ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第1楽章・はじまりの1週間 −Ouverture−
001 リアクション芸人かこいつは



 ポケットモンスター、ちぢめて、ポケモン。
 この星に生きる、不思議な生き物。

 では、不思議な生き物が不思議な力を使ったら、どうしますか?
 これは、不思議な力を、魔法を使って笑顔と希望を運ぶポケモン達のお話。



* * *



 ここは、ポケモンだけが住む世界にある『音の大陸』。決して大きな町ではないが、夜になると星空が一番美しく見える場所と言われている町があった。南東に位置するその町は『星空町』と呼ばれていて、たくさんのポケモンが出入りしている。
 実はこの世界には、『魔法使い』と呼ばれるポケモンが何匹か住んでいる。魔法と呼ばれる不思議な力を使って困っているポケモンを助けたり、未開の地を探検している。
 しかし、ここ最近ではポケモンが怪物にされるという事件が相次いでおり、魔法使いにその浄化が任されている。この怪物の浄化はとても危険な仕事で、仕事に耐えられなくなることも少なくない。そのため、ここ最近では辞めていく魔法使いが後を絶たない。

 星空町の海沿いにある、クラウンを被っている水色のポケモン__ブルンゲルをモチーフにした丸い形建物と、宿舎と呼ばれている3階建てのツリーハウスが並ぶ敷地。それが魔法使いの拠点『マジカルベース』。
 夏の終わりのある日の夜から、物語は始まる。



 町のポケモン達が寝静まったその日の夜。町の明かりがぽつ、ぽつと道なりに灯されているだけで、ポケモン達の声ひとつしない、いつもと変わらない夜。鼓膜が破けそうなくらいの大きな音が、マジカルベースの周りを襲った。

「はっ!?」

 マジカルベースに住み込んでいる魔法使いポケモン達は、その何かが落下したような低い音に驚いて目を覚まし、起き上がる。普段の仕事でも聞かないようなその音は、たくさんの大きな太鼓でもフォルテシモで鳴らしたもののように聞こえた。
 魔法使いの少年で、水色の身体を持つあわがえるポケモンのケロマツ、ミツキも気だるそうにベッドから出て窓の外を確認する。マジカルベースの周りは海岸で、宿舎の最上階でもある3階のミツキの部屋の窓からは、ほとんど闇色の海と空しか見えない。強いて言えば、砂浜が申し訳ない程度に窓と海の隙間から見えるぐらいだ。

「ったく……何だよこんな時間に」

 寝起きのミツキはめんどくさそうにしつつも、何が起こったのか気になるところ。常に身につけている、魔法使いの証の青紫の地にオレンジのラインが入ったマントをなびかせ、ミツキは部屋を飛び出して行った。



 マジカルベースは町はずれにあることもあり、夜になると明かりが少ない。そのせいか、いつも夜のマジカルベースの周りはかなり見通しが悪い。ミツキが胸に付けている、モンスターボールにそっくりな金色のメダル__魔法使いの勲章が月の光と反射しあっているお陰で、歩く分には困らないのだが。
 躊躇いなく階段を降りていくミツキを呼び止める声が聞こえた。下手したら女の子と間違えてしまいそうな、大人しそうな少年の声である。

「ミツキ、外へ行くんですか?」

 ミツキが振り向くと、後ろには見慣れた2匹のポケモンがいた。
 1匹は、黄色い身体と赤い頬が特徴的なねずみポケモンのピカチュウ。ミツキよりも小柄で、優しそうな顔つきをしている。もう1匹は、大きな耳とふさふさの尻尾を持つきつねポケモンのフォッコ。2匹もミツキと同じマントと勲章、そしてマントと同じ色の三角帽子を身につけている、彼の仲間にして幼なじみである。

「ライヤとコノハか。まぁな」

 ミツキは気だるそうに答える。

「僕達も付いて行ってもいいですか?」
「やっぱ気になるわよね。きっとタダゴトじゃないわよ!」

 ライヤと呼ばれた丁寧な言葉で話すピカチュウと、コノハと呼ばれたはぎれのいい元気なしゃべり方をするフォッコを目の前にしては、ミツキはどうも断りにくい。ミツキは仕方なさそうに溜息を吐くと、ライヤとコノハを引き連れて外に出ることにした。

「仕方ねぇな……」



* * *



 こんな時間だというのに、海岸にはポニータがヤジを飛ばすようにたくさんのポケモンがたかっていた。ミツキ達と同じマントを羽織っている魔法使いのポケモンもいれば、そうでない町の住民である普通のポケモンの姿もある。
 海のひんやりした夜風に当たっていると、自然と頭がしゃきっとする。気がつけばミツキの眠気は6割ほど吹っ飛んでいた。

「ふーん……魔法使い以外のポケモンもいるんだな」
「こんな夜中なのに物好きねー」
「それは僕達も一緒ですよ」

 人混みあらぬポケ混みの中へと紛れていくミツキ達を呼び止める声が聞こえた。なめらかな声をした声は、音楽的に言うならばテノールだろうか。3匹が振り向くと、長い耳にリボンのような触手が絡まっているむすびつきポケモン、ニンフィアが1匹そこにいた。

「やあ、チームカルテットも来たのかい」
「フィルじゃないの」

 フィルと呼ばれた彼も、ミツキ達と同じマントと帽子を身につけている。しかし、ラインの色はミツキ達と違って、星のように眩しい銀色をしている。これは魔法使いのランクを示しているものであり、彼は3匹よりも実力があるシルバーランクだ。フェアリータイプらしく、可愛らしいファンシーな見た目をしているが、その声の低さから分かるように男である。
 ちなみに、チームカルテットとはミツキ、ライヤ、コノハの魔法使いチームの名前だ。ブロンズランクと呼ばれており、まだまだ伸び代のあるチームである。

