01
そのニューラは自分の爪が自慢だった。野生の頃、他のニューラ達と爪の鋭さを競ってはいつも勝っていた。
ある日、そのニューラはトレーナーに捕獲された。それから数日後、海が見える町に連れてこられた。氷の洞窟の中で育った彼にとって海は物珍しいものであった。
彼はその海沿いの町にある、家に住むことになった。
住み心地は快適だった。家には他にも様々なポケモンがいた。彼を捕まえたトレーナーはいわゆる「マニア」というものらしく、各地に出向いては色々なポケモンを捕まえているらしい、とこの家の古株らしいツボツボが教えてくれた。
ツボツボを含め、他のポケモン達はノンビリと日々過ごしていた。ニューラも例外ではなかったが、どうも落ち着かなく、しょっちゅう家の周りを歩き回っていた。 恐らく爪を研ぐことを禁じられていたからだろう。
そして約1ヶ月後…
「彼」が現れた…
「彼」は突然、トレーナーの家に押し入った。驚いて声を荒げるトレーナーに対し、「彼」は言った。
…珍しいポケモンを集めているそうだが、強い奴はいるか?
そして、ボールに入っているトレーナーのポケモン達を一つ一つ見つめていった。
…チッ、弱い奴ばかりだな。どいつもこいつも…
「彼」はトレーナーが後ろで怒って騒ぐのを無視して呟いた。
そして一番端に置いてあったニューラを見て、目を止めた。
「彼」は暫くニューラをジッと見つめていたが、やがて言った。
…俺と同じ目をしてるな。気に入った。
そしてニューラの入ったボールを投げた。ニューラが出て来る。
トレーナーが驚いて叫ぶ。まさか自分のポケモンを盗むつもりなのか?と。
それに対し、「彼」は言い放った。
…盗むんじゃない。選ばせるんだよ。
そう言うと、「彼」はニューラとしっかり目を合わせて言った。
…俺は最強のトレーナーになる男だ。俺に付いてくれば間違いなく最強になれる。その爪を存分に発揮出来る。さあ、選べ。コイツか俺か?
ニューラは「彼」の言っている事は分からなかったが、何を言わんとしているかは、目を見て分かった。
横ではトレーナーが怯えた顔でニューラを見つめる。ニューラが行ってしまう事を恐れているのだろう。
ニューラは自分の爪を見つめ直す。自慢の爪…それが発揮されるなら…
そしてニューラは「彼」を選んだのであった…
第4話「強さ(実践編))」
気が付かなかったが、もう日が暮れて夜になっていた。気のせいかボスポケモンの動きが活発になったように思える。ゴーストタイプの活動期間は夜だからだろうか?
「ノワーッッル!!」
ボスポケモンはまだ元気そうだ。どんだけタフなんだよ、コイツ…
どうすれば…と考え出したその時、金髪が後ろで叫んだ。
「赤髪、これを使え!!」
そして「何か」を投げてよこした。これは…?
それは、先ほど金髪が拾った物であった。恐らくニューラの群れが落とした物…
「それは「するどいツメ」!キッサキジムのスズナさんから聞いたことがある!確か…ニューラを進化させるアイテムだ!」
「はあ!?」
ニューラが進化?
何寝ぼけた事言ってんだ?アイツは…
「…寝言は寝てから言うんだな。ニューラが進化する?バカ言うな。そんな話、聞いたことがない。」
「嘘じゃねえよ!!」
「…どちらにせよ、俺は弱い奴の指図は聞かない。」
俺はニューラに再び「つじぎり」を指示する。
「…さっきも言っただろ。強くなりたいんだったら一人で強くなれ。結局人間は一人なんだよ。」
ニューラが爪を振る。気のせいか、ニューラに疲れが見え始めているような気がする。…だがニューラで戦うしか手段は無い…
「ああっもう!!この分からず屋ぁ!!」
突然俺は金髪に胸倉を掴まれた。
「…!?バカ!何すんだよ!!」
「バカはお前だ!!さっきから人間は一人だとか、ふざけた事言いやがって!!一人や孤独が好きだったら何でお前はポケモンと一緒に居るんだよ!?」
「っ!!」
不意に、とある声が蘇る。
…だったら何で…………の?
