ポケモン・ザ・ワールド〜希望の魔法使い〜





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第1楽章・はじまりの1週間 −Ouverture−
001 リアクション芸人かこいつは
ポケットモンスター、ちぢめて、ポケモン。
この星に生きる、不思議な生き物。

では、不思議な生き物が不思議な力を使ったら、どうしますか?
これは、不思議な力を、魔法を使って笑顔と希望を運ぶポケモン達のお話。

***

ここは、ポケモンだけが住む世界にある『音の大陸』の南に位置する町、『星空町』。 決して大きな町ではないが、夜になると星空が一番美しく見える場所と言われている。
実はこの世界には『魔法使い』と呼ばれるポケモンが何匹か住んでいる。
魔法と呼ばれる不思議な力を使って、困っているポケモンを助けたり未開の地を探検したりする職業だが、ここ最近ではポケモンが怪物にされるという事件が相次いでおり、魔法使いにその浄化が任されている。
そのような危険な仕事も受け持つこともあってか、魔法使いの数は減少傾向にあると言われている。

星空町の町外れにある、王冠を被っている水色のポケモン____ブルンゲルを模ったドーム型の建物。 そして窓が縦に3つ並んでいることから3階建てと見られるツリーハウスが並ぶ施設。それが魔法使いの拠点『マジカルベース』だ。
ある夏の終わり、魔法使い達が『宿舎』と呼ぶツリーハウスの部屋の1つでその日も彼は眠っていた。

町のポケモン達が寝静まったある日の夜中、鼓膜を破くぐらいの大きな物音がマジカルベースの周囲を襲った。

「はっ!?」

マジカルベースに住み込んでいる魔法使いポケモン達はその何かが落下したような低い音に驚いて目を覚まし、起き上がる。
普段の仕事でも聴かないようなその音は、バスドラムを4〜5台ほどフォルテッシモで鳴らしたのではないかと思わせた。

「……外から聞こえたよな、今の音」

魔法使いの一匹である水色の身体を持つあわがえるポケモン____ケロマツ、ミツキもゆっくりとベッドから出て窓の外を確認する。
マジカルベースの周辺は海岸。 宿舎の最上階に当たる3階にあるミツキの部屋の窓からは殆ど闇色の海と空しか見えない。 強いて言えば、砂浜が申し訳ない程度に窓と海の隙間から見えるぐらいだ。

「ったく……何だよこんな時間に」

ミツキは悪態を吐きながらも何が起こったのかを詳しく知るために、常に身につけている魔法使いの証である青紫の地にオレンジのラインが入ったマントをなびかせて部屋を飛び出して行った。

こんな真夜中である為、マジカルベース付近の街灯は全て灯りが消えており、辺りはかなり見通しが悪かった。 ミツキが胸に付けているモンスターボールを扮した金色のメダル____魔法使いの勲章が僅かに月光と反射しあっているお陰で、ある程度周りが見えているため歩く分には困らなかったのだが。
躊躇いなく階段を降りていくミツキを呼び止める声が聞こえた。 大人しそうな少年の声である。

「ミツキ、外へ行くんですか?」

ミツキが振り向くと、後ろには2匹のポケモンがいた。
ミツキより小さい1匹は黄色い身体と赤い頬が特徴的なねずみポケモンのピカチュウ。 もう1匹は大きな耳とやや高めの身長、そしてふさふさの尻尾を持つきつねポケモンのフォッコ。 2匹もミツキと同じマントと勲章を身につけており、彼の幼馴染である。

「ライヤとコノハか。 まぁな」

ミツキは寝起きで機嫌が良くないのか、やや気だるそうに答える。

「僕達も付いて行ってもいいですか?」
「やっぱ気になるわよね。 きっとタダゴトじゃないわよ!」

ライヤ____と呼ばれているピカチュウと、彼とは対照的に甲高い声で溌剌と話すフォッコのコノハを目の前にしては、幼馴染のよしみでイエスと答えるしかない。 ミツキは仕方なさそうに溜息を吐くと、ライヤとコノハを引き連れて外に出ることにした。

「仕方ねぇな……」

***

ミツキ達3匹が海岸へ来てみると、こんな時間であるにも関わらず野次馬のように多くのポケモンがたかっていた。 ミツキ達と同じマントを羽織っているポケモンもいれば、そうでない町の住民である普通のポケモンの姿もある。
汐風に当たっていると、自然と空気の冷たさを感じるのか、気がつけば眠気は6割ほど吹っ飛んでいた。

「ふーん……魔法使い以外のポケモンもいるんだな」
「こんな夜中なのに物好きねー」
「それは僕達も一緒ですよ」

野次馬の中へと紛れていくミツキ達を呼び止める声が聞こえた。 滑らかな声をした男の声である。
3匹が振り向くと、長い耳にリボンのような触手が絡まっているむすびつきポケモン、ニンフィアが1匹そこにいた。

「やあ、チームカルテットも来たのかい」
「フィル!」

コノハにフィルと呼ばれた彼も、ミツキ達と同じマントと勲章を身につけている。 ラインの色はミツキ達と違い銀色をしているのだが、これは魔法使いのランクを示しているものであり、彼は3匹よりも高いシルバーランクに位置する。 フェアリータイプに相応しい可愛らしいファンシーな見た目をしているが、その声の低さから分かるように男である。
また、チームカルテットとはミツキ、ライヤ、コノハの魔法使いチームの名前だ。 ブロンズランクと呼ばれており、まだまだ伸び代のあるチームである。