「ねえねえ、何が落ちて来たの? 隕石とか!?」
「それが……」

 落ち着きを忘れているコノハにフィルは言葉をにごらせる。その様子にライヤは、よっぽどのことが起こっているのかもしれないと、まくし立てるようにフィルに詰め寄った。

「も、もしかして、とんでもないものなんでしょうか……? 隕石とか、UFOとか、未知のポケモンとか__」
「その逆だよ」
「「え?」」

 目を点にしているミツキ達3匹を尻目に、フィルはポケモン達の中心にある『それ』を指の代わりにリボンで指した。

「あの子さ」

 ミツキ達はポケモンの波を「どいて下さい」とかき分けながらもっと近くまで行き、空から落ちてきたと思われる『それ』を見た。予想の斜め上をいっていたのか、ミツキ達は気の抜けたような顔をする。

「ぽ、ポケモンか?」
「うーん……見慣れないポケモンね」

 ナニカが落ちてきたと思われる場所は、砂浜がチョコケーキのような岩肌を見せている。ライヤの言っていた隕石が落ちたあとの、クレーターみたいな跡がそこに残っていた。
 しかし、その中心にいたのは小柄なポケモンだった。黄緑のほっかむりのようなものを被っており、長い耳のようなものがついているポケモンを見て、ミツキは「なぁんだ」と、ちょっとだけ残念そうにする。しかし同時に、大したことなくてよかった、とも思っていた。

「恐らくハリマロンでしょう。でも不思議ですね」

 ライヤはそのポケモンがいがぐりポケモンのハリマロンであることを見抜いたが、何かがおかしいことに気がつき疑問に感じている。

「何が?」
「この後頭部の模様が星型になっていますよ」
「珍しいの?」
「はい。普通なら丸型のはずですから」
「流石はマジカルベース1番の秀才、ライヤ君だねぇ。マジカルベース1番の問題児の誰かさんとは大違いだよ」

 ハリマロンの特徴を理解してコノハ達に向けて解説しているライヤを、フィルはわざと誰かと比較するように褒め称える。フィルの視線はミツキに向いていて、意地悪そうにニヤッと口元を歪ませた。
 そのフィルの悪意ある笑い顔が、自分をからかっているみたいで面白くなかったミツキは腹が立ったのか、瞳孔を開かせる。

「あ?」

 ライヤとコノハは「げっ」と互いに目を合わせる。フィルは挑発するように口元のほころびを整えることなく、ミツキを鼻で笑っている。顔を強張らせているミツキの様子も見れば、2匹の間には良くない空気が流れているのは誰にでも一目で分かった。

「もー、フィル。ミツキなんかに喧嘩売らなくたっていいのに」

 瞳孔開き少年とキザ男の冷戦を壊すように現れたのは、マントを羽織ったいちりんポケモンのフラエッテ。フラエッテは両手を腰に当てるようなポーズをして、ふぅ一息ついて呆れた気持ちを見せている。

「フローラ、何でお前が出てくるんだよ」
「フィルと同じチーム『キューティ』のメンバーなんだもん。リーダーに何かあって、メンバーのあたしとリリィにまで影響あったらどーすんのよ?」

 フローラと呼ばれるフラエッテまでもが言い合いに参加する中、1匹の大柄なポケモンがひょこりと人混み__あらぬポケ混みの中から顔を覗かせた。やはり紫のマントを羽織っているそのポケモンはかいりきポケモンのゴーリキー。フィル同様、見た目と言葉遣いが不釣り合いだが、ちょっと恥ずかしがり屋な女の子である。

「もう、みんなこんな時に喧嘩してても意味ないでしょ?」

 その威厳ある風貌で諭されると、ミツキ達も黙ってしまう。
 リリィ自身は穏やかな口調で語りかけているのだが、片手でダンプカーを持ち上げてしまうほどの腕力を秘めているゴーリキーの逆鱗に触れたらどうなるか。誰もが想像しただけでも恐ろしいと思っている。

「お前達、リリィの言う通りだぞ」
「げっ、マナーレ」

 マナーレと呼ばれたのはドラゴンポケモンのハクリューだ。つららのように鋭い眼差しに張り詰めた表情をしている彼女は、マジカルベースの最高権力者__マスターと呼ばれるポケモンの側近であり事実上のナンバー2とも言える存在。ミツキ達の上司に当たる。

「特にミツキ。だいたいお前はマジカルベース外でも普段から問題を起こしているのだから、仲間同士でこれ以上トラブルを起こすんじゃない」

 名指しで叱られ、ミツキはますます面白くなさそうに口を尖らせた。その様子は魔法使い以外の町のポケモン達も見ており、冷ややかな目でミツキをチラチラ見ながら、ひそひそと話し合っている。

「見ろよ、ミツキだぞ」
「まーたこんな時でもマナーレさんを怒らせてる」
「小さい頃はちょっとヤンチャないい子だったのに……」

 町のポケモン達にそう言われているのを分かっているのか、ミツキは鋭い眼差しを彼らに投げつけるように睨み返した。ピタリと陰口を止めるポケモンもいれば、さらに「ほらあのヤバい目つき」と話を続けるポケモンもいる。
 ミツキからしてみれば関係ないポケモン達の前で叱られるのは、まるで見世物にでもされているかのようだった。余計に神経を逆撫でされていて、とても不愉快。
 一方マナーレは、ここまで言われているミツキが何を言っても聞かないということを悟り、諦めたように別のポケモンに話を振る。