「人もポケモンも一人じゃ生きていけない…だから一緒に旅をするんじゃないか!!」
…だったら何で………ないの?
「お前だってそんな事、とっくに分かってる筈だ!でなきゃオーダイルにしてもニューラにしても、あんなに強い筈がねえ!お前を信頼してるから強いんだ!!」
…だったら何で……変えないの?
「ポケモンがお前を信頼してるんだ!!そしてお前も、自分のポケモンを信頼している!!そうだろ!?」
…だったら何で手持ちを変えないの?
あぁ…あれはあの時の…
俺は思い出す。あれはコガネシティでのこと…
「…チッ!使えないポケモン達め…」
俺はコガネシティの地下にて、アイツに…ヒビキにまた敗北した。
「…前も言ったが、お前が勝てたのは俺のポケモンが弱かったからだ。」
俺はヒビキに言い放った。完全なる悔し紛れであった。温い考えを持っているヒビキが強いとはどうしても考えたくなかった。
ヒビキはポケモン達と勝利の喜びを分かち合っていたが、俺のその言葉を聞いて、ふっと悲しそうな表情をした。
…どうしてそんな事言うんだよ?
…自分の手持ちが弱いと言うのなら、だったらどうして手持ちを変えないの?
…最初のオーダイル、その後捕まえたゴースト、ゴルバット、レアコイル…前に戦った時と全然変わってないじゃないか…
…本当は君だって自分のポケモンを信頼しているんだろ?なのに何でそんな事を言うのさ?
悔しいことに、俺は何一つ言い返せなかった。適当なことを言って、その場から逃げたような気がする。
あの時のヒビキと金髪の顔がダブる…
「……………さい。」
「え?」
「うるさいうるさい!!!…だから何だ!!…信頼?それがなんだ?そんなものがあったって意味が無い!強くなきゃ負けるんだよ!」
俺は金髪を思い切り突き飛ばした。その拍子に金髪が渡してきた「するどいツメ」とやらも吹っ飛ぶ。
「敗者はいつだって惨めだ…俺は敗者にはならない…最強のトレーナーになるんだよ!」
雪の積もった地面に倒れている金髪に向かって俺は怒鳴った。そう、俺は「あの人」のようにはならない…決して…
「ニューラ、早くやれ!「つじぎり」だ!」
しかしニューラは動かない。
「!?おい、どうした!?俺の言うことが聞けないのか?」
見ると、ニューラは地面に落ちた「するどいツメ」のことをじっと見つめていた。
「そんなものはどうでもいい!はやくあのポケモンをやっつけろ!」
俺がそう叫ぶのと、ニューラが「するどいツメ」を掴むのが同時だった。
ニューラが眩い光に包まれる。これは…まさか…
「マニュッ!」
ニューラの姿形が完全に変わっていた。頭と首に赤いヒレのようなものがついている。
『マニューラ。かぎづめポケモン。樹木や氷の表面に鋭いツメでふしぎな模様を刻み、なかまに合図をおくる。』
ふと機械音声が聞こえて振り向く。見ると、金髪が図鑑を起動させていた。
「お前…本当にニューラだったのか?」
ニューラ…いや、マニューラが小さく頷く。
「そうか…。」
俺はマニューラの目を見つめる。あの初めて会った時と変わらない俺と同じ目…
「なら頼んだ。あいつを倒せ。」
俺はボスポケモンを指さす。
一瞬…ほんの一瞬だが、マニューラが笑ったように見えた。
マニューラは跳躍する。
「ノワ―ッ!!!」
その姿を目掛けてボスポケモンが「シャドーボール」を放つ。しかし、ニューラの時よりも遥かに早い身のこなしで、軽くかわす。
「マニュッ!!!」
そしてツメを振り下ろす。あれは…「つじぎり」?だが、威力が見違えるほどに上がっている。
「ノ、ノワ?」
ボスポケモンも戸惑っている。
「マニュニュ!」
マニューラがボスポケモンの肩に飛び乗り、拳を作る。その拳が水色に輝く…あれは…?