「ねえねえ、何が落ちて来たの? 隕石とか!?」
「それが……」

落ち着きを忘れているコノハにフィルは言葉を濁らせる。 その様子にライヤは、余程のことが起こっているのかもしれないと不安になる。

「も、もしかして、とんでもないものなんでしょうか……? 隕石とか、UFOとか、未知のポケモンとか____」
「その逆だよ」
「「え?」」

その返事に拍子抜けしているミツキ達3匹を尻目にフィルはポケモン達の中心にある『それ』を指の代わりにリボンで指した。

「あの子さ」

ミツキ達はポケモンの波をかき分けながらもっと近くまで行き、空から落ちてきたと思われる『それ』を見てさらに拍子抜けする。

「ぽ、ポケモンか?」
「うーん……見慣れないポケモンね」

ミツキ達の周囲は隕石でも落ちたかのように、砂浜がチョコケーキのように岩肌を見せているのにも関わらず、その中心にいたのは小柄なポケモンであった。
黄緑のほっかむりのようなものを被っており、長い耳のようなものがついているポケモンを見て、ミツキは正直拍子抜けした。 てっきり巨大隕石とか、流星群とか、そういう類の物が落ちてきたのだと思っていたのだ。

「恐らくハリマロンでしょう。 でも不思議ですね」

ライヤは一目でそのポケモンがいがぐりポケモンのハリマロンであることを見抜いたが、何かがおかしいことに気がつき疑問に感じている。

「何が?」
「この後頭部の模様が星型になっていますよ」
「珍しいの?」
「はい。 普通なら丸型のはずですから」

ハリマロンの特徴を理解し、コノハ達に向けて解説しているライヤをフィルはわざと誰かと比較するように褒め称える。

「流石はマジカルベース1番の秀才、ライヤ君だねぇ。 マジカルベース1番の問題児の誰かさんとは大違いだよ」

そう言いながらフィルはチラッとミツキを見て意地悪そうにニヤッと口元を歪ませた。 そのフィルの悪意ある笑い顔にミツキは腹が立ったのか、瞳孔を開かせる。

「あ?」

ライヤとコノハは「げっ」と互いに目を合わせる。 フィルは挑発するように口元のほころびを整えることなく、ミツキを見つめている。 顔を強張らせているミツキの様子も見れば、2匹の間には良くない空気が流れているのは一目瞭然だった。
じっと黙りながら見つめ合う2匹の冷戦状態を、ひとつの声が壊した。

「もー、フィル。 ミツキなんかに喧嘩売らなくたっていいのに」

まるでミツキとフィルの間に流れる緊迫した空気を壊すように現れたのは、マントを羽織ったいちりんポケモンのフラエッテ。 フラエッテは両手を腰に当てるようなポーズをして、ふぅと呆れたように溜息を吐く。

「フローラ、何でお前が出てくるんだよ」
「フィルと同じチーム『キューティ』のメンバーなんだもん。 リーダーに何かあって、メンバーのあたしとリリィにまで影響あったらどーすんのよ?」

フローラと呼ばれるフラエッテまでもが口論に参加する中、1匹の大柄なポケモンがひょこりと人混み____あらぬポケ混みの中から顔を覗かせた。 やはり紫のマントを羽織っているそのポケモンはかいりきポケモンのゴーリキー。 フィル同様、見た目と言葉遣いが不釣り合いだがれっきとした女である。

「もう、みんなこんな時に喧嘩してても意味ないでしょ?」

その威厳ある風貌で諭されると、ミツキ達も黙ってしまう。 リリィ自身は穏やかな口調で語りかけているのだが、片手でダンプカーを持ち上げてしまうほどの腕力を秘めているゴーリキーを怒らせたらどうなるか。 誰もが想像しただけでも恐ろしいと思っている。

「お前達、リリィの言う通りだぞ」
「げっ、マナーレ」

マナーレと呼ばれたのはドラゴンポケモンのハクリューだ。 氷柱のように鋭い眼差しに張り詰めた表情をしている彼女は、マジカルベースの最高権力者____マスターと呼ばれるポケモンの側近であり事実上の副マスターとも言える存在。 ミツキ達の上司に当たる。

「特にミツキ。 だいたいお前はマジカルベース外でも普段から問題を起こしているのだから、仲間同士でこれ以上トラブルを起こすんじゃない」

名指しで叱られ、ミツキはますます面白くなさそうに口を尖らせる。
その様子は魔法使い以外の町のポケモン達も見ており、冷ややかな目でミツキに視線を合わせながらひそひそと話し合っている。

「見ろよ、ミツキだぞ」
「まーたこんな時でもマナーレさんを怒らせてる」
「小さい頃はちょっとヤンチャないい子だったのに……」

町のポケモン達にそう言われているのを分かっているのか、ミツキは鋭い眼差しを彼らに投げつけるように睨み返した。 ピタリと陰口を止めるポケモンもいれば、さらに話題を加速させるポケモンもいる。
しかし、ミツキからしてみれば大衆の前で叱られるのはまるで見世物にでもされているかのようで、余計に神経を逆撫でされているのだ。
一方のマナーレは、ここまで言われているミツキが自分が何を言っても聞かないということを悟り、諦めたように別のポケモンに話を振る。