「リオン、このハリマロンの具合はどうだ?」
「安心して下さい。脈はあるので気を失っているだけだと思うのです」

 落ち着いた様子でハリマロンの手首に触れているのは、ライヤによく似た長い耳と可愛らしい見た目がトレードマークのおうえんポケモン、マイナン。リオンと呼ばれた彼女は、脈を測っていたと思われる。
 ミツキもリオンにならってハリマロンに視線を移し、改めてじっと見つめる。見れば見るほど、ミツキはこのハリマロンに不思議な何かを感じた。
 既視感というか、デジャヴというか。しかし、学校の同級生にはハリマロンなんていなかったし、今まで出会った魔法使いや依頼主にもいなかった。だからこそ、余計に変な感じがクレッシェンドする。

(なんだ……? こいつ、この感じ……)

 リオンの肩を勝手に組んでベタ褒めしながら、同じおうえんポケモンのプラスルがにょきっと現れる。

「さっすがリオン! 俺の双子の妹なだけあるなッ!」
「もう、シオンってば暑苦しいのです」
「ま、それもチームジェミニらしいけどね」

 リオンは自身の双子の兄であるプラスルをシオンと呼び、やや煙たがっている。コノハもリオンに同調こそしているが、そんなじゃれ合う2匹の様子が見ていて微笑ましかった。
 その傍らでミツキが未だまじまじとハリマロンを見つめていると、1匹の大きなポケモンが魔法使いポケモン達の前に姿を現した。町のポケモン達は、まるでお偉いさんでも見るように、彼が通りやすくするために道を開ける。水色の大きな身体を持ち、黄金のマントをなびかせるのはふゆうポケモンのブルンゲル。オスの姿だ。

「ま、マスターだ!」
「この町のマジカルベースで一番強くて一番偉い魔法使いのマスター、モデラートさんだ!」
「若くしてマジカルベースを建て、魔法使い界で知らないポケモンはいないって言われてるほどの、あのモデラートさんだ……」
「おいお前、道開けろ!」

 マスター改めモデラートは、マナーレとは対照的に「ちょっと失礼」と柔らかい声で一礼しながら魔法使い達の輪の中に混ざると、倒れているハリマロンを抱えてじっと見つめる。先ほどからハリマロンばかり見ているミツキは、怪訝な顔をしながらモデラートの手の中のハリマロンに目を追わせた。

「このハリマロン、うちで預かってもいいかな?」

 モデラートのその言葉に、近くにいた魔法使い達はどよっと騒つく。

「ま、マスター! 正体も分からないポケモンをどうして!」

 最初に噛み付いたのはリリィだった。彼女は誰よりも心配性なのか、眉間にシワを寄せながらモデラートを見上げる。それでもモデラートは動じることなく、リリィを諭すようにゆっくりと静かに答えた。

「分からないからこそ、魔法を使えるボク達が調べる必要があるんじゃないかな?」

 それはそうだけど、とは思っても不安は拭えない。もしこのハリマロンがただのポケモンでなければ、預かったマジカルベースの連帯責任だ。だからといって、ここでハリマロンの保護を買って出るポケモンは誰もいない。魔法使いが引き受けるほどの危険な仕事は、どのポケモンもやりたがらなかった。

「お、おい! マスター!」

 ミツキは意を決するようにモデラートに呼びかける。
 他の魔法使い達がそのぶっきらぼうな口調のミツキに怪訝な顔を向けていても、モデラートは穏やかに「どうしたんだい」と首をかしげる。つくづく、心が広くおおらかなポケモンだ__ミツキは顔にこそ出さなかったが、モデラートに感謝していた。

「そいつ、俺の部屋で預からせてくれ」

 やじうまポケモン達がが再びどよめいた。あの問題児ミツキが気絶しているポケモンを匿おうとしている。明日雨でも降るんじゃないか。驚きと不安を隠せない声があちこちから聞こえる。
 モデラートもさすがに目を丸くして、驚いている様子を見せる。しかし落ち着いた口調はそのままに、モデラートはミツキに尋ねる。

「どうして、またミツキが?」
「それは__」

 言葉にはできない何かをハリマロンから感じる理由を知りたい。そう言って聞いてもらえるだろうか、ただの好奇心と思われないか。そう思うとミツキは言葉を詰まらせてしまう。

「医者のディスペアに頼めばいいだろう。お前のような奴がこいつを預かって、もしものことがあったら責任取れるのか?」

 モデラートが口を開く前にマナーレがキツい言葉と鋭い眼差しでミツキを論破する。責任__その言葉はかなりミツキに響いたようで、流石にこれ以上返す言葉がなかった。
 自分のボキャブラリーの少なさに失望するミツキがうつむいている傍らで、ライヤとコノハが互いに目を合わせ、何かの意志を確認し合っていた。そして、ミツキの代わりに、彼をかばうようにマナーレに返した。

「それは僕達も責任を負います!」
「ミツキ1匹じゃダメでも、チームだったら問題ないわよね?」

 マナーレはライヤとコノハにはある程度の信頼を寄せているのだろうか、2匹の説得にはやや素直に応じた。押しに弱いところがマナーレにもあるのかもしれないが。

「ま、まぁ2匹がそこまで言うなら……」
「じゃあ、この子の保護はミツキ達にお願いするよ」

 そう言うとモデラートは、ミツキにハリマロンを抱えさせた。固いカラを被っているため、決して軽いとは言えずミツキは思わず身体のバランスを崩す。

「っと……」
「危険な目に遭いそうになったら、必ずボク達や他の魔法使いを呼ぶこと。いいね?」

 体勢を立て直すミツキを覗き込むように、モデラートは再び念押しした。

「わぁってるよ」

 投げやりに答えるミツキと大きな溜息を吐くマナーレを交互に見ながら、ライヤとコノハは苦笑いした。



* * *



 マジカルベースの宿舎と呼ばれているツリーハウスは、魔法使い達に個室が用意されている。個室はポケモン達が好き勝手にインテリアしているのだが、ミツキの部屋はいたってもの悲しい。簡単な料理が出来る備え付けの小さなキッチン、丸い木のテーブルと勉強に手頃な机、そしてベッドと最低限の家具だけだ。
 ベッドの上に運んできたハリマロンを横たわらせ、目を覚ますのを待っているだけ。ケガをしていないか身体を調べたりもしたが、特にそういったものは見られなかった。