「マニュ!!」
そして、叩きつける。その衝撃で軽い爆風が起こり、俺は目を覆った。そして目を開けた瞬間…驚愕した。
巨大なボスポケモンが凍りついていた。それは見事に…
「あの技は…「れいとうパンチ」か?」
ニューラの時は使えなかった技だ。進化して会得したのだろう。
誰かが俺の肩をぽんと叩く。
「な、赤髪。俺の言ったとおりだろ。すげえじゃんか、そのマニューラ。」
「………勘違いするなよ。勝てたのはお前のおかげなんかじゃない。勝ったのは…」
マニューラのおかげ、と言いかけて俺は気づいた。今、俺…ポケモンを褒めようとした…?
「…誰のおかげだ?」
金髪が少しニヤニヤしながら、言う。それを見て無性に腹がたったので言った。
「マニューラ、奴に「れいとうパンチ」だ。」
「わっ!や、やめろよ!」
今にも飛びかかろうとするマニューラを見て金髪は慌てる。
「…マニューラ、戻るぞ。」
俺はマニューラをボールに戻した。さっきから調子が狂う。間違いなくこの金髪のせいだ。
俺はそそくさに立ち去ろうとしたが、金髪が後ろから大声で呼びかけてきた。
「おい!赤髪!お前名前なんつーんだよ!」
「…うるさい。弱い奴に名乗る必要なぞない。」
「おおい!お前、俺が「するどいツメ」を渡してやらなかったら、ニューラも進化しなかったし、あのポケモンも倒せなかっただろ!」
「…うるさい。お前の助けなんざ要らなかった。」
しかし、あの金髪に借りを作るのは癪だという思いがどこかにあった。俺は迷った末に呟いた。
「…………………だ。」
「え?」
「シルバーだ!これで満足したら、もう近づくな!」
「OK!シルバーだな!覚えとけよ!俺の名前はジュン!いつかお前に勝って世界一のトレーナーになってやっからな!」
「…勝手にしろ。」
そうやって騒ぎながら、俺達はポケモンセンターに戻った。
こうして誰かと長時間会話するのが久しぶりであったことに改めて気づいた。
…
……
…ねえ、お父さん!また僕勝ったんだよ!
…そうか、シルバー。すごいな、さすがは父さんの子だ。
…もう僕、スクールでは一番強いんだ!
…そうか、だけどなシルバー。本当に強くなりたかったら、信頼出来る仲間を作りなさい。
…仲間?……信頼?…どーいうこと?僕一人が強いだけじゃダメなの?
…ダメさ。一人じゃ限界があるんだ。だけど仲間といっしょにいればどこまでも強くなれるんだ。
…んー分かんないよー。
…そうか、シルバーにはまだ難しすぎたか。だけどな、シルバー。覚えておきなさい。自分が相手を信頼すれば、相手も必ず応えてくれる。時にはどんなことをしてでも応えてくれる。そしてそれは限界を超えた強さでもあるんだ。
…うん!分かった!
……
…
…俺はニューラを信頼していたのだろうか?
…分からない。
…だけど、ニューラは進化した。
…俺は……俺は…………
一方、マニューラはシルバーからかけられた言葉を反芻していた。
『なら頼んだ。あいつを倒せ。』
初めてであった。あそこまで深く信頼されたのは…
それが嬉しかったから自分でも信じれないほどのパワーが出た。
「するどいツメ」を拾ったのは、自分のツメがもっと鋭ければ…もっと強ければ、あのポケモンを倒せると思ったからであった。
「彼」は不器用なだけ。本当は愛情も持っている。だけど本人はしれを忘れてしまっただけ…
あの…金髪の少年なら「彼」の目を覚まさせてやれるかもしれない、とマニューラは改めて思った。
…いずれにせよ。マニューラは自分を救ってくれた。
「………………………ありがとう。」
気づかずうちにそう小さくつぶやいていた…