「リオン、このハリマロンの具合はどうだ?」
「安心して下さい、脈はあるので気を失っているだけだと思うのです」

落ち着いた様子でハリマロンの手首に触れているのはライヤによく似た長い耳を持ち、可愛らしい見た目をしているおうえんポケモン、マイナン。 リオンと呼ばれた彼女は、脈を測っていたと思われる。
ミツキもリオンにならってハリマロンに視線を移し、改めてじっと見つめる。見れば見るほど、ミツキはこのハリマロンに不思議な何かを感じた。

(なんだ……? こいつ、この感じ……)

リオンの肩を勝手に組んでベタ褒めしながら、同じおうえんポケモンのプラスルがにょきっと現れる。

「さっすがリオン! 俺の双子の妹なだけあるなッ!」
「もう、シオンってば暑苦しいのです」
「ま、それもチームジェミニらしいけどね」

リオンは自身の双子の兄であるプラスルをシオンと呼び、やや煙たがっている。 コノハもリオンに同調こそしているが、そんなじゃれ合う2匹の様子が見ていて微笑ましかった。
その傍らでミツキは未だまじまじとハリマロンを見つめていると、1匹の大きなポケモンが魔法使いポケモン達の前に姿を現した。
町のポケモン達は目上の存在を見るように、彼が通りやすくするために道を開ける。 水色の大きな身体を持ち、黄金のマントを靡かせるのはふゆうポケモンのブルンゲル。 オスの姿だ。

「ま、マスターだ!」
「この町のマジカルベースで一番強くて一番偉い魔法使いのマスター、モデラートさんだ!」
「若くしてマジカルベースを建て、魔法使い界で知らないポケモンはいないって言われてるほどの、あのモデラートさんだ……」
「おいお前、道開けろ!」

マスター改めモデラートは、マナーレとは対照的に「ちょっと失礼」と柔らかい声で言いながら魔法使い達の輪の中に混ざると、倒れているハリマロンを抱えてじっと見つめる。 先ほどからハリマロンばかり見ているミツキは、怪訝な顔をしながらモデラートの手の中のハリマロンに目を追わせた。

「このハリマロン、うちで預かってもいいかな?」

モデラートのその言葉に、近くにいた魔法使い達はどよっと騒つく。

「ま、マスター! 正体も分からないポケモンをどうして!」

最初に噛み付いたのはリリィだった。 彼女は誰よりも心配性なのか、眉間にシワを寄せながらモデラートを見上げる。
モデラートは動じることなく、リリィを諭すようにゆっくりと静かに答える。

「分からないからこそ、魔法を使えるボク達が調べる必要があるんじゃないかな?」

それはそうだけど、とは思っても不安は拭えない。 もしこのハリマロンがただのポケモンでなければ、預かったマジカルベースの連帯責任だ。
しかし、ここでハリマロンの保護を買って出るポケモンは誰もいない。 魔法使いが引き受けるほどの危険な仕事は、どのポケモンもやりたがらなかった。

「お、おい! マスター!」

ミツキは意を決するようにモデラートに呼びかける。
他の魔法使い達がそのぶっきらぼうな口調のミツキに怪訝な顔を向けていても、モデラートは穏やかに「どうしたんだい」と首をかしげる。

「そいつ、俺の部屋で預からせてくれ」

周りが再びどよめいた。 あの問題児ミツキが気絶しているポケモンを匿おうとしている。 明日雨でも降るんじゃないか。 驚きと不安を隠せない声があちこちから聞こえる。
モデラートは目を丸くして、しかし落ち着いた口調はそのままにミツキに尋ねる。

「どうして、またミツキが?」
「それは____」

言葉にはできない何かをハリマロンから感じる理由を知りたい。 そう言って聞いてもらえるだろうか、そう思うとミツキは言葉を詰まらせてしまう。

「医者のディスペアに頼めばいいだろう。 お前のような奴がこいつを預かって、もしものことがあったら責任取れるのか?」

モデラートが口を開く前にマナーレがキツい口調と鋭い眼差しでミツキを論破する。
責任____その言葉はかなりミツキに響いたようで、流石にこれ以上返す言葉がなかった。
俯いて自分のボキャブラリーの少なさに失望するミツキだったが、同時にライヤとコノハが互いに目を合わせ、何かの意志を確認し合っていた。
そして、ミツキの代わりにこうマナーレに返した。

「それは僕達も責任を負います!」
「ミツキ1匹じゃダメでも、チームだったら問題ないわよね?」

マナーレはライヤとコノハにはある程度の信頼を寄せているのだろう、2匹の説得にはやや素直に応じた。 押しに弱いところがマナーレにもあるのかもしれないが。

「ま、まぁ2匹がそこまで言うなら……」
「じゃあ、この子の保護はミツキ達にお願いするよ」

そう言うとモデラートは、ミツキにハリマロンを抱えさせた。 固いカラを被っているため、決して軽いとは言えずミツキは思わず身体のバランスを崩す。

「っと……」
「危険な目に遭いそうになったら、必ずボク達や他の魔法使いを呼ぶこと。 いいね?」

体勢を立て直すミツキを覗き込むように、モデラートは再び念押しした。

「わぁってるよ」

投げやりに答えるミツキと大きな溜息を吐くマナーレを交互に見ながら、ライヤとコノハは苦笑いした。

***

飾り気のないミツキの部屋には円形の木のテーブルと勉強に手頃な机、簡単な料理が出来る程度の小さなキッチン、そしてベッドが物悲しく設置されている。
そのベッドの上には、先ほど運ばれたハリマロンが横たわっていた。