「なかなか目を覚まさないわね」

 ハリマロンを部屋に運んでから、それなりに時間が経っているものの、なかなか目を覚ます様子もない。コノハなんかは「本当に生きてるのか」と険しい顔つきになっている。

「こいつ、空から降ってきたんだよな?」
「恐らく……そうだと思います」

 それにしても、魔法という不思議な力が当たり前のようにあるミツキ達でも、空を飛ぶハリマロンなんか見たことも聞いたこともない。
 そんなこともあってか、ミツキ達の間ではこのハリマロンへの謎がさらに深まっていた。後頭部の模様が星型であること以外は、非の打ち所がない普通のハリマロンであるハズなのだ。
 結局、ミツキがハリマロンに対して感じる不思議な気持ちは分からない。ハリマロンが目を覚ませば、この心の引っ掛かりも解けるのだろうか__。



「……うぅ……」



 ようやく、ベッドの中から寝ぼけた声が聞こえた。ウワサのハリマロンが意識を取り戻したのである。

「うーん……んん……?」

 真っ先にハリマロンの視界に入り込んできたのはコノハだった。ぴょこっと顔を覗かせ、とりあえず明るく声をかけてみる。一方のハリマロンは、まだ重い目を開けるので精一杯と見られる。

「あっ、気がついた?」

 突然コノハが目の前に現れたからか、ハリマロンは少し驚いたように硬直してしまう。その様子をすぐに察したのか、コノハは「いけないいけない」と呟きながらハリマロンと程良い距離を取る。

「驚かせちゃってごめんなさいね。 具合はどう?」
「え、えーっと……」

 仰向けの状態になったまま、ハリマロンは言葉を詰まらせる。今の自分の状況をまだ理解していないこともあり、反応に困っている様子だ。
 今度はライヤがハリマロンに尋ねてみる。コノハとは対照的に慎重に、普段の何倍も腰を低くした話し方だ。空から降ってきた見知らぬポケモンということもあり、ちょっとだけ警戒しているものと思われる。

「もしかして、覚えてないんですか? 空から大きな音を立てながら落ちてきて、海岸で気絶していたんですよ」

 ライヤが状況を説明しても、ハリマロンは「何のことだ」と言わんばかりに不安な表情を募らせる。何で自分がここにいるのか、何でポケモンが匿ってくれているのか。聞きたいことはたくさんある。
 とりあえず今自分が知りたいことは何だ。聞きたいことは何だ__ハリマロンは頭の中で急ピッチで整理する。そして瞬時にベッドから起き上がり、ライヤとコノハに詰め寄るように尋ねた。

「あ、あの! ここってどこなんですか?」

 そのまだあどけない話し方やつぶらな瞳から伝わる雰囲気は、ミツキ達と変わらない年頃の女の子のようだった。混乱状態同然のハリマロンを安心させるように、コノハはしゃべり方を落ち着かせて、優しく答える。

「ここは星空町のマジカルベース、その宿舎よ。アタシ達魔法使いが暮らしてるね」
「魔法使い……!? 魔法使えるんですか!?」

 コノハの言葉を復唱しながら、ハリマロンは「えぇ、ええ?」としばらく驚いている。まるで魔法のない世界から来たみたいな反応を返すものだから、思わずミツキも調子が狂ってしまう。

「別に魔法なんて、この『音の大陸』じゃ珍しい話じゃねーだろ?」
「音の……大陸……? ってここのこと?」
「そーだよ、空から降ってきたハリマロンさん」

 ミツキがそう言った瞬間、部屋が一気に静まりかえった。ミツキの言葉に何か疑問を感じたのか、ハリマロンはまた言葉を詰まらせる。やっとのことで出た声は裏返っており、動揺の色が見えていた。

「ちょっと待って下さい、空から降ってきたハリマロンさんって__」
「お前」

 面倒くさそうにミツキが答えると、すぐにハリマロンは自分の身体を調べてみる。茶色い手で柔らかすぎる頬をつねってみたり、さらには頭の葉っぱを引っ張ってみる。どれを取ってもポケモンだった。

「そ、そんな……なんで……?」

 今日一番の驚きと絶望が混じった表情で、ハリマロンは声を震わせる。その様子にミツキもライヤもコノハも付いて行けていないが、ハリマロンにとってはそれどころではなかったのだ。

「わたし……なんでハリマロンになってるのー!?」

 ミツキの部屋中に彼女の声が響き渡った。



* * *



 同じ頃、所変わって星空町の大通り。
 と言っても、この真夜中であり店と思われる建物はほぼ全て閉まっていた。開いている場所としては、24時間営業している便利なお店や、疲れた大人達が酒を嗜みに行くような酒場ぐらいである。
 そんな夜の町で1匹のポケモンが、星空町を木の上から見下ろしていた。

「なんだって、こんなタイミングで星空町の見回りなんかしなきゃいけないんだ……」

 茶色い毛皮を持つしんかポケモン、イーブイ。何かを探しながらむくれている顔は、まだ子どものようにも見える。右前足には、この夜空よりも暗い黒紫色のバンダナが巻かれていた。
 イーブイは大通りに注目したまま、物陰や木の上を隠れるように移動する。冷たい夜の汐風が、彼の小さな頬を撫でるように通り過ぎていく。
 そしてようやく、イーブイは1匹のあるポケモンを見つけた。イカのような見た目のかいてんポケモン、マーイーカ__しかし、探しているものとは大きく外れ、イーブイはガッカリした。
 マーイーカは何かに対して苛立ちを募らせている様子がうかがえ、愚痴を垂れ流しながら夜中の町を1匹でふよふよと彷徨っていた。

「チクショー! ちょっと遊んで遅れただけで何で家から出てけって言われるんだよ……」

 イーブイはマーイーカを見つめ、ニヤリと笑う。お目当てのものには会えなかったが、イーブイにとっては思わぬ収穫だった。というのも、イーブイの目にはマーイーカの胸元にあるものが見える。うっすらと輝いている星の形をした、結晶のようなものだった。

「……あのポケモンのスピリット、いい感じに輝きを失ってるね。この時間帯なら魔法使いもいないだろうし、いい暇潰しになりそうだ」

 イーブイはマーイーカの胸元に見える星の結晶を『スピリット』と呼んだ。スピリットは8割ほど墨で塗り潰されたように黒く染まっており、今にも輝きを失いそうだ。
 まるでマーイーカの足取りを先回りするように、イーブイは足取りを速めていく。木々の枝達を軽々と飛び越えながら移動し、ようやくマーイーカに追いついた。マーイーカよりも前に進んだぐらいの位置で、イーブイは木から飛び降り、彼の前に立ちはだかる。

「やあ、こんばんは」
「あぁん?」

 マーイーカは機嫌の悪さからガンを飛ばすも、イーブイはお構い無しに自分のペースで話し始める。

「僕は君のイライラを解消してあげるためにやってきたんだ」
「はぁ? 最近のクソガキは、イキったこと言うもんだなぁ」
「……クソガキ?」

 クソガキという言葉にカチンときたのか、イーブイは次の売り言葉を返す猶予も許さず、手早く次の行動へと移った。

「まぁいいや。キミをイキったミュルミュールにしてあげるんだから」
「ミュルミュールって……! お前、まさか!」

 マーイーカがイーブイの身に付けているバンダナに気付いた時には、既に遅かった。

「君のスピリット、解放しなよ!」

 イーブイは右前足に黒い波動を集め、それをマーイーカに向けて放つ。波動が見事に的中すると、マーイーカは気絶した状態で薄紫色のクリスタルの中に閉じ込められてしまった。マーイーカの左胸にはスピリットを抜き取られた印として、黒い星の模様が浮かび上がっている。

「ミュルミュール、お遊戯の時間だよ!」

 手早くイーブイはマーイーカのスピリットが入っているクリスタルを掲げ、力を溜める。まがまがしい赤黒い竜巻に包まれながら、スピリットはイーブイが飛び越えてきた木々よりも少し大きい怪物へと変化した。

『ミュルミュール!』



* * *



「……ったく、まだ耳がキンキンするぜ。リアクション芸人かこいつは」

 マジカルベース宿舎のミツキの部屋では、ミツキはハリマロンの大声に頭を抱えていた。もともと悪い目つきをさらに悪くさせるミツキと、「まぁまぁ」と彼を宥めるライヤを放っておくかのように、コノハはハリマロンに自己紹介を始める。
 ハリマロンはというと、いまだ信じられないという顔をしており、まるで途方に暮れているようだった。

「まだ自己紹介してなかったわね。 アタシはコノハ。そこの2匹と一緒に魔法使いをしているの」
「僕はライヤといいます。少し落ち着きましたか?」

 その流れに乗るように、ライヤも自分の名前を名乗る。ライヤの問いかけにハリマロンは小さく頷くのみ。まだ気持ちの整理が出来ていないようだった。

「で、さっき『なんでハリマロンになってるのー』って叫んでたけど、あれどういうこと?」

 ハリマロンは自分のことをコノハに話すために一呼吸置くと、ようやくゆっくり話し始めた。

「……わたし、本当は人間なんです」
「「えーっ!?」」

 今度はライヤとコノハが驚く番だった。それもそのはず、この世界に住むポケモン達にとって、人間はおとぎ話に出てくる、架空の存在という認識という事情があるからだ。2匹も先程のハリマロンに負けず劣らず大声を張るものだから、ミツキの機嫌も顔つきもますます悪く、険しくなっていく。
 これはさらに詳しく知る必要がある、そう思ったコノハはハリマロンの両肩をがしっと掴みながらじりじりと詰め寄る。なかなかコノハの力が強いものだから、ハリマロンはびっくりして「う゛ぇぇ」とかわいくない声を上げる。

「アンタのこと、もっと詳しく教えて。名前は? 歳は? ポケモンになる前は何をやってたの?」
「わ、わたしはモモコ。13歳でポケモントレーナーやってて、そこそこ大きい町の出身なんだけど……ヤマブキシティって知らないです、よね……」

 コノハの気迫に押されるように、ハリマロン__改めモモコは自分の肩書きを並べる。どうしてポケモンになったのかは分からないが、自分が何者かというところだけはちゃんと覚えていた。

(モモコ……!?)

 その名前を聞いて、ミツキは胸の奥でぶわっと胸騒ぎがした。初めて会った相手の名前を聞いてドキドキするなんて変な話だが、今実際にそうなっている。ミツキはようやく、胸騒ぎの正体が分かった気がしたが、今はそれどころではない。
 ライヤが、じりじりとモモコににじりよるコノハの肩をポンと叩き、彼女を諫める。

「コノハ、この子が怖がってますよ」

 ライヤの声掛けに気づいたコノハは、はっとしたようにモモコからぱっと手を離す。

「ごめんね、アタシってばつい……。でも、ヤマブキシティって聞いたことないわね」
「い、いやいやいや! むしろわたしの方がビビってばっかで!」
「そんなカタくならなくていいわよ。13ってことはアタシ達と同い年なんだし」
「えっ、そ、そーなの?」

 同い年ということが分かると、ずっと凍り付いていたモモコの顔つきは柔らかくなった。そもそも、倒れていたところをこうして匿ってくれていることから、彼らは悪いポケモンじゃないとモモコは思った。

「で、この目つき悪いのがミツキ」
「……」

 コノハに丁寧とは言えない紹介をされると、ミツキはチラリとモモコを見つめる。ミツキからしたら何気なく視線を向けたつもりだったが、そのしかめ面と悪い目つきからモモコは「少し怖そうなポケモン」という印象を持っており、今でも睨まれているような気分だった。

「ハッ!」

 そんな和やかな自己紹介タイムを打ち破ったのは、コノハの何かに対する反応だった。
 突然大きく目を見開いて身体中の毛を逆立てるコノハの様子は、さっきまでのキャピキャピしたイマドキの女の子のそれとはかけ離れている。人間の世界で例えるなら、祈祷師やイタコのような、スピリチュアルなパワーを持っている人々のような雰囲気だ。

「ど、どうしたのコノハ?」
「来る……来ている……ッ!」

 目をぱちくりさせるモモコに、ライヤが丁寧に解説する。

「コノハはこのマジカルベースで1番の魔法のセンスを持っていて、そのせいか『ミュルミュール』の気配を感じ取ることが出来るんです」
「ってことは、この近くに『ミュルミュール』がいるんだな!」

 ミツキは部屋の窓を勢いよく開けると、海岸中を見渡すように『ミュルミュール』が何処にいるか探す。満月に照らされている海岸を目を凝らしながら見ていると、ようやくマジカルベースの敷地内に入り込んでくる大きな影を捉えた。

「よし、3分で蹴散らしてやる!」

 そう言うとミツキは窓から飛び降り、海岸を勝手に駆けて行ってしまった。「あっ、ミツキ!」と窓から身を乗り出してその場で止めようとするライヤと「あちゃー」と目をつむるコノハ。 何が起こっているのか、もちろんモモコはサッパリ分かっていない。『ミュルミュール』だの、『マジカルベース』だの言われても、しっくりこないのが正直なところだ。

「あ、あのさ、そのミュルなんとかって何?」
「『ミュルミュール』は、ポケモン達の魂から生まれる怪物です」
「ポケモン達の魂__魔法使いの業界では『スピリット』って呼んでるんだけど、普段はキレイに光ってるのに悩み事や不安を抱えたり、生きてることに希望が見出せなくなると黒くなって輝きを失うの」

 生き生きと光り輝く魂が日常のふとしたキッカケで輝きを失ってしまう。人間のいた世界でも起こりうるような光景は想像するのは難しくなかった。

「その輝きを失ったスピリットをポケモン達から抜き取って怪物にして悪さをしてるっていう連中が、最近デカい顔してるってワケなの」

 もっと詳しく言うと、その『連中』がポケモン達の心を利用しているということだ。まるで昔見たような魔法少女の物語のような話だが、そんなことが今起こっている。

「それで、ミュルミュールの浄化を唯一できるのが、僕達魔法使いというワケなんです」
「じゃ、説明も終わったことだし早速行きましょう! ミツキのこともあるし!」

 コノハはそう言うと、半ば強制的にモモコをひょいと背中に乗せ、ライヤと一緒に部屋を出て行き廊下を駆け出した。

「う゛ぇぇ!? わたしも行くの〜!?」
「こーゆーこと、ここらじゃ日常茶飯事になってきたから見ておいた方がいいわよ!」



* * *



 ライヤとコノハに連れられて、モモコが海岸に踏み込むと、2匹と同じ色のマントを羽織った魔法使いポケモン__チームジェミニとチームキューティが大きな影と対峙していた。
 それは、絵本に出てきそうな大きなお菓子の家。チョコレートの屋根にクッキーの壁が、キャンディに支えられている。甘い匂いにそそられそうになるが、その家はどこかのマスコットキャラクターのような目と口、そして長い手足がついているという奇妙な見た目をしていた。両目の上__額のような部分には、アルファベットの「Y」の字を歪ませたような赤黒いマークが浮かび上がっている。

「あれがミュルミュールよ」
「で、デカい……」

 モモコは初めて見るミュルミュールに対して、目を丸くしながら見上げている。小さい頃、テレビアニメで見たようなファンシーなその見た目に、ちょっと拍子抜けしていた。
 同じ頃、ライヤとコノハが来たことに気付いたフローラが、泣きつくようにすがってくる。小さなその手には、ガーデニングで使うようなジョウロが握られていた。魔法使いなのに、なぜジョウロなのか? モモコからツッコミを入れたいところだが、今はそんな余裕はなさそうだ。

「あ、ライヤ、コノハ! やっと来たー! 今ミツキが勝手にね……」

 と、言いかけたところでフローラはコノハの上に乗せられているモモコに目が行った。

「あ、さっきのハリマロンちゃん! 意識が戻ったんだね!」
「そうなのよ。ところで、ミツキがどうかしたの?」
「聞いてよ! ミツキがみんなの言うこと全然聞かないで勝手にミュルミュールに突っ込んでるの!」

 確かにフローラの言う通り、ミツキは両手に鋭い刃を持った小さい武器__手裏剣を構え、1匹でミュルミュールに立ち向かっている。魔法使いってより忍者だな、なんてモモコは心の中でツッコミを入れたりもしていた。
 しかし、他の魔法使いは砂浜に足を着け、ミュルミュールの出方を伺っていたりミツキを止めようとしている。 

「これでどうだ、『流星群落とし』!」

 ミツキは無数の手裏剣をミュルミュールに向けて飛ばし続けるが、どうも劣勢。当たってもそれほどダメージを与えられていないというのもあるが、ほとんどの手裏剣をかわされてしまっている。力任せだけではどうにもならないを絵に描いたような図だ。

「だからミツキ! まずはボクやチームジェミニが足元を狙うから、その隙に攻撃すればいいだろう!?」
「うっせえ! 俺1匹でどうにかできる! お前らは引っ込んでろ!」
「ミツキだけの戦いじゃないのですよ!」

 ミツキはフィルやリオンの言葉にも聞く耳を持たない。ライヤもコノハもこの光景を見ると溜息を吐くしかなかった。幼なじみとして、チームメイトとして自分達の不甲斐なさを感じているのだ。

「もう、仕方ないわね」

 コノハがモモコを背中から降ろすと、炎を纏った1本の木の棒を呼び寄せる。先端に赤いハートの宝石が付いているそれは、魔法少女が持っているようなステッキだった。今度は魔法使いらしい。
 コノハは戦陣に踏み込むと大きくジャンプし、ステッキを掲げるとそこから眩い光を放つ。

「『マジカルシャワー』!」

 ピンクと白が混じったような、キラキラした光がミュルミュールの目元を集中して攻撃する。お陰でミュルミュールの視界はくらみ、動きが鈍った。コノハはミツキと共にすたっ、と砂埃を立たせて着地した。

「もうミツキ! まーた勝手なことばっかして!」
「ほっといてくれよ」
「全く……意固地になっても何も変わらないの分かってるでしょう?」

 ぎゃいぎゃいと言い合いをしているミツキとコノハを呆れた目で見ながら、モモコはライヤに耳打ちで尋ねる。

「いつもこうなの?」
「はい……」

 ライヤは苦笑いで答える。やれやれ、とつられて苦笑いをするモモコは、ふとひとつの大きな薄紫色のクリスタルに気づく。ミュルミュールのそばにあるそのクリスタルの中には1匹のポケモン__マーイーカが気絶した状態で閉じ込められていた。

「ライヤ、あれって……」

 モモコが指差すそれを、ライヤはこれまた解説してくれた。その横顔は、何となく悲しそうだった。

「あれはスピリットを奪われて、ミュルミュールにされたポケモンです。ああやってクリスタルの中に閉じ込められるんです」
「スピリットはポケモンの魂って、さっき言ってたよね? じゃあ、あのミュルミュールって……」

 元になったポケモンそのもの。言わなくても分かっていた。ライヤは悲しそうな顔を崩さずに、小さく頷いた。
 だったら今は喧嘩している場合じゃないんじゃ、あのマーイーカを助けるのが先なんじゃあ__モモコはそう思い始めていた。

『なんで……何でオレん家はダメなんだ!』

 モモコは耳を疑った。怪物と言われているミュルミュールがしっかりと発したその言葉は、確かに聞こえた。ポケモンとはかけ離れた姿をしているけれど、あのミュルミュールは紛れもなくマーイーカそのもの。
 心のノイズは、マーイーカの魂の叫びに、ミュルミュールを通して繰り出される攻撃になって、夜の海岸に響き渡る。

『もう17歳だってのに門限は6時までって、何でオレん家だけはこんなに厳しいんだ!』

 モモコはミュルミュールとクリスタルの中のマーイーカを交互に見つめる。お菓子の家のような、自分を甘やかしてくれる家を求めている__これがあのマーイーカの悩みだったんだ、と繋がった。
 それは、かつての自分自身にも通じるような気がして。
 ポケモンになる以前に見て、聞いてきたものと同じようなものがある気がして。
 一方でミュルミュールはその愚痴を叫び続けながら、拳で砂浜を殴りつけたり、魔法使いポケモン達を攻撃する。

「きゃあっ!」
「リリィ!」

 砂に顔を埋め、倒れ込むリリィにすかさずフローラが駆け寄る。しかし、それが命取り。フローラもまた、ミュルミュールが続けて繰り出したパンチで砂浜に叩きつけられる。フィル達が足元を狙って集中攻撃しているため、ある程度の移動は封じられているものの、連携が崩れたマジカルベースの魔法使い達は確実に追い込まれていた。

「ライヤ、ちょっと任せてもらっていいかな」
「え? ちょっと!」

 戦いが激しくなっている中で、モモコは1匹でミュルミュールの近くまで駆け出して行った。この時のモモコには、「魔法使いじゃないポケモンが行ったら危ないですよ」というライヤの叫びも届いていなかった。

『あんな家に、生まれてこなきゃよかった! 小言のうるさいお袋なんて、オレのことほっとけばいいのに!』

 ミュルミュール__マーイーカが叫んでいる言葉そのものも、モモコにとって気がかりだった。家族と起こした小さいようで大きいトラブル。でもその『お袋』の言葉の裏側にあるものとは。
 震える足を踏ん張らせながら、モモコはあらためてミュルミュールを見上げた。自分の何倍もの大きいハズの彼は、叫びながら泣いているように見えた。

「ねぇ! わたしあなたの気持ち、ちょっと分かる気がする!」

 その場にいる魔法使い全員が、一斉にモモコに視線を移した。コノハと言い争っていたミツキですら、モモコに注目する。

「ちょっとモモコ! 危ないから見ているだけで良かったのに!」
「ミュルミュールを相手に、直接話そうとしているんですか……?」
「親にいちいちあーだこーだ言われるのって、イライラするし面倒だって思うし、むしゃくしゃするよね」

 コノハはモモコに危害が及んだらどうしようとオロオロしており、ライヤは驚いたままモモコとミュルミュールの動向を見守る。
 まるでマーイーカに共感するようなモモコの言葉で、明らかにミュルミュールの様子は変わった。ついさっきまでの高ぶる感情はスーッと吸い取られるように引き、握り拳も下ろしている。
 ゆっくりとミュルミュールはモモコに歩み寄ると、嬉しそうにこう言った。

『お前、分かってくれるのか!?』
「でも、お袋さんがうるさいのって、本当にあなたのことを心配してるから、あなたのことが大好きだからじゃないかな?」

 真っ直ぐ前を向いてモモコは言った。ポケモンの魂そのものでもあるミュルミュールに、モモコの言葉は思うところがあったのだろう。ミュルミュールは、完全に戦う意思を失っていた。

「い、今です! 浄化は僕に任せて下さい!」

 ライヤははっとしたように前に飛び出し、弾ける光を纏ったあるものを召喚した。
 それは、モモコも街角やテレビで何度か見たことがあった、金色のキラキラした楽器だった。首に下げたネックストラップから吊るされている、大きなU字形のような木管楽器、バリトンサックス。
 ライヤはリードが挟まれたマウスピースをくわえると、その響き渡るようなバスサウンドでゆったりとした曲を奏で始めた。

「あなたの心に轟け! 『英知のコラール』!」

 バリサクのベルからは黄金色の雷と光の渦が飛び出し、音色と共にミュルミュールを包み込む。ライヤが奏でるそのメロディは、他の魔法使い達も思わず聞きほれてしまうほど、温かくて心地よい。

『ハピュピュール〜』

 ミュルミュールは穏やかな表情を見せると、その姿をスピリットへと戻した。
 その一部始終を、マーイーカのスピリットをミュルミュールにした張本人__もとい張本ポケであるイーブイが木の上から見つめていた。しかしイーブイの視線はミュルミュールではなく、彼に歩み寄っていたモモコに向けられていた。

「よかった……ちゃんとこの町に来てたんだね、モモコ」

 イーブイはそれだけ確かめると、満足そうにその場を立ち去った。



* * *



「これがスピリット。綺麗でしょ」
「おぉー!」

 コノハは説明も兼ねて、モモコにスピリットを見せてやる。スピリットは太陽のように暖かく、白く美しい光を放っていた。こんなにきれいな光を、モモコは見たことがなかった。

「スピリットをこうやってポケモンに返してあげて、っと」

 コノハはマーイーカが閉じ込められているクリスタルに向けてスピリットを向ける。するとスピリットはマーイーカのクリスタルにすぅっと吸収されるように溶け込んでいった。やがてマーイーカを閉じ込めていたクリスタルは消え去り、彼は気絶した状態で解放された。

「大丈夫です、じきに目を覚ましますよ」
「リオン、マーイーカの手当てをお願い」
「はいなのです」

 コノハに頼まれ、マーイーカを運ぶリオンをシオンが手伝った。フィルはというと、ケガをしたフローラとリリィをリボンを使ってマジカルベースの宿舎に運んでいるため、海岸にいるのはチームカルテットとモモコだけになった。
 同時に夜が明け、朝日が同じ地平線上にある海に浮かんでいる。

「とまぁ、これがアタシ達魔法使いのお仕事なの。ちょっと茶番入っちゃったけど」
「それにしても、ミュルミュールを説得するモモコにはヒヤヒヤさせられました……。戦い慣れしているワケでもないのに、もうあんな無茶しないで下さいね?」
「それ、ほんとそれ! 確かに連れて来ちゃったのはアタシだけど……でも、ミュルミュールのあんな近くまで来たら危ないわよ」

 穏やかな物腰のライヤと、フレンドリーに接してくれるコノハだが、流石に魔法使いの仕事ともなれば責任も背負っている。2匹の顔付きはいたって真剣だ。

「ご、ごめんなさい! ただ必死だったっていうか……その……いや、言い訳! ごめんなさい!」
「分かってもらえたら大丈夫です。結果的に、あの勇気があったからこそミュルミュールを浄化できましたし、モモコにもケガはありませんでしたから」

 ライヤに続いてコノハも「それもそうね」と仕方なさそうに笑みを浮かべ、これ以上は気にしない態度を示した。
 すると、ふと思い出したようにコノハがモモコにある質問を投げかける。

「ところでモモコ、これからどうするの? 突然空から落ちて来てポケモンになっちゃった、ってことだけど、行くアテとかある?」
「……ない、かな」

 モモコが神妙な顔つきでそう言うと、コノハは少し間を置き、真剣な表情になるとモモコに頭を下げる。

「お願い! マジカルベースの魔法使いになってくれないかな?」
「……!?」
「う゛ぇぇ!? でもわたし、魔法使えないよ?」

 いきなりのスカウトにモモコはかなり驚いている。ミツキも目を見開いて似たような反応を示したが、モモコのそれとはまた違ったものだった。本気で言っているのか、と言わんばかりの、呆れに近い驚きだった。

「今この町ね、魔法使いが足りてなくて……。そうじゃなくてもモモコみたいな子が仲間になってくれるなら心強いの!」
「魔法のことは、僕達がサポートします! モモコなら、きっと凄い魔法使いになれると思います!」
「えっ……うーん……」

 2匹に熱いスカウトを受けると思っておらず、モモコは戸惑いながらも考え込む。確かにモモコはこの後行く当てもなければ自分がポケモンになった理由を掴む手がかりもない。

(もしかしたら、魔法使いをやってるうちにわたしがこんなことになった理由も分かるかもしれない。それに、さっきみたいにポケモンを助ける仕事も悪くなさそうだし、魔法っていうのも面白そうだし!)

 今ここで、魔法使いになればメリットはついてくる。ライヤ達には恩もあるし信頼してもいいと思える、自分のためにもなるのならば一石二鳥だ。モモコは意を決して、快くライヤとコノハに返事をした。

「分かった、わたし魔法使いになる!」
「いいやダメだ! 俺は絶対に認めない!」

 モモコの決意に反するように、ミツキは力強くそう言った。
 モモコはそんなミツキの対応にぽかんとしており、ライヤは仕方なさそうにミツキを見つめ、コノハはまたか、と溜息をついていた。



 これが少年達と少女の出会い。始まりはいたって運命的な雰囲気のカケラもなかったが、泣いても笑ってもこれが始まりだ。


花鳥風月 ( 2018/05/22(火) 10:30 )