方へ視線を向けた。何とかモモコをドレンテから引き離すことができ、2匹は内心では非常に安心していた。

「ミツキ、モモコ! 大丈夫ですか?」
「ミュルミュールが消耗してきたの。ミツキ、浄化をお願い!」

 確かにミュルミュールは、先程までの勢いを失っており、動きが鈍っている。浄化するとすれば、今が絶好のチャンスだ。

「任せろ!」

 力強く返答したミツキは、青く輝く水を纏いながら現れたトランペットを手に取る。

「流れる水のように! 『情熱のラプソディー』!」

 ミツキが奏でる曲は、まるで普段の彼とは正反対の曲だった。
 テンポの速さこそミツキそのものを表しているが、自由気ままにちょっとおどけた曲調は、それまで自分で作った固定概念に囚わいたミツキとは打って変わって明るくのびのびしたものだった。

「ハピュピュール〜」

 トランペットのベルから放たれる輝く水流に包まれて、ミュルミュールはスピリットへと戻っていく。
 今日のところは負けたと踏んだソナタとグラーヴェは、先程ミツキの攻撃をモロに喰らったドレンテの様子を伺っていた。

「ドレンテ、大丈夫?」
「……気を失っているな。ここは一旦引こう」

 ソナタはいつもの特等席であるグラーヴェの背中をドレンテに譲ると、彼らと共にその場を後にした。同時に、クライシスの魔法の効力も切れ、モモコの身体からは闇のオーラが取っ払われていた。
 チームカルテット一行は、呼吸を整えながらクライシスが完全に撤退したことを確認する。

「逃げたか」
「アタシ達も、このヒコザルくんを元に戻したら帰りましょう」



* * *



 ところ変わって、マジカルベース本部、モデラートの部屋の一角。
 気を失っているタクトを連れて、チームカルテットが戻ってきた。タクトを一時的にモデラートのベッドで寝かせ、チームカルテット、モデラート、マナーレ、そして医師のディスペアがタクトの目覚めを待っていた。
 そして、空が薄い桃色と紫のグラデーションで幻想的な色を作り出した頃。

「うぅ……ん……」

 ようやく、タクトが重い瞼をゆっくりと開いた。

「気が付いたかい?」
「よかったわぁ。大きな怪我もなかったみたいね」

 モデラートがひょっこりとにこやかな顔でタクトの視界に映り、隣ではディスペアが安心したように胸を撫で下ろしている。

「お、オレ……確か洞窟で……。そうか、ミュルミュールにされていたのか……」

 タクトは目を覚ます前までの出来事をゆっくり、しかし確実に振り返っていた。ポケモンによって差はあるが、ミュルミュールになっていた時のことを覚えているポケモンと、記憶が曖昧なポケモンに分かれるのがこの世界の一般的な認識だ。
 タクトは自分の振り返りを終え、自分が怪物になり暴れ回っていたことを悟ると同時に、自分が元に戻っていることから、ひとつの結論に達する。

「って、魔法使いの方ですか!? もしかして、助けて下さったんですか!?」

 やや興奮気味に起き上がって身を乗り出すタクトに、モデラートは穏やかな口調でチームカルテットを紹介する。

「彼らが助けてくれたんだよ。カルテットっていうチームなんだ」
「そうだったんですか……本当にありがとうございます!」

 タクトに一礼されて、チームカルテットはまんざらでも無い様子だった。まだ正式にチームの一員ではなく、特に大きな活躍もしていないモモコは、どう反応して良いのか分からなかったが、コノハににやにやされながら「ミツキの起爆剤になったでしょ」とつつかれた。

「これ、つまらないものですが、お礼の品です」

 タクトが思い出したように自分の荷物から取り出したのは、透き通るように美しい4つの水晶のカケラだった。

「なんだ? これ」
「オレの故郷に、水晶の洞窟ってあるんすけど。そこから採られた、触るごとに色が変わる不思議な水晶なんです。音の大陸じゃ、結構珍しいって聞いて……」

 確かに、渡された際は映されたものをそのままの姿で表していた水晶が、持つ者によって色を変えている。ミツキなら情熱的な赤、モモコなら優しさが溢れる薄いピンク、ライヤなら落ち着いた群青色、コノハなら暖かな橙色。4匹はその水晶の不思議さに感心していた。

「草の大陸は他の大陸と比べても、神秘的な場所が多いと言われているからな」
「本当にこの度はありがとうございました! ではっ!」

 タクトは深々と頭を下げると、部屋を飛び出して行った。モデラートが「玄関まで送るよ」と気を遣ったのだが、滅相も無いと恐れ多そうだったため、部屋までの見送りとなったのである。
 タクトが部屋から出たことを確かめると、部屋の扉がモデラートの魔法により音を立てて閉じられていく。

「まさかミュルミュールになってた依頼主を助けるとはね」
「チームカルテットがまともにミュルミュールを浄化できたのは、久し振りだな」

 今日のチームカルテットの活躍はかなり久しかったのか、モデラートとマナーレは感心していた。すると、ライヤとコノハはちょっと得意げにミツキに視線を送りながら答えた。

「ミツキが頑張ってくれましたからね」
「そうそう!」

 褒めちぎられたのも久し振りだったのか、ミツキは照れ臭そうに目を逸らす。もしかしなくても、ミツキは相当の照れ屋なのかもしれない__モモコは勝手ながら、そう分析した。
 不意に、ディスペアが面白がるようにミツキにひとつ、質問を投げかけた。

「ミツキちゃん。モモコちゃんを受け入れる気になった?」
「それは__」

 ディスペアの質問に、ミツキは一瞬答えを出すことに躊躇ったが、いつものような不機嫌そうな顔ではなく、どこか吹っ切れたような顔をしていた。

「あと2日には多分、答えが出せると思う」

 そのミツキの言葉に、モモコもはっと思い出す。依頼がひと段落し、すっかり頭から抜けていた。

(そっか、今日が終わったからあと2日なんだ!)

 あと2日で、モモコの活動体系が決まる。
 もし、モモコがチームカルテットと一緒にいることを選ばなかったら。あるいは、ミツキがモモコのチーム加入を承諾しなかったら。



 4匹でのチーム活動は終了するのだ。

花鳥風月 ( 2018/05/30(水) 21:43 )