「なかなか目を覚まさないわね」

ハリマロンを部屋に運んでから数十分は経っているものの、なかなか目を覚ます様子もなくコノハなんかは「本当に生きてるのか」と険しい顔つきになっている。

「こいつ、空から降ってきたんだよな?」
「恐らく……そうだと思います」

しかし魔法という不思議な力と戯れているミツキ達でも、空を飛ぶハリマロンなんか見たことも聞いたこともない。
そんなこともあってか、ミツキ達の間ではこのハリマロンへの謎がさらに深まっていた。 後頭部の模様が星型であること以外は、非の打ち所がない普通のハリマロンである筈なのだ。
特にミツキはこのハリマロンのことがどうしても気掛かりだった。 懐かしいような気もするが、そうでないかもしれない。 何となくではあるが、初めて会った気がしない。 ミツキが惹きつけられる何かが、目の前にいるハリマロンにはあった。

「……うぅ……」

ミツキ達が頭を捻らせながらあれこれと模索していると、ベッドの中から寝ぼけた声が聞こえた。
噂のハリマロンが意識を取り戻したのである。

「うーん……んん……?」

真っ先にハリマロンの視界に入り込んできたのはコノハだった。 ぴょこっと顔を覗かせると、明るい口調で声をかけてみる。 一方のハリマロンは、まだ重い目を開けるので精一杯と見られる。

「あっ、気がついた?」

突然コノハが目の前に現れたからか、ハリマロンは少し驚いたように硬直してしまう。 その様子をすぐに察したのか、コノハは「いけないいけない」と呟きながらハリマロンと程良い距離を取る。

「驚かせちゃってごめんなさいね。 具合はどう?」
「え、えーっと……」

仰向けの状態になったまま、困惑したようにハリマロンは言葉を詰まらせる。 自分が置かれている状況をまだ理解していないのだ。
今度はライヤがハリマロンに声をかけてみる。 コノハとは対照的に慎重に、普段の何倍も腰を低くした話し方だ。 空から降ってきた見知らぬポケモンということもあり、若干警戒しているものと思われる。

「もしかして、覚えてないんですか? 空から大きな音を立てながら落ちてきて、海岸で気絶していたんですよ」

ライヤが状況を説明しても、ハリマロンは「何のことだ」と言わんばかりに不安な表情を募らせる。
とりあえず今自分が知りたいことは何だ。 聞きたいことは何だ。 ハリマロンは頭の中で急ピッチで整理する。
そして思わずベッドから起き上がり、ライヤとコノハに詰め寄るように尋ねた。

「あ、あの! ここってどこなんですか?」

そのまだあどけない話し方や円らな瞳から伝わる雰囲気は、ミツキ達と変わらない年頃の少女のようだった。 混乱状態同然のハリマロンを安心させるように、コノハは先程よりも落ち着いた様子で優しく答える。

「ここは星空町のマジカルベース、その宿舎よ。 アタシ達魔法使いが暮らしてるね」
「魔法使い……!? 魔法使えるんですか!?」

コノハの言葉を復唱しながら、ハリマロンはさらに驚いた表情を見せる。
あまりに彼女の反応が大きすぎるのか、思わずミツキもかえって調子が狂ってしまう。

「別に魔法なんて、この『音の大陸』じゃ珍しい話じゃねーだろ?」
「音の……大陸……? ってここのこと?」
「そーだよ、空から降ってきたハリマロンさん」

ミツキがそう言った瞬間、部屋が一気に静まりかえった。 ミツキの言葉に何か疑問を感じたのか、ハリマロンはまた言葉を詰まらせる。 やっとのことで出た声は若干裏返っており、動揺の色が見えていた。

「ちょっと待って下さい、空から降ってきたハリマロンさんって____」
「お前」

面倒くさそうにミツキが答えると、すぐにハリマロンは焦るように自分の身体を調べてみる。 茶色い手で柔らかすぎる頬をつねってみたり、さらには頭の葉っぱを引っ張ってみる。 どれを取ってもポケモンだった。

「そ、そんな……なんで……?」

今日一番の驚愕と絶望が混じった表情で、ハリマロンは声を震わせる。
その様子にミツキもライヤもコノハも付いて行けていないが、ハリマロンにとってはそれどころではなかったのだ。

「わたし……なんでハリマロンになってるのー!?」

ミツキの部屋中に彼女の声が響き渡った。

***

同じ頃、所変わって星空町の大通り。
と言っても、この真夜中であり店と思われる建物はほぼ全て閉まっていた。 ぽつぽつと灯りがついているのは24時間営業のコンビニや、疲れた大人達が酒を嗜みに行くような酒場ぐらいのものである。
そんな夜の町に不似合いな子どもポケモンが1匹、星空町を木の上から見下ろしていた。

「なんだって、こんな真夜中に星空町の見回りなんかしなきゃいけないんだ……」

茶色い毛皮を持つ円な瞳のしんかポケモン、イーブイ。 口調や雰囲気は何処と無く幼い子どものようだ。 その右前足には、この夜空よりも暗い黒紫色のバンダナが巻かれている。
イーブイは悪態を吐きながら、物陰や木の上を隠れるように移動しながら何かを探しているようだ。
そしてようやく、イーブイは1匹のあるポケモンを見つけた。 イカのような見た目のかいてんポケモン、マーイーカだ。 ガッカリしたイーブイの表情から、彼の探しているものではないようだ。
マーイーカは何かに対して苛立ちを募らせている様子が伺え、愚痴を垂れ流しながら夜中の町を1匹歩いている。

「チクショー! ちょっと遊んで遅れただけで何で家から出てけって言われるんだよ……」

イーブイはマーイーカを見つめ、ニヤリと不敵に笑う。 端から見たら不気味な雰囲気を感じさせるイーブイの目には、あるものが見えていたからだ。

「……あのポケモンのスピリット、いい感じに輝きを失ってるね。 この時間帯なら魔法使いも殆ど活動していないだろうし、いい暇潰しになりそうだ」

イーブイはマーイーカの胸元に見える星を『スピリット』と呼んだ。 その星は8割ほど墨で塗り潰されたように黒く染まっているが、残りの2割は僅かに蛍光灯のように白く輝いている。
まるでマーイーカの足取りを先回りするように、イーブイは足取りを速めながら木々の枝達を軽々と飛び越えながら移動する。
マーイーカよりも前に進んだぐらいの位置で、木から飛び降りたイーブイは彼の前に立ちはだかった。

「やあ、こんばんは」
「あぁん?」

こんな夜中に自分より幼いポケモンがいるものであり、マーイーカは少し動揺している。 それでもイーブイは御構い無しに自分のペースに話を持ち掛けた。

「僕は君のイライラを解消してあげるためにやってきたんだ」
「はぁ?」

マーイーカは自分よりも幼いイーブイの言っていることが理解出来ないようで、動揺から呆れへと感情が移り変わる。

「最近のクソガキは、イキったこと言うもんだなぁ」
「……クソガキ?」

クソガキという言葉にカチンときたのか、イーブイは次の売り言葉を放つ猶予も許さない様子で手早く次の行動へと移った。

「まぁいいや。 キミをイキったミュルミュールにしてあげるんだから」
「ミュルミュールって……! お前、まさか!」

マーイーカがイーブイの身に付けているバンダナに気付いた時には、既に遅かった。

「君のスピリット、解放しなよ!」

イーブイは右前足に黒い波動を集め、それをマーイーカに向けて放つ。 波動が見事に的中すると、マーイーカは気絶した状態で薄紫色のクリスタルの中に閉じ込められてしまった。
マーイーカの左胸にはスピリットを抜き取られた印として黒い星の模様が浮かび上がっている。

「ミュルミュール、お遊戯の時間だよ!」

イーブイはマーイーカのスピリットが入っているクリスタルを掲げ、力を溜める。 赤黒い竜巻に包まれながら、スピリットはイーブイが飛び越えてきた木々よりも少し大きい、一体の怪物へと変化した。

『ミュルミュール!』

***

マジカルベース宿舎のミツキの部屋では、ミツキは先ほどのハリマロンの大声に頭を抱えていた。

「……ったく、まだ耳がキンキンするぜ。 リアクション芸人かこいつは」

あからさまに不機嫌そうに目つきをさらに悪くさせるミツキと彼を介抱しながら宥めるライヤを放っておくかのように、コノハは先程よりは落ち着いているもののまだ動揺を抑えられないハリマロンに自己紹介を始める。

「まだ自己紹介してなかったわね。 アタシはコノハ。 そこの2匹と一緒に魔法使いをしているの」

その流れに乗るように、ライヤも自分の名前を名乗る。

「僕はライヤといいます。 少し落ち着きましたか?」

ライヤの問いかけにハリマロンは小さく頷くのみ。 まだ気持ちの整理が出来ていないようだった。

「で、さっき『なんでハリマロンになってるのー』って叫んでたけど、あれどういうこと?」

ハリマロンは自分のことをコノハに話すために一呼吸置くと、ようやくゆっくり話し始めた。

「……わたし、本当は人間なんです」

今度はライヤとコノハが驚く番だった。 2匹も先程のハリマロンに負けず劣らず大声を張るものだから、ミツキの機嫌も顔つきもますます悪く、険しくなっていた。

「「えーっ!?」」

これはさらに詳しく知る必要がある、そう思ったコノハはハリマロンの両肩をがしっと掴みながらじりじりと詰め寄る。

「アンタのこと、もっと詳しく教えて。 名前は? 歳は? ポケモンになる前は何をやってたの?」
「わ、わたしはモモコ。 13歳でポケモントレーナーやってて、そこそこ大きい町の出身なんだけど……ヤマブキシティって知らないよね……」

そのコノハの対応が威圧的だったのか、ハリマロン____改めモモコは萎縮しながら自分の肩書きを並べる。

(モモコ……!?)

名前を聞いた途端、隣でミツキがモモコを凝視してるのに気づかなかったライヤは、そんなモモコの様子を察したのか、コノハの肩をポンと叩く。

「コノハ、この子が怖がってますよ」

ついつい自分が思っているよりも相手に威圧をかけてしまうことに気づいたコノハは、はっとしたようにモモコからぱっと手を離す。

「ごめんね、アタシってばつい……。 ちなみにヤマブキシティって聞いたことないわね」
「い、いやいやいや! むしろわたしの方がビビってばっかで!」
「そんなカタくならなくていいわよ。 13ってことはアタシ達と同い年なんだし」
「えっ、そ、そーなの?」

同い年ということが分かると、少しモモコの対応も柔らかいものとなった。 そもそも、倒れていたところをわざわざこうして匿ってくれていることから彼らは優しいポケモンだと判断する。

「で、この目つき悪いのがミツキ」
「……」

コノハに丁寧とは言えない紹介をされると、ミツキはチラリとモモコを見つめる。 ミツキからしたら何気なく視線を向けたつもりだったが、先程からしかめ面をしている彼にモモコは少し「怖そうなポケモン」という印象を持っており、今でも睨まれているような気分だった。

「ハッ!」

和やかな自己紹介タイムを打ち破ったのは、コノハの何かに対する反応だった。
突然目を見開いて身体中の毛を逆立てるコノハの様子は、先程までのキャピキャピしたイマドキの女の子のそれとはかけ離れており、まるで霊能力でも持っているかのような、神秘的且つ恐ろしい雰囲気を感じさせられた。

「ど、どうしたのコノハ?」
「来る……来ている……ッ!」

唖然とするモモコにライヤが丁寧に解説する。

「コノハはこのマジカルベースで1番の魔法のセンスを持っていて、そのせいか『ミュルミュール』の気配を感じ取ることが出来るんです」
「ってことは、この近くに『ミュルミュール』がいるんだな!」

ミツキは部屋の窓を勢いよく開けると、海岸中を見渡すように『ミュルミュール』が何処にいるか探す。 満月に照らされている海岸を目を凝らしながら見ていると、ようやくマジカルベースの敷地内に入り込んでくる大きな影を捉えた。

「よし、3分で蹴散らしてやる!」

そう言うとミツキは窓から飛び降り、海岸を勝手に駆けて行ってしまった。
「あっ、ミツキ!」と窓から身を乗り出してその場で止めようとするライヤと「あちゃー」と目をつむるコノハ。 何が起こっているのか、もちろんモモコはサッパリ分かっていない。

「あ、あのさ、そのミュルなんとかって何?」
「『ミュルミュール』は、ポケモン達の魂から生まれる怪物です」
「ポケモン達の魂____魔法使いの業界では『スピリット』って呼んでるんだけど、普段はキレイに光ってるのに悩み事や不安を抱えたり、生きてることに希望が見出せなくなると黒くなって輝きを失うの」

生き生きと光り輝く魂が日常のふとしたキッカケで輝きを失ってしまう。 人間のいた世界でも起こりうるような光景は想像するのは難しくなかった。

「その輝きを失ったスピリットをポケモン達から抜き取って怪物にして悪さをしてるっていう連中が、最近デカい顔してるってワケなの」

もっと詳しく言うと、その『連中』がポケモン達の心を利用しているということだ。 それを理解したモモコはまだ見ぬ彼らに対して憤りを感じる。

「ひどい……!」
「それで、ミュルミュールの浄化を唯一できるのが、僕達魔法使いというワケなんです」
「さて、説明も終わったことだし早速行きましょう! ミツキのこともあるし!」

コノハはそう言うと半ば強制的にモモコをひょいと背中に乗せると、ライヤと共に部屋を出て行き廊下を駆け出した。

「えっ、わたしも行くのー!?」
「こーゆーこと、ここらじゃ日常茶飯事になってきたから見ておいた方がいいわよ!」

***

ライヤとコノハに連れられてモモコが海岸に再び踏み込むと、2匹と同じ色のマントを羽織った魔法使いポケモン____チームジェミニとチームキューティが大きな影と対峙していた。 それはチョコレートの屋根にクッキーの壁を持った大きなお菓子の家。 甘い香りにそそられそうになるが、その家は何かのマスコットキャラクターのような目と口、そして長い手足がついているという奇妙な見た目をしていた。 両目の上____額にあたると思われる部分にはアルファベットの「Y」の字を歪ませたような赤黒いマークが浮かび上がっている。

「あれがミュルミュールよ」
「で、デカい……」

モモコが巨大なお菓子の家を目を丸くしながら見上げているのと同じ頃、ライヤとコノハが来たことに気付いたフローラが後ろを振り向き、彼らのもとへ縋るように近づいて来た。

「あ、ライヤ、コノハ! やっと来たー! 今ミツキが勝手にね____」

と、言いかけたところでフローラはコノハの上に乗せられているモモコに目が行った。

「あ、さっきのハリマロンちゃん! 意識が戻ったんだね!」
「そうなのよ。 ところで、ミツキがどうかしたの?」
「聞いてよ! ミツキがみんなの言うこと全然聞かないで勝手にミュルミュールに突っ込んでるの!」

確かにフローラの言う通り、ミツキは両手に鋭利な小さい武器____手裏剣を構え単身でミュルミュールに立ち向かっている。 反面、他の魔法使いは砂浜に足を着きミュルミュールの出方を伺っていたりミツキを止めようとしている。

「これでどうだ、『流星群落とし』!」

ミツキは無数の手裏剣をミュルミュールに向けて飛ばし続けるが、どうも劣勢。 当たってもそれほどダメージを与えられていないというのもあるが、殆どの手裏剣をかわされてしまっている。 力任せだけではどうにもならないを絵に描いたような図だ。

「だからミツキ! まずはボクやチームジェミニが足元を狙うから、その隙に攻撃すればいいだろう!?」
「うっせえ! 俺1匹でどうにかできる! お前らは引っ込んでろ!」
「ミツキだけの戦いじゃないのですよ!」

フィルやリオンの言葉にも聞く耳を持たないミツキ。 ライヤもコノハもこの光景を見ると溜息を吐くしかなかった。 幼馴染として、チームメイトとして自分達の不甲斐なさを感じているのだ。

「もう、仕方ないわね」

コノハがモモコを背中から降ろすと、炎を纏った1本の木の棒を召喚する。 先端に赤いハートの宝石が付いているそれは、魔法少女が持っているようなステッキだった。
コノハは戦陣に踏み込むと大きくジャンプし、ステッキを掲げるとそこから眩い光を放つ。

「『マジカルシャワー』!」

光のお陰でミュルミュールの視界は眩んだ。 コノハは呆気にとられたミツキと共に着地すると、彼に向けて説教を始める。

「もうミツキ! まーた勝手なことばっかして!」
「ほっといてくれよ」
「全く……意固地になっても何も変わらないの分かってるでしょう?」

ぎゃいぎゃいと言い合いをしているミツキとコノハを呆れた目で見ながら、モモコはライヤに耳打ちで尋ねる。

「いつもこうなの?」
「はい……」

ライヤは相変わらず苦笑いで答えた。 やれやれ、と観念するモモコはふとひとつの大きな薄紫色のクリスタルに目が入った。
ミュルミュールのそばにあるそのクリスタルの中には1匹のポケモン____マーイーカが気絶した状態で閉じ込められている。

「ライヤ、あれって……」

モモコが指差すそれを、ライヤはこれまた解説してくれた。 その横顔は、何処か悲しそうだった。

「あれはスピリットを奪われて、ミュルミュールにされたポケモンです。 ああやってクリスタルの中に閉じ込められるんです」
「スピリットはポケモンの魂って、さっき言ってたよね? じゃあ、あのミュルミュールって……」

元になったポケモンそのもの。 言わなくても分かっていた。 ライヤは悲しそうな顔を崩さずに、小さく頷いた。
尚更今は喧嘩している場合じゃないんじゃ、あのマーイーカを助けるのが先決じゃあ____モモコは内心そう思っていた。

『なんで……何でオレん家はダメなんだ!』

モモコは耳を疑った。 怪物と言われているミュルミュールが、しっかりと言葉を発していたのだ。 ポケモンとはかけ離れた姿をしているけれど、あのミュルミュールは紛れもなくマーイーカそのもの。

『もう17歳だってのに門限は6時までって、何でオレん家だけはこんなに厳しいんだ!』

モモコはミュルミュールとクリスタルの中のマーイーカを交互に見つめる。 お菓子の家のような、自分を甘やかしてくれる家を求めている____これがあのマーイーカの悩みだったんだ、と話が繋がった。
それは、何処か自分自身の境遇にも通じるような気がして。
ポケモンになる以前に見て、聞いてきたものと同じようなものがある気がして。
一方でミュルミュールはその愚痴を零し続けながら拳で砂浜を殴りつけたり、魔法使いポケモン達を攻撃する。

「きゃあっ!」
「リリィ!」

砂に顔を埋め、倒れ込むリリィにすかさずフローラが駆け寄る。 しかし、それが命取り。 フローラも次のミュルミュールのパンチで砂浜に叩きつけられる。
フィル達が足元を狙って集中攻撃しているためある程度の移動は封じられているものの、連携が崩れたマジカルベースの魔法使い達は確実に追い込まれていた。

「ライヤ、ちょっと任せてもらっていいかな」
「え? ちょっと!」

戦いが激化しているにも関わらず、モモコは単身でミュルミュールの近くまで駆け出して行った。 この時のモモコには、魔法使いじゃないポケモンが行ったら危ないですよ、というライヤの声も届いていなかった。

『あんな家に、生まれてこなきゃよかった! 小言のうるさいお袋なんて、オレのことほっとけばいいのに!』

ミュルミュール____マーイーカが叫んでいる内容も気掛かりだった。 家族と起こした小さいようで大きいトラブル。 でもその『お袋』の言動の裏側にあるものとは。
震える足を踏ん張らせながら、モモコはあらためてミュルミュールを見上げた。 自分の何倍もの大きさもある彼は、叫びながら泣いているように見えた。

「ねぇ! わたしあなたの気持ち、ちょっと分かる気がする!」

その場にいる魔法使い全員が、一斉にモモコに視線を移した。 コノハと口論を繰り広げていたミツキですら、モモコを凝視していた。

「ちょっとモモコ! 流石に危ないから見ているだけで良かったのに!」
「ミュルミュールを相手に……直接会話を……?」

コノハはモモコに危害が及んだらどうしようと言わんばかりにオロオロしており、ライヤは不思議そうにモモコとミュルミュールの動向を見守る。

「親にいちいちあーだこーだ言われるのって、イライラするし面倒だって思うし、むしゃくしゃするよね」

同調するモモコの言葉で、明らかにミュルミュールの様子は変わった。 先程までの高ぶる感情はスーッと吸い取られるように引き、握り拳も下ろしている。
ゆっくりとミュルミュールはモモコに歩み寄ると、嬉しそうにこう言った。

『お前、分かってくれるのか!?』
「でも、お袋さんがうるさいのって、本当にあなたのことを心配してるから、あなたのことが大好きだからじゃないかな?」

真っ直ぐ前を向いてモモコは言った。 ミュルミュールは元々はポケモン自身、言葉はよりダイレクトに確かに響いていた。 ミュルミュールは完全に戦意を喪失していた。

「い、今です! 浄化は僕に任せて下さい!」

ライヤははっとしたように前に飛び出し、弾ける光を纏ったあるものを召喚した。
それは、モモコも街角やテレビで何度か見たことがあった金色の派手な楽器だった。 首に下げたネックストラップから吊るされている、大きなU字形のような木管楽器、バリトンサックス。
ライヤはリードが挟まれたマウスピースを加えると、その響き渡るようなバスサウンドでゆったりとした曲を奏で始めた。

「あなたの心に轟け! 『英知のコラール』!」

バリサクのベルからは黄金色の雷と光の渦が飛び出し、音色と共にミュルミュールを包み込む。

『ハピュピュール〜』

ミュルミュールは穏やかな表情を見せると、その姿をスピリットへと戻した。
その一部始終を、マーイーカのスピリットをミュルミュールにした張本人(張本ポケ)____黒紫色のバンダナを身につけたイーブイが木の上から見つめていた。
しかしイーブイの視線はミュルミュールではなく、彼に歩み寄っていたモモコに向けられていた。

「やっぱり……ちゃんとこの町に来てたんだね、モモコ」

イーブイはそれだけ確認すると、満足そうにその場を立ち去った。

***

「これがスピリット。 綺麗でしょ」

コノハはモモコにスピリットを見せてやる。 スピリットは太陽のように暖かく、蛍光灯のように白く美しい光を放っていた。 モモコはそんなスピリットに見惚れながら頷く。

「スピリットをこうやってポケモンに返してあげて、っと」

コノハはマーイーカが閉じ込められているクリスタルに向けてスピリットを向ける。
するとスピリットはマーイーカのクリスタルにすぅっと吸収されるように溶け込んでいった。
やがてマーイーカを閉じ込めていたクリスタルは消え去り、彼は気絶した状態で解放された。

「大丈夫です、じきに目を覚ましますよ」
「リオン、マーイーカの手当てをお願い」
「はいなのです」

コノハに頼まれ、マーイーカを運ぶリオンをシオンが手伝った。 フィルはというと、チームメイトのフローラとリリィをリボンで担いでマジカルベースの宿舎に運んでいるため、海岸にはチームカルテットとモモコだけになった。
同時に夜が明け、朝日が同じ地平線上にある海に浮かんでいる。

「とまぁ、これがアタシ達魔法使いのお仕事なの。 ちょっと茶番入っちゃったけど」
「それにしてもミュルミュールを説得するモモコにはヒヤヒヤさせられました……。 戦い慣れしているワケでもないのに、もうあんな無茶しないで下さいね?」
「それ、ほんとそれ! 確かに連れて来ちゃったのはアタシだけど……でも、ミュルミュールのあんな近くまで来たら危ないわよ」

穏やかな物腰のライヤと、フレンドリーに接してくれるコノハだが、流石に魔法使いの仕事ともなれば責任も背負っている。 2匹の顔付きはいたって真剣だ。

「ご、ごめんなさい! ただ必死だったっていうか……その……いや、言い訳! ごめんなさい!」
「もういいですよ。 結果的に、あの勇気があったからこそミュルミュールを浄化できましたし、モモコにも怪我ひとつありませんでしたから」

ライヤに続いてコノハも「それもそうね」と仕方なさそうに笑みを浮かべ、これ以上は気にしない態度を示した。
すると、ふと思い出したようにコノハがモモコにある質問を投げかける。

「ところでモモコ、これからどうするの? 突然空から落ちて来てポケモンになっちゃった、ってことだけど何処か行くアテとかある?」
「……ない、かな」

モモコが神妙な顔つきでそう言うと、コノハは少し間を置き、真剣な表情になるとモモコに頭を下げる。

「お願い! マジカルベースの魔法使いになってくれないかな?」
「……!?」
「え、えっ!? でもわたし、魔法使えないよ?」

いきなりのスカウトにモモコはかなり驚いている。 ミツキも目を見開いて似たような反応を示したが、モモコのそれとはまた違ったものだった。 本気で言っているのか、と言わんばかりの、呆れに近い驚きだった。
ライヤは笑みを絶やさずにこうフォローする。

「今この町、魔法使いが足りてなくて……そうじゃなくてもモモコみたいな子が仲間になってくれるなら心強いの!」
「魔法のことは、僕達がサポートします! モモコなら、きっと凄い魔法使いになれると思います!」
「えっ……うーん……」

2匹にここまで言われるとは思っておらず、モモコは戸惑いながらも考え込む。 確かにモモコはこの後行く当てもなければ自分がポケモンになった理由を掴む手がかりもない。

(もしかしたら、魔法使いをやってるうちにわたしがこんなことになった理由も分かるかもしれない。 それに、さっきみたいにポケモンを助ける仕事も悪くなさそうだし、魔法っていうのも面白そうだし!)

考えれば考えるほど前向きな気持ちになる。 彼らには恩もあるし信頼してもいいと思える、自分のためにもなるのならば一石二鳥だ。
モモコは意を決してライヤとコノハに返事をした。

「分かった、わたし魔法使いになる!」
「いいやダメだ! 俺は絶対に認めない!」

モモコの決意に反するように、ミツキは力強くそう言った。
モモコはそんなミツキの対応にぽかんとしており、ライヤは仕方なさそうにミツキを見つめ、コノハはまたか、と言わんばかりの顔で溜息をついていた。

花鳥風月 ( 2018/05/22(火) 10:30